異世界転生者にして、成り行き任せで仮面ライダーになった少年レイト。
この世界で生きていく術を求める傍ら、世界を蝕む謎の怪物『デブリス』たちと戦い、少しずつヒーローとして成長していく。
だが一方で、人間をデブリス化させる霊薬をばら撒く謎の存在『デブリーター』達の影もちらつき始めるのだった…。
◇◇◇◇◇
——地の底の暗さと冷たさは誰にも解らない。
光も届かず、生きる為に必要な酸素も得られず、土の質量に体を押し潰される世界では生まれ持ったものなど何1つ関係ない。そんな無情で、だが平等な世界を制し得る者———それこそが“神”と呼ばれるものだ。
——では、それを制する今の自分は、さしずめ“神”と言えるのだろうか。
そんな不遜な思考がそれの頭の隅を掠めた。勿論、その考えが不敬である事は百も承知だが、これも全て民族を守る為の事だ。きっと我らの“神”も解ってくれるだろう。
——“奴ら”は我らを、そして我らの“神”を冒涜した。だから、裁きを受けたのだ。
地中に引き込まれた“奴ら”はもう息をしていない様だった。目も見えず、音も聞こえず、ただ自らが死する瞬間だけを実感していく、というのはどんな気分だっただろうか。彼らがいつも不遜気に誇る白い肌も豪奢な鎧も、やがて地に融かされ無へと帰っていくのだろう。そう考えるとささくれ立った気分も、多少は溜飲が下がるというものだった。
“奴ら”はこれで諦めるだろうか。否、そんな事はないだろう。きっとまた何度でもこの地に流血を齎しにやってくるだろう。だが別に構わない。それなら何度でも迎え撃ってやるまでだ。『神』の力を持つ自分に出来ない事はない。今ならそう信じる事ができた。
——これでいい。この地を脅かす者は何人たりとも生かしては返さない!
——この地こそが、我らの『みなもと』だ!
——近付く者には、“神”の裁きを下すぞ!
地上で吹き上がったそんないくつもの声を満足気に聞きながら、
◇◇◇◇◇
「ふんふんふ~ん♪快適快適!」
暮れかけの空に鼻歌混じりのマヤ・フォルコの声が響く。神聖教会の修行院跡を出立してからはや1日。途中通りかかった巡回の憲兵たちに捕らえた盗賊たちを引き渡したりと色々あった訳だが、一行はそろそろ次の街『ビルハミル』へと到着しようとしていた。
ビルハミルは鉱物の採掘とそれらの加工を主要産業とする街で、『ターフィッシュ』や『ツンベルク』よりも規模が大きいと言う。何にせよ、久しぶりに野宿以外で夜を越せそうとあってはマヤがご機嫌なのも無理ないが、実は理由はそればかりではない。
レイトが跨る鉄のユニコーン・『マシン・ユニオンスティンガー(通称ユニオ)』の後部に青いリヤカーが取り付けられ、女性陣はそこで寛いでいるところだった。
修行院跡で集めた鉄や木材(あと盗賊どもの鎧・武器も剝ぎ取った)などを駆使してマヤが作り上げたリヤカー———というか小型の馬車だ。あまり運動が得意でないマヤが道中を楽にする為に作ったのだろうが、3人は優に乗れるスペースがある為、アイリス達もこうしてちゃっかりご相伴に預かっている。
マヤはともかく、ゼオラも珍しくポニーテールに結った髪を下ろし、ブランカから貰った保存食用の焼き菓子を摘まんでいる。アイリスに至っては銀鎧を脱ぎ、伸び伸びとした手足や真っ白な背中を晒している状態で、大変目のやり場に困る。とてもではないが、あの中に入っていく勇気なぞない。
「凄いねマヤ。あんな短時間でこんなものも作れるなんて」
「えへへ、急ごしらえの割にはよく出来てるでしょ?」
馬車の利便性よりも、マヤの錬真術師としての技術の方に関心がありそうなアイリスだが、マヤは照れ臭そうに胸を張る。
「しかもね~、このリヤカーにはまだすんごい秘密が…」
「全くなにが快適~、よ」
自慢げなマヤの声を遮って不平を上げたのはユニオだ。
「朝から重たい荷物を引っ張らされて、こっちは堪ったもんじゃないわ。跨りながら下半身筋肉痛に耐えてるレイトを見習いなさい」
「重たいとはなんだ、重たいとは!」
「大体あんた
あらバレた?とユニオが悪戯っぽく笑った…気がした。ユニオは元々野生のユニコーンだったのだが、生身の体が死にかけた為、こうして鉄の体に魂を移し替え、眷属器となって今に至る。だから今の彼は身体感覚どころか疲労や空腹とも無縁の筈なのだが———何だか笑っていいのか微妙なところだよなぁ、とレイトには思えた。当人が気にしてなさそうだからいいのかも知らんが———。
一行が小高い丘の麓まで到着した。この丘を越えればビルハミルの街が見えてくる筈だ。
しかし、
「ん…?何だアレ…?」
丘の上に一台の豪奢な馬車が停まっているのが見えた。それだけなら何ら不思議はないのだが、その馬車に小さな影が纏わりついている事、そして人の悲鳴や金属音などが響いてくる事から、何やら只事ではない雰囲気が伝わってくる。
「アレはちょっと…」
「ヤバそうだな…行こう、ユニオ!」
レイトの命令にユニオが応で答える。転瞬、後部のリヤカーとの連結部を外し、バイクモードに変形したユニオがレイトを乗せて走り出していった。
「コラァ————————ッ!私達を置いていくなぁ‼」
背後からマヤの抗議の声が飛んでくるが、今はそれどころではない。馬車に群がっている黒い人影の様なシルエットには見覚えがあった。近付いていくとその姿はより鮮明になっていく。手に持つ原始的な武器に小柄な体躯、そして何より特徴的な犬の様な形状の頭部は———。
「やっぱり…コボルトか…」
レイトがこの世界で最初に遭遇したデブリスであるコボルトが馬車を襲っている様だった。数はざっと10体ほど。恐らく護衛役と思しい数人の衛兵が応戦しているが、いくら粗雑な作りの石斧でも、あの数で迫られたらちょっとマズいかもしれない。
「当然、助けるんだよな⁉」
「当たり前だろ!変身!」
〈オールセット、ディライト!サンダーシルバー!〉
レイトはベルトにライドラッグを装填し、ディライトへと変身する。銀色のマテリアメイルに、紫色のアーマムエレメントがくっついた『仮面ライダーディライト サンダーシルバー』である。何故その形態?とユニオは訝し気だが、元々コボルトはエレメント全般への耐性が低い。相手にするのならば、いっそ使った事のない霊薬を使ってみようと思ったのだ。
ガンモードに変形させたトランスラッシャーの銃口から雷球が迸り、馬車に食らいついて扉をこじ開けようとしていたコボルトを一体吹き飛ばした。動揺した群れへとバイクが砂煙を上げて突っ込んでいき、犬人間を4~5体纏めて吹き飛ばす。ディライトはバイクを飛び降りると、銃の引き金を引き絞った。
馬車や護衛に当たる危険性もあったが、この雷のアーマムエレメントは発射された雷撃をある程度操作できるらしく、人間達には掠りもしない。レイトはベルトからライドラッグを引き抜き、トランスラッシャーの銃口部分へと装填した。
〈ヴァリアントシュート‼〉
放たれたら雷光が意思を持つ蛇の様にうねり、次々とコボルト達を穿ち抜いた。雷の流星に貫かれた犬人間たちはその体を霧散させていく。そして僅か十数秒足らずの間にコボルト達は一掃されたのだった。
「何でぇ!楽勝じゃねぇか、旦那」
「そりゃまぁ…人狼や吸血鬼と比べたらね」
言っておきながら、かつての自分はあの怪物にすら手も足も出なかった事を思い出す。いくらディライトに変身できる様になったと言っても、大変な進歩ではないかと思う。
思えばビルハミルから山を2つ超えれば、当面の目標地点だったセルフックへと辿り着く、という所まで来ているのだ。果てしなく長いと感じた道のりもこうして振り返るとあっという間だった様な気もするな…と過ぎた時間を意識した時、ガタンと音がして馬車の扉が開くのが見えた。レイトは慌てて変身を解除した。ディライトの姿では徒に人に警戒心を抱かせる可能性がある。
「あの怪物たちを一瞬で…凄まじいものだな…」
中から出てきたのは、30代位の若い男だった。恐らく絹製と思しきシャツや、カフスや金糸で彩られた上着など、この世界で会ってきた人間の中では最も豪奢な服装を纏っている。間違いなく上流階級に位置する人間ではないか、と思う。実際周囲の護衛役が傅き、「ローゼンタール様、お怪我は…⁉」と尋ねたりしているくらいだ。これは自分も跪いたりすべきなのかな?とレイトは一瞬リアクションに困った。
しかし、男はレイトを見遣ると、胸に手を当てて恭しく頭を下げた。
「なんと礼を申せばよいか…私はビルハミル監督領主のパウル・ローゼンタールと申します。この度は窮地を救って頂き、誠にありがとうございました」
「領主様…⁉それは、失礼しました…知らなくて…」
「いやいや畏まらなくて結構。着任したての名ばかりの領主ですので。そちらこそかなりの武芸者とお見受けしますが…」
いえいえとんでもない、変身してなきゃただのひ弱なガキです…とあらぬ事を口走りかけたところで「おーい、レイト!」と後方から呼ぶ声が聞こえた。振り返ると置き去りにされた女子3人がこちらに向けて走ってきた。
「ちょっと!置いてくなんてヒドいじゃん!」
「ごめんごめん、でも緊急時だったし。…あれ、そういえばリヤカーは?」
レイトが問うとマヤが顔の横で薬瓶をフルフルと振った。要は霊薬化して運んできた、という事らしい。
ローゼンタールの目線がアイリスの肩口に描かれた紋で止まると、「成程…パラディン様の同行者でしたか。道理でお強い筈だ」と納得した様に頷いた。
「皆様方、助けて頂いたお礼に今夜は是非、我が屋敷にお泊り下さい。前任者の屋敷故に大きな事は言えませぬが、十分なおもてなしをさせて頂きます」
「え…いやいやそんな…悪いですよ…」
先程から思っていたが、やけにバカ丁寧な領主様である。…否、自分が知らないだけで貴族とはこうして礼には礼を尽くすのが当たり前なのかもしれない。だがどの道、パラディンとして歓待を受けるというのはアイリスも出来れば避けたい事なのだと思うが、ローゼンタールは「お構いなく」と鷹揚に頷いた。
「実は、我が領内でいくつか問題も起こっておりまして…出来ればそのご相談にも乗って頂きたいと思ってもいるのです。ですので、その対価と思って頂ければ結構です」
「問題…?…分かりました…。お話をお伺いしましょう」
そう言われては断れない。相手が貴族であろうと誰であろうと、困っている者は見過ごせないのが彼女の性分だ。こうして一行は、ビルハミルのローゼンタール邸へと招かれる事となったのだった。
◇◇◇◇◇
「ふぅっ…一番風呂は、この星で一番の贅沢だぜ…なんつって…」
たっぷりのお湯に身を沈ませながら、レイトがどっかで聞いたようなセリフを独りごちる。勿論それにリアクションする者なぞいないが、それでいい。誰もいないからこんな益体もない事も口に出せるというものである。
「まぁ一番風呂は抜きにしても…本当に贅沢な空間だよなぁ…」
こっちの世界に来てからというもの、現代日本の様なお湯を張った浴槽に浸かるという事は絶えて久しい。旅をしている時は濡れたタオルで体を清拭するのが精々だし、宿屋でも石鹸で体を洗えた位だ。ライドラッグの普及によって上下水道は割としっかりと整備されているこの世界だが、入浴設備というのは中々に贅沢品である様で、こうした貴族の屋敷などにしか存在しないと言われている。
レイト達はあれからローゼンタール氏の誘いに乗って、彼が領主を務めるビルハミルのローゼンタール邸へと招かれていた。十分なおもてなしをさせて頂きます、と言った領主の言葉に嘘はなく、広々とした部屋とフカフカのベッド、そして今浸かっている広々とした浴室が与えられた訳だ。まさかのVIP待遇に一行の誰もが恐縮したが、長旅で降り積もり続けた疲労の前では無駄な抵抗だったのは言うまでもない。
レイトが今いるのは屋敷の3階にある浴室だった。アネスタ王室の伝統的な社交浴場を再現した、という浴室はプールの様に広い円形の浴槽を中心に、そこかしこに石像が配置されるなどまるで古代ローマの伝統的な浴場の様だった(行った事はないけど)。この上の階にはシドニア伝統の石室風呂があり、なんとそこにはサウナまであるというではないか。そこにも後で行ってみようと思っている。
「それにしても…この彫像…」
浴室に配置されている白亜の石像は、勇者ディライトとその従者たるパラディン達を表したものだとローゼンタールが説明してくれた。ディライトの物語はこの世界ではありふれた英雄譚であるから別に不思議はないのだが、こうして形となった彼の物語を眺めているのは何とも因縁めいたものを感じずにはいられない。
彫像のディライトは筋骨たくましい体を持つ美青年で、豪奢な鎧と一振りの大きな剣を構えて何かを叫んでいる。その後方に配置されている7人のパラディン達は、手に手にそれぞれの武器を取り、勇者に忠誠を誓うかの様に跪く。魔王ディアバル討伐の直前、ディライトが自身の力の一部を与えたパラディン達へ向けて、改めて忠誠を問う場面だそうだ。その時に発した言葉が台座部分のプレートに刻印されている。
「『汝らは我が身の一部。その剣、その爪先の全てまで、我が大義に捧げよ』———か…」
いかにも勇者然とした豪気な言葉だが、レイトにはどこか独善的な響きである様に感じてしまう。絶対的な力を持ち、大義に向けて邁進していたとは言え、他者に命を差し出せと命じる場面だ。事実この後、ディライトは数多の犠牲を払い、魔王を討ち果たす事になるのだが、同じ様な局面に晒された時、自分に同じ様な事が出来るだろうか?
自問して、出来る出来ない以前に、それはなんだか嫌だな…という結論に達した。甘いのかもしれないが、誰かが犠牲になるという事は結局、心の穴を広げてしまう事になるのだと理解したつもりだった。最も、非常事態という点においてディライトの言葉が別段間違っているとは思えない。単に自分の覚悟が足りてないというだけの話だ。
一体何者だったんだろう、と思う。明らかにこの世のものとは思えないメダリオンの技術や話に聞く不思議な能力の数々。それらを駆使して魔王に立ち向かおうとした勇者の心の内には一体どういう思いが———。
そんな疑問が頭の中を駆け巡ったその刹那の事だった。
「わぁっ、スゴ!こっちは真っ白じゃん!キラキラしてて何にも見えないね」
「何だか匂いが違いますね。花の香りの様な…」
「多分、薬湯じゃないかしら。アネスタでは昔からハーブを独自に配合したお湯に浸かる風習があるから———」
突如として、浴室内に異性の声が響き渡り、レイトは危うく浴槽から飛び上がりそうになった。幻聴などではない。キャイキャイと楽し気に会話しているのは、間違いなく同行している少女達のもので間違いない。
しかし、一体どこから。脱衣所には自分の服が置いてあるから、それを見れば気付いて入って来る事はない筈だ。レイトが慌てて周囲を見渡すと、円形の浴槽の中心点に目が据えられた。
巻き上がる湯気と大理石の輝きでよく見えなかったが、あの中心に据え付けられているのは、柱ではなくもしかして螺旋階段なのではないか。そして、その行きつく先はこの上階にあるというもう1つの風呂で、そこにいた彼女たちが降りてきたという事なのでは…?…というかそれしか考えられない。
猛烈にマズい!と脳内に警告音が鳴り響く。よくよく考えたら目を瞑って、少女達に「入ってま————————————す‼」とアナウンスすれば良かったのだが、のぼせ気味の頭は正常な判断が出来なかったらしい。とにかく可及的速やかにこの場を離脱し、何としても悲劇のファーストコンタクトを回避すべし!と思った時には既に遅かった。浴槽から半ば立ち上がりかけた姿勢のレイトに少女達が気付いてしまっていた。
気まずい沈黙が一帯を支配し、かくして異なる2つの文明圏は接触を果たしてしまった。
一番先頭にいたマヤ・フォルコは、頭のダイロク器官を逆立たせたまま固まっている。驚いている時も展開するらしい。
完全に油断していたのか、前にタオルなども巻いていない。童顔な顔立ちと併せてボディーラインは起伏にこそ乏しいが、全身は程よく引き締まっている所為で幼児体型という印象は受けない。山間で育った彼女らしくグイとくびれたウエストから太腿に繋がるラインはまるでしなやかな山猫の様だ。褐色の肌色もそんな健康的な雰囲気を強調している。
その後ろでゼオラ・ユピターが普段の怜悧さをどこかにうっちゃらかして赤面している。普段見せない様な表情を晒すという事はそれだけで何か不思議な興奮を掻き立てるものだが、彼女の場合はそれだけでは済まない。
何がとは言わないけど大きい。思わず、といった風に腕で隠されているが、それでも覆いきれない程に。
いつもは男らしい彼女が実は誰よりも女性らしい起伏に富んだボディーラインの持ち主だというのは、何ともギャップ萌えという奴である。珍しく下ろしている黒髪が肢体に纏わりついているのもエロティシズムを掻き立てる。
そして一番後方に佇む少女——アイリス・ルナレスの姿を捉え、レイトは今度こそ正真正銘に息が出来なくなった。
神聖騎士として無駄なく引き締まった肉体と、それでいて尚且つ滑らかな曲線美が矛盾することなく両立する姿態は、美しいなんて言葉じゃとても形容できない。彼女は大きめのフェイスタオルで体の前側を覆っていたため肝心な部分こそ見えずじまいなのだが、なんだか逆に「それこそがいい!」と思えてしまう。落ちない様にタオルを押さえたまま固まる姿は彼女の奥ゆかしさを強調し、同時に隠された領域への無限の興味を湧き上がらせる。例えばタオルでは覆いきれない脇腹から脚の付け根にかけての曲線であったり、絶妙に見え隠れするヒップラインだったり、薄いタオルを突き上げて確かに存在を主張している胸元の膨らみだったり———。
……って、待て待て待て待て待てっっっ!!!!!
「違あ——————————————————うっっ‼こんなラノベみたいな展開のニチアサがあってたまるかぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
「なに訳の分からない事を言ってるんだバカモノ————————————————!!!!!」
羞恥か怒りか、とにかく耳まで真っ赤にしたゼオラが投げつけた手桶がレイトの顔面へとクリーンヒットする。湯内に倒れ伏し、ガバゴボと大量の空気を吐き出しながらレイトは、ついでに今見た光景の全ても手放してしまおうと決めた。
◇◇◇◇◇
「あの、それで…相談というのは?」
ローゼンタール邸のダイニングにて歓迎の食事会が開かれていた。前菜のオードブルから始まるコース料理にローゼンタールが名産のワインを開け、たちまち宴もたけなわに…とはならなかった。一行に纏わりつく妙に気まずい空気感にローゼンタールは首を傾げていたが、流石に事情を説明する訳にもいかない。暫くは領主家の煌びやかな屋敷に似つかわしく程の重苦しい空気が周囲に沈殿していた。
それでもコースが進み、クォカ(アネスタ産のワイン。ついでにアイリスの好物)が出る頃には女性陣の機嫌も少し直ってきた様だった。魚料理を終え、一旦口直しのソルベが出た頃にアイリスがこの屋敷に呼ばれたそもそものきっかけについて切り出した。
1人だけ酒には手を付けず、テーブルの隅っこで苦い
「あぁ、そうでしたな…。皆様、あれが何だかお解りになりますか?」
ローゼンタールが後方の暖炉を指し示す。その上には大きめの鉱石がデンと鎮座していた。アイリスは目を凝らす。黒と銀色が混ざり合った様な色合いで、ランプの照り返しを受けてキラキラと輝いている。銀鉱石と似ている気もするが、各所から覗くあの水晶状の物質は———。
「…っ!まさか…アダマンタイト?」
「ほう、流石ですな。正解です。この地で採れたアダマンタイトの鉱石になります」
「アダマンタイトが採れるんですか?この地で?」
アイリスは驚きで目を瞠る。それとは対照的にレイトはチンプンカンプンという風に首を傾げていた。
「アダマンタイト。『剛石』とも呼ばれるわね。史上最硬強度を誇る希少金属の1つ。その強度は鉄の10倍近いとも言われているわ」
「確かに主原産地はトンプソールの方だよね。シドニアで採れるのは珍しいかも」
「その通りです。だからこそ、このビルハミルはシドニアでも有数の特区となったのですが…」
誇っていい筈の事だが、ローゼンタールの口調が僅かに言い淀むような気配を帯びる。口の滑りを良くするかのように水を一口含むと、若き領主がポツポツと語りだした。
「問題となっているのは、今それの採掘を担って頂いている者たち…『カラバ族』達の事です。少し…というか大分不愉快な話も混ざるのですが…」
どうも1週間ぶりです。
今回からSaga6となります。先週はお休みしましたが、『怪物図鑑』なるものも追加しています。そちらも是非チェックをお願いします。
ご意見・ご感想など頂けると励みなります。
それでは。