仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ
異世界転生者にして、仮面ライダーディライトを名乗って戦う少年レイト。
世界を蝕む怪物『デブリス』との戦いに身を投じる傍ら、その力を利用する謎の存在『デブリーター』とも対峙していかなければならない。
壁の外に生きる人間達の実情を目の当たりにしながら、この世界で生きていく術を求めて城塞都市『セルフック』を目指していく————。


Saga7 ゴースト~在りし日の幻~①

◇◇◇◇◇

 この世界に来て何度か、息を飲む様な圧倒的な光景を目にしてきた。

 例えば、日によってその色合いを変える衛星ルネアの妖しい美しさだったり

 例えば、行く手にどこまでも広がるステラスフィア山脈の雄大さだったり。

 レイトが生まれた現代の日本ではまずお目にかかれない壮麗な自然風景に何度も目を奪われ、圧倒されてきた。だが今、目前に迫っている光景はそれらとは根本的に異なるものである事は間違いない。

 

「すごぉい‼あれが『セルフック』なんだ!」

「ええ、シドニア西部最大の城塞都市で商業の都とも呼ばれてるわ。ようやく辿り着けたわね」

 はしゃぐ声を上げるマヤに、少し感慨深げな笑みを浮かべてアイリスが答える。その視線の先には周囲を約20ハンズはあろうかという塀に囲まれた城郭都市『セルフック』の威容が広がっていた。この世界に降り立った時からざっと20日程。ようやく当初の目的地へ辿り着いたのだ。どこを目指しているのかもわからない浮き草の様な気分にも、多少地に足がついたような心強さを感じ始めていた。

 

「マヤはああいう都市部には言った事ないの?」

「うん。人間の集落に近づいた事はあるけど、あんまり人のいる所には行くなって言われてたし」

 

 ビルハミルから山を1つ超え、周囲を山地に囲まれた平原に突如現れた城塞都市は、かつて隕石の衝突によって出来た盆地を開拓してできた都市であり、そのため都市の形状はキレイな円形となっている。城郭からはシドニア様式の色とりどりの三角錐形の屋根がいくつも覗き見た目にも鮮やかだが、勿論ただ優美というだけではない。都市の城郭は大抵デブリスから防御する為のものであり、見張り場である門塔や攻撃用の狭間を設けられた張り出し陣が設置され、それがまた都市の威風堂々とした雰囲気を強調してもいた。幻想的な情景と質実剛健とした実在感を持つ、正しくファンタジー世界といえばこうだと思えるような都市である。

 

 だが、本当の現実は物語の様に神秘に満ちたものであってはくれないらしい。

 

「…?なんか…変な臭いしない?」

 マヤが鼻をひくつかせて言った。言われてレイトも周囲の空気を吸い込む。言われてみれば、微かにハッカの様な刺激臭が空気を漂っている気がするが、そんなに気になるレベルではない。もっとも、リンクスとして人一倍感覚が鋭敏なマヤには充分に気になるというレベルなのかもしれないが。

 

「ああ、これはね…強力なデブリス用の嫌忌剤なの」

「嫌忌剤?…あ、そっか…あの街の周りに撒かれてるって事か」

「そう。あれを見て」

 アイリスが都市を取り巻く壁を指差す。近づくとその壁面には数本の太いパイプが張り巡らされ、一定間隔で常に水蒸気の様なものを放出しているのが見えた。その様はどこか煤煙を吹き出す工場の様でもあり、レイトにはどこか物々しい雰囲気を感じさせた。

 

「ああやって高濃度配合の嫌忌剤を常に散布してるの。大型の強力なデブリスですら裸足で逃げ出すって言われてるわね」

「…そんなの常にばら撒かれてて、街の人達に影響はないの?」

「城壁が防いでくれるし、一応、人体に毒性はないって話だけど…長く吸い過ぎるとマズいかもしれないわね。それでも…」

 

 アイリスの顔が僅かに苦悶に歪んだ。嫌気剤の霧が立ち込める中、よく目を凝らすと城郭の周りにいくつもの粗末なバラックが無数に並んでいるのが見えた。街の壮麗さとは打って変わったその光景は前に見た事がある。ビルハミルのマディバレーに暮らしていたカラバ達の居住地が確かあんな感じだった。

 

「あれってもしかして…壁の外の人たち…?」

「そう。城塞都市の近くにはああいう居住区がいくつも作られてるの。嫌忌剤での健康リスクが高まったとしても、デブリスに襲われる可能性は少ないからね…」

「何それ!なんで壁の中に入れてあげないのよ?」

「無茶言うな。デブリスに汚染されていない土地は限られてる。その僅かなハコの中に収めるには、人間は数が多すぎるからな…」

 

 ゼオラの冷静な言葉に、マヤが承服できないとばかりに顔を顰める。酷薄な様でいて、だが確かにその言葉は真実だ。必要なリソースが限られているならば、それを分け合う為に助け合うのではなく、奪い合う道を選ぶ。どの世界でも当たり前に行われている事だ。だが分かっていても———否、分かっているからこそ、消えないわだかまりがレイトの中に渦巻いていた。

 

『最も全員がその恩恵にぶら下がれるって訳じゃねぇんだけどな…』

 

 かつてジェイクが僅かに怒気を孕んだ声で呟いていたのを思い出す。そうして見るとあの城郭の威容も、人の世に頑然と横たわる分断の象徴の様に思えてならなかった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 何はともあれ街の中に入り、レイトとアイリスは彼女が懇意にしているギルドに向かう事となった。ジェイクにかつて勧められた通り、ギルドに登録して市民資格を得るのが目的だ。因みにマヤはゼオラを連れて買い物へ飛び出していった。リヤカーを完成させる為にどうしても必要なものがあるのだと話していた。

 

 ギルドに登録できれば例え記憶がなかったとしても、その登録証が身分証明として機能するし、この世界で生きていく事も今よりは容易になる。現在のところはアイリスのパラディンの威光に従って生きている様なものだが、それも解消される筈…ではあるのだが、その時自分たちの関係はどうなってしまうのか、という不安が今はある。レイトとしては正直なところこのまま彼女たちと旅を続けてもいいと思っているのだが、当のアイリスがどう思っているのかが解らないため、その事は伝えられないでいる。

 そんなレイトの懊悩を他所に、直ぐに2人は対デブリス討伐専門ギルド『グランメイターズ』の門戸———テンプレなイメージと違わず、酒場風の建物だった———をくぐる事になった。

 

「登録をって簡単に言ってもねぇ…アイリィ、素性の分からない子を簡単に雇えるほどウチも甘くはないんだよ?」

 建物内に入るなり、2人は直ぐにそこのギルド長の部屋へと通された。ギルドの長というと、如何にも歴戦のツワモノ然とした強面の男が出てきそうだが、ここの長は女性だった。トンプソール系の血をひいていると思しき褐色の肌に、身長180テニー近い筋骨逞しい体躯を持つギルド長・ジョアンナはアイリスがパラディンとして旅に出た当初からの知り合いであるらしく、口調からもその関係の気安さが伺えた。

 

「確かに昔ギルドは来る者拒まずの駆け込み院だったけどさ、あのランク分け制度が立ってからそうも行かなくなって来てるんだよ。喜ばしい事に構成員の死者数も減って、次から次へと雇うってマネもし辛くなってるしねぇ…」

 ジョアンナが紫煙をくゆらせながら、気怠そうにぼやく。横に座るアイリスが「でもジョアンナさん!」と不満げに口を尖らせた。

 

「私は彼と半月近く行動を共にしてきました。その結果、能力面でも人格面でも信用に値すると思ってます。決してギルドの不利益になる様なことは———」

「わかってるよ、アイリィ。何もアンタの人を見る目を信用してないって事はないんだ…。…なぁ、レイト…だっけか?」

「は、はい…」

 精悍なジョアンナ女史の瞳に睨み据えられ、レイトは思わず身を仰け反らせそうになるが、もしかしたら度胸を試されているのかもと思い、精一杯の意志力を総動員して堪えた。

 

「アンタが銀級——いや、事によっちゃ金級相当のコカトリスを倒したって聞いたけど…それは本当かい?」

「えぇ…でもあれも殆どは——」

 アイリィのお陰だと言おうとしたが、当の本人が余計な謙遜はするなと言わんばかりの目線で睨みつけてきた為、慌てて頷いた。ジョアンナは「ふぅん…そうかい…」と満足げに頷くと職員を呼びつけ、レイトに1枚の紙きれを手渡した。

 

「それじゃ、アンタに今から入団試験を課そう。この依頼を誰の手も借りずにクリア出来たら、入団を認めようじゃないか」

「じょ、ジョアンナさん…いきなり1人でなんて…」

「能力的にも信用がおけるって言ったのはアンタだよ、アイリィ。低級のデブリス相手に怖気づく奴を雇えるほど、どのギルドも懐事情は甘くない」

 

 レイトは依頼書に目を落とした。相手は———『ブラックドッグ』。黒い体色を持つコボルトの亜種で、あちらよりは更に体が大きく性格も凶暴だが、それでもコカトリスや人狼と比べれば遥かに危険性は薄い。それを合計10体討伐する事、と依頼書にはある。確かにあまり難しい依頼とは思えなかった。

 

「必要な情報は依頼書に書かれている。アドバイスを貰う位は許すが、その依頼をどう進めるかはアンタが決めるんだ。…どうする?やってみるかい?」

「…わかりました。やってみます」

 今後の自分の身の振り方がどうなるにせよ、確かにいつまでも誰かに頼ってばかりとはいかないだろう。心配しきり、といった風のアイリスを安心させる様にレイトは力強く頷いて見せた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 霧立ち込める湿原の中を、銀色の一角獣——ユニオがレイトを乗せたまま疾駆していく。湿潤な気候とステラスフィア山脈から流れ出る雪解け水の影響もあって、シドニアはこうした湿地が多い。錬真術の材料に欠かせない蒸留酒の精製には水が必要となる為、そういう点では恵みを生む土地なのだが、お陰で農業には向き辛く、デブリス発生の温床ともなりやすい。しかもこうして霧に包まれた光景は、体に纏わりつく湿度も手伝って、どこか不気味な印象を持ってしまうのも事実だった。

 

「陰気臭い土地ねぇ…。こんなトコに人が住んでたのかしら?」

「さぁ…マクベス夫人の話じゃ、人が住んでたのは10年も前だって言ってたからな…」

 

 レイト達が目指しているのは、セルフックから2サウドほど離れた場所にある廃村だ。そこを占拠しているブラックドッグデブリスの群れを退治し、出来得る限りの遺品を持ち帰って欲しい———。依頼書に書かれていた内容はその様なものだった。

 

 依頼を進めるに当たり、レイトは先ずギルドに依頼を出した人物——モニク・マクベスという女性に会って話を聞く事にした。依頼が正式に受理された段階で既にギルドマネージャーが話を聞いているので別に会う必要はないのだが、レイト自身は何となく依頼者の顔を直接見た方が仕事への意欲が湧いてくる気もするのだ。

 

 依頼者のモニクはセルフックで商業者が多く集う市場通りに暮らす40代程の女性で、全国を巡る興行師の妻であったらしかった。1年ほど前に夫と死別し、現在はセルフックの小劇場のオーナーに治まる身だが、身寄りを亡くした寂しさもあったのだろう。突然訪ねてきたレイトを嫌な顔一つせずに出迎え、身の上話などを聞かせてくれた。

 

「子どもの頃はこの近くにある『ナースプリング』っていう小さな村で育ったの。貧しかったけど、村中が家族みたいなものだったわ…」

 

 モニクはそう懐かし気に語っていたが、実際はそう牧歌的なものでもなかったのだろう。農業が成り立ちにくく、泥と冷たい水にまみれなければ生きていけない湿地での生活は20年ほど前のモニクには苦痛なものだった。たまたま近くを巡業で通りかかった興行師の夫に惹かれたのもその頃で、家族の反対を押し切り、彼女はほぼ駆け落ち同然でナースプリングを飛び出してしまったのだそうだ。

 幸いな事にモニク達夫婦は興行師としてはそれなりの成功を収め、城郭都市の一角に家を買える位の財は成せた。置き去りにしてきた過去を追う様に故郷にほど近いセルフックの引っ越してきたのが約3カ月ほど前。だがモニクに告げられたのは、ナースプリングは10年くらい前に盗賊の襲撃に合い、壊滅したという知らせだった。

 

「…10年前ですか…。その…ご家族の消息とかは…?」

「…分からないわ。一応、外周部の集落も探してみたのだけれど…ナースプリングに生き残りはいなかった…というのが当時を知る人の話だったわ…」

 モニクの口調には後悔の色と同じくらいに諦観した様な色が覗く。酷薄な様であっても、無法者やデブリス達の襲撃を受けて集落1つが壊滅した、などという報告はこの世界では枚挙に暇がない。レイトが思う以上にこの世界では悲劇はいつも身近に息づいている。

 

「両親と妹と、村の人たち…皆はまだあそこにいるのかしらって思うとやり切れなくて…。村を訪ねてみようと思ったんだけど、今はデブリスが棲みついていて近づけないらしくて…。…お願いします。どうかあそこのデブリスを倒して、出来る限りの遺品を持ち帰って頂けないかしら?」

「…分かりました。任して下さい」

 そうしてモニク邸を飛び出してから、ざっと一刻ほど。今現在はモニクが記憶を頼りに描いてくれた地図を眺めながら、かつてナースプリングと呼ばれていた村を探しているところだった。

 

「えーと…ステラスフィア山脈があそこで…この大きい湿地はさっき通ったから…もっと東の方か…」

「ねぇ、そういえば疑問だったんだけど」

 地図と睨めっこするレイトに唐突にユニオが声を挟む。

 

「あんたって字が読めるのよね?という事は意外と育ちがいいって事なのかしらね?」

「え?…あぁ、いやぁ…どうなんだろうね…?そんな自覚はないんんだけど…」

 

 そう言えば忙しさにかまけてすっかり忘れていたが、今の自分を取り巻く状況にはいくつか疑問点がある。その内の1つが識字能力に関してだ。

 当然ながらこの世界の文字は英語に似ているが、全く異なる体系を持つ独自のものだ。だが、レイトには何故かその意味を読み取ることができた。レイトの肩に彫られている文字列が『レイト』という読みを表す事が、この世界に転生した直後から分かっていたのだ。書く事に関しては覚束ないが、文字の判読に関しては最初から不自由がなかったお陰で、こうして依頼書や地図を読み解く事も問題なく出来ている。

 

 同行しているメンバーがアイリスやゼオラだと忘れがちになるが、この世界の識字率はそこまで高い訳ではない。一般庶民で出来るのは大体土地の有力者だけだったりする為、字の読み書きが出来る層というのはそれなりに地位が高く教育を受けられる者たちという事になる。だが、あくまでも異世界人でしかないレイトが文字を読めるのは一体どういう理屈なのか。転生する際に神様から特典を貰ったという記憶もないし…。

 

「あんたが元いた世界と言葉が同じって事はない?」

「いや…俺が生まれた国の文字とは全然違って————…は?」

 考え事に腐心していたし、ユニオがあまりにも自然に聞いてきたので、つい何気なく返してしまったが———今、とんでもない事を聞かれなかったか⁉

 

「な、何でお前がその事を…!…じゃなくて!元いた世界って…!一体…!何を言って——⁉」

「あら、カマをかけてみただけなんだけど。その反応から見るにどうやら本当なのね」

 気にした風もなく超然と言ってのけるユニオを、レイトは慄然とする思いで見上げた。

「…何でわかったの?」

「まぁ、勘ね。あんた記憶喪失の割には我がしっかりし過ぎてるのよ。記憶喪失っていうのが噓なんじゃないかとは疑ったんだけど、この世界の常識に乏しいにはホントみたいだし…。そう考えたら、後は異世界からやってきたんじゃないかと思ったの」

 …そんなものだろうか?少しばかり——というか、かなり思考が飛躍している気がするのだが…。そう伝えてみたが、ユニオ本人は「伊達に200年近く生きてないわよ」と気にした風もなかった。

 

「…で?あんたは本当に異世界からの来訪者って事でいいのかしら?」

 どうやらこの相棒には隠し立てしても無駄な様だ。レイトは問われるまま、この世界で目覚めた経緯を詳しく話す事にした。

 

「…なぁるほどねぇ…。前言撤回、確かにそれは200年生きてても意味不明の事態だわ」

「だよなぁ…。後さ…この事、アイリィ達には…」

「言わないわよ。あの娘達にはまだ理解が及ばないでしょうね」

 レイトはホッと息をついた。彼女たちに嘘を吐いている罪悪感は強く残るが、それでも本当の事を告げてしまう事で、今の関係性がひどく壊れてしまう気がしてならなかった。だがそんな甘ったれた思考に「でもねレイト、いつまでもこのままって訳にもいかないでしょ」とユニオが口を挟んできた。

 

「今後の身の振り方も考えて、あんたに起こった事を少しずつ考えていかないと…。鍵になるかもしれないのは…あんたとマヤの関係ね」

「マヤとの…?…それってどういう事?」

 ユニオが、気付かないのかと言わんばっかりに盛大にため息を吐いた。

 

「あのね、マヤはアンタの事を幼馴染だ、と言ったのよ?それはつまり昔のあんたを知っているって事じゃない」

「うーん…でもそれってマヤの人違いなんじゃ…?」

 事実、レイトはマヤの事を知らないのだ。だがユニオは首を振る。

 

「一途なあの娘に限ってそんな事あり得ないわよ。逆にさ…こう考えたらどう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だけだって」

「…?それって…つまりどういう事?」

「つまりね…」

 ユニオの口調がいつになく真剣さを強く帯びる。レイトの緊張感が強くなった。

 

「あんたは確かにこの世界に生まれ変わって、新たな人生を歩んできた。でも何かがきっかけとなって“日比野玲人”としての記憶を取り戻し、その代償にこの世界での記憶をなくしてしまったとしたら?つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?…って言ってるのよ」

 

 頭を揺さぶられる様な衝撃がレイトの体中を駆け回る。確かにそういう風に考えた事はなかった。だがそう考えれば、様々な疑問が———何故いきなりあの森で目覚めたのか。何故見知らぬ少女が自分の事を知っていたのか。何故この世界の文字を読む事ができるのか———氷解していく様な気がする。

 

「欠けているピースは俺の記憶…。もしかして、俺がライトライドラッグを生み出せる理由とかも…そこにあるってことか?」

「ま、あくまで推測だけどね。でも少しは後ろめたさもなくならない?アイリィの言う通り、あんたは世界に光明を齎す存在なのかもしれないわよ?」

「さ、さぁ…それはどうか…。でも…うん、少し気は楽になったよ…。ありがとう、ユニオ」

 

 どういたしまして、と頷くユニオに微笑みつつ、レイト達は依頼の場所の捜索を再開する事にした。ずっと1人見知らぬ異世界に落とされたのだとばかり思っていたが、もしかしたらこの世界にも自分のルーツとも言うべきものが、拠り所が存在しているのかもしれない。何の確証もないが、そう考えると霧中の中にも微かな光明が灯っているかの様だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 それから間もなくしてナースプリングは———否、正確にはその跡地が見つかった。

 

 周囲を覆う木の壁はいまやすっかり朽ち果て、かつてこの地に息づいていたであろう人の痕跡なぞ全く感じられなかった。ナースプリングが滅んでから10年…手を入れる者がいなくなり、ただ荒涼と佇む町の墓標を眺めながら、レイトは愁然(しゅうぜん)と手を合わせた。

 

 壁の隙間から中を覗くと、現在の住人達———黒い体毛で体中を覆った筋肉質なコボルト種『ブラックドッグデブリス』の姿が見えた。手に手に握られているのは鎌や桑などの鉄製の農具が多い。まさか彼らが農業をしているという事はないから、恐らく村に落ちていた物を拾って使っているのだろう。

 

「数は1,2,3……12体か。ちょっと骨が折れそうね…」

「下手にランドマンナイツで暴れると村ごと壊しそうだしな…。それなら久々の…!」

〈ファイア!アイアン!ファンタスティック!闘魂のレシピ‼〉

 ベルトの音に反応し、ブラックドッグ達が一斉にこちらを振り返った。つくづく思うが、仮面ライダーはステルスには向かない。

 

「変身!」

〈オールセット、ディライト!ヒートアップファイター!メタレイズナイツ‼〉

 

 レイトの姿が赤と黒鉄色のディライトへと変わる。ワウワウ!と威嚇の鳴き声を響かせながら、ブラックドッグが大挙として襲い掛かってくる。ディライトはアックスモードに変形させたトランスラッシャーを構えながら、己の心を湧き立たせていく。恐れや怒りに焼かれるな。依頼人の、あの女性の願いを何としても叶えろ———!

 

 手斧を振り抜くと、湧き上がった炎のエレメントが波濤の様な勢いで解き放たれ、ブラックドッグを吹き飛ばす。メタレイズナイツの特殊能力は変身者の思いに呼応し、その能力を跳ね上げるものだ。前は怒りに駆られてその使い方を誤ってしまったが、今ならば正しくその力を使いこなせる気がする。やはり依頼人の話は直接聞いておくべきだ、と思えた。

 

「それじゃ、ここから先は俺のサーガ…行くぞっ‼」

 

 ディライトは斧を振りかぶり、敵の間合いへと突っ込んでいく。ブラックドッグも農具を握りながら反撃しようとしてくるが、元々朽ちかけの農具など鉄のマテリアメイルの前には何の脅威にもならない。寧ろ警戒すべきなのはそのパワーの方だ。あの数に囲まれてリンチに合ってしまえばディライトと言えどタダでは済まない。ディライトは強化された動体視力で敵の攻撃を的確に見切りながら、トランスラッシャーを振り抜き犬人間どもを1体ずつ焼き切っていく。

 

 その内、ブラックドッグ達も数で押せば何とかなる事に気付き始めた様で、何体かがディライトの背後へ回ろうとしたが、それらは直後に後方から鋼鉄のユニコーンに蹴り飛ばされ、沈黙することになった。

 

「誰の手も借りるなって話だったけど…流石に私はノーカンよね?」

「違いないや。助かるよ」

 まさか馬が戦闘に手を貸してくれたなんて言っても、誰も信じないだろうし。

 

 デブリス達が牙を剥き出しにしながら、一気に襲い掛かってくる。半数以上の仲間を倒されたら普通は不利を判断して逃げ出しそうなものだが、ことデブリス達はそういう事を殆どしない。自らの生存よりも何がなんでも敵対者の殲滅に固執する彼らは、確かに生物という枠組みで見たらかなり異質な存在だ。

 自分もそうだが、彼らもまた一体何故この世界に現れ、何を目的に生きているのか。気にならないでもなかったが、言葉が通じる訳ではない。人の生活を彼らが脅かす存在である以上、戦うより道はないのだ。

 

〈エブリッション!ヴァリアントファイア‼〉

 

 ディライトの両拳に炎のエレメントが纏わりつき、殺到するブラックドッグ達に片端から拳撃を浴びせていく。退く事も知らない蛮勇の獣たちはやがて全員がナースプリングの地面に沈む事となった。

 

「お疲れ様。これでミッションコンプリートね」

「まだだよ。遺留品をマクベス夫人まで持ち帰らないと」

 大きな果樹の木が庭に植えられていて、庭側には父の趣味だった飾り窓が設えられている…。モニクが言っていた家の特徴を思い返す。10年も経てば建造物はだいぶ劣化してしまうものだが、ナースプリングは元々数家族しか住んでいない様な小さい集落だった為、直ぐに分かった。倒したブラックドッグを全てレセプト化し、捜索を開始する。何だか墓荒らしでもしている気分だが、こればっかりは依頼なのだから仕方ない。とは言うものの盗賊たちに荒らされた後とあっては、それほど貴重なものは残されていないだろう。せめて何か思い出になりそうなものでも残っていればいいのだが。

 

「…パーティーでもしようとしてたのかしらね?」

 ユニオが周囲を見渡しながら、ボソリと呟いた。「そりゃまたどうして?」とユニオの視線の先に目を転じる。

「ほら、見なさい。テーブルや椅子が村の中央広場に出しっ放しになってるじゃない。お祝いの為に皆で集まろうとしてた、と見るべきか…。それに各家のドアにリースを飾った形跡があるでしょう。あれはこの辺りで祝い事をする時の習慣よ」

「…詳しいね…。ユニコーンなのに…」

 

 そう言われて家の中を見渡すと、窓際に白いドレスを着た人形が飾ってあるのを見つけた。人形は如何にも手作りだが、ドレスにあしらわれた花飾りなどが何とも鮮やかだ。これは、もしかしなくても結婚式の記念品なのではないか———?

 人形に手をかけた、その直後。

 背筋を何か冷たい感覚が通り抜ける様な、妙な空気感が一瞬で辺り一面に押し広げられた。

 

「…っ⁉…何だ、この気配…?」

 通常レイトにデブリスの出現を察知する様な鋭敏な感覚はない。だがこの気配———足元から何か悍ましいモノが這い上がろうとしている感覚は察知できた。気配の中心点となっているのは———ディライトとユニオは村の中心に置かれた石造りの井戸に目を転じた。井戸を中心点として濛々と舞い上がる瘴気が周囲を一気に暗く染めていく。やがて井戸の端に何かが手をかけ、ゆっくりとその姿を現した。

 

 青白く輝くミイラ、とでも形容すればいいのだろうか。まるで蝋細工か何かの様にヌラリとした異様な質感を持つ体はガリガリに痩せていて、まるで骨が動いている様だ。だが頭部にはザンバラと乱れた髪が腰ほどまで生えており、身に纏う白いドレスからもその姿は女性ではないかと伺える。眼窩には収まるべき目がもうないが、鬼火の様な異様な輝きが炯々と煌めき、こちらを睨みつけている様だった。

 

 血で汚れた白いドレス。まるで何かを恨むかの様な低い声。そして足もなく中にふわりと浮かぶその姿。例え見た事もないデブリスだったとしても、レイトにはその正体がよく分かった。

 

「…幽霊(ゴースト)か…!」

 

 ゴーストがまるで呼びかけに答えるかの様に、レイト達へと襲い掛かってくる。決して速い訳ではないが、青白く明滅する体とユラユラとした不連続な動き方の所為で、動きがとにかく読み辛い。ディライトは即座に左側へと飛び退り、攻撃を回避した。ゴーストの爪が家の壁を切り裂く。細身の身体からは信じられないパワーだ。狙いを外したゴーストがまたしても恨めし気な声を上げ、ディライトへと向かってきた。その異様な執念深さにディライトの背筋が一気に凍り付きそうになったが、恐れている場合ではない。この幽霊を倒さない事にはマクベス夫人からの依頼を達成できないのだ。

 

「こいつっ…舐めるなよ!」

 ディライトがトランスラッシャーを横薙ぎに振るい、ゴーストの胴部を切り裂く———と思いきや、刃はスカッと幽霊の体を素通りしただけで終わった。肉を切り裂く手応えすらない。レイトは今度こそ総毛立つ思いに襲われる事となった。

 

 …まさかコイツには…実体がないのか…?

 

「くそっ…!そんな訳あるか…‼」

 ディライトが今度は頭部に向けて剣を突き差すが、やはりそれも怪物には一切のダメージを与えられなかった。幽霊は一切怯んだ様子もなく、腕をダラリと前に向けてディライトへとゆっくり近づいてくる。

 

「…なら…!これならどうだ!」

〈レイザードナイツ‼〉

 

 青の水属のファンタスティックヒットへとチェンジしたディライトは、左腕のノズルブラスタを全開にして勢いよく冷気ガスを放出した。実体がないならば凍らせてしまえばいい、という判断だったが、冷気を突き破り幽霊は何事もないかの様に飛び出してきた。

 腐乱した水死体の様な幽霊の手が、ディライトの喉輪に食いつき、ギリギリと締め上げてくる。敵の能力なのかそれとも幽霊という存在故か、掴まれた箇所がまるで氷でも押し当てられたかの様に冷たくなっていく。

 

「こっちからは攻撃できないのに…向こうからは触れられるのかよ!そんな理不尽なっ…」

〈ミスリックナイツ‼〉

 

 ディライトは霊薬を交換し、ミスリックナイツへとチェンジする。ミスリックナイツの頭部のアーマムエレメントが強烈なフラッシュを発すると、幽霊が目を覆い、慌てて後方へと引き下がった。やはり光はそれなりに有効な様だった。ディライトがベルトのエブリッションスターターに手をかけ、霊薬の最大の力を発動させる。

 

〈ヴァリアントフラッシュ‼〉

 

 ベルトが激しく輝き、ゴーストの動きを硬直させる。デブリスの細胞を硬直させるミスリックナイツの特殊能力だ。好機とばかりにディライトがゴーストの心臓目がけて勢いよく水平蹴りを放つ。果たしてディライトのキックは期待通り、幽霊の胸を貫く事の成功した。

 だが、驚くべき事にゴーストはそれでも動きを止めなかった。脚が突き刺さり、動く事が出来ないディライトに向けて腕を伸ばし、その体を密着させて来る。

 

 幽霊の体から発する煙の様な瘴気がディライトの体へ纏わりつくと、レイトは意識に何者かが侵入してくる感覚を味わう。

 それは叫びの様だった。

 無数の思念が渦巻いて、何かを必死に叫んでいる。それは喜びの様であり、または悲しみの様でもある。狂った様に叫笑し、悲嘆にくれ、恥辱に咽び、それでもやはり()()()()()()()()。強烈な怒りの感情がディライトの心にまで流れ込み、その意思を取り込もうとしているのがレイトには感じられた。このまま引っ張られれば、きっと自分は元の場所には戻って来られない。レイトという人間を構成する境界すら崩れ去り、彼らの意思の一部となるのだろう。

 …でも、それでもいいのかもしれない。それで彼らのこの限りない無念が少しでも静まるのなら…———。

 

「あんたねぇ…人の男に何をやってるのよ‼」

「ぶへぇっっ⁉」

 

 突如、ユニオが怒りの声を上げて幽霊を蹴り上げた。実体のない幽霊の体を当然脚は素通りするが、その蹴りは代わりにディライトの顎へとクリーンヒットした。纏わりついていた幽霊から引き離され、ディライトは村の端まで一気に吹き飛ばされる事となった。

 

「痛ててて…何するんだよお前は⁉」

「お陰で脱出できたのよ、ありがたく思いなさい」

 悪びれた風もなくユニオが言う。確かに意識が朦朧としていたが、かなりヤバい状況であった事は間違いない。だが、それと顎がかち割れる位のパワーで蹴られたのでは大して変わらない気がするのだが…。

 

「レイト、今のあんたではあいつには勝てないわ。残念だけど、ここは一度撤退しましょう」

「…いや、ダメだ…。ここまで来たんだ…。アイツを倒して依頼を完遂しないと…」

「あんたねぇ…、…少しは!自分を!大事にしやがれっ‼」

「ぶへぇっっ⁉」

 またしてもユニオの強烈な後ろ蹴りが炸裂し、今度こそディライトは沈黙した。

 

「悪く思わないでよね?あんたは色んな事に引っ張られ過ぎなのよ」

 完全に気絶しているディライトを背中に乗せると、ユニオはそのままセルフックまでの道を引き返していく。背後であのゴーストの怨嗟の様な叫びが暫く湿地中に轟いていた。

 

 




少し長くなりました。今回はここまで。

レイトがただの異世界転生者でない可能性が浮上したりと、何気に重要な回です。レイト周りの設定はかなり複雑なので、のちに解説していきます。
今回のSaga7はSaga4並みに物語が動く回なので、次回以降もどうぞお見逃しなく。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。
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