現代の日本から、デブリスという怪物が跋扈する異世界に転生してきた少年・レイト。偶然手にした伝説の勇者の力で仮面ライダーディライトを名乗り、今日も今日とて仲間達と様々な困難に立ち向かっていく。
だが、今のレイトにはこっちの世界で転生し、暫く暮らしていた記憶が抜け落ちている。その記憶の鍵を握るのが、幼馴染を自称する少女マヤなのだが、果たして———?
◇◇◇◇◇
ゴロゴロ…と頭の芯に直接響く様な唸りが山の稜線を下って、耳に直接飛び込んでくる。レイトがふと顔を上げると、ステラスフィア山脈の一角、険峻な高山と緩やかな低山で構成された(さながらヒトコブラクダに見える)双子山の頂上に黒雲が垂れ込めているのが見えた。天候が荒れるかな?と僅かに身構えるが、雷雲は動く気配もなく暫くその場に滞留しているだけだった。
野宿には慣れてきた感があるが、やはり雨に降られるのは勘弁願いたい。ほっと一息を吐くと、ブラシを握る手に力を込めて鋼鉄製の馬———ユニオの洗体を再開した。
「どう、ユニオ?気持ちいい?」
「気持ちいい…かは、分かんないわねぇ…。なんせ皮膚感覚がないから」
「あ、そっか…。ゴメン…」
「謝るんじゃないわよ。私は別に気にしてないし」
そんなもんかね?とレイトは手のブラシを見つめた。生身の肉体を喪失して以来、その魂魄だけを鋼鉄の肉体に移し替え、『
城塞都市『セルフック』から王都『ダルウィン』を目指して旅立ってから、はや数日。その間に大雨に降られて立ち往生する羽目になったり、山から里へ降り立ってきたハルピーの群れと戦う事になったりと様々な事があったものだが、何はともあれ今日も大過なく1日が終わった。同行者の少女たちは近くに渓流が流れていたのをいいことに、現在は水浴びに行っている。
今夜は空の衛星ルネアが満開状態になっている為、夜の空でも十二分に明るい。こんな森林の奥底で身目麗しい少女たちが生のままの姿で沐浴しているとは———思わず思考が不埒な方向に傾きかけたのを自覚したレイトは慌ててユニオを擦る手に力を込めた。
だが、
「ちょっと。私というものがありながら、隣で不品行な事考えるのはやめて貰える?」
呆れ返った様なユニオの声に諭され、思わず鉄製のボディーに頭から突っ込みそうになった。
「ななななな…!何でわかっ…———じゃなくて‼なんの話してるの⁉」
「隠した気でいるの?手先からアンタの煩悩が伝わってくるのよ」
「嘘つけ!感覚がないって言ったのはお前だろうが‼」
「これは感覚じゃなくて、経験則よ。…まぁ、アンタくらいの年頃の男子が、女の子に囲まれてそういう事を考えない方がよっぽど不健全だとも思うから、いいんじゃないかしら?」
ユニオが訳知り顔でうんうんと頷いて見せるが、激しく余計なお世話である。「うっさい‼」とその顔にブラシをぶつけようとした所で、「何が不健全だって?」と後ろから声を掛けられ、レイトはまたしてももんどりを打って倒れ込みそうになった。
後ろを振り返ると、マヤが大きなバケツを持って立っていた。焦げ茶色の髪の毛に僅かな湿り気が帯びている事から、恐らく水浴をしてきた後なのだろう。下世話な事を考えていた後ろめたさが顔に出そうになったが、何とか表情を取り繕った。
「お帰り。川、冷たくなかった?」
「少し…というか、だ~いぶ冷たかったなぁ。レイトもあんまり遅くならない内に行っちゃいなね?」
「うん、そうする。ところで…それは?」
レイトの目がマヤの持つバケツに注がれる。中には柄付きのブラシが浸かっている事から大体の想像はつくのだが…。マヤがえへへと頭を掻いて笑った。
「ユニオを磨いてあげようかと思ってたんだけど…いらなかったみたいだね?」
「そうよねぇ…。アンタが来なければ折角2人きりの蜜月だったのに…」
「蜜月言うな蜜月て‼」
「あんたそれでも眷族かぁっ⁉」
2人の抗議の声が夜の森にこだまするが、ユニオは文字通りの鉄面皮で知らん顔を決め込む。そんな様子が可笑しくもあり、やがてどちらからともなくクスクスと忍び笑いを漏らし始めた。
なんか不思議な感覚がする。レイトはあまり人づきあいが得意な方ではないのだが、彼女とはあまり気負わずに会話ができるし、妙に馬が合う所もある。彼女自身の性格もあるのだろうが、櫻井明日未や三枝努とも通じる様な気安さを感じる事がある…。
「あのさ、マヤ…」
「ん?どうかした?」
「聞いてもいいかな?記憶を失う前の俺と君がどういう風に出会ったのか…とか」
マヤの顔に微かに驚きの色が灯る。レイトが記憶喪失と分かって以来、何となく互いに避けていた話題だった。
何故か自分の事を知っている少女に対して、異世界人である事を気取られない様にずっと記憶喪失であると振る舞ってきたが、先日ユニオからそれがあながち嘘ではないのではないか、という可能性を指摘されていた。もしかしたら、レイトの中には彼女と過ごした日々が眠っているのかもしれなくて、そこに自分に纏わる秘密——何故この世界で目覚めたのか。何故ライトライドラッグを生み出せるのか——が隠されている気がしてならなくなっていた。
第一———これ以上、彼女との関係に後ろめたさを抱えていたくない。
マヤは少し記憶を整理する様に、う~ん…と考え込むと、やがてポツリポツリと口を開いた。
「昔…9年くらい前かな?私、リンクスの村を飛び出した事があるんだよね。…なんか、狭い村の中にずっといるのが嫌になっちゃって…」
「飛び出したって…9年前だったら、マヤ6歳じゃん。凄い行動力だね…」
6歳の頃の自分なんてプラネタリウムにも入れなかったのに。
「あはは、確かに今考えると無謀だよね。でも、錬真術師がいつまでも小さなコミュニティに籠ってるのは良くないって、当時は割と真剣に考えてた。…でも、確かに現実はそんなに甘くなかった。飛び出して直ぐに人買いみたいな連中に捕まっちゃって…」
「人買い…⁉よく無事だったね…?」
「ホントホント。無事逃げ出せてラッキーってもんだよ」
重たい空気は好きではない。だから気楽に言っているが、あの時の恐怖感はマヤの中にまだしっかりと息づいている。頭に獣の様な耳を生やしているマヤを見つけた男たちは子どもだったマヤを容赦なく縛り上げ、そのまま連れ去ってしまった。
行き場をなくした人間の子どもを捕えては、金持ちに奴隷や愛玩物として売り渡そうとする輩はどの時代に存在している。下手すれば彼女もその様な運命を辿っていたのかもしれないが、そこは錬真術師として多少の心得があったマヤは賊たちの隙をついて上手く脱出する事に成功した。
だが故郷への道も分からなくなり、しかもおり悪く季節は真冬。逃げて間もない内に彼女は見知らぬ土地で体力も尽き果て、行き倒れる事となってしまった。
「マヤ…ご愁傷様…」
「いや、生きてるから!死んだんなら今の私はなんだ‼」
マヤがレイトの頬をつねり上げる。勿論、冗談だと分かっている。きっと空気を軽くするために敢えて言ってくれたのだろう。そんな彼の気遣いが嬉しい。
「でも、人買いか…。悪い人間ってのはどこにもいるものだね」
「確かにね。正直、それでもう心が折れそうになっちゃったけど…でも、悪い事ばっかりじゃなかったよね。レイトに会えたのもそれがきっかけだったから」
◇◇◇◇◇
あの日は凍える程に冷たい雨が降っていた。リンクスの村に帰るには持っていたジャイロを修理する必要があったのだが、こんなシドニアに湿地帯では道具も必要な資材も手に入らない。飢えと寒さでそれ以上動けなくなり、泥の中に身を沈ませた時はひどく惨めな気分だった。
(わたし…もう死んじゃうのかな…)
マヤが4歳の時に病で亡くなった曾祖母の様に。
昔飼ってた家猫のナキみたいに。
リンクスでは死は終わりではなく、大いなるサイクルの内の1つだと教えられたけど、こんな誰も知る人がいない土地で息絶えて、湿地の虫たちの餌食にされるなんて絶対ゴメンだ。でも、もう頬を流れる冷たさが涙なのか泥水なのかさえ分からない……。
そんな時だった。
「ねぇ、君…こんなところで何してるの?」
呑気そうな声が雨音に紛れてもよく響く。傍らに立っていたのはマヤと同い年くらいの子どもだった。顔立ちも声もこの年代特有の性が分化しきっていない雰囲気はあるが、恐らく少年だろうと分かる。
傘と防水素材のポンチョを纏った少年がそっとマヤに近づき、自分の服が汚れる事も構わず泥水の中に跪く。恐る恐るという風に、でも確固たる意志を持って差し伸べられた少年の手をマヤは最初ひどく恐れた。目の前の少年は自分とは違うヒト族だ。まだ人買いたちに植え付けられた恐怖感が根強く残るマヤは狼狽し、恐怖に震えていた。
「大丈夫。怖がらないで。ぼくの部屋からきみが倒れてるのを見つけて、助けに来たんだ」
それでも少年は根気よくマヤに声をかけ続けた。自分の雨合羽を差し出してまで少女を雨風から庇い、何とか気を紛らわそうとしたのか、最近読んだ本の内容がこうだったとか、村ではこんな遊びが流行ってるだとか、しまいには全く取り留めのない事を延々と話す。そんな少年の必死さに面食らい、マヤはいつの間にか少年の手を取っていた。
少年が安心した様に「良かったぁ…」と破顔した。やはり寒いのか歯の根がカチカチ言っているが、心からの言葉という感じだった。
「ぼくはレイト・ドメニカ。きみの名前はなんていうの?」
◇◇◇◇◇
「ドメニカ…。それが俺の名前…か?」
「う~ん…記憶が正しければだけどね…。どう?なんかピンとくる?」
初めて語られたマヤとの出会い。そして自分の本当の名前。それを聞けば何か自分の中に封じられた記憶が溢れてくるのでは、と思っていたのだが…残念ながらそんなマンガみたいな劇的な変化は起きてくれる兆しもない。
「ごめん…やっぱりなにも思い出せない…」
「ダメかぁ…。まぁ仕方ないよね。焦らずに行こう、焦らずに」
マヤがあっけらかんと笑って見せる。正直、彼女も少しは期待していたんだろうと思う。ユニオの指摘を受けて、自分の中に彼女の言う『レイト・ドメニカ』の記憶が潜んでいるのではないかと期待したが、話を聞いてもやはりどこか他人事の様な感覚は消えない。実はその説が正しいという確証もない以上、不安感も罪悪感も消えてはくれない。だが、マヤが鷹揚にいてくれる分には、気休めでしかないにしても、少しは気が楽だった。
「しつこいけどさ、それ俺で間違いないんだよね?」
「そんなに記憶力も視力も悪くないよ。10歳になったら肩のところに名前を掘り入れるのが自分たちの習わしだって言ってたし」
「ああ、これか…。これってそういう習わしだったんだ…」
レイトが自分の肩———そこに彫られた黒色の刺青に目をやる。確かにそれほど確かな身分証明もないだろうと思う。
「…それから暫くは、俺の家で暮らしてたって事なんだよね?」
「うん。ジャイロが修理できるまでの間ね。…人間は私達リンクスの事を蔑んで見てるって教えられたし、事実あの人買い達はそうだったんだけど…レイトのお父さんもお母さんも、あとお姉さんも、みんな優しくしてくれたなぁ…」
「お父さんとお母さん…。姉さんもいたのか…」
驚く事にそれは日比野玲人の家族構成と同じだった。最も自分の両親はワーカーホリックで滅多に家に寄りつかなかったし、姉に至っては玲人が小学生だった頃に死んでしまったのだけれど…。
「勿論、レイトもだよ。一緒に錬真術の勉強したり、人の歴史の勉強したり…たった2か月くらいだったけど、今の私があるのはあの時レイトが助けてくれたお陰。…そのお礼が言いたくて、こうして懲りずに旅に出た訳なのですが…」
「…どういたしまして…って言うべきなのかな?全然実感が沸かないけど…」
少し潤んだマヤの視線を受けて、レイトの頬が熱くなる。マヤは気にしないでと言うが、流石にここまで言われて何も思い出せないのはなんだか不誠実な気がしてくる。レイトは己の記憶を必死で手繰り寄せようとする。せめてもう少し手掛かりがあれば…。
「…せめて、その村の場所って思い出せない?実際に行ってみれば、何か分かるかも」
「それが~…子どもの頃の記憶だからイマイチ場所まで思い出せないんだよねぇ…。…そう言えば、あの双子山があったからこの近くじゃないかって思ったんだけど———」
「だらしない記憶力ねぇ…」
「うっさい!外野は黙ってろ‼」
その時だった。
「ブモォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!」
「う…うわあぁぁぁぁぁっっっっっっっ‼」
刹那、森の奥から野獣の様な咆哮、そして人の悲鳴が聞こえてきた。マヤとレイトは迷わず、声のした方向へ駆け出した。直ぐもしない内に、腰を抜かした1人の少年が、巨大な二足歩行の熊———ではない、顔がイノシシの怪物の怪物に迫られている光景が飛び込んできた。
「…っ⁉なんだアリャ…⁉」
「人猪——『カリュードン』ね」
後方から落ち着いた声が聞こえる。振り返るとアイリスとゼオラが走ってくるのが見えた。少し髪が濡れていても、彼女の場合はそれがどこか艶っぽさを増す様な気さえするのだから不思議だ。
「なんだか怪獣みたいな名前だね…。弱点は?」
「土。知能は低いけど、パワーは侮れないわ。接近戦は充分注意して」
「了解。それなら…変身!」
〈ランドパワーストーン‼〉
レイトの姿が仮面ライダーディライトへと変わる。茶色のアーマムエレメントと琥珀色のパワーストーンマテリアメイルの組み合わせは、何とも見た目の相性がいいが…。
「重た…!やっぱり、いまいちパワーでないよな…」
亜種形態はファンタスティックヒットと比して、いまいち能力値が低い。だがデブリスによってはこの方が効果的な事もあるし、何よりファンタスティックヒットは霊薬の消費が激しい。仕方ないか…、と拳同士をゴツンとぶつけ合わせディライトは巨大なイノシシへと突撃していった。
意識を怪物の足元に集中させ、錬真力で地形そのものを操作するイメージ…!
パワーストーンマテリアメイルの力によって、カリュードンの足元に蟻地獄の様な大穴が形成され、怪物の動きを止める。慌てた様に身を捩るカリュードンの横面にディライトが鉄拳をめり込ませる。
「ブタアァァァァァァッッッッッ!!!!!」
カリュードンが叫びを上げて吹っ飛んでいった。ちょいと、イノシシの鳴き声がブタってのはどうなの?と思わないではなかったが、突っ込んでいる余裕はない。吹き飛ばされたダメージなぞ感じさせない勢いでカリュードンが再び立ち上がり、ディライトへ突進してきたからだ。イノシシの癖に受け身が上手いとか反則かよ。
「やっぱり力任せじゃダメか…。それなら——!」
ディライトが指をパチリと鳴らし、地面に手を当てると瞬く間に地面から無数の岩の剣山が形成される。猪突猛進がモットーの人猪はそこに体ごと突っ込み、またしても猛烈な咆哮を上げた。
「これで…仕舞だ!」
〈エブリッション!ヴァリアントクエイク‼〉
ディライトが手を掲げ、頭上に巨大な大岩が形成され、更に凶悪なほど刺々しいスパイクがその表面に何本も浮き上がる。さながら土塊のモーニングスターだ。剣山に突き刺さったまま動きが取れないカリュードンの直上から叩きつけた。イノシシ巨人の断末魔は岩塊同士がぶつかり合う音でかき消され、僅かにしか聞こえなかった。
やがて、カリュードンは派手に血を流し、その場から一歩も動かなくなった。
「よしっ…終わり終わり」
「お疲れ様。回収を忘れないでね」
「わかってるよ…っと」
変身を解除し、カリュードンの死体に空のライドラッグ瓶を向ける。レイトの錬真力に反応した空瓶が青白く輝き、パーティクル化したイノシシを吸い込んでいく。
その光景を眺めながらそれにしても、とアイリスは思う。一緒に旅をしながら、当然レイトにも錬真術の基礎は教え込んでいる。ディライトに変身している間は錬真力が向上している様なので、使えるのは当然なのだが…今は変身せずにデブリスのレセプト化までやってのけて見せた。いくら何でも成長速度が早すぎはしないだろうか?もしかしてディライトドライバーには変身者の錬真力を向上させる力があるとでも言うのだろうか———?
「ぱ、パラディン様ですねっ⁉危ない所を助けて頂き、ありがとうございました‼」
突如黄色い歓声が飛んできて、物思いに沈んでいたアイリスは飛び上がらんばかりに驚く。振り返ると先程カリュードンに襲われていた少年が、彼女の足元に跪いていた。
「ま、待って!あなたを助けたのは私じゃな…」
「…もういいからそういう事にしときなよ…。君、大丈夫?どこかケガしてない?」
レイトの問いに少年は「はい!おかげ様でどこも!」と腕をブンブン振って見せる。どうやら本当に大丈夫らしい。そうなると今度は少年の素性が気になって来る。
少年はアイリス達の中で一番年下のマヤと比べても、幼い様に思える。まだ13歳かそこらではないだろうか。猟師にしては若すぎるきらいもあるし、第一この年頃の少年が日暮れの近い時間に森の中をうろついているというのも妙な話だ。
「こんな時間に森の中をうろつくのは危ないわよ。あなた…どこから来たの?」
「すみません、名乗りが遅れました。僕はコーディと言います。この近くにある『フッカー』という村——いえ、“解放区”の一員なんです」
自信満々に答えるコーディとは対極に、一同は解放区?と怪訝な顔をする。誰も聞いた事がない言葉だった。
「パラディン様、もう少しで日が暮れます。天気も荒れるでしょう。このままフッカーにいらっしゃって下さい。みんな歓迎すると思います」
「え…えぇと…申し出はありがたいのだけれど…その“解放区”というのはどういう場所なの?」
コーディは邪気のなさそうな顔をしているが、だからと言って迂闊にその誘いに乗る訳にはいかない。万が一、盗賊や違法ギルドの拠点に連れていかれたとあっては目も当てられない。コーディもその懸念を察したのか、「あ、大丈夫です。怪しい場所じゃありませんから」と笑顔で答える。
「真の自由を勝ち取る為の砦——という意味だそうです。ティニーポンド様…僕達のパラディン様がそう仰っていました」
「パラディン⁉」
アイリス達全員が驚きの声を上げた。
「…あなた達の村には…パラディンがいるの?」
「ええ。クラーク・ティニーポンド様です。…お会いした事、ありませんか?」
「ない…わね。他のパラディンには会った事ないの」
「そうなんですか。僕たちの村にも他のパラディン様は尋ねて来られた事はなくて…。とにかく一度いらして下さい。きっとティニーポンド様も喜ばれると思います」
もう決まったかの様にコーディは笑顔でこちらです、と先導を始めている。正直他のパラディンの存在は気にならないではなかったが、やはりきな臭さは消えない。アイリスは「どうする?」一同を見渡した。
「…正直、怪しいと思いますね。解放区などという言葉は、パラディンの概念にはない言葉でしょう?」
「でも、他のパラディンは気になるよね…。もしかしたら、ディライトやデブリーターに関して何か情報を持ってるかも…」
「…そうね。マヤはどう思う?」
こういう時、真っ先に口を開きそうな彼女は考えこむ様に口を閉ざしたままだ。何かに思いを馳せる様に黙考すること数秒間、マヤがおずおずと「…行ってみたい、と思う」と口を開いた。
「まだ確信はないんだけど…少し気になる事があるんだよね…。…いや、怪しいとは思ってるから無理にとは言わないけど…」
マヤの返答はやや歯切れが悪い。だが、同じ錬真術師だから分かる。アイリスもマヤも疑念を放っておく事は出来ないタイプの人間だ。何かが喉の奥に引っ掛かっている感触を感じる以上、それは追及しろと言っているのと同義だ。
虎の穴に入れば、得らるるは金糸か牙———。何かを得たければ、危険と分かっていても進まなければいけない事があるのだ。アイリスは覚悟を決めた。
「…分かった、行きましょう。…コーディ、案内をお願い」
コーディが「わかりました!」と嬉しそうに頷き、森の奥へと案内していく。やや急ぎ足なのは浮足立ってる所為か、それとも遠くから雷鳴がとどろき始めている所為か。近くと言った彼の言葉は正しく、少しもせずに一同はフッカーと呼ばれる村へ辿り着いた。
見る限りツンベルクよりも更に全体の面積は小さい。周囲は地面に杭打ちした丸太の塀で囲まれ、あちこちから物見
「…?…なんか、きな臭いな…」
「…やっぱりそうだよね…」
ゼオラがレイトにしか聞こえない様な小声で囁く。確かに村に入ってから…否、村に入る前から妙な雰囲気は感じていた。門を潜る時、普通ならば素性を名乗り、デブリス病への感染を確認しなければならない筈だが、ここではそれもなくコーディの紹介だけですんなり入る事が出来た。おまけに、人々はアイリスの肩に描かれた紋を見たとしても、これまでの場所の様に大仰に騒ぎ立てる事もしない。寧ろ、どこかうんざりした様な目線で申し訳程度に頭を下げるだけだ。これを見て歓迎ムードとはとても思えないだろう。
「なんか皆…お疲れな感じ?」
「確かに。妙に活気が薄いというか…」
コーディの手前、言葉を選んでいるが、活気が薄いというよりもそもそも生気が感じられない。露店で売られているものも粗末で薄味そうなスープで、人々が飲んでいるのも何倍にも薄めた安酒ばかり。楽しむというより、ただ何かを紛らわす様に機械的に呷っているだけという感じだった。
商店通りを抜けて広場に出ると、そこには更に異様な光景が広がっていた。男も女も、子どもや老人でさえも、皆が武器を手に取り、案山子の様な標的に切り掛かっていく。ベアカンファーでゼオラ達が戦闘術を教えていた時もこういう光景だったが、あれともまた何かが異なる。強いて言うなら———
「ここは練兵場です。うちでは衛兵だけでなく、仕事が終わり次第みんなで戦闘訓練を積む事になってるんです」
「戦闘訓練って…何と戦うつもりなの?」
「デブリスとか…あと色々です。とにかく、訓練は必要だってティニーポンド様が仰るので…あ、着きましたよ。あちらがティニーポンド様の居住地です」
少年の指差した先には、小奇麗な館が建っていた。見かけは年季が入っているが、それでも村全体のうらぶれた雰囲気の中ではそこだけ異次元の様でもあった。
突如、レイトの背後でマヤが大きく息を飲みこんだ。
「…やっぱり…ここ…!」
「マヤ?どうしたの?」
先ほどから随分口数が少ない事が気になっていたのだが。レイトが尋ねると、マヤが「ずっと…確証がなかったんだけど…」とオズオズと口を開いた。
「…やっぱり間違いない…。この村…この家…全部覚えてる…。…ここ…レイトの生まれた家だよ…!」
どうもおひさしぶりです。連載を再開します。
前回のエピソードで示した、レイトとマヤの過去に触れていくエピソードになります。前回、ファンタスティックヒットはこれで打ち止めだという話をしましたが、最後の方に大きな出物を用意していますので、どうぞ最後までお付き合いください。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。