仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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今回、レイトの過去が明らかとなります。
それから、今後の展開に関わる重要なアイテムも登場します。


Saga8 レムナント~邪剣の町~②

◇◇◇◇◇

「レイトのご実家…?間違いないの?」

 アイリスの問いにマヤが力強く頷く。9年も前の事とはいえ、村の様子や家の造りなんかはしっかり覚えている。確か『フッカー』という名前もレイトの家族の誰かから聞いたものだった。

 

「…どういうことかな…?そこがどうして今はパラディンの居住地に…?」

「…分かったわ。それとなく探りを入れてみるから、少しの間、私に話をさせて」

 

 小声で話し合う一行に怪訝な顔を向けるコーディを促して、扉を開けて貰う。

 玄関ドアを潜ると目に飛び込んでくるのは、広々としたエントランス。階段の踊り場に設置された大きな窓から差し込む陽光は、来る者の心を温かくほぐす事に一役買っていたと思う。この村同様、元は戦時の拠点だった場所を改修したという洋館は、しかし家主達の細かな手入れと品のいい調度品の影響を受けてか、華美さのない、落ち着いた空間が広がっていた———と記憶している。

 だが…今はどうであろうか。先ず屋敷中に煙たさと油臭さが充満し、それだけで感覚が敏感なマヤには息苦しさを倍増させる。かつてここの家主達が揃えていたであろう調度品も全部置き換えられ、今はただけばけばしい金ピカの壺やら鎧やらが配置も考えずに猥雑に並べられているのみ。こういったセンスというものはマヤにはよく分からないが、これは何かを誇示したいが為に置かれているものだと直感する。

 一応掃除はされている様だが、廊下の隅の埃や壁のヤニ臭さまでは落としきれていない。手入れをする側にもやる気がないし、それをチェックする立場も見過ごしているか気付きもしないかのどっちかだと思った。

 

 9年前、傷ついた自分を迎え入れてくれたドメニカの家はもう存在しない。それどころか、何者かが無遠慮に踏み荒らし、その残り香さえも消し去ってしまった。この屋敷の退廃的な空気感とも合わせて、マヤの胸に嘔気にも似た不快感がせり上がってきた。

 

「マヤ、大丈夫?顔色悪いよ…?」

「レイトこそ…。何か思い出しそうな感覚ある?」

「いや、特には…。…でも、なにか嫌な感覚はする…」

 レイトもマヤに劣らず青い顔をしている。失った記憶の片鱗があるのかもしれないと思えば、緊張もひとしおというものかもしれない。だが、この先に待つのは一体いかなる真実なのだろうか。それはレイトにとって決して優しくないものである可能性がある。

 

 今日あったものが明日には跡形もなく壊れてしまうかもしれない。

 それがこの世界の道理とはいえ、できればレイトにはそんなものを味わってほしくない…。

 

「着きました。この先にクラーク・ティニーポンド様がいらっしゃいます」

 2人の苦悩を他所に、コーディが案内したのは廊下の突き当り、豪奢な扉の前だった。確かここは応接間だった筈。良きにつけ悪しきにつけ、この先に真実がある。アイリスが観念した様に扉に手をかけた。

 失礼します、とコーディが扉を引き開けた。途端、肌に纏わりつく様な油とヤニの臭い、タガが外れたかの様な笑い声がむわっと押し寄せてきた。目の奥を刺激する様な痛みに耐えて目を凝らす。

 

 中央に置かれた長テーブルには肉やパン、スープといった豪勢な料理の残骸が散らばっている。明かりが絞られた部屋全体に煙草の煙が揺蕩っており、かなり見通しが悪い。少なくとも品位ある者の居住区にはとても思えない、というのが正直な感想だ。

 

「よぉ、コーディ!戻ったのか。丁度良かったぜ‼」

「食い物が足りなくなっちまってよぉ。野バトでもイノシシでも、何か食うもの獲って来たんだろうなぁ?」

 

 上座の更に奥、暖炉近くに複数の人間達が密集して座っている。皮張りの椅子に腰かけ、酒を煽っている長髪の男を含めて男性が3人。皆、酒精を纏った赤ら顔で弛緩した様な笑みを浮かべている。彼らにしな垂れかかる様に纏わりついている複数の女性たちも同様だ。この屋敷通りの退廃的な光景に、ゼオラが顔を歪めるのが分かった。

 

 コーディが前に進み出て、彼らに深々と頭を下げて言った。

「申し訳ありません。それが途中でデブリスの襲撃に合い、獲物を捕える事は叶いませんでした」

「あぁっ⁉何だよそりゃぁ。じゃ、てめぇ手ぶらで帰って来たって言うのか?よくそんなんで俺らの前に顔を出せたモンだなぁ⁉」

「はい、その通りです。ですが、道中で彼女に出会ったものですから、一刻も早くクラーク様に面通りして頂く必要があると思ったんです。——ご紹介します、パラディンのアイリス・ルナレス様です」

 

 コーディの紹介を受けてアイリスが堂々と中央の長髪の男———コーディからクラークと呼ばれた、この町のパラディンへと近づいていった。

 

「お初にお目にかかります。パラディンのクラーク・ティニーポンド殿ですね。ご紹介に預かりました通り、アイリス・ルナレスと申します」

 胸に手を当て、少女が軽く頭を下げる。その堂々たる佇まいとは対照的に、取り巻きの男たちはみな一斉に血の気をなくし、驚いた様な表情で固まってしまった。「ぱ、パラディン…⁉マジかよ…」「どうするんだよ、おい…」と明らかに慌てふためいている3人の男を冷たく睨みながら、ゼオラが「やはりな…」と小さく呟いた。

 

「そ、そうかい…。…そりゃぁ、はるばるようこそ…。パラディンのクラーク・ティニーポンドだ、よろしく…」

 パラディンの、という部分を嫌という程強調しながら、長髪の男が歩み寄ってくる。確かに右の鎖骨辺りにアイリスと同じ神聖騎士の紋が浮かんでいる。腰に下げた野太刀の様な大剣もかなりの業物だろううと思える。だが、酒を浴びるほど飲んでいた所為か千鳥足で呂律も回っていない。近付く程、酒やヤニに塗れた体臭が香ってくるが、アイリスは笑顔を崩さず「こちらこそ」とその手を握るなどして見せる。

 

「お、お仲間に会えて嬉しいよ…。取り敢えずかけてくんな…。大したモンは残ってねぇんだが、酒でも———」

「いいえ、突然の来訪で宴席をお邪魔してしまった身ゆえ、ご遠慮させて頂きます。神聖教会の使者たるもの、酒を振る舞って頂く訳にはいきませんもの」

「え…あ、まぁ…そうだった…よなぁ…」

 クラークの目が明らかに泳ぐ。勿論、そんな決まりがある訳ではない。アイリスは笑顔を崩さず、畳みかける様に尋ねた。

 

「ところで今日は何かのお祝い事でしたの?外では人々が困窮に耐えかねている様な雰囲気がありましたけども?」

「そ、そうかね…?…ここら辺が貧しいのはずっと昔からさ…。湿地で作物は育たねぇし、デブリスも多く出る。切り詰めなきゃやっていけねぇさ…」

「そうですか?…ここには食べ物も酒も溢れている様に見えますけども?」

「た、たまたまさ…。今日は大きな狩りが上手くいって、少しばっかり羽目を外そうって話になってだな…」

 

 絶対嘘だ、とレイトは思う。マヤの様な第六感がなくとも、ゼオラの様に人間観察に優れていなくても分かる。

 

 彼らは明らかに、パラディンではない。

 

 パラディンは神聖教会公認の騎士であり、それもあってか彼らを神聖視する者も多く、得られる恩恵も多い。それを狙って体にその紋章を描き、立場を騙って人を騙そうとする輩は数知れない。だが、その行為は教会の決まりで厳しく禁じられているのだ。

 きっと彼らが偽のパラディンであるという証拠を掴もうとしているのだろう。アイリスは尚も話を続ける。

 

「紋は黒色…ティニーポンド殿はまだ未覚醒状態なんですね?聖任されたのは、いつ頃の事なんですか?」

「せ…?あ、あぁ…ざっと5年くらい前さ…。地元の教会でな…」

「それは…大先輩でしたのね。私はまだ旅立ってから1年程しか経っておりませんでしたので…。この村に逗留しておられるのは、一体どういう目的で?」

「え、え~と…か、活動拠点にする為さ…。この村に立ち寄った時、村人達からたまたま空き家だったこの家を貰ってだな———」

 

 転瞬、

「いい加減に…いい加減にしてっ‼」

 

 突如、弾けた怒声がティニーポンドの声を遮った。マヤだった。未だかつて見た事ないほどの怒りの表情で、男たちにトリーガアローを突き付ける。

 

「あんたら偽パラディンの猿芝居に付き合うのは、もううんざり!怪我したくなかったら大人しく質問に答えなさい‼」

「に、偽…⁉おいおい何言ってるんだよ…俺たちは———」

「マヤ…!言ったでしょう、少し堪えてって———!」

「うっさい‼」

 アイリスの制止も振り切り、テーブルも蹴倒さんとする勢いでマヤがズイと前に飛び出した。

 

「空き家だったって…言ったね、さっき…。答えて!この家の人たちは…ドメニカ家の人たちはどこに行ったの⁉」

「なっ…⁉てめぇ、まさかドメニカの関係者かなんかかっ…⁉」

 思わずと言った風に、取り巻きの1人が口走ったのをマヤは聞き逃さなかった。やはり、この男たちはこの家の住人達の所在を知っているのだ。

 

「やっぱり知ってるんだね…。答えなさい…返答次第によっては———」

「マヤ、伏せろ‼」

 直後、後ろから声が爆ぜると同時に、マヤに目がけて巨大な矢が放たれた。咄嗟に身を伏せて躱したが、剛矢から放たれた衝撃波の影響で床に尻餅をついて倒れてしまった。

 

 クラークの横で取り巻きが巨大な弩弓———バスタードアークを構えて立っていた。どうやら放たれたのはアレらしい。

 

「おい、バカ!なに撃ってるんだよ、てめぇっ‼」

「だ、だってよぉ…。あいつらモノホンのパラディンなんだろ?それにドメニカの連中の事も知ってるみたいだったし…消すしかねぇと思ってよぉ…」

 

 クラークにも予想外の事だったらしい。慌てふためく男たちを眺めながら、

「決まり…だね」

「ああ。何を企んでいるのか知らんが、洗いざらい徹底的に吐かせてやる」

「はぁ…。やり過ぎないでよ、2人とも」

 ゼオラがナックルガードに包まれた拳をボキボキと鳴らし、アイリスも対人用の長剣『ルーナブラウド』を精錬し、構えた。レイトもトランスラッシャーをガンモードに変形させて、男達へと向ける。サンダーライドラッグなどを用いて対人間用に威力を調整すれば、麻痺弾としても使用できる。相手はマヤを殺す気だったのだ。十分に正当防衛の範疇であろう。

 

「く、くそっ…!ここまで来といて、俺たちの計画を邪魔されて堪るもんかよっ‼」

 やがて開き直った様に、クラークが腰の野太刀を引き抜いた。彼の腕の長さに匹敵せんばかりの大剣だ。だが只でさえ前後不覚に陥りかけるほど酔っぱらっている上に、刀の構えもへっぴり腰で全くなっていない。他の取り巻き達も皆似た様なもので、あれでアイリス達に勝つつもりでいるならとんだお笑い草だ。

 

「ど、どうだコラァッ!やれるもんならやってみやがれこの道楽貴族どもがぁっ‼」

「舐めるなよ…。貴様の様な三下が武器を取ったくらいで———!」

 ゼオラとアイリスが床を蹴り、男達へと突撃していく。強大なデブリスが相手ですら怯まない2人を相手にしては、彼らなぞものの数秒で沈黙させられるだろうと思えた。

 

 だが、次の瞬間クラークが握る刀の刀身が怪し気な紫色の光を発した。爆発的、という程ではない。緩やかな波の様に静かに広がっていった光の波紋が、しかしアイリス達の目の中に飛び込んだ途端、一瞬で意識が暗転してしまった。

 彼らにはそれを自覚する暇もなかった筈だ。音もなく魂を抜き取られたかの様に、応接間にレイト達の体が倒れ伏していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「———…ト…。レイ———ねぇ、起き———」

 

『うそっ⁉努、秘密基地のこと覚えてないの⁉』

『ホールにあったブロックとか楽器とか、全部持ち込んで後で先生に怒られた事も?』

『あれ以来、全部高い戸棚に入れられたんだよねぇ…』

『いや、覚えてねぇよ…。てか、何でお前らはそんなに覚えてるんだよ!』

 

 夢を見ているのだ、と分かった。中学生の時くらいに保育園の時の思い出を色々忘れてしまっている努を明日未と一緒に揶揄っていた時だと記憶している。男子は女子に比べて、幼少期に事を忘れてしまう傾向が強いと言うけれど、玲人はしっかりと覚えている。自分にとって2人と過ごした時間は何にも勝る大切な思い出だ。忘れる事はないし、それが嘘である筈もない…。

 

「———…様…———て下さ———」

 

『えっ!頭のソレ、耳じゃないの⁉』

『違う!これはダイロク器官!これを耳呼ばわりするのは、私達へのぶじょくだよ!』

『あ~…ゴメン。そんなつもりじゃなくてさ…』

 

 では、この記憶はなんだろうか?猫の様に頭部のダイロクを逆立てて怒るマヤと、それに謝っているのは…自分?確かに彼女の頭のソレを耳呼ばわりして怒られた事はあるけど、目の前に映っているのは今の彼女より幼い時の姿だ。初めて見る姿である筈なのに、懐かしいと感じてしまう自分がいるのは何故だろうか———?

 

「レイト!起きてってば‼」

「レイト様!目を覚まして下さい‼」

「は、はいぃぃっっ⁉ごめんなさ————————————…い?」

 

 左右から響いた声に鼓膜を揺さぶられ、レイトが慌てて飛び起きる。先ず目に飛び込んできたのは、硬質な石造りの壁や天井。薄暗い中で目を凝らすと、如何にもな鉄格子で外と仕切られているのが分かる。やけに冷えると思ったら、硬い石畳の上に直に寝かされている様だ。そして心配そうにレイトを覗き込んでいるのはマヤと———見慣れぬ老紳士が1人。

 

「マヤ…?…それに…え~と…すみません、どなたでしょう?」

 

 目の前の老紳士の顔に見覚えはない。だが、確かに彼は自分の事を「レイト様」と呼んだ気がしたのだが…?老紳士が「あぁ…」と嘆く様に、天を仰いだ。

 

「レイト様…本当に記憶を失われてしまっていたとは…。なんと、おいたわしや…」

「記憶…?…もしかして、あなたはドメニカ家の関係者か何かですか?」

 レイトの問いに老紳士とマヤが頷いた。

 

「こちらは錬真術師で、レイトの家庭教師だったマーカス・ジョンソンさんだよ。まさかここで会うなんて思わなかったけど…」

「私もですよ、マヤ殿。レイト様…まさかこうして生きて再開できる日が来ようとは…思ってもおりませんでした…」

 マーカス氏が感極まった様に目に涙を浮かべる。一方、レイトはというとリアクションに困る。だがマヤ以外でレイトを知る人間が出てきたという事は、もう確定と言ってもいいだろう。

 

 やはり、自分はこの世界で育った記憶を喪失している状態にある、という事が!

 

「…ここは…どこなんですか?」

「ドメニカ家の屋敷地下にある、牢獄——というか、物置でございます。先程、あのクラーク・ティニーポンドの部下の者がお二人をここに運んできたもので…」

「クラーク…?…そうだ、あいつ…‼」

 まだ意識が妙にボンヤリするが、確かあの男に挑みかかっていったところで、気を失ったのだと記憶している。特別何かされた記憶がある訳でもないのに、あの剣が光った途端に急に意識が暗転して———。

 

「…っ⁉アイリィ、ゼオラ…⁉マーカスさん、ここに他に女の子2人が運ばれてきませんでしたか?」

「…いいえ、お二人だけでございました。確か、パラディンの少女が手に入ったとか話しているのは聞きましたけども…」

「…上階の方で、気配がするよ。生きてると思う」

 マヤが頭のダイロクをピコピコさせながら言う。レイトはホッと胸を撫でおろした。生きてさえいれば、彼女たちなら自分で何とか出来るだろう。

 

「マヤ、ファミリア達は?」

「ダメ。全部取り上げられちゃってる」

 やはりか。敵もそれほど甘くはない様だ。よく見ると、レイトもディライトドライバーを取り上げられている様だった。鉄格子を揺すってみるが、やはり人間の力でどうにかなる様には出来ていない。

 最も、ディライトに変身したところで何故いきなり自分たちが昏倒させられたのか、それが分からなければまた同じ結果になる可能性が高い。なれば、今は出来得る限り彼ら———あのクラーク・ティニーポンド一味に関する情報が欲しいところだ。

 

「マーカスさん、俺の生い立ちとか色々聞きたい事があるんですけど…先ずは教えて下さい。この家で何が起こったのか…ドメニカ家は一体どうなったんですか?」

 

 マーカスが何かを堪える様に、はぁ…と息をついた。

「…あれから、4年も経つのでしょうか…。フッカーの町にあのパラディンども———クラーク・ティニーポンド一味を引き入れた事が全ての間違いの元だったのです…」

 

 フッカーは主たる産業も持たない小さな村だ。ドメニカ家は村長の地位にはあったが、それでもやはり畑を耕し、村人たちに混じって働かなければいけない様な、慎ましい長であったと思う。だが厳しい生活の中だからこそ心根を腐らせず、誰に対しても平等に接するドメニカ家当主は誰からも好かれていた。

 

 天候に左右される農業には、好天もあれば悪天もあり得る。その年は例年よりもさらに雨量が多かった影響で、明らかな凶作となってしまったのだった。前年分の蓄えもあった為すぐに全ての民が困窮するという事はなかったが、それでも腹が減りささくれ立つ気分になってしまった者もいたのだろう。

 

 そしてそんな頃、パラディンの身分を名乗り、村に立ち寄ったクラーク・ティニーポンドがとんでもない事を言い出したのだった。

 

『お前らの長は屋敷の中に食糧を貯め込んでいるぞ!お前たちにはそれを取り返す権利がある!その正義はオレが保証する‼』

 

 勿論、この言葉は嘘だった。ドメニカ家にも十分な糧秣の蓄えなぞある筈もなく、長の家族——即ちレイトや姉のルチルもそれなりにひもじい思いをしていた。だが、何故かほぼ全ての村民達がこの言葉を信じ、ドメニカ家の屋敷へとなだれ込む事となってしまったのだった。

 

「あの夜の事は今でも忘れません…。悪夢の様な出来事でした…。異様に目を炯々とさせた村民達が武器やら松明やらを携え、屋敷に殺到してきたのです…」

「…一体、なんで…?皆、あれだけ仲が良かったのに…?」

 極度の空腹感が人々の理性を奪うという話は聞かないでもないが、あの時のフッカーがそれほど飢えていたとは今でも思えない。寧ろ、悪天候が起こる可能性を見越してそれを乗り切れるくらいの糧秣の蓄えを指示したのは、紛れもなくドメニカ当主本人だったのだ。感謝されずとも、討ち入りを受けるほど恨まれる謂れは全くない。

 

 だが、当時の村民達にそんな道理を諭しても全く聞き入れる様子がなかった。異様な目の輝きを宿した民衆達が長の家屋敷へと討ち入り、打ち壊し、目につく全ての物を略奪していった。当主や男性の使用人達が必死の抵抗を試みたが、数で勝る民衆達の圧力の前に倒れる事となってしまった。

 

 どれだけドメニカ家の家屋敷を打ち壊したところで、隠された食糧なぞ見つかる筈もない。だがそれが分かったところで、民衆の暴動は一向に治まる気配を見せなかった。「打ち壊せ!」「食料を与えろ!」という民の叫びは、やがて最悪の方向へと転がる事となった。

 

「今こそ支配から逃れる時だ!傲慢な領主に貴様らが鉄槌を下せっ‼」

 

 その叫びを上げたのも、民衆に祀り上げられる様に立っていた、あのパラディンの男だった。貧弱な身なりに似合わない、巨大な剣を構えて叫ぶ姿は見るも滑稽だったが、何故か民衆達を動かした様だった。恍惚とした表情を浮かべる民たちの間からやがて、「殺せ‼」という声が響き渡り始め———。

 

「お父様とお母様は、民達の前に引きずり出されました…。やがて彼らがあの男の命じるままに、当主様の首を———」

「やめて…!もう聞きたくないっ」

 悲鳴の様な声を上げて、マヤが耳を塞いだ。迷い子だった自分を家に上げ、旅立つまでの世話を焼いてくれた、レイトの父と母。彼らの凄絶な最期に胸が張り裂けそうだった。

 レイトの方はまだ冷静だった。まだどこか物語を聞いている様な感覚がする。だが、自分との関りがあった人間が無惨に殺された、という話に心がザワつかない筈はない。

 

「…そして俺と…俺の姉はどうなったんでしょうか…?」

「その時、私は錬真術師は何かと使えるかもしれないから…と、この牢獄に放り込まれてしまいましたので…。人伝に聞いた話では、その後それぞれ人買いに売り払われたのだと聞いたのですが…」

「そうですか…。すみません、辛い話をさせて…」

 1人だけ生き残ってしまった、という罪悪感なのか。マーカスの肩が微かに震え始めていた。それ以降の話は大体想像がつく。その暴動から4年以来、あのティニーポンド一味は恐らくパラディンの権威を笠に着て、贅を尽くした放蕩生活を繰り広げているという事なのだろう。マーカスの為にも、早くあの偽パラディンを打ち倒さなければ、と思う。

 

「…せめて、あいつが使う力の正体が分かればな…」

「その事なら、教えてあげてもいいわよ」

 

 突如、声が響いた。カツカツという靴音と共に地下牢へと歩み寄ってきたのは、ドレスを纏った女性だった。胸元が大きく開かれ、スカートにも腰まで届きそうなスリットが入れられた煽情的な姿だが、背筋がスラリと伸びた立ち姿の影響か、どこか理知的な佇まいを感じる。

 

「誰あなた———…って!あの偽パラディンの情婦‼」

「情婦とは失礼ね。演技よ、演技」

 そういえばどこかで見た様な顔だと思った。ティニーポンド一味が侍らせていた女性の1人だ。女性がショートカットの下の顔を薄く微笑ませ、手を差し出してくる。

 

「サクラ・ガーフィールドよ、よろしく。…それで提案なんだけどね、私があなた達をここから出してあげる。アイツが使う妙な力の秘密も教えてあげるわ。その代わり、ここから出たらあの一味を引き付けて欲しいの。…どう?悪い話じゃないでしょ?」

「…何が目的なんですか?」

 どの道、ここから出たらあの連中と一戦交えなければならないのだ。確かに悪い話ではないが…そう簡単に目の前の女性を信用していいとも思えない。

 

「そう警戒しないで。私たち目的は一緒よ。あの偽パラディンに一泡吹かせたいだけ。…ホラ、これも持ってきてあげたわよ?」

 そう言ってサクラがドレスのたもとから、ディライトドライバーとツールド・ファミリアを取り出した。「信用して貰えた?」とサクラがウインクをする。信用したか…は怪しい気がするが、囚われているアイリス達の事もある。ここは素直に乗った方がいいというものだろう。レイトはゆっくりと頷いた。

 

「分かりました。それじゃ、教えて下さい。アイツらが使う能力の正体について」

「OK、取引成立ね。…結論から言うと、あのティニーポンドって男に特別な力は何もないわ。特別なのは…あの剣の方よ」

「………ハイ?」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 一方、時を同じくしてアイリス達も目を覚ましていた。覚醒した意識が最初に知覚したのは、やはりむせ返る様なニコチンの臭い。目の粘膜が刺激され痛みを訴えるが、手で覆う事も出来なかった。それもその筈、今のアイリスとゼオラは両手を手錠で拘束された上で、天井に吊り下げられている状態にあったからだ。ゼオラの表情が屈辱に歪む。

 

「よぉ…お目覚めかい、パラディン様」

 

 卑屈そうな笑みを顔に張り付け、クラーク・ティニーポンドがゆっくりと歩み寄ってくる。抵抗も出来ないアイリス達を満足そうに睥睨し、ゆっくりと手に持った高級そうなアネスタの葉巻をくゆらせ——次の瞬間、猛烈な勢いで咳き込んだ。

 

「吸えないなら吸わなきゃいいのにバカめ…。分不相応な振る舞いは滑稽なだけだぞ、偽パラディン殿?」

「…チッ。口の減らねぇ小娘だな。女らしく貞淑にしてりゃちったぁ可愛げもあるのによ…」

 

 ティニーポンドの指がゼオラの黒紫色の髪を梳こうと伸びる。「触るな‼」と男を蹴り上げようとするが、足も鎖の様なもので固定されていて動かす事が出来なかった。そんな様を見てまたティニーポンドの顔が愉悦の色を濃くする。

 

「…あなた、一体何が目的なの?パラディンの名を騙って、村の人達にあんな戦闘訓練までさせて一体何を…」

「生真面目だねぇ、パラディン様は。…ま、お楽しみの前に教えてやってもいいぜ。俺様たちの壮大な計画をな」

 ティニーポンドが舌なめずりでもせんばかりに、拘束されたアイリスの肢体を目で精査していく。這い上がる怖気を顔に出さない様に、アイリスは意志力を総動員した。

 

「お察しの通り、俺は偽物のパラディンさ。こんな紋章付けてるだけで、誰もかれもホイホイ信じちまうんだから、チョロいもんだぜ。だけどなぁ、アンタら本物よりはマトモな仕事をしているつもりだぜ?」

「…どういう事なの?」

 

 訝し気なアイリスの問いに、ティニーポンドは得意そうに笑い、

 

「聞いて驚け‼俺はこの腐った貴族社会を打倒し、民衆による民衆の為の社会を作り上げるんだよぉっ‼」

と叫んだ。

 

「「……………………は?」」

「『は?』ってのは何だ、小娘どもぉっ⁉」

 

 渾身の宣言が華麗に滑ったのが不服だったのか、ティニーポンドが絶叫する。「いや、だってね…」とアイリスが冷めた視線を注ぐ。ゼオラの方も「何を言い出すかと思えば…」と激しく嘆息した。

 

「貴様の様な小物がいきなり新たな社会を作り出す、だと?バカも休み休み言え。まだ、金や快楽の為という方が分かりやすい」

「ァんだとぉっ‼壁の向こうの貴族どもがっ…俺が片田舎の木こり出身だからってバカにしやがって…!」

 誰もそんな事言ってないだろうが、と思うが最早つっこむ気力すら湧かない。

 

「…この世界は昔っから不公平ばっかりだ…!木こりはどんなに努力したって木こり以外になれねぇ。どんなに豆を潰して働いても、貴族どもは壁の向こうから俺らの事をストラド共と同じ様な目で見やがるっ‼こんな不平等が許されていいのかっ⁉」

 

 目の前の男が言う様に、今の世界———特にこのシドニアでは人々は持つ者と持たざる者にくっきりと分けられる。現状、主たる産業を持つ特区とそうでない小さなコミュニティでは、抱えている富の量が全く異なる。その中に入る事もできない『壁の外の民たち』は野生動物か下手すればデブリスと同等の扱いをされる事も珍しくない。そんな彼らの窮状を支える制度などは今のところなく、制度を作る役割も当然貴族階級や有力な豪商達だ。既得権益にしがみつく彼らが、自分達の権利を手放す筈もない。

 

 旅をしながら、そうした世界の歪みにずっと触れてきたアイリスにはその事実は痛いほど分かる…否、やはり分かるとは安易に言えない。及ばずながら、そうした人々の力になれる様に努力をしてきたつもりだが、たった1人の少女に世界を変える力なぞそうそうある筈もない。

 

「だから俺は決めたんだ!今の貴族どもの社会をぶっ壊して、民衆による平等な国を作り上げる…革命を起こすんだ!その為にも、使命に命を賭して戦う兵隊が必要なんだよっ‼」

「…まぁ、言いたい事は分かるけどね…。でも———」

 アイリスが毅然とティニーポンドを睨みつける。

 

「パラディンの名を騙って、御大層なお題目を掲げて、あなたは放蕩三昧な生活を送っていただけじゃない。この村の人々が粗末な食事で日々を送らなきゃいけないのは、あなたが富を吸い上げているからじゃない?…それは、あなたの嫌う貴族たちと何が違うと言うの?」

 

 アイリスの視線に、言葉にティニーポンドがグッ…とたじろいだが、直ぐに「う、うるせぇっ‼」と開き直った様に喚いた。

 

「俺はアイツ等の自由の為に戦ってるんだっ。バカな民衆どもがそれに対して、よぉっく感謝するのは当然の事だろうがっ‼」

「…ハァ…。もうダメだな、お前は」

 この男はただ自分の理想に酔い、行為を正当化しているだけのただの愚物だ。そんな者が神聖騎士の名を騙り、その威光で人々に圧制を強いているなど、考えるだけで不快極まりない。

 

「…人をあまり舐めない事ね。あなたの企みなんて直ぐにバレるわ。嘘に胡坐をかいていつまでも人を騙せると思ってるなら大間違いよ」

「ところが…何とかなるんだなぁ。この刀があればなっ‼」

 

 ティニーポンドが壁に立て掛けていた野太刀を取り上げ、鞘から抜刀する。次の瞬間、その刀身が紫色に輝き、アイリスの目に飛び込んでいった。少女の全身からガクン、と力が抜け、表情が抜け落ちた様に呆けた顔をしている。

 

「お嬢…⁉貴様っ…お嬢に何をしたっ⁉」

「あぁ、教えてやるよ。コイツは『魔剣カゲマサ』って言ってな…。刀身から放たれる光を浴びた人間を…俺の意のままに操れるのさ!」

「…魔剣だと…⁉バカな…」

 それは確かある有名な刀工が作り上げた、という剣だ。錬真術を用いてデブリスの遺骸を取り込んだその剣は不可思議な力を発するが、確か今では持つ事も作製する事も禁じられている筈だ。

 

「昔、ご親切にくれた奴がいたんだよ。すげぇんだぜ、コレは。やろうと思えば、この村全員を操って、領主一家を殺させる事だって出来るんだからなぁ。気高い貴族のパラディン様だって…ほらこの通り…」

 ティニーポンドが乱暴にアイリスの髪を鷲掴みにし、その中へと顔を突っ込む。髪の香りを思うさま嗅ぎとり、ついで少女の額に、頬に、首筋に舌を這わせていく。だが、少女は心を抜き取られたかの様に微動だにせず、男のされるがままになっている。

 

「やっぱ、リアクションがねぇとつまんねぇなぁ…。やっぱ意識ははっきりさせて、体を動かせない様に命令し直すか…」

 ゼオラの脳奥から怒りがマグマの様に吹き出し、全身を焦熱で焦がしていく。鎖を引き千切ろうと全身を揺らし、声が枯れるほどの大声で叫んだ。

 

「貴様ぁっ‼離れろ!それ以上、汚らわしい手で触れる事は許さんっ‼」

「黙ってろ、女ァ‼てめぇは後でたっぷり遊んでやる!先ずはお高く留まったこの小娘からだ…」

 ティニーポンドが野卑な手つきでアイリスの胸甲を引き剥がそうとするが、存外複雑な作りのそれに手間取っている様だった。

 

「あぁん?どっから外すんだ、コレ…」

「く、クラーク!大変だ大変だっ‼」

 転瞬、ドアをぶち破りそうな勢いで大柄な男が部屋に飛び込んできた。お楽しみを邪魔されて興が削がれたティニーポンドが「あぁっ⁉」と不機嫌そうな声を上げた。

 

「ァんだよ、ブラット。こっちは今いいトコなんだぞ。邪魔すんじゃねぇって———」

「そ、それどころじゃねぇって!今、村人共が大挙としてここに押し寄せてきてて…『偽パラディンを出せ』って騒いでやがるんだよ!早く何とかしてくれよっ!」

「な、なんだとっ⁉くそぅ…なんで分かりやがったんだ…?」

 悔し気に呻いたティニーポンドがアイリスから離れ、カゲマサと呼ばれた魔剣を鞘に納めた。途端、脱力していたアイリスが急速に意識を取り戻した様に体を震わせた。どうやら刀が鞘に納められると力が解除される様だ。

 

「ふざけやがって…!ここまで来て諦めて堪るもんかよっ…。目にものを見せてやるぜ…!」

 よっぽど焦っているのか、少女たちには目もくれず偽パラディンが部屋を飛び出していく。あのままでは恐らく村民達に何をしでかすか分かったものではない。「待て貴様っ!」とゼオラが必死で身を捩るが、頑丈な鎖の拘束は解ける気配もなかった。

 

「なに…?一体、何が起こったの…?」

「お嬢、無事でしたか…。それが…」

 意識が戻ったアイリスに、事態を説明したものか…とゼオラは一旦思案する。出来るなら、あの男が彼女にした事なぞ耳に入れたくもない。だが、あの魔剣の存在は少なくとも話さなければならないだろうな…と思うと。

 

 コンコン、と何者かが窓を叩く音がした。2人がそっちを見遣ると、窓に貝の様な見た目の機械がピョンピョンと飛び跳ねていた。

 

『アイリィ、ゼオラ!無事?』

 

 開いた貝殻の奥から、マヤ・フォルコの声が響いた。

 

 




今回はここまで。なんだか中途半端な気もしますが、文字数的にこれが限界です。

魔剣はかなり唐突な登場になりまして、反省が多いです。でも、今後の重要なアイテムになりますので、ぜひ名前を憶えて下さいね!

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それでは。
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