辺境の村『フッカー』にてレイト達は、かつての記憶の残滓と新たな脅威『魔剣カゲマサ』に遭遇する。
カゲマサの力を搔い潜り、勝利を収めたレイト達だったが、直後村は謎の武装集団に占拠されてしまうのだった。
◇◇◇◇◇
「よくも騙してくれましたね⁉」
「あら、騙したなんて人聞き悪いわね。単に言わなかっただけじゃない」
「なお悪いですよ‼これ、ほどいて下さい!」
レイト達の抗議を柳に風と受け流し、目の前の女性———サクラ・ガーフィールドはうふふと呑気そうに笑う。今はドレス姿ではなく、ブラウスと黒色のベストに、脚のラインがしっかり出るキュロットズボンを合わせてどこかキャリアウーマン然とした佇まいになっている。ノーフレームの眼鏡ともども、やはりこういう理知的な格好が似合う女性なのだろう、と思った。
今、レイト達がいる村——『フッカー』はパラディンの立場を騙るクラーク・ティニーポンド一味に支配されていた。彼が操る謎の剣——『魔剣カゲマサ』の力に敗れ、囚われたレイト達を救出してくれたのがサクラだ。彼女の依頼通り、偽パラディンを撃退したレイト達だったのだが、直後フッカーを謎の武装勢力が占拠し、そして敢え無く自分達も拘束されてしまったのだ。
アイリスとマヤ、そしてゼオラも拘束されて今はレイトの後方にいる。武器はおろかマヤのツールド・ファミリア達すらも没収されてしまったので、逃げる事も出来ないでいる。
ディライトになって暴れれば脱出の糸口くらいは掴めたかもしれないが———武装勢力の数は少なく見ても50人近い。村人全員を庇いながら逃げる事は不可能だったろう。そんなこちらの思いを見透かした様にサクラが「しっかし、分かんないわねぇ…」と口を開いた。
「この村の人達ってさ、君の家族を殺して、しかも君を人買いに売り飛ばした連中でしょ?いくらカゲマサに操られていたとはいえ、そんな人達を庇う必要ってある?」
「…余計なお世話です。今、それは関係ないでしょう」
かつてドメニカ家にレイトの家庭教師として仕えていたという、マーカス・ジョンソン氏から明かされた過去。それは、レイトがかつて確かにこの地に住み、そしてティニーポンド一味に操られた村民達にこの世界の親を殺された…という凄惨なものだった。それならば、この村人達をわざわざ守る必要があるのか?と問われているのだろうが…。
だが、答えた通りだ。今のレイトにはさして関係はない。喉の奥に何かがわだかまる様な感覚は確かにあるが、飲み下せないという様なものではない。彼らは操られていただけなのだし、その決定的な瞬間の記憶はまだ蘇っていないからというのもある。それに…今のレイトは曲がりなりにも仮面ライダーだ。自分の個人的な感情で人を見捨てていい、という話などある訳がない。
「…ふぅん…、損な生き方ね。でも…悪くないと思うわ」
最後に薄らと笑みを浮かべて、サクラが呟いた。
「ま、助けられた借りもあるし、あなた方は信頼できそうだわ。少し待ってなさい。私たちのボスに口をきいてあげるから」
「待って下さい!」
レイトの後方でアイリスが叫んだ。
「あなた達は何者ですか?一体何が目的で———」
「何者、かぁ…。そうね…」
少し考え込む様にした後、サクラが少し大仰に胸を張って言った。
「盗賊、無法者、闇ギルド、そして
◇◇◇◇◇
サクラの言葉通り、やがてレイト達は彼らのボスがいるというテントまで案内された。これだけの勢力を率いている闇ギルドの頭目は一体どの様な人物なのか…。若干の畏怖と共にテントの入り口を潜らされる。果たしてそこにいたのは———。レイトがあっ!と声を上げた。
「あんたは…っ!」
「よう。また会ったな」
ドメニカ家の屋敷の応接間から拝借してきたと思しき椅子に腰かけていたのは、カゲマサ剣人体との戦いで最後に謎の力で手助けをしてくれた男だった。あの時と同様、身長ほどもありそうな巨大な剣を携え、獰猛そうな笑みを浮かべてレイト達を睥睨していた。
「サクラから聞いたぜ。手を貸してくれた事には礼を言わせてもらう。お陰でスムーズにあのカゲマサを破壊できた」
「…別にあなた達の為に協力した訳じゃない」
「そりゃそうだ。だが、借りは借りだ。…おい」
男の呼び声に応じて、数人がテントに入ってくる。よく見ると、全員レイト達とさして変わらない、若しくは明らかに年下の少年たちだった。少年たちがレイト達の背後に回ると———彼らを拘束していたロープを切り離した。
唖然とするレイト達を見遣り、男が満足気に笑った。
「改めて…『ヒュペリオン』のリーダー、ハイル・ランドナーだ。…ま、よろしくはしたくないだろうが、よろしくな」
呑気そうに手など差し出してくる男———ハイルに対して、ゼオラが挑発的に鼻を鳴らした。
「盗賊風情が『
随分な挑発だが、ハイルは気にした風もなく「誉め言葉と受け取らせてもらうぜ」と受け流されて終わった。
なんかチグハグな印象の人だな、とレイトは思った。獰猛で酷薄そうな表情を見せる一方で、内面は度量が深く、義理堅い側面も見え隠れする。年齢はやはり若く、20歳そこらの様に見えるが、既にいくつもの修羅場を乗り越えて老成に達しつつある様な———。
「お前たちから預かった武器やら霊薬やら…どうやら魔剣とは関係がない様だ。後できちんと返却するから、もう少し待っていてくれ」
「…だと言うなら、村の人たちもすぐ開放して欲しいものだけど?」
アイリスの抗議に、しかしハイルは「そりゃ出来ない相談だな」とにべもなく返した。
「この村の人間たちは、魔剣の製造に関わっていた可能性がある。それがはっきりするまでは、このままだ」
「何ですって⁉どういう事?」
「そのまんまの意味さ。…来な、張本人から話を聞くのが手っ取り早い」
そろそろお目覚めの頃だしな…とハイルはまたしても不敵に笑い、レイト達を隣のテントへと誘う。そこにいたのは———椅子に座らされたまま拘束されているクラーク・ティニーポンドだった。左右を大柄な少年2人に挟まれ、訳が分からないという風に辺りをキョロキョロしていた。
「ハイルさん、お疲れさんです」
「ああ、お疲れ。なんだ、目が覚めたのか?」
「はい先程…。オイコラッ!ウチのボスから話があるそうだ。顔上げやがれっ」
横の少年に髪を掴まれ、顔を無理やり上げさせられたティニーポンドが「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。ハイルがツカツカと歩み寄り、その胸倉を掴み上げた。
「…いいか、俺は裁判官じゃねぇ。俺がお前を痛めつけるかそうでないかは俺の気分次第だ。それがイヤなら俺の問いには真っ正直に答えろ…。…わかるか?」
ティニーポンドが竦み上がった様にコクコクと頷いた。ハイルは「よし、それでいい」と満足げに頷いた。
「先ずは1つ目。…お前にあのカゲマサを渡したのは誰だ?」
「も、貰ったんだよっ。昔、木こりやってた時に、名前も分からない男から…。『これでお前の望む世界を手に入れろ』って…」
「望む世界?…ああ、打倒・貴族社会って奴の事か」
「な、何が悪いんだよっ⁉てめぇらストラドになんざ、俺の崇高な目的が分かってたまるかって———!」
転瞬、刃の様に鋭いハイルの手刀を首筋に叩き込まれ、ティニーポンドの言葉を封じた。
「…そういやルールを説明してなかった。1つ、俺が聞いた事にだけ答えろ。2つ、俺らの事をストラドなんぞと呼びやがったら、お前の足の指を1本ずつ砕く。3つ、それがなくなりゃぁ…これ以上は言わせんな…。…わかったな?」
「は、はい…。わかりましたスミマセン…」
ティニーポンドが涙目で訴える。明らかに自分より年下のハイルにこうも遜るのは相当な屈辱だろうが、人は恐怖に晒されれば抗いようがない。そして、ハイル・ランドナーという男はその効用をよく存じている様だった。
「…話を続けよう。お前にカゲマサを渡した男ってのは、何者だ?」
「だ、だから知らねぇってば!名前も名乗らなかったし、服も黒ずくめのローブで…。強いて言うなら、顔にデッカいバッテン傷があったって事くらいしか———」
「バッテン傷だと…?どこにだ?」
「み、右の頬だよっ‼本当だって、嘘じゃねぇっ‼」
ハイルの表情がひと際険しくなり、ティニーポンドは声を上ずらせて絶叫した。
「ハイルさん…バッテン傷の男ってまさか…!」
「逸るんじゃねぇって…。その男に会ったのはその1回だけか?」
「いいや…。ここに拠点作ってからも1回だけ…。…でも、そういや何故か俺がここにいる事を分かってた様な口ぶりだったな…」
なるほどな、とハイルがしばし考えこむ。話を聞くに、そのバッテン傷の男はクラーク・ティニーポンドをずっと監視ししていたのだろう。そして、本人は絶対に認めないだろうが、この男の行動や目的は何かに誘導されていた様な気配を感じる…。
「もう1つ聞かせろ。村の地下で鍛冶設備と大量のデブリスのレセプト瓶を見つけた。…お前らは、ここで魔剣を製造する気だったのか?」
「えっ…⁉いや、アレはその…!」
その情報にレイト達は驚愕の声を上げるが、ティニーポンドの動揺はそんなものではない。慌てふためきながら、しきりにアイリスの方を気にしている様だった。パラディンの名を騙っただけでも相当に重罪だというのに、この上、違法な魔剣の製造まで行っていたとあってはほぼ極刑は免れない。出来ればシラを切り通したいという所であろうが、そうは問屋が卸さない。ハイルが「とぼけんな‼」と一喝した。
「俺の目を誤魔化せると思うな…。お前らはその男に頼まれて、ここに魔剣の製造プラントを作り出そうとした!いずれ革命を起こす為に必要だとか唆されてな!どうなんだっ⁉」
「ひ、ひぃっ‼そ、そうですその通りですっ‼で、でもまだ1本も打ってないんです本当ですっ‼」
ハイルがチッと舌打ちをし、ティニーポンドの胸倉を離す。尻もちをついた偽パラディンの男をそれ以上一顧だにせず、ハイルは「おい」と手近な少年1人に声を掛けた。
「地下の設備を焼き払え。灰すら残すな」
了解、と応じた少年がテントを飛び出していく。それを見てティニーポンドが慌てた様に「ま、待ってくれ!」とハイルの足元にすり寄ってきた。
「勘弁してくれ!あの製造プラントを破壊されたら、俺達はあの男に殺されちまう!た、貯め込んだお宝だったらいくらでもやるからよ…あの設備だけは見逃して———」
「知るかよ、そんな事」
だがハイルは冷たく一蹴すると、革製ブーツの底でティニーポンドの頭を踏みつけた。
「ぐぎゃあぁぁっっっ⁉」
「お前のこぎたねぇ金なんざで俺を買収できると思うな…。正直のご褒美に憲兵にだけは突き出さねぇでやる。どこへなりとも消えやがれ」
連れてけ、と近くの少年に合図すると、縛られたティニーポンドが数人の男たちに引っ立てられながら、テントの外へ連れ出されていった。逃がした、と言えば聞こえはいいが、要は見捨てたも同然ではないか、とレイトは眉を顰めた。
「随分と無慈悲ですね?」
「あんな奴に慈悲なんか、必要か?」
咎める様なアイリスの言葉に、ハイルが答える。
「貴族社会の打破なんて謳っちゃいたが、アイツはただ自分が贅沢三昧に暮らしたかっただけ、その為に魔剣に手を出しやがったクズ野郎だろ?パラディン様はそんな奴でも庇おうと思うのか?」
「あいにくそんなご立派な人間じゃないわ…。ただ、どんな悪党でも法で裁かれるべきだし、守られるべき…。そんな世の原則を信じてるだけよ」
「やれやれ…そっちの坊やといい、甘ちゃん揃いだな…。…だが、アンタ達を解放したのはその甘さを見込んだからでもある」
不意に、ハイルが真顔でレイト達を見返してきた。愉悦、悲しみ、怒り…。今まであらゆる感情を内奥に秘めている様に見えたこの男の新しい側面———強い使命感の様なものが顔を覗かせた様に見えた。
「…恐らく、“敵”の追手が直ぐにここへ来る。悪いがもう少しだけ付き合って貰うぜ、パラディンご一行様」
悪いが、という割にはその言葉には有無を言わさない強さがある。どの道、フッカーの住人たちの生命線はこのヒュペリオン達に握られている。今は大人しく従うしかない…。
レイト達や村人、錬真術師のマーカス等をを乗せると、ヒュペリオンの馬車隊…否、狼車隊はフッカーを発車した。地下にあったという魔剣製造施設が破壊されたのか、やがてフッカーの一部から大きな火の手が上がり始めた。どよめく様な声を上げているのは、フッカーの住民達だろう。
「あの人たち…これからどうなるのかな?」
「大丈夫よ。手近な村で降ろしてあげるから」
マヤの疑問に答えたのは、同じ車両に乗っていたサクラだった。
「取り調べの結果、あの村に魔剣づくりの知識を持ってる人はいなかったわ。地下施設だけを破壊する様に上手く仕掛けた筈だから、直ぐに戻れる様になるわよ」
「…もし村人たちが降りれば、私たちは遠慮なしに暴れるぞ。それでもいいのか?」
「う~ん…あなた達に逃げられるのは困るわねぇ…。でも、小さな女の子の命が懸かってるのよ。それで勘弁してくんない?」
「そんな嘘に乗ると思うかっ⁉」
言うに事欠いてなんなのだ、その詐欺の常套句みたいな謳い文句は。憤慨するゼオラだったが、サクラは落ち着き払って「ホントよ、ホント」とそれをいなした。
「ハイル君ったら何も説明しないんだから…。実はね、私たちの砦にかなり困った症例の子がいるの。その治療の為に、錬真術に精通している人が必要なの…。お願い。ちょっと付き合ってくれるだけでいいから」
確かに霊薬の製造に関わる錬真術師は医療面の知識に精通もしているが、だからと言って完全にその道の専門家という訳でもない。ゼオラは胡散臭そうに眉を顰めるが、アイリスには何となく分かる。壁の外の住民たちである彼らに高額な医療費を払える道理もない。こんな拉致同然の真似に出るのも正直どうかと思うが、一方でサクラやハイル達にただの無法者という感覚を持っていないのも事実なのだ。
だいいち———先程どんな者でも守られるべきだ、と言ってしまった手前もある。上手く乗せられた気もしないではないのだが…アイリスは「はぁ…分かりました…」とため息を吐いた。
「治せるかは分かりませんよ。…それで、どんな症状なんですか?」
「それは…着いてから説明するわ。多分、直接診て貰った方が早いから」
ヒュペリオンの隊列は確かに宣言通り、フッカーの村人達を途中の街近くで降ろした。勿論、自分たちの事は明言しない様にと釘を刺した上でだが。
フッカー爆破の真相は恐らくティニーポンド一味に押しつけられる事となるのだろう。自業自得とはいえ、多少哀れではある。
マーカスは錬真術師という事もあり、レイト達に同行する道を選んだ。隊列はステラスフィア山脈の奥深くへと進んでいった。針葉樹林に包まれた入り組んだ山道を進み続ける事、かれこれ三刻(約3時間)あまり。フッカーを出発したのが南中に近かったから時刻はまだ夕方前の筈だが、山脈と森林に囲まれたその土地柄ゆえかはひどく薄暗い。
そして、その黎明の土地に聳える巨大な山城が、レイト達の眼前に迫っていた。
全面は大扉付きの巨大な石壁に守られ、背後はステラスフィア山脈の急峻な岩肌によって守られている。壁の向こうにはトンガリ屋根の
「大したものでしょう?皆は『ネイバーラント』って呼んでるわ。…という訳で、我らの砦———いいえ、
ホーム。どこか誇らしげに宣言したサクラの声に呼応するかの様に、『ネイバーラント』の城門が音を立てて開いていった。
◇◇◇◇◇
盗賊たちの砦、というとどうしても不潔な男達が密集している様なイメージがあり、そしてそれは概ね正しい。アイリスはかつて何度か任務でそういう連中と戦った事もある。しかし、ヒュペリオンの拠点———『ネイバーラント』の中はそれらとは相当に異なっていた。
「…何ていうか…子どもばっかりだよね…?」
レイトの言葉に全員が頷く。フッカーをヒュペリオンが急襲した時から気付いていたが、彼らの構成メンバーは基本的にみんな10代の少年少女ばかりの様だった。それは砦の中でも変わらず、寧ろここにはまだ10代にも達していない様な年端もいかない子どもが、砦の修繕作業や食事作り、鍛冶業に勤しんでいる様だった。
そして何より———。
「ハイル、サクラ!お帰り。西塀の修繕、終わってるよ」
「おう、お疲れチャド。…いい匂いがするな。今日の飯はなんだ?」
「畑で採れた根菜と鶏肉のスープだよ。ミュリエル達が蹄鉄を売ったお金で、珍しいスパイスを買ってきたんだ!」
「そうか。アイツらは本当に買い物が上手いな」
顔を輝かせて子ども達がハイルへと群がっていく。組織の長としての敬意以上に、皆が心の底から彼を慕い、働いている様だった。そして、ハイル自身も彼らの顔と名前を1人1人しっかりと憶えている。だからか、砦全体には裏社会の組織特有の退廃的な雰囲気がまるでない。
「…ここの子ども達は、みんな壁の外の民たちなの?」
「そう。元からそうだった子もいるし、住んでた所をデブリスや盗賊によって失って行き場をなくした子たちもいる。ここはそういう子たちの受け皿でもあるわ」
子ども達を愛おしげに見つめながら、サクラが説明する。アイリスやレイトはなるほど…と頷くが、ゼオラは気に入らなそうにふん、と鼻を鳴らす。
「お題目はどうあれ、盗賊達の片棒を担がせているだけだろう?子どもならば、適応も早いし、疑いもしない…。実にうまい手だ」
「…言っておくけどね。荒事に参加するかしないかは、ちゃんと個々人が選択できる様にしてる。それにここで生活していれば、生きていく為に必要な技能や知識を身に着ける事も出来る…。国家や神聖教会にそんな事をしてくれる場所がある?」
ゼオラがグッと詰まった顔をする。それを言われるとアイリスにも返す言葉はない。現行のシドニアの制度では全ての人を掬い上げる事はできない。取りこぼされ、壁の外へ放逐された人々は旅の中で幾人も見てきた。微力ながら、そういった人々の力になろうと剣を振るってきたつもりだったが…こういう場所が存在する事も、そうしたやり方がある事も、想像すらしてこなかった。
「ねぇ、サクラ…この人達は誰———って、あ!パラディン様だっ‼」
「うそっ、ホント?」
アイリスの肩の紋章を目ざとく見つけた子どもの声に反応し、広場で作業していた子ども達が彼女に一斉に群がってきた。
「なんでパラディン様が来てるの?僕たちの仲間になるの?」
「バァカ、教会の騎士様がそんな事する訳ないじゃん。俺らの事、捕まえに来たんだろ?」
「そ、そういう訳じゃないけど…え~と…どう説明したらいいのかな…?」
「分かったぁ!ハイルがムリヤリ連れて来たんでしょう!」
「パラディン様って頭いいんでしょ?ローザちゃんの事も治してくれる?」
「ゴメンナサイ、パラディン様…。ウチのボスが手前勝手に…」
「だぁっ‼うるせぇぞお前らっ‼」
アイリスに纏わりつき、てんで勝手な事をほざこうとする子ども達をハイルが一喝した。
「そろそろ日が暮れる。作業は仕舞いにして、入れる奴からメシを食って風呂に入れ。…俺らはこれから客人達と話がある。何かあったら鐘をついて知らせろ」
はぁい!と子ども達が元気よく答えて、散っていく。何だか、昔の子ども会のキャンプを思い出してレイトは少し懐かしくなる。
ハイルが少し気まずそうに「…こっちだ。来てくれ」と一同を促した。あれは多分少し照れている。サクラとレイトは顔を見合わせて、思わずニヤリとする。
ネイバーラントの中央、望楼の更に奥側に団員達が暮らす居館があり、そこに隣接する別館は病院施設として使われているらしく、他の場所と比較しても清掃が行き届いている。 そんな事にすら気が回る盗賊なぞ聞いた事もない。やはりこのハイル・ランドナーという男はただの無法者ではないと思った。
やがて一行は、奥の部屋の前へと案内された。
「ここだ。…ゲイナン先生、いるかい?」
「ああ、いるよ。入ってくれ」
落ち着いた、優し気な声が答える。中に入ると、白衣を着た1人の男性が立っていた。歳の頃はまだ30代だと思われるが、それでもこの砦で初めて見た大人の男性だった。
「お帰り、ハイル君。それでその人達が…伝書で知らせてくれた錬真術師の方たちだね?初めまして、ここで医師をしているゲイナン・タイラースです」
ゲイナン医師が穏やかに微笑んで、握手を求めてくる。アイリス達もそれに応じて自己紹介を返した。
「それで…ここでは、1人の子どもを診て欲しいと言われて来たのですが…」
「ああ、うん聞いているよ。向こうだ。今日は穏やかなんだ…。…ローザ君、開けるよ」
ゲイナンが奥のベッドのカーテンを引っ張った。鋳鉄製のベッドに横たわっていたのは、9歳くらいの少女だった。遮光カーテンが開けられ、ランプの光が顔に注がれたにも拘らず、瞬き1つせずに空虚な眼窩を天井に向けていた。
「知らない人がいっぱいいて驚いただろう?彼らは錬真術師の皆さんだよ。君を診てくれる為に、わざわざ来てくれたんだ」
「…………」
ローザと呼ばれた少女は何も答えない。一瞬、死んでいるのではないか?と思えたが、微かに首を巡らしてアイリス達を見つめた。おずおずという風にアイリスが「…初めまして。アイリス・ルナレスです」と挨拶した。だが少女はやはり何も答えず、ガラス玉の様な瞳を注ぐのみだった。
肌艶や血色はよく、一見すると病人の様には見えない。それなのに、目の前の少女からはまるで生気の様なものが感じられなかった。その様は、まるでよく出来た人形の様だと思えてしまう。
「え~と…ローザちゃん?ちょっとゴメン、驚かないでね?」
マヤが頭頂部からダイロク器官を立ち上げて、ローザの頭部からつま先までを精査していく。鼓動や呼吸は確認。体温も少なくとも平常だ。間違いなく生きた少女である。隣のアイリスに唇の動きだけで「生きてるよ」と伝えた。
「脳の異常かとも思ったけど思ったけど、やっぱり特に異常はない。……ただ、胸の奥に何かが埋まっててそれが強い力を発してる…。反応がない原因はこれ?」
「…ゲイナン先生、彼女の病はどういうものなんですか?」
今まで、デブリス病の影響で眠った状態から覚めない人間はあった事があるが、ローザの場合はそれとも異なる気がする。ゲイナンは頷くと、ベッドのカーテンを閉じ、アイリス達を奥の部屋へと案内した。書棚から紙束——恐らくカルテだろう——を取り出し、アイリスに手渡した。
アイリスがそのカルテをペラペラとめくっていく。やがてその顔が驚愕に見開かれる事となった。
「名前は…ローザ・ランドナー…。ランドナーって事は…。それに…彼女のこの年齢は…?」
「はい。お察しの通り、ハイル君の妹に当たります。彼女は10年前、とある事件によってその身に魔剣が埋まってしまいました。そしてその結果…感情や言葉をなくし、成長も止まった状態となってしまったのです」
ローザ・ランドナー。年齢は19歳。
主症状は感情・言語を喪失し、成長が止まっている事。
そしてその原因は———魔剣『エクスカリバー』が体内に封印されている事。
冗談としか思えないが、カルテにはその文字列がしっかりと記入されていた。
今回はここまでです。
魔剣や彼らの詳細については次回以降になります。相変わらず前振りが長い長い…。
それで…という訳でもないですが、このSagaに関してはまたしても週2回投稿をしたいと思います。イヤ、マジでこのエピソード、戦闘シーンがラストにしかないので…。という訳で次回の更新は火曜日です。お楽しみに。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。