魔剣の詳細が語られます。
◇◇◇◇◇
談話室なんて洒落た名前で呼ばれているが、このジメついた地下施設にそんな開放性なぞ望むべくもない。ライドラッグランプの明かりがちらつく室内に並んでいるのは、酒棚やビリヤード台、ダーツボードくらいのもので、さながらバーという風情だが、それでも組織に所属する各人がてんで勝手に置いていった品物がところどころに置かれていて、確かに自分たちデブリーターにとっても憩いの場であるのかもしれない。
「あのガキ共がっ‼ふざけおって!」
突如、部屋のドアが開け放たれ、そんな怒声が響き渡ってくる。任務に行くまでの僅かな時間でウォルターとカードに興じていたジェイク・アリウスはうんざりとした顔で顔を上げた。
怒りの形相で壁やカウンターを叩いているのは、背中に3本の剣を担いだ右の頬に十字傷を負っている男だ。ガンガンと反響音が地下では逃げ場なく室内に広がる為、やかましい事この上ない。本来なら積極的に関わりたい相手ではないのだが……ジェイクはため息を吐いた。
「やかましいぞヒューバート。騒ぐなら他所でやれ」
「そうそう。愚痴垂れたいなら外で土ダルマでも作ってきな、おっさん」
「『ウォークレイド』と呼べ!舐めた事を言うと貴様らの口を耳まで引き裂いてくれるぞ‼」
剣を担いだ男が口角泡を飛ばして叫ぶ。何が『ウォークレイド』だ、とジェイクはウンザリする。さもデブリーター幹部に授けられるコードネームの様だが、これはコイツが勝手に言っているだけだ。
そもそも目の前の男は、ジェイクやウォルターの様な計画の実行役である幹部とは異なり、技術部門の構成員の1人でしかない。なのにこうして幹部の1人であるかの様に振る舞っている困った男なのだ。指摘するのも面倒なので、言ってやる気もないが。
「…あの村は、我が準備していた魔剣の製造施設だったのだ…。それをあんな品も教養もないバラガキ共に破壊されるなぞ…!許さん許さんぞぉっっ‼」
誰も聞きもしないのに、ウォークレイドは勝手に恨み節を叫び続けている。察するに、彼が肝いりで進めていた魔剣製造計画が阻止されたという事か。正直、デブリーター計画が完成へと至りつつある今、制御の効かない魔剣なぞ潰れたところでどうという事はない……のだが、「あのガキ共」という単語が妙に引っ掛かった。
「ガキ共って言うのは…あのガキばっかりの盗賊団か?確か『ヒュペリオン』とかいう…」
蛇の道は蛇というか、裏社会での出来事は裏社会でこそ流れやすい。その中でストラドの少年少女だけで構成された盗賊がいる、という話を聞いた事がある。ただの盗賊業に限らず、デブリス討伐や鍛冶製造まで幅広いシノギを展開して、裏社会の中でも頭角を現しているという話だ。「そうだっ‼」とウォークレイドが忌々し気に歯噛みする。
「今回だけに限らん!崇高な理念もないドブネズミ共がっ…何度も我の前に立ち塞がりおって…。こんな事が許されると思っているのかぁっ‼」
「自分だって似た様な立場だろうに…」
「そんなに不満なら自分で叩き潰してやりゃいいじゃねぇか」
「やれるものならとっくにやっておるわっ!」
ウォークレイドが吠えた。
「あんなガキ共…我の魔剣が本気を出せば一捻りよ!だが我は崇高なデブリーターの理念を遂行するものだぞ。独断で勝手な事をする訳には———」
「いいではないか、やって貰おうか」
〈Arachne…Deb-Reading…‼Wow…Wow,wow,woooooow…‼…To Be Sick…〉
突如、部屋内に掠れた合成音声が響き渡る。ランプの明かりが絶妙に届かない暗がりからゆっくりと歩いてきたのは、蜘蛛の様な意匠を備えた体を持つ怪人物———デブリーターの首魁『ヴェノムアラーク』だった。「いたのかよ…」とウォルターが呆れた様に呟いた。
「あのヒュペリオンとかいう連中の成長は著しい。下手をすれば、我らに仇なす脅威となり得る可能性もある。危険な芽は今のうちに摘んでおくべきではないか?そこで、だ…」
ヴェノムアラークが腰のベルトからデブリドラッグを複数本取り出し、ウォークレイドへと手渡した。
「丁度、『ジェヴォールトデブリーター』が完成した。貴様が指揮を執り、奴らの壊滅作戦を実行せよ」
「ははっ…!身に余る光栄!しかし、ヴェノムアラーク殿…もしこの任務が成功した暁には……」
ヴェノムアラークが仮面の奥底で、ほくそ笑んだ…気がした。
「分かっておる、ウォークレイド。貴様を我らの幹部として扱おう。…それで良いな?」
「あ、ありがたき幸せ!お任せ下さい!必ずやご期待に備えて見せましょうぞっ‼」
そう言うが早いか、ウォークレイドが部屋を飛び出していく。普段は自分の魔剣こそ至上の力と言って憚らないのに、ちゃっかりデブリーターの実験に協力させられている事に気付いてもいないらしい。ある意味、幸せな奴である。
「いいんですかい?あんな約束しちまって」
「別に奴が何を為せるかなんて考えておらん。だが、ヒュペリオンに例の勇者ディライトが同行しているという情報が入った。…量産型デブリーターの実験ついでに奴らの実力を測れればしめたものであろう?」
つまり、最初からウォークレイドの事なぞ眼中にもないという訳だ。良いように利用されてそれに気付きもしないあの男もあの男だが。そんなだから組織で信用されないのだ、と思う。
「でもさ、肝心の奴らの拠点は分かってんの?アイツら、同業者にも自分たちの拠点を明かさないって話だよ」
「それに関しても、問題ない。…既に奴らの中に
可笑しそうにヴェノムアラークが肩を震わせる。なるほど、とジェイクは納得する。この男の妙に速い情報網はそれか。相も変わらない手回しの良さだ。
まぁ、お手並み拝見と行くさ…とジェイクはほくそ笑む。キレイ事を押し通せるつもりでいるあのディライトが、この男の掌の上でどの様に踊るのか。最早ウォークレイドの事なぞ忘れて、ジェイクの興味はそちらへと引っ張られていった。
◇◇◇◇◇
「ランドナーという名前…どこかで聞いた事があると思っていましたが…アレですね、『魔剣づくりの一族』ですね」
ネイバーラントの地下。かつてここが貴族家の居城であった頃の名残として、巨大な浴場が設置されていた。霊薬から水を精製する設備もボイラーもここが空き城となった時点で壊れていたのだが、なんとヒュペリオンの子ども達やハイルが試行錯誤の末に直してしまったらしい。流石に温泉という訳には行かないにせよ、巨大な浴槽に湯を一杯に張ってそこに浸かれる快感は何物にも代えがたい。他の団員達は既に入浴を終えているらしく、人気もまばらな浴場で少女たちが一糸まとわぬ姿で寛いでいた。
ゼオラの声に、広い浴槽を端から端までチャプチャプと泳いでいたマヤがぴたりと動きを止めた。
「そもそも私よく分かってないんだけど…魔剣って何なんだっけ?」
「それは………お嬢、お願いします」
「はいはい。…今でこそ伝説級の武器みたいに扱われているけど、魔剣が開発されたのはおよそ120年くらい前。文献にもしっかり残っているから、実在した技術である事は間違いないわ。簡単に説明するとね、
「へぇ~…って!デブリスの遺骸ぃっ⁉」
「そ。それも特別強力な種類ばかり」
マヤが気味悪そうに顔を顰める。だが120年前と言えば、当時は現在主流となっているエンチャントタイプの武器もまだ開発半ばだった筈だ。今後のデブリス対策としてどちらが主流となって行くのかを競い合っていたのだと聞いている。
「魔剣はその形に捉われない特殊な力を秘めていたそうよ。あのカゲマサの他にも、霊薬を使わずに炎や雷を精製できたり、破壊されても直ぐに元通りに修復する剣もあったとか…」
「ふぅん。そう聞くと結構便利じゃん。なんで主流にならなかったの?」
「まぁ、製造が刀鍛冶のランドナー一族に独占されていたから、供給が追い付かなかったっていうのもあるし、それに何より———」
「とんでもない危険性が判明したのよ。後になってね」
声のした方を振り仰ぐと、脱衣所からサクラがゆっくりと歩いてくるのが見えた。肩や腰から太腿にかけてのラインは大人の女性らしい丸みを帯びるが、荒事慣れしているヒュペリオンの一員らしく、引き締まっているところはしっかりと引き締まっている。
「ごめんね、お邪魔させて貰うわ——ってわぁ、アイリスさんスタイルいいのね?さっすがパラディン‼」
「い、いえそんな…サクラさんこそ…」
「ふふ、ありがとう。でも、私は油断してると直ぐに腰とかにキちゃうタイプだから…。最近また腰とか胸とかキツくなってきたし…」
「どうでもいいよ。そんな事よりさ、何なの危険性って?」
突如始まった赤裸々な会話を、マヤが不機嫌そうにぶった切った。
「そうそう、だったわね。先ず魔剣は強力なデブリスの遺骸を取り込んでいる影響なのか、人によっては体調を崩す人もいてね。そして更に悪い事態になると…」
「ああ……あの『剣人体』って奴ね」
クラーク・ティニーポンドの持っていたカゲマサが突如暴走し、持ち主を取り込んで巨大な怪物となって暴れだしたのはまだ記憶に新しい。サクラが首肯する。
「これも人によるみたいなんだけど…使い続ける事で魔剣は段々意思の様なものを持ち始めるみたいね。やがてその意思が暴走して、人をあんな怪物に変えてしまう、と…」
「人を選ぶ上に、怪物化までさせる…。それは製造が禁止されるのも当然ですね…」
実際、現在のドランバルド三国の共通法では魔剣は製造も所持も禁止されているのだ。
「まぁ、魔剣の製造がされないのはその精製法を独占してたランドナー家が滅びてしまったから…って言うのもあるんだけどね。ローザちゃんの身に起こった事も…全てそこに関係しているわ…」
◇◇◇
女子の浴場から壁一枚隔てた場所にはもちろん男子用の風呂場もある。当然、元は隔てられていなかったのだが、「風紀が乱れる」とハイルが壁を建設させたらしい。
半ば日付も変わろうとしている時間では、他の子ども達もとっくに眠っている。光量を絞った薄暗い浴室内にいるのはレイトとハイル、マーカス、ゲイナンの4人だけだ。
「…申し訳ありませんな。何のお役にも立てず…」
「いいさ。こっちも別に直ぐに解決してくれるかもって思ってた訳じゃない」
湯につかりながら、申し訳なさそうに頭を下げるマーカスをハイルが宥める。あの後、錬真術師としての立場からアイリスやマヤ、マーカス達が色々とローザの治療法を協議してみたのだが、結局自分たちの知識と技術では有効な解決策は見つけられずじまいだった。
「殆どムリヤリ連れて来といて変に聞こえるかもしれないが……巻き込んでしまった事、すまないと思ってるんだ」
レイト達に向き直り、ハイルがお湯に顔を浸けそうな勢いで頭を下げた。
「本来、妹の事は俺たちランドナー家の不始末だ。他人を巻き込むべきじゃないという事は重々分かっているんだが———」
「気にしなくていいよ。ウチのパラディン様もやる気出してるみたいだし」
冗談めかして言うが、きっとアイリスとしてはもう関わる気でいるんだろうなぁ、と思う。それは勿論レイトも同様だ。あの女の子——というのもおかしいのか。彼女はレイトよりも年上だ——をこのまま放っておく気にはなれないというのもあるし、何より盗賊の癖に妙に誠実なハイル・ランドナーという人間に少し好感を持ち始めている。ローザは彼の妹なのだ。本来なら心配でならないだろうに、こうして自分の事より他者を気遣えるのは、彼が心底懐が深い人間だからだろうと思える。
「妹さんは…10年も前からずっとあんな感じなの?」
「ああ…。調子が良ければ歩き回って簡単な作業くらいなら出来るんだが…後は日がな一日、眠り続けてばっかりさ。10年前の襲撃の日から……見た目もずっと変わらない…。まるで時から取りこぼされちまったみたいにな…」
あの後、ハイルは自分たちの身に降りかかった事を訥々とレイト達に語った。
『ランドナーは元々鍛冶を生業としていた一族だったんだ。それがデブリス戦に特化した武器の製造が求められた事で、段々今までの武器製造だけではやっていけなくなったんだろうな。そして作り上げたのが…あの呪わしい魔剣だったって訳さ…』
◇◇◇
『最盛期のランドナー家はそれこそ、そこら辺の貴族よりも多くの財を成していたらしい。だがそれをやっかむ連中も多かったし、魔剣の欠点が判明した後は、そりゃもう針の筵だったって話だ…。…ま、俺たちには関係ない話だとずっと思っていたけどな…』
「…当然だけど、魔剣が廃止されたのはハイル君が生まれるずっと前。彼らにとって自分たちの家は少し貧乏な鍛冶業の一族…くらいの認識で、魔剣の事なんて考えた事もなかったんじゃないかしら?」
昔、ハイル本人から聞いた事だが、彼自身かつて自分の一族が魔剣の開発で栄華を極めていた事は知っていたが、そんなものを気にした事もなかったという。子どもにとっては与えられた状況が全てなのだ。例え今は没落し、日常の小物程度のものしか作る事を許されないとしても、そんな境遇を嘆きもせずに彼と妹のローザはそれなりに伸びやかに育っていっただろう。実際、己の家に数本の魔剣が封印されている事なぞ彼は知る由もなかったのだ。
だが、強大な力はいつでも人の心を狂わせるものだ。欲したのは、魔剣の強大な力か、それともかつての栄華か。ランドナー家の1人の男が野心を滾らせ、封印された魔剣を開放したのだった。
『それが俺の従兄弟にあたるヒューバート・ランドナー…。10年前のあの夜、奴は全ての魔剣を盗み出し……俺の家族を皆殺しにしやがったんだ…!』
◇◇◇
危険な魔剣を生み出してしまった責を背負い、ランドナー家はその存在を管理・封印する義務を負っていた。屋敷内には現存する10本近い魔剣が各所に封印されていた。ヒューバート・ランドナーは魔剣を盗み出すと、その力に魅入られたのか、それとも元よりそのつもりだったのか。魔剣を鞘より開放すると、屋敷中にいた全てのランドナー一族をその手にかけ始めたのだった。
『あの夜、騒ぎに気付いた俺とローザは急いで部屋から逃げ出して、急いで地下室へと隠れたよ。悲鳴と、哄笑と、肉が引き裂かれる音と…今でも覚えてる。隣で怯えてるローザだけはなんとしても守らなきゃって思って、武器を探す内に…見つけたんだよ、この『デウスカリバー』をな…』
そう言って自分の背中に背負った長剣を見つめるハイルの顔は、しかしどこか憎々し気に見えた。
正確には地下に封じられていたのは、魔剣の中でも最強の三振りと呼ばれた3つの兄弟刀『デウスカリバー』『エクスカリバー』そして『マキナカリバー』だった。当時は魔剣の特性なぞ知る由もなかった10歳のハイルはヒューバートへと切り掛かっていった。
強大な魔剣の力は子どもにすら強力な力を与えるのか、ヒューバートの頬に十字傷を刻み込ませた。だが、子どもの細腕で出来る精一杯の抵抗はそこまでの事。直ぐに体勢を立て直され、奪われたマキナカリバーの先端がハイルの体を貫こうとしたその刹那の事だった。
「…ローザちゃんが……エクスカリバーに取り込まれて暴走を起こした、と…」
「ああ…。正直、何が起きたのか……今でもよく覚えてないんだけどな…」
兄を守ろうとしたのか、それとも目の前の脅威に反応しただけか。とにかく、エクスカリバーがローザの肉体を取り込み、暴走を始めた事だけは覚えている。目を光らせながら、妹が宙に浮かび上がる異様な光景にハイルは全く動けなかった。やがて、解き放たれたエクスカリバーの強大な力が屋敷全体を破壊し———気が付いた時にはヒューバートはどこにもおらず、ハイルとローザも外へと放り出されていた。
全ては悪い夢だったのではないか———?そんな希望的観測は、破壊されたランドナーの家と累々と積み重なる家族の亡骸、そして———剣に取り込まれたまま、虚ろな表情で虚空を見つめる妹の姿によって、粉微塵に打ち砕かれてしまった…。
それが、あの夜に起こった全ての事。
そしてハイル・ランドナーにとって、長き戦いが始まった日でもあった。
◇◇◇
「…ゼオラさんの言ってた事も少しは当たってるんだ…。私たちヒュペリオンは、ハイル君の剣そのものなのよ…」
サクラが迷う様な口振りで言う。ゼオラは首を傾げて、尋ねた。
「…この組織を作り上げたのは、そのヒューバート・ランドナーという男に復讐する為ですか?」
「…そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるわね…。…その後、ヒューバートが魔剣をあちこちに売り捌いていた事が分かったのよ…。ハイル君はそれらを全て破壊するって決めたの。その為にも…力が必要だったんだと思う…」
「…一族の過ちを正す為に?」
アイリスの問いに、サクラはしかしどこか曖昧に微笑むだけだった。
「それもあるでしょうけど……きっと全部が本当で、でもやっぱりそれだけでもない。全てはやっぱり……ローザちゃんの為なのよ…」
◇◇◇
「魔剣を唯一破壊する方法ってのは、何だか分かるか?」
ハイルの問いにレイトは暫し考える。カゲマサ剣人体と戦いはしたが、ランドマンナイツの超パワーをぶつけたとしてもあの剣には傷1つ付けられなかった。だが、ハイルの持つ長剣——『デウスカリバー』はそれをいとも容易く破壊して見せた。それが示す答えとは——?
「魔剣は魔剣でしか破壊できない…って事かな?」
「そういう事。お前よく分かるね」
ハイルが頷いた。
「…まぁ、正確にはそれだけじゃねぇんだが……。魔剣にも序列みたいなモンがあって、下位の魔剣は上位の魔剣を破壊できねぇ…。…このデウスカリバーはエクスカリバーの下位に当たるから、ローザの中の魔剣を破壊する事は出来ないんだ。…だが、裏技がない訳じゃねぇ…」
「裏技?」
「ああ。…現存する魔剣を破壊していけば、このデウスカリバーの力が強化されていく。だからな…例えどんなに忌々しい力でも…今は背負い続けるしかないんだ」
ハイルの目の奥にまたしても激しい怒気が宿る。ティニーポンドを踏み付けていた時とほぼ同様の、仄暗く寄る者を斬りつけるかの様な鋭い殺気。それはまるで彼の身すらも斬り捨ててしまうのではないか?とレイトは不安になった。
実際、確か魔剣を使い続ける者は、その身や心を蝕まれてしまうのではなかったか——?
「———………っっっ⁉ぐぅっ…‼」
レイトが心配した直後、突然ハイルが何かを堪えるかの様に、右手を押さえた。痛みを堪えているかの様でもあり、何かが飛び出そうとしているのを必死に抑えている様でもあった。「ハイル君!」とゲイナンが慌てて駆け寄ってきた。そのまま溺れてしまうのを防ごうとしたのか、彼を抱え上げて浴槽から引っ張り上げた。その時、ハイルの右腕全体に紋章の様な痣がドクドクと脈打っているのが見えた。
「…すまねぇ、先生。もう大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないだろう。前よりも頻度が上がっているじゃないか。やはりこれ以上、あの魔剣を振るい続ければ君は———」
「どの道、もう手遅れさ…。このまま魔剣に呑まれて消える位なら、最後の最後まで抗ってやるさ…。それが俺に残された…」
悲壮な決意が、食いしばった歯の隙間から漏れ出る。そのあまりの気迫にレイトは何も言えなかった。だが、意外な事に「バカな事を言いなさるな」と口を挟んだのは、マーカスだった。
「あなたが倒れたら、ここの人達はどうなります?もうあなた1人の人生ではないのです。少しはご自分を大切になさって下さい……」
ハイルが面食らった様に目を白黒させると、やがて気まずそうに顔を逸らした。ゲイナンに抱えられ、浴室から連れ出される間際に小さな声で「勝手を言ってくれるぜ…」と小さく呟くのが聞こえた。
「…責任感の強い方ですな…」
マーカスが小さく呟く。レイトも頷いた。接した僅かな時間で分かったが、彼はきっと責任感の塊の様な人間だ。
妹を救い出さなければいけないという責任。
一族がばら蒔いた厄災の種を、摘み取らなければならないという責任。
自らの組織を率いていかなければいけないという責任。
デウスカリバーの呪い以上に、そんな責任の重圧が彼を押し潰してしまいそうで、レイトには気がかりだった。
「…抜き身の刃を見てるみたいですよね。あのまま折れてしまうんじゃないかって…心配になります。何か……俺にも力になれる事があるといんですけど…」
「左様。彼には刃を休める場所が……鞘の様なものが必要ですな…。…でも、それは貴方も変わりませんよ、レイト様?」
「俺も…ですか?」
うむ、とマーカスが重々しく頷く。
「貴方も昔から、どうも自分の力以上の重荷を背負い込もうとする癖がある。マヤ殿と出会われてから、『僕がこの世界を良くするんだ』と話されて錬真術の研究に没頭された事も…」
「ははは……俺はそんな奴だったんですか?でも多分、それは子ども特有の奇妙な全能感だと思いますけどね…」
身に覚えはない事でも、子どもの頃の事をほじくり返して思い返されるのはイマイチ居心地が良くない。程よくのぼせ気味な事もあって、「俺もそろそろ上がろうかな…」と腰を浮かしかけると、マーカスが「おや?」と呟いた。
「レイト様…その腰の刺青の様なものはなんですかな?」
「刺青?いや、そんなものは…」
なかったと思うのだが、と言いかけるが、別に自分の腰回りなぞ何度も眺めるものではない。視線を自分のへその周りに注ぎ込む。一見、何もない様に見えたが、よく見ると確かに腰———正確には丹田の周辺に薄い紋章の様なものが広がっている様に見えた。
「…?なんだ、コレ…?」
よく目を凝らさなければ見えない程の薄い痕でしかない。だが、丹田の周辺は普段レイトがベルトを巻き付ける場所なのだ。その事と無関係だなんて事があるだろうか?
先ほどハイルの右腕に纏わりついていた呪いの痣を思い出し、温まった体が一気に冷える様な感覚を味わった。
短いですが、今回はここまでです。
相も変わらず戦闘シーンがない!いや、ホントにゴメンナサイ…。
その反動というか、次回はたっぷりと戦う予定です!
本編で説明した通り、魔剣はデブリスの遺骸で作られる武器という事になります。それゆえに強力な力を秘めますが、その分代償も大きくつきます……。
…あと、レイトの腰の紋様の事はそのうち分かります。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。