今日は間違わずに投稿できているでしょうか(笑)?
前回・前々回とバトルが全くなかったので、今回はいよいよバトルです。
◇◇◇◇◇
風呂場がある地下室から外へ出ると、庭園の様な場所に通じている。その隅の方から「おーい、レイト」と自分を呼ぶ声が聞こえ、目を向けるとマヤ達がベンチに座ってこちらに手を振っていた。微かに髪を濡らした少女たちの中に混ざっていくのは妙に照れ臭くもあるのだが……今は彼女たちと話がしたい気分だった。
「はい。レイトも飲む?」
「うん…ってコレお酒じゃないよね?」
「大丈夫。ただのシロップ水よ。…はいどうぞ」
湯上りで体が火照っていた事もあって、グラスに注がれた液体を一気に呷る。氷で冷やされたシロップ水はほんのりと甘く、くどくない爽やかな後味をひいて体中にしみ込んでいく様だった。
「あ、美味しい…」
「でしょう?自家製なの。売り物になると思わない?」
「あ、そうなんですか。本当に何でもやってるんですね」
自慢げなサクラの言葉に、レイトは素直に頷く。確かに彼らは社会的には壁の外の人間達が寄り集まった、無法者の集団という事になるのだろう。だが、決してそれだけではない。ここの子ども達は鍛冶・製鉄業から農業・畜産業、ガラス細工から建築業まで幅広い職能を備えている。そして、彼らにその技能を仕込んだのもハイルなのだと言うのだから驚きだ。
「…荒事が得意な子もいれば、そうじゃない子もいるでしょう?手先が器用な子も、頭がいい子も、誰1人取りこぼさない様にって、手広く仕事をしてるの。…きっと、いざとなったら自分がいなくなってもやっていける様にって……」
「…ハイルさん、長くないの?」
マヤが心配そうに訊くが、サクラはふるふると首を振った。魔剣が人を取り込んでいく速度には個人差がある。事実、ハイルは10年近くデウスカリバーを振るって来れたのだ。だが……もうそれも限界に近付いているかもしれない事は、誰もが気付いている。
「…私も、元々医業を営む貴族家だったんだけどね…。跡取りがいなくなったのをいい事に、他の貴族から領地を奪われちゃったの。それを拾ってくれたのがハイル君だったわ。『お前の知識はきっと何かの役に立つから』って……」
そう言って微笑むサクラの目元は、しかし微かに湿っている様に見えた。そこにレイト達が容易に立ち入れない様な距離感を感じ、返せる言葉がなかった。
しかし、と思う。サクラやヒュペリオンの子ども達は皆ハイルに救われ、生きる術を身に着けてきた。それだけの事が出来たのも、彼の人柄とカリスマ性があったからこそではないかと思える。大きな柱を失い、ヒュペリオンはそれでも存続していけると思うだろうか。それに何より、彼の妹の事はどうすればいいのだろうか———?
「まさか、彼を助けたいなんて……言うつもりではないでしょうね?」
突如、剣呑な声が思考を遮った。ゼオラだった。いつになく厳しい視線をアイリスに向けて注いでいる。
「彼らの置かれている状況は確かに理解できました。だとしても、彼らが法を犯す者たちであるという事実に変わりはありません。…正直、これ以上関わるのはどうかと思います」
「何それ!無法者ならどうなってもいいって言ってるの⁉」
「関係を持つべきでない相手という者はいる。お嬢の立場にある人間が、彼らの様な者たちと関わればどの様な事になるか…分からない訳ではないでしょう?」
「ゼオラ…そういう言い方は———」
「いいえ、私もゼオラさんの言ってることが正しいと思うわ」
険悪になりかけた空気をサクラがやんわりと宥める。
「どんな事情を抱えているにせよ、私たちはやっぱりストラドの無法者よ。これ以上関わり続ければ、きっとあなた達の立場も危うくなる。それは私達も本意ではないわ」
「サクラさん…しかし…!」
「いいの。巻き込んでしまって言うのもなんだけど、これ以上は私たちが自分達で何とかする領分よ。あなた達はもう忘れてくれて———」
サクラが言いかけた直後の事だった。
夜の静寂を打ち破り、鐘の音が周囲の空気を圧して広がっていった。それに混じって子ども特有の高い声が「敵襲!敵襲!」と叫ぶのも聞こえた。
音に反応するかの様に、ドアが次々と破られ年長の少年たちが外へと飛び出してきた。慌てず、だが迅速に「武器庫へ急げ!」「非戦闘員は地下に退避させろ!」と声をかけ合っている。
「敵襲⁈」
「…行きましょう」
アイリス達も迷う事なく走り出し、見張り台に続く階段を駆け上がっていく。城郭の上から外を見下ろすと、外には異様な光景が広がっていた。
「嘘だろ…?」
「何アレ⁉全部コボルト?」
「そう…みたいね…。それにしてもなんて数…」
ネイバーラントの周囲をグルリと取り囲んでいたのは、なんと200体近い数のコボルトデブリスだった。十重二十重と赤い目を光らせながら、城に向かって吠え声を上げている。
確かにコボルトは大きな群れを作ると、異様に凶暴化する性質を持つ事で知られているが、だからと言って基本的に慎重な彼らがこの様な行動に出るものだろうか、と思う。まるで何者かに操られているかの様な———。
「けっ…犬人間どもが…。人の安眠を妨害しやがって…」
「ハイル君⁉」
「おたおたするな。ここの城壁はそう簡単に落ちないさ。セオリー通り、ここからアーククロスで片っ端から打ち抜いていけ。撃ち漏らした奴は……俺が仕留める…」
言うが早いか、ハイルは背中からデウスカリバーを引き抜くと、塀を飛び越え、コボルトの群れへと突っ込んで行った。サクラが「ま、待って‼」と制止の声を上げるが、既に手遅れだった。
たった1人で舞い降りた獲物に向かって、コボルト共が狂った様に突進していく。牙が、武器が、次々とハイルに向かって殺到する。だが、ハイルは慌てる事なくデウスカリバーを横薙ぎに振るうと5~6体のコボルトを一気に斬り飛ばした。
「さぁ来やがれ。残らず剣の錆にしてやるよ…」
クイ、と指を折り曲げ挑発の仕草を取るハイル。それに呼応するかの様にコボルトデブリスが雄叫びを上げて、突撃をかけてくる。
だが、ハイルは怯む事はない。剣を振り上げ、デブリスの群れの中へと突撃していく。とても人間業とは思えない、とんでもないスピードだ。デウスカリバーの長大な刃が振り抜かれデブリスを薙ぎ払うと、更に発生した風圧が後方のコボルトまでも纏めて吹き飛ばす。
「どうした雑魚ども‼もっと骨のある奴はいねぇのかっ⁉」
飛び掛かってくる犬人間をカウンター気味に斬り飛ばし、剣で対応できなければ拳や脚が閃く。周囲をいくら取り囲み、次々と襲い掛かろうとも、ハイルはまるで後ろにも目がついているかの様に身を躱し、攻撃を叩き込んでくる。いくら人間よりも一回りほど小さい体躯であっても、デブリスが人間よりも力で負ける道理などない。それも、数の上では全く劣勢でるにも拘らず、ハイル・ランドナーはまるで巌の様に小動もせず、凄絶に笑う。
その姿は正しく修羅そのもの。
剣に生き、剣に死ぬ。
そんな苛烈な運命を背負って立つ戦神の様な、凄まじき戦士———。
「…すごい…!まるで人間業じゃないみたい…」
「デウスカリバーの力は、『絶対守護』って言うの。剣を持つ者に神がかり的な身体能力を与える……それだけの力なんだけど、まぁシンプルな分、戦闘では確かに圧倒的ね。…でも、決して無敵じゃないわ……」
その言葉通り、いくら今のハイルが鬼神の如き身体能力を発揮できたとしても、流石にあの圧倒的な数の前では長くは保たないだろう。城郭から打ち込まれるアーククロスの援護もあって敵は確実に数を減らしているが、それでも戦力差は圧倒的すぎる。長年戦いを支えてきたサクラの目線から見れば、今日のハイルは些か精彩に欠ける。やはり、先程の体調不良が尾を引いている気がする。
「何が俺が仕留める、よ…。カッコつけてんじゃないわよ、この半病人ボス!」
「よぉし、続けぇっ‼俺たちも続くぞ‼」
サクラが腰から愛用の片手直剣を抜き放ち、デブリスへ挑みかかっていく。それに応ずる様に他の団員達も雄叫びを上げて地面へと降りたって行った。
「ま、当然よね…。私も行くわ」
「元からそのつもりだよ…変身!」
〈ミスリックナイツ‼〉
そして勿論、この状況下で座して待っている気などさらさらない。パーラケインを抜き放ったアイリスに次いで、仮面ライダーディライトへと変身したレイトも壁を飛び降りて戦闘へと加勢する。2人の背中をゼオラが「お嬢、レイト‼」と呼び止めた。
「関わるべきでないと、あれ程言ったのに……全く!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。ここには子ども達だっているんだから……ユニオ、リヤちゃんっ!」
「おうさぁっ‼」
マヤの命令に応じて、外の馬小屋に留め置かれていたユニオとリヤカードリフターが飛び出してくる。既に両者が合体したドリフトモードへの変形は完了している。マヤはユニオの鞍に跨るとスロットを全開に開き、デブリスの群れへと突撃させた。はぁ……とため息を1つ吐くと、ゼオラもそれに追従した。こうなっては仕方がない。何はともあれ主人を守るのがゼオラの務めだ。
今も剣を振るい、鬼神の如き奮戦ぶりを見せているハイルだが、流石にあの数が相手では持ち堪える事はできないだろう。現に今も足元が僅かにふらついており、表情も時折苦痛に歪んでいる。戦えば戦う程、魔剣による肉体の浸食は進む。ならば今も彼の肉体は刻一刻と人でないものへと近づきつつあるという事ではないか?
何故そこまでの事が出来るのだろうか?それはきっと彼が背負い込んでいるものの為だ。
一族が生み出した宿業。
実の妹の命。
彼を支える仲間達への責任感。
そのどれ1つも放り出せないから、どれだけ傷を負っても彼は立ち続けるのだ。そんな姿がレイトには雄々しく映るが……同時にひどく痛々しくも見える。
レイト自身も身に余る重荷を引き受けてしまう性質だから、それに対してどうこう言う資格はない。だがその結果、一度死を引き寄せてしまっている自分だからこそ分かる。
この世に生まれた瞬間から、命はきっと自分1人のものではあり得ない。
命が失われる痛みは、自分だけが背負うものではない。周囲の人間にも背負わせてしまうものなのだ。
だからこそ———。
「少しは…人を頼れよな…!」
〈ヴァリアントスラッシュ‼〉
ディライトが振り抜いたトランスラッシャーから、光のエレメントエネルギーが波濤の様な勢いで解き放たれ、今まさにハイルに取りつこうとしていた犬人間どもを大きく吹き飛ばした。ディライトの姿を見止めたハイルが、小さく舌打ちを鳴らした。
「まだいやがったのか…。あのままどさくさに紛れて逃げてりゃいいものを……」
「冗談だろ?ここまで巻き込んどいてそんな言い方あるかよ……。こうなりゃとことんまで付き合ってやるさ」
「ハッ…後悔するなよ。…男と見込んだ、背中は任せる」
「それ殺し文句だからな……。…でも、任された!」
その言葉を合図に、ディライトとハイルが一気に飛び出していく。コボルトを斬り捨て、即座にハイルの背後に迫っている怪物に向けてトランスラッシャーの銃撃を放つ。視界を目の前の敵一体一体に集中させつつ、だがそれでも心の目の様な部分で互いの存在を常に意識し続ける。出会って間もない2人ではあるが、不思議な事にまるで長らくの戦友の様に呼吸を合わせる事ができた。
〈ウインド!オブシディアン!ファンタスティック!飛揚のレシピ‼〉
「再錬成!」
〈ウィンディアナイツ‼〉
ディライトの体が黒緑のファンタスティックヒットへチェンジし、軽くなった体が一気に空気を切り裂いて加速する。ツインブレードモードに変形させたトランスラッシャーを横薙ぎに振るい、刃が数体のコボルトの肉体を引き裂いた。同時に放たれた風のエレメントによって後方に控えていたコボルト達も纏めて撃破されていく。
「残り100体ちょっと…。一気に決めてやる…!」
〈サンダー!パワーストーン!ファンタスティック!神変のレシピ‼〉
「再、錬成‼」
〈オールセット、ディライト!デンキショックウォーロック!メイジングナイツ‼〉
ディライトの体が再変化する。オレンジ色のマテリアメイルに紫のアーマムエレメントを纏った、錬真力特化形態・『メイジングナイツ』である。
ディライトが指をパチリ、と鳴らすと、そのの周囲に6体の虚像の様に不定形な姿のディライトが姿を現した。これは実のところ分身などではなく、実際はエレメントエネルギーがディライトの姿に形成されただけに過ぎない。だが、コボルトを幻惑させるには十分だ。しかもエレメントエネルギーという事は、この虚像自体にもデブリスを滅するだけのエネルギーは存在するのだ。
分身がコボルト達を取り囲み、一斉に銃口を突き付ける。そこから放たれた雷の奔流がコボルトの肉体を一気に焼き尽くしていった。
———これで、残りはざっと75体!
ハイルの方でも強化された身体能力を駆使して、戦場を縦横無尽に走り回りながら敵の命脈を断ち切っていく。魔性の力を秘めた魔剣は相手がデブリスであったとしても、ライドラッグなどの補助を必要としない。捧げる必要があるのは、己が肉体のみ。その恐ろしさを自覚しながらも、ハイルはそのシンプルさが嫌いではない。死の際に立ち、その淵から逃れまいと心は滾り、肉体は更に増速する。やがて来る終わりの時を退けつつ、だが一方でそれに近付きつつもある。矛盾しているからこそ、他の誰であっても寄せ付けない、自分だけの戦場———。
「足りねぇ……全然物足りねぇぞ‼俺の首を取りたきゃ、ケチケチしてないで一斉に来やがれっ‼」
ハイルが獰猛に猛り声を上げ、目の前のコボルト数体の胴を一気に薙ぎ払った。例え何体が束になろうと、どれだけの血糊を浴びようとも、デウスカリバーの刃が衰える事はない。相当な重量を持つ長剣が羽よりも軽やかに閃き、怪物どもの五体を一体また一体と斬り潰していく。戦時の常でアドレナリンが噴き上がり、心身ともに激情感と高揚感に支配されていく感覚はあるが、一方で今日はどこか心に凪いだ部分があるのも事実だった。
これだけの敵に群がられれば、全てを完全に討ち果たせる訳ではない。斬撃が浅く、致命傷に至らなかったものもおり、それ等がいつ自分に牙を剥くか予想がつかない。だが今は、ハイルの速度域に追従し、一緒に戦うディライトがいる。ヒュペリオンのメンバー達は勿論よくやってくれるが、強化されたハイルの身体能力に追従できる者はそういない。横に並んで共に戦ってくれる者がいるというのは、こうも安心できるものだったか———。
眼前にはまだ多くの敵がひしめいている。だが、このまま止まる気はない。どこまでも、行けるところまでただ奔り切るのみ———!ハイルはニヤリと笑うと、剣を引いて構え、肉体をさらに加速させた。
———魔剣開放……、我流・ソーイング‼
能力値を解放したハイルの体が稲妻の速度で加速する。まるで鋸の刃の如き左右ジグザグの軌道で駆けるハイルはいくらデブリスと言えども、捉える事は困難だった。数十体のデブリスが肉体を切り裂かれ、血煙を上げて消滅していく。
そしてディライトの方も、
〈エブリッション!ヴァリアントスパーク‼〉
「せえりゃあぁぁぁぁっっっっ!!!!」
エレメントエネルギーが全身からリチャージされ、ディライトの胸の前で雷球の形に形成される。迫りくるコボルトの軍団に向けて、光球に勢いよく正拳突きを放つとその形状がまた変化し、巨大な雷電の拳となって怪物達に襲い掛かった。雷が発する膨大な熱量に焼かれ、コボルト達が断末魔を上げることすらなく霧散していった。
200体近かったコボルトの群れが、ネイバーラント前の平原から跡形もなく消滅した。互いの労をねぎらう様に、ディライトとハイルが手をカツンと打ち合わせた。
「よう、お疲れ。楽勝だったな?」
「あんまり楽勝には見えないけど?足元とかフラフラじゃん」
「抜かせ。こっちは生身でアイツらと戦り合ってんだぞ。鎧にヌクヌク引き籠ってるお前と一緒にすんな」
「人に散々助けられておいてよく言うよ…。大体コレは鎧じゃなくて———」
レイトが反駁しかけた刹那。
城の方から大きな歓声の様な声が上がっている事に気付いた。
ネイバーラントの城壁の上から、ヒュペリオンの子ども達がこちらに向けて歓声を上げている様だった。最初はハイルに向けられたものかと思ったが、よく耳を凝らすと「仮面ライダー!」という声も聞こえてくるではないか。レイトは心底驚いた。
「え、なに?なんで皆、知ってるの?」
「知らないのか?最近シドニアの一部で噂になってるんだぜ。あちこちで仮面を被った騎士が人知れず人助けをしてるって。…まさかとは思ってたが、あれってお前の事だったのか?」
「いやまぁ……そうと言えばそうなんだけど…。…そうか、そんな事になってたのか……」
『仮面ライダー』の名を受け継ぎ、デブリスとの戦いに身を投じて随分日数が経つ。噂が広まるのは意外と速い為、そういう事になっていても確かにおかしくはないのだ。別に名声や評判を求めて戦ってきた訳ではないが……やはりそれはそれで嬉しいものだ。
「お二人とも、お話し中悪いんだけど…」
アイリスが歩み寄ってきた。浮かれ気味の周囲の空気に反して、その顔はどこかまだ緊張感を消していない。
「…この事態、まだ終わってない可能性があると思う。レイト、今の状況、何かに似てると思わない?」
「…うん、分かる。ターフィッシュやベアカンファーでの一件の時と似てるよね」
アイリスが頷いた。突如として大量の敵に襲撃をかけられたという点では、今回の件と過去の事件は似ている。しかもあの事件のもう1つの共通点は確か———。
「臆病な性質のコボルトがこれ程の数で襲撃をかけてくるなんて、やっぱりおかしいわ…。もしかしたら、今回の事件にも裏で暗躍している黒幕がいるのかも…」
「黒幕って……。これが前哨戦でしかないってのか?というか、お前らさっきからなに言って———」
転瞬。
ドォンッッ———‼という爆音が、ネイバーラントの方角から響き渡った。レイト達が慌てて目を向けると、砦の一角から爆炎と共に火の手が上がっているのが見えた。しかも、あの場所は確か———!
「あそこは………っ!マズい…‼」
ハイルが血相を変えて駆け出して行った。レイトとアイリスも彼に追従する。問い詰めるまでもない。火の手が上がったのは、ローザがいる病院棟で間違いなかった。
辿り着くと、病院棟のそちこちから黒煙が上がっていた。棟内にいた人間は建物内からようやく這い出してきた様だったが、ローザの姿はどこにもなく、ハイルの焦りは更に加速した。
「ゲイナンッ!ローザは……一体何が起こったんだ⁉」
「…っ…ハイル君……、アイツだ……。十字傷の男が……ローザ君を———」
「クックックッ…いい面だなァ、ハイルゥ?」
嘲笑う様な声が、突如として発せられた。ハイル達が顔を上げると、炎を上げる病棟から数人の男達がゾロゾロと歩み寄ってきた。
異様な風体の男達だった。後方に控える6人は全員揃いも揃って足元まである革製のガウンを羽織り、頭部は飛行士が身に付ける様なゴーグルと酸素マスク、更にその上に鍔の広い革製の帽子を被っている。表情が読み取れない人間たちが、統率された軍隊の様に同じ姿勢で居並んでいる様は、実に異様な光景だった。
そして、中央に立つ男。金地に黒のラインが走った何とも悪趣味なノースリーブコートを裸の上半身の上に直接羽織り、背中に3本の剣を背負い込んでいる。傾奇者と言えば聞こえはいいが、猫背気味な姿勢や不健康そうな細身の体と相まって、どうにもチグハグな印象を感じる。
だが、男の頬に浮かぶ異様に深い十字傷。そして男が小脇に抱え上げている少女の姿。それだけでハイルの頭が沸騰する様な感覚に襲われた。
「てめぇの仕業か、ヒューバート⁉」
「忌々しい名前で呼ぶでないっ‼今の我はデブリーター幹部の1人、『ウォークレイド』である‼」
「デブリーター⁉あなたが……⁉」
アイリスが驚愕の声を上げる。ナースプリングで遭遇したワールドラーグの言動から、彼らが人間である可能性は考えていたが、今まさにそれがはっきりとしたのだ。しかも、ヒューバートというのはランドナー家を殺害し、魔剣を奪った、ハイルがその行方をずっと追っていた男で間違いはないだろう。
「…ハイル。惨めったらしくストラドに身をやつして何をしているのかと思えば……魔剣を壊してデウスカリバーを強化してたか…。腹立たしい……お前はホントに昔から腹立たしい奴だ…」
「グダグダ抜かすなっ!妹を放しやがれ、この腐れ野郎が‼」
「はっ!そうはいくか!…貴様ら、デブリーターの力を見せてやるがいいっ‼」
「「「「「「はっ!」」」」」」
ヒューバート・ランドナーの背後に控えていた皮スーツの男達が、異口同音に復唱すると、左腕の袖口を勢いよく捲り上げる。そこにはワールドラーグが付けていたのと同じ、注射器の様なガントレットが装着されていた。
〈
ガントレット上部の蓋が開き、男達が灰色のライドラッグ——デブリドラッグを装填していく。ガントレットが〈Gevault!〉と吠えた。
「「「「「「
〈Gevault…Deb-Reading…‼Wow…Wow,wow,woooooow…‼…To Be Sick…〉
ガントレット——デブリシリンジャーから噴き出した明滅するガス状物質が男達の体をを包み込んでいく。やがてそれが晴れると、そこには人ならざる異形の者たちが佇んでいた。
レザー素材に近い、マットな質感のアンダースーツ。手足を始め、各所に纏わりついた黒い毛皮の様な意匠。全身に走る、薬液が流動するケーブルライン。変身前に男達が付けていた酸素マスクの様な装置が宛がわれた、犬型の獣の様な頭部。同型のシステムを用いているだけあって、その姿はやはりワールドラーグによく似ていた。
「ようやく完成した量産型デブリーター、『ジェヴォールトデブリーター』だ。貴様らに倒せるか?……やれっ」
ヒューバートの命令にジェヴォールトデブリーター達が無言で頷くと、左手のレイピアを閃かせ、躍りかかってきた。ディライトはハイルとアイリスの前に立ちはだかると、メイジングフィールドを展開した。
メイジングナイツのこの特殊能力は、ディライトの意志によってその形状を大きく変える事も出来る。2人を守る様に前方広範囲に展開したフィールドが、ジェヴォールトデブリーター6体の攻撃を全て受け止めた。
絶対不破の障壁に攻撃を阻まれたデブリーター達の体勢が僅かに揺らぐと、ディライトが指をパチリと鳴らして雷の
「取り囲む気か…⁉」
「来るわ、構えて!」
こうも広範囲に展開されると、いくらメイジングナイツでも対処はしきれない。ジェヴォールトデブリーターはワールドラーグと比べてパワー面では劣る様だが、その分数を生かした集団戦術を得意としている様だ。迫りくるデブリーター達にアイリスとハイルもそれぞれの武器を引き上げて、対処する。
風の様に疾駆し、時にアクロバティックに襲い来るジェヴォールト達は、まるで捕らえようがない黒い影の様だった。遠距離からニードルガンでこちらを牽制しつつ、前衛のジェヴォールトが刺突剣で攻撃を繰り出してくる。ディライトもアイリスも、ハイルもそれぞれ応戦するが、それを巧みに躱し、決して致命傷を与えさせない。数で勝るのはあちら側だ。一気に攻め立てるのではなく、時間をかけても確実にこちらの命脈を断ち切りにくるつもりなのだろう。
突出的な能力を持たない分、平均的な能力に優れる量産タイプらしい戦術だ。集団戦闘においてはこれ以上ない最適解と言えるだろうが―――こういった集団戦術を得意とするのは、ヒュペリオンを率いているハイルも同様だ。こうした模範的な戦術は、何かがきっかけで崩れてしまう事は往々にしてある。例えば———大きなイレギュラー等がそうだ。
「ふざけんなよ…さっさと妹を、返して貰うぞ…!」
———切り札を、見せてやる…!
———
ハイルが胸中で絶叫すると同時に、デウスカリバーから解き放たれた光が彼の体を包み込んでいく。剣を握る腕から、銀色の鱗上の物質が徐々にその体を侵食し始め、やがてハイルの全身を覆いつくす。
変化はそれだけでは終わらない。腕や脚、背中からは鋭利な金属質の刃が飛び出し、指からも獣の様な鋭い爪が生えていく。変貌は顔すらも例外ではなく、やはり鮫の背ビレの様な刃が鼻先から額に出現し、頭部全体が鋭角的な意匠で覆われていく。口が耳元まで大きく裂け、そこに無数の牙が居並び、昆虫かなにかの様な複眼をギラつかせている様は、最早人間ではあり得なかった。
「…剣人体っ…⁉」
「剣人…じゃあねぇな……。まだ、ではあるがな……」
怪人が僅かに笑いを含んだ声色で、答える。それは紛れもなくハイル・ランドナーの声だった。どうやら意識を乗っ取られている訳ではないらしい。剣人体は増幅された魔剣の意思が人間の体を乗っ取った状態を指す為、確かに“まだ”剣人体ではないのだろうが……。
「あなた……そんな事して、体にどんな影響が出るか———」
「まごついてる暇はねぇ…。今は1秒でも早く、アイツの元へ辿り着かなきゃいけねぇんだ……‼」
———魔剣開放、我流・ドリフト‼
人ならざる姿へと変貌したハイルが、人間の限界を遥かに超える速度で加速した。その速度に追従できなかったジェヴォールトの1体がデウスカリバーの刃に捕えられ、大きくその身をを引き裂かれる。残りの5体は慌てて距離を離すが、ハイルはなんと速度を落とすことなくそのまま身を翻させ、次の獲物へと襲い掛かった。2体目のジェヴォールトを下し、その勢いのまま3体目を刈り取る。猛烈な方向転換を繰り返しながら、衰える事のない勢いで突き進むその姿は、さながらハリケーンか何かの様だった。
4体目が切り裂かれた時点で、デブリーター達も自分たちの不利を悟った様だった。持ち前の加速力を最大限発揮して、ハイルの剣の間合いからなんとか逃れていった。
「ふん、情けない奴らめ。やはりデブリーターなぞその程度のものか…」
ヒューバート・ランドナーがどこか小馬鹿にした様に、彼らへ嘲弄の視線を送る。敗れたとしても、必死で戦った者たちを讃えようともしない。そんな彼の傲岸さに、ハイルが「てめぇ…」と歯をギリリ…と鳴らした。
「それにしても、意識を保った状態での剣人化を扱えるとは……相変わらず、忌々しい奴め…」
「ああ、忌々しいさ……。だがそれでもいい……。妹を助けて……てめぇをぶちのめせるならなぁっ‼」
ヒューバートに向けて、ハイルがデウスカリバーを構えて突進を仕掛ける。だが、ヒューバートは怯むことなく不敵に微笑むと、背中の剣の1本を抜き放った。
剣が抜かれた途端、猛烈な冷気がその刀身から放たれ広がっていく。そして、剣を握る右腕が青い結晶体の様なものが生えた筋骨逞しいものへと変貌した。その見た目に違わぬ剛腕ぶりで、ハイルの剣戟を受け止めてみせる。
「その力はっ…⁉てめぇも魔剣の力を———!」
「当たり前だ。貴様にできて、我に出来ぬ筈がなかろうがっ‼」
ヒューバートが剣を振るうと、地面から無数の氷柱の様な結晶が飛び出してくる。ハイルは身を翻してそれを躱すが、次の瞬間、結晶が弾け飛び、更に無数の小片となって周囲へ広がっていった。硬質化した剣人状態の皮膚にすらも欠片が食いつき、ハイルが苦悶の声を漏らす。
「…なら……、これはどうだっ⁉」
ハイルがデウスカリバーの刃を前方に突き出すと、その先端が淡い輝きを発する。魔剣が持つ力の特性の1つに、上位の剣が下位の剣の力を抑制できるというものがある。フッカーの戦いにおいて暴走するカゲマサの動きを止めて見せたのがこれだ。ヒューバートが使っているの恐らく『水鼓』という魔剣だと思われる。ならば、デウスカリバーの力で抑制できる筈なのだが———。
「無駄だと言っておろうがっ‼」
その動きが止まる事はなかった。やはりヒューバートも低級の魔剣を破壊し、自らの力を強化していったのだろう。波濤の様に押し寄せた流体状のエネルギーが、再び結晶の様な質量弾へと錬成され、ハイルへと降り注ぐ。デウスカリバーを引き起こし、なんとかガードするがその勢いまでは消しきれない。ハイルが吹き飛ばされ、地に伏すと、限界を迎えた様に変身が解除された。
「なんと情けない……。最強の三振りの1つを使って、なおこのザマとは……。やはり最強の力は、我が手中にあるべき……」
倒れたハイルに蔑む様な一瞥をくれると、ヒューバートはそのままローザを抱えたままくるりと踵を返した。
「待てっ!逃がすと思うかっ⁉」
「おっと、動くなよ勇者ディライト!貴様が動けば、我が魔剣がこの小娘を焼き払うぞ?…最も、その方が魔剣を取り出しやすいかもしれんがな……」
ディライトとアイリスがヒューバートへ飛び掛かろうとするが、そう言われては引き下がるしかなかった。グッと顔を顰める三者を満足そうに眺め、「だが!」と笑みを浮かべた。
「こうも一方的な戦いは興が乗らん。…ハイル、この娘を取り返したければ、我らが拠点『マッドスキッパー』まで来るがいい…。そこで貴様を苦しめる最高のショーを用意しておいてやる……。ではな!」
叫ぶと、ヒューバートの右腕から黒い煙が放出され、周囲を包み込んでいく。体を引き摺ってハイルが追い縋ろうとするが、既に姿は消えていた。
「ローザッ…!クソがぁぁぁっっっ———‼」
悔し気なハイルの慟哭が、夜闇に吸い込まれて消えていく。後には癇に障るヒューバートの高笑いだけが残された。
次回予告
かの時より、彼は誓った。己が身を剣とし、全ての業を背負い、ただ使命の為に抗い続ける事を。
狂乱の街『マッドスキッパー』を舞台に、異形な者同士の運命の戦いが幕を開ける。
そして、
Saga10『ソーディア~剣と心と~』
※次回から週一投稿に戻ります。