壁の外でも、強く己が信念をもって生きる少年たち———彼らの名は『ヒュペリオン』。
レイト達はその首魁・『ハイル・ランドナー』と出会い、禁断の技術・魔剣に狂わされた彼の運命を垣間見る。
魔剣に侵されたハイルの妹・ローザを救い出す為に協力するレイト達だったが、そこへデブリーターの一員であり、ハイルと因縁がある敵ウォークレイドが急襲し、ローザを連れ去ってしまう……。
◇◇◇◇◇
『ビルハミル』から東に20サウドほど移動した平原に、石壁で囲まれた中規模程度の街が存在する。そこが『マッドスキッパー』と呼ばれる歓楽街だ。
歓楽街と言えば聞こえはいいが、このマッドスキッパーに関してはシドニア国が運営している公的な特区とは異なる。その実態は、国家に承認されない闇ギルドが経営する賭場や娼館がひしめく、無法の歓楽街というところだ。当然、そんな街を利用する客も真っ当な者たちではあり得ない。同業の闇ギルド員や盗賊、中には『壁の外の民たち』もいる。
通常であれば国家によって摘発されそうなものだが、この都市が長年放置されている背景は、要するにこの都市を根城にする無法者達やデブリス病感染者(疑いのある者も含めて)を世に解き放つくらいならば、閉じ込めておいた方が都合がいい……という消極的対応の結果なのだった。
そんな国の無策を嘲笑うかの様に、街の内部で力を蓄えつつある勢力も多数存在する。街のほぼ中央に位置する屋敷は、現在デブリーター達の研究施設の1つとなっていた。
「どうだ?魔剣は取り出せそうか?」
「はぁ…それなのですが…」
ヒューバート・ランドナー——ここでの通り名はウォークレイドか——の問いに研究員の1人が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「エクスカリバーは被検体の体と完全に融合している状態の様でして……。外科的な処置で取り出すのは不可能に近いかと…」
「チッ…。やはりそう簡単にはいかぬか……」
ヒューバートが悔しそうに歯噛みした。デブリドラッグやエレメイルを完成に導いた、優れた錬身技術を持つデブリーターならば、少女の身の内に秘めた最強の魔剣を取り出す事も可能なのではないか、と考えたのだが……。物事はそう簡単には行かないらしい。
「いっその事、検体の体を焼き払ってみては?エクスカリバーだけを取り出せる可能性もあるかと」
「…ふむ。それも1つの手かもしれんが……。今はやめておこう。それはあの目障りな男の眼前でやってやるのがよい…」
研究員の物騒な提案に、ヒューバートが嗜虐的な笑みを浮かべた。
「奴は必ず妹を取り返しにやって来る。そして再び地に引き倒し、自らの無力を悟らせながら、妹を焼き払ってくれよう……。あの不届きな顔が絶望に歪む様を、見届けてやりたいものだ…」
「…しかし、ヒュペリオンとやらはかなりに手練れの集団と聞きます。果たしてそう上手く行くのでしょうか?」
「行くとも!既にこの街の各所には、我が配下やジェヴォールトデブリーターが配置されておる……。奴らが束になってかかってこようと、所詮は袋のネズミよ‼」
クハハハハハ–––––––––‼と笑い、ヒューバートが椅子にふんぞり返ろうとしたその転瞬の事だった。
ドゴォンッッッ‼という爆音と共に、屋敷の壁を何か巨大な質量が突き破ってきたのだった。あまりの唐突な事態に、その場にいる誰もがもんどりを打って倒れる事となってしまった。
「な、なんだというのだ一体———⁉」
「あら、魔剣使いだなんて言うからどんな男かと思ったら……随分アホ面ねぇ…」
「そう言ってやるなよ、ユニオ。大方油断しまくってやがったんだろうよ、このナルシスト中年は」
「は、ハイル…⁉貴様ら一体どうやって…⁉」
壁を突き破って飛び込んできたのは、鋼鉄の一角獣だった。彼に引っ張られた荷車からハイル・ランドナーを始め、レイトにサクラ、そして数名のヒュペリオンの団員がゾロゾロと降りてきた。
「…と、いう訳でヒュペリオン参上だ。約束通り妹を返して貰おうか?」
「ば、バカなぁぁぁぁっっっ‼貴様ら一体どうやって我の配下を突破したのだっ⁉」
マッドスキッパーの各所には、ヴェノムアラークから借り受けた10体のジェヴォールトデブリーターや100名近い傭兵団を配置していた筈なのだ。だが、街では戦闘の火の手どころか物音1つ起きてはいないではないか!
「はぁ?バカね、罠だと知ってて真正面から喧嘩しかける訳ないじゃない」
「急ごしらえではあったけど…リヤカードリフターに追加の加速装置を取り付けて、後はアンタがいる場所めがけて、一直線に突っ込んできただけってわけ」
レイトがユニオの後部に取り付けられたリヤカーを指さす。そこには薬液の様なものを充填した棒状の追加装備が取り付けられていた。ファイアライドラッグを加工した、噴射式加速装置である。要は街のすぐ近くまで近づき、後はあれを点火させてここまで一気にやってきたと言うだけの話なのだ。
「そんなバカなっ…⁉だ、大体貴様らには我の居場所を知る術なぞなかった筈———!」
「出来るんだよ、それが。ちょいとばかし耳がいい奴がいてくれたんでな」
ヒューバートの問いに、ハイルが口の端をニヤリと歪ませた。
◇◇◇◇◇
「ん?今、誰かが耳と言った様な…?」
マッドスキッパーの城壁の上にこっそり侵入したマヤ・フォルコが、不機嫌そうに頭の
「多分、ウチのボスだと思いますね…。後で謝らせますんで…取り敢えず今は、索敵をお願いします…」
「はいはい、分かってるよ。えーと、もうちょっと3時の方向……距離にして200ハンズ地点、もうちょい下……いたっ!そこに撃って!」
「了解ですよ…っと!」
ロビンが構えていた、銃身の長いスナイパータイプのアーククロスの引き金を引く。空気を切り裂いて放たれたアーククロスの鉄矢が、その進路上にいたジェヴォールトの右胸を貫いた———事を認識すると、マヤは手元の道具、貝型眷属伝話機『ジャイロシェルフィー』に向かって声を吹き込んだ。
「OK、正面の敵は仕留めたよ…。敵の位置は逐一知らせるから…全員突撃開始っ!」
◇◇◇◇◇
「了解…それじゃ、行きましょうか」
アイリスの命にヒュペリオンの団員達が応と答えた。ユニオがライダーブレイクで突き破った城壁の穴から60名近い少年少女達が、マッドスキッパー内部へと突撃していく。敵の数は多いが半数は雑兵だ。警戒すべきはあのジェヴォールトデブリーターだが、これに関しても対策はしっかりと立てている。
「各員分散。デブリーター遭遇時には1人では相手にせず、複数人で対処。ジャイロで連絡を取り合うのも忘れないで」
「了解です!」
アイリス達も含めたヒュペリオンの団員達が8つの小隊へと分散し、街の各地へと散らばっていく。ジェヴォールト達の大まかな位置と数はマヤのダイロク器官のお陰で事前にキャッチ済みだ。いくら量産タイプとはいえ、強力なデブリーターを人間1人では相手に出来ない。だからこそ、必ず複数人で挑み、出来得る限り足止めに徹する。自分たちの最大の目標はあくまでもウォークレイド達の下にデブリーターを終結させない事にあるのだ。
『ハイヤーネストから、パラディンリーダー。次の角を曲がったら、デブリーター1体。そっちに気付いてるよ、気を付けて』
「分かったわ……って、それなんかの暗号なの?」
『さぁ?レイトの言う事だから、大して意味はないと思うけど』
アイリスの腕の中でジャイロシェルフィーが掠れた声を上げる。ネイバーラント襲撃から今日までの2日間、マヤが各小隊の連絡用に大量にジャイロシェルフィーを用意してくれたのだった。しかも更に改良が加えられ、今ではこうして互いの声を送り合う事も可能になった。離れた場所でも連絡を取り合えるというのは想像以上に便利なものだと思う。これなら数の優位をひっくり返せるかもしれない、という確信をアイリスは強くした。
『ハイヤーネストからシノビリーダー。坂下から敵の一団、数はざっと20。援護するから蹴散らして』
『……了解』
だが、シノビリーダーことゼオラの返答はイマイチ歯切れがよくない。まだ、ヒュペリオン達に協力する事に納得していないのだろうか。彼女も自分の信条と目の前の状況を分けて考えるくらいの分別はある人間だから、問題ないとは思うが——。
だが、アイリスの懊悩も角を曲がり目の前に細剣を閃かせたデブリーターの影が見えた瞬間には消し飛んでいた。「行くわ。援護をお願い」と後衛組に檄を飛ばしつつ、右手のパーラケインを構えて、敵へと加速していく。
「たかが神聖騎士風情がっ……我らデブリーターに勝てると思うな!」
「…そっちこそ、たかが人間を舐めるんじゃないわ……!」
今は勝てなくとも、負けない力があればいい。どれほど微々たるものでも、それを積み重ねて高みへ届くのならば。気持ちを奮い立たせ、アイリスは白銀の刃と共に戦場を駆け抜けた。
◇◇◇◇◇
「ま、つー訳だから…増援は期待しない方がいいぜ、ヒューバート」
「えぇい…!おのれ、なんと小癪な奴ら…!」
「小癪なのはお前の方だろ」
悔し気に地団駄を踏むヒューバートを、ハイルが冷たく一蹴した。
「魔剣を手にしてどんなにイキり倒してみせたって、てめぇの本質は昔から何1つ変わってねぇ……。臆病で小狡いだけの、一族の落ち零れのまんまだ。絶対に街のあちこちに罠を張ってやがると読んだのさ。…ま、良かったよ。お前が俺の想定通りの人間でいてくれてな」
「黙れ黙れ黙れぇっ‼その思い上がりを償わせてやるわっ‼」
怒りに任せて、ヒューバートが背中の2本の魔剣を引き抜く。途端、右腕が結晶状の物質で覆われた姿に、そして左腕が虎の様な黒と黄色の鉤爪が生えた姿へと変貌した。
そして。
「我に3本めの剣を抜かせた事を…あの世でとくと後悔するがいい!」
変貌したヒューバートの左肩から、更にもう1本の腕が飛び出し、最後の一振りを抜刀する。瞬間、巻き上がった蒸気がヒューバートの体中を包み込んでいき、やがて濛気を突き破って1体の怪人がその姿を現した。
なんとも奇怪な姿の怪人だった。3本の腕に怪しく輝く剣を握り、それ以外の体中が固着した煙の様な物質に覆われている。まるで性質が異なるものを無理に繋ぎ合わせた様な、醜悪極まりない姿は、もはや痩せぎすのヒューバート・ランドナーのものではなくなっていた。
「クハハハハハ–––––––––‼これぞ今の我の本当の力、本当の姿っ!我こそが剣人の王、ウォークレ———‼」
「名前なんかどうでもいいっつの」
「とゆーか、趣味悪いっすね…」
「大体、自分で王って名乗る?フツー…」
「遅咲きの中二病って奴ね。見てて痛々しいわ」
「…お前、どこでその言葉覚えたんだよ…?」
得意げなヒューバート剣人体——ウォークレイドに比して、ハイル達は冷たく一蹴する。ウォークレイドが遂に堪忍袋の緒が切れた様に、「黙れぇっっ‼」と口角泡を飛ばして叫んだ。
「いつまでも減らず口を叩いていられると思うな…!我が魔剣『
「やれるもんなら、やってみろよ…。サクラ、ラナ、ジャン、手筈通りお前らは援護に徹しろ。後はいつも通り……死ぬな、這いつくばってでも生きろ。いざって時は……頼むぜ?」
「了解」「はいっス!」「はいです」
3人のヒュペリオン団員が答え、それぞれの武器を構える。彼らは団員達の中でも医療や錬真術に精通している者たちだ。とりわけ不測の事態が起こりやすい魔剣との戦いでは、幅広い技能に精通している者が必要となって来る。
「それじゃ…頼むぜ、レイト」
「分かってるよ。さくっと決めよう」
〈ライト!シルバー!ファンタスティック!栄光のレシピ‼〉
「変身!」
「魔剣開放、弐式‼」
〈ライトアップブレイバー!ミスリックナイツ‼〉
レイトの体が仮面ライダーディライトへと、そしてハイルが剣人体へとその姿を変えた。それぞれが武器を握り、互いを睨みつける様に視線が交差したのも一瞬の事。ウォークレイドとハイル、ディライトの三者が地面を蹴り、勢いよく加速した。ハイルのデウスカリバーが、ディライトのトランスラッシャーが、ウォークレイドに向けて降り下ろされるが、それは2本の剣によってガードされた。
「流石にっ……大した力だな……!」
「力だけではないぞっ!見るがいいっ」
転瞬、ウォークレイドの3本目の腕が関節辺りから勢いよく分離し、煙の尾を引きながらディライト達の背部に回り込む。刃の切っ先がディライトを貫こうとギラリと輝くが———。
だが次の瞬間、突如巻き上がった風圧がそれを妨害した。暴風に吹き散らされ、煙部分が霧散すると腕がまるで慌てた様に元の場所へと収まっていった。
「なっ…⁉一体なにを———⁈」
「『エアショック・カノン』よ。悪いけどアンタの弱点は対策済み!」
サクラが抱えているのは、アーククロスより更に大型の銃器だった。全体の形状は石弓に似ているが、銃口部はかなり大きくなっており、まるで小型の大砲かなにかの様な形状だった。
「属性系の魔剣は対策も立て易いんだよ、よく覚えとけ」
「そうですよ、例えばこんな風に…」
今度はラナが握る大型の石弓『キャニスターボルト』から、無数の矢が怒涛の勢いで発射された。ウォークレイドは慌てて右手の魔剣——水鼓を振るい、出現させた氷結晶の柱でガードしようとする。だが矢はそれをものともせずに突破し、ウォークレイドの右腕を貫いた。更に貫かれた箇所から矢が赤熱化していき、怪人の口から苦し気な悲鳴が発された。
ラナが銃身下部に据え付けられた大型の薬瓶を引き抜き、新しいものを装填する。ウインドライドラッグを使用して強烈な圧縮空気を発射するエアショック・カノンに対して、キャニスターボルトはライドラッグを装填する事で、矢弾に属性を付与する事が出来るのだ。
魔剣水鼓は氷を操る力を持つが故に、炎のライドラッグでエンチャントした矢弾ならばそれを突破する事も可能……。言葉にするとそれだけの事だが、攻撃のバリエーションに富む反面、“それだけ”の事で突破されてしまう脆さも属性タイプの魔剣には付き纏うのだ。
ならば、とウォークレイドが左手の魔剣を構えるが、その前に「やらせないっスよ!」とジャンが放った土属の矢弾が殺到する。左腕に突き刺さった箇所から腕が固まり始め、その動きが僅かに鈍くなる。その隙を逃さず、ディライトとハイルの蹴りがウォークレイドの胸部を貫いた。
「おのれおのれおのれぇっっ‼なんと卑怯な奴らめぇっ‼」
「お前が言うなっ‼」
「大体、俺らは盗賊だぞ?卑怯も反則も大好物だっ‼」
トランスラッシャーとデウスカリバーの切っ先がウォークレイドの胸部を貫き、火花が立ち上がる。数の上では明らかに不利な状況だが、ここで退却を選択できるほど殊勝な性格はしていないらしい。「ふざけるなよっ…!」と歯噛みすると同時に魔剣『煙羅』が輝きを帯びる。瞬間、ウォークレイドの体が煙となって霧散し、一瞬で2人の背後へと回り込んでいた。
ウォークレイドの剣がハイルとディライトを背中から切り裂いた。
「ぐおっ⁉」
「クハハハハハァッ‼油断したなバカめぇっ‼」
3本目の魔剣『煙羅』はその名の通り、煙の性質を秘める魔剣だ。この様に体を煙状にする事で物理的な攻撃は一切無効とする事ができる。
更に、
「私を虚仮にした報いだっ!貴様ら全員そこで窒息するがいいわぁっ‼」
ウォークレイドの体から発生した煙が部屋中に拡散し、広がっていく。煙の主成分は一酸化炭素などの有毒ガスであり、人体に吸収されると呼吸困難を引き起こし、最悪死に至る。これほどの広範囲に展開されるともはやエアショック・カノンでも対処のしようがないだろう。煙のただなかで、幽鬼の如く浮かび上がったウォークレイドの顔がニヤリと愉悦に歪んだ様だった。
だが、
「油断してるのはお前の方だ…」
〈ウインド!パワーストーン!〉
「再錬成!」
意気衰えぬ声が部屋中に響き渡った瞬間、ディライトの体が別の形態へと切り替わっていた。緑のアーマムエレメントに琥珀のマテリアメイルを宿した『仮面ライダーディライト ウインドパワーストーン』である。
例え有毒ガスの中であってもディライトならば数分間は意識を保っていられる。ディライトは手を動かし、なんと周辺の煙の一部を掴まえ、そのまま自らの元に引き寄せる様にグイと
「な、なぁにぃぃぃっっっ⁈」
予想外の事態に、ウォークレイドが悲鳴を上げた。
「ば、バカな…!何故我を掴まえる事ができ———⁈」
「幽霊だって殴れるんだ。煙だって殴れるに決まってるだろ‼」
〈エブリッション!ヴァリアントストーム‼〉
甚だ強引な理屈ではあるが、未知の力を数多秘めるパワーストーンならば何が出来たとしてもおかしくはない。ディライトの眼前まで引き寄せられたウォークレイドの顔に、風のエレメントを纏った掌底突きが炸裂した。共に発生した猛烈な風圧が部屋中の煙を噴き散らかし、ハイル達を開放する。今発生している煙もウォークレイドの体の一部なのだ。それが散り散りになってしまえば、二度と元に戻らない可能性もある。慌てて煙状になった体を元に戻すが、ディライトがその瞬間を見逃す筈もない。息つく暇もなく、ウォークレイドの横面に目がけて旋風の如き回し蹴りが直撃した。
声にならない叫びを上げ、ウォークレイドが部屋の隅まで吹き飛ばされ、壁に激突した衝撃で遂に変身が解除される事となった。同じく剣人体から変身を解除したハイルが近づき、その鼻先に剣を突き付けた。
「動くなよ、ヒューバート。てめぇが何を企んでいようが関係ねぇ。妹は返して貰うぞ」
「ぐっ…!その名で…その名で呼ぶなと言っておろうがぁっ‼」
頬がこけた不健康そうな顔を一杯に歪ませて、ヒューバート・ランドナーが吠えた。
「我はうんざりだったんだよっ!魔剣を恐れて忌み嫌う他の人間どもも…その声に甘んじるだけの一族の軟弱さもなぁっ‼」
魔剣という危険極まりない代物を作り出した咎で、ランドナー家は新たな武器を作り出す事が許されなくなり、ただその魔剣を封印するだけの一族に成り下がってしまった。その事で常に後ろ指を指されて生きなければならない事も、その圧力に屈する事しかできないランドナー家の弱腰も、かつてのヒューバート・ランドナーには我慢がならないものだった。やろうと思えば、世界を転覆させる事も出来る。それだけの力を自分たちは有しているにも関わらず、だ。
「だから誓ったのだっ‼今の世界を打倒し、再び魔剣の力を世に示す事をなぁっ‼その為に我は———」
「…っ!…ふざけんじゃねぇっ‼」
ヒューバートの必死の抗弁は、しかし激昂したハイルによって遮られた。勢いよく蹴り上げたハイルの爪先が鳩尾にめり込み、声にならない悲鳴が漏れ出る。
「てめぇの御託なんざどうでもいい。どんなお題目を並べたところで、てめぇはただ名誉欲に取りつかれただけのサイコ野郎だ。…そんなに魔剣の力を示したきゃ……てめぇの体で実感しやがれ…!」
決して高くはない、だが周囲を震撼させるほど冷たい声色でハイルがそっとヒューバートに近づいた。動けないでいる彼を冷めた目で睥睨すると、デウスカリバーを高々と振り上げた。その意図に気付いたヒューバートが「ひぃっ!」と息を詰まらせた。
「や、やめろハイルっ!親戚ではないか……⁉ど、どうか命だけは———‼」
「黙れ‼これ以上、てめぇの汚ねぇ面を拝むのは我慢ならねぇ……。俺の前から…消え失せやがれぇっっっ‼」
ゴゥッ!と空気を切り裂き、デウスカリバーの白銀の刃がヒューバートの首筋目がけて加速した。だが、それが彼の命脈を断ち切る事はなかった。ハイルの手を掴み、それを押し留めた者がいたからだ。
「ハイル、やめよう。それ以上はいけない」
「レイト…⁈お前、なんで邪魔をする⁉」
デウスカリバーの刃を抑え込むディライトを、ハイルが睨みつける。
「確かに彼のやった事は許されないよ。…だけど、怒りに任せて殺したらいけない。理性のない力は、結局人を不幸にするだけなんだ…。それにコイツはデブリーターの一員だ。今は生かして情報を吐かせた方がいい」
「…ハイルくん、私も賛成よ。ゲイナン先生の推測だけど、魔剣が剣人化するのは人の心に隙間が出来て、剣がそこに入り込もうとする時なんじゃないかって。今の君は仲間の為ではなく、単に自分の私怨を晴らそうとしてるだけ……。そんな状態で人を殺めてしまったら———」
「うるせぇっ!黙ってろ‼」
だが、サクラの忠告も振り切る様にハイルが怒声を上げる。その顔は正しく修羅さながらに歪んでいた。
「俺はっ…10年間この瞬間を待ち続けていたんだ!…クソ忌々しいこの魔剣を振り回してきたのも!組織をデカくしてその長に収まってきたのも!全部この瞬間の為だったんだよ!分かった様な事を言うんじゃねぇっ‼」
「心にもない事を言うんじゃないわよ、坊や。大体、そんな事をしてローザちゃんが喜ぶとでも———」
「そんな事は関係ないんだよ!全ては俺が1人で始めた戦いだ!これ以上邪魔をしやがるって言うのなら———‼」
怒りに満ちたハイルの双眸がレイト達を睨みつけたその瞬間の事だった。
「………っっ⁉」
「…ローザちゃん…⁉」
サクラ達の顔が驚愕の色に染まっていく。ハイルとレイトも彼らの目線の先に目を向ける。
果たしてそこには驚愕の光景が広がっていた。寝台に寝かされていたローザが立ち上がり、その姿勢のまま宙に浮かび上がっていたのだ。
この10年間の常態であり続けた、生気を欠いた表情ではなく、まるで瞳の奥が轟々と燃え盛っている様な鋭い光を宿し、全身からは不可思議な力の激流の様なものが放たれ、彼女の姿を神々しく見せている。それに乗せて腰ほどまである長い髪がユラユラと波の様に靡いていた。
「これはっ…⁈てめぇ、妹に何をしやがった⁉」
「し、知らん、本当だ!我らは貴様の妹の髪の毛1本傷付けておらんぞ‼」
「じゃああれは……まさか…⁉『エクスカリバー』が暴走してるのか……⁉」
「▽/#&3か**|¥%n$=he&〇◎ZL<<eゼペ!⓵…」
ローザ——否、正体の分からない“それ”の口から放たれたのは、言葉にもならないノイズの濁流。何かを訴えているのか、それとも決然と宣言している様な……。それすらも認識できない一同をグルリと睥睨すると———“それ”は唐突に、ハイルに向けて掌底を突き付けた。
転瞬、そこから発された強烈な衝撃波がハイル達に襲い掛かった。目では捉える事ができない不可視の力の奔流が、しかし確実に空間を圧して広がっていく。ハイルは咄嗟に剣を引き上げてそれをガードするが、それで衝撃を消す事はできなかった。
「ぐおぉっっ…!…ローザ…!なんでだっ…⁈」
デウスカリバーの力で強化されたハイルの身体能力でも、その力には抗しきれずジリジリとその体が後退を始める。ローザの姿をした何かは問いに答える事なく、更にかける力を強化した様だった。衝撃波が周囲の建物を揺さぶり、その力の大きさを誇示するかのように亀裂が広がっていく。そして、攻撃を受け止めていたデウスカリバーの刃にも幾筋ものヒビが広がっていった。
そして、
「……っっ⁈」
ハイルが息を飲む。それとほぼ同時に、デウスカリバーが真ん中辺りからへし折れ、遂には粒子の様に消滅してしまった。遮るものがなくなったハイルの体が、衝撃波に諸に晒され、壁際まで勢いよく飛ばされる事になった。
「ハイルくん…⁉」
「そんな…!デウスカリバーが……⁉」
今まで絶対無謬を誇ってきた最強の魔剣が破壊されたのだ。そして、その驚愕が生む隙をヒューバートは見逃さなかった。
「クハハハハハッッッ‼最後の最後で妹に裏切られるとは…運がなかったなハイルゥッ‼」
所持している剣の中で最強の攻撃力を秘める雷刃を振り回し、刃先から迸った雷が部屋中に広がっていく。ディライトはギリギリ躱す事に成功したが、視界の隅でサクラ達3人が攻撃をまともに喰らってしまったのが見えた。慌てて彼らに駆け寄ろうとしたが、雷が齎した衝撃はローザが放った攻撃によって傷ついていた部屋に最後のダメ押しとなってしまった。
柱が決壊し、その影響で壁が押し潰され、その影響で建物そのものが崩壊を始めた。ヒューバートが力を使い果たした様にグッタリと動かないローザを抱え上げ、逃走していくのが見えたがそれを追っている余裕はない。風のエレメントを制御し、サクラ達を外へと逃がす。だが部屋の隅で動かなくなっているハイルにまでは力が届かない。ディライトは大急ぎで駆け寄ろうとするが、それを嘲笑うかの様に致命的な崩壊が引き起こされた。
床の石畳が崩れ落ちると、そこに突如奈落のそこまで通じてそうな空洞が咢を開けていた。意識を失っているのか、ハイルがそのままズルズルと奥底へと引きずり込まれていくのが見えた。
「ハイル!…クソッ、またこのパターンか…!」
暗闇の底へと落下を始めた彼を引き上げる方法はもうない。ままよ、と口中に呟き、ディライトはハイルを追って穴の底へと身を投じた。
◇◇◇◇◇
ズゥン…‼と何かが崩れた様な重低音が鳴り響いたのは、やっとの思いでジェヴォールトを討伐した直後の事だった。量産タイプのデブリーターは流石にワールドラーグ程には力も装甲も強力でないが、それでも充分に驚異的な力があった。間違いなく中級デブリス相当の力を持つだろう。これが量産化され、今よりも多く向かってきたら……と思うと正直ゾッとしない。
だがアイリスが予想した通り、左腕に備え付けられたブレスを破壊したら変身を解除する事はできた。革製のゴーグルとマスクを取り払うと、果たしてそこにいたのはやはりただの人間だった。ただの人間にこれほどまでの力を授けるデブリドラッグとこのブレスは一体……と、そこまで思考したところで、轟音と共にレイト達がいる中央の館が崩れるのを目撃した。
慌ててジャイロシェルフィーを取り出し、マヤへのチャンネルを開いた。
「マヤ、今の聞こえた?何がどうなったか分かる?」
『…正直、何が起こったのかよく分からない。館から何か物凄い力の圧みたいなのが膨れ上がったと思ったら一瞬で……』
「レイト達はどうなったか分かる?」
『こんな街中でピンポイントに人の場所を特定はできないよ。アイリィの方で確かめにいけない?』
マヤの声にもかなりの焦りが混じっている。本当は自分で確かめに行きたいのだろうな、と思う。だが、それでも今なお奮戦を続ける仲間たちの為に、自分の持ち場を死守している。音のした方向へ目を向ける。周囲の喧騒から今戦いが起こっている場所は大体見当がつく。その上で、自分が行くのが一番早いだろうという結論に達した。
マヤへ今から様子を確認しに行く旨を伝え、勢いよく地面を蹴る———その瞬間、アイリスの首筋に強い衝撃が走った。
たったの一撃。だが、人体の急所や己の力加減を知り得ている者は、ただの一撃でも相手を落とす位はできる。一体誰が……?という事実をアイリスが知覚する間はなかった。意識が暗転し、そのまま石畳の上に倒れ伏した彼女に気付いた者はいなかった。
やや駆け足ではありましたが、今回はここまで。
前に登場したジャイロシェルフィーですが、こうして電話機の様に使う事が出来る様になりました。なんだか、レイトよりマヤの方がよっぽど異世界転生小説の主人公らしいです(笑)。
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それでは~。