仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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Saga10 ソーディア~剣と心と~②

◇◇◇◇◇

 奈落の底に落着した時、足元が良く見えない所為でかなり強く全身を打ち付けてしまったが、ディライトに変身していたお陰でなんとか怪我は免れた。マヤから託された『エイジスランタン』を点灯し、周囲を確認すると落ちた先はかなり広い地下廊下だった。建物の建材と思しき礫が辺り一帯に散らばっており、埃と黴臭さが混然一体となって周囲に広がっていた。

 

「はぁ……。多分また脱出用の地下空洞かなんかかコレは……。…おーい、ハイル!いないの?」

「ココだ、ココ‼」

 声のした方向に明かりを向けると、瓦礫を押し退けてハイル・ランドナーがゆっくりと立ち上がるのが見えた。細かい怪我は負っているが、致命傷になりそうなほど大きな傷は見当たらなかった。 レイトがホッと息を吐く。

 

「大丈夫、ハイル?どこか怪我はしてない?」

「取り敢えずは、大丈夫だな……。…それより、ここはどこだ?」

「あの後、建物自体が崩壊してここに落ちて来たんだよ。だから、多分地下に彫られた避難路じゃないかな?前に同じものを見た事がある」

「なるほど……。つまり、マッドスキッパーに戻る方法もあるって訳か……。それなら、問題はねぇ……」

「って、おいハイル……⁉」

 

 1人何かに得心した様に歩き出すハイルをレイトは慌てて追う。ハイルの足取りはどこかぎこちない。いくら大きな怪我は負っていなくとも、小さな傷も積み重なれば体へのダメージは相当なものだ。下手すれば足かなんかを痛めている可能性もある。

 

「無茶だって……!しかもお前、魔剣ももうないのに…」

「だからどうした。あんなモンに頼らなくたって、奴の寝首をかいてやる方法くらいいくらでも……———ぐぅっっ‼」

「ハイルッ⁈」

 突如、胸の辺りを押さえて苦しみだしたハイルへ慌てて駆け寄る。暗闇の中でもハッキリと分かる位に、ハイルの全身に赤黒く輝く血管のラインの様な紋章が浮き上がっていた。レイトは息を飲む。これは間違いなく———。

 

 紋章は十数秒程でハイルの身の内に引っ込んで行った。呼吸を荒げつつも、ハイルがゆっくりと起き上がる。

 

「クソッ……!しぶてぇ魔剣だな……。破壊されてもまだ人の体を乗っ取ろうとしやがんのか……」

「そんな……!破壊されたら剣人化は収まる筈だろ……?なのにどうして……」

「さぁな。最強の魔剣の名は伊達じゃねぇって事だろ……。こうなったら尚の事、止まってる時間はねぇ……」

 痛みに顔を引き攣らせつつも、それでもハイルの顔は不敵に笑う。よろめきそうになったその体をレイトは「ちょ、ちょっと待てよ!」と咄嗟に支えた。

 

「だから!無茶はよせって言ってるだろ!そんな状態で戦ったって、剣人化を更に加速させるだけ———」

「それでも……もう立ち止まる訳にはいかないんだよ……。剣に生きるか、剣に死ぬか……。俺に残されてるのはそれだけだ。だったら、少しでも可能性のある道を選ぶ……それだけの事だろ……」

「落ち着けって!大体さっきユニオに言われたろ。そんな事でお前が命を散らしたって、絶対に妹さんは喜ばないって!」

「…そいつは、どうだろうな……」

 しかし、ハイルはどこか寂しそうに小さく呟くだけだった。

 

「さっき……上でアイツに襲われたろ……。あの時、なんか思っちまったんだ……。妹は……ローザは多分、俺の事を恨んでるんじゃないかってな……」

「…なに弱気になってるんだよ……。あれは彼女のエクスカリバーが暴走して起こしたことだろ?」

 自身よりも上位の魔剣でしか破壊する事しかできないデウスカリバーが壊されたのがその証左だ。だが、ハイルは「…自信が持てねぇんだよ……」とかぶりをふる。

 

「アイツがああなっちまったのは……全部俺の弱さが原因だ。今のアイツは口もきかねぇし、感情を見せもしないけど……本当は内心で一体どう思っているんだか……」

 

 訥々と、まるで自分の傷を晒すかの様に語るハイルの姿は、今までの彼からは想像もできないくらい弱々しい。だが一方で、だからこそ何よりも急いで妹を元に戻そうとしていたのだろうと納得できる部分もあった。

 

 組織のリーダーとしての責任。

 一族の業と使命を一身で背負い込む責任。

 そしてその持ち前の責任感で、妹に降りかかった運命すらも背負い込もうとする彼の強さには心から驚嘆するが、そんなものを1人で背負い込めると思えるほどレイトは楽観的ではない。意識的にハイルを支える腕の力を強くした。

 

「…確かな絆とか、永遠に続く気持ちなんてないって俺も思ってるよ。でもだからこそ、それをちゃんと自分で確かめるまで諦めちゃダメだ。そしてそれは、こんなトコでジッとしてたって分かるもんじゃない……」

「ハッ……思いの外スパルタだな……。…だが、間違いはねぇ……。ここを出るぞ」

 気を持ち直した様に、ハイルが猛々しく不敵な笑みを浮かべる。レイトもそれに頷くと、ゼオラに教えられた様に風を頼りに出口を探し始めた。

 

 作られて以降、碌に整備もされていないであろう回廊はところどころ崩落していたり、水が溜まっていたりと、なかなか進むのに難儀したが、ようやく地上に通じてそうな扉に辿り着いた。しかしここも、やはりと言うか扉が壊れていて開かなくなっている様だった。

 

「クソが……別の出口を探すか……?」

「他は全部崩れてただろ……。下手すると道に迷う可能性もあるし、ここを何とか……!」

 レイトが諦め悪く扉を引いたり押したりしてみるが、閂が壊れているのか、それとも経年劣化で立て付けが悪くなっているのか……2人で押してみても扉はビクともしなかった。

 いざとなったら、ディライトに変身して扉をブチ破ればいいとは思っているが……それだと外に敵がいた時に気付かれる可能性がある。どうにかならんモンかな……と最後の悪あがきのつもりでまた扉を力一杯押してみる。

 

 転瞬。

 

 レイトにも何が起きたのかよく分からない。だが、腕から扉に向けて何かの“力”が放射された様な感覚はしっかりと感じていた。その“力”に触れた途端、扉が淡く輝いたかと思うと、今までの労苦が嘘の様にゆっくりと扉が開き始めた。ハイルが驚いた様に目を瞬かせるが、一番驚いていたのはレイトだった。

 

「…お前……今なにやったんだよ……?」

「し、知らないよ!なんか腕に力込めたら、ブワーッ!って変な力が放出された感じがしてそれで……」

 

 言いつつ、壁に触れただけで扉を作ってしまう漫画が昔あったな……と思考が明後日の方向に飛びかけた刹那、脳裏に閃く事があった。先程、腕から放出された妙な力の感覚。あれに関しては、正確には覚えがない訳じゃない。

 

 ディライトに変身している時、アイリスの持っていた銀の剣をトランスラッシャーへと作り変える事などが出来るようになる。レイトはモーフィングパワーと呼んでいるが、あれは錬真術の1つだ。

 錬真術を行使する上で欠かせないのが、体内に流れる錬真力という力だ。例えば怪物の遺体をレセプト化させたり、霊薬を作り出す為にも、この錬真力の強さが大きく作用する。マヤやアイリスはこの力がかなり大きい為、高度で複雑な術の発動も可能だが、レイトはこれが低いのかディライトに変身している時以外は、霊薬1つ作り出す事が出来ないでいたのだ。

 だが今、確実に錬真術が発動し、壊れていた扉を修復してみせた。まさかとは思うが———レイトの錬真力が向上している、という事なのだろうか?

 

 思い当たる節がない訳ではない。ディライトに変身している間はこの錬真力がかなり向上するのだ。もし、変身していない間にも大規模な錬真術が行使可能になるほど、力が増大してきたのだとするなら———?

 

「おい、外に出られるみたいだな…。行こうぜ」

 

 ハイルの声にせっつかれてレイトは一度物思いを中断する。

 錬真力が後々になって強くなるというケースはあるのか、後でアイリスとマヤに訊いてみようと心に留めつつ、ハイルを抱えて外に続く階段を1歩ずつ上がっていく。また問題を先延ばしにしようとしている罪悪感や、自分の体の変化に関する不安感がそれで消えてくれる訳でもないが、今はやるべき事をするだけだ。そう思うと、先行きの見えない急階段でも少しは体に降りかかる負担は少ない気がするのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 階段の出口が通じていたのは、街の路地裏の一角だった。ヒュペリオンが急襲を仕掛けたのは明け方にほど近い時間帯だった為、山間からそろそろ陽光が顔を覗かせていた。

 無法者どもが集まるマッドスキッパーは基本的に夜の街だ。だから必然的にこの時間帯は目を覚ますには早い……筈なのだが、通りにはやけに人が溢れかえっていた。レイト達はその人影に紛れて、周囲の話に耳をそばだてた。

 

「おい!一体なんだよ、この騒ぎは⁉」

「昨晩、街のあちこちでいざこざが起こってたろ?そいつらが捕らえられたらしいぜ?」

「そんで、今から中央広場で処刑を行うんだとよ」

「マジかい?まぁ、退屈しのぎにはちょうどいいかもねぇ……」

 そんな物騒な会話が民衆のそこかしこから聞こえてくる。レイトとハイルは慌てて顔を見合わせた。

 

「捕まった……?まさか皆が……?」

「…アイツらが全員そう簡単に捕まるとは思えねぇな……。恐らく一部だけ捕えて、公開処刑で全員を誘き出そうって計画だと思うが……」

 

 突撃班には2つずつジャイロシェルフィーが渡されていた。うち1つはハイルが所持していたのだが、落下の衝撃で壊れてしまったらしく、動きもしなかった。もう1つはサクラが持っていた為、マヤ達に連絡をつける手段もない。

 

「…迷ってても仕方ねぇ……。兎に角、中央広場ってトコに行こう。そこから反撃の仕方を考える……」

「結局、出たとこ勝負って事か……。まぁ、それ以外にないね」

 実際、自分達にとれる選択肢はそれ程多くはない。今の状況下では、罠に嵌まると分かっていてもそれに食らいつくしかないだろう。連絡がつかないヒュペリオンの団員達やアイリス達の状況も気になる。敵の手先がいない事を確認しつつ、2人は人混みに紛れて中央広場まで移動した。

 

 中央広場の中心点に、急増で拵えられた様な高台が設置されていた。人混みに揉まれながら目を凝らすと、上には見覚えのある革製の外套を纏ったマスクの男たち——ジェヴォールトに変身していたデブリーターの男達が数名と、椅子の上でふんぞり返っているヒューバート・ランドナーが見えた。だが、人々が中でも熱心に目を注いでいるのは、高台の上で纏めて縛り上げられている数十名の人間達にだ。その中にはサクラやゲイナン、ジャンにマヤの姿も確認できた。間違いなくヒュペリオンの団員達である。どうやら街に攻め込んだ全員が捕まってしまった様だった。

 

加えて、

「ローザ…!」

 ハイルが小さく呻く。高台のひときわ目立つ場所に設置された木杭に彼の妹が縛り付けられているのが見えた。その左右に歩哨の様に立つ2人のデブリーターの手には火のついた松明が握られている。何をする気でいるのか……考えるだけでも吐き気を催しそうになった。

 

「どうした、どうした!処刑するんじゃなかったのか!」

「ヤるんなら早いとこヤれぇっ!」

「悲鳴を聞かせてみやがれぇっ」

 群衆の間から狂った様に鯨波が鳴り響く。こうした公開処刑は見世物の様なものだと聞いた事があるが、この無法の街ではそれが殊更に顕著であるらしい。隣でハイルが「下衆どもがっ……!」と小さく歯ぎしりするのが聞こえた。

 

「敵の数はウォークレイド含めて……9体か……。少しキツイな……」

 人質を取られている状況での戦いほど不利なものはない。こちらの勝利条件は誰も傷付けない事だが、自分たちが下手に動けば敵の刃がサクラ達の命脈を断ち切ってしまう。ならば使える選択肢は……初手と同じく奇襲攻撃しかない。

 

「もう少し近づいてみよう…。奴らの不意を突いて、ウィンディアナイツで一気に皆を助けるしか———」

「諸君!」

 高台——正確には処刑台か——の上から、ヒューバートが突如声を振り上げた。聴衆の耳目が一斉に集中する。

 

「時間となったので始めよう…。今より!この街に仇なしたこの者らを処刑する‼」

 民衆達の間から歓声が上がり始める。それに陶酔するかの様にヒューバートは満足気に微笑むと、魔剣水鼓を抜き放つとそれをヒュペリオンの団員達に向けた。

 

「全員纏めて焼き払ってやっても良いのだが……趣向として、今より1人ずつの首を落としていく!まだ街のどこかに隠れているこ奴らの仲間に告げよう。彼らを助けたければ、今のうちにここへ現れるがいい‼」

「クソッ…!やっぱりそういう事かよ…」

「迷ってる暇はなさそうだね……。俺がアイツらを引き付けるから、ハイルは皆の救助を———」

 レイトがディライトドライバーを取り出し、腰に当てかけた刹那。

 

「言っておくがな、一切の抵抗は…無駄だと思えっ‼」

「……っ⁉」

 不意にヒューバートの目がレイト達のいる場所に向けられたかと思うと、思いきり剣を振り抜いた。剣から発生した氷の杭が群衆に殺到し、幾人かの体を貫いた。たちまち人々が悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出していく。残されたレイトとハイルの姿を見止めると、ヒューバートがニヤリと口の端を歪めた。

 

「見え見えなんだよ、ハイルゥ?貴様だったら絶対にコイツらを見捨てない……いや、見捨てられずにノコノコ出て来るだろうと読んでいたんだ……。助かったよ、貴様が我の想定通りの人間でいてくれてなぁ……」

「てめぇ…!」

「クハハハハハッッ‼その甘さを、あの世で後悔するといいわっ!貴様だけは……徹底的にいたぶってやらんと気が済まん!」

 ヒューバートが全ての魔剣を抜刀し、その体をウォークレイドへと変身させた。3つの刃先がハイルを貫く為にギラリと輝く。

 

「…やらせると、思うかっ⁉」

 ———魔剣開放、弐式‼

 ハイルの全身から魔性の力が噴き上がり、その体が一瞬で剣人体へと変わる。両手で魔剣の刃を掴み上げてウォークレイドの動きを止める。剣人の硬質な皮膚組織と言えども、指の間から赤い血が滲むがそれでも構わない。

 

「魔剣を失って尚、まだ剣人を維持できるとは……。身も心も怪物と成り果てたか、ハイル!」

「てめぇをブチのめせるなら……怪物にでも何にでもなってやるさ!レイト!アイツらを任せるぜ!」

「…っ。…分かった……!変身!」

〈レイザードナイツ‼〉

 

 体調が万全でない今のハイルを置いていくのは気がかりだったが、処刑台の上ではジェヴォールトが今にもサクラ達に細剣を突き立てようとしていた。迷っている暇は与えられない。ディライトに変身すると、レイザードナイツの特性を生かして腕を伸ばす。ジェヴォールトの腕をむんずと掴むと、そのまま腕が戻ろうとする力に乗って処刑台の上へと突撃した。

 

「そこから離れろぉっ‼」

 左手のノズルブラスタが開き、騎士槍程もありそうな長大な氷杭が形成された。勢いに乗せて横薙ぎに振るった槍が2体のデブリーターを纏めて吹き飛ばした。

 

「みんな、大丈夫⁈」

「レイト君!…大丈夫よ、大きな怪我を負った子はいないわ……。それより、ウチのボスはどうなってんの?魔剣は破壊された筈なのに、どうしてまだ変身が……」

「わかりません……。でも、早く終わらせないとマズいと思います。その為にはここを早く脱出しないと……!」

 吹き飛ばされたジェヴォールトが直ぐに起き上がり、広場に集まっていた8体のジェヴォールトがディライト達を取り囲む様に終結した。人質を取られている状況下でこの数を相手にするのは、流石に分が悪すぎる。トランスラッシャーを振り上げると、手近にいたサクラの鎖を断ち切った。

 

「サクラさん、3体……いえ、2体でいいので相手をお願いします!」

「任されました!」

 サクラが腰の片手直剣を抜いて構える。サクラの本領は戦闘ではない。本当ならアイリスかゼオラに任せたいところだが、何故か彼女たちの姿は見えないのだ。自分よりも遥かに強い彼女たちの事だから、やられはしないと思うが……。

 ジェヴォールト達が一斉に地面を蹴って襲いかかってくる。心配する時間も与えられないらしい。這い上がる不安感を恐れと一緒に飲み下し、裂帛の叫びと共にディライトの剣閃が曙光の煌めきを帯びて強く輝いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「どうしたどうしたぁ!防戦一方だぞハイルッ‼」

「ぐっ…!」

 

 ウォークレイドの3本の剣が瞬く間もなく輝き、ハイルへと迫る。カゲマサと異なり、数多の下級魔剣を吸収してきたであろう3本の魔剣はその切れ味も相当なものだ。紙一重で躱してはいるが、超硬度な剣人体の皮膚にいくつもの切り傷が滲み、赤い血が噴き出てくる。これが人間だったらとっくに死んでいるところだな……とハイルは怪物の口を笑みに歪める。

 残された唯一の武器である両手の鋭爪を全開にして、ウォークレイドへと躍りかかる。その動きは、もはや獣のソレの様でもある。

 

「はぁ、見苦しい……。化け物に堕ち、そこまで見苦しく抗って……貴様はなにがしたい⁉」

「決まってるだろ……。俺はてめぇをブチのめせりゃ……それでいいんだよっ!」

 ウォークレイドの刀から放たれた雷撃がハイルの体にまともに直撃する。強烈な痛みと痺れが脳天から爪先まで突き抜けるが、それでも体はまだ動く。勢いを殺さず襲い掛かった爪がウォークレイドの頭を貫きかけるが、咄嗟に引き上げた水鼓がその一撃を防ぐ。剣から発されたエネルギーがハイルの左腕全体に伝わり、瞬時に肘ほどまでに凍結が広がっていく。ハイルは剣から手を離すと、慌てて後方に飛び退った。

 

「無様でないか?実の妹に裏切られておいて、まだ足掻くか!」

「…っ!…黙れっ……‼」

 体に刻まれる痛みは、まだ歯を食いしばって耐えられる。だが、予測はしていたにせよ、その事を指摘されると心は鈍い痛みを訴えて疼く。纏わりつく呪いを振り払おうとするかの様に、全身に力を込める。

 

 凍結した左腕を支えて状態を確かめる。有難い事にまだ動く。血液が沸騰し、神経が壊死するかの様な痛みも少しずつだが引いていく。だが、本当にそれだけだろうか?そんな疑問が脳裏を掠めた。

 左腕に限らず、細かい裂傷が刻まれた体全体から痛みが引いていく様な感覚がある。湧き上がるアドレナリンの影響とも取れるが、それだけではない気がする。少しずつではあるが、意識が研ぎ澄まされていく一方で、体に纏わるあらゆる感覚が消え去っていく様だった。傷の痛みも、血が皮膚を伝う感触も、手先の冷たさも、全てがまるで己の体から離れ、現実感を喪失していくかの様な気配が———。

 

「魔を追えば、魔の道に堕ちてしまう……ってわけか……。ざまぁないぜ……」

 

 どこか確信を持って、ハイルが薄く笑う。

 魔剣はデブリスの遺骸を元に作られる武器だ。今もなおこの身に生き続ける最強の魔剣の力が、自分を少しずつ魔性の怪物へと引きずり込もうとしている。きっといずれ、こうして何かを考える事もなくなる。やがて体を伝う血も赤さを失い、痛みに打ち震える事もしなくて良くなる。ハイル・ランドナーという人間はこの世から消え去り、残されるのは闘争心だけの一匹の獣と化す……。

 

「死に損ないが!いい加減、我の前から消えろっ‼」

 飛び来る雷撃に対しても、無心で爪を振るい、その一撃をいなす。爪先に僅かな痛みが灯る感覚はあるが、それが全身に伝わってはいかない。どこかで神経が断裂してしまったかの様に、今のハイルの心は澄みきって凪いでいる部分があった。

 

 それは寂しいと感じる一方で、それこそが自由なのだと、ハイルは気付く。

 10年前のあの時。全てを失ったあの夜から、ハイルに残されたのは冷たくて硬い、研ぎ澄まされた刃の様な心だけだ。触れるもの全てを傷付ける刃で、世に放たれたあらゆる悪業を抹殺していく。それこそが、責務を果たせず、大切な者を何1つ守る事ができなかった、自分自身への報いなのだと言い続けて。

 

 爪撃がウォークレイドの顔面を貫こうとする——が、瞬間的に煙へと変化した体を斬りつける事は出来なかった。ハイルの背後で実体化したウォークレイドが背中を切り裂く。傷は浅い。このまま少しずつ嬲り殺しにしていく腹なのだろう。癇に障る笑いが周囲一帯に響き渡り、神経をいちいち逆撫でする。

 

 目の前の悪魔の様な男。

 魔剣。

 ランドナー家が残した業と責務。

 

 許し難い魔を追い続ける一方で、だがハイルが追い続けたのは紛れもなく自分自身だった。先祖が遺した罪の残り香に否を突き付ける度に、それは全て自分自身を斬りつける道なのだという事に、どうしようもなく気付かされた。

 

 この身が、心が、刃が。

 誰かの血を吸って重さを増すたび。いつしか心はとっくに魔に食われていたのかもしれない。

 あの忌々しい、黒銀の魔剣に———。

 

「実にバカな男だ…。あの手下どもを見捨てれば、貴様だけでも助かったものを……。そうやって無駄なものの為に命を懸けるのか?全くもって理解が出来ん」

 

 ………。

 

「ゴミ共の為に命を投げ出すかっ⁈モノ言わぬ獣になり果てるのか、ハイルッ‼所詮、それが貴様の限界だ‼」

 

 …それでも、戦ってこられた。10年もの間、自分が自分を見失わずにいられたのは。こんな自分を、必死にこの世に繋ぎ止めようとしてくれた人達がいたからだ。サクラやゲイナン、そしてどれだけの苦境にも挫けずについてきてくれた仲間(ファミリー)達が———。

 

 ウォークレイドの蹴りがハイルの胸板に炸裂した。脱力した様に地面に倒れ込むハイルを満足気に睥睨しながら、左腕の雷刃をブルンと振るうと、

 

「何かを得る為には、何かを捨てなければ…なぁ……。それを今、貴様に教えてやる」

 

 剣先から迸った雷はハイルではなく、今もディライト達と奮戦しているジェヴォールトへ向けて発射された。それは人体に触れたところで大した影響もない程の電流だったのだが、それに触れたジェヴォールト達が一斉に動きを止めた。まるでもがき苦しむかの様に、首に巻き付いた拘束具の様なものを押さえて———。

 

 ヤバい……!とハイルの全身が総毛立つ感触に襲われた。

 

「マズい…!逃げろお前らぁぁ—————————っっっ‼」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 この量産型デブリーターは基本的な能力はワールドラーグに比べてかなり劣る様だ。だがその分、数の有利を生かして集団戦法を得意とする様に調節がされているらしい。今もヒュペリオンの団員を守る様に動けないディライト達を取り囲み、一定の距離を保っている。一気に勝負をかけずに、このままこちらの消耗を誘う気か……とディライトが仮面の奥で歯噛みすると、突然ジェヴォールト達がその動きを止めた。そして、まるで首に巻き付いた革製のチョーカーの様なパーツを押さえ始めていく。

 

「マズい…!逃げろお前らぁぁ—————————っっっ‼」

 

 ハイルの声が聞こえた。それと同時に、奴らのチョーカーに取り付けられたクリスタルの様なパーツが激しく明滅を繰り返す。まるでそれに呼応するかの様にジェヴォールトの体が赤熱化し、蒸気が立ち昇り始め———。レイトの脳裏にも最悪の予想が浮かんだ。

 

「みんな…!一点に集まれ‼」

 後方のヒュペリオンの団員達に向けて叫ぶと同時に、霊薬を交換しメイジングナイツへとチェンジした。視界の端でジェヴォールトの体が大きく膨れ上がっていくのが見える。恐らくもうあまり時間はない———!一点に集まって固まるヒュペリオンの団員達を包み込む様にメイジングナイツの特殊能力である、メイジングフィールドを展開していく。

 

 そして、次の瞬間。

 ジェヴォールト達の体内に埋め込まれていた、証拠隠滅用の爆薬が一斉に起爆した。舞い上がった猛烈な炎と粉塵、そして衝撃波がディライト達を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「………………っっっっ!!!!!」

 

 爆発の瞬間、自分が何かを叫んだ様な記憶はある。仲間達1人1人の名前だったのかもしれないし、敵への怨嗟の叫びだったのかもしれないが、それは爆音に遮られ、誰の耳にも届かない。

 

 ここまで達した全身を揺さぶる衝撃に晒され、それでもハイルはただ呆然と前を向いていた。やがて噴煙が晴れ、彼の目に飛び込んできたのはなんと傷1つ負っていない仲間達と———彼らを守ろうとするかの様に手を伸ばす仮面ライダーディライトの姿だった。ディライトの目が仲間達の無事を確認すると、まるで緊張の糸が切れた様に地面へと倒れ込み、その変身が解除された。防御力の低いメイジングナイツでは爆発のダメージは消しきれなかったらしく、その体には細かい傷が無数に刻まれていた。

 

「レイト……ッッ‼」

 ハイルは悲痛な声を上げた。恐らく、自分の防御も顧みずに、生身のヒュペリオンの子ども達を優先して庇ったのだろう。たかだか2日ばかり一緒に行動しただけ、赤の他人にも近しい自分達の為に何故あそこまで……———。

 

「チッ…!ゴミ共は逃したか…。だがまぁ…あのディライトもどきを討ち果たせただけでも良しとするか…」

 

「……っ‼キサマぁぁぁっっっ!!!」

 

 己の部下すらも粗雑に使い捨て、自分の仲間達を殺そうとした。ハイルの中で目の前の男への殺意が更に膨れ上がり、そしてそれに呼応するかの様に体が更に変化を始めた。前腕や膝から鋭利なスパイクが飛び出し、銀色だった体色も黒みがかったグレーへと変わっていく。一番変化が著明なのは背部で、何かが背中の肉を突き破る様に飛び出してきた。

 

 それは、複数の節を持ってウネウネと動くその様はコウモリの羽のなり損ないにも、昆虫の脚の様にも見える。それが4つ。ハイルはそのうち2つを掴み、思いっ切り力を込め———根本の辺りから一気に引き抜いた。次の瞬間、腕から力——錬真力が迸り、その形状を鋭利な刃に精錬していく。

 

「…もう許さねぇ……!てめぇだけは……ここで八つ裂きにしてやる……‼」

「ハッ!やってみるがいいこの死に損ないがぁっ‼」

 

 ハイルとウォークレイドの刃がぶつかり合う。舞い上がった火花が、まるで悪魔の如き変化を遂げたハイルの体を照らし出した。

 

 




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