ひょんなことから、無法者の子ども達で構成された盗賊団『ヒュペリオン』と関わる事になったレイト達。首魁ハイル・ランドナーの妹を取り返す為に、狂乱の街『マッドスキッパー』での戦いに参加する事。
そして、見事魔剣の呪いを振り切り、ハイルが新しい仮面ライダー、『ソーディア』へと覚醒した。だが、そこに突如として急襲をかけてきたのはシドニア帝国軍だった。
一方、戦いの最中、アイリスとゼオラは姿を消していて———。
◇◇◇◇◇
落ちていた意識が最初に知覚したのは、床材の硬い感触。そして、順々に視覚・聴覚・嗅覚もあるべきところへと戻っていく。なんだか、再び生まれ直しているみたいだな、とアイリスには感じられた。
体の感覚が戻ると、落ちた時の習い性でまずは身体の状態を素早くチェックする。1秒足らずで五体満足を確認するが、首筋に鈍い痛みが走る。それを契機にここに至るまでの記憶が蘇ってきた。
盗賊団『ヒュペリオン』の首魁・ハイルの妹を取り戻すべく、敵の本拠地である悪徳の街『マッドスキッパー』に踏み込んだ。待ち構えていたデブリーター達との戦闘を終えたところで、背後から不意の一撃を喰らい、意識を落とされた———。
言葉にすると単純だが、そう容易く出来る事ではない筈だ。首のある一点、迷走神経が通う場所を正確な狙いと力加減で叩かなければ、一撃で意識を刈り取る事などそう簡単にできない。そして、そんな恐るべき技能を持つ者がいるとするならば———。
「お目覚めですか、お嬢?」
「…ゼオラ…。あなたの仕業だったの…?」
暗がりに溶け込む様に立っている人影——藍染の衣服に身を包むポニーテールの少女はゼオラ・ユピターのもので相違ない。アイリスと目が合うと、いつもそうする様に、ゼオラがゆっくりと儀礼的に頭を下げる。
「…どういう事なの?」
「…無礼をお許しください。緊急的な事態であった為、あの場ではああいう手段しかありませんでした」
「私を殴った事を言っているなら……そんな事はどうでもいいのよ、ゼオラ!」
ゼオラがゆっくりと顔を上げる。アイリスが声を荒げる事は相当に珍しいのだが、ゼオラは一切表情を崩さず、しっかりと主を見つめている。よく見知っている少女の筈なのに、どこか他人めいた硬質さをアイリスは感じた。
「ローザさんを助けだす…まだその作戦の途中だった筈でしょう?なのに、何でそんな事を———⁈」
「その事は前に言いました。お嬢の立場にある人間が、彼らの様な者たちと関わるのは好ましくない、と」
「…またその話なの…?見損なわれたものね……」
アイリスが呟く。怒りと悲しみ、そして少しの失望の色を込めて。
「…この旅に出た時に、誓ったじゃない……。例え相手が誰であったとしても、届く限りの手を伸ばして人を救うんだって……。私は、パラディンの名誉とかそんなモノが欲しくてここにいるんじゃ———」
「…それが甘いと言っているんです‼」
だが、ゼオラも負けじと吠える。堪え切れなくなった感情が爆発した様な……その勢いにアイリスも絶句する。
「もしそれを貫きたいと思うのなら、なおさら教会や国家を敵に回す様な事は控えるべき!それくらい分かるでしょう!例え神聖騎士の立場にあろうとも、国家に仇なす者はその権限を剝奪されるんです。とりわけあなたの場合は———!」
「………っ!」
言いかけ、ゼオラはしまったという様に口を紡ぐ。だが、一度放った言葉を取り消せる筈もない。蒼白になったアイリスの顔から逃げる様に目を逸らした。
窓辺に近寄り、ゆっくりと開く。途端、曙光が暗闇を圧して部屋中に広がる。アイリスを連れ込んだのは、マッドスキッパー内にある集合住宅の空き家だ。外を見下ろすと、帝国軍特有の黒い鎧を着た兵隊達が街の制圧作業に当たっている。
「…今、街は帝国軍に制圧されている状況です。ヒュペリオンは捕まった様ですね……。『
「何ですって⁈ハイル達が……⁉」
「…レイトとマヤは必ず後で助け出します。お嬢は街をこっそり脱出して下さい」
「…っ⁈なに言ってるの⁉そんな事、出来る訳……」
「あなたは…!まだ分らんのですか……⁈」
ゼオラが拳を振り上げかけるが、何かを堪える様にすぐに降ろす。いざとなれば、力づくでも彼女をここから連れ出す事は出来るが———これ以上、彼女を傷付けたくはない……。
「届く限りの手を伸ばす……。あなたのその考えを否定はしません。…しかし、人が伸ばせる範囲には自ずと限界があるでしょう。あなたがここまで関わってしまった以上、彼ら全員を助け出すなんて事は不可能なんです!」
ヒュペリオンの様な無法者の集団と関与も持った疑いがあれば、恐らくアイリスもその立場が危うくなる。神聖教会には貴族や王家でも容易には手を出せないが、その権威を疎ましく思う勢力というのも一定数存在する。もしそういう立場の者が神聖騎士の汚点に目をつければ、立ちどころにアイリスを追い落とそうとするだろう。それは、考えられる限り最悪の未来図だ。
「…ここで彼らを見捨てたとしても、あなたの使命の道でこの先もっと多くの命を救えばいい……。だから、今は堪えて下さい。貴方は……まだこんな所で手折られる訳にはいかないのですから」
「…………」
アイリスが俯く。どれだけ剣腕を磨いたとしても、どれだけ心を尽くそうとも、救えない命もあれば、届かない願いもある。それは今更諭される様な事でもない。旅の過程で、アイリスも何度かそういう事態に直面した事がある。
しかし———否、だからこそ……。
「…ごめんなさい……。やっぱり、それは出来ない」
「…っ!あなたは、まだ——!」
「それを認めてしまったら!大儀の為の犠牲を容認してしまったら!私たちはあのデブリーターと何も変わらなくなってしまう!…それを自分に許してしまったら……私はもう、二度と胸を張ってあなた達と共に行けない……。だから……ここで引き下がる訳にはいかないの……」
ただの我が儘なのかもしれない。ゼオラの言う通り、全ては理想でしかないと思える自分もいる。だがもし、自分の弱さ・至らなさを盾にして魔の道に堕ちてしまえば、きっと二度とその理想にすら立ち返れなくなる。
この旅に出た瞬間から、いつか堕ちゆく先を想像した事は何度もある。自分が選んだのはそういう荊の道だ。だが、それは少なくともきっと今ではない。まだ彼らの全てを救い出す為の道は残されている筈だ……。
…ある。
恐らく今持てる札の中でも、最大の効果を発揮するであろう一手が。
「…『聖言』を使いましょう。それなら、皆を助けられる」
「ま、待ってください‼」
ゼオラがかつてないくらい、狼狽えた。
「それはダメです!帝国軍が来ているのですよ!この状況下でそれを使ってしまえば……貴方はもう後戻りができなく———」
「ゼオラ……もう後戻りする気なんてないの。それに、旅立つときに言ったじゃない?『例え誰に何を言われても、最後まで貫ければそれは本物だ』って。あれがもし嘘でないのなら……今だけは協力して」
ゼオラは絶句する思いで、アイリスの顔を見返した。見た目はたおやかで可憐ながら、一度決めたら頑固で泰然として動かない笑みを浮かべながら———しかし、どこか哀切の色を秘めた主の姿がそこにあった。
◇◇◇◇◇
「…はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
マッドスキッパーの裏路地。その薄汚れた石畳の上を
「…くそぅっ…!こんな…こんな筈では…っ!」
雨や糞尿が降り積もった裏通りを惨めに這いまわりながら、ヒューバートが負け惜しみを吐き出す。
こんな筈ではなかった。彼にとってこんな戦いなど、これから始まる本当の戦いの前の前哨戦に過ぎなかった。最強の魔剣を全て取り込み、その本当の力を以て今の世界の勢力図を一変させてやる筈だったのだ。魔剣の力に屈さず、自らの意識を保ち続けた自分にはその資格がある……そう思っていたのに、よもやあんな形で逆転されてしまうとは。悔しさに腸がねじ切れ、嚙み締めた奥歯が今にも砕けそうだった。
だが、幸いな事にハイル達は突如雪崩れ込んできた帝国兵達に拘束されてしまった。恐らくあれでは彼らは助からないだろう。自分の邪魔をしてくれたストラド共に仕返しをしてやれないのは無念だが……今は大儀の為の小事と割り切る事にする。
「我は…諦めんぞ……!必ずや魔剣が支配する新時代を———」
「いかんなぁ…。見苦しいとはこういう事か」
突如、感情を感じさせない怜悧な声が路地に木霊する。ギョッと背後を振り返ると、暗闇に紛れて人影が立っていた。
黒を基調とした生物的な鎧。マントの様に背中に取り付けられた8本の“脚”。そしてこちらを冷たく睥睨する並列に並んだ複数の目。
「ヴェノムアラーク様…⁈」
デブリーターの首魁、ヴェノムアラークの姿がそこにあった。コツコツと冷たい足音を響かせて、ゆっくりとヒューバートへと歩み寄って来る。
「ヴェ、ヴェノムアラーク様…!我はまだ負けておりません……‼次の…次の機会さえ与えて頂ければ、必ずやご期待に———‼」
「…なにか勘違いをしておるな?別に私は、お前に期待などしていない」
ヒューバートの必死の抗弁も空しく、ヴェノムアラークの地の底から響く様な冷たい声が響き渡った。
目の前の男に、最期の宣告を下す為に。
「勇者ディライトを名乗る者の正体、並びにその力の一端…。ジェヴォールトの実戦での性能…。それらを見極める事はできた。そして、その結果……やはり魔剣の力は計画に不要と判断する……」
「なっ…⁈ま、待って下さ———‼」
ヴェノムアラークが左腕をゆらりと上げ、その手首に装着されたデブリシリンジャ―の後部ブランジャーロッドを押し込んだ。
〈ARACHNE POISON…INFUSING…!〉
デブリシリンジャ―が叫ぶと同時に、デブリドラッグから放出されたアラクネの成分がヴェノムアラークの全身を駆け回る。そして、まるで意思を得たかの様に背後の脚がゆらりと持ち上がった。
「ひっ…‼」
小さく悲鳴を上げるヒューバートの体を8本の脚が包み込む様に纏わりつき、その先端部が次々とその体へ突き刺さっていく。巨大な蜘蛛形の怪物『アラクネデブリス』の猛毒が一気に注がれ、ヒューバート・ランドナーの全身に広がっていく。全身の血液が沸騰し、皮膚が爛れて壊死していく痛みをヒューバートが感じていたかは定かではない。濃縮された毒に全身のあらゆる細胞が一瞬で破壊され、ヒューバートの体が炭の様になって崩れ落ちていく。悲鳴を上げる事すら叶わず、まるでそんな者は初めからいなかった様に、魔剣の妄執に囚われた男は、淀んだ空気に混じって消えていった。
「さてと…後は奴らを始末するだけだな……」
1人の命を惨たらしく奪った感慨も感じさせず、ヴェノムアラークの姿はまたしても暗闇の中に溶ける様に消えていった。
◇◇◇◇◇
一方その頃、マッドスキッパーの中央広場。つい先程まで、ヒュペリオン処刑を見物しようとしていた住民たちが下品な鯨波を発していたが、今はどこか厳めしく粛々とした空気に包まれている———のだが、その内実は何も変化していない。いや、寧ろどんどん悪い方向へと進んでいる気さえする。自分を後ろ手に縛り付けるロープを恨めし気に弄りながら、レイトは周囲を見渡す。
レイト達とヒュペリオンの全員がウォークレイドを撃破した後、突如として街に攻め込んできたシドニア帝国の兵士達に騒乱罪の嫌疑で拘束されてしまったのだった。金の唐草模様があしらわれた黒鎧を纏う兵達は、一切の感情を感じさせない怜悧な視線で自分達を睥睨している。だがその瞳の奥底に、仄暗い侮蔑の色が滲んでいるのを感じた。
「…なんなの、コイツら……?さっきからなんかイヤ~な感じ……」
「『
ヒュペリオンの少年、ジャンが僅かに声を震わせて言う。
「恐ろしい奴らだって話っスよ……。騎士とは名ばっかりで、その任務は国民よりも王の守護が最優先。シドニア王家がどんなに弱くても、諸侯の連中が逆らおうとしないのは奴らの力を恐れてるからって話っス……。噂では、王への謀反を企てた1つの特区がそこにいる住民共々皆殺しにされたなんて事も……」
「……ジャン、少し黙ってろ……。気が滅入る……」
「アイツらに取っ捕まったらもう終わりっス……。奴ら女子どもも容赦なく捕えて、その場で即座に斬首…悪けりゃ、生きたまま皮を剥がれたり、ネズミに食わせたりするなんて噂も……」
「黙ってろって言ってんだろ!」
「貴様こそ黙らんか、大ドブネズミめ」
突如割って入って来た尊大な口調。黒鎧の兵列をかき分けて、同じ鎧を纏った太り肉の男がのっそりと這い出してきた。男の目線がハイルを捉えると、怒りと喜色が混じり合った様な笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄ってきた。
「久しいな、小僧ども。私を憶えているかね?」
「…さぁて、覚えてねぇなぁ……。どこにでもいそうな小汚ねぇオヤジだ」
「減らず口を……。このままキサマらを打ちのめしてやりたいが、不可触民どもに触れるなど、考えるだけで汚らわしい。今にあの世で後悔させてやるわ」
言い捨てて、男は同じ空気を吸うのも汚らわしいとばかりにその場を去っていった。壁の外の人間達———国民という単位すら持たない人間達を蔑視して恥じないその横柄さにレイトは腸が煮えかえる思いがした。
「何よあのオッサン⁉めっちゃ腹立つんだけど!」
「バトレー・ドミングス……『パストール』って特区のケチな領主さ。前に領地を襲ってやった事があるから、その意趣返しって事だろうさ」
「なるほど……って!それめっちゃヤバいじゃん!」
「…確かに、ヤバいかもな」
階級制度が絶対のシドニア帝国内において、最上位階級たる貴族家に牙を剥く事はとりわけ重罪とされている。特にハイル達の様な『壁の外の民たち』は、今の世界においては同じ人間とも見なされない最下級の存在だ。ジャンが言っていた通り、最悪の場合は裁判すらせずにその場で処刑される事も考えられるか……。
直後、ヘヴンラウンズに随伴していた管楽器隊が、ファンファーレの様な小曲を吹き鳴らした。それと同時に周囲の黒衣の騎士たちが一斉に跪き始める。
集団の目線の先には、豪奢な鎧を着た2人の人間の姿があった。若い方の男に支えられ、壮年の男が用意された椅子へと座り込む。たったそれだけの動作に、鬼より怖いと噂されるヘブンラウンズの兵士達が一斉に身を引き締めるのが分かる。彼らが何者であるのか——周囲の反応からそれは明らかだった。
「あれってもしかして……?」
「ああ…。シドニア皇帝……ガルシア・ザイン・シドニアだな。で、その隣のは皇太子のアトラーク……。手下どもだけじゃなく、親玉の方もお出ましとはな……」
皇帝。即ちこのシドニアにおける最高権力者にして国の象徴そのもの。いくら諸侯達の勢いに押されがちな弱腰の王と謗られ、最近は病で臥せっていたと聞くが、それでもこの国を古き時代から束ねて立つ男の顔はどこか凄絶な威厳に満ちて見えた。
「これより!盗賊団、自称『ヒュペリオン』とその首魁ハイル・ランドナーの裁の議を始めさせて頂きます。議長はこの私、ヘヴンラウンズ団長の不詳バトレー・ドミングスが務めさせて頂き———」
「バトレー、前置きは良い。ご病態の父上を長く煩わせるな」
ドミングスの声を遮ったのは、黒鎧を着た長髪の男、シドニアの第一王位継承者アトラーク・フォン・シドニアだった。気怠そうに髪を梳く皇子を見つめるドミングスの顔が一瞬忌々し気に歪んだが、持ち直したのは一瞬だった。
組織をまとめる者にとって人間を観察するのは、ある意味必須のテクニックだ。一瞬の表情の変化から、ハイルは恐らくあの両者にそこまでの信頼関係はなさそうだと読み取った。つけ入る隙があるとするならば、そこか——?
「…して?こやつらの罪状は?」
「ハッ。大元の罪状ははここマッドスキッパーで戦闘行為を行った事が原因であります。加えて特殊武器の違法所持、未認可の錬真具の使用などで凡そ60名を拘束いたしました」
「…フム。武器の製造に加えて、錬真術にも精通しているのか。それは厄介だな……」
「そうでしょうとも。もはや彼奴らの帝国への造反の意思は明らか!十分に極刑に値する事案かと——」
「待って下さい!」
粛々と進む審理に声を張り上げたのは、なんとレイトだった。周囲が慌てた様に「お、おい…!やめとけって……!」と制するが、少年は止まりはしなかった。この国に生きる者全てに雲上の存在として君臨するアトラーク王子を、怯む事なくしっかりと見据えて口を開く。
「彼らがここで戦闘を行ったのは、連れ去られた仲間を救出する為だったんです。帝国への反乱の意思などありません!寧ろ、彼らと敵対していた者の方がこの国の転覆を企———」
「えぇい!黙らんか‼」
しかし、ドミングスの叫びに追従し、兵士の1人がレイトを頭から押さえつけ、再び石畳へと叩きつけた。そんな様を見ながら、ドミングスが満足気に嘲弄するのが分かった。
「下賤なストラド共が武器を所持し、騒乱を引き起こした。重要なのはそれだけよ!貴様らの事情など知った事ではないわっ‼」
「…なんだよソレ……?壁の外の人間たちが、どれだけ大変な世界で生きてるのか———」
「生きているか、だとっ⁈ハッ!デブリス毒に汚染されたドブネズミ共がイッチョ前の口を聞きよる!」
「レイト⁈」
ドミングスがレイトへと歩み寄り、持っていた金属杖でその背中を思い切り殴りつけた。マヤが思い切りの憎悪を込めてドミングスを睨みつけるが、男は意に介した様子もなく王たちへと向き直る。
「勿論、こやつらの罪はそれだけに留まりません。5月ほど前、我が領地に襲撃を仕掛け、所蔵品や資源を簒奪していきおった不届き者がおりました。それこそがこやつらです!」
やはりその事を指摘してきたか。残念ながらすべて事実なのだが、ドミングスは全ての事実を語っている訳ではない。その事を指摘しようにも、今ここに証拠はない。第一、ストラドである自分たちの言葉が聞き入れられるとは思えない……。ハイルが小さく舌打ちをした。
「両陛下。以上の事から、彼奴らが我が国に仇なす者どもである事は明らかであります!その他多数の危険分子共に警告を発する意味でも、どうかこの私めの騎士団に特別処断の権限をお与え下さい!」
『特別処断』。それは即ち——今ここでの処刑。凍りつくハイル達とは対照的に、もう権限が降りたかの様にヘヴンラウンズの騎士たちが勝ち誇った笑みを浮かべ始める。
アトラークは興味がない、という風に気だるげに父王の方を見やる。裁の議の最中もずっと沈黙を貫いてきたガルシア皇帝が暫しの黙考の後に、口を開きかけた刹那の事だった。
「お待ち下さい」
静かな、だがどこか空気を圧して心の奥底まで響き渡る聖鐘の様な声が、中央広場全体に広がり、王の言葉を遮った。「誰だ⁈」とドミングスが不機嫌そうに振り返ると、黒鎧の隊列を割る様にして1人の人影が歩いてくるのが見えた。肩口で切り揃えられた青みを帯びた銀髪に白銀の鎧に包まれた細身の体。先端部に青い旗生地がはためく長槍を握りしめる少女の小柄な肢体をその場にいる全員が注視する。
「アイリィ……」
少女のオーラに圧倒された様に、周囲の空気が一斉に静まり返る。耳が痛くなる様な静寂にも、殺到した視線の矢にも屈する事なく凛として立つアイリス・ルナレスの姿は、まるで人の形に具象化された光輝の様に眩く見えた。
◇◇◇◇◇
ゼオラに匿われていた空き家を飛び出し、ヘヴンラウンズによる裁の議が行われる中央広場へと全力で駆け抜けてきた。ヘヴンラウンズが持つ特別処断権———それは、王の特命を受けて、裁判や審議を待たずして処刑を執行する事が可能になる特別権限の事だ。本来は危険な反乱分子を即座に鎮圧する為にヘヴンラウンズに与えられた権限なのだが、裏では王家や国にとっての不都合な事実をもみ消す為にも使われてきた……という噂が絶えない。
この街で起きた騒乱は確かに大きいものかも知れないが、それにしては普段は王都付近に駐留している筈の彼らが出動してくるなど明らかにおかしい。街を制圧する手際の良さや、他の反乱分子や無法者達を無視して真っ先にヒュペリオンを捕えようとする動きなどからも彼らが最初から目的を明確にして動いている風にしか見えなかった。
恐らく、早い内に特別処断権が施行されてしまう可能性が高い。その前に……。逸る気持ちで脚を動かし続け、アイリスは騎士隊で埋め尽くされた広場に足を踏み入れた。
目を引き付ける意味も込めて金属製の旗をローディングし、高台で座している王に向けて言葉を放つ。一斉に向けられた目線が突如乱入したアイリスへと殺到した。暴風の中に身を晒している様な気分に襲われながらも、アイリスは一切臆する事なく、皇帝の姿を正面から睨み据え、その膝を屈した。
「裁の議の途中での乱入をお許し下さい、皇帝陛下。ですが、彼らの行動について申し上げなければならない事が———」
「な、なんだキサマっ!小娘風情が神聖な議の場に入り込むでないわっ‼しかも皇帝陛下のご聖断に口を挟むなどなんたる無礼———」
「黙らんかバトレー。見よ」
口角泡を飛ばして悪態をつくドミングスを一喝したのは、今までずっと沈黙を貫いてきたガルシア皇帝だった。皇帝の指がすっとアイリスを指差し、まるでそれに呼応するかの様に旗が翻り、そこに描かれた紋章が明らかとなる。「ぱ、パラディン…⁈」と慌てふためくドミングスを他所に、皇帝の口元がニヤリとせり上がった。
「…
「恐れ入ります。陛下こそ大病を患われていたという噂を耳にしておりましたが……ご壮健そうで心より安心しました」
「見ての通りだ。周りが騒ぎすぎるのだ」
そう言って不敵に笑う皇帝に、アイリスも僅かに面を上げて相好を崩す。そんな両者の様子に唖然とした空気が広がっていくのが分かる。「え~と…なに?知り合い?」とマヤが小さく呟くのが聞こえてきた。
「相変わらず君は剛毅だねぇ、アイリィ?」
皇帝の横のアトラークがわざとらしく肩を竦める。言葉や仕草の端々がいちいち芝居臭いのは、なにも王家を始めとした貴族社会においてはさほど珍しい事ではない。常に権謀術数が渦巻く彼らの世界では、本心を悟らせない事が生存戦力に繋がる場合もあり得る。だからこそアイリスも本心を努めて覆い隠して、壇上のアトラークに目を転じる。
「アトラーク殿下も、ご無沙汰しております。出立の際に何も申し上げずにいた無礼に加えて、今回の———」
「ああ、いいよいいよ前置きは。…それで?退屈な裁の議を中断してまで申し上げたい事というのは……何なのかな?」
「…では、単刀直入に。彼らヒュペリオンの行いについて、私から申し上げる事がございます」
退屈、と言った王子に若干眉を顰めそうになるが、それを抑えつつアイリスはここに至るまでに用意した言葉を一言ずつ、はっきりと紡いでいく。
「彼らは確かに『壁の外の民たち』で構成された組織ではあります。ですが、決して無法者の集団という訳ではありません。彼らは私が
◇◇◇◇◇
しわぶきの様な動揺が周囲のヘヴンラウンズ達——それでころか王達や捕らえられているヒュペリオンの団員達からも広がっていく。そんな様が、まるでどこか一陣の風が吹き抜けた様でもあった。そんな中でレイトとマヤだけは、状況を飲み込めず、ぽつねんと取り残されていた。
「セイ…ゴン…?なにソレ…?」
「パラディンに与えられた特別な権限の1つよ。昔、勇者ディライトが魔王ディアバルを討伐する為に、国の垣根を越えて騎士団の結成を促したでしょ?あれと同じ様なもので……要は自前の軍隊を作る権限って言うべきなのかな…?」
レイトの問いにサクラが答える。
かつての国家間戦争時代、デブリスという脅威が迫っていても対立をやめられなかった3つの国家から、勇者ディライトがそれぞれの優れた戦士や素質ある者を選出し、魔王ディアバルを討伐する為の私設騎士団を作り上げた。そこから現在のドランバルド連合共同体の結成に繋がった……という話は前に聞かされた事がある。ディライトの従者である当代のパラディン達にもそれに近しい権限が与えられていてもおかしくはないのかも知れないが……。
「え~……それって都合よすぎじゃない?」
「もちろんタダで出来る訳じゃないと思うわ。パラディンを快く思ってない人間も多いから、下手をすればそう言った諸侯との対立は避けられないし、少なくとも前例は1回もない筈だけど……」
「でも…理には適ってます。自分達がアイリスお嬢の……パラディンの騎士という扱いに出来るなら、少なくとも特別処断を発動はしにくくなる筈です…」
「理には適ってるかも知れないけど……。…でも、それって……」
レイトを始めハイルやサクラ達も押し並べて黙り込む。一見、逆転の一手に思えるアイリスの聖言だが、その言葉が意味するものはつまり———。
ヒュペリオンの犯した罪、即ちパストール襲撃などの罪がアイリスにも降りかかる事を意味するのだ。
「えぇいっ‼小娘が、言わせておけば何をいけしゃあしゃあとっ‼」
やはりというか、ドミングスが怒り狂ってアイリスを睨みつけた。
「そ奴らが我が領地を襲撃したのは、紛れもない事実!そのストラド共が貴様の騎士団であるというのならば、あの襲撃は全て貴様が企てたという事であるなっ⁈」
「…はい。そういう事で相違はありません」
「ふざけるなっ‼貴様、神聖騎士だからといって、理由もなく特区を略奪するなど許される筈が———‼」
「その件に関しましては、リーダーのハイル・ランドナーから説明をさせて頂きます。皇帝陛下、構いませんか?」
ドミングスの言葉を遮り、アイリスが皇帝に言葉を投げかける。レイトの隣でハイルが何かを察した様に、ハッと表情を変えるのが分かった。
「…良い。話してみよ」
皇帝が暫しの黙考の後に、ハイルを見据えて頷く。「陛下ぁっ⁈」と情けない声を上げるドミングスを無視してハイルがスッと立ち上がった。いつもの不遜そうな笑みを引っ込め、礼儀正しく背筋を伸ばしている。
「皇帝陛下、釈明の機会を頂き、ありがとうございます。ドミングス卿から指摘のあったパストール襲撃の件ですが……それについては紛れもない事実であります」
「それ見た事かっ!良くもヌケヌケと‼やはり処刑じゃ処刑———!」
「しかし!その件に関して、陛下のお耳に入れねばならない事があります。我らがパストールに襲撃をかけるに至った経緯……それはそこのドミングス卿が領内に違法な錬真技術である魔剣を所持していた事が判明したからです」
ハイルの断言に何度目になるか分からない聴衆の動揺が広がり、青ざめていたドミングスの顔色から一斉に血の気が失せたのが見えた。
「な、何を言い出すかと思えばっ…!私が魔剣を所持していただなどと……言いがかりも甚だしいっ‼」
「ちと黙れ、バトレー。…ハイル・ランドナー、それは本当か?証拠を提示する事は可能か?」
「残念ながら、魔剣は全て破壊してしまいましたので…。ですが、パストールから接収した物はそれだけではありません。この男が所持していた魔剣の鑑定書、並びに我らがその事を察知するに至った調査の過程……それらを提示する事は可能です」
これは事実だ。貴族領に襲撃をかけるのだ。万に一つも間違いがない様に、ドミングスが闇の商人から魔剣を買い取った際の記録や情報源についてはしっかりと記録し、ネイバーラントにて保管されている。しかも、愚かな事にこの男は自分の家紋を彫り込んだ剣装具まで作らせていたのだ。それもしっかりと保管しているし、何ならそれを作らせた細工師を辿る事も出来るだろう。
思慮深いサクラやロビン達が何かに使えるかもしれないから、と取っておいたものだが……意外な形で役立つ時が来そうだ。ハイルは改めて彼の仲間達に感謝したかった。
決着を付けようぜ、バトレー・ドミングス。そんな意趣を込めて、ハイルは更に言葉を紡いでいく。
「それだけではありません。更に、パストール領内において壁外の未成年者を捕えての強制労働、人身売買への関与などの疑いに関する証拠も押さえています。必要であればそれを提出する事も可能です」
「なっ…⁈」
ドミングスの顔がいよいよ総毛立ち、周囲にも最大級のざわめきが広がっていった。ここまで眉1つ動かさなかった皇帝すらも僅かに目を見開く程だ。
「なるほど…。やけに性急に処刑を断行しようとしたのは、それが原因か……」
「へ、陛下っ!とんでもない濡れ衣でございますっ!大体っ、下賤なストラド共が申し上げる事など、信の置けない世迷言に決まっておりますっ‼」
「…バトレー・ドミングス。貴様は私が進める西部の開拓事業をどう認識しておる?」
皇帝の突然の問いに、ドミングスは答える事も出来ずに目を白黒させる。皇帝は強い嘆息を漏らすと、
「多くのデブリスが未だ巣食う西部地域の開闢を進め、多くの民が安寧に暮らせる国とする。その中には当然、今も壁の外で危難に晒され続けている者たちも含まれておる」
静かな、だが有無を言わさぬ強い口調でそう言い切った。重ねた年齢相応にしわがれてはいても、一瞬の暴風の様な強さを感じさせる声の強さにドミングスが一気に顔を青ざめさせ、ハイル達ですらも怯ませる程の強さを感じさせた。
「正しいのが貴様か、それともそこの若人達か……。今の段階ではそんな事はどうでも良い。…だが、もしまた我が前でストラド等という言葉を出してみよ……。貴様の首、胴に繋がってはおらぬと思え……!」
「…は、ははぁっ……申し訳ありませぬ……」
項垂れるドミングスを眺めなていても、ハイル達は溜飲が下がるどころか戦慄する気分を味わっていた。「誰っスか…あの人を三国最弱の王とか言った人は…?」とジャンが呟くのが聞こえたが、正しくその通りだ。
あれが王たる者の姿なのか。出来れば……否、絶対に敵には回したくない。柄にもなくハイルはそう思ってしまった。
「しかして父上、パラディンの聖言権の行使は確かに教会の権利ではありますが……流石にそう簡単に認められるものでもないでしょう」
今まで沈黙を貫いてきた皇太子アトラークが口を開いた。
「王や教会本部の認可を経ずに騎士団の結成を行うには、それ相応の理由……例えば緊急性などが認められた場合に限られる筈だ。アイリィ、君はそれを示せるのかい?」
「はい。こちらに」
アイリスが迷う事なく取り出したのは、1つのライドラッグだった。
「私は西部にて、自らをジェネラルクラスタと名乗るデブリスに遭遇し、これを討伐しました。これがその証になります。…同時に、その者は言っていました。『魔王ディアバルは生きている』……と」
「なんと…。人語を解するデブリスに、魔王ディアバルの生存か……。それは確かに緊急性を認める事案かもしれないが…しかしねぇ……?」
気障たらしく肩を竦めたアトラークが、父王の方を振り仰いだ。
「どうしますか、父上?何とも不明確な話ばかり、という印象ではありますが?」
「疑わしきは罰せず……であるよ、アトラーク」
一切の迷いも見せず、皇帝ガルシア・ザイン・シドニアが立ち上がる。この国の最高意思決定者による裁断が下る。瞬間、その場にいる誰もが固唾を飲んで見守っていた。
「…特別処断の行使は認めぬ。ヒュペリオンの行動の是非は拠点の捜索を実施後に決定する。バトレー・ドミングス卿も同様。それまで両名は我らの監視下に置かせて貰う。…以上だ」
言い捨て、皇帝はそのまま椅子へと座り込む。その瞬間、ハイル達も金縛りが解けた様な感覚を味わった。
皇帝の言葉が耳から脳へとしみ込み、その意味を理解させるまでに暫しの時間を必要とした。王の圧倒的な存在感に当てられたのか、まだ脳髄の一部がマヒしている様な感覚はするが、その言葉の意味する事は……。
「私たちの意見が通ったって…事よね…?」
「そうみたいっスね…」
途端、ヒュペリオンの一団から上がったのは歓声ではなく、ただ安堵のため息だった。中には腰が抜けた様に地面に倒れ込む者もいたが、「気を抜かないで」と忠告する声が響き渡った。
一同にゆっくっりと歩を進めてくるアイリスの姿があった。
「無罪放免で解放された訳じゃないんだから。これからきっと帝国軍と教会の調査団がネイバーラントに乗り込んでくるわ。ハイルは一旦戻った方がいいと思う。彼らに協力して、自分たちの潔白を証明しないと」
「ああ、そうだな……。…すまねぇな、アイリス。また、借りを作っちまった……」
「気にしないで。私は私の仲間を助ける為にした事だから……。2人とも無事?」
「アイリィ~~~~~~~ッッッ‼」
途端、顔中を涙で濡らしたマヤがアイリスに抱き着いてきた。
「怖かった怖かっためっちゃ怖かった…‼このまま殺されちゃうんじゃないかって思ったら…凄く……」
「…うん、遅くなってごめんね……。間に合って…本当に良かった……」
思えば、マヤは昔人間の人買い達に捕まった事があったのだ。またしても理不尽な人の暴威に晒され、内心どれだけの恐怖を感じていたか想像に難くない。
かなりリスクの大きい作戦ではあったのだが……逃げ出さなくて良かった。今、アイリスには心からそう思えた。
「レイトも無事……って!ひどい怪我じゃない!大丈夫⁈」
「大丈夫だよ。殆どはただの煤汚れだから、見た目ほど酷くないし。…それよりアイリィ、ここから先はどうするの?」
現在はあくまでも証拠不十分で釈放された状態。もしネイバーラントやパストールに捜索の手が入り、ハイル達を庇う為に吐いた彼女の嘘がバレた場合、アイリスは虚偽の証言をしたとして罪に問われるだろう。それがはっきりするまでは、彼女もこれまでの様に旅を続けられなくなる筈だ。
レイトの問いに「…その事なんだけどね……」とアイリスが言いにくそうに口を開いた。
「…皇帝陛下の命令で、私は事実が分かるまで、故郷に戻っている様にと命じられたの……。だから……暫くは旅はお休みね……」
アイリスの故郷。それはつまり……彼女が夢を追う為に飛び出した場所という事。
なんて事ない様に笑う彼女の顔に、ほんの少しだけ、不安や恐れの様な感情が去来したのをレイトは見逃さなかった。
◇◇◇◇◇
「全く運のいい奴らめ……。…イヤ、全てはあの王の弱腰が原因か……」
マッドスキッパーの暗闇から、助かった快哉に湧くヒュペリオン達を睥睨する影があった。蜘蛛の仮面に隠された顔貌から表情は窺えないが、その口調は怒っている様でも、楽しんでいる様でもあった。
楽しい?確かに楽しさを感じているかもしれない。計画の障害となりそうなディライトやヒュペリオンを仕留められなかったのは残念だが、まだ自分たちの手に負えなくなったという事はない。これからいくらでも始末する手は残されている。それだけの自信はある。
おまけにあのパラディンの少女。あの危機的状況を揺らがぬ信念とハッタリだけで乗り切ってみせた。その度胸の強さは正直感心に値する。
だからこそ。
「…残念だよ。一度君から何もかも奪わなくていけない様だ……アイリィ?」
微かな笑みと共に呟き、ヴェノムアラークはまたしても闇の中へと消えていく。
次の一手は、既に動き出していた。
どうも1週間ぶりです。2週間くらい休むなどと宣言しましたが、再会の日付を間違えて20日としていました。約束を違える訳にもいかんので、今日から連載再会です。
と、言いつつもこの話、書くのにメチャクチャ苦労しました……。この回、あまり戦闘シーンがない上に、こうした会話劇がとにかく多い。そして、キャラクター達が抱えている思いが少しずつ明らかになる回でもあります。どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。
王様が出てきますので、それっぽい会話にしてみましたが、如何せん敬語などが凄い苦手なので、もしかして変なとこがあるかもしれません。その時は是非ご指摘下さい。
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それでは。