仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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Saga11 誓い~アイリス・ルナレス:オリジン~③

◇◇◇

 苦労知らずのお嬢様。

 その癖、お節介でいつもいらぬ苦労を背負っている少女。

 ゼオラにとってアイリス・パニディエラという新しい主の印象はそんなものだった。

 

「私がパニディエラ家のご令嬢付きの近侍として雇われたのは、確か6歳の時だったか……。お嬢の第一印象は……破天荒な人、という印象だったかな…」

 破天荒?と隣のハイルが首を傾げたが、アイリスという少女は確かに育ちの良さを滲ませつつも、相手が恐ろしいデブリスであっても居丈高な権威者であっても一切怯まない頑健さを内に秘めている。考えられない話ではないか……。

 

「神聖騎士の真似事だったのか、それとも『高貴たる者の義務(ノブレス・オブリージュ)』の精神だったのか……。家族や屋敷内の家令に限らず、領民達の困り事やら何やらを解決する為に走り回ったり……まぁ、凡そあんな事をするお嬢様というのは私も見た事がなかったよ……」

「そりゃなんていうか……アイリスらしいな……」

「そう、だな……。それでも最初は…あまり好きじゃなかった……」

 そう語るゼオラの言葉にはどこか含みがある気がする。正確にはいっその事、「嫌いだった」というくらいが正しかったのかもしれないが……そこを敢えて指摘してやるほど、ハイルも野暮ではない。

 

「生まれも育ちも恵まれている少女が、ただの気紛れで人を助けた気になっているだけだ、と……。なんの苦労も知らないお嬢様が、いくら走り回ったところで世の不条理さは消えてくれる訳もないのに、って……。…まぁ、私も子どもだな……」

「お互いに、だろ?仕方ねぇさ」

「ああ……。仕事だからと付き合っていく内に、私も段々分かってきたんだ。あの娘が、どれだけ本気なのかって事が……」

 

 最初はちょっとした調べ物や手伝いを肩代わりしている程度だったのが、錬真術師としての才能を開花させ始めてからは、道具の修理や薬の調合、主産業である革製品の新しい製造設備の構築まで、次々と関与する様になっていった。その為に、新しい事や未知の分野まで貪欲に吸収していこうとする主の姿を見て、ゼオラにも段々と分かってきた。

 ただの真似事ではない。物語に登場するパラディンの様に、この少女が本気で世界を良くしようとしているのではないか、と……?

 

「成程な……。何というか、パラディンに選ばれなくても、いい領主になっただろうって思うぜ」

「…残念ながら、領主の座を告げるのは男だけだ。そして、その部分がお嬢と御祖父———レイフ・パニディエ様との確執の原因にもなっていたんだ……」

「…それはアレか?セイリャクケッコン的な」

「…………」

 

 息子のオーエンとは異なり、強権的で傲岸な性格で知られた前領主。きっと彼との確執といっそ恐怖と言い換えてもいい感情はまだアイリスの中に残っている。それを知っているからこそ、ゼオラはアイリスに彼の死を伝える事が出来なかった。

 

「…結局、私は信じていなかったんだ……」

「あぁ?どういう事だ」

 

「例えお嬢であっても……いや、お嬢なら、過酷な旅に疲弊してやいないかと……。もしその様な状況下で、御祖父の死を知らされれば……その使命を棄てていた可能性はないだろうか?って……」

 ゼオラがゆっくりと吐き捨てた。身を切りつける様な思いではあったが……紛れもなく、彼女の本心だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 生家の最上階には少し広めのテラスが置かれている。元は旧国家間戦争時代、外を見渡す見張り場兼指令所としての機能を与えられていた場所であるらしく、ここに立ち入るには古くなった縄梯子しか方法がない。今でこそ要所が補強され、2階から増設された階段で出入りが容易になった様だが、当時は使い道もなくただ殺風景な場所だった。最も、だからこそ子どもの頃のアイリス達にとって、この場所が絶好の隠れ場所だったのだろうが……。

 

 カツカツ、と階段が音を立てて来訪者の存在を知らせる。アイリスは物思いを中断して、背後に視線を転じた。

 

「アイリィ、ここにいたんだ」

「レイト……」

「急に出ていったきり戻らないから、心配してたんだよ……って、高いねここ……」

 遥か先、壁の向こう側にまで広がる大地に目を向けながら、レイトが陶然と呟く。未知なるものへの畏敬と感興の念が入り混じった様な、この少年のいつもの目線。そう言えば……と、前にここでゼオラから自分も同じ様な顔をしていると言われた事があった。

 

『いいですか、お嬢。世界はあなたが思う以上に危険で悪意に満ちている。及ばない力もあれば届かない思いもあります。壁の外に飛び出すというのは、そういうものと否が応でも対峙しなければいけないという事でもあるんです。……あなたにはそれがありますか?』

 自分もパラディンとして、領地の外に出たいという思いを抱いていた当時のアイリスをゼオラはそう言って何度も宥めた。当然の様に、子どもの意地で『できる!』と言い張り続けていた自分に、最終的には根負けしたゼオラが外の世界で起きている事や人の事を細かく教えてくれるのが、いつもの流れだったが……。

 

「…ここね、ゼオラに戦い方を教えてもらってた場所なの」

「え?」

「そこの縄梯子は、お祖父様が昇って来れなかったから……。ここならバレないで訓練ができたの」

 

 剣の修行をする場所の条件として、充分な広さと父から見つかりにくい場所が必要だった。近侍として当時からあらゆる武術を叩き込まれていたゼオラに頼み込み、剣を始めあらゆる武器の扱いや戦い方の訓練をここで行っていた。こうしてこの場所に立つと今でも当時の事をありありと思い出せるのに……なんだかそれもかなり昔の事の様に感じられてしまう。

 

「…その…立ち入った事かもしれないけど……お祖父さんとは…仲が良くなかったの?」

 仲が良くない…か。一口にそう言えれば、まだ良かったのかもしれない。自分と祖父———否、恐らく貴族家の家族というものは、そんな言葉では言い表せない程に闇深く、底の見えない仄暗さを湛えているものなのだ。

 

「…貴族と言っても、この地で事業を始めて、僅か2代で今の地盤を築き上げたパニディエラ家は、血筋と歴史がものを言うシドニア宮廷社会においてはまだ新参の部類……。家の基盤を盤石にするには、強固な家同士の結びつきが欲しいって父は考えたんでしょうね……。私に他家との縁談の話が持ち上がったのは、確か8歳くらいの時だったかな……」

「え、縁談って……結婚⁈しかもそんな早くから……?」

「驚く事じゃないでしょ……。貴族の家柄ではよくある事よ」

 

 家格と家同士の繋がりが生む基盤。それこそが全ての貴族社会において男子は家の後継者、そして一族の地盤を受け継げない女子に残されているのは、他家に嫁ぐ事で生家の地位向上に貢献する事くらいだ。各特区を治める諸侯たちの権勢が強いシドニアは特にその傾向が強いと聞く。

 

 だが、良くある事だからと理屈を振りかざしても、それを感情が飲み込むかどうかは全く別の問題だ。レイトも「で、でもさ……」と反駁の口を開く。

 

「…アイリィだって……凄く納得できないって顔してる……」

「わかる?…でも、うん……実際そうだった……」

 閉じた世界で生きていると、生まれた世界の“常識”というものに心が麻痺していく事は散見される。それは外の世界に出て、改めてアイリスも実感した事だった。そして、そこでその心の苦しさに共感してくれる人に出会えた。その事が今のアイリスには何よりも嬉しかった。

 

 パニディエラ家において、祖父レイフは絶対的な権力者だった。血筋や有力な繋がりなどを一切持たずに現在の地位まで上り詰めた自信と傲岸さは、孫娘どころかどれだけ近しい者が何かを言った所で揺らぎもしない。アイリスが自分の希望を語り、祖父の意向に逆らおうものなら———良くて笑われるか、悪ければ怒声と暴力で支配されるだけの事だ。

 

『いいか!人間には生まれながらの役割というものがある!多くを与えられた者にはそれを全うする責務があるのだっ‼それから逃げ出す事など、パニディエラ家の者として許されると思うのか⁈恥を知れっ‼』

 

 役割と責務。それが祖父の口癖の様なものだったと記憶している。特区の監督領主としての役割を拝命し、日々その責務にひた走る貴族には誇りの様に定着している言葉ではあったが———では、自分に与えられた役割とは何だったのだろうか?と思ってしまう。

 

 女として生まれ、それ故に物心ついた時から家の権勢と基盤の強化の為に売られていくのが自分の役割?

 道をただ与えられて、その中で果たすべき責務を全うする事だけが、本当に生きていると言えるだろうか?

 だって、そんな生き方を悲しいと感じる心があるのに。自分の力で何1つそれを勝ち取りに行けない事が、こんなにも苦しいのに———。

 

 だがアイリスの懊悩を他所に、彼女が子どもの頃からレイフの中で娘をどこかへ嫁がせる事は止めようがない確定事項だった。優しいオーエンやイーヴァ、仕える家令の誰もアイリスの境遇には同情的だったが、絶対君主たる祖父に逆らえる者はいなかった。彼らの立場はある程度理解しつつも、当時のアイリスにそれを慮る余裕はなかった。誰も味方がいない———そんな中でゼオラ・ユピターは唯一心を許せる“友達”だった……。

 

「…いや、どうなんだろう……?ゼオラにとって、私がどんな存在だったのか……今はそれも良く分からない……」

 

 ゼオラはアイリスが6歳の時に、パニディエラ家に彼女の近侍として雇われた少女だった。その年齢にして既にいくつもの修羅場を潜り抜けたかの様な冷たい瞳がとにかく印象的だったが、当時のアイリスには数少ない同い年の少女だった事もあり、直ぐに友達になって欲しいと申し出たのを憶えている。

 ゼオラの職務や立場からすれば、受け入れていいものではなかった事は今ならよく分かる。だが、いずれ自分に待ち受ける運命の一端をどこかで予測していたアイリスも必死だった。あの時は少しでも理解して支えてくれる人が———この過酷な世界で少しでも抗っていけるだけの力が欲しかったのかもしれないのかもしれない。

 

 遂には根負けしたゼオラが誓ってくれた。いつもアイリスの傍にいてくれる事。どんな時であっても、ゼオラはアイリスという一個人に仕える事を……。我が儘に付き合わせてしまった心苦しさはあったけれど———そう言ってくれた時の彼女が、仕方なさそうでも、初めて笑ってくれたのをしっかりと覚えている。

 

 それからは、この場所で家族に隠れて剣術や世界の事を学んだり、屋敷の地下の物置に作った秘密の研究室で錬真術を習得したりする日々が始まった。パラディンは狙ってなれるものではない事は勿論分かっていた。だが、ままならない現実の中で、少しでも新しい事や未知の事を知っていけば、何かを変える一助になるかもしれない……。当時の自分がそう考えていたのは事実だった。

 

「それで、アイリィは本当にパラディンの資格を与えられた訳だよね?……でも、お祖父さんは……それでも納得しなかったのか……」

「…ええ。神聖教会からの通達を見た時も、こんな事は認めないってすごく怒って……。…お祖父様は、最後まで私の事を認めてくれなかったわ……」

 アイリスの肩に現れた、神聖騎士の証たる紋章。それを見せても祖父は、多少の動揺はした様だったが、その事実を認めようとはしなかった。教会からの通達は無視し、アイリスを屋敷内に幽閉してでも、纏まりかけていた縁談を強行しようとしたのだった。もはや、祖父に何を言っても理解はされない———そう悟ったアイリスとゼオラは運命のあの夜を迎えたのだった。

 

「ゼオラから聞いたんでしょう?パラディンになる為に、この家を飛び出したんだってこと……」

「…うん。でも、見つかってしまったから……囮役でゼオラが残ったって話も聞いた」

 アイリスが頷く。あの夜、ゼオラの手引きで神聖教会から受領した装備品を身に付け、外の世界へと飛び出す……筈だったのだが、それを予測していた祖父は密かに街の衛兵達を増員し、全ての出口を見張らせていたのだ。だが、街中に兵士たちの気配が満ちている事を早い段階で悟ったゼオラは、2人で外へ飛び出すのは無理だと早急に判断し、アイリスだけを外へ逃がす事に成功させた……。

 

『…お嬢……。私はあなたを信じます。あなたの道が、必ずやこの世界に光明を齎す事を……。だから再び、相まみえる事が叶わなかったとしても……貫いて下さい、あなたの……私達の道を……』

 

 彼女を置いていく事に強硬に反対したアイリスにそう言い残し、ゼオラはリンネの中に残る道を選んだ。そうして、誰も知る者が、誰も支えてくれる者がいない世界で、アイリス・ルナレスと名を変えた少女の旅が始まったのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

「…私は、従者失格だ……。お嬢の事を信じると……あの人個人に仕えて支えると誓った筈なのに……」

 

 アイリスは、戦う以外の事を何1つ知らなかったゼオラに、多くの事を教えてくれた。仄暗く、冷たさしかないと思っていた世界が決して一様ではない事を。世界に息づく矮小で脆弱な命の群れが、どれだけ強固で尊いのかという事を。主の夢想気味な、しかし真っ直ぐな願いに触れる内に、ゼオラの中にも確かに望みというものが生まれていったのだった。

 

 レイフの死を契機にオーエンからアイリスを探す様に依頼され、再び彼女に出会えた時は柄にもなく神に感謝したい気持ちにもなった。自分の様な存在には高望みでしかないのかも知れないけど、また彼女と時を重ねていける事をこの上なく嬉しく感じていたのに———ゼオラは自らの手でそれを手放してしまった。よりにもよって、彼女を信じ切れなかった自分の弱さが原因で、だ。

 

「…そんで、アイリスのとこから逃げ出してきたって訳か……」

「……今のお嬢には、マヤも、レイトもいる……。別に私なぞがいなくても……」

「さっきから気になってたんだけどよ……お前は一体何に悩んでるんだ?」

「………はぁっ⁈」

 だが、苦悩するゼオラを他所にどこか気だるげにハイルが切り返す。流石にカチンと来たのか、(まなじり)を吊り上げてゼオラがいきり立った。

 

「き、貴様……!私が一体どんな思いで———!」

「人の気持ちなんざ知るかよ。だけどお前が全然納得しちゃいないって事は分かるさ」

 ハイルがゼオラを軽く睨みつけながら、ズイと体を寄せてくる。

 

「いい加減、分からないふりをするのはよせ。お前はそんな結末を納得しちゃいない。そして、それはアイリスも同じじゃないのか?」

「……そんな事……一体、何の確証があって———」

「アイリスがお前に求めてるのは、ただの主従関係じゃないだろ。互いに何かを期待するからぶつかり合うし、傷つけもする……。そういうのを、友達っていうんじゃないのか?」

「………友達…?…しかし、そんな事が……」

 どこか気恥ずかしく、甘い。それでも温かみに溢れた言葉をゆっくりと噛み締めながら、そう言えば初めて出会った時、アイリスからそういう申し出があった事を思い出した。主と従者の関係である以上、そんな事はあり得ないと思ったが、自分もいつの間にかそんな願いを———?

 やれやれ、と言わんばかりにハイルがため息を吐いた。

 

「言いたい事があるんだったら、言える時に言っとけ。…何かがきっかけで引き裂かれちまうのは、この世界ではあっという間だ……」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 ゼオラと初めて会った時、彼女からパラディンの従者としての資質を問われた事があった。あの事からも、ゼオラが内心でパラディンの使命をどれだけ大切に思っていたのか、レイトにもよく分かる。

 

「ゼオラがあんな事をしたのも……アイリィにパラディンの使命をやり切って欲しいって思ったからなんじゃないかな?そりゃ、やり方が正しかったとは思えないけど……彼女なりにアイリィの立場を守ろうとしたんだよ、きっと……」

「……うん、それは分かってるの…」

 

 内実はどうあれ、法的には反社会的勢力でしかないヒュペリオン達と関わる事は、神聖騎士の立場を侵しかねない行為だ。そんな彼らを助ける為に行使した聖言も、不確定要素だらけの綱渡りだった。きっと何か1つを間違えただけでも、アイリスの立場を危うくしてしまっただろう。

 あの行動を後悔はしていない。だが、あの時のアイリスの振る舞いは徒にパラディンとしての寿命を縮めるだけのものになりかねなかったのだ。それは即ち、ゼオラとの約束を———パラディンの使命を貫くという誓いを放り捨てる事でもあった……。

 

「…ゼオラがいてくれたから、私は自分の願いを諦めないで生きる事ができた……。でも私、自分の事ばっかりで……ゼオラがどんな思いでいてくれたかなんて、考えた事もなかった……」

「アイリィ……」

「ゼオラが私にお祖父様の事を話さなかったのって……きっとそれを言ったら、私が旅をやめちゃうんじゃないかって疑ったからじゃないか…?って思うの……。…ゼオラからすれば、私なんてただの甘いだけの頼りないお嬢様のままで……信用されないのも当然だよね……」

 

「…アイリィ、それは違うよ」

 だが、レイトは断言する。アイリスがえ?と顔を上げた。

 

「前に、アイリィが旅立った経緯についてゼオラから話を聞いた事あるよ。あの時のゼオラ、何ていうか凄く……自分の事でもないのに、すごく誇らしげだった」

 

 アイリスがパラディンに憧れた経緯。パラディンも紋が宿った際のアイリスについて触れた時。家族の反対を押し切り、家を飛び出した話を語った時。ゼオラの表情は恐らく本人も意図せずなのだろうが、とても輝いて見えた。付き合いの浅いレイトにも、彼女が自らの主をどれだけ誇りに感じているのか、とてもよく分かった。

 

「…人の心ってさ、きっとそんなに簡単じゃないんだよ。誰かを信じる強さもあれば、それでもつい心配しちゃうような弱さもあって……矛盾しているかも知れないけど、それでも1つの心なんだと思う。…アイリィはどう?」

「……私?」

「ゼオラに怒ってる気持ちも、申し訳ないって気持ちもきっとあるよね?…でも同時にさ、許したい——いや、仲直りしたいって気持ちもあるんじゃない?」

 

 アイリスは胸に手を当てて、暫し黙考する。心の強い部分はゼオラに対して憤る気持ちがある。弱い部分は、長く不実に突き合わせてしまった罪悪感が棲みついている。だが、こんなにも心が彼女への感情で満たされているのは———。

 

「彼の言う通りだと思うよ、アイリィ」

 ふと、柔らかい声が階下から聞こえてきた。増設された階段付近にオーエンとイーヴァが立ってこちらに微笑みかけていた。

 

「言い訳かもしれないけど、むかし父に逆らえなかった事を、この家のみんな後悔しているよ。君がここに帰りたがらなかった理由もよく分かる。……でも、これだけは分かって欲しんだ。僕もイーヴァも、みんな君が好きだし、君が帰って来た事がどれだけ嬉しいか———」

「…分かってます、お父様。…いえ、きっと……とっくに分かってました」

 

 父の言葉を遮り、しかしアイリスはゆっくりと微笑んだ。

 ずっとこの家に縛り付けられていた様な気がした。だが決して、両親や家人達———下手をすれば、祖父からの愛情を疑った事はない筈だ。きっと彼らも、強い心と弱い心の間に挟まれて決断をしてきたのだろうと今は思えるから———。

 

「ヒュペリオン達の件、改めてありがとうございました。それと……子どもの頃の事は、恨んではいません。私の方こそ、家を飛び出してご心配をおかけした事、申し訳ありませんでした」

 そう言ってゆっくりと頭を下げる。しかし、含みのない笑みを浮かべて姿勢よく立つその姿はいつもの清廉なアイリスのものだった。

 

「いや、いいんだ……。僕たちこそ申し訳なかった……。…ところで……さっきから気になっていたんだが…」

 オーエンの目がアイリスの横に立つレイトへと向けられる。そこに宿る、強い興味の色。

 

 ……猛烈にイヤな予感がする。

 

「君は一体何者なんだい?何やら娘と随分仲がいいようだけど……って、痛い痛い痛いよイーヴァ‼」

「あなた、野暮な事聞くんじゃないの。娘の()()()()()に首突っ込む親は嫌われるわよ」

 夫の耳をつねり上げて、イーヴァがアイリス達に微笑みかける。何かを期待する様な目線が注ぎ込まれ、次の瞬間レイトとアイリスは耳どころか髪の毛の先まで紅潮する感覚に襲われた。

 

「ち、違いますお母様!レイトとは別にそんなんじゃ———‼」

「あら?私は何も具体的に言ったつもりはないのだけれど?というか、そんなに強く否定するって事は満更でも———」

「~~~~~っっっ!!もうっ!お母様は黙っ…———」

 アイリスが声を荒げかけた転瞬の事だった。

 

 ドォン!!という大音響とともに、リンネの城門が吹き飛んだ。身を固くする領主夫妻とは対照的に、レイトとアイリスはこういう局面では咄嗟に体が動く様になっていた。

 

「なんだ一体……?」

「……っ⁈レイト、あれ見て!」

 立ち昇る黒煙を突き破り、数体の影が姿を現す。犬の様な頭部とそれとは対照的に人工的な各部のケーブルラインやガスマスク状のパーツ。間違いなく、あのジェヴォールトデブリーターだった。

 

「な、何なんだアイツらは……⁈」

「デブリーター……。デブリスの力を使って、あちこちで暗躍している奴らです」

「お父様、私たちが食い止めている間に、住民を屋敷に避難させて下さい」

 言うが早いが、アイリスはテラスの淵に足を掛けかけるが、レイトに「ちょっと待った!」と制止された。

 

「アイリィ、今の格好じゃ無理だよ。…取り敢えず、君はご両親を避難させて」

「ああそっか……。…ゴメン、暫くお願い」

「任せて。それじゃ!」

 言い切ると同時にレイトはテラスからその身を躍らせた。驚愕するオーエン達の声を頭上から浴びながら、レイトは腰にディライトドライバーを装着する。

 

「変身!」

〈ミスリックナイツ‼〉

 レイトの体が一瞬で白銀の戦士の姿へ切り替わる。ディライトの強化された膂力はこの程度の落下ではビクともしない。着地するが早いか、腰背部から抜き放ったトランスラッシャーを構え、ディライトがデブリーターの一団へと突撃していった。

 

「ほ、本当に何なんだい彼は……?」

「仮面ライダーディライト……です。任せても大丈夫ですよ。行きましょう」

 驚嘆の顔を浮かべる父母を引き連れて、アイリス達も屋敷へと戻っていく。

 

 ……それにしても、このタイミングでの襲撃。まさか……?アイリスの胸中に1つの予感が降り積もっていく。そして、後で知った事だが、それは当たっていた。リンネが襲撃を受けたのと同じタイミングで、ネイバーラントにも厄災の魔の手が迫っていたのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 煙と戦塵が立ち込め、ネイバーラントの中庭は騒然とした空気に包まれていた。こういった修羅場に慣れている戦闘要員達は、今は大半がリンネにやってしまっている。ハイルは己の采配ミスを悔やんだが、今はそこに囚われている暇はない。「落ち着け‼」と動転する空気を蹴散らす勢いで一喝する。

 

「非戦闘員と怪我人、それと調査団の連中は大広間まで退却。防衛班はそこと資料庫の警備に当たれ。アリンコ一匹入れるな‼」

 

 ハイルの声に応じて、団員達が応答する間もなく一斉に散っていく。そんな様を頼もしく思いつつ、粉塵の奥底へと意識を凝らす。明らかな敵意を含んだ気配が、ゆっくりと近づいてくるのが分かった。

 

 やがて、数体の人型がその姿を現した。数体はあの量産タイプのジェヴォールト。だが、真ん中の1体は今まで見た事がないタイプだ。全身黒ずくめの体に、赤いパイプラインと横並びのレンズ状の目。背後に聳える己の存在を誇示するかの様な複数本の脚。周囲のジェヴォールトと比較しても、明らかに異質な空気を身に纏っていた。

 

「…何者だ、てめぇ……」

「お初にお目にかかるよ、ヒュペリオン頭目ハイル・ランドナー。私は『ヴェノムアラーク』。デブリーターの首魁……と言って、信じて貰えるかな?」

「ほう……。それで?組織の頭同士で愉快に語らおうって……雰囲気じゃあねぇよな?」

「話が早くて助かるよ、ハイル・ランドナー。その通り、君たちは強くなり過ぎた。それ故に、ここで死んで頂く事がめでたく決定した……という訳だ」

「チッ……勝手な事を決めやがって」

 左手のレイピアを挑発的に構えるヴェノムアラーク。ハイルは舌打ちと共に長剣を抜き放って構えた。

 

〈デウスカリバーⅡ!〉

「人の家を壊してズカズカと上がり込んで……それなりの歓迎は覚悟して貰うぜ」

 

 言って取り出した長筒のライドラッグ———正確にはライトブレードソードラッグと言う———のスイッチを押し込むと同時に剣先のスロットへと装填した。

 

〈ライトブレード!テリフィック!閃光の魔剣‼〉

「変身‼」

〈スラッシュ!〉

 ソードラッグが装填され、勢いよくデウスカリバーⅡが鞘から抜刀され、ハイルの体を赤熱のエネルギーに包み込む。再度、剣を振り抜くと同時にその奥底から青き甲冑の戦士がその姿を現した。

 

〈刀光剣影!ソーディア、ライトブレード‼〉

 

 魔を宿す剣と一体となった戦士———仮面ライダーソーディアがその指を折り曲げてヴェノムアラークを挑発する。

 

「来な。捻り潰してやるよ、虫けら野郎」

「やってみるがいいさ、このガラクタめ」

 

 鋭い殺意がぶつかり合い、ソーディアとヴェノムアラークの双方が地面を蹴って加速する。刺突剣と魔剣がぶつかり合い、金属音と火花が周囲の空気を圧して広がっていった。

 




戦闘シーンのないパートが長々と続きましたが、アイリスとゼオラが互いにどんな思いを抱えているのか。そこら辺をじっくり書きたくて、気付いたら2万字近くなっていました。その甲斐あってか満足するものが出来ましたが、そんな筆者の熱量がほんの1%でも伝わっていれば幸いです。

という訳で次回から、問答無用でバトル回です。ほぼ1話まるまる戦っていると思うのでお楽しみに。
そいでは。
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