◇◇◇◇◇
『城門から入って来た敵は、合計6体です。次の角を曲がった所に1体います』
「ありがとう、ロビン。一応、増援が来るかもしれないから、マヤと連携しながら警戒を続けて」
『わかりました。それと領主様の許可が取れ次第、サクラさん達も増援に向かわせます。お気をつけて』
通話を終えると、ジャイロシェルフィーをしまい込み、ユニオンスティンガーのスロットルを更に増加させる。砂塵を蹴立てながら疾駆するバイクが曲がり角に差し掛かると、レイトは体重移動を駆使しながら殆ど速度を落とす事なく、角を曲がり切る。ロビンの報告にあった通り、ジェヴォールトデブリーターが1体、左腕のブレスからニードルを放ち暴れていた。破壊された家屋から火の手が轟々と上がり、パイプを壊された井戸が水を噴き上げ、どこか場違いな虹を形作っている。バイクのエンジン音に気付いたジェヴォールトがこちらに振り向き、ニードルガンを放ってきた。
「耐えろ、ユニオッ‼」
「ハァッ⁈なに言って———」
ディライトは咄嗟にユニオンスティンガーの車体を飛び上がらせた。そのまま横向きに倒したバイクの胴体でニードルを受け止めつつ、上空からガンモードに変形させたトランスラッシャーを応射する。光のエレメント弾がジェヴォールトの体に数発当たって弾ける。ディライトはバイクから飛び降りると、怯んだデブリーターへと切り掛かっていった。
〈ヴァリアントスラッシュ‼〉
ライドラッグを装填された剣が咆哮を上げ、エレメントエネルギーが纏わりついた刀身が、量産タイプデブリーターへと殺到する。咄嗟にデブリシリンジャーを引き上げてそれをガードしようとするが、横薙ぎに振るわれた刃がレイピアの刀身を受け流す様に滑り、その基部たるデブリシリンジャー本体を破壊した。これでジェヴォールトの変身能力は奪われた訳だが、このままにしておいていい筈もない。その体が元の人間に戻り切らぬ内に、ディライトがその胸板を蹴りこんだ。吹き飛ばされたデブリーターが家屋を蹴倒して地面に倒れ込み、そして元の人間へと戻って沈黙した。呼吸はしているが、恐らく暫くは立てまい。ヒュペリオンの団員達に拘束を要請し、地面へと転がったユニオへと近づいていく。
「おーいユニオ~?大丈夫?」
「大丈夫~?じゃねぇっ!なんて事をしてくれるんだテメェはぁっ⁈」
「どうせ痛みなんか感じない癖に……」
「痛みなんか、じゃねぇ‼乙女の体に傷でもついたらどうしてくれるやがるんでぇこのスカポンタヌキ‼」
「…どこで覚えたの、その言葉……」
そうは言っても、マヤ謹製の合成金属で作られたユニオンスティンガーの体はこの程度の衝撃ではビクともしない筈だ。口喧しく文句をがなり立てるユニオを起こして、再びエンジンを始動させる。
ロビンの誘導に従い、街の中央付近にある広大な牧草地へと急行する。槍を携えたジェヴォールトが2体、牛舎を打ち壊していた。
「みみっちい事してんな……!」
だが、いくらみみっちかろうと人様の財産を土足で踏み荒らしている事に変わりはない。ディライトは素早くベルトに挿さっている霊薬を交換した。
「再錬成!」
〈ファイアオリハルコン‼〉
変幻自在の金属・オリハルコンの性質を帯びたディライトの腕が勢いよく伸展し、デブリーターの首筋をムンズと掴む。そのまま腕が戻ろうとする力に引っ張られ、ジェヴォールト達をこちらへ引き寄せる。そのまま腕を勢いよく左右に展開し、空中に放り捨てられたデブリーターが空中で衝突した。その瞬間を見逃さず、ベルトのエブリッションスターターを押し込んだ。
〈ヴァリアントファイア‼〉
「せぇりゃあぁぁぁぁっっっっ‼」
バイクから飛び上がると同時に、炎を纏った左脚を勢いよく上空へと伸ばす。そのまま踵落しの要領で、ヒールキックをデブリーターへ叩き込んだ。地面に落ちたジェヴォールト達は変身を解除され、そのまま沈黙した。
「よし、残り3体。こいつぁ楽勝だな。……レイト?どうしたんでぇ、浮かない顔して」
僅かな間で敵戦力の半分を削れたのだ。もう少し喜んでもいいと思うが、当のディライトはどこか釈然としない様に首を傾げていた。
「いや、なんか……やけに簡単すぎる気もしない?」
「?そりゃ、量産型のザコ戦闘員なんてこんなもんじゃねぇのかい?」
「いや、だからだよ。戦闘力に差があるなら、なおさら数で押して戦おうとする筈だろ?なのに、どうしてこうもバラバラに……?」
ディライトやワールドラーグと比較して、ジェヴォールトデブリーターの能力は低い。敵はそれを分かっていたから、今までずっと一対多数の戦術を覆す事はなかった。それなのに、ここでは1から2体の数に分散して、しかもしている事は明らかに小規模な破壊活動ばかり。何か裏がある様な気がしてならない……。
周囲を見渡す。リンネのあちこちから黒煙は上がっているが、それにしても被害は少ない様に思える。遥か遠くに聳えるパニディエラ邸にもまだ被害は及んでいない様だが———。
……遥か遠くに?
胸中に巣食っていた微かな違和感が、急に確かな重みをもって実体化する。「しまった……‼」とレイトは全身が総毛立つ感覚に襲われた。
「これは罠だ!俺をあそこから引き離す為に……‼」
「半分正解、だな」
突如、背後から響いた聞き覚えのある声。振り返ると、そこに立っていたのは、案の定赤い紅殻を纏った1体のデブリーター。そして、背後に立っているのは今まで見た事がないフルプレートメイルを纏った巨体だった。
「ワールドラーグ……!」
「お前の考えを当ててやろう。お前をここに引き離している間にパラディンのお嬢様を狙う気……とでも思ったんじゃないか?安心しろ、用があるのはお前だけだ」
「そんな言葉、真に受けると思うか⁈」
アイリス達がドミングスの秘密を暴こうとしたタイミングでの襲撃。いくら何でも都合がよすぎる。これに裏がない等と言い切る事が本当に出来るだろうか?
レイトの心中を察したのか、ワールドラーグが可笑しそうにクックッと笑った。
「本当さ。俺たちの目的は、あまりに脅威度が高くなり過ぎたお前たち……『仮面ライダー』の排除、それだけだ。という訳で……いい加減、消えて貰おうか!」
叫ぶなり、ワールドラーグが素早く襲い来る。ディライトは脚をバネの様に屈伸させると、後方に跳躍する。悔しいが近接戦闘ではあちらに一日の長があるのは疑いようがない。この場を切り抜けるのに最適な霊薬の選択は———と、考えを巡らした所で、視界の端に何か巨大な影が侵入してきた。
あの巨大な鎧だった。2.5ハンズはあろうかという巨体にもかかわらず、こうも素早く上空へと飛び上がって来るとは。しかも、右手に握られた長大な斧槍をなんと片手だけで振り上げている。それだけで、この鎧姿が相当に危険な存在だと直感した。
「………っ‼」
咄嗟に後方へ手を伸ばし、家屋の屋根を掴んでスイング移動を行う。空振った斧槍の刃先が地面を轟音と共に抉り、その余波だけでもディライトのマテリアメイルがビリビリと震える。予測通り、とんでもない力だ。あんなのを喰らったらひとたまりもない。
〈ウォーター‼ファンタスティック!躍動のレシピ‼〉
「エレメントチェンジ‼」
〈オールセット、ディライト!フリーズダウンスクラプター!レイザードナイツ‼〉
ディライトの体が青のファンタスティックヒットへとチェンジする。一対多数の状況で立ち回るにはやはりこの形態だ。ガンモードに変形させたトランスラッシャーと左腕のノズルブラスタを構え、敵に向けて一斉に水のエレメント弾を斉射する。
突如、鎧姿がワールドラーグの前に立ち塞がった。鎧の全身にエレメントの弾丸が直撃し、無数の小爆発が咲き乱れる。だが、それらを受けてもなお鎧は小動もせずに立っていた。
「庇ってくれるとはお優しいじゃねぇか、ホロウリーパーさんよ?」
「…………」
なんて奴だ……、とディライトが戦慄する。パワー、スピードに優れているにもかかわらず、恐ろしいまでの防御力を持っているとは。このホロウリーパーという敵がまるで、難攻不落の要塞の様に思えた。
「ユニオ、戦えるか⁈」
「誰にモノを言ってやがるっ」
レイトの叫びに応じて、ユニオンスティンガーが疾駆する。その体が瞬時にユニコーンモードへと変形し、鋭利な一本角を前方へと突き出した。
「これで2on2ね。フェアプレーと行きましょう、坊やたち」
「ほう……。馬1頭増えたくらいで何が変わるか……存分に見せて貰おうか」
「俺たちを舐めるなよ……。速攻で終わらせてやる!」
右手のトランスラッシャーをソードモードへと変形させ、更にノズルブラスタを開放し、氷を槍の形へと精錬する。双刃を携えたディライトの目が、相対する2体の敵へと激しく睨みつけた。
◇◇◇◇◇
「慌てずに、ゆっくりと入って下さい。女性と子ども、ご老人の方々が優先です」
「怪我をしてる方は門を入ってすぐ脇の救護所にお願いします!」
「皆さんが入れるだけのスペースはありますから!慌てずに、ご協力をお願いします!」
デブリーター襲撃に伴い、リンネの住民達がパニディエラ家の館へと避難してきていた。街が造られて以来、大きな襲撃事件などを経験した事が無いリンネの人々だったが、さほど混乱もなく行動できているのは、ひとえに荒事に慣れたヒュペリオンの少年少女達が、避難遂行のオペレーションを実行してくれているからだった。その点は大変有難かったが、一方でその為に彼らを戦闘支援に派遣できないでいる、というのもまた事実だった。
今でも屋敷の外からは時折、戦闘の轟音が響き渡り、その度に民のそこかしこから悲鳴が上がっている。アイリスとしては今も街のどこかで奮戦しているレイトのサポートに向かいたいところだったが、それはサクラから強硬に止められていた。
『タイミングが良すぎると思わない?もしデブリーターとあのクソ領主が繋がってるとしたら……狙われるのは私達とアイリスよ。今は迂闊に動かない方がいいわ』
最もな話だった。だからこそ今はこうして、領主家の人間として民たちの不安を解消する事に専念すべし———だが、そうは思っても逸る気持ちが消えてくれる訳でもないのだ。
「アイリス様……何が起きてるのかねぇ……?ここに来る前に人間みたいな、怪物みたいな奴らに襲われたんじゃが……」
「今はまだ調べているところです。もう少しここが落ち着いたら、私も出てみますね?」
「…そうか、アイリス様は神聖騎士に任命されたんだものねぇ……。頼むよ」
そうして住民達に声を掛けながら、彼らの不安が解消されるように努める。それは父母譲りの領主家に生まれた者の責務と捉えているが、しかし一方でそれだけでいいのだろうか?と何かが
罪悪感の様なものなのだろうか……?と思う。サクラの言う事が正しければ、この襲撃を招いてしまったのはアイリスとも言える。仲間たちを助ける為にした事を後悔するつもりは全くないが……否、だからこそその責任は自分自身で拭わなければならないのではないか?と思ってしまう。
この街を飛び出したあの日、ゼオラを置いて行くしかできなかったあの夜、確かに決めたのだった。全ては無理かもしれなくとも、この手が届く限りの命を掬いあげて、この世界に希望の足跡を刻み付ける事を。だが、こうして剣や鎧を封じてしまえば、後に残されるのはどこまでも無力な自分………。
———もし、私でなかったのなら…?
———ここにいる人々に希望を与えて、レイトの下へ駆けつける事ができていたのではないか?
———かつてここに滞在した事がある、神聖騎士の様に、私が………。
堂々巡りの思考が沈みかけた刹那、大腿部の辺りに微かな振動が伝わってきた。スカートのポケットに手を差し込むと、案の定ジャイロシェルフィーが着信を告げていた。送信元のチャンネルは0番———マヤだ。貝型の伝話器を開き、耳に押し当てると『アイリィ、聞こえる⁈』と慌てた声が飛び込んできた。
「落ち着いて、マヤ。どうかしたの?」
『気を付けて!外の防衛ラインが突破された!アイツ等あんな事まで———』
マヤが全てを伝えきる直後、ガラス窓を打ち破り、何者かが屋敷内に飛び込んできた。悲鳴を上げる人々を庇う様に、アイリスとヒュペリオン達がそれぞれ臨戦態勢をとる。
3体のジェヴォールトデブリーター———だが、体に纏わりつく装甲はやや軽装で、頭部にはまるで顔を隠す様なフードが取り付けられている。武器も左腕のガントレットに加えて、ククリと呼ばれる鉈の様なナイフを両手に握っていた。
アイリス達の知るところではないが、よりスピードと隠密性に優れた、ジェヴォールトデブリーター・タイプβと呼ばれる個体だった。
「…銀色の髪の少女……神聖騎士、アイリス・ルナレスだな?」
構えたナイフを光らせながら、デブリーターがゆっくりと少女に問うてきた。
「我々の任務はヒュペリオンと仮面ライダーの抹殺だ。大人しくそ奴らを引き渡すのならば、この街の住民達は見逃そう……選ぶがいい」
「…そんな事……する訳ないでしょう‼」
〈BLADE LOADING…!〉
緊急時に備えて装着したままになっていたベルトに薬瓶を挿し込み、愛刀のパーラケインを出力する。聖銀の切っ先をデブリーター達に突きつけながら、アイリスは決然と宣言した。
「あなた達の目的がなんであれ、ここにいる人達を傷つけるつもりなら、容赦しないわ。切り刻まれたくなかったら……今すぐ消えなさい‼」
本当の自分がどうであれ、今の自分は神聖騎士……。ただ胸中に小さく宣言し、アイリスは決然と目の前の敵を睨み据えた。
◇◇◇◇◇
———コイツ、今なにをしやがった⁈
ハイルの驚愕が、仮面の内に隠されて胸中にだけ木霊する。こうして素顔を隠して戦う事の利点は、相手にこちらの心中や動向を悟らせない事にあると思うが……それは相手も同様だ。
ヴェノムアラークが再び、大仰な動作で両腕を振るう。直後、再び風が鋭く鳴る様な音が一瞬響く。ソーディアの強化された感覚がそれらを敏感にキャッチし、思わず横跳びに躱すと、背後の柱が音もなく切り裂かれるのが見えた。切断面は信じられない程、鋭く深い。例えどれだけ業物の刀剣を持ってしても、あそこまでのものにはならないだろう。
「まさか、魔剣……?いや、違うな。そんな気配はねぇ……。…おっと!」
だが、敵も考える間を与えてはくれない。ヴェノムアラークの背後に控えていたジェヴォールト達が一斉に躍りかかってきた。
「クソッ…!いつも数ばかりゴチャゴチャと!いい加減、シャラくせぇ!」
ジェヴォールトの集団戦術はしっかりと訓練されたもので確かに厄介だが、こうも立て続けに戦い続ければ、いい加減パターンくらい見抜けるようになる。何よりも、今のハイルの強さはこれまでとは比較にならない。
デウスカリバーⅡの刀身に備え付けられたアブレイシブスターターを2回コッキングする。
〈ミドル・アブレーション‼〉
———魔剣開放、我流・ドリフト、シフト・ウィリー!
〈テリフィング・ミドル・ストラッシュ‼〉
躍りかかって来た1体の剣戟を咄嗟に横に躱すと、その回転を生かしたまま背後を一打する。ダウンの手応えを確認し、そのまま脚に一気に力を込め、残りの2体に向けてソーディアは加速した。敵の1体に肉薄すると、振り上げたデウスカリバーがその体ごと空中に斬り飛ばす。そのまま狙いをもう1体の方へとシフトすると、落下エネルギーごと斬撃をその脳天に叩き込んだ。
僅か数瞬の間に、3体のジェヴォールトデブリーターは沈黙した。立て続けの魔剣術は身体にかかる負担が高いが、今は気を緩める暇はない。案の定、小さく風鳴りの音が響くのが耳に入り、ソーディアは即座に跳躍した。地面に鋭い刃の様な痕跡が刻み込まれるのが見えたが、やはり何が放たれたのかを見破る事は出来なかった。
「フン。やはりジェヴォールト程度ではもう相手にならんか」
「…随分な言い草だな。アンタの部下なんじゃねぇのか?」
「生憎、使えん駒に同情する程、感傷的ではないのでな」
「チッ、気に入らねぇとは思っていたが……やっぱりテメェとは絶対に相容れねぇ……」
仮面の奥底を怒りの色に染め、ソーディアが深く腰を落として剣を構える。だが、敵の攻撃手段が何なのか未だに掴めていない。この状況下で迂闊に飛び込むのは危険だ。何としてもあの斬撃の正体を特定しなければ。
ハイルは頭を巡らせる。風切り音が鳴っているという事は、恐らく物理的な攻撃手段である事は間違いない。だが、ソーディアの強化された視力を持ってしても捉えられないという事は、斬撃が目に見えないか、それとも猛烈に速いかのどちらかの筈だ。
目に見えない刃……例えば風の霊薬を駆使して意図的に真空状態を作り出しているとは考えられないだろうか。……否、旋風が巻き起こす気圧差はごく小さく、例え人為的に生み出したとしてもあそこまでの切れ味を発揮するとは考えにくい。第一、その方法で狙った場所をあそこまで正確に斬撃するのは不可能な筈だ。
ならば、速度の方だ。斬撃の射程の長さから刀剣類ではないし、ましてや手裏剣の様な飛道具とも考えにくい。敵の姿は横配列に並んだ目に、背部にはマントの様に並んだ脚。それから考えられるのは———。
「…そういう事か……。試してみるか」
独り言ち、デウスカリバーの刀身スイッチを3回コッキング。
〈テリフィング・フィニッシュ・ストラッシュ‼〉
———最大最速の剣技で、お前の攻撃を見切ってやる。
———魔剣開放、我流・ニトロ‼
剣を腰だめに構えたまま、ソーディアの体が一直線に加速する。対するヴェノムアラークも両腕を振りかぶると、ソーディアを睨み据え、腕を一気に振り下ろす。あの速度域では容易に停止する事は出来ない筈。不可視の刃がソーディアの体へ殺到するのをヴェノムアラークは確信した。
だが。
———見切った!
「そこかぁっ‼」
裂帛の叫びと共に、稲妻の如き居合切りが放たれた。破邪のエネルギーを秘めた刃が、ソーディアに迫りつつあった不可視の斬撃を捉え、確かな破壊の手応えを伝える。何かが砕け散る音と共に、無数の金属片が地べたへと落ちていった。
「ほう……。私の攻撃を見破るとは……なかなかに大した男だ」
「そりゃどうも」
仮面の奥でハイルがニヤリと口の端を吊り上げる。
「鞭……いや、
ワイヤー。錬真技術の発達と共に、金属から線を作り出す研究は随分昔から進められていた。楽器の弦や建築・土木の分野でもその技術は広く使用されている。便利な技術であることに間違いはないが、その硬度から人体に傷を負わせてしまう事もある。
「昔、その硬さを利用して切断道具に加工できねぇかと思った事があったんだが……強度とか
蜘蛛が放つ糸の強度は鋼鉄の5倍以上、加えて伸縮性も相当に高いと来ている。このヴェノムアラークという蜘蛛男は恐らく錬真術でその糸の性質を取り込んだワイヤーを作り出す事が出来るのだろう。
ヴェノムアラークがクツクツと愉快そうに肩を震わせた。
「いやはやどうして……頭の切れる男だな。ここで殺してしまうのは惜しい」
「暢気に笑ってられる状況か?てめぇの攻撃はもう封じられたぞ」
ヴェノムアラークが放つ切断ワイヤーの先端には、金属製の錘が取り付けられていた。それによって急速に加速させられた鞭の速度は音速にも近くなる。ワイヤーがただでさえ細く目視困難な事もあって、まるで不可視の斬撃の様に見えていたという訳だ。
これを見切る為にソーディアは己の身体能力を極限まで上昇させる事にした。身体の動作速度を上げようとすれば、肉体強度やパワー、更には思考速度や感覚に至るまで同時に上昇させなければならない。最速の居合切りを放つ為に強化された諸感覚は、音の速度で飛ぶ鋼線を正確に捉え、見事にそれを打ち破った訳だ。
先端の錘さえ破壊してしまえば、物体を切り裂く程の速度は出せず、斬撃は封じられたに等しい。だがそれでもヴェノムアラークは不遜な態度を崩そうとはしなかった。
「たかがオモチャを1つ封じた位で……それで勝てると思ってる訳でもあるまい?」
「へぇ。じゃあ次はどんな大道芸を見せてくれんだ?操り糸か?それとも風に乗って空でも飛んでみせるかい?」
「糸遊びなど、私の能力の1つに過ぎん。蜘蛛の力の真骨頂は毒にこそある。それを応用すればこの様な事も……」
転瞬、ヴェノムアラークの背部の脚が左右に勢いよく展開する。それらはまるで意思があるかの様に稼働すると———次の瞬間、先端の爪が倒れ伏したジェヴォールト達の体に突き立てられた。
「…………っ⁈」
「ぐ……ぐぅおぉぉぉぉぉっっっっ!!!??」
突き立てられた脚から何かを注入され、ジェヴォールト達が苦悶の声を上げて地をのたうち回る。だがそれも数瞬の事、全身から濛気を立ち昇らせ、3体のジェヴォールトデブリーターがゆっくりと立ち上がった。全身のケーブルラインが血の様な赤色に染まり、その双眸もハイライトが消え、血の一色に染め上げられていた。まるで理性をなくした様に、息荒く威嚇の唸りを上げる様は、どう見ても人の意思は感じられない。正しく人型の獣そのものだった。
「てめぇ……一体何をしやがった⁉」
「毒物投与による、身体増強……。珍しい話でもあるまい?」
「麻薬投与か……⁈それが……それが組織の長がする事かっ‼」
「見解の相違だな。勝つ為にあらゆる手段を尽くすのが、長たる者の責務であろう?……やれっ‼」
ヴェノムアラークの命令を理解できる程度の知性は残されているのか、命令に従い、強化されたジェヴォールトがソーディアへと一斉に躍りかかっていく。強化された、と言っても薬物によって理性を破壊されているらしい彼らに今まで通りの集団戦術は使用できない。だが、ヴェノムアラークの毒は戦闘本能を刺激し、著しい興奮作用を生みだすものらしい。
恐れる心を失くして、デブリスの様な戦うだけの獣へと堕としてしまうという訳か……。考えるだけで虫唾が走る!
「ふざけやがって……。ぜってぇ許さねぇぞ‼」
迫りくる攻撃を素早く躱し、すれ違いざまにデウスカリバーの斬撃をその胴部へと刻み付ける。彼らの立場に同情は禁じ得ないが、だからと言ってみすみす己が命を差し出してやる程、ハイルはお人好しではない。
「こんな事で……俺を止められると思ったら大間違いだぞコラァッ‼」
———魔剣開放、我流・ドラッグスター‼
剣を水平に構え、相手の突進速度に被せる形で放たれた神速の突き。鍛え抜かれたハイルの剣腕によって、魔剣の切っ先がジェヴォールトの肩口へとめり込み、その体を一気に吹き飛ばす。これで2体に致命傷を与えた。残りは1体———!剣を握り直すソーディア。だが、突如背後から獣の如き気配が膨れ上がったのを感じた。
「グギャアァァァァァァッッッ!!!」
「なんだと……っ⁈」
先程、一撃をくれてやったジェヴォールトだった。胴部は切り裂かれ、今も夥しい血がそこから溢れ出ている。どう見ても致命傷を与えた筈なのに、正規の薄い瞳は、しかし今もソーディアをしかと睨み据えてギラリと輝いていた。
更に、先程突撃を見舞った筈のジェヴォールトまで、手の爪を振り上げて襲い掛かってきた。こちらも攻撃を受けた左肩が千切れかかっているにも関わらず、全く意に介した様子がない。その姿はもはやアンデッドタイプのデブリスか何かの様だった。
「コイツら……まさか痛みを感じないのか……⁈」
「ご名答。しかも……」
ジェヴォールトの爪が石畳に降り下ろされると、あろうことかその表面を激しく抉り飛ばした。前とは比べ物にもならないパワーだ。どうやらヴェノムアラークの毒物には筋力を増強させる効果も含まれているらしい。
……否、それ以上に理性を奪われ、痛みを感じないからこそ、肉体に課せられた制限を超えた力を発揮できるのだ。何が何でも己の生命を守ろうとするからこそ、命あるもの全てに備わる無意識のリミッターの様なもの。それがない今、確かに彼らは最強の戦闘単位たり得るかもしれない。正しく、生命の理を大きく逸脱した、あのデブリス達の様に———。
「防戦一方だな!」
「な……っ⁉しま———」
気付くと懐にヴェノムアラークが肉薄していた。鋭い掌底突きがソーディアの胸板を貫き、後方へと大きく吹き飛ばす。壁に叩きつけられるも、即座に体勢を立て直そうとする———が、ヴェノムアラークの胸部装甲が開閉し、そこから発射された糸の塊がソーディアに絡みつき、その体を壁に固定してしまった。
「クソ……!何だコリャ……⁈」
「オモチャを1つ封じた位で勝った気でいるなと言ったろう?さて……どう調理してくれようか……」
ヴェノムアラークが背部の脚を動かしながら、ゆっくりと歩み寄って来る。このまま身動きが取れないソーディアに毒でも注入する気でいるのだろう。何とか逃げ出したいところだが、今のソーディアのパワーではこの拘束用のウェブから逃れる術はなかった。
———そう、あくまでも、今のソーディアには、だ。
「ハァ……切り札は隠しておきたかったんだが……そうも言ってられねぇな」
ソーディアの手が動き、デウスカリバーの剣先からライトブレードソードラッグを引き抜く。そのまま薬瓶をクルリと回転させ、反対側の接続口をスロットに押し込んだ。
〈バスタード!テリフィック!蛮壊の魔剣!〉
「なに……?」
「悪いな……。仕切り直しだ‼」
仮面の奥の顔を不敵な笑みに染め、ソーディアは再度スイッチを押し込んだ。
〈ブレイク‼〉
それを合図に、ソーディアの各部装甲が一斉に分離する。脚部のアンクレットがそのまま前腕の装甲と入れ替わり、そのまま手甲状のシールドの様に変形する。胸部のライダークレストが外れると、それはそのまま左の肩へと移行。代わりに背部の装甲が胸部へと移り、その印象を大きく変える。最後に頭部の一本角が前方を向き、ソーディアの形態変化が完了した。
〈怒張剣抜!ソーディア、ツヴァイハンド‼〉
「貴様……‼」
「うおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!」
裂帛の叫びと共に、ソーディアの全身に力が漲り、なんと圧倒的な強度を誇る拘束ウェブを引き千切った。驚愕するヴェノムアラークの顔面に拳がめり込み、その体を大きく吹き飛ばした。
「ぐあぁぁぁぁぁっっっっ⁈」
「へッ……やっと悲鳴を上げてくれたな。ざまぁ見やがれだ」
これがソーディアの切り札の1つ。仮面ライダーソーディアは使用するソードラッグの挿し口を変える事によって、ディライトと同様にその能力と姿を変える力を持っていたのだ。
普段の姿が軽量な装甲を有し、スピードに優れた『ライトブレード』と言う。そして、今の形態は『ツヴァイハンド』。ライトブレードの対となる、装甲とパワーに優れた形態だ。
「さぁ、始めようぜ。ここからが……第2ラウンドだ‼」
さてさて、暫くずっと戦ってなかったので、今回と次回はほぼずっと戦って行きます。
何気にヴェノムアラークの初戦闘となりました。モチーフは予想されていた方が多かったですが、変に捻る事なく蜘蛛です。蜘蛛モチーフの怪人というと、毒や拘束糸を使った攻撃が思い浮かぶと思いますが、何気にワイヤーによる斬撃攻撃というのは珍しいと思っています。
そして、ソーディアの新形態も登場しましたが、文字数の関係でここまでです。次回でこのサーガが終了となります。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではっ。