仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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今回でSaga12が終了です。
どうぞ、ラストまで目を離さずに……。


Saga12 選択~ポイント・オブ・ノーリターン~③

◇◇◇◇◇

 一体何が起こっているのか。

 夜更けに突如襲来し、今もここパストールの城壁外で暴れまわっている正体不明の怪物への対応に右往左往する衛兵たち。彼らがその背後で繰り広げられていた領主とヒュペリオンの抗争に気付くより前に、更なる激震がパストール全域に追い打ちの如く襲い掛かった。

 

 ズゥン、という雷鳴の様な響きと共に地面が大きく揺さぶられ、パストールの住民全員がその場に倒れ込むほどの衝撃が全域に走り回った。ゼオラ・ユピターの変異をトリガーとして、地下の水道パイプに仕掛けられていた爆薬が一斉に起爆したのだった。

 通常、大きな特区では地下には各所に水を届けるパイプラインが設置され、それが領内中に張り巡らされている。だが、それは裏を返せば領地中に空洞が生じているという事でもあるのだ。利便性によってもたらされる表裏一体の脆弱性を突かれ、住民たちの生命線とも言えるこの設備が、正しく街の急所として機能してしまったというのは皮肉としか言いようがないだろう。

 

 錬真技術の発達が齎したその混合爆薬は、単体でも特区の城壁を打ち破るほどの凄まじい威力を発揮する。起爆と同時に解き放たれた高熱のエネルギーがパイプライン中に衝撃を走らせ、それでもなお収まりきらない分が地面を突き破って外へと溢れ出していった。

 地表面の砂礫が舞い上がると同時に、今度は立つ事も出来ない程の衝撃がパストールの全領域に広がっていった。人々は倒れ伏し、家屋がまるで飛び上がるかの様な激震に晒されるが、それならばまだいい方だった。爆心地に近いエリアにいた住民たちは膨れ上がった衝撃波に五体を切り裂かれ、今際を感じる暇もなくその命脈を断たれる事となった。更に放出された熱波によって家屋が瞬時に引火し、衝撃波に晒されたものはあっと言う間に瓦礫となって領地中を覆いつくしていく。かつての国家間戦争時代からこの地に聳え立ってきた巨城もその影響からは逃れられず、破壊された地下構造体からジワジワと崩壊が押し進められていった。

 

 破壊された水道管から吹き上がった水が領地全域に広がっていき、地表の泥濘と混じり合って、人を、建物を次々と飲み込んでいく。そしてその直上では、熱波と入り混じった衝撃波が、燃える暴風と化してパストールの生きとし生ける者を残らず狩りつくす。そんな終末じみた光景と共に、パストールという街の崩落が着実に進行していった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 怪物の爪がギラリと輝き、暗闇の中に光の尾を照らす。転がる様にして身を躱すと、爪撃が石畳を砕き、破砕の轟音を撒き散らす。獲物を仕損じた怪物がグルル……と悔し気に唸るのが分かった。

 

「クソ……!やめろゼオラ!なんでこんな事を———‼」

「ガアァァァッッッ‼」

 レイトの制止も聞かず、ゼオラだった怪物は我を忘れた様に咆哮し、尚もかかってくる。先程響いた爆音からこの地下牢も随所で崩落が始まっていた。話が通じないなら、この場をなるべく早く切り上げなければ。

 

「…やるしかない。変身‼」

〈ミスリックナイツ‼〉

 

 レイトの体がディライトへと変化し、抜き放ったトランスラッシャーで怪物の爪を受け止めた。舞い上がった火花がディライトと怪物の姿を明々と照らし出す。その一瞬でディライトの強化された視覚が怪物の詳細な姿を捉えた。

 

 短い体毛に覆われたしなやかな体つきと脚の形状から恐らくビースト系。だが、胴部から突き出ている人間の様な頭と鋭い針が輝く尻尾。アイリスの手記の中に描かれていた、似た特徴を持つ怪物の姿をレイトは思い出した。

 

「マンティコアか……!だとすると、要注意ポイントは……」

 

「ギアァァッッ‼」

 怪物———『マンティコアデブリーター』がディライトの胴部を強かに蹴り飛ばす。よろめいたディライトに向けて尻尾がユラリと垂れ下がると———そのまま意思を持っているかの様に、猛烈な勢いでディライトへと迫ってきた。

 

 トランスラッシャーの刃が尻尾の突進を弾き飛ばす。軌道が逸れた尻尾はそのまま天井に突き刺さるが、瞬間その箇所が煙を噴き上げて融解し始めたではないか。ディライトの背筋に戦慄が走った。

 

「石も融かすのかよ……⁈あんなの喰らったらひとたまりもない……」

 

 人の頭に獣の身体、更にサソリの尻尾を持つ怪物———その名も『マンティコア』。その不可解な姿から未だに分類がはっきりしないこの怪物は、だが人喰いの名が示す通り古くから人類に大きな脅威として君臨してきた、危険度の高いデブリスの1体だ。

 

 その危険性の1つとして挙げられているのが、やはり尾に含まれている猛毒だ。その毒だけで小さな集落を壊滅させてもまだおつりが来る、と言われているが……このデブリーターが持つのはそんなレベルではない。とにかく、当たらない様にご用心……と覚悟を決めて素早く後方に飛び退りつつ、ガンモードに変形させたトランスラッシャーのトリガーを引き絞る。

 発射された光弾が光の流星となってマンティコアへと殺到する———が、怪物はそれを紙一重で躱し、そのまま勢いを殺す事なくディライトへと突撃してきた。ただの怪物では考えられない、明らかに専門の訓練を受けた者の動きだ。ディライトが仮面の奥で臍を噛んだ。

 

 今まで相対してきたワーウルフやゴーレムといったデブリーターは、ただの素人が変身したものだった。だからこそ付け入る隙もあったのだが、この怪物は紛れもない戦いのプロフェッショナルだ。それが人間を超えた力と必殺の武器を携えて迫ってくる。その事が如何に驚異的か、レイトにもよく分かる。

 

 それになによりも……この怪物の中身はゼオラなのだ。何がどうして彼女が怪物となって自分に牙を剥いてくるのか……それは分からないが、今は一刻も早く彼女を倒して元に戻すしかない———。だが、分かっていても、そう簡単に心が決まる筈もないのだった。

 

 マンティコアの胴部に仕込まれた“顔”の口腔から、再び絶叫が迸った。マンティコアの武器の1つである、『ノイジーハウリング』という奴である。通常は遠方の敵に向けて自らの存在を警告する為に用いるものと言われているが、このデブリーターが放つ叫びは脳や聴覚神経へのダメージを与える事を目的としたものへと特化している様だった。怪物の特性を兵器として昇華させたデブリーターらしいと言えるが……その叫びがどこか悲鳴の様にも聞こえてしまい、戦いにくさに拍車がかかる一方だった。

 

「はあぁぁっっ!」

 トランスラッシャーがマンティコアの胴部に振り下ろされるが、そこに植わっている顔を目にすると、どうも剣閃に乱れが生じる。デブリーターもそれを分かっているのか、腕を持ち上げて攻撃をガードする。怪物の硬質な皮膚組織に阻まれて、剣がカキン!と乾いた音を鳴らす。そのままカウンター気味に剣を弾き飛ばされ、よろめいたディライトの胸板を思いきり蹴り上げられた。

 

「クソ……!止まれ…止まってくれよ、ゼオラ!」

 

 何とか受け身を取りつつ、落ち着け!と己を叱咤する。これまでもデブリーターと化した人間たちと何回も対峙してきたではないか。ミスリックナイツの力ならば怪物を倒して、中のゼオラを無傷で救い出す事ができる筈なのだ、と思う。だが……今回、彼女は体にデブリドラッグを挿した訳でもなく、あの注射器の様なガントレットを使用して変身した訳でもなかった。もし、それで彼女を戻す事が出来なかったら?もし、彼女に深刻な怪我を負わせる様な事になってしまったら?どれだけ嫌な想像を頭から振り払おうとも、巣食った予感はなかなか頭から離れてくれないのだった。

 

「グルッ!」

「なっ!しまった———!」

 その隙を逃さず、怪物の尻尾がまた稼働し、ディライトへと殺到した。避ける隙も与えず、致死性の猛毒を宿した針がディライトの胸板目掛けて突撃する———。

 

 転瞬。

 暗黒の空間に何かが煌めき、マンティコアの尻尾を弾き飛ばした。そして、ディライトとマンティコアに間に何者かがスタリ、と降り立つのが分かった。

 

「よぉ。情けないんじゃないのか、レイト?」

「…っ!ハイルか⁈」

 

 揶揄う様な声で語りかけてきたその姿はハイル・ランドナー———仮面ライダーソーディアで相違なかった。

 

「…良かったぁ、生きてたんだな……。ずっと連絡がつかなかったから心配してたんだよ」

「悪いな。デブリーターの襲撃にあってネイバーラントが堕ちた……。そのどさくさでこっちのジャイロが全部壊れちまってたんだ。マヤに今度はもっと頑丈に作れって言っとけ」

「…ネイバーラントが堕ちた⁈それじゃ……他の皆は……?」

「安心しろ。砦にいた奴らは全員無事だ。教会の調査団の方々もひっくるめて……な」

 

 レイトはホッと息をつく。ヒュペリオンの年少組たちが無事だった事は何よりも喜ばしいし、調査団が無事であったのなら、今まで公の場に姿を現さなかったデブリーターの存在を白日の下に晒す事が出来るはずだ。ソーディアもそれが分かってか、フンと不敵に鼻を鳴らした。

 

「…で?コイツはなんだ?さっき、ゼオラって呼んでやがったが……」

「その通りだよ。ゼオラが急にもう戻れないって言いだして……あのデブリーターに変身したんだ」

「チッ……アイツめ、また血迷った事を抜かしやがって」

 

 ソーディアが舌打ちすると共に、デウスカリバーⅡの剣先をマンティコアに向けて構える。怪物は喚く様な声を上げながら、爪を振り上げて突進してきた。獣の筋肉に支えられた鉄爪がデウスカリバーとぶつかり合い、激しく火花を明滅させる。仮面ライダーとしてディライト以上のパワーを持つソーディアは剣を振り上げ、マンティコアを吹き飛ばした。だが次の瞬間、怪物の尾が股下から伸びてソーディアへと襲い掛かった。

 

「ハイル、尻尾に気を付けて!毒がある」

「分かってら!」

 ソーディアが巧みな足捌きで迫りくる尾の猛追を躱す。だが、それでもなお信じられない程の執拗さで毒針はどこまでも伸展してソーディアを追い続けた。

 

「しつけぇな!ならこれはどうだ!」

〈ラフ・アブレーション!テリフィング・ラフ・ストラッシュ‼〉

 ———魔剣解放、我流・ソーイング!

 

 ソーディアが剣を腰だめに構えて加速した。爆発的という程ではないが、この技の特性は変幻自在の足運びにこそある。前へ、横へ、背後へ。あらゆる方向に瞬時に移動を行いつつ、即座に剣戟へと派生するその様は、正しく空気中に放電された雷そのもの。場所がこうした狭い空間であるならば、その優位性は一層強くなる。床・壁・天井を縦横無尽に走り回るソーディアがマンティコアの背後を取った。振り向く暇も与えず、デウスカリバーⅡの刃が怪物の背部を斬りつけた。マンティコアが絶叫を上げ、血飛沫が舞い上がった。デブリス細胞を滅する力を持つ、浄化の刃だ。一応ゼオラの事を案じて威力は最低で放ったが、果たして———。

 

 だが。

 

「……っ?!しまった、コイツは———!」

 ソーディアが首元を抑えて苦しみだす。斬撃で巻き上げられたのは血ではなかった。それら全てが鉄をも融かす、マンティコアの致死性毒なのだった。

 

 ソーディアの体の各部が煙を上げる。デウスカリバーに秘められた特性『絶対守護』の影響で毒の効果は相当減衰された様だったが、それでも大きなダメージを受けた事に変わりはない。石畳の上に膝をついたソーディアを睥睨したマンティコアが尻尾を大きく横薙ぎに振るった。ソーディアの体が吹き飛ばされ、石壁へと叩きつけられた。

 

「ハイル⁈」

「…平気だ……!それよりさっさと決めろ……。いよいよ時間がねぇ……!」

 

 確かに崩落が先ほどよりも進行している様だった。このままではここにいる全員が押し潰されてしまう。確かに迷っている暇はなかった。心の迷いを振り切り、ディライトは立ち上がった。

 

「…疑うな。必ず、出来ると信じろ!」

〈ヴァリアントシュート‼〉

 

 トランスラッシャーの銃口に風の霊薬が装填される。霊薬のエネルギーが全てチャージされるとトリガーを引き絞った。暴風の力を秘めた弾丸がマンティコアに直撃する。普通の人間であるならば五体を千々に引き裂かれそうな程の威力の風圧だが、怪物は両手をしっかりと地面につき耐えた。だが、その隙を見逃さずディライトは駆け出していった。

 

〈エブリッション!ヴァリアントフラッシュ‼〉

「せぇりゃぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 身動きの取れないマンティコアの胴部にディライトの拳打が直撃する。マンティコアの皮膚表面はまるで殻でも被っているかの様に強固で、この程度では揺るぎもしない。だがそれならば、何発でも打ち込むまでだ。

 2打、3打、4打……と拳がめり込み、その度にマンティコアの表面組織を剝がしていく手ごたえを感じている。このまま一気に……!と力を溜めた瞬間、ドォン!という轟音と共にディライトの体が後方へと吹き飛ばされた。

 

 何が……?状況を確かめようとする前に、胸部に鋭い痛みが走ったのを感じた。恐る恐る胸の辺りに目をやると……鋭い棘が深々と突き刺さっているのが見えた。

 

 転瞬、体中に激しい痛みが駆け抜けていった。まるで体内の血液が一斉に沸騰を開始した様な。臓物という臓物が一斉に掻き回されていくかの様な……。

 

「かはっ……!ぐはぁっ‼…う……うあぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

 

 ディライトが体中を痙攣させて床の上をのたうち回る。ディライトの胸に突き刺さっていたのは、マンティコアの毒針だった。あのデブリーターは自らの針をさながら砲弾の様にディライトへ射出したのだった。

 針の先端に充填されていた毒の量は僅かだったが、それでも人間を一瞬で殺すには充分な威力を持つ。「クソッ!レイト⁈」とソーディアが総毛立つ思いでディライトへと走り寄っていった。

 

 対象を仕留めた事で満足したのか、それとも崩落する城塞から逃れようとする生存本能か。マンティコアデブリーターはその場から逃走していった。それを追う事はせず、ソーディアは直ぐにレイトの状態を確認した。

 

「レイト!おい、聞こえるか⁈しっかりしろ‼」

「…………っっ‼……ぁぁっ!」

 

 毒に侵された影響か、ディライトの変身は既に解除されている。レイトは早くも顔面蒼白になり、全身がまるで(おこり)の様に痙攣している。目と口はまるでその機能を逸したかの様に開かれたまま硬直し、全身が一気に冷たくなっていく。医療知識のないハイルにもこれが相当にヤバい状況である事は理解できた。

 

「クソが……!死なせねぇ……。お前を絶対、こんなとこで死なせないからな……‼」

 

 レイトの体を抱え上げ、ソーディアは勢いよく崩れゆく地下道を駆け抜けていった。一度は消える事を覚悟したこの身だが、レイトの奮戦があって今のハイルはここに立てている。それに報いる為にも、どれだけ身の危険に晒されようとも、彼を置いていく気などさらさらない。

 

 最後まで諦めるな、だろ?俺も仲間達もそんなお前らに引っ張られて、今もこの世に繋ぎ止められている。だから、今度は俺が何としてもお前をこの世に繋ぎ止めてやる……!

 祈る様な思いで、先の見えない暗がりを、しかし前だけ見つめてソーディアが走っていく。どれだけ崩れそうな道のりでったとしても、この世に縮まらない距離などないのだから。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 夜が明ける度に、もうこれまでの日々は戻ってこないのだという事を強く実感する様になった。昨日下した決断は、昨日の日付と共に取り返しのつかない場所まで行ってしまっている。過去は取り換えが効かない以上、その時々で最善と思える決断を下していくしかない。その事は十分わかっていた筈なのに……。

 父が死んでからというもの、付き纏う不安感がいつまでも消えてくれない。今だって、彼らを送り出した決断が本当に正しかったのか、確信が持てなくなってきている。

 

 お願いだから、無事に帰ってきて欲しい。敵の正体など不明確でも構わない。ただ、これ以上手の届かないところに大切な人たちが言ってしまうくらいなら……!

 

 祈る様な思いで東の空を見上げるアイリスに「なぁに?また寝てなかったの?」と声がかけられた。

 サクラだった。リンネの衛士服に身を包み、スタスタとこちらへ歩いてくる。パストールの捜索に出向いて、しかしこちらの戦力を疎かにする訳にはいかない。だからこそ、彼女が率いている一番隊はパニディエラ家の護衛に残っていたのだ。

 

「責任感じてる……とか言うんだったら余計な心配よ。私たちは私たちの仲間の手掛かりを探しに行っただけ。アイリィが気を揉んだりすることないわ」

「…でも……自分が不甲斐ないです。こんな時なのに、ただ待ってるしか出来ないなんて……」

 

 もし仮に今回の事件が、バトレー・ドミングスによる復讐だとするなら、聖言権という嘘八百を並べ立てて、彼を追い落としてしまった事が全ての端緒と言えなくもない。勿論、あの行動を後悔する気はさらさらないのだが、それでもその一端に関わってしまった責任はある。だからこそ、戦う事を誰かに押しつけてここで傍観するしかできない我が身の不実が何とも居たたまれなかった。

 

「不甲斐ないって思う気持ちがあるなら、今はそれで充分よ」

 そう言ってサクラがゆっくりとアイリスの隣に立った。

 

「前にさ、私も元貴族の子女だったって話はしたじゃない?」

「……?ああ、そう言えばそうでしたね」

 

 サクラはかつて医業を営む貴族家の娘として生を受けたらしい。だが、後継者が死に絶えてしまった事をきっかけに他貴族に領地や財産を奪い去られてしまった過去がある……と、確かに前に話していた。そして、それは奇しくも今パニディエラ家が置かれている状況と似ている事に今更気が付いた。

 

「そ。父も兄達も皆、デブリス病に汚染された地域を救う為に医師団を作ってたんだけど……デブリスの襲撃を受けてそのままポックリ。…で、残された母親はそれがショックで、禄でもない貴族の男に気を許しちゃって……気付いたら何もかも奪われちゃったって訳。私が人買いに買われていった時も、バカみたいに気の抜けた顔してたっけ……」

「そんなことが……」

 酷い話だ、と思うがこの世界ではよく聞く話でもある。特区が持つ利権を巡り、この危難の時代に協調するどころか、そうした熾烈なマスゲームに明け暮れる貴族たちは珍しくもない。隣国のアネスタほど王家の力が強くなく、諸侯たちの権限が強いこの国ならではの話なのかもしれないが。

 

「…ま、腕っぷしは昔からそれなりにあったから、人買いどもを斬り捨ててさっさと脱走してやったけどね。でも、そこからはやっぱり転落人生よ。母親の事を考えて、寄る辺を失ったら立つ事もできない、あんな情けない女にはなるもんかって汚れ仕事でもなんでもやった。そんな時よ、ハイル君に会ったのは」

 

 大した後ろ盾もない元貴族家の娘が、外の世界に放り出されて生きていける道はそう多くない。慰み程度の剣腕でも相手の隙を突けばそれなりに立ち回れない事もなかった。だが、自分の足で進んでいったつもりであっても、裏世界という濁流に晒されている身で全てを自分で決めて生きてきたなどと言えるだろうか。返り血を浴び続け、心が荒み切っていたあの頃にハイルと出会えていなかったら今頃は……。

 

「力ってのは振るうべき時に振らなきゃ意味がない、そんなものはただの暴力だって……そう言われたんだ。まぁ、当時はカチンと来たけど、今ならそれが分かるな。あのまま無意味に剣を振るい続けてたら、きっと今頃生きてここにいられなかっただろうしね」

 サクラがそっと腰に宛がった片手直剣を撫でた。どこにでも出回っている民生品の片手直剣だが、ヒュペリオンの少年たちの手によって独自の改良が施された一振り。元の粗製な造りの剣と違って、彼女に合わせたチューンが各部に施されている。それがまるで正しき力の象徴であるかの様にアイリスには思えた。

 

「…まぁ、何が言いたいかって言うとさ、今アイリィが戦えないのは、力を振るうべき時が今じゃないからって事だと思うのよね。来るべきものが来る。その時までは耐えるしかないんじゃないかなって」

 

 来るべきもの。そんなものが本当にやって来るのだろうか?そんな時が来たのだとしても、自分はまたかつての様に雄々しく戦う事が出来るのだろうか?

 

 ——否、本当にそんな時は存在したのだろうか?

 ——だって自分は……。

 ——本当の自分は……。

 

「アハハ、なんだか慰めになってないね……」

 サクラが頭を掻きながら笑いかけた刹那、廊下が俄かに騒がしくなった。「な、なんなんですか一体……⁈」と声を上げるイーヴァの声が聞こえたと同時に、アイリス達がいる部屋のドアが無遠慮に開かれた。

 

「やぁ、アイリィ。お邪魔させて貰うよ?」

 いつも通り軽薄に笑うアトラーク・フォン・シドニアの顔がそこにあった。背後には黒衣の兵達———ヘヴンラウンズを引き連れていた。思わずと言った風に腰のブロッサ改に手を宛がったサクラをアイリスは目線で制した。

 

「アトラーク殿下……。こんな朝早くからご足労頂くなど……一体どんなご用向きでしょうか?」

「オヤオヤ、分かっていなかったかな?聡明な君なら察してくれそうなものだと思ったけどね。…コレ、見覚えがあるかい?」

 

 そう言ってアトラークが取り出したのは、黒い薬液が充填された注射器(シリンジ)の様な道具だった。瞬間、アイリスの全身に雷に打たれた様な衝撃が走った。そんな様を見て、アトラークが満足そうに頷く。

 

「見覚えがある様だね?なら、話は早い。…アイリス・パニディエラ。君を国家反逆罪で拘束させてもらう。具体的に言えば……パラディンの立場を騙り、国を乱そうとした罪と言えばいいかな?」

 

 パラディンの立場を騙った。

 その言葉にイーヴァとサクラが息を吞むのが伝わってくる。

 

「…な、なに訳の分からない事を言ってるのよ⁉アイリィが偽のパラディンだとでも言うの⁉アンタ一体、何を言って———」

「抵抗は無駄だよ。この薬品の効果は実証済み。大体、国家や教会に承認されていない薬物を製造していた時点で、罪は逃れ得ないよ?今は大人しくついてきたまえ」

「…アイリィ……?どういう事なの?答えなさい……」

 

 サクラの抗弁も、アトラークの冷淡な宣告も、母の縋る様な問いも、全てが頭上を素通りして消えていく様だった。俯き、声も上げられない我が身の無様をどこか他人事の様に感じながら、だが頭の片隅が冷静に理解していた。

 

 来るべき時が、遂に来てしまったのだという事を———。

 

 




次回予告

自分には手が届かない世界。だから、憧れた。
だが、夢見る時間はいつまでも続かない。暴かれた真実が、偽る者の心を抉り、残酷に突き付ける。
「もう戻る事はできない」のだと———。

…それでも、ヒーローは諦めない。

Saga13『ブートアップ~逆襲の勇者~』
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