仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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一週間ぶりです。
前回、遂にディライトがパワーアップを果たしました。Twitterでも言われていましたが、電子レンジがモチーフです。ディライトドライバーが、薬を煮立てるというイメージから、コンロをモチーフにしている為です。
これに限らず、ディライトのアイテム等は割に調理器具がモチーフになっている事があるので、暇な時にでも妄想してみて下され。

それでは、その活躍をどうぞ。


Saga13 ブートアップ~逆襲の勇者~③

◇◇◇◇◇

 ディライトの力を継承した時、自分に一体どの様な力が与えられるのかと問い質した。それに対してディライトと思しき声は、「力の在り様を決めるのはレイト自身だ」と返答したのだった。力の在り様を決める時、確かにその形を意識したのかは正直覚えていないのだが、果たしてディライトはレイトの心の奥底にあったヒーローのイメージ———仮面ライダーの姿として現世に出力された。

 ならばこそ、今の姿もメモリージングシステムが読み取った自分のイメージに依拠したものだという事になるのだろう。恐らくそれなら今レイトがいるこの世界にはひどく似つかわしくないこの姿も説明ができるというものだ。

 

 ディライトの新しい形態。名を『仮面ライダーディライト ミスリックレンジャー』という。通常のミスリックナイツの上から、『ブースタースケルトン』という強化外骨格を新たに増設する事によって完成したこの姿は、体の各部がメタリックで機械的な意匠を纏っている。レイト———現代の日本で暮らしていた日比野玲人にはともかく、この姿を正しく形容できる者は今この場にはいないだろうと思える。

 

「えぇい!たかが姿が変わったくらいで何だと言うのだ!貴様如きが……私の才覚を上回れるものかっ‼マンティコア、殺ってしまえぇっ‼」

 

 自分に理解できない領域が存在する。デブリーターの兵器研究者であるクリーデンスにとってその事が相当に不愉快なのか、口角泡を飛ばしてマンティコアに命じる。マンティコアが両腕の爪を振りかざし、ディライトへと突撃していく。

 強固な岩塊すらも切り裂く怪物の鉄爪がディライトのボディへと突き刺さる———が、その一撃はディライトの表面装甲によってあっさりと弾かれてしまった。マンティコアの一瞬の驚愕を感じ取ると、右腕を振りかぶり、その頭部を殴りつけた。後方へと大きく吹き飛ばされたマンティコアがそのまま地面を転がる様にして倒れ込んだ。

 

「君に刺された分は、この一発でチャラだ。もう終わりにしよう」

 

 ディライトが小さく独り言ちると、ライドレンジアッパーの左側に据え付けられたダイヤルを一回転させた。ベルトが〈メガワット‼〉と吠える。

 

 そんな声など届かず、マンティコアは尚も命令に従って立ち上がり、地を蹴立てて走る。それと同時に腰背部の必殺武器も展開する。目にも止まらない怪物のスピードと、まるで鎌首を擡げて前進する蛇の様な変幻自在の毒針がディライトへと迫りくる。

 だが転瞬、ディライトのプロテクターで覆われた足元が大きくその形状を変化させた。大腿部・下腿部の装甲板がせり上がり、中からパイプの様な機械———正確に形容するならロケットのブースターノズルが展開した。だが、そこから猛然と噴き上がったのはジェット噴射ではなく、光のエレメントエネルギーそのものだった。

 

 次の瞬間、轟音と共にディライトがマンティコアを上回る速度で加速した。変幻自在の尻尾がそれを猛追するが、全てはディライトに紙一重で躱され、掠める事さえ出来なかった。

 

「何をしておるこのグズめ!早くソイツを殺さんかっ‼」

 

 クリーデンスの檄に答えようと、マンティコアは身を翻して尻尾の反対側からディライトへと迫りくる。挟み撃ちにしようという腹なのだろう。だが、爪と針が突き立てられる直前にディライトが身を翻して空中へと跳んだ。脚のブースター『オーバーフライタービュラー』から更に猛然とエレメントが噴き上がり、その勢いのままマンティコアの尻尾を蹴りつけた。

 周囲の空気がビリビリと蠕動する程に猛烈な衝撃が尻尾の表面装甲をジリジリと削り取っていき———遂にそれに耐え切れず、尻尾は途中から寸断される事となった。岩をも溶かす猛毒が周囲に放出されるが、それすらもディライトが発する猛烈なエレメントエネルギーに当てられて、一瞬で蒸発してしまった。

 

 一番強力な武器を一瞬で破壊され、よろめくマンティコアへディライトが姿勢を整えて両脚のブースターを突き付ける。そこから噴き上がったエレメントの余波で、マンティコアとディライトの双方が後ろへと後退する。ブースターのエネルギーを至近距離で浴びせかけられたマンティコアの全身からブスブスと余熱の煙が立ち上って、苦悶する様に地面をのたうち回る。

 

「レイト、あのイカレ学者はゼオラを元に戻す方法はないって話してやがった……。何か策はあるのか?」

「勿論。その事は想定済み」

 ディライトが頼もしく頷く。そしてそれに呼応するかの様に、目元に取り付けられたバイザーがキラリと輝いた。

 

 ここにいる誰も見る事ができない、不可視の光線がバイザーの両端から発射され、マンティコアの体を隅から隅まで、更に体の深奥まで精査していく。その情報はメモリージングシステムによって一瞬で処理・集計され、頭部のバイザー『メイクハイヴィジョン』へと表示される。そして、その中にレイトが求めている情報を見つけた。

 

「そこか……!」

 

 マンティコアの体の一部、右胸の上あたりに円柱状の物質———間違いなくデブリドラッグを植え付けられているのを発見した。その薬瓶から彼女の全身にデブリスの成分が供給され続けているのが分かる。だが翻せば、それさえ断てれば彼女の体を元に戻す事は可能だとデータ上は示されている。

 だが、データ上はというだけであり、かなり難易度が高いのは間違いない。出来るだろうか?という一瞬の逡巡の後、出来ると信じてやるしかないのだとレイトは断じた。

 

 ディライトがドライバーの腰背部から、錬真術で1つのアーククロスを取り出した。この世界に来て、ジェイクに渡されたもの。銃把を握り、錬真力を注ぎ込んでいくと、その形状が大きく変化を始めた。

 

「ミキシングラッシャー!」

 

 アーククロスの銃身がディライトの腕ほどの長さまで伸展し、リムがなくなったその形状はまさしくライフルと言えるものだった。ディライトが『ミキシングラッシャー』と呼ばれた武器のグリップ部に付けられた開閉レバーを押し込むと、銃身が途中でガクンと下方へと折れ曲がった。その中にはリボルバーの様な回転式弾倉が設置されている。

 

 マンティコアの弱点となるマテリアルは銀。ディライトはベルトからシルバーライドラッグを取り出すと、シリンダーのスロットへと装填した。

 

〈シングルミックス!〉

 

 そして、ゼオラの体に最も影響を与えずにデブリス細胞を滅する事が出来るのは、光の霊薬だ。ベルトからもう1つのライドラッグも取り外し、シルバーライドラッグの隣のスロットへと装填した。

 

〈ダブルミックス‼〉

 

 ミキシングラッシャーが吠えると、ディライトはその銃身を元に戻し、ロックをかける。銃本体から覗くシリンダー部に手を添えると、それを勢いよく回転させた。光と銀、2つの霊薬のエネルギーが混ざり合い、その銃身にチャージされていくのを感じ、ディライトはそれをマンティコアへと向けた。

 

 狙うはただ一点。デブリドラッグが埋め込まれた右胸に狙いを定め、ミキシングラッシャーの引き金を引き絞った。

 

〈マルチプル!ミキシング・バースト‼〉

 

 瞬間、雷鳴の如き嘶きと共に、銃口から一条の閃光が迸った。光と銀の2つのエネルギーが束となって絡まり合い、空気すら切り裂く破壊の咢となって———狙い違わず、マンティコアの右胸を貫いた。

 

 怪物が叫びを上げ、その体が遂に限界を迎えた様に塵となって消滅していく。だが、その中でまるで暗闇から解き放たれた様に、ゼオラの姿が現れた。一糸纏わぬ体がヨロヨロとよろめき、地面へと崩れ落ちる……が、その前にマヤが駆け寄ってその体を抱きとめた。

 

「…大丈夫!無事だよ、レイト‼」

 マヤが快哉を叫ぶ。ミスリックレンジャーの全身に装備されたセンサーが周囲や対象の情報を収集・分析し、その状況への最適解を算出する『ハイレンジプレディクション』によって導き出された、ゼオラを助け出す解答。それは見事に成功し、こうして彼女を無傷で救い出す事ができた。レイトも小さくガッツポーズで返した。

 

「ば、バカなぁっ!あり得ん……貴様なぞに私の才能が敗れるなど……断じてある訳がないのだっ‼」

 

 怪物の面相を屈辱に歪ませ、赤いジェヴォールトγが右腕のブレイクソーを構えてディライトへと突撃してくる。だが、レイトは慌てずにミキシングラッシャーのフォアエンドを後ろへとスライドさせる。そうする事で、銃身の下側に黄金色に輝く刃が出現した。

 轟音を上げながらディライトへと繰り出されるブレイクソーの刃を、しかしディライトはミキシングラッシャーを振るってあっさりと弾き返した。主に人狼やバーゲストのデブリス細胞を積極的に採用しているジェヴォールトγのパワーはワールドラーグやヴェノムアラークなどの上位タイプにも劣らない。ブレイクソーの圧倒的な破壊力と併せれば、こうも容易に捌かれるなどあり得ない筈なのに……!「おのれおのれぇっ‼」とクリーデンスが悔しさのあまり更に恐慌の叫びを上げる。

 

「許さん……!貴様の様なエセ勇者も、あの役立たずのバカ売女も!全てこの私がミンチにしてくれるわっ‼」

「…5回だ」

「あぁん⁈」

 

 ブレイクソーの攻撃を躱しながら、ディライトが呟く。小さくはあるが、轟音の中でも分かる程に明確な怒気を孕んだ声だった。

 

「俺の前で、アンタがゼオラを侮辱した回数だ!1回につき、10発!そして彼女をあんな目に合わせた事で50発!合計で100発!今からアンタをぶん殴ってやる‼」

 

 ディライトの体にブレイクソーの刃が突き刺さる。だが、頑強なブースタースケルトンのその程度では傷1つ付かなかった。ジェヴォールトγの腕を掴み、その腹にミキシングラッシャーの銃口が押し付けらて躊躇う事なく引き金を絞った。

 ドォン‼という撃音と共に、弾けた爆圧がジェヴォールトγを大きく吹き飛ばした。無様に悲鳴を上げながら地面に倒れ伏したジェヴォールトを睨み据えながら、ディライトは再度ミキシングラッシャーを中折れさせる。

 

 敵が使う武器はサンダーライドラッグによって電撃をその刃に纏う。ディライトはそれを打ち破る為に、サンダーライドラッグを2本、そしてその威力を増幅させる為のウォーターライドラッグをシリンダーへと装填した。

 

〈シングル!ダブル‼トリプルミックス!!!エレメント!ミキシング・バースト‼〉

 

 ブレードモードに変形させたミキシングラッシャーをディライトが横薙ぎに振るう。複数のエレメントが混じり合った刃がブレイクソーの刃に正面から叩き付けられると、まるで紙細工の様にいとも簡単に粉砕してしまった。自身が作り上げた最強の武器を為す術もなく無力化され、その時点でクリーデンスは初めて己の恐怖を認めたが、時は既に遅かった。ディライトは既にライドレンジアッパーに手を伸ばし、左サイドのダイヤルを2回転させているところだった。

 

〈ギガワット‼〉

 

 ベルトが叫ぶと同時に、今度はディライトの両肩及び、上腕部に備え付けられたブースターが展開していた。下肢に装備されたオーバーフライタービュラーと違い、上半身に取り付けられた『オーバーグロウタービュラー』は主に腕力を中心としたパワー全般を強化する性質を持つ。体全体を噴き上がる光のエレメントに覆われたディライトは、許されざる非道に対して猛り狂っている様だった。

 バイザーの影響で鋭く釣り上がった様に見えるディライトの複眼が、ジェヴォールトをしかと睨みつけて、ベルトのスイッチ———エブリッションスターターを押し込んだ。

 

〈エブリッション!ギガ・ヴァリアントフラッシュ‼〉

 

 転瞬、爆発的な閃光が轟く様な音圧と共に解き放たれた。その轟音すらも振り切らんとするかの様な勢いで加速したディライトの拳が、ジェヴォールトγの腹部へとめり込んだ。強固なデブリーターの装甲越しですら意識を持っていかれそうな程に重たい一撃だったが、拳撃はそれで終わりではなかった。

 ジェヴォールトγの体がそのまま中空に打ち上げると、更にそれを追う様にしてディライトの両拳がブースターで加速し、その体に次から次へとめり込んでいった。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァッッッッッッッッッッッッッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」

 

 一撃一撃が大砲並みの破壊力を秘める拳の掃射がジェヴォールトγの全身を絶え間なく叩きのめし、その装甲を、その意識を一気に刈り取っていく。だがヒートアップしている様でもディライトは宣言通り、拳撃の回数をしっかりとカウントしていた。

 

 残り回数4、3、2……。1へと到達するとトドメと言わんばかりに大きく振りかぶり、その胸板を殴りつけた。拳の撃音が鳴り止み、ようやく搔き消されていたクリーデンスの悲鳴が周囲一帯に響き渡った。

 とうにダメージの限界を迎えていたジェヴォールトはその変身を解除させられ、左腕のデブリシリンジャーも完膚なきまでに破壊された。「ば、バカな……」とクリーデンスが悔し気に呻き声を発するが、あまりのダメージに指先すら動かす事が出来ない様だった。

 

 そんなクリーデンスを睥睨し、ディライト達がゆっくりと歩み寄ってくる。しかし、恐怖に喉をひくつかせるクリーデンスの前に、ズイと歩み寄る影があった。

 

「ジェイクさん……」

「…流石に、これ以上は静観していられないんでな」

 ジェイクが柳葉刀の刃をディライト達に向けながら言った。

 

「今回は俺たちの負けだ。潔く撤退してやる。だから……これ以上の戦闘は止めにしねぇか?」

「ふ、ふざけないでよ!散々好き勝手な事しといて今更———‼」

「お前らの為に言ってるんだ。いくらデブリドラッグの影響を最小化できたとしても、何の副作用も起きない筈がない。さっさと帰ってソイツを治療してやれ」

 

 言われてマヤがゼオラの様子を確かめる。呼吸状態は確かに落ち着いているが、熱は高く、顔色もいいとは言えない。おまけに今の彼女は何も身に着けていない状態であり、このままにしておけば体温の低下や感染症の影響を受けやすくなってしまう。確かにその点に関してはジェイクの言う通りだと、認めざるを得ないだろう。

 

 仕方なし、という風にレイト達から戦意が消えていくのをジェイクは感じ取ると、傍らに倒れるマッドサイエンティストの体を持ち上げ、立ち去ろうとした。だが、そんな彼らに「待って下さい‼」と呼び止める声が響いた。

 ディライトの仮面に隠れてその顔は分からない。だが、その声には強く哀切の色が滲んでいた。

 

「…なんで……何でなんですか⁉『見返りを求めないから人助けだ』って言ってたあなたが……、どうしてこんな事に加担してるんです⁈…あなたがいてくれたから、今の俺があるのにどうして———‼」

「お前が生きる意志を捨てなかったから。ただそれだけの事だ」

 だが、ジェイクはレイトの叫びを一顧だにせずにピシャリと遮っただけだった。

 

「俺には俺のルールってモンがある。俺が戦うのも霊薬を売りつけるのも、全ては相手にその意志があるかどうか……。お前はあの場で強く生きる事を望んだ。怪物となって果てるのはソイツの意志じゃねぇ。だから今は見逃してやるが……次に会った時は容赦しねぇ。全力で潰してやる」

「…っ!ジェイクさん、待っ———‼」

「甘ったれんな。お前はもう、ただの迷子の子どもじゃねぇ。この世界に立って生きていく1人の男なら……いい加減、覚悟を決めろ」

 そう言い捨てると、デブリシリンジャーから周囲に向けて煙幕を一気に放つ。煙が晴れた頃にはその姿はもうどこにもいなくなっていた。

 

「…どういう事?その……知り合いだったの、あの人と?」

「…うん……でも、もういいんだ。…それより、今は早く戻ろう。アイリィの所に」

 

 そう言って毛布で包まれたゼオラの体を抱え上げる。手放さなければいけなかったものはあれど、今はまた手に取り戻す事ができた命の重さに充足し、ディライト達は帰路へ歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「…ま、という訳で……ゼオラ・ユピターと名乗っていたあの少女は、ヘヴンラウンズからパニディエラ家に送り込まれていた間諜——まぁ、要するにスパイという奴だよ。あの娘が君の家に来たあの瞬間から、彼女は我々に君たちの情報を流し続けていたという訳さ」

 ゼオラが王家より派遣されたスパイ。そして、その彼女がアイリスを裏切り、パラディンを騙っていたという情報を流した……。面前のアトラークが話した内容はその様なものだった。

 

 ドランバルド連合が立ち上がる以前のシドニア地域は、複数の領主たちによって治められる小国の集まりだった。現在はシドニア帝国という名を取りながらも、その時代の名残か未だに各諸侯の力が強い状態にある。そんな諸侯たちの情報や不利益を探る為に、シドニア王家の影として彼らを見張り続ける者たちこそが『ヘヴンラウンズ』。そこで生まれ育ったゼオラはパニディエラ家の内情を探る為に派遣され、密かに王家へ通じていた。それは、アイリスとの旅に出ても変わりはしていなかった……のだそうだ。

 

 ゼオラが王家のスパイであり、そしてその命令に従い、自分の秘密を洩らした……。俯くアイリスを見遣り、沈鬱そうに———しかし、相も変わらず芝居がかった態度で、アトラークが食器をくゆらせた。

 

「父上——皇帝陛下を恨まないでやってくれよ?あれは皇帝家への反乱分子を探り出すものであると同時に、信用できる者を探す為でもあるんだ。…そういう意味で、父は本気でオーエン殿の事を信用していたと思うよ?」

「…陛下が私の事を知ったのも、ゼオラから得た情報を通してですか?」

 

 あれは10年程前、王都『ダルウィン』で年に一度開かれる建国記念のパーティー——という名目の貴族家のコネクション作りと腹の探り合いの場——で、当時15歳だったアトラーク皇太子とアイリスは出会った。そして、それから数日の後に、シドニア王家からパニディエラ家に子女同士の婚約の提案が持ち込まれたのだった。

 

 パニディエラ家の基盤を盤石なものとする為に、孫娘を是が非でも由緒正しき家柄に嫁がせたいと考えていたレイフにとって、まさか王家からの縁戚関係が結べるなど、渡りに船もいいところだっただろう。アイリスが知る頃には、既に両家の間ではその事が確定事項となっていた。

 

 貴族家の中でも新興の部類に入る当時のパニディエラ家の娘が王家に見初められる……というお伽話の様な筋書きも、もしや全てがゼオラから流した情報が元となっているのでは……と疑いを持った訳だが、それに対してアトラークは「まさか、それは違うよ」とキッパリ否定してみせた。

 

「君の事はあの夜に初めて知った。…雷に打たれたかと思ったよ。王家の基盤だとか、そんな打算はどうでもいいと思えた。君に向けた想いは嘘ではないよ、アイリィ?」

「………………」

 アトラークの口調からいつもの軽薄さが消える。思いの外真っ直ぐな目線を注がれて、アイリスは思わず目を逸らした。視線の先にはよく磨かれたカトラリーのナイフが———。

 

「信じては貰えない……かな?無理もないか。君はずっと長年の友人に嘘を吐かれていた訳だからね」

「……………………」

「彼女も酷な事をするものだね。いくら王家の命令で仕えていただけとはいえ、10年も一緒にいれば情も芽生えようというものじゃないか。それなのに、こうもあっさりと君の秘密を話してしまうなんてねぇ……」

「…………………………」

「まぁ、命令には逆らえない密偵なんてそんなものかもしれないね。彼女は希望で別の任務に就く事になったよ。一応、伝言も預かっているけど聞いてみ———」

 アトラークが言葉を紡ぐ途中の事だった。アイリスがカトラリーのナイフを握りしめ、テーブルを蹴倒して皇太子へと躍りかかっていた。

 

 カーペットの上へとアトラークを押し倒し、片足で相手の右腕を極めると、その首筋にナイフを突きつけた。

 

「ゼオラに……あの娘に何をしたの⁈」

 

 アイリスが珍しく声を荒げて叫んだ。一国の皇太子が少女に刃を突き付けられているという状況にも関わらず、アトラークは相も変わらずに余裕そうな笑みを崩さなかった。

 

「何をした……とは心外だな。言ったじゃないか。彼女は元々王家に仕える者だった。だから、命じられたままに君の秘密を話した、と……それだけの事だよ?」

「舐めないで!ゼオラがそんな事をする筈ないでしょう‼」

 

 ただの希望的観測ではない。アイリスの頭の芯の部分は不思議と冷静だった。アトラークが言った通り、自分とゼオラには12年間の時を一緒に過ごした絆がある。それの始まりは確かにシドニア王家によって仕組まれたものなのかもしれないが、それでもそんなにあっさりと破られてしまう程のものではあり得ないと思う。嘘から始まった2人の関係、だからと言ってその全てが嘘だったなど誰に言えるだろうか。少なくとも、目の前のこの男に訳知り顔で語られる筋合いはないと思える。

 

 それに何より、この男の話には不自然な点がいくつもある。ゼオラが王家の密偵だとしても、アイリスの秘密を話したのがなぜ今のタイミングなのか。普通ならば、アイリスが薬を作り出し、計画を企てた時点で報告が行っていてもおかしくはないのだ。それはつまり、ゼオラは今の今までアイリスの秘密を報告していなかったという事に他ならないではないか。

 アイリスは確かに罪を犯した。その事から逃げるつもりなど毛頭ない。だが、その事を話せば自分にどれだけの危険が及ぶのか、ゼオラにはよく分かる筈だ。それを承知で、ただ命令だからと話してしまうなど……全くもってゼオラらしいとは思えなかった。

 

 ただ話に出てくるだけで、未だにその姿を現さないゼオラ。アイリスの脳裏に嫌な予感が渦巻いていた。もし、最悪な事態が起こっていたとすれば……その先など考えるだけで心がねじ切れてしまいそうだ。だが、ここで確かめずに終わる訳には行かない……と、手に握るナイフに力を込めた。

 

「…あの娘は、そんな簡単に私を見捨てたりなんてしない!私は信じてる!答えなさい、ゼオラは今どうしてるの⁈」

「…やれやれ。思った以上に頑固だね、君は。…まぁ、だからこそ……君を欲しいと思い続けて来たんだけどね……」

 

 アトラークがニヤリと口の端を歪め———転瞬、アイリスの体が猛烈な衝撃を浴びて後方へと吹き飛ばされた。カーペットへと叩き付けられ、だが直ぐにでも体を起こそうとしたアイリスだったが、それは果たせなかった。彼女の体に粘着質な糸の様な素材が絡みついていたからだ。一見細く見えるが、どれだけの力を込めても、ナイフの刃を押し当てようともビクともしなかった。

 

 アトラークが体を起こし、左の袖口から何かを引っ張り出した。バレルを切り詰めた様な形状の、アーククロスにも似た筒状の道具。先端からたなびく噴煙をフッと吹き消し、ゆっくりを歩み寄ってきた。

 

「…全く、君にはこんな話をしたくなかったんだが……でも、そこまで言うのなら教えようか。ゼオラ・ユピターは……死んだよ。君のお仲間の……勇者ディライトと共にね」

「…………っ⁈」

 

 アイリスの顔が色を失って凍り付いた。ゼオラが、死んだ?しかも、勇者ディライト——レイトと共に?一体どういう事なのか?しかも、何故にこの男がそんな事を……?何1つ考えが纏まらず、アイリスが唇を戦慄かせて尋ねた。

 

「…どう、いう事なの……?…ゼオラと、レイトが死んだなんて……そんな訳が……」

「信じられないかい?でも、報告が上がっているんだよ。彼女も、君の勇者も、君の騎士団も、全てパストールの瓦礫の底に沈んで行ったってね」

 アトラークの文官じみた端正な顔が、瞬間異常なまでに酷薄な色を帯び、アイリスの背筋がゾクリとする。目の前にいる皇太子が、まるで会った事もない別人の様に思えてならなかった。

 

「…あなたは、何者なの……?一体、何をして———?」

「シドニア皇太子、アトラーク・フォン・シドニア。出来れば君の前ではそれだけでいたかったんだけどねぇ……。だが、君にも分かってもらう必要があるかもしれないか……」

 そう言って、アトラークが懐から灰色の薬瓶を引っ張り出した。

 

「今の僕は『ヴェノムアラーク』。そして、僕たちの名は『デブリーター』。…君と同じ、堕ちゆく世界を救済する者さ」

 

 




次回予告

2人の出会いが全ての始まりだった。
例え人の道に悖るとも、この病める世界を救済する為に。
なぜデブリーターが生まれたのか。語られる真意に、勇者を継ぐ者が出す答えとは。

Saga14『デブリーター~堕ちゆく世界の為に~』

※来週はお休みです。
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