仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ

偽りのパラディンである事を暴かれたアイリス。
デブリーターへと変えられてしまったゼオラ。
その毒によって生死の境を彷徨っていたレイト。
世界を脅かす敵・デブリーターの魔の手が迫りくる中、しかしレイトは諦めない。ディライトの新たな力『ミスリックレンジャー』を発現させ、見事にゼオラを救出するのだった。


Saga14 デブリーター~堕ちゆく世界の為に~①

◇◇◇◇◇ 

 夢を見ていた気がする。

 心の汚れた人間がその咎で怪物へと姿を変えられ、それでも真実の愛で最後は元の人間へと戻れる———なんて虫のいい物語。

 

 現実はそんなに優しくなんてない。結末がどうであれ、怪物の犯した罪や被った血の匂いが消えてくれる訳でもない。少し身じろぎをしただけで雷の様に全身を打ち付ける痛みがきっと消えない罪の証。怪物は、どこまで行っても怪物のまま……。

 

「………ラ…ゼ………ゼオラッ!聞こえる?」

「なんだ、意識が戻ったのか?おい、大丈夫か⁉何とか言え!」

「ハイル君、あんまり大きな声を出すんじゃない」

 

 …だと、思っていたのに。

 闇夜から舞い戻った意識が最初に捉えたのは、目に温かな優しいスポットライトと、万雷の拍手の様な声。カーテンコールを待ち望むみたいな、沢山の笑顔……。

 

「大丈夫かい?無理に声は出さない方がいい。レイト君の処置は完璧だったが、それでもしばらく後遺症は残る筈だ」

 そう言って、テキパキと体の各部を確かめながら、ゲイナン医師が柔和そうに微笑んでいる。矢継ぎ早に、それでも手短に簡単に質問を重ねる姿が、まるで自分を必死に現世に繋ぎ止めようとしている様にも見える。

 

「…全く、苦労ばっかりかけやがってよ……。この貸しは後で耳揃えて返して貰うからな」

「こう言ってますけどね?ハイルさん、これでも心配で心配で一睡もしてないみたいっスよ?心労がたたって10年くらい寿命が縮んじゃったかも———」

「心配なんざしてねぇっ‼てゆーか、病人にいらん事を吹き込むな‼」

 そう言ってジャンの首根っこを掴まえてギリギリと締め技をかけるハイルの顔には、確かに薄らと疲労の跡が見える。ぼんやりと申し訳ないなと思う傍ら、実に彼らしいとも思う。そう感じられるくらいには、彼らの事を理解できている……。

 

 そして、傍らに寄り添う最も身近な体温の気配は———。

 

「…レイト……、マヤ……」

「もうっ……!本気で心配したんだからね?」

「ホントにだよ。…でも……お帰り、ゼオラ」

「…ああ……。ただいま……」

 うまく動かない喉を精一杯動かして、ゼオラ・ユピターはただその一言を紡ぎだした。

 

 言葉が握られた手から伝わって、乾ききった体に瑞々しい命の感覚が還ってくる様に感じられた。握ればきっと握り返してくれる。どんな弱さも醜さも受け止めて「お帰り」と言ってくれる。言葉と感情が呼応し合って起きる、命あるものの交感がここにある。それに気付けた瞬間、身の内に詰まった恐怖も罪悪感も全てが雫となって溢れてくる様だった。

 

「…ごめん…ごめん、なさい……。私が…皆を危険に……」

「ゼオラ、いいんだよ。今は喋らない方が……」

 どこまでも優しいレイトはそう言って気遣ってくれるが、ゼオラは首を振ってそれを制した。ハイルも少し厳し気な目つきでケジメはつけさせてやる、と言っている様だった。そんな厳しさも、今のゼオラには必要な事だった。

 

 デブリーターとなっていた時の記憶は朧気に残っている。あのクリーデンスという男が自分の隠してきた秘密を全て洗いざらいに話してしまっていた筈だ。だが、それを知っても尚、自分を受け入れてくれた彼らの為にケジメを付ける必要はある。この先も、彼らと共にいたいと思うのならば尚の事……。

 

「…あの男が言っていた事……あれは本当の事だ……。お前たちの情報を、“敵”に流していたのは……私なんだ……」

 

 そうしてゼオラは訥々と語りだした。

 ヘヴンラウンズの一員として生を受け、パニディエラ家の内情を探る為の駒となった事。

 アイリス達を主としながら、影で本当の主へとその情報を流し続けていた事。

 アイリスと共に旅をしながらも、それはずっと変わらなかった事。

 そして……その情報が知らず知らずの内にデブリーター達へ流れていた事……。

 

「何それ⁉別にゼオラ、全然悪くないじゃん!」

「そうっスよ!悪いのはゼオラさんの忠誠心を利用しやがったソイツらに決まってるじゃないっスか‼」

「…忠誠心か……。…だが、それに逆らう事も出来ずに、流されるままに生きてきた私の責でもある……。私の弱さが、結果的に皆を危険な目に……」

「ハッ。どんな回り道でも、自分でそれに気付けたんなら上等ってもんだぜ?」

「もうハイルさん‼」

「いいんだよ、ジャン……。ハイルの言う通りだ。…だから……ありがとう」

 

 『お前の心はそんな事を納得しちゃいない』とハイルは見抜いていた。その時点でゼオラが自分の心と向き合い、命令を撥ね退けるだけの強さを持てていれば、こんな事にはなっていなかった。そんな感謝を込めて薄く微笑むゼオラにハイルも少し照れ臭そうに微笑み返すが、直ぐに「だが、それより気になる事がある」と再び唇を引き締めた。

 

「お前が情報を流していたのは、あくまでもお前の本当の主……つまりシドニア王家だと言ったな?だが、その情報がデブリーターに流れていた……。それはつまり……」

「…ああ、そういう事だ……。デブリーターの背後にいるのはシドニア帝国……。正確には皇太子のアトラーク・フォン・シドニアだ……」

「なっ……⁈」

 

 その場にいる誰もが驚愕に言葉を失くした様だった。今まで自分達を脅かしてきた敵の正体が、まさか国家そのものだと聞かされれば無理もない。ハイルだけが冷静に「そういう事かよ……」と呟くのが聞こえた。

 

「腐った貴族が背後にいるんだろうとは思ってたが……とんだ悪徳国家じゃねぇか。…グズグズしてはいられねぇな。急いでリンネへ戻るぞ」

 ハイルの命令に従い、ヒュペリオンの団員達がゾロゾロと部屋から飛び出していく。去り際にハイルが「あとはお前らで話をつけろ」とでも言う様な目配せをくれた。

 

「…お前にも、ちゃんと礼を言わないとな……。ありがとう、レイト……」

「…当然だろ。まだ甘ちゃんって言葉、撤回して貰ってないし」

「…そうだったな……。お前はもう、立派な戦士だ……。…いや、そんな事、とっくに分かってた筈なんだ……」

 ゼオラの目にまた涙が滲む。ゲイナンの話ではまだデブリーター化による副反応が治まり切っていないとの事だ。さっきから妙に涙脆いのは頭がまだ熱に浮かされている所為だと思いたい……。

 

「…バカな話だよ。もう少し、お前たちに頼れていれば……あんな事には……」

「ゼオラ、もういいよ。直ぐにリンネに戻るから、今はゆっくり———」

「…違うんだ。お願い、話を聞いて」

 ゼオラが縋り付く様に、レイトの手を強く握りしめた。

 

「私がお前を襲ったのは……アトラークの命令だ。…そうすれば、あの娘の“秘密”を守ってやると言うから……。でも、恐らくそんな約束は果たされない。このままじゃ……」

「あの娘って……まさかアイリィ⁈」

 ゼオラからこれほどまでに冷静さを奪うもの、それは正しく彼女の主であるアイリスの事を置いて他にない。ゼオラがコクリと頷いた。

 

「どういう事なの?アイリィの秘密って、一体何が……」

「あの娘に……危機が迫ってる。だから、頼むレイト……。私の事を赦してくれた、お前にだから頼むんだ……。アイリィを、助けて……」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 また朝が来た。寝不足の目にはやけに厳しいソニアの陽光を手で払いのけ、アイリス・パニディエラはゆっくりと目を開けた。

 

 この砦——どこかは正確には分からない——の尖塔がいかなる目的で建造されたのかは知らないが、朝は東側に設置されたステンドグラスから色とりどりの光が差し込まれ、夕方は西の天窓からステラスフィアの山間に沈んで行くソニアを眺望する事が出来る……という造りになっているのだが、今のアイリスには果てしなく不必要なものだった。

 

 一体何日くらい経ったのだろうかと考えて、薄衣のドレスの袖口を捲り上げる。肩口にいつも黒々と光っていた、神聖騎士の紋章は端から崩れる様にその形を失いつつあった。

 あの薬品は定期的に投与しなければ、浮き上がった紋が少しずつ消えていく様になっている。紋章の掠れ具合から、恐らくここに幽閉されて3日くらいだろうと当たりを付けた。

 これまでの経験から、紋章は4日目の朝にはきっと完全に消え失せてしまう。それが、アイリス・ルナレスという人間がこの世から消えてしまう合図の様に感じられ、アイリスの気持ちは一層に暗澹となった。

 

 …否、その言い方は正確ではない。全ては最初から嘘だったのだ。神聖騎士という立場も、憧れ目指した理想の自分の姿も、その全てが……。

 

 アイリスが7歳の時、リンネに1人の青年が一晩の宿を求めてやって来た事があった。まだ10代半ばと思しき若さでありながら、優美な造りの鎧を身に纏った金髪碧眼の美少年。物語からまるで抜け出してきたかの様なその若き騎士は、自らを神聖騎士『ランスロー・エイレン』と名乗った。

 ランスローはパラディンとして各地を放浪し、リンネの軒先だけでも提供して頂けないかと丁寧に頼み込んできた。祖父としては追い返したくて堪らなかったと思うが、領民や家族の前で神聖騎士を無碍に扱う訳にもいかずに、屋敷へと迎え入れたのだった。

 

 幼少期より好奇心が旺盛で、勇者ディライトとパラディン達の物語に夢中になっていたアイリスはその夜、ランスローに旅の話を聞かせて欲しいと何度もせがんだ。そして、ランスローも彼女の要望に応えて沢山の話をしてくれた。旅する先で目にした多くの雄大な景色の話から、トンプソールの深山で民を脅かしていた竜を討伐した話、民草の間で聞かされた地域に伝わる歴史や伝承の話を。そして、何より———この世の中に平穏と安寧を齎す為に危険な世界を駆け続ける、パラディンの使命を。

 

 子どもの頃よりパラディンに憧れ、彼らの様に世界を旅して回り、多くの人々の力になりたいと願っていたアイリスだったが、それが初めて明確な夢として結実したのは、間違いなくあの夜だったと思う。勿論、そんな夢を彼女の祖父が許す筈もなく、威力の限りをもってそれを否定される日々が続く訳だが……それでも、アイリスは諦めなかった。

 

 だけど。

 もし、幼少期の純粋な自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか?

 夢を追う為とは言え、法を犯し、パラディンの立場に泥を掛ける真似をしてしまった今のアイリスは、どの様に映るのだろうか……?

 

「浮かない顔だねぇ。まだ決められていないのかい?」

 

 突如ドアが開くと共に、軽薄な笑みを浮かべたアトラーク・フォン・シドニアが部屋へと踏み込んできた。アイリスは慌ててベッドから跳ね起き、ドレスのしわを直して居住まいを正す。この男への敬意など霧散して久しいが、隙の1つも見せてやる気はアイリスにはない。

 

 自らの正体を明かしてからというもの、この男も自分を取り繕うという真似をやめてきたらしい。アトラークが無遠慮な視線でアイリスの肩口を嘗め回すと、満足そうにニンマリと微笑んだ。

 

「それ、だいぶ消えて来たじゃないか。無駄な意地を張らずに、そろそろ答えを出してくれてもいいんじゃないかい?」

「…答え?私の答えはいつだって変わりませんよ」

 それでも尚、屈する事なくアイリスは凛然と皇太子の顔を睨み据えて言った。

 

「覚悟は出来ています。私をパラディンの名を騙った者として罰すればいいでしょう。それ以上の道なんて必要ありません」

 

 アイリスだっていつまでも嘘を貫き通せるなどと思った事はない。きっといつかこういう瞬間が来る事は覚悟の上で旅に出たのだ。自らの目指した道は果てしなく長く、まだ何かを為せたとも思えないが……それならば、最期くらいは潔くありたいと思う。

 だが、アトラークはそんな彼女を一笑に付しただけで、「分かってないなぁ」とため息を漏らした。

 

「君を公に裁けば、教会の行っている神聖騎士聖任の基準が曖昧だった事になる。そんな事をすればどうなるか分かるだろう?教会の権威は地に堕ち、民衆の求心力は揺らぐ。その結果、偽物のパラディンが乱立する可能性もある。それは君だって望む事ではないだろう?」

「そんな事を言ってる場合ですか⁈」

「場合だとも。権威があるからこそ、初めて人は畏怖を持ち、強き恭順の意思を示す。理想論だけの王など何の意味もありはしない……」

 そう呟いたアトラークに一瞬混じった、激しい憎悪の念。だが直ぐにそれを打ち消し、いつも通りのシニカルな笑みを浮かべてアイリスに向き直った。

 

「この国の平穏を保つ為に、君が出来る道は1つだけだ。提案通り、君は僕との婚姻を受け入れ、その後にパラディンの資格を失ったという事にすればいい。それで全てが丸く収まるのだから」

「…っ!ですから!どうしてそういう話になるんですかっ⁈」

 数日前からこの男が提案してきた事だ。アイリスがアトラークと結婚する事を承諾すれば、パラディンの立場を騙り、国中の者を謀ってきたその罪を不問とする———という、実にふざけた提案だった。

 

「こんな時にふざけないで頂きたい!私が自分の命惜しさに、デブリーターを創った人間に屈するとでも⁈」

「ふざけてなんかいないよ。僕はいつだって真剣そのもの。それに、これは君にとってもメリットとなる筈だ」

 アトラークがフンと鼻を鳴らし、窓辺へと歩み寄る。西方の先にあるのは———アイリスの故郷『リンネ』だ。

 

「君は確かに自分の助命を願う様な見苦しい人間じゃないさ。…だが、家族や大切な人の為なら……どうかな?」

「……っ⁈」

「パニディエラ家はオーエン殿が亡くなられて、今は当主不在の状況だ。当然、これをそのまま放置する訳にもいかない。遅からずパニディエラ家はお取り潰しとなり、君の家族・家令、そして領民もろとも路頭に迷うのは目に見えている。違うかい?」

「………………」

 まるで言い聞かせる様に、一言一言ゆっくりとアトラークは酷薄な真実を口にする。

 

「だから、それを回避する為の救済策さ。君は僕と結婚して、神聖騎士を騙った罪から逃れられる。そして、王家という後ろ盾を得る事で家族も守る事が出来る。これ以上の話はないだろう?」

「…よくも……よくもそんな事を……‼」

 

 アイリスが激昂し、アトラークの横面へと思いきり蹴りを放った。だが、普段着慣れないドレスでは思う様に動けず、皇太子は軽々と攻撃を躱すと、そのまま足を払ってアイリスを地面へと倒し込み、腰から取り出した銃器を押し付けた。

 

「あなたがっ……!あなたの組織がお父さんを殺した癖にっ……‼ゼオラも……マヤも……レイトもあなたがっ……‼」

「…否定はしないよ。君のお父様に関しては、完全にこちらの落ち度だ。これは本当の事だよ」

 

 少女を万力の様な力で抑え込みながら、アトラークの表情がフッと真顔に変わった。

 だが、何を言おうともアイリスはこの男を許す気はない。父を殺したばかりか、彼女の仲間まで手にかけたと嘯くこの男を———デブリドラッグを世にばら撒き、多くの人々を悲しみの底に堕としてきた組織の首魁を。

 

「…一体……一体あなたは何が目的なの⁉デブリスが蔓延るこの世界で、更に悲しみを広げて……何をしようしているの⁉」

「…目的か……。そうだな、君なら理解が出来るかもしれないな。我がデブリーターの理念を」

 そのままアイリスを立ち上がらせ、天蓋付きベッドの柱に押し付けると、銃器から発射した蜘蛛糸で彼女を拘束した。身を捩らせて拘束から抜け出そうとするが、糸は思いの外強固でビクともしない。そんな彼女の抵抗もどこか満足そうにアトラークが睥睨する。

 

「君は僕たちが敵同士だと思うかい?だが、それは間違いだ。僕も……いや、僕たちも君と同じくこの世界を救おうとしているんだよ。その為の、デブリーターシステムさ」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「あんガキめぇぇぇぇぇぇっっっっ!!よくもっ……よくも私をこんな目にぃぃぃぃぃっっっっっっ‼」

 

 悲鳴じみた恨み節の数々が、逃げ場のない地下空間中に木霊していた。声の主———全身を包帯で覆われたクリーデンスを忌々し気に眺めながら、ジェイクは何度目になるか分からないため息を漏らした。

 

「あの役立たずのメスガキッ……!あのディライトモドキもっ……!許さん許さん許さんぞぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」

 

 先日の戦いでディライトの仲間だった少女ゼオラ・ユピターをマンティコアデブリーターへと改造し、遂に組織の仇敵たる仮面ライダー打倒を果たした——と思ったクリーデンスだったのだが、どういう理屈かディライトは生きていた。そのまま新たな姿となったディライトは無事に少女を救出し、更にクリーデンスは完膚なきまでに叩きのめされ、敢え無く逃走する事となって今に至る……という訳だ。

 

 悪運が強いのか、それともディライトの少年が意図的にやったのか……幸いにもクリーデンスは一命をとりとめていたが、全くの無事という訳にも行かなかった。デブリーターシステムの生体装甲すら無効化するディライトの超パワーに全身を殴打され、おまけにデブリシリンジャーを破壊された影響で体内に逆流した霊薬の副作用で、クリーデンスは今刻苦の渦中にあるという訳だった。

 

 この程度の事で何を大袈裟な……とは思うが、クリーデンスの実年齢は確か60近い筈だ。それを殺しもしないが、相応に苦しむ程の傷を負わせたあのディライトの少年もなかなかに容赦がない、とジェイクはほくそ笑んだ。

 

「畜生っ……!畜生めがぁぁぁっっっ‼…あいつらっ、今度会ったら必ず我が力で叩き潰して———‼」

「…ったく、うるせぇな……。その無駄な叫びをちったぁ回復に当てやがれってんだ……」

 

 同じデブリーターの仲間と言いつつも、ジェイクに目の前の男を気遣う気は一切ない。このクリーデンスという男は人を怪物化させる組織の業深さに何の痛痒も感じていない。自らの才覚を証明する為だったら、例え人の意思すら捻じ曲げて行おうとする男だ。デブリーター計画の根幹に関わる男でなかったら、わざわざ助けようなどとは思わない。

 戦場を生きる傭兵としてジェイクにも一通りの医療技術はあるが、如何せん必要な物資が足りない。これ以上は下手に動かす事も危険だった為、手近な廃屋で応急処置を施したが、さてこの先はどうするべきか……と思案を巡らしかけた刹那、扉のすぐそばに何者かの気配を感じた。

 

 何だ?今まで気配すら感知できなかった……。文机に置かれた柳葉刀に手を伸ばすと、扉がゆっくりと開閉する。暗闇の中に立っていたのは巨大な鎧姿———あのホロウリーパーだった。「なんだお前かよ」とジェイクは警戒を解く。

 ホロウリーパーは担いでいた荷物をデンと地面へ置くと、中から薬品やら包帯やらを取り出した。

 

「随分用意がいいな。というか、何でここが分かったんだ?」

「……………」

 

 クリーデンスがディライトに敗れ、重傷を負った事はまだ誰にも報告できていなかった。下手にこの男を動かす事も出来ず、かと言って放置する訳にもいかなかった……という言い訳は立つが、何となくする気が起きなかったからだという本音も存在している。それがまるで自らの意思で歩みだしたあの少年へのせめてもの手向けである様な気がして……。

 

 にも拘らず、この鎧はこの場所へと迷いなく現れ、おまけに周到に用意までしていた。一体、どういう理屈で……と問うたが、案の定ホロウリーパーは何も答える事がなかった。

 

「チッ、相変わらずだんまりかよ。…まぁ、お前が来たって事はもう任せてもいいって事だよな?俺はもう行くぜ」

「ま、待たんかワールドラーグ……!」

 クリーデンスに呼び止められ、振り返る。男がノロノロと懐から何かを取り出し、ジェイクへと投げ渡す。それはワインレッド色の薬液が詰まったデブリドラッグだった。

 

「火を吹くコカトリスの生体組織から精製した、ワールドラーグ用の増強剤だ……。それで、あのディライトモドキを討ち果たせ……!」

「…おいおい、俺はこれから上の連中にアイツらが生きてるって事を報告しなきゃならんのだが?」

「やかましい!もうアトラークの奴にはアイツらを仕留めたと報告してしまったのだ!今更あんな奴にこの私の失態を知られて堪るかっ‼」

 

 つまるところ保身か。ジェイクは口角泡を飛ばしてみっともなく喚きたてるクリーデンスを冷たく睥睨する。下らない……と一蹴してやりたいところだが、あの暗愚な皇太子の事だ。自身の立案した作戦が失敗していたとあっては、どんな愚かしい決断を下すか分かったものではない。

 

「…それにな、ウォルターからの報告によるとアトラークが妙な動きを見せているらしい。例のパラディンの少女を捕えて、今は本人共々『ラヴァンツェイル』に籠りっ放し……という話だ。おかしいとは思わんか?」

「パラディン?アイリス・パニディエラか。…確かに、そいつは妙だな……」

 

 パラディンを捕える。これは計画に——デブリーター計画の最終段階に必要な事だからまだ理解できる。だが、それが組織の中枢に位置する自分やクリーデンスに報告が降りてこないというのはいかがなものか。

 大体、近頃不自然な事が多すぎる。ディライトとヒュペリオンを仕留める事が目的とは言え、彼らの仲間をデブリーターへと仕立てて襲わせるなどというのは回りくどいにも程がある。パラディンの父を誤って殺めてしまった件にしても、どこかあの少女を周到に追い詰める為に機能しているような気がしないではない。

 

 ——あのバカ皇太子め、何かを隠してやがるのか?

 そんな予感がジェイクの胸中に広がっていった。

 

「…ジェイクよ、そろそろ我々も、牙を剥く準備をしておかんとなぁ……」

「ハッ……それもそうだな」

 

 全ては堕ちゆく世界の為に。どれだけ気に入らなくともこのクリーデンスもホロウリーパーも、組織の中枢に位置する者たちはその言葉に集められた同志だ。自らが求める世界を実現する為に、誰であろうと薙ぎ倒して進んでいくだけの覚悟は出来ている。

 

 ——何を企んでやがるかは知らねぇが。

 ——いつまでも、鎖に繋がれたままだと思うなよ。

 

 血の様に赤い霊薬瓶を強く握りしめ、ジェイクは目指す場所へと踏み出して行った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 リンネの石壁の向こうから、ゆっくりと1本の細い狼煙が立ち昇っているのが見える。それ自体は別に特別な事ではない。リンネの中にいる仲間たちが、外のハイル達へメッセージを送る為に焚き上げているものだ。

 色は紫。それが意味しているものとは———。

 

「『緊急事態』……だな。急いで戻るぞ」

 ハイルの号令に従い、一同の脚が早まる。一応周囲を警戒していたが、リンネの周りには特に敵影はない。一団が城門へと近づくと、それに応える様に扉がゆっくりと開いていった。

 

「レイト君!皆も……良かった、無事だったのね……」

「サクラ、何があった?」

 出迎えたサクラはいつもの冷静さはどこへやら、顔が青ざめている。安堵の表情も一瞬で消し去り、「私も何がどうなってるのか……」と声を震わせた。

 

「アトラーク皇太子がいきなり踏み込んできて……アイリィが偽物のパラディンだって言って、連れてっちゃったのよ……」

 実にあっという間の出来事だった。皇太子が連れてきたヘヴンラウンズによってアイリスを拘束され、領地の前に止められていた馬車に収容されるとあっという間にどこかへ連行されていってしまった。勿論、リンネに残されたヒュペリオン達はそうはさせまいと武器を構えたのだが、それはアイリスによって封じられてしまった。

 

『大丈夫……私は大丈夫だから……』

 そう言いながらも、まるで魂が抜け去ってしまったかの様に、悄然としたアイリスの顔。あまりに唐突な事態に大した抵抗もできずに彼女が連れ去られてから既に3日近くが経とうとしていた。

 

「クソッ……!間に合わなかったか……」

 悔し気に臍を噛むレイトに、サクラは「どういう事なの?」と問いかけてきた。

「何か知ってるの?アイリィがパラディンを騙ったってどういう……?」

「…説明するよ。俺も、さっき初めて知ったんだけど……。イーヴァさんはいる?」

 

 サクラが頷き、レイト達をイーヴァの元へと案内した。夫の死に次いで、一人娘の拘束という事態になってしまったのだ。彼女の憔悴ぶりは相当なものだと思うが、イーヴァはそれでも先ず傷つき戻ったゼオラの事を真っ先に心配して見せた。

 イーヴァ達の前で、ゼオラがゆっくりと語り始めた。少女の憧れから始まったたった1つの、しかし壮大な嘘。2人の少女が胸に秘め、決して語れなかった真実……『神聖騎士アイリス・ルナレス』という虚像の物語を。

 

「…そう。あの娘は……そこまで思い詰めていたのね……」

 

 全ての話を聞き終え、イーヴァがゆっくりと息を吐いた。呆然と言うでもなく、ただ全てを受け止め、納得したという風だった。

 

「奥様……申し訳ありません。本来なら私が止めなければいけなかったのですが……」

「ゼオラの所為ではないわ。…咎があるとすれば……あの娘の願いをちゃんと支えてあげられなかった私たち家族……」

 

 幼少の頃より物語の中の神聖騎士に憧れ、いつしか本気でその道を志す様になっていたアイリスを威力で抑え込むしかしなかった祖父に、オーエンもイーヴァも抗しきれなかった。だが、常に危険が付き纏うその道を、親として素直に応援できなかったのもまた事実なのだった。

 だが、それが結果的に彼女を縛る事となってしまった。その気持ちを誰よりも理解し、立場を超えて支える事を選んでくれた近侍の少女を咎める理由などない。俯くゼオラの頭をイーヴァがそっと撫で、しっかりと抱きとめた。

 

「苦労を掛けてしまったわね。…あなた達も、娘の我が儘に付き合わせてしまってごめんなさいね……」

「…そんな事、ないです……」

 イーヴァの謝罪をきっぱりと否定したのは、他でもなくレイトだった。

 

「確かに嘘を吐いていたのかもしれないですけど……でも、アイリィは他の誰よりも立派なパラディンでした」

 

『こんな世界で、希望は長く続かないって言う人もいる…。でも、私はそうは思わない。誰かの心を長い間、ずっと照らし続ける様な…そんな灯し火みたいな希望はきっとあるんだって思う。…自分がそれになれるかなんて烏滸(おこ)がましいけど…そんな希望を誰かに齎せる様な自分でありたいと思う…。それが私の、今の夢…』

 

『制度が完璧でないなら、せめてその穴に取り残された人々を救い出す事がパラディンの使命…。…まぁ、受け売りだけどね』

 

 怪物達の恐怖や、絶対的な死が支配する外の世界で、それでも届く限りの手を尽くして、人々を救おうとしてきたアイリス・ルナレスという少女は紛れもなく人々の希望を体現する神聖騎士だった。

 …否、そうあろうとしていたのだ。所詮は紛い物でしかないという罪悪感に苛まれながら、誰よりも理想のパラディンとして———。

 

「…一緒に旅をして、アイリィに救われたたくさんの人々を見てきました。その立場が嘘だったとしても、彼女の志が全部嘘だったなんて思いません。アイリィの思いは本物だった……だから、俺も戦おうって思えました」

 

「…うん、私もそう思う」

 レイトの言葉にマヤが強く頷いた。

 

私たち(リンクス)の事を何の偏見もなしに知ろうとしてくれたの、アイリィだけだった。だから私、アイリィの事すごく尊敬してるし……このままお別れなんて絶対に嫌だよ」

 

「…どうやら、ここにいる奴ら、全員目標は同じみたいだな」

 

 ハイルの呟きに、その場にいる誰もが確かに頷く。その意味を理解したのか、イーヴァが「ち、ちょっと待ちなさい……」と声を上げた。

 

「あなた達まさか……あの娘を助ける為に、王家と戦うつもりなの?」

「あったり前じゃん!皇太子なんかに、アイリィの事を訳知り顔で裁かれて堪るもんですかっ‼」

「お、落ち着きなさい。そんな事をすればあなた達の立場がどうなるか———」

 

「…アイツは、俺たちを命を張って助けてくれたんです。あそこで俺たちを助ける為にパラディンを名乗らなけりゃ、敵につけこまれる事もなかったかもしれない……」

 マッドスキッパーで捕らえられたハイル達を助ける為に、アイリスは神聖騎士の聖言権を行使してくれた。だが、多くの者の目がある中で、本来使うべきでない権力を使用してしまった事が今の彼女の立場を悪くしているのも事実だ。

 聡明な彼女の事だ。そんな事をすれば、いずれ自分の首を絞める結果になってしまう事も分かっていた筈だろう。それでも彼女は躊躇わなかった。ならば———。

 

「…仲間の為なら、俺たち全員が全力で命を張る。それがヒュペリオン流……アイツが信じて繋いでくれた、俺たちの流儀……。…お前らぁっ‼」

「「「おう!!!」」」

「王家も教会も関係ねぇ。これは俺達に売られた戦争だ。なら全力で勝ちに行く。…アイリスを取り戻すぞぉっ‼」

「「「おう!!!」」」

 

 少年たちの唱和が砲声の如く響き渡り、屋敷の屋台骨を根元から揺さぶった様だった。「あ、あなた達……」と呆けた様によろめくイーヴァにレイトがそっと近寄り、「イーヴァさん、それに」と補足した。

 

「デブリーターの背後にいるのはアトラークなんです。ゼオラが確認したので間違いはありません」

「…っ⁈なんですって……?」

「だから、今回の件には何かしらの裏があると思うんです。そうでなければ、偽のパラディンを捕える目的くらいで、皇太子自らが赴いた理由も分からない。…あの人がアイリィにこだわる理由が、何かあるんじゃないでしょうか?」

「…お察しの通りよ。1つだけあると思うわ。証拠があるというより、女の勘に近いものなのだけれど……」

 イーヴァが口を開きかけた転瞬、

 

「奥様……!失礼致します」

 部屋の扉がノックされ、1人の初老の男性が部屋へと駆け込んできた。確かパニディエラ家の執事に当たる人だったと記憶している。白熱気味の空気を怪訝気味に眺め、焦りを滲ませながらもそこは一流の家令らしい落ち着いた所作でイーヴァへとゆっくりと近づいてきた。

 

「お取込み中、失礼いたしました。先程、塀の外からこの様な投げ文が放り込まれまして……。ディライト殿にお渡しする様に、と書かれておりました」

「俺に?」

 レイトが執事から手紙を受け取り、開封する。不躾な手紙には似つかわしい、やや筆跡の乱れた文面。余計な定型文もなしにそこに記されていたのは———。

 

「おい、何が書かれてんだ?」

「…ジェイク……あのワールドラーグからだ。アイリスの所在地を教えて欲しかったら、ここまで来る様にって書かれてる」

 

 手紙と一緒に同封されていた地図へ目を落とす。この近くにあるとうの昔に放棄された特区の跡地だった。僅かながら土壌のデブリス毒汚染も確認されており、現在は隊商や帝国軍の巡回路からも外れている、人気のない場所。裏を返せば、罠を仕掛けるには絶好のポイントだ。

 

「なんて言うか……ハッキリと罠っスね……?」

「確かにそうだけど……この中で、アイリィが何処にいるか分かる人はいる?」

 レイトが問うが頷く者はいなかった。一応アイリスが連れ去られた後、彼女を乗せた馬車が何処へ向かうのかこっそり後を尾けたのだが、ヘヴンラウンズの妨害に会い見失ってしまったのだ。シドニア王家が居を構える王都『ダルウィン』内部も探ってみたが、アトラークが戻っている様子はなかった。したがって現在アイリスの所在は全くもって不明なのだった。

 

「つまり、手繰れる糸はこれしかないって事か……」

「仕方ねぇな……。とっととケリを付けて来ようぜ」

「…いや、これには『ディライトが1人で来い』って書かれてる。だから今回は俺が1人で行くよ」

 拳を鳴らして逸るハイルをレイトが制した。確かに手紙にはレイト1人をはっきりと指名していた。だが、当然ハイルは不服そうに「おい待て」と声を荒げる。

 

「わざわざ敵の術中に嵌まりに行く気か?お前とあのワールドラーグの関係は聞かせて貰ったが……敵は何をしてくるか分かんねぇぞ」

「それでも、これを破ってアイリスの情報を逃す訳にはいかない。大丈夫、無理はしないから。ハイル達は戦いの準備を進めてて」

 

 シドニア王家に戦いを挑むというのは言葉にすると単純だが、それに際してまさかリンネの住民達を巻き込んだりする様な事態は避けなければいけない。作戦の立案や必要な道具の調達・整備まで含めて相当な事前準備が必要になる。ならばハイルにはここで音頭を取って貰った方がいい。

 

 加えて……彼の真意は未だに測り兼ねているが、少なくとも罠を張って待ち構える様な姑息な手を用いる人間ではない。誰にも言えないが、それだけは確かな確信が持てた。

 

 




どうも、一週間お休みを頂きました。今回からSaga14となります。
第2章『昏迷世界編』も終わりが近づいて参りましたが、実はボチボチと新作の準備をしていまして、少し更新のお休みを頂く事が増えるかもしれません。取り敢えず、来週は普通に更新予定です。

次回、遂にあの2人の決戦が始まります。乞うご期待。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。
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