◇◇◇
「そんな事……!そんな事の為にデブリーターを……!人を怪物にしてたって言うのか、アンタ達はっ‼」
ジェイクの口から語られたデブリーター創設の真実。だが、例え何を語られたとしてもレイトの怒りの感情が治まりはしなかった。
「信じられねぇか?…まぁ、そうだろうよ。元々突拍子もねぇ話だ。だが、他に方法がねぇのも事実だ。この堕ちゆく世界を……引っ張り上げて延命させる方法はな」
「ふざけんな!アンタらのしてきた事で、癒えない傷を負った人だっている。もう戻って来ない人だっているんだ‼それでも大儀の為だって……小さな犠牲だって言い切るつもりか!これからも、そう言い切ってどれだけの犠牲を出す気なんだよっ‼」
「それについては前に答えた。この世界で犠牲なんて珍しくもねぇ」
だが、ジェイクの意志も揺らぎはしない。ゾッとする程の酷薄さで、その鋭い双眸がレイトを睨みつけた。
「今の世界では、犠牲も理不尽も溢れすぎてる。デブリスによって、そして同じ人間の手によって、毎日人間がゴミの様に殺されていく。命がバカみたいに軽いこの世界で……今更それがなんだって言うんだ?」
淡々とした口調でありながら、その奥底に滲む峻烈な怒りの感情。出会ったその時から、『全ての人間が恩恵にぶら下がれる訳じゃない』と言っていたその時から、彼の根底にあった諦観と憤怒が綯交ぜになった心。それを真正面から改めてぶつけられ、遅まきながらレイトにも強く実感できた。
目に前の男が、本気でこの世界の救済を目指す者なのだという事が。
だが。
「…違う」
「…なんだと……?」
否、だからこそ。
「違うって言ったんだ‼」
目の前の男にすら負けない程の強烈な意志を秘めて、レイトが決然と宣言した。
「どれだけ脆くて、弱かったとしても……人の命が、人生が、軽い訳なんて絶対にない‼そして、アンタだってそれが分かってる筈だろっ‼」
「…なに?」
「俺を助けた時、『見返りを求めないから人助けってもんだ』っていうあの言葉……あれはアンタの本心じゃないのか?そう自分に言い聞かせてアンタは……人を助けて来たんじゃないのか?…奪った命の、穴埋めとして……」
「…………」
ジェイクは何も答えない。だが、その能面に僅かな綻びが一瞬走った事をレイトは見逃さなかった。
レイトにも確信があった訳ではない。だが、デブリーターの戦士・ワールドラーグとして許されざる行為に加担する一方で、本当にこの男はなんの見返りも求めずに自分を助けてくれた。後でゼオラに聞いた話だが、怪物になりかけていた彼女を哀れみ、せめて苦しまない様に介錯を提案してきたという。
見返りなく人を救おうと戦う救済者としての姿。
犠牲など珍しくもないと嘯く大罪人としての姿。
きっとこの男にとってはどちらもが本心なのだ。恐らく過去にも、多くの許されざる悪を為してきた一方で、まるでその分だけ他の命を掬いあげようと足掻き続けてきたのではないかと思う。来るべきこれから先の世界の為に犠牲となった、多くの人々の命を贖う為に———。
「…だけど、そんな事は……なんの解決にもなったりしない!奪われた命も、壊された人生も、何かで穴埋めできるほど安くなんてないんだ‼」
レイトの脳裏にいくつもの人々の姿が浮かんでいく。
憎悪に絆を断ち切られても、最後まで弟の身を案じ続けていたラウボー。
奉ろわぬ民達の悲劇と、それを止める事が叶わずに涙を流していたローゼンタール領主。
無念の死を迎えてしまった妹を、今でも弔い続けているモニク・マクベス。
そして———最愛の父を失ってしまったアイリス。
デブリーターに、この世の不条理に多くの悲しみを背負わされた人々の涙と、それでも微かに浮かんだ笑顔をレイトは決して忘れない。どれだけ脆くて弱くとも、確かにかけがえのない彼らの人生を———必要な犠牲などと言わせてはいけない。
レイトが懐から箱状の道具———ライドレンジアッパーを取り出し、2つの霊薬を装填した。
〈ワッツハップン!〉
「…前に答えた通りだ。俺は犠牲を……人を踏みにじる力の論理を、絶対に認めない。誰一人欠ける事なく、この世界ごと救って見せる!それが俺の……‼」
〈ウインド!オブシディアン!レ~ン・チン‼〉
「仮面ライダーディライトのサーガだ!変身‼」
〈ブートアップ、ディライト!サイバネティック・ハイパーニンジャ!ウィンディアレンジャー‼〉
暴風の様なエネルギーに包まれ、レイトの姿がディライトへと変身する。銀色のラインが走った黒紫のアンダースーツに、風のアーマムエレメントと結びついた金属質の装甲。通常のウィンディアナイツと比べて一番変化が激しいのは背部で、多数のブースターノズルが取り付けられた大型のジェットパックが取り付けられていた。
風と黒妖石のファンタスティックヒットの更なる強化体『仮面ライダーディライト ウィンディアレンジャー』の複眼がバイザーの奥でギラリと輝き、交戦の意志を突き付けた。それに対してワールドラーグは「ハッ、面白れぇ‼」と仮面の奥で笑った様だった。
「お前の意志と俺の意志……。どっちがこの世界の行く末か……はっきりさせようじゃねぇか‼」
ワールドラーグD2の背部の『ブレーザーウイング』から炎が迸り、再び上空へと飛翔した。落下する勢いのままに両腕の刃がディライトへと迫りくる———が、ウィンディアレンジャーの背部の『バリアンスアタッカー』から猛烈な突風が巻き起こり、ディライトの体が遥か後方へと飛び退った。そして、再び地面へと着地———する事なく、なんとワールドラーグD2を追いかけてその体を上昇させた。
やはり、とジェイクは思う。ディライトの形態の中には空を飛ぶ力が備わっているものがあると報告を受けている。空を飛べるというこちらのアドバンテージを覆す為にそれを行使してくるであろう事は予測を立てていた。
簡単にやれると思うなよ、と口中に呟き、猛然と迫りくるディライトに向けてワールドラーグの全身からアウトブレスが照射された。強化された熱波は超高熱のレーザーとなって、1本1本がまるで意志を持っているかの様にディライトへと殺到していく。だがディライトも負けじと全身に気合を込めて、体の各部からブラッキーエッジを射出して迎え撃った。空中にいくつもの光塵が星屑の様に瞬いては消えていく。閃光に両者の姿が明々と照らし出され、やがて両手に握った斬撃武器を構え、裂帛の叫びと共に突撃していった。
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」」
ワールドラーグへと近づきながら、左手に握ったミキシングラッシャーから銃火が迸る。だが、相変わらず全身から放たれる熱気の勢いに押されて、弾丸すらも途中でその威力を減衰させられてしまう。柳葉刀が弾丸を容易に撃ち落とし、全くその勢いを落とす事なく剣を振るった。瞬間的なパワーは向こうに分がある様だが、しかしスピードに関してはディライトも決して劣らない。空中で刃を器用に躱し、そのまま猛烈な速度で地面へと降下を開始した。
地面スレスレを飛ぶディライトに向けてワールドラーグがニードルガンを斉射する。エレメントドーズの影響を受けて普段なら牽制目的のニードルも恐るべき速度と破壊力を生み出す様になっていた。着弾点からいくつもの火柱が上がるが、ディライトは全てそれを巧みに躱す。そして姿勢を取り直し、地表で巻き起こった爆風に乗る形でその体を再度上空へ飛翔させた。
背中のブースターから猛烈な暴風を放ち、ディライトがワールドラーグより遥か上空へと一瞬で到達した。背後から注がれるソニアの光を纏う事で、ワールドラーグはこちらの姿を正確に捉える事には困難が生じる筈だ。その一瞬の隙さえあれば、両腕の刃をその身に突き立てる事も出来るだろう。まるで一陣の嵐の様に振り下ろされたディライトの刃がワールドラーグの首筋に達しようとするが———。
「甘いんだよぉっ‼」
「ぐっ………⁈」
ジェイクが叫ぶと同時に、体からまたしても熱波が放出され、ウィンディアレンジャーの生体装甲越しにダメージを与える。ワールドラーグの炎はこちらを攻撃するのみならず、膨れ上がった高熱は周囲の気流の流れをも乱す。ワールドラーグの周囲一帯は正しく灼熱の暴風域となって、寄る者全てを叩き落す鉄壁の鎧となっていた。
「何を足掻いたって無駄だぜ。俺の炎は、誰にも消せやしねぇっ‼」
ワールドラーグの翼が炎を纏って更に存在感を増す。その姿はまさしく、どんな大都市ですら1日で焼き尽くすと言われた竜の王。不遜で、暴虐で、誰の悲鳴も一顧だにしない無慈悲な伝説の破壊者そのもの。
だがレイトは怯む事なくその姿を睨み据えた。見た目の威容に惑わされるな。あれの本質はあくまでも怪物を纏った人間に過ぎない。恐れずに、曇りなき目で相手を見定め、立ち向かえ———!
「…ディライト、アイツに対処する方法はないか?」
レイトの声に応えて、全身のセンサーが周囲の情報を収集し、ハイレンジプレディクションへと集約していく。僅か一瞬の内に導き出された答えは———。
なし。根性あるのみ。
「…だよな。なら全力で……やり切るだけだ‼」
叫ぶと同時に、ライドレンジアッパーのダイヤルを3回捻った。
〈テラワット!!!〉
瞬間、ディライトの全身に取り付けられた追加装甲が展開し、上半身のオーバーグロウタービュラーと下半身のオーバーフライタービュラーが同時に起動した。全てのブースターノズルからエレメントが猛烈な勢いで噴き出し、ディライトの全身を包み込んで行った。
レイトの体がビリビリと悲鳴を訴える。この『テラワットブースト』はパワーとスピードの両面を強化する事が出来るが、そのぶん肉体にかかる負荷も大きい。これはあまり長引かせる訳にはいかないな……と決めて、再びワールドラーグ目がけて飛翔を開始した。
ワールドラーグが再び全身からアウトブレスを発射するが、それは全てセンサーが捕捉済みだ。迫りくるレーザーを全て巧みに躱し、少しもスピードを落とす事なくディライトがワールドラーグへと接近してくる。
「いい加減、しつけぇぞ‼」
ワールドラーグの炎が再び勢いよく燃え上がる。どれだけスピードが上がろうと、黒妖石のマテリアメイルが強度的に低い事に変わりはない。膨大な熱を発する今のワールドラーグにディライトは接近する事も出来ない筈だが———。
だがディライトはミキシングラッシャーとトランスラッシャーの2つの銃口を構えて、トリガーを引き絞る。瞬間、ウィンディアレンジャーの強化されたエレメントの力を纏った弾丸がワールドラーグに放たれた。弾丸に引き連れられた猛烈な嵐が周囲の空気すら引き裂いてワールドラーグへと直撃した。その暴風の余波を受けて身体に纏わりついていた炎が一瞬で霧消したのをディライトは捉えた。風によって炎の勢いを弱められるのはあくまでもほんの一瞬に過ぎないが、スピードに優れるこの形態ならばそれだけの隙は長い暇にも等しい。ディライトの手が迷うことなくベルトのスイッチへと走った。
〈エブリッション!テラ・ヴァリアントストーム‼〉
「せえりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ‼‼‼」
ディライトの体が回転し、正しく竜巻と化してワールドラーグへと突撃していく。負けじと振るわれた柳葉刀もその乱気流の前では紙屑も同然だった。ディライトの蹴りがその胸板を捕え、ワールドラーグの体に猛烈なエレメントエネルギーを注ぎ込んでいく。無数の風圧が刃となって装甲を削り取っていき、遂には限界を迎えた左腕のデブリシリンジャーが圧壊した。
変身が解除され、人間の姿へと戻ったジェイクが地面へと下降を開始した。デブリーターという鎧を失い、湧き上がる焦熱も消え去りながら、しかし心は不思議と凪いでいるのを感じていた。
力と暴威の論理が渦巻く世界で、虐げられず、自らの意志を貫き通して生きていく為に、ジェイクが手を伸ばしたのは同じ力の論理だった。理不尽に抗う為には同じ理不尽となるしか道はない。そんな矛盾への言い訳として、ない頭を散々に絞って捻りだしたのがデブリーターの目指す新世界への共鳴だったが……そんなものはまやかしなのだという事は、きっと昔から気付いていた。
暴力が生み広げるのはどこまで行っても悲しみと憎しみの連鎖でしかない。力を振るって勝ち取った世界でどれだけ豊かさを享受しようとも、生み出された悲しみは癒える事なく残り続け、新たな力の論理の火種となるだけだ。正しく、この世界を蝕み続けるデブリス共と同じ様に……。
だがそれも終わりにする時が来たようだ。ザマぁねぇな……と自嘲するのもそこそこにジェイクは目を閉じた。やがてこの体も地に堕とされて終わりを迎える。それはゾッとしない気もするが、こんな所でみっともなく足掻いて終わるなどもっとご免だ。せめて宣言通り、自分の命1つでも小さな犠牲になるものだと思いたい……と、意識を手放しかけるが、不意に何者かに胸倉を掴まれ、体がグイと引っ張られる様に浮き上がるのを感じた。
「小僧……⁈テメェなぁ……!」
「しっかり掴まってて。飛びますよ」
ジェイクを掴み上げると、ディライトは全身のブースターを再び噴かして地面へと着地した……が、直ぐに足が縺れる様にしてその場に倒れ込んでしまった。テラワットブースターの使用は体にかかる負荷が尋常ではない。暫くは指一本動かせそうになかった。
それは隣で横たわるジェイクも同様だった様だが、それでも意志力の限りを尽くしてレイトの方を向き、思いきり睨みつけてきた。
「お前……言っただろうが!相手を墜とすまでが戦いだってな。それだってのに……どういうつもりだ‼」
「そんなの知りませんよ……。でも、つもりも何もない……見返りを求めないから人助けってものでしょう?」
そう言ってハッキリと笑ったレイトにジェイクは今度こそ絶句した。どこまでも理想的で甘っちょろい少年。だが、そんなものに脅かされそうになる程に自分達の目指した世界が脆かった事に気付く。それを自覚した瞬間、ジェイクは腹の底から笑いだしていた。
「お前って奴は……つくづく大馬鹿野郎だな……」
「バカって何ですか⁉アンタが言った言葉でしょう⁉」
「見返りを求めないだと?バカも休み休み言え。お前のお嬢様の居場所を聞かないでどうするんだよ」
そう言ってジェイクがゆっくりと立ち上がった。まだかなりのダメージを負っている筈なのに、その堂々たる様は流石と言うべきだった。ジェイクの目線が東の空へと注がれた。
「シドニアとトンプソールの国境近く……そこに『ラヴァンツェイル』って王家の避暑地……まぁ、隠れ家がある。アトラークの野郎はそこに籠りっ放しって話だ」
「ラヴァンツェイル……。アイリィもそこに?」
「多分な。だが気を付けろ。あのバカ皇子の奴、武器やらお抱えの親衛隊やらをゴロゴロ集めてるって情報もある。やり合うならそれ相応の準備をして行け。…それじゃあな」
「じ、ジェイクさん……!どこ行くんですか⁉」
先程の戦いでジェイクも決して浅くない傷を負っている。本当ならこれ以上立っている事も辛そうなのに……。だが、当の彼はいつもと変わらない凄みのある笑みを浮かべて「さぁてな?」と混ぜっ返すだけだった。
「…傭兵稼業は終わりだ。どこかで新しい生き方を探すさ。虫がいい話かもしれねぇが……やっぱ他に償い方なんて思いつかねぇ……。…まぁ、もう会う事もねぇだろうが……やり切って見せろよ、レイト」
そう言い捨てて、ジェイクは歩み去って行った。彼がこの先をどの様に生きていくのか……気にならないではなかったが、レイト自身も彼のこれから全てを背負える程に強くはない。ならばせめて、与えられた情報を元に今は決して手放したくないものを手放さない為に全力を果たそうと決めた。
——待ってて、アイリィ。直ぐに君の所に辿り着く。
少年の瞳がが祈りと共に遥か東の空を、そこで待つ大切な人と確かな敵の姿を捉えて、強く輝いた。
◇◇◇◇◇
「…他国を併合する?まさか……戦争を起こす気なの?デブリーターを兵器にして⁈」
「その通り。デブリスに対抗しようと思えば、現状のドランバルド同盟だけでは不十分だ。先ずはアネスタとトンプソールを吸収し、全ての資源を1つの意思の元に管理する。そしてデブリーターの力を更に広げていければ……この国は更に強力な力を得る。きっと魔王ディアバルにも対抗できるよ」
「そんな訳ないでしょう!世迷い言もほどほどにしなさい。ただでさえデブリスとの戦いでどの国も疲弊しているこの状況で戦争なんて起こせば……デブリスの侵略を加速させるだけよ!」
陶酔する様なアトラークの言葉をアイリスの怒声が遮った。確かにかつての国家間戦争の余波もあり、三国家の関係は必ずしも良好とは言い難い。もしデブリスの脅威に本格的に立ち向かおうと思うなら、今よりも強固な同盟を締結し、資源や兵力の分配をより緊密に連携していく必要性が出てくるだろう。
だが、それを成し遂げる為に武力を持って他国を侵略する———しかも、人間を怪物化させる技術を用いるなど、とても承認されるとは思えない。必ずや戦乱は激化し、多くの人々が死ぬ事となる。そしてその結果、国力と人員はますます疲弊し……結果は火を見るよりも明らかだと言うのに、この皇太子にはそれすらも見えてない。民が生きている、人が死んでいくという事がどういう事なのかを紙面上の数値でしか理解していない、愚かな為政者の姿だった。
やはりこの男を放っておく訳にはいかない。精一杯の反感を瞳に込めて、アトラークの顔を睨みつけた。
「…教会が、神聖騎士が何の為に各国家を回って来たか分かる?人を救って、デブリスに立ち向かう勇気を示し、かつて勇者ディライトが示した光明をこの世に残し続ける……。そうする事で、全ての人々が恐怖に立ち向かえる世界を作っていく、その一助となる為よ」
パラディンに与えられる様々な特権———国家間を自由に移動できる権利や聖言権、国家の政策などに助言を与える事の出来る権利などは、須らくこの3つの国家が1つに纏まっていける事に寄与する、その為に存在するのだ。
それが為されるには長い時間がかかるのは否定できない。だがそれでいい、と思う。既存の世界体制を性急に崩せば、そこには更に大きな混乱と人々の喪失が待っている。デブリーターが押し進めようしているものは正しくそれが約束された、破滅の未来図だ。
「あなたが言っている事はただの机上の空論——いいえ、それ以下のただの妄想よ。教会や歴代のパラディン達が守ってきた願いを何も理解していない……。そんなものを———!」
「…言ってくれるじゃないか。所詮、偽物のパラディンでしかない癖に」
所詮、癖に、という言葉に嫌というほど力を込めて、アトラークの口元が不愉快そうに歪んだ。無遠慮にアイリスへと歩を進めると———徐に彼女の頭を鷲掴みにして固定する。嘲弄を帯びたアトラークの口が嘗める様な視線と共に寄せられ———。
「いやっ‼」
「ハハッ、可愛い声で啼くじゃないか。君にはその方が似合うよ」
這い回る怖気に耐えられず、思わず悲鳴を上げてしまった。嬲る様なアトラークの笑みが今の自分はただの力のない女だと訴えて恥じない。屈辱に歪むアイリスの顔を満足そうに鑑賞しながら、「大体だねぇ」とアトラークが口を開く。
「パラディンがしている事はどうなんだい?どれだけ怪物を狩って人々を救ったところで、所詮は対症療法に過ぎないじゃないか。しかも、彼らの多くは途中で消息を絶ち、どれだけの功績を為しているのかも定かじゃない。そんな者に希望を託す世の中の方がよっぽど非合理じゃないか」
「…………っ!」
パラディンに纏わる多くの否定意見の1つ。確かに記録上、彼らの大半は旅に出てから消息を絶ってしまう者も多いと言われている。元より危険なデブリスとな戦いに身を投じるのだから当然かも知れないが、それもあってパラディンの使命、そしてその功績についてはあまり人々に可視化されないのもまた事実だ。そして確かに彼らの戦いだけでは、未だに何も変えられないでいるのも……。
「知ってるかい?君がかつて憧れた神聖騎士———『ランスロー・エレイン』と名乗っていたそうだね。確かにアネスタの教会に彼の聖任の記録が残っていたが……その名前の、登録されていた出身地も
「…っ⁈ランスロー様……嘘よ、そんな事———!」
「本当さ、ちゃんと調べさせたんだ。分かったかい?君が追いかけてきたものも、君が信じたものも、全てはただの詐欺師だったんだよ」
アトラークの勝ち誇る様な声が、全て耳を素通りして消えていく。今まで自分が信じてきた世界が足元から崩れ落ちていく様に、アイリスはその場に蹲りそうになった。
「嘘……そんな……そんなの……」
「気に病む事はないよ、アイリィ。どだい、世界を個人の力で背負おうなんて事は不可能なんだ」
傍らに近づいたアトラークが少女の肩を抱き寄せて言う。
「ならせめて、君が背負える範囲……大切な家族と領民の命だけでも救い出せる道を選べばいいじゃないか。きっと天国のお父上もそれを望んでいる」
相も変わらぬ芝居がかった甘ったるい声で、しかし冷厳と突き付ける。
誇りなど放り捨てて、自分のものになれ、と。
提案の様でいてこれは恫喝だ。受け入れなければ、リンネで暮らすアイリスの大切な人たちはみな路頭に迷う事となる。それならばまだ良くて、最悪の場合はデブリーターの魔の手が彼らに何をするか分からない……。
分かっている。今の自分に選択肢などもうありはしない。
体を這い上がってくる怖気を一身に感じながら、アイリスは無力に頷くしかなかった……。
次回予告
偽る事が愛なのか?
夢見る事は罪なのか?
王の地『ラヴァンツェイル』に集結する、アトラークの尖兵たち。悲劇の前兆たる祝宴に、しかし楔を打ち込む者たちがいる。
“真似事”から始まった少年の道は“本物”へと至れるのか?
デブリーターとの最終決戦が遂に幕を開ける!
Saga15 『祝福~僕たちが作ってくストーリー~』