仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ

神聖騎士の立場を騙った咎で、敵の手に落ちてしまったアイリス。彼女を救い出す為に、レイトは因縁の相手ワールドラーグに勝利し、彼女の居場所を突き止める。

王の地『ラヴァンツェイル』にて、遂に決戦の幕が上がる……!


Saga15 祝福~僕たちが作ってくストーリー~①

◇◇◇◇◇

 シドニア帝国の最東端、トンプソールとの国境付近にある小さな特区———『ラヴァンツェイル』というその町の名を知る者は殆どいないだろう。町と言っても規模としては巨大な尖塔を有する城と数棟の家屋があるのみで特区としての主産業はないに等しい。一応はトンプソールの国境警備に努める兵士の練兵場、及び詰め所としての機能が与えられているが———それはあくまでも表向きの話だ。

 

 町へと繋がる道を1台の粗末な造りの馬車が駆けていく。だが、外面に反して中の座席などは一級の品が用いられており、また周囲を警護する騎兵の数も半端なものではない。見る者が見れば、やんごとなき身分のお大尽が乗る馬車ではないかと気付くだろう。

 

 馬車が城壁内に入って停車し、扉が開くとタラップから降りてきたのはシドニア帝国現皇帝のガルシア・ザイン・シドニアだった。皇帝の周囲をズラリと囲み、恭しく頭を下げる黒衣の騎士たち———ヘブンラウンズの面々を睥睨し、フンと鼻を鳴らす。

 

婚前式(こんぜんしき)と言うには……些か物々しさが過ぎるな」

「…それ以外にも、『新しいシドニア帝国の未来をお見せする』と手紙には書かれておりましたわね。その都合でしょうか?」

 

 皇帝の背後に控える女性の名はシンシア・エル・シドニア。名が示す通り、皇帝ガルシアの妻であり、皇太子アトラークの母に当たる人物である。つまるところ、この国の統治者がこの辺境の町に集められた格好だった。

 ラヴァンツェイルの秘められた目的———それは主にシドニア王家にとっての別宅というものだった。神より与えられた王位という絶大な権力と引き換えに、王族の生活は常に余人の目に晒され続けるという制約がある。王家たるものの責務———と言えばそうかも知れないが、一時でもそうした目線から逃れる為にこうした場所が必要となってくる事もあるのだ。それが特に王族内の今後に深く纏わる事となれば尚更だ。

 

 パニディエラ家の長女・アイリスとアトラークが婚約した旨の通知が皇帝夫妻に届いたのは、つい先日の事だった。そして、ここラヴァンツェイルにて婚前式を本日開くという事も。この通知にはシドニア皇帝として決して平坦な人生を歩んでは来なかったガルシアも面食らった。

 

 アイリスとアトラークは確かに今は亡きレイフ・パニディエラとの協議によって婚約関係を結んでいた。だが、それは彼女が神聖騎士に聖任された事で、ご破算となった筈なのだが……。そこまで考えたところで、

 

「父上、母上。お待ちしておりました」

 砦の扉が開き、アトラークが恭しく頭を下げる姿が見えた。婚前の儀式に相応しい豪奢な礼服に身を包んでいる。

 

「急な通達で申し訳ございません。なにぶん本当に急遽決定したもので……おや、(ビリウス)は来られなかったのですか?」

「今はアネスタに公務に出ておる。…それより、どういう事なのか説明をせぬか。アイリス殿は神聖騎士に聖任されているのではなかったのか?」

 

 王の妻というのは物語に出てくる様な華やかばかりの存在ではない。王家に名を連ねる者として様々な役割が与えられているものだし、皇帝が不在の時には変わって国務を遂行する事も求められる。神聖騎士に婚姻の制限はない筈だが、少なくとも両方を成立させる事は不可能だと思える。だがアトラークは「なんだそんな事ですか」と軽くせせら笑うだけだった。

 

「ご安心を。彼女はもうパラディンではありませんから」

「…なんだと?どういう事だ?」

「捻った意味はありませんよ。僕との結婚を受け入れた事で、あの紋は消え去りました。…まぁ、詳しい事はいずれ説明いたしますよ。婚前式の前にあまり込み入った話はやめましょう」

 

 そう言って父母を先導し、アトラークが階段を登り上がっていく。その足取りはどこか浮足立っている様にも見えるが、同時にどこか酷く落ち着きがない様にも思えた。

 

 まるで何かをひどく急いているのか……または何かに怯えているかの様な……。ラヴァンツェイル全体に広がる物々しい空気感からガルシアにはそう思えてならなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 鏡に映った自分の姿を眺めた時……まるで自分じゃないみたいだ、という感想がアイリスの胸に去来した。今に限らず、ここ数日の間はこの様な心境になる事が多かった気がする。まるで自分と世界を茫漠とした膜によって隔てられてしまったかの様な。まるで自分の魂だけが遊離して地上に残された肉体の行動だけを眺めているかの様な……。

 

「アイリス様、とてもお美しいですよ」

「…ありがとうございます」

 支度を手伝ってくれた女性の使用人に、鏡の中の自分が軽く頭を下げた。彼女が今着ているのは薄いピンク色をしたオフショルダーのワンピースドレスだ。正式な婚礼の際に着る純白のドレスとは異なるが、それでも彩りや装飾などどれをとっても着る者の美しさを際立たせる優れたデザインだ。アイリスであったとしても、一度はこうした華やかな衣装に身を包む事に憧れがなかった訳ではない。

 

 着慣れないドレスに身を包み、薄い化粧で彩られた自分の姿。だが、何度眺めていてもそれを自分と捉えるのは困難だった。

 

 婚約と言っても王族の挙式がそう簡単に行われる訳もない。国の代表が結婚するともなれば国内中にそれを喧伝し、周辺国の首脳陣も招いての壮大な式が行われるのは常だ。だからこそ、今日はあくまでも婚前式——即ち両家の家族が揃い、結婚の誓いを立てる儀式だ。アイリスはこの後、一度シドニア王家に養子入りし、そこで宮廷内での作法や振る舞い方を叩き込まれた後に国を挙げての壮大な挙式を行う事になる……とアトラークが自慢げに話していた。

 

 結婚。いくら正式な挙式まで猶予があると言っても、今日を境にアイリスは好きでもない男の妻となる。しかも夫となる男は父を死に追いやり、今もなおこの国の民に苦しみを強い続けている組織の首魁であるのだ。その事実と———それを知って尚、この選択肢しか選べない自分に心底吐き気を催しそうになる。

 

 ——だって仕方がない。

 ——こうしないと、皆が……。

 

「アイリィ、入るわね?」

 扉がノックされ、控室へと入って来たのはアイリスの母・イーヴァだった。今日の婚前式の為にリンネから呼び出された形だったが、ここ数日は準備に追われて碌に顔を合わす暇もなかった……否、意図的に避けていたと言うべきかもしれない。

 

 ——これから自分が父を殺した男の元に嫁ぐと知ったら……母はどう思うだろうか?

 一瞬、全てを曝け出して母に泣きつきたい衝動がアイリスの全身を支配したが、精一杯の意志力でそれを律した。勿論そんな事は許される筈がない。醜い裏切り者の自分がもう誰かに縋り付く事なんて———。

 

「とてもよく似合っているわ。…ちょっと性急で驚いているのは事実なのだけれど……おめでとうと言うべきなのよね?」

「…はい、お母様。ありがとうございます……」

 ——良かった。母は何も知らないらしい。

 

 アトラークとの結婚に当たってアイリスが神聖騎士を騙っていた事実は完全に隠匿される事になった。後にあの逮捕は間違いであり、そしてアイリスが神聖騎士をやめてアトラークと結婚する事になった、という事実だけが伝えられる事になったのだそうだ。

 

 アトラークと結婚すれば、アイリスはもうパニディエラ家の人間ではなくなってしまう。王家の養子となってしまえば、もう再び相見える事も叶わなくなってしまうかもしれない。そう考えると再び足元が崩れ去っていく様な喪失感に全身を支配されるが、精一杯にそれを封じ込めた。演じる事なんて簡単だ。今までも散々繰り返してきた事なのだから———。

 

「…お母様、最後の最後までご心配をおかけして申し訳ありません。でも、アトラーク様ともよく話し合って決めた事ですから、後悔はありません。旅で培った経験も忘れず、これからもこの国の未来の為に尽力していきますので……ご安心して下さい」

 母の手を取り、練習してきたセリフを精一杯口にする。イーヴァも最後は安心した様に、でもどこか寂しそうな笑顔を浮かべてアイリスをギュッと抱きしめた。

 

「我が子の旅立ちを祝福できる事は、親にとっては最上級の喜びよ。…でもね、アイリィ。これだけは最後に聞かせてちょうだい」

「…お母様?」

「アトラーク皇太子との結婚は、本当にあなたの意思なの?…もしかしたら、私たちと領民たちの為に、無理をしていない?」

 イーヴァの言葉にアイリスの胸がドキリと鳴りかける。婚姻を受け入れれば、今後のリンネの住民たちの面倒を引き受ける。それこそ正にアトラークが持ちかけてきた条件そのものだったからだ。

 

 オーエンが死に、当主が不在となったリンネはこのまま行けば他の貴族家によって接収されてしまう可能性が高い。そうなればアイリスの家族や昔から仕えてくれた家令達、そしてリンネの領民達はあの街から追い出され、路頭に迷ってしまう可能性もある。旅の道中に何度も目にしてきた壁の外の民たちの様に……。

 例えアトラークに首を垂れる不実を冒してでも、そんな事を許す訳には行かなかった。だからどれだけ何を問われても、ここで頷く事はできない。

 

「アイリィ、もしそうだと言うのなら、私たちは———」

「お取込み中、失礼致しますよ」

 イーヴァの言葉を遮り、無遠慮にアトラークが部屋へと踏み込んできた。人の話を遮っておいて悪びれた様に、「これはイーヴァ様、失礼いたしました」と慇懃に頭など下げて見せる。

 

「お話し中のところ、大変申し訳ないのですが……この後の事について彼女と話がありますので。また後程、時間を取らせて頂きますので」

「…ああ、そうね。申し訳ありませんでしたわ。…それではアイリィ、また後で」

 表情を取り繕った母がゆっくりと頭を下げて部屋から退出していく。それを見送った後、アトラークがジロリと不審げにアイリスを睥睨した。

 

「余計な事を言わなかっただろうね?」

「…言う訳ないでしょう」

「そりゃ結構。それにしても……」

 アトラークの視線が遠慮なく軽く彩りを加えられたアイリスの顔を見つめ、ついでざっくり開いた胸元やラインが浮き出た足腰を嘗め回す様に視線を注いでいく。それだけでアイリスの全身を毒虫が這い回る様な怖気が包みこんでいく。

 

「うん、綺麗だねアイリィ。やっぱり君はあんな鎧を着て走り回るより、こっちの方が似合うと思うな」

「……………」

 

 言われても嬉しくはないし、甚だ不本意ではある。だが、大切な人々を人質に取られ、武器まで取り上げられてしまった彼女に抵抗する術などある筈がない。それが分かっているからこそ、アトラークは検分する様な視線を緩める事はない。邪気に満ちたその目が注がれる度、悔しさと同時に、自分がただそれに抵抗する事も出来ない無力な女なのだという事を突き付けられる……。そんな様を反抗的と受け取ったのか、アトラークがチッと舌打ちを1つ漏らした。

 

「…言っておくけどね、僕が組織を作ったのもこんな事を提案しているのも、全ては世界を、そして君を救い出す為だよ。その事はゆめゆめ忘れないで貰いたいね」

「…分かってる。分かってるわよ……」

「『分かってますわ』だろう?全く……。…まぁ、いいか。仕込むチャンスはこの先いくらでもある……」

 そう言ってアイリスに来る様に促す。時刻はそろそろ昼頃。いよいよ儀式の時刻が迫っているのだ。振り返ると姿身に映る自分の瞳が、哀切の色に歪んでいた。だが、それを振り切ってアイリスは外へと歩み出した。

 

 ——弱さも強さも、全部ここに置いていこう。

 ——私がいなくなりさえすればいい。だって……。

 ——だってそれが、皆が幸せになれる方法だから。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 そんなアイリスの懊悩を壁の影に隠れて見つめながら、イーヴァはそっと使われていない部屋の1つに滑り込む。ドレスのひだの中から手鏡の様な箱を取り出し、中を弄っていく。ダイヤルの様なメモリを所定の位置にセットし、イーヴァは箱———手鏡に偽装されたジャイロシェルフィーを耳に押し当てた。

 

「レイト君。あなたとゼオラの読みが当たったわ。作戦の決行は予定通りでお願い」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 ラヴァンツェイルの大広間には既に皇帝家とイーヴァ、そして今回の式の立会人を務めるジョーンズ司祭が揃っていた。扉が開き、アトラークとアイリスの両名が入室すると、皇帝とジョーンズが僅かに息を呑んだ様だった。薄桃色のドレスに身を包み、儚げに顔を伏せるアイリスの美貌はそれほどまでに突出している。

 

 両名が歩み始めると楽隊が静かな祝福の音楽を奏でだす。それを拍手で迎えるのはこの国の頂点である皇帝夫妻たちだ。彼らがアイリスと出会った回数はそう多くはないが、彼女の人柄に関してはじっくりと聞き及んでいる。雲上人とも言うべき彼らに歓待を受け、遂に結婚という晴れの日を迎える。正しく女性としての幸せの絶頂と言えるかもしれないが、やはりアイリスの心はここに来ても暗く淀んでいた。

 

 この後、司祭の前に進み出た2人は教会の前で永遠の愛を誓い、指輪をはめ合う事で晴れて夫婦として認定される。きっとその瞬間からアイリス・パニディエラという精神は崩れ去り、この世に残されるのはただの肉体の抜け殻だけだ。それは下手をすれば、どことも知れぬ土地でデブリスに食い殺されてしまう未来より恐ろしく思えた。気を抜けば竦んでその場から動けなくなりそうな足を叱咤して、アイリスは無理やりにでも歩を進めていく。

 

 ——考えるな。

 ——こんな事は苦しみでも何でもない。

 ——自分の大切な人達に背負わせるかもしれない苦痛を考えればこれくらい……。

 

「…それでは、これより婚前の儀を執り行わせて頂きます」

 

 いつの間にか祭壇の前に迫っていたらしい。ジョーンズのいかつい顔を真正面から見つめながら、アイリスは物思いを打ち切り、ただ静かな彫像に徹する様に務める。

 

「アトラーク・フォン・シドニア、そしてアイリス・パニディエラ。今日ここに進み出でて夫婦の契りを交わさんとする者……相違はないな?」

 はい、とアトラークが傲然と、アイリスが愁然と肯定する。たった2言を発しただけなのに、それだけで口中が干上がってしまう様だった。

 

「では汝らに問おう。この誓いを生涯心に抱き、病める時も健やかなる時も心が共にある事を誓約するか……アトラーク・フォン・シドニア?」

「誓約します」

 アトラークが胸に手を当て、はっきりと答えた。ジョーンズは満足気に頷き、今度は「それでは……アイリス・パニディエラ、誓約するか?」と問いかけてきた。

 

 嫌も応もない。それしか自分に道はないのだから。アイリスの口が誓約を誓おうと開きかけるが……まるで声が喉の奥の張り付いてしまった様に出てこなかった。

 本当にそうだろうか、と心の奥が騒めいている。死の際に父が遺した言葉……『どうか、心のままに』と言ってくれた父に恥じない道だと本当に言えるだろうか。困難に抗い、この世に微かでも希望の火を灯し続ける、彼女が憧れたパラディンの理念に悖らない選択だと胸を張れるのだろうか。

 

 何よりも。

『命を失う痛みも…大切な人を奪われる悲しみも…これ以上誰かに味わわせたくない…!もうそこから…目を逸らして逃げたくもない…!今、逃げない理由は…それだけで沢山だ‼』

『…この世界には…確かに理不尽も不条理も、悲劇もある。だけどそれは、幸せを諦めていい理由にはならない』

『…人の心ってさ、きっとそんなに簡単じゃないんだよ。誰かを信じる強さもあれば、それでもつい心配しちゃうような弱さもあって……矛盾しているかも知れないけど、それでも1つの心なんだと思う』

『ここから先は……俺のサーガだ‼』

 

 どんな困難や恐怖を前にしても、決して折れて屈する事がなかった()()()()に、誇れる道なんだろうか?

 

 脳裏に浮かんだ少年の顔。その瞬間、胸の苦しみがいよいよ耐え難くなり、薄い皮膚を引き裂いて血が滲みだしそうだった。いけない、とどれだけ思っても激しい感情のうねりが堰を切った様に胸の奥から溢れ出してくる。

 

「アイリィ……早くしないか」

「急かしてはなりませんぞ、皇太子。…アイリス殿、どうなのですかな?」

 皇太子の苛立ちもジョーンズの問いかけも、そして会場にいる人々の不審そうな気配も全て感じている。せめて頷くくらいしなければ、と思っても体は頑として動いてはくれなかった。

 

「アイリス殿、心よりの言葉をお聞かせください」

 

 ——私の心?

 ——…そんなものは決まっている!

 ——嫌だ……好きでもない人間に下って、自分を消してしまう生き方なんて!

 

 アイリスの喉の奥から絶叫が迸りそうになった刹那、バタバタと廊下を慌ただしく駆ける音と共に、ドアが開け放たれた。黒衣の鎧を身に纏ったヘヴンラウンズの団員が「アトラーク様、ご報告いたします!」と膝をついた。

 

「…なんだ?婚儀の最中であるぞ。無礼であろう」

「ハッ……それが、この砦に向けて何かの大群が接近中であるとの報告が、見張りから……」

「何かとはなんだ?報告は明瞭にせよ。デブリスか?」

「わ、分かりませぬ……。ですが、とにかく信じられないくらいの速度であると———」

 

 兵士の言葉が終わらぬ内に、確かに外から猛烈な轟音が響き渡ってきた。相当な数の郡塊が地を蹴立てて疾駆する音。だが、明らかに生物の足音とは根本から異なる、鉄が地面に叩きつけられる様な大音響。更に地上4階のこの広間にまで響く、獣の叫びの様な(いなな)きは……。

 

 ——まさか……⁈

 

 瞬間、空気を震わせる程の爆音と共にラヴァンツェイルの石壁が吹き飛ばされる音を確かに聞いた。「ひぃっ⁈」と情けない叫びを上げるアトラークを捨て置いて、アイリスが弾かれた様に広間から通じるバルコニーへと飛び出した。

 

 猛烈な粉塵を上げて、確かに石壁の一部に巨大な風穴が開いていた。あまりに常識はずれな事態に、中庭に配置されたヘヴンラウンズ達も騒然としている様だった。そして、そんな混乱した空気を引き裂く様に再び咆哮が鳴り響き、何かが石壁の上へと降り立った。車体に動輪を備え付けた複雑な形状の鉄馬——マシン・ユニオンスティンガー。そして、そこから降り立ち決然とした表情でこちらを見つめるその姿は———!

 

「…レイト……‼」

「アイリィ……お待たせ‼」

 

 騒乱に震える空気の中で少年の、夢にまで見たレイトの声だけがアイリスに耳にしっかりと響き渡った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 これだけの距離が離れていても、レイトとアイリスの目線は互いを強く捕えて離さない。そんな様をやれやれ……と眺めながら、ハイルも乗っていた青と銀の二輪車から降り立った。

 

「…ったく……俺達もいるぜ?ヒュペリオン‼」

 

 ハイルの叫びに応じて、怒涛の如き勢いで無数の二輪車や馬車が石壁に穿たれた穴を潜って、ラヴァンツェイルへと雪崩れ込んできた。マヤとハイルが考案し、ここ数日の間にヒュペリオンの技術班が総力を挙げて量産したオフロードタイプのバイク、その名も『マシン・エリアルファング』だ。それに跨った総勢180名にも迫らんとするヒュペリオンの大部隊が、手にそれぞれのエモノを握りしめて地を揺るがす程の絶叫の大合唱を奏でだした。

 

 更に、

 

「私たちもいるぞ–––––––––––––––––––––!!!!!」

 

 再度石壁を打ち破り、巨大な怪物———否、ツールド・ファミリア『リヤカードリフター』とそれにしがみ付くマヤとゼオラの姿が見えた。弓矢と二振りの刀を握りしめながら、相対する兵達を強く睥睨していく。

 

 今ここに全ての力が結集した。それを合図にレイトは真の敵に向けて決然と宣言した。

 

「アイリィを返して貰うぞ、アトラーク・シドニア‼」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「マヤ……ゼオラ……それに、皆も……」

 

 広間のバルコニーから見える彼らの姿はまだ手が届かない程に遠い。だが、永遠に届かない程の彼方へ行ってしまったと思っていた仲間達の姿が、そこにある。それだけで虚ろで冷え切っていた心に微かな光が灯り始めた様だった。長らく遊離していた精神が、再び肉体へと戻ろうとしているかの様な———。

 

「ハッ!『返せ』だって⁉バカバカしい、君たちは何も分かっていないようだねぇっ‼」

「きゃあっ⁈」

 だが、背後から歩み寄ってきたアトラークがアイリスの髪をむんずと掴まえ、思いきり引き寄せた。薄いドレスの布越しにあの銃身を詰めた様な銃器を押し付けてくる。

 

「アイリィ……奴らを追い返すんだ。君の命令なら聞くだろう?」

「ぃやっ……!そんな事———‼」

「…忘れないで欲しいなぁ……。もし言う通りにしないと、君の大切な人達がどんな目に合うか……分からなくはないだろう?」

「……………っ‼」

 囁くアトラークの声がアイリスの全身を嬲る様に駆け巡る。その瞬間、冷や水を浴びせられた様に彼女を現実へと引き戻した。

 

 ——そうだった。このままじゃいけない。

 ——私に選べる道なんてない。

 ——民を守らなくちゃ。

 熾りかけた火が再び消え去り、凍てついた氷塊がまたアイリスの胸中に広がっていく。アトラークの拘束から逃れ、ゆっくりとバルコニーの縁へと近づいていく。

 

「…レイト……なにしに来たの?」

 風のない海の様な、抑揚を欠いた無感情な声。それに加えて人形の如き能面相でアイリスがゆっくりと仲間達へ語りかけた。

 

「私を助けにきたつもりなの?だと思ってるなら、とんだお笑い草よ。私がそんな事を望むと思ってるの?」

 言いながら、自身の言葉が錐の様に胸の奥を貫いていく。その痛みに倒れそうになりながらも、アイリスは尚も言葉を紡いでいく。

 

「私がどんな人間か知らないでしょう。なら教えてあげるわ。パラディンの旅なんて、私にとってはあの家から逃げる為の手段でしかなかった。全然本気じゃなかったのよ」

 

 ——心なんて、千切れてしまえばいい。

 ——卑怯で汚い私に、そんなものは必要ないから……。

 

「分かる?ただの子どもの遊びよ。そんな事に付き合わせてしまった事は申し訳ないと思うけど……私はもう目が覚めたの。皇太子殿下と結婚して、私は私の幸せを掴む。それが私の望み、本心よ。だから———」

 

 ——だから、どうかお願い。

 

「もう、邪魔をしないで。()()()()()()()()は……もう終わりよ」

 

 ——私の事は忘れて。

 ——これからも生きて。

 

 

 

「…アイリィ」

「………っ」

 

 それなのに。

 

 それでも揺るぎなく、こちらを向いて微笑むレイトの言葉は。

 呼びかけてくれるその声は。

 傷だらけの心を、どうしてこんなにも優しく包み込んでくれるのだろうか。

 

「俺……いや、ここにいる皆がもう分かってるよ。君が吐いた嘘も、犯した間違いも……それに君がずっと苦しんできたんだって事も。…でも、それが分かっててもここまで来たんだ」

 

 レイトだけではない。マヤもゼオラもハイルも、見知った顔の全てがアイリスをじっと見上げて、揺るぎなく微笑んでいた。彼女の間違いを認めて、それでも構わないと伝えるかの様に……。

 

「アイリィ、隠してる事は誰にだってあるよ。俺だって、弱い心をずっと仮面で隠して戦ってる。でもそれが出来たのは、君がいたからだ。あの時、君が道を示してくれたから、今の俺がいるんだ!」

 

『こんな世界で、希望は長く続かないって言う人もいる…。でも、私はそうは思わない。誰かの心を長い間、ずっと照らし続ける様な…そんな灯し火みたいな希望はきっとあるんだって思う。…自分がそれになれるかなんて烏滸がましいけど…そんな希望を誰かに齎せる様な自分でありたいと思う…。それが私の、今の夢…』

 そう言って火影に揺らめく少女の顔を見た時、レイトの心は確かに決まった。触れれば折れそうな細腕を必死に振るってこの世界に対峙し続ける少女の思いに心惹かれたからこそ、レイトは戦う事を決意した。彼女が語ってくれた思いの全てが、今のレイトを形作るルーツなのだ。

 

 そして———。

「…俺だけじゃないよ。ここにいる誰もがみんな同じ思いを抱えてる。ほら……」

 レイトの声と共に、ヒュペリオンの団体の中から数十人程の人の群れがゆっくりと歩み出してきた。彼らの姿を見つめた瞬間———アイリスは今度こそ息が出来なくなった。

 

 先頭に立っているのは、長年パニディエラ家に仕えてくれた筆頭執事だった。噴煙たなびく戦場には不釣り合いないつもの礼服に身を包み、アイリスをしっかりと見据えて恭しく一礼している。

 更にその背後にいる人々の多くは、簡素な生成りの衣服に身を包んでおり、とてもではないが戦闘要員には見えない。だが、この距離からでも彼らの姿は直ぐに判別できた。よくパニディエラの屋敷に出入りしていた革職人の夫婦に、染物屋のおじいさん。昔、怪我をしたアイリスを手当てしてくれた薬屋のおばあさんも両手におたまをしっかりと握りしめて、こちらに何かを訴えている様だった。

 

 みんな、アイリスのかけがえのない人々……リンネの住人達だった。

 

「…そんな……皆どうして……?」

「皆、リンネを捨てて来たんだ。君を助ける為に」

 

 あの街で過ごして分かった事がある。リンネの住民たちはみんな例外なく、アイリスの事を好いているという事だった。アトラークがリンネの住人達を人質に取ってアイリスに何かを要求している可能性がある……と予測したレイトとゼオラは、ならば先手を打って彼らを街から出してしまえばいいと考えたのだった。

 少女1人の為に、今までの生活を根こそぎ捨てなければいけなかったのだ。無理な提案ではあろうと思ったが、リンネの住人達は皆が迷うことなくこの作戦に賛同してくれた。それは、アイリスが本物の神聖騎士でないと知って尚、一切揺らぐ事はなかった。

 

「お嬢様……我ら一同、勝手ながら街を飛び出して参りました。だからどうか……我らの為にこれ以上、心を痛めるのはお止め下され!」

「子どもの頃より、あなたから頂いた心遣い……皆、感謝してんだ!」

「そうとも!嬢っちゃまが不幸になるなんて結末……誰も納得しやしないよ‼」

 

「アイリィ、分かる?これは君のしてきた事の結果だよ。例えパラディンじゃなかったとしても、君のしてきた事は……君の心は嘘じゃなかったんだ‼」

 

「う………うぅっ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!」

 

 アイリスの口から漏れた小さな嗚咽が、堪え切れない感情の洪水となって漏れる。こちらを見上げて叫ぶ皆の声が、表情が、そしてレイトの言葉が小さな灯火となって胸の中に広がっていくのが分かる。その瞬間に、凍てついた心が融けだして、雫となって瞳から溢れ出してきた。

 

 ——どうして……?

 ——こんな嘘つきで、卑怯な私なんかの為に……!

 

 旅をする傍ら、アイリスの心にいつも根差していた罪悪の火。偽りの使命に邁進しながら、どこかで自分は嘘を吐いて、故郷を捨てただけだとその火が訴え続けていた。人々の賛辞も、仲間達の笑顔も、向けられるべきは己ではない。己自身は何者でもないのだから、と……。

 

 ——…でも、レイトの言う通り、これが1つの結果。

 

 ——私のしてきた事は……間違いなんかじゃなかった!

 

「アイリィ、君の心を聞かせて?今の君が、本当に願ってる事を」

「…私の、心……」

 

 ——そんな事は決まっている。

 ——もし許されるのならば……。

 

「…また、皆と旅がしたい!パラディンになんかなれなくても……誰かに小さな希望を与えられる様な……そんな私になりたい!だから、レイト……‼」

 ——どこまでも。

 ——あなたと一緒に……。

 

「…私をっ……ここから連れ出してっ‼」

「…分かった‼」

 

「き、貴様らぁっ‼茶番も程々にしろぉっ‼」

 アイリスの背後から躍り出てきたアトラークが、彼女を弾き飛ばし、憤怒の形相も露わにレイト達を睨みつけた。手に握りしめた銃器をレイトに向けながら、口角泡を飛ばして絶叫する。

 

「自分達がしている事が分かっているのかぁっ⁉王家の領地に武力を持って踏み入り、挙句の果てに婚礼の儀を邪魔立てするなぞっ……明確な国家反逆罪だぁっ‼勇者ディライトだか何だか知らんが、こんな事をして許されると———あひぃっ⁉」

 アトラークの怒りの弁舌が最後まで紡がれる前に、レイトの握りしめたトランスラッシャーがその足元に向かって放たれた。無様な悲鳴を上げてアトラークがその場にもんどりを打って倒れ込む。

 

「…望むところだよ」

「レイト、そういう事はもっとデカい声で言いなさい」

 

「望むところだぁ––––––––––!!!!!」

 

 レイトの叫びが、さながら万雷の砲火となってラヴァンツェイル中に木霊した。それに呼応した仲間達もまたそれぞれの武器を構え、臨戦態勢を整えていく。砦中に広がっていく殺気の渦に、アトラークはただ呆然とするばかりだった。

 

「…き、貴様ら……狂っているのかっ……⁈」

「狂ってるのはアンタでしょうがこの変態‼乙女の純愛を弄ぼうとした罪、ぜぇっっっったいに償わせてやるっ‼」

「私もだ。貴様には返さなければいけないものが山ほどある。覚悟しておけ、アトラーク」

「…まぁ、そういう訳だ。精々そこで地べたを舐める練習でもしときな、バカ皇子」

 

「…き、貴様らぁぁぁぁぁっっっっっ!!!もう許さんぞ‼ヘヴンラウンズッ‼」

 我慢も限界だとばかりに、アトラークが自身の配下の黒騎士達に叫んだ。

 

「殺せっ‼ソイツらを1人残らず殺せぇぇぇぇぇっっっ‼」

 

 はっ、と王家直属の騎士隊が一斉に唱和し、その腕にブレス状の器具——デブリシリンジャーを取り付けていく。全員が一斉に「錬身!」と叫び、その身を黒色のジェヴォールトデブリーターへと変化させていった。

 砦中が怪物の力を宿した兵士によってあっと言う間に埋め尽くされた。アトラークが悠然とほくそ笑む。こうした事態を備え、この地にいるヘヴンラウンズの全団員にデブリシリンジャーとデブリドラッグを渡してあったのだ。奴らがどれだけの戦力を備えて来ようとも、この数の前では為す術もない筈———。

 

 だが。

 

「…ざっと見て、300ってとこか?ちったぁキツいか……」

「ポジティブに考えよう。俺とお前で150体ずつだ。少しは楽だろ?」

「レイト君、私たちもいるわ。リンネの人達を守りながらになるけど……50は引き受けてあげる」

「そうだな。だから……アイリィを頼むぞ?」

「ああ……分かった。頼むよ、みんな‼」

 レイト達が怯む事はなかった。誰もが強い決意をその表情に秘め、目の前の敵を決然と睨みつけていく。

 

「行くぞ、レイト‼」

「ああっ‼」

 

〈ライトブレード!テリフィック!閃光の魔剣‼〉

〈ライト!シルバー!ファンタスティック!栄光のレシピ‼〉

 レイトとハイルがそれぞれの変身アイテムに霊薬を装填していく。変身ポーズと同時にどこか神聖な破邪のエネルギーが戦場一帯に満ちていく様だった。揺るぎない2人の意志が、やがて声となって唱和した。

 

「「変身‼」」

 

〈スラッシュ!刀光剣影!ソーディア、ライトブレード‼〉

〈オールセット、ディライト!ライトアップブレイバー!ミスリックナイツ‼〉

 

 光輝に包まれ、2人の姿が変わる。

 

 光銀の勇者、仮面ライダーディライト。

 神速の剣人、仮面ライダーソーディア。

 

 並び立った両雄の視線が前方一点——アイリス達がいる大広間へしかと据えられた。

 

「仮面ライダーソーディア……剣身一体となりて、悪を斬る!」

「仮面ライダーディライト……ここから先は俺の……いや、俺たちのサーガだ‼」

 

 それが合図だった。咆哮を上げる怪物の軍隊と、勇者率いる逸れ者の騎士団達が、うねりを上げる渦となってぶつかり合っていった。

 

 




文体に関しては色々と試行錯誤してまして、この文体が一番書きやすかったですが、体裁を整えるのが大変ですね。一長一短あるものです。

さて、遂にここまで来れました。今までの話は全部この時の為にあったと言っても過言ではない!大袈裟でも何でもなく。
第2章クライマックス、どうか最後までお付き合いください。

ご意見・ご感想など頂けるとすんごく励みになります。
それではっ。


※新作始まっています。興味のある方はそちらも是非っ。
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