最後まで目を離さずに。
◇◇◇◇◇
「アイリィ!良かったぁ……また会えて、本当に……」
「全く無茶な事を……。…でも、あなたらしいと言えばあなたらしいか」
「違いねぇな。全く、やっぱアンタは大した奴だよ」
「みんな……。…うん、来てくれてありがとう」
馬上で遠慮なく啼き咽ぶマヤ。いつもの少しシニカルな笑みを浮かべて、しょうがなしとでも言いたげに肩を竦めるゼオラ。相も変わらず不遜で、それでも掛け値なしの賛辞をくれるハイル。ここに集った1人1人に礼を言った後、少女の顔がゆっくりとディライトへと向けられる。その瞬間、両者の間で言葉にならない数多の感情が溢れ出しそうになった。
ここに来るまでに、この瞬間の為に、多くの困難を乗り越えてきた。ビリビリと鈍く痺れる手も、体にのしかかる疲労感も、激しく拍動する心音も、今はただ目の前の彼女———アイリスとの再会に全身が発する喜びの様に感じられた。
「レイト……ごめん、なさい……。…私……」
「…いいんだよ。やっと君に追いつけた。今は、それだけでいい」
そう言ってアイリスの肩をそっとかき抱くと、僅かに目を潤ませつつも確かにしっかりと微笑んだ。マテリアメイルを介した彼女との距離が、今は何とも言えずもどかしい。このまま変身を解除して、直ぐにでもその身を抱きすくめたくなるが、そうも言ってられない。ソーディアの一撃を受けて壁へと吹き飛ばされたヴェノムアラークがゆっくりと体中から怒気を漲らせて立ち上がるのが見えた。
「貴、様らぁっ……!世界の救済を目指すこの私によくもっ……!それが伝説の勇者ディライトがする事かぁぁぁっっっ⁉」
「そっくりそのまま返すぜ、バカ皇子が」
「全く……相も変わらず無粋な男だ」
「いい加減、諦めなさいよ!青筋立てて喚いて、みっともないったらありゃしないわ」
「そういう事。さっきも言ったろう?『望むところだ』って」
ディライトの指がスッと伸び、ヴェノムアラークの顔面を、怪物の面相の奥に潜む罪過を揺るぎなく指し示した。
「世界を救済する為だろうと……アンタは最も大切な物を……人の自由を脅かした。なら、それを守る為に俺たちは戦う。それが……それこそが、仮面ライダーだ‼」
「黙れ黙れ黙れぇぇぇっっっっ!王に対して数々の無礼千万っ……償うのは貴様らの方だぁぁぁっっっ‼」
背部の脚を器用に使い、ヴェノムアラークが壁を蹴り上げて跳躍した。7本の脚全てのパワーを受けた猛烈な速度で疾走しながら、右腕の銃器から毒性を帯びた蜘蛛糸弾をそこら中に乱射しまくってくるが、ディライトとソーディアは怯まない。少女たちの前に立ちはだかった両雄が破邪の光を帯びた刀身で蜘蛛糸を弾き飛ばし、迫るヴェノムアラークへと対峙した。
ヴェノムアラークの左腕から発射されたヒートワイヤーが仮面ライダーを切断せんと迫るが、先行していたソーディアが身を屈めて躱すと、デウスカリバーの斬撃でワイヤーごと叩き切った。懐へと入り込んだソーディアを迎撃する為に背部の多脚が一斉に振り回されそうになるが、それもディライトによって妨害される。右側の脚を蹴り飛ばして止めると、トランスラッシャーを振り下ろして纏めて斬り飛ばした。
「ぐぅっ!ば、バカなっ……⁉」
「同じ様なネタが何回も通じると思ってんのか‼」
「これで終わりにしてやる、アトラーク・シドニア‼」
過去数回の戦闘で、ヴェノムアラークの戦闘パターンは大筋で把握済みだ。切断力の高いワイヤーも背部の脚も長大なリーチを持つ分だけ、至近距離の戦闘には向いていないのだ。ソーディアの刺突がヴェノムアラークの胸甲を刺し貫き、更にディライトの蹴りもダメ押しの如く被せられる。強烈な衝撃を立て続けに浴びてひしゃげた胸部チャンバーは開閉機能を逸してしまった様だった。少しずつ戦闘力を削ぎ落されていく感覚にアトラークの恐慌が強まっていく。レイピアを遮二無二振り回すが、そんなやけくそな攻撃が当たる筈もない。ディライトが左腕を蹴り飛ばし、更にソーディアの真っ向斬りが重ねられ、刺突剣が遂に刀身の真ん中から叩き折られた。これでほぼ全ての武装が封じられた筈なのだが———。
「舐めるなと……言っておろうがぁっっ‼」
ヴェノムアラークが直後、右手の銃器を天井に向かって連射した。発射された弾丸は天板に直撃すると爆発し、その場に無数の瓦礫を振り落とさせる。素早く後方に飛び退ったヴェノムアラークは今度は銃器に2つの霊薬を装填した。1つは同じアラクネのデブリドラッグ、そしてもう1つは鉄のマテリアルライドラッグだった。
「私のデブリーターの真髄が……この程度だと思うなっ‼」
〈…Deep Compound……‼〉
2つの薬瓶をセットした銃器を自身の首筋に押し付け、中身を体内へと直接注入する。次の瞬間には、ヴェノムアラークの肉体が急速な変化を始めた。
背部の多脚が立ちどころに再生し、加えてヴェノムアラークの身長を上回るサイズにまで肥大化していく。巨大化した脚のユニットを背中から切り離し、ヴェノムアラークがその場から跳躍してもユニットの成長は止まらない。やがて全長が5ハンズを超える巨大な蜘蛛の様な形状へと変わった。ヴェノムアラークの全身のケーブルが外れると、それが次々と巨大蜘蛛の体へと突き刺さっていく。やがて、下半身が完全に蜘蛛と一体化すると、今度は全体がメタリックな装甲で覆われていった。その姿は神話に登場する鎧を纏った人馬一体の騎士———と呼ぶには、些か悪趣味が尽きるか。
〈Over Sick……‼〉
「クハハハハハァァッッ‼見たかっ、これぞ選ばれし者にのみ与えられる、デブリーターの最大の力だぁっ‼
今のヴェノムアラークの姿、名を『ヴェノムアラーク・グノーシズ』と言う。選ばれし者にのみ与えられる、という言葉はハッタリではなく、正真正銘の真実だ。デブリーターの更なる強化プランとして考えられているのが、1つは特殊調合したエレメントライドラッグを用いた『ディープドーズ』。そしてもう1つが更なるデブリドラッグの投与による肉体の更なる怪物化——この『ディープコンパウンド』であった。だが、ディープコンパウンドはただでさえ毒性の強いデブリドラッグの追加投与によって、普通なら肉体や精神が耐えられない危険なシステムだった。
だが、明らかに今のヴェノムアラークはアトラークの意志の元に完全な制御が出来ている。アラクネのデブリドラッグに対して高い適合性を持つアトラーク・シドニアの体質があってこそ成しえる、最強の姿。その力は決して誇張でも何でもない。巨大蜘蛛の脚が振り上げられ、まるでその威力を誇示するかの様に壁へと叩きつけられる。そのあまりの威力に壁面一帯がまるで積み木かなにかの様にいとも簡単に崩れ去り、砦全体がビリビリと鳴動した。
「さぁて……捻り潰してくれるわこのムシケラ共めぇぇぇっっっ‼」
「ムシケラはアンタでしょうが!」
「全くだ。デカければ強いとでも思っているのか!」
迫りくる巨大蜘蛛にマヤの跨るリヤカードリフターが突撃する。フルエレメント・キャノンはもう撃ち尽くしてしまっている為もう出せないが、それでも両の鋏は石壁を打ち崩す程のパワーを秘めている。ゼオラも怪物の下方から迫り、その足元にありったけの星雷を投げつけた。爆発と同時に音速を超える速度で射出された小口径のベアリング弾が蜘蛛の全身に突き刺さり、無数の火花で押し隠していく。僅かに状態を傾がせたヴェノムアラーク・グノーシズの胴体目がけて、リヤカードリフターのパンチがめり込んだ。
だが。
「ハハッ!効かぬ、効かぬわぁっ‼」
「…なに⁈」
「嘘でしょっ……!」
爆炎を振り払い、姿を現したヴェノムアラーク・グノーシズは確かに傷1つ負っていない様だった。前部の脚を振り上げ、リヤカードリフターの側面を思いきり殴りつけた。驚くべきことに、そこらの幌馬車などより遥かに重いリヤカードリフターの車体が数ハンズの距離を思いきり吹き飛ばされた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ‼」
ユニオンスティンガーの座席から放り出されたマヤが大理石の床へと叩き落される———前にディライトがその体を抱きとめた。
「………っ!あ、ありがとうレイト……」
「大丈夫。マヤはどこか怪我してない?」
「…あたしは平気だけど……ユニオは……?」
見るとヴェノムアラークがリヤカードリフターにのしかかり、その体を押し潰そうとしていた。「こいつっ……やめろぉっ‼」と駆け出したディライトがトランスラッシャーをメイスモードに変形させ、トリガーを長押しする。
〈ヴァリアントグランドプレッシャー‼〉
戦槌の一撃がヴェノムアラークの脚へと直撃する。ユニオに絡みついていた前脚を吹き飛ばす事には成功したが、腕全体に痺れが走る。恐ろしい強度だ。あれではダメージは全く入っていないだろう。
「…なら、これはどうだ」
〈テリフィング・フィニッシュ・ストラッシュ‼〉
——魔剣開放、デモリッション!
ヴェノムアラークの頭上にまで飛び上がったソーディアがその頭部目がけて剣を叩きつける———が、それが直撃する前に後脚が持ち上げられ、その攻撃は防がれてしまった。
「クソがっ……反則くせぇっ……‼」
「無駄無駄無駄ぁぁっっ‼貴様ら程度では、私に傷1つ付けられぬわぁっ‼」
横薙ぎに払われた脚がソーディアの胴体を直撃し、大きく吹き飛ばした。更に追撃と言わんばかりにヴェノムアラークが前脚を振り上げ、そこに仕込まれた砲口を展開する。猛毒が塗り込められた弾丸がソーディアに向けて一斉に斉射された。ソーディアは慌ててその場から飛び退るが、放たれた弾幕の嵐は石壁を砕き、大穴を穿ち抜いた。
あまりに恐るべき攻撃力に防御力、そして反射。まるで難攻不落の要塞でも立ち塞がっている様な感覚に一同は慄然と肌を泡立たせた。
「こんなの……こんなのどうしろって言うのよ……?」
「こいつは確かに……とんだバケモノだな……」
「…いいえ、バケモノとは違うわ。相手はデブリーター、即ち人間よ」
聖鐘の声が、迫る厄災に震える空気の中で凛然と響いた。スッと背筋を伸ばして立つアイリスの瞳は、恐れる事なく怪物の姿を捕えて離さない。
「あれだけの巨体を動かすのに、人間の脳だけで足りる筈がないわ。きっと何か仕掛けがある。付け入る隙があるとすれば、その一点……」
アイリスの言葉にレイトも確かにな、と頷く。もし人間が急速に巨大化した場合、体を動かす力や脳の処理にはそれこそ通常時とは比較にならない出力が要求される。先程、ソーディアの攻撃を防ぐ為にヴェノムアラークは猛烈な反応速度を見せたが、そんな事が人間の脳だけで足りるだろうか。
「となると……あの蜘蛛型のユニットのどこかに、別の処理装置が置かれている可能性があるか……」
虫の様な体の小さい生き物が人間を超える超反応を行う事が出来るのは、頭部とは別に体の各部に神経の塊を持ち、それらが翅や足を動かすのに一役買っているからだという話を前に聞いた事がある。それと同じ様に、あの巨体を動かす為のシステムがあの下部ユニットに搭載されているのだとしたら?であるならば、それを破壊する事さえできれば……確実にあの巨大な怪物の動きを封じられる。
「そいつは確かに挑む価値はあるな……。レイト、やれるか?」
「…ああ。でも、あのデカブツを止めるのにはきっと1人じゃ出来ない。だから……みんな、頼める?」
「当たり前だろ」
「うん。あたしもユニオもまだ動けるよ」
「今更、水臭い事を言うんじゃねぇ、旦那」
「レイト……私に1人じゃないって教えてくれたのは、あなただもの。だから、最後まで一緒に戦わせて」
レイトの言葉に、ハイルは勿論、マヤとゼオラ、そしてアイリスもしっかりと頷いて答える。
思えばこの世界に流れ着いてはや数か月。何もなかった自分の傍には、今や何物にも代え難い大切な人々がいる。
いくら圧倒的な恐怖を前にしても戦ってこられたのは、彼らがいてくれたから。そして、彼らのいるこの世界を守りたいと思ったからだ。その原初の思いが胸に息づいている限り、どれだけの脅威を目の前にしても、引き下がる気はなかった。
「…ありがとう。それじゃ……行くよ‼」
応えた仲間達がそれぞれの武器を振り上げて、一斉にヴェノムアラーク・グノーシズへと挑みかかっていく。彼らの背中を見送ったディライトも箱型のアイテム——ライドレンジアッパーを取り出し、2つの霊薬を装填してベルトに押し込んだ。
〈ライト!シルバー!レ~ン・チン‼〉
「再錬成‼」
〈ブートアップ、ディライト!サイバネティック・ハイパーブレイバー!ミスリックレンジャー‼〉
ミスリックナイツがメカニカルなブースタースケルトンに覆われ、その姿をミスリックレンジャーへとチェンジさせる。ヴェノムアラークとアイリスの驚愕した様子を確認したのも束の間、即座に全身のセンサーが怪物の巨体を精査し始める。恐らくユニットのどこかに内包されているであろう、あの巨体を制御する器官を探していくが、それを甘んじて受ける敵でもない。立ち上がった後部の脚がディライトに向けて弾丸を一斉射し、その体を引き裂く———かに思われたが……。
〈メガワット!〉
ミスリックレンジャーの下肢のオーバーフライブースターが起動し、その体を一気に加速させた。影が揺らぐ程の速度で疾駆しながらディライトは怪物の背部へと回り込み、再度その体をスキャンする。
「えぇい、ブンブンブンと耳障りな!いい加減、消えろっ‼」
ヴェノムアラーク・グノーシズの背部、蜘蛛の腹部に当たる部分が可動し、糸尻から無数の鋼線が射出された。ショットガンの様に広範囲に射出されたワイヤーがディライトの眼前を塞ぎ、その腕や脚に絡みついて拘束する。ミスリックレンジャーのパワーを持ってしても容易に振り解く事は不可能な強度だった。
だが。
「消えるのはテメェの方だ……‼」
静かな怒声が響くと共に、ディライトの体中に絡みついていたワイヤーに暴風の如き斬撃が無数に殺到し、ディライトを解き放つ。デウスカリバーⅡを携えたソーディアがディライトを守る様に立ち塞がっていた。
「ありがとう、ハイル。…ついでにさ、アイツの表面装甲をも少し削ってくんない?」
「誰にモノを言ってやがる?強くなってるのがお前らだけだと思うなよ」
〈ミドル・アブレーション!テリフィング・ミドル・ストラッシュ‼〉
——魔剣開放、真我流・オーバーレブ‼
ソーディアの体が陽炎の如く揺らめくと、次の瞬間には目にも止まらない速度で加速し、ヴェノムアラーク・グノーシズへと肉薄した。絶対守護の力を全開まで引き出し、パワーとスピードを極限に上昇させたソーディアが蜘蛛のヴェノムアラークの装甲に猛烈な乱撃を叩き込む。一撃一撃が必殺級の威力を秘める斬撃が無数に降り注ぎ、見た目通りの硬質な金属である表面装甲を次々と削り取っていく。
やがてディライトのセンサーが、蜘蛛型の下部ユニットの中央に様々な神経が接続しているパーツを発見した。きっとあれこそが、あれだけの巨体を制御しているあの怪物の中枢部……。レイトは確信した。あそこさえ破壊すれば———!
「マヤ、ゼオラ‼そいつの動きを止めて‼」
「おう!」
「任せて!」
レイトの声に応えて、ゼオラがヴェノムアラークの本体に向けて無数の爆弾——特殊閃光弾・華雷を放った。黒鉄色の球体が蜘蛛男の周囲一帯に散らばり、一瞬後には猛烈な轟音と閃光と化して降り注ぐ。蜘蛛の力を宿し、自身の360度近くを視認できるヴェノムアラークにとっては正しく致命的な力だった。その隙を見逃さず、マヤの手から発せられたツールド・ファミリア達が襲い掛かり、ヴェノムアラークの胴体や頭に次々と体当たりをかましていった。
「ぐっ……!この程度の攻撃で———!」
「この程度じゃ終わらねぇなぁ‼マヤ坊、しっかり掴まってやがれっ‼」
「はっ⁈ちょっと————っ⁉」
マヤを跨らせたまま、マシン・ユニオンスティンガーがヴェノムアラーク・グノーシズの足元に目がけて突進していく。加速エネルギーと自身の動力の一部をヘッドの衝角に集中させ、見事にヴェノムアラークの脚の1つを叩き折った。
「殺す気かぁっ⁈」
「上手くいったからいいだろうが。という訳で、やっちまいなレイト‼」
「ああ、ありがとう3人とも」
視覚を塞がれ、加えて脚の1つを叩き折られたヴェノムアラークは今その動きを停止させていた。一時的な機能不全の様なものでまた直ぐに動き出すだろうが、必要なのはたった一瞬だけだ。ディライトはミキシングラッシャーを取り出して構えた。
選択する霊薬は相手の装甲を撃ち貫ける強度を持つアダマンタイト、破邪の効果を持つ銀、そしてアラクネの弱点である雷の3つ。それぞれをシリンダーに装填し、銃身に霊薬のエネルギーをチャージしていく。
〈トリプルミックス!!!マルチプル!ミキシングバースト‼〉
メイクハイヴィジョンが捉えた今のヴェノムアラークの弱点———蜘蛛で言う頭胸部と腹部の間に位置する、ニューロン処理装置。そこに銃口を向け、引き金を絞った。電気によって加速させられた2種のマテリアルを混ぜ合わせた合成金属弾が轟音と共に解き放たれ、狙った位置に着弾した。全身の金属コーティングもあっさりと食い破られ、ヴェノムアラークの全身が紫電の火花と衝撃が駆け回るのが見えた。やったか?とディライトがスコープから顔を上げるが———。
「く……クハハハハハァァッ、残念だったなぁっ‼」
嘲弄と共に、ヴェノムアラークの脚が猛烈な速度で振り抜かれ、ディライトの胴体を激しく打ち据えた。どうやら、ニューロン処理装置を破壊する事には失敗したらしい。未だ動きを止めないヴェノムアラークの全身の機銃が周囲一帯を掃射し始め、ディライトとソーディア、マヤとゼオラも慌てて射線から逃れて走り回る。更に悪い事にオーバーフライタービュラーが制限時間の60秒を過ぎて停止してしまった。万事休すか……と、レイトが歯噛みしたその直後の事だった。
「いいえ、まだ終わらない!」
「なにっ………⁉」
頭上から響き渡った声が、絶え間ない銃撃音の中でもやけにはっきりと聞こえた。明滅する空気を突き破ってアイリスがヴェノムアラークへと再度突撃をかけていく。まるで風の様に軽やかに攻撃を躱し、迫りくる弾丸も全て右手のパーラケインを閃かせて弾き飛ばす。如何に頑健な愛刀と言えども、刀身が少しずつ限界を迎えつつある事は分かる。だがそれでも構わず、アイリスはただ一点———先程ディライトの攻撃が直撃したヴェノムアラークの背部へと一気に回り込んだ。
見えた。確かにそこには先の攻撃で穿たれた穴が、そしてその奥に敵の機能中枢である処理装置がドクンドクンとまるで心臓の様に脈動していた。銃火を斬り払い、アイリスは速度を落とす事なくヴェノムアラークのグノーシズユニットへと飛び移った。
「小娘ごときがぁぁぁぁっっっっ‼」
「はあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ‼」
ヴェノムアラークが振り向き、背部の多脚を一斉に放ってくる。薄衣のドレスの胸元が引き裂かれても少女の猛攻は止まらない。全身全霊を込めた斬り払いが行く手を阻むもの全てを薙ぎ倒し、遂に目の前に現れたニューロン処理装置へと剣の切っ先を突き立てた。
有機的な見た目に反して思いのほか強度が高いが、それでもアイリスの渾身の剣が一気にその表面を食い破り、中枢の情報処理装置を貫いた。
「きいぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!??」
逆流した情報を直接脳内に浴びたアトラークの口から悲鳴が迸り、転瞬グノーシズユニットもその動きを停止させた。噴き上がった無数の小爆発の衝撃に晒され、パーラケインの刀身が遂に折れたのが確認できた。心の中で、最後までともに戦い抜いてくれた愛剣に感謝すると、アイリスは一気に後方へと跳び退った。
「レイト、ハイル‼」
「ああ!」
「終わらせるぞ!」
〈フィニッシュ・アブレーション!テリフィング・フィニッシュ・ストラッシュ‼〉
〈テラワット‼エブリッション!テラ・ヴァリアントフラッシュ‼〉
大蜘蛛に胴体から下を飲み込まれたヴェノムアラークが頭上を見上げる。そこには眩い光輝を纏って飛翔する2人の英雄の姿がありありと浮かんでいた。中枢部から解き放たれた強大なエネルギーが全身から足先へ集中すると、それを突き出し———いわゆる飛び蹴りの姿勢となって加速した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっ‼」
「せえりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ‼」
両雄の蹴りがヴェノムアラークの胸部に炸裂し、邪なる者を滅するエネルギーが蜘蛛男の全身を絶え間なく打ちのめした。轟音と共にその体がグノーシズユニットの巨体ごと遥か後方へと吹き飛ばされ、陽星の如き炎の中へと飲み込まれていった。
鳴り響いた爆音が広がり、ラヴァンツェイル中に木霊していく。それは魔なるものに呑まれかけたシドニア帝国の敗北の合図であり、同時に仮面ライダー達の勝利宣言でもあった。
◇◇◇
「…バカな……っ!この、私を……よくもっ……‼」
ディライトとソーディアの蹴りを受け、変身を解除されたアトラーク・フォン・シドニアが歯軋りしながら呻いた。全身に無数の傷を穿たれ、着ている衣服も焦げ付いてズタボロになりながら、尚も立ち上がろうとするが、もはやそんな力も残されていない事は誰の目にも明らかだった。
「…諦めんぞ……!必ずっ……必ず私は、3国を統一する最初の王となってっ———‼」
「…3国の統一?」
「それがアトラーク——デブリーターの目的よ。デブリスに打ち克つ為に、他の国を侵略してより強い国家を作り出すんだって言ってたわ」
レイトの疑問にドレスの胸元を隠してアイリスがかつてこの男から直接聞いた話を伝える。だが、レイトの表情から疑問符が消える事はない。それどころか、心なしか顔色が青ざめていた。
「…
「えっ?」
「ジェイクさん——ワールドラーグから聞いた話と違うんだ。彼の話によると、デブリーターが生み出された目的は———」
◇◇◇
『俺たちの世界とは異なる次元……あらゆるものを生み出す事が出来る神の世界。俺たちは《スペリオル》と呼んでいる』
『…《スペリオル》?』
『そうだ。その世界に暮らす者は、この世の理を超越した数々の不可思議な力を持つ。例えば、そこらの石ころをパンに変えたり、触れただけで病人の傷を癒したり……などな。…もし、その権能を奪って来れたとしたらどうだ?』
決闘の中で語られたデブリーターの目的。あまりに突拍子もない話であり、直ぐには理解が追い付かなかった。
『神の世界……だって?そんなものが———』
『ない、と言い切れるか?お前が使ってる力は正しくその一部だろうが』
ワールドラーグの指がディライトの腹を——正確にはそこに据えられたディライトドライバーを指し示す。レイトはハッとした。物語の中で真実として語られる、勇者ディライトの偉業の数々。不可思議な力を宿したメダリオン然り、確かにそれはこの世界に生まれた者では成しえないと言われていたが……?
『この病める世界を救う為に神を……スペリオル共をぶっ潰して、その力を地上に齎す。その為の力がデブリーターシステムだ』
◇◇◇◇◇
「『スペリオル』……神を殺す為の力が、デブリーターだという事……?」
『スペリオル』という名前に関しては、アイリスも聞いた事がある。錬真術の世界に伝わる神話の様なものだ。例えば、錬真術で剣を霊薬化する時、その質量はどこに消えてしまうのか。未だに判明しないその謎を説明する為に、こことは異なる次元が存在し、錬真術が齎す物は全てその高次元からの恩寵なのではないか?とする説がある。あまりに突拍子もない、説というよりも妄言に近いものだが、元はと言えばデブリスも異なる次元の扉を開いてこの世界に出現したという記録がある為、未だにそれを信じる者もいるのだと言うが……。
だが、今の問題はそれの正誤ではない。何故、同じ組織に属するワールドラーグとヴェノムアラークの間で組織の目的がこんなにも食い違っているのか?
瞬間、レイトとアイリスがハッと顔を見合わせた。2人の脳裏に1つの可能性が閃いた。もしそれが正しいのであれば、事態は何も解決などしていない———!
転瞬。
グサリ、という肉を切り裂く鈍い音が広間に響いた。
「ぐはぁぁぁっっっ……⁉」
アトラークの胸板から、恐ろしく細い金属の針が飛び出していた。彼の背後でそれを突き立てていたのは———シドニア王妃のシンシアだった。シンシアが針を抜き放つと、傷口から夥しい出血が溢れ、アトラークが地面へと倒れ込んだ。
「…は、母上ぇっ……!なぜっ……なぜですかぁっ⁉」
「…母上、だって?自分の親と他人の区別もつかないのかい、アンタは?…まぁ、それがボクの力だから仕方ないけどねぇ」
そう言ってシンシアの顔がグニャリと喜悦に歪む。その声は鼻につく様に甲高い、確かに少年の声に変わっていた。アトラークの顔が驚愕の色に染まった。
「貴、様……!ウォルターか⁈一体、どういうつもりで———!」
「まだ分んないのかい?アンタはもう用済みって事だよ、皇子様」
〈CHANGELING MIRAGE…INFUSING…!〉
シンシアがいつの間にか左腕に出現していたデブリシリンジャーのロッドを押し込むと、その姿がまるで飴細工の様にユラリと崩れ、次の瞬間には別の姿へと変わっていた。
素体となるのは、緑の下地が赤や黄色の迷彩柄で彩られたアンダースーツ。その上に配置されたアーマーやパイプラインの配置は完全に左右非対称で、形状にも統一性というものがまるでない。複雑な———それこそキュビズムの様に顔面のパーツが配置されたマスクの異様と併せて、その姿をシンプルには言い表せないが……レイトには昔絵本で呼んだ、子どもを連れ去っていく
レイト達が息を呑むのも束の間、突如として大理石の床がバシャンッ‼と波うち、また新たな影が飛び出した。濡れた様に薄汚れた白いローブに全身を覆われ、足元は見えない——否、もしかしたら“ない”のかもしれない。黒い影は地面から突如現出した後、地面に足を付ける事なく、フワフワと浮いているからだ。
「計画を知っているという事は……ジェイクは全て話してしまったのね。連絡がつかないと思ったら……ホントに勝手な男ね」
ワールドラーグやヴェノムアラークと比べても明らかに細身な体。まるで長髪の様に後頭部から伸びた無数のパイプライン。そしてその声から女だと知れた。人の頭蓋骨の様な頭部がローブの奥から覗き、鬼火の様に光る双眸でレイト達を睨みつける。
「初めましてね、仮面ライダーの坊やたち。私はパトリシア・コアトル、組織でのコードネームは『ライティアウィドウ』……見ての通り、デブリーターよ。そして、そっちのおチビが———」
「誰がチビだよ、全く。…まぁいいか、ボクはウォルター・シャングリン。コードネームは『グリンファング』だよ。ヨロシクね、お兄さん方」
緑色の小柄な怪人——『グリンファング』が小馬鹿にした様にこちらに手など振ってくる。“ニタニタ笑い”の名が示す通りの態度に、ソーディアがチッと舌打ちを漏らす。
「名乗ったって事は……俺らを生かして帰す気はねぇって事か?」
「『全ては名から始めよ』という奴よ。そう構えないで頂戴。あなた方はいずれ始末するけど……今の私たちの目的は、そこの裸の皇子様よ」
女のデブリーター——『ライティアウィドウ』が背部からスルリと巨大な鎌を抜き放った。湾曲した刀身がギラリと獰猛に輝き、アトラークが「ひぃっ‼」と竦み上がった。
「き、貴様らぁぁっっ!デブリーターを……この私を裏切ると言うのかぁっ⁉貴様らの首魁である、この私をっ———‼」
「首魁?バカねぇ、貴方みたいな三流に組織の長なんか務まる訳ないでしょう。貴方はニセモノの頭——いいえ、ただの
ライティアウィドウの酷薄な言葉にアトラークの顔がサッと青ざめる。レイトとアイリスはやはり、と胸中で呟いた。ワールドラーグが語ったものとは違う組織の目的。その時点で彼がただのお飾りの長である可能性が浮かんでいた。そしてそうなると、最悪の場合にはデブリーターには本当の首魁が———。
「あなたは本当に……どうしようもないお人ですなぁ、皇子」
傷口を抑えて後退るアトラークの体が、何者かに阻まれた。恐る恐る背後を振り向いたアトラークの顔が、そしてその場にいる誰もが、表情を凍り付かせた。
「…まさか……貴様が……貴様が、デブリーターの———⁉」
「色と欲に塗れて、貴重なデブリーターの兵士をこんな事の為に使い潰すとは……。私のデブリーターは……貴様のオモチャではない‼」
雷の如き怒声を降り注がせ、信じられない程に酷薄な目の色で男———神聖教会司祭、ライアン・ジョーンズがアトラークを睥睨していた。
「ウォルターのデブリドラッグが完成した以上、もはや貴様は不要。恐怖に打ち震え、我が身の一部となるがいい‼」
〈KRAKEN!〉
「錬っ…身っ‼」
〈Kraken……Deb-Reading…‼Wow…Wow,wow,woooooow…‼…To Be Sick…〉
ジョーンズ司祭の左腕に取り付けられたデブリシリンジャーが吠え、舞い上がった蒸気と共に、その姿が怪物へと変質していく。黒いアンダースーツの上に聖職者の法衣を思わせる、白い外套と銀色のアーマーが張り付いていく。頭部は三角形状のコーンヘッド、更に背部と両肩から計8本の軟質素材の触腕が出現した姿は正しく人と烏賊の怪物——『クラーケン』の力を宿したデブリーターだった。
クラーケンのデブリーター——名を、『デイヴィラーク』と言う。デイヴィラークの触腕がアトラークの体に巻き付き、その体をギリギリと締め上げだす。何をする気でいるのかは明らかだ。
「アァァァァァァァァッッッッ!!??イヤだ……イヤだぁぁぁぁっっっっ‼死にたくないっ……!死に……たくっ———‼」
「ジョーンズ様……!ダメ–––––––––––––––––––ッッ‼」
アトラークとアイリスの叫びも空しく、触腕が巻き付いた先からアトラークの体を締め上げ、まるで何かを吸い上げる様に脈動していく。それにつられる様にアトラークの顔が白磁の様に青ざめ、全身が生気を抜き取られる様に干からびていき……遂には骨と皮ばかりのみすぼらしい姿となり、崩れ落ちてしまった。明らかにもう生きてはいないだろう。アイリスとレイトは息を呑み、ジョーンズが変異したデイヴィラークへと目をやった。
「…ジョーンズ司祭……どうして、この様な……」
「見ての通り……であるよ、アイリス殿。私こそがデブリーターの真の首魁。この戦いを仕組んだ張本人、という訳だ」
クラーケンの怪物が冷然と宣言した。その声音には今までの司祭に見られた温かさや穏やかさなど微塵も感じられない。確たる訣別の宣言に、アイリスが「そんな……」とその場に崩れ落ちたのが見えた。
「シドニア王家は滅び、遂に計画は第一段階を終えた!堕ちゆく世界を救済する為に、これより我らの本当の戦いが始まる!あなたが偽りのパラディンであると言うのなら……もう用はない。これ以上の邪魔立てをするならば……」
デイヴィラークの刺突剣がゆっくりとレイト達に向けられる。それを合図と心得て、ライティアウィドウとグリンファングが歩み寄ってきた。反撃しなければ……と思うが、先程テラワットブースターを使用してしまった影響で、体が鉛の様に重く動かない。ソーディアとゼオラが全員を守る様に立ち塞がるが、戦闘の疲労が溜まっているのは彼らとて同じだ。能力が全く未知数な敵が3体。果たして防ぎきれるだろうか?
コツコツ……という足音がゆっくりと、だが確実にこちらへと近づいてくる。それがレイト達に逃れられない終わりの時を宣告している様だった。
次回予告
失ってしまったものがある。
でも、得たものだってある。
いつだって、それの繰り返し。
守れなかった命と守れた命。2つの重さを確かめて、少年達は目指すべきこれからに思いを馳せる……。
Saga16 『メッセージ~生まれる願い~』
◇◇◇◇◇
今現在プライベートがゴタゴタしてまして、少し執筆が滞っております。
勝手ながら少しお休みを頂きます。9月30日に連載を再開いたしますので、少しお待ちください。
劇場版(https://syosetu.org/novel/324126/)の方は変わらず連載しますので、まだの方はそちらもどうぞ。