仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ

転生者にして、“自称”仮面ライダーディライトであるレイトは、デブリーターの首魁でありシドニア帝国皇子であるアトラーク・フォン・シドニアの元からアイリスを救出する為に、戦いを挑む。
激闘の果てに、見事アトラークを打ち倒すも、そこでデブリーターの真の首魁が彼でない事を知ってしまう……。


Saga16 メッセージ~生まれる願い~①

◇◇◇◇◇

 何故歩き続けているのだろうか。

 

 ふとそんな言葉が頭の片隅に去来する瞬間がある。そしてそんな時は、大概なにか心がささくれ立つ様な、もどかしい様な気分に塞がれる時だ。そんな気分を飲み下す様に日比野玲人は深くため息をつき、心の表面に突き刺さる針の様な痛みに手を伸ばしていった。

 

『なぁ、玲人…。俺さ…やっぱり明日未に告白しようと思う』

『急に、じゃない…。前々からずっと——さ…。…それに今回の事で思ったんだ。あいつの事、ちゃんと守ってやれる盾が必要なんじゃないか…ってさ』

 

 幼馴染の努が、いきなり明日未に告白するなんて言い出したあの日。思えばあの瞬間、ずっと大切だった何かがガラガラと音を立てて、変質していく予感を感じていたが、自分は呆然とするばかりで何をする気にもなれなかった。

 だって仕方がないじゃないか。何者でもない自分が、これから先も自分以外の何かを守っていくなんて出来る筈ない。今だって荒れ狂いそうになる心を押さえつけるだけで精一杯なのに……。

 

『…玲人…!…ダメェ…っ!しっかりし……っ!嫌だよ…こんなのっ…、…れいとぉ…』

 

 夜の彩色と喧騒に包まれて、明日未が倒れた自分に覆い被さっている光景が見えてきた。大粒の涙を零して泣き咽ぶ彼女を見て、頭の中の冷たい部分が「ほらやっぱり」と囁いてくる。

 慣れない事をした途端にこれだ。彼女を凶刃から守ったつもりでいながら、結局は最期まで泣かせる事しか出来なかった。もし自分にもう少し力があったのなら、彼女にこんな顔をさせたりしなかったのだろうか……?残り火の様に胸の奥から離れない記憶を見つめながら、玲人の意識は更なる奥底へと落ちていった。

 

『貴様は、我が力を引き受ける覚悟はあるか?』

『どういう力で在りたいかは、貴様自信が決めるといい…』

 

 意識が晴れ、目覚めた先で目撃したのは、どこまで行っても変わらない、人の涙が絶えない世界。それでも懸命に生きようとする人々の意志を、暴威をもって踏み躙ろうとする理不尽をどうしても許せなくて、力を引き受けた。その瞬間から、伝説の勇者と心の中の英雄の名が、レイトの名前になって行った……。

 

『…レイト……。…会いたかった……!』

『うん、俺も。…お待たせ、アイリィ』

 

 自分で言うのもおかしな話だが、必死で戦ってきた。勇者の様に大きな偉業は為せなかったかもしれないけど、それでもニュースにもならない位の幸せを、喜びを巡らす事が出来たのなら、自分が再びこの世に生を受けた事にも意味を感じられるかもしれない。腕の中にかき抱いた少女の温もりを噛み締めながら、レイトは確かな充足を感じていた。

 

 …それなのに。

 

『イヤだ……イヤだぁぁぁぁっっっっ‼死にたくないっ……!死に……たくっ———‼』

『シドニア王家は滅び、遂に計画は第一段階を終えた!堕ちゆく世界を救済する為に、これより我らの本当の戦いが始まる!これ以上の邪魔立てをするならば……』

 

 恐怖に震えながら息絶えてしまったアトラークの顔。勝ち誇った様に叫び、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる真の敵の正体———ライアン・ジョーンズこと『デイヴィラーク』。そして、脅威を目前にしながらまた走り出せないでいる自分……。

 

 強くなれているのだろうか?超えても超えても押し寄せる、先の見えない高い壁。その先に見える僅かに光が輝いているのが見える。それが本当に実在するものなのかも分からないが、レイトの手がそれを掴み取ろうと一杯に伸ばされ———。

 

 ぽよん、と何かの柔らかい塊に手が触れた。

 

「…へ……?ぽよん……?」

 

 その弾みで目が覚めたらしい。伸ばした手の先に目を向けると———藍染の衣の上からでも分かる豊かに実った胸と、今にも蒸気を吹き出しそうに耳まで真っ赤に染めたゼオラ・ユピターの顔が———。

 

 …どうやら、最悪のタイミングで目を覚ましてしまったらしい。レイトはつくづく己の魔の悪さを呪った。

 

「…い………な………バ………」

「…ち、違うってゼオラ!これはその不可抗力でえ~となんだっけありがとうじゃなくてその———」

 

「いきなり何をするんだこのバカモノ––––––––––––––––––ッッッ‼」

 

 バチィィィンッッ‼と、小気味のいい音がどこかも知らない一室の中で木霊した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「全く、油断も隙もありゃしない……!人が珍しく心配してやったと言うのに———!」

「…だ、だから謝ってるじゃん……。…それに今のは不可抗力で、そんなつもりは微塵も……」

「…それ以上は不愉快だから黙れ。ところで———」

 レイトの口に体温計を突っ込ませて黙らせつつ、ゼオラが周囲を見渡す。レイトもそれに合わせてどこか分からない部屋の中を見渡した。贅沢な造りの広いベッドとシンプルながらも落ち着いた調度品の数々。一見リンネかと思ったが、少し様式が違う様にも感じる。何より窓の外に広がっている光景は明らかに違う。

 

 どこまで見渡しても四方を壁に囲まれている今までのこの世界の光景とは異なり、広々と広がる庭園と澄みきった広い空。元いた世界で、しかもテレビの中でしか見た事がないヨーロッパの田園地帯の様な絶景だった。

 

「ここが何処だか……何となく覚えてるか?」

「…ちょっと待って。どうにも記憶が曖昧で……。確かラヴァンツェイルで、新しいデブリーター達と対峙したのは覚えてるんだけど……」

 

 アイリスを奪還する為に、王家の領地であるラヴァンツェイルに乗り込んだレイト達。何とかデブリーターの首魁であるアトラーク・フォン・シドニアことヴェノムアラークを倒したはいいが、そこに更に3体のデブリーターが姿を現したのだ。彼らは偽りの首魁だったアトラークを始末した後、レイト達へと迫ってきたのだったが———。

 

 …そうだ、確か天井を突き破って、誰かが舞い降りたのだ。その謎の人物はなんと剣の一振りで猛烈な火焔を繰り出し、デブリーター達を怯ませると、疲労で動けなくなっていたレイトと仲間達を引き連れて、あの場から逃走したのではなかったか……?

 

「やぁ、お目覚めの様だね。4日も眠り続けていたから、みな心配していたんだよ」

 

 扉が不意に開くと、柔和そうな笑みを浮かべて1人の青年が部屋に入って来た。詰襟の様な衣服は上等な布地で造られ、スラリとした物腰からも育ちの良さが伺える。亜麻色の髪の下の顔は線が細い中性的な造作だが、衣服の上からでもしなやかで引き締まった体つきをしているのが分かった。腰に下げた細身の長剣から、如何にも物語に登場しそうな美剣士という佇まいだが——左目の下にはっきりと赤い紋章が存在を主張していた。

 

 まるで炎の様だと思ったところで、レイトははっきりと思い出した。

 この青年だ。あの時、間一髪のタイミングでラヴァンツェイルに飛び込み、自分達を救い出した騎士は。

 

 レイトが寝ているベッドまで近づいてきた青年は、ゆっくりと手を差し出した。

 

「初めまして……と言うのはおかしいかな?一応、ラヴァンツェイルで君とは会っているんだけど……覚えているかい?」

「…あ、はい……何となくだけど、覚えてます。レイト・ドメニカです。助けて頂いて、ありがとうございました。…あの力……あなたは神聖騎士なんですか?」

 

 青年の左目の周りに描かれている赤い紋様、それはアイリスの肩に描かれていたのと同じ、神聖騎士の紋章だった。青年騎士が頷き、突然恭しく頭を下げた。

 

「まさしく。お初にお目にかかります。炎の神聖騎士『ローラン・デュランダール』で御座います。お会いできて光栄ですよ、勇者ディライト殿?」

「そ、そう呼ぶのはやめて下さい。ただのレイトで結構です」

「ははっ、ごめんごめん。他の皆からも聞いていたけど、本当に謙虚な人の様だ。君が珍しく褒めていたのも分かるよ、ゼオラ」

「ろ、ローラン様‼」

 話を向けられたゼオラが顔を真っ赤にして抗議するが、ローランは意に介した風もなくまた鷹揚に笑って帰すだけだった。

 

「まぁ、目覚めたばかりなのだから無理はせずにね?ここなら敵——あのデブリーターもそう簡単に攻めては来ないだろう。改めまして、我が領地『アレステリス』へようこそ。ごゆるりとお過ごし下さい。…それじゃ、またね」

 

 爽やかな笑顔で歯をキラリと輝かせて、ローランは部屋から出ていった。あんな仕草をしても全く気障に見えないのだから、不思議なものである。どこか幼馴染の三枝努に似ているな……という印象をレイトに残した。

 

「…と言うか、さっきの人だけど……ゼオラと知り合いだったの?」

「あ……いや、まぁ……。知り合いというか、何というか……」

 

 先程のやり取りが妙に親し気だったので、気になってはいたのだ。だがゼオラは、彼女にしては珍しくしどろもどろと言葉を迷っている様だった。

 

「あの方は……昔、『ランスロー・エレイン』と名乗っていてな……。…前に話したろ?私たちが子どもの頃、リンネに訪れた神聖騎士の話を。…それが、彼だ」

 

 昔、リンネを訪れた事のある神聖騎士。それは確か、アイリスが神聖騎士への道を殊更に目指すきっかけになった人物で……あれ?

 

 確か、アイリスにとっての……()()()()

 

「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっ!!??」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 遥か上空から眺めると、国境によって、横に長い六角形の様な形になっているシドニア帝国のそのほぼ中心。シドニア最大の都市にして、経済・政治の中心地。そして……皇帝家の住む土地。それが王都『ダルウィン』だ。

 

 ダルウィンの象徴である、幅50ハンズを超える大往来『チャルズロード』は異様な空気に包まれていた。普段は無数に連なっている露店も今日ばかりは看板を下ろし、行き交う人々も厳粛であるべきか、高揚するべきなのか分からないでいる様だった。何故なら今日は皇帝ガルシア・ザイン・シドニアの葬儀であり、同時に息子のアトラーク・フォン・シドニアが()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

 王城のバルコニーにアトラークが姿を現し、多くの来賓が見守る中、神聖教会司祭の手によって王冠を授与された。だがそこには拍手も歓声もない。楽隊も今日ばかりは静かなスローテンポの曲で舞台に彩りを添える。

 

 黒衣の軍装に身を包み、厳めしい顔でバルコニーの前へと進み出でたアトラークが、「親愛なる国民たちよ‼」と朗々と語りだした。

 

「先ずはここに集ってくれた事に礼を言おう!出来る事なら晴れやかにこの日を迎えたいと思っていたが……それが叶わなかった事が残念でならない。どうか厳粛に、神のおわす天へと旅立って行かれた皆の父、ガルシア皇帝の冥福を祈って欲しい‼」

 

 王城のあちこちに仕掛けられた伝声管に乗って、アトラークの声が王都中の国民の元に届いていく。戴冠の名誉よりも父の冥福を優先するアトラークの言葉は、人々にはさぞ孝徳に溢れる様に聞こえただろう。誰もが手を止め、前皇帝への哀悼の意を表した。

 

 そこまでならしめやかな戴冠式で終わった事だろう。だが、そうはならなかった。沈鬱そうに顔を静めたアトラークは言葉を一拍置くと、「諸君、聴いて欲しい‼」と叫んだ。

 

「この国を支えながら、長きにわたる病苦に耐えてきた父だったが……死因は病ではない。父は……皇帝は殺されたのだ‼その不届き者の名は……『勇者ディライト』‼」

 

 皇子——否、皇帝の宣言によって国民たちの間に津波の様などよめきが広がっていった。それを見計らった様に街中に配置されていた兵士達が国民たちに1枚の紙きれを配っていく。それは王の死の詳細と、下手人たちの人相書きが記されていた。

 

「下手人は『勇者ディライト』と神聖騎士『パラディン』を騙る者!ストラドの盗賊集団と通じ、皇帝陛下を謀殺した咎で緊急手配される‼我らは情報を知る者をいつでも歓迎する‼」

「勇者様とパラディン様の名を騙るとは……世直しのつもりなのかね?」

「詳しい話は知らないけどな、最近あちこちにディライトを名乗ってる男があちこちで騒ぎを起こしてるって話だ。今回もそいつの仕業なのかね?」

「知るかよ。本物のディライト様とは似ても似つかない、薄気味悪い仮面を被ってるって話だ。そんなの信用できねぇな」

 

 先程の静寂はどこへやら、王家に仇なした反逆者達への怒りや義憤が聴衆たちの間で高まっていく。それを見計らい、アトラークは再度大仰な仕草で声を張り上げた。

 

「諸君!今回の事件を心に刻み、私は誓おう!このままでは終わらせない!必ずや王家を脅かし、誇りあるこの地を……諸君らが愛するこの国を揺るがした造反者どもを捕え、再び力強き国を!誰にも負けない真のシドニア帝国の威容を‼再び取り戻す事をっ‼私に続け皆よっ‼諸君らを、新たな歴史の目撃者とする事をここに約束しようっ‼」

 

「行こう、新たなる世界へ(リ・ヴィリジョン・シドニア)‼」

 

 纏まりのなかったダルウィンの空気が、狂乱の鯨波となって全てを一緒くたに飲み込んでいくかの様だった。その熱狂がまるで熱病の様にシドニア帝国中に広がっていくのに、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

『私に続け皆よっ‼諸君らを、新たな歴史の目撃者とする事をここに約束しようっ‼』

 

 “新たなる世界へ(リ・ヴィリジョン・シドニア)”という言葉を標語に、迸る熱狂がジャイロシェルフィーのスピーカー越しからもビリビリと聞こえてくる。デュランダール家の大広間に集まったマヤとヒュペリオンの面々がその演説を聞き終え、深々とため息を吐いた。

 

「新たな歴史の目撃者とする……か。上手いこと言ったもんだぜ。人間は大概それになりたいが、なる事はまず不可能だからな」

「ホントにもう……凄い事になってたんだから」

 

 心底ウンザリだと言わんばかりに、サクラがため息を吐いた。この音声はリアルタイムではない。変装が得意な彼女が王都へと侵入し、そこでの様子を録音してきたものだ。

 

「最初はいいのかな?って顔してた人間も、最後には陶酔した様に大声でシドニア万歳シドニア万歳って……。ありゃ一種の洗脳ね。なんか途中からゾンビの群れの中にでも放り込まれた気分になったわ……」

「危険な事させてすまねぇな。情報は色々集まってきたが……敵さんはどういうつもりなんだか……?」

 

「…今の……どういう事?」

 声のした方を見やると、そこにはレイトと彼に付き添う様に立つゼオラの姿があった。途端に沈みかけてた広間の空気がパッと歓喜に満ちていった。「レイト!」とマヤが感極まった様に彼の胸に飛び込んだ。

 

「もう大丈夫なの⁉4日も目覚めなくて、どれだけ心配したか……」

「ごめんごめん、ゲイナン先生の見立てでは問題ないって。多分、テラワットブースターとハイレンジプレディクションの影響で、体と脳に疲労が溜まってたんじゃないかって言われた」

「…そうかい。まぁ、大事でなくて何よりだ」

「うん、ありがとう。…それより、さっきの演説は……?」

 

 レイトがテーブルの上のジャイロシェルフィーに目をやった。ジャンが決まり悪そうに「え~と……これはそのっスねぇ……」と口を開く。

 

「…レイトさん、気を悪くしないで下さいよ?ただ聞いての通り……俺らだけじゃなくって、多分レイトさんもお尋ね者に……」

「それはいいよ。こうなる事は覚悟の上だから。…さっきの声、アトラークだよね?どういう事?」

 

 ラヴァンツェイルでの決戦で、最終的にアトラーク・フォン・シドニアはデブリーターの手にかかって殺されてしまった筈だ。にも拘らず、先程見事な演説を披露していた。これは一体どういう事なのだろうか。

 

「…推測だけど……王妃様に化けてたデブリーターがいたじゃん?あれが化けてるんだと思う……」

「確かに『チェンジリング』って言ってやがったな。そして、皇太子を殺したのが計画の第一段階の終わり、だとも……」

 

 『チェンジリング』と言うのは妖精(フェアリー)クラスタに属するデブリスの1体で、子どもを連れ去らって更にその子に成り代わって家族を食い殺してしまう性質を持つ怪物だ。その脅威度はある程度外見を変えられる事にあるが……あのデブリーター——『グリンファング』の能力はそんなものでは済まなかった。家族にも見分けがつかない程に外見や声を変えられる能力を持っている事になる。

 

 そんなものが国家の元首に成り代わり、この様な扇動を引き起こしたと考えると……敵のこれからの目的は明らかだ。

 

「デブリーターは……シドニアを乗っ取ったって事か……」

「ああ。しかもご丁寧に俺たちに罪をおっ被せてな。厄介な事をしてくれたモンだぜ」

「…認めたくないですけど……これ、完全に私たちの負けですね……」

 ハイルが苛立たし気に机を叩き、ラナが悄然と息を吐いた。

 

 デブリーターの計画を止められず、しかもこうして指名手配されてしまっている為、シドニアの国民に真実を伝えても誰も耳を貸さないだろう。一同に重苦しい空気が垂れ込める中、しかし「そうとも言い切れないさ」と存外明るい声が響いた。

 

「敵は第一段階の終わり、と言ったんだろう?だとしたら、今はさしずめ第二段階の始まり……ホラ、まだ序盤も序盤じゃないか。それならまだ止められる手段も残っているって」

 

「ローランさん……そんな簡単に……」

「悩んでても仕方ないしね。果報も凶報もどうせ寝て待ってるくらいしか出来ないんだから、せめていつでも走り出せる備えさえしておけば大丈夫大丈夫!」

 

 あっけらかんとした笑顔で、ローランが一息に言い切った。沈鬱になりかけていた空気がどこか少し軽くなった———と言うか、呆れた様に弛緩したのを感じた。

 …ハイルの様なカリスマ性、と言うのとは違う。何というか、妙に人の肩の力を抜く天才だなとレイトは思った。

 

「近場で『オウルベア』の目撃情報が相次いでてさ、ちょっと罠を仕掛けてたんだ。…さて、今後の対策も含めて皆と話がしたいんだけど……アイリィは来てないのかい?」

「まだ来てないね。今後のリンネの人々の生活やら、色々決める事があるみたい」

「そうか、それだったら僕が迎えに———」

 

「いいえ、待って下さい」

 扉に手をかけかけたローランを制したのはゼオラだった。そして、何故かもう片方の手でレイトの首根っこを掴まえている。

 

「私たちが連れてきますので、ローラン様はここにいて下さい」

「え?でも———」

()()()()()。…行くぞ、レイト」

 

 有無を言わさず、ゼオラがレイトを外へと引っ張り出していく。閉まっていく扉の奥からローランがポカンと呆けているのが見えた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 外に出て初めて実感したが、デュランダール家の家屋敷はリンネのパニディエラ家に負けず劣らず大きかった。ここが具体的にどこであるのかは、何故か誰も正確には知らないらしいが、あのローランはこの地の若き当主という事らしいから二重に驚きだ。

 

「ローランさんの話によるとね、デュランダールの姓って目立つから旅先では『ランスロー・エレイン』って名乗ってたんだって。呑気そうなのに案外用心深いんだね」

「でもまぁ、貴族家の子息が神聖騎士をやってるなんて噂が立ったら、余計なトラブルを巻き起こしかねないからな。仕方ないと言えば仕方ないか……」

 

 ゼオラが微妙に呆れ気味なのは、その用心が原因でアイリスが一度自分のルーツを疑いかける事態になってしまったかららしい。いくら心が弱っていたからと言えども、やはり彼女の中で昔に会った『神聖騎士ランスロー・エレイン』の影響は強いのかな……と思ったところで、レイトの胸の奥に不意に重苦しさの様な感情が去来した。確か、前にゼオラからアイリスの初恋について聞かされた時もこんな感覚が———。

 

「おい、どうしたんだ。そんな浮かない顔して?」

「え……?あ、いや別に何でも……」

「まぁ、無理もないわよねぇ」

 へどもどと取り繕うレイトの横でユニオがしたり顔でうんうんと頷いた。…どうにも嫌な予感がする。

 

「アイリスに待っててなんて宣言しといて、最後は別の騎士——しかも、彼女の初恋の人が颯爽と現れて、全部搔っ攫っていったんだもの。立つ瀬がないとか思ってんでしょ?」

 

 ズケズケズケと言葉の矢が、機銃掃射の如き勢いでレイトに浴びせかけられる。手前勝手な事を言うなと一蹴できたなら楽なのだろうが……ものの見事に図星を突かれているのだから、反駁の余地もない。うっ……と顔を青くしてへたり込みそうになるレイトにマヤとゼオラが呆れた様に嘆息した。

 

「あっきれた……。そんなコト気にしてたの?」

「妙なところでヘタレなのは変わらんな……」

「…返す言葉もございません……」

 

 悪い癖だとは思うのだが……昔から何かに秀でているという自覚が少なかった日比野玲人は、どうにも自信に乏しいところがある。焦慮にも似たこの感情は、きっと「自分如きが……」という劣等感にも近しいものだ。この世界に来て、期せずして仮面ライダーを名乗る事となり、その名に恥じない様にと前のめりに走ってる内はそんな事を考える事も少なくなっていったが……時折、こうして頭の片隅に現出する事もある。

 

 きっとユニオの言う事は大筋で当たっている。ローランにはどこか三枝努に近しい面影を感じていた。しかも、彼はアイリスの初恋の人だったと言うのだ。それがかつての出来事——一度死亡したあの日の激しい情動を呼び起こされる気がするのだが……きっと、理由はそればかりではない。

 

「…俺、ちゃんと強くなれてるのかな?もし、ちゃんと仮面ライダーをやれていたのなら……アトラークの事だって、あんな風には……」

 

 アトラーク・フォン・シドニアの真意はよく分からないままだったが……イーヴァはアトラークの行動は純然たるアイリスへの好意だったのではないかと推測していた。執着にも近いその感情で彼女を良いように振り回し、傷付けた事。それ以前に多くの国民をデブリーター計画の実験として利用しようとした事も含めて、彼は決して許せる人間ではない。

 …だが、それでも死なせていいかと言うのは全く別の問題だ。少なくともレイトにはそれを決める資格はない。アトラークの悲痛な断末魔を聞いた瞬間から、レイトの心に僅かな棘の様な痛みが居座り続けている。それがまた再び「なぜ歩き続けているのか」と攻め苛んでいるいる様な気がして———。

 

 転瞬、パチンと軽い音がした。ゼオラが両手でレイトの頬を包んで、ズイと顔を覗き込む。

 

「…お前は、今取れる最善の道を選べている。最高ではないから取りこぼす物もあるかもしれないさ。仕方ない……とまでは言わんが、あまり気に病み過ぎるな」

「ぜ、ゼオラさん……?」

「お前は寝てたから知らんだろうけどな、アイリィはずっとお前の見舞いに来てた。それは、お前の力が、心がちゃんと彼女に届いた証拠だろ。だからちゃんと自信を持て。お前は大した奴だよ」

「…あ、ありがとう……。…でも、そろそろ離して……」

 

 普段はなかなか褒めてくれないゼオラがこうも真正面から褒めてくれるというのは、なかなかにくすぐったい気がして、妙に居たたまれない。それに、先程から剣呑な目つきで睨んでくるマヤの視線が恐ろしい。耳まで真っ赤になっているであろう顔からゼオラの手を引き剥がし、少し早足で歩き始めた。

 

 林道を抜けると、リンネの元住民達に充てられた居住地が見えてきた。アイリスとその家族も今はここに住んでいるのだそうだ。僅かに感じていた気後れも鳴りを潜め、今度は彼女に会いたいという思いだけが強く膨れ上がっていく。きっとこの気持ちも、気分を浮かなくさせていた原因の1つなのだろうと気付いた。今アイリスに会ってしまったら、否が応でもこの気持ちに向き合わなければいけないから……。

 

 ——それでも、もういい加減、気付かなくてはいけない。

 ——俺は彼女の事が……。

 

「あ!おーいアイリィ!」

 

 笑顔で手を振るマヤの視線の先に、確かにアイリスの姿があった。読んでいた本から顔を上げ、こちらの姿を捉えた顔に笑みの色が広がるのがここからでも分かる。服装はシンプルなブラウスとロングスカートの組み合わせだが、木漏れ日を纏って立つ少女の姿はやはり言葉に出来ないほどに美しい。引力に引かれる様に目が離せなくなってしまうレイトだったが、それはアイリスの方も同様だった。レイトを見止めた彼女の瞳が潤み、幾千もの感情が結露するのが分かる———と思った、次の瞬間。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっ!!!!!」

 

 ボワン‼とアイリスの顔が毛先まで真っ赤に染まり、そのまま猛烈な速度で森の奥へと駆け出して行ってしまった。

 

「………………へ?」

「………………はぁ」

「………………あのバカッ」

 

 マヤが小さく毒づき、そのままアイリスの走り去った先へと駆け出して行く。後には頭痛でも堪えているかの様なゼオラと、ポカンと呆けたまま固まってしまったレイトだけが残される事となった……。

 

 




どうも二週間ぶりでございます。
急に話が飛びましたが、ミスではございません。戦闘シーンはぶった切ってしまいました。新しいデブリーターの能力やモチーフについてはもう少しお待ち下さい。
今回の話は今の第2章『昏迷世界編』の総まとめ的な内容になります。戦闘シーンは少なめで人間ドラマ……というか、ラブコメパートが多めになります。
3人のヒロインの心の動きにご注目下さい。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではそれでは。
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