仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

62 / 110
Saga16 メッセージ~生まれる願い~②

◇◇◇◇◇

 何故走ってしまったんだろうか。

 

 頭の奥からそんな問いが響く。それでもドクドクと激しく律動する心は何の答えも返してはくれなかった。

 

 走れるだけ走り、森中にある小さな池の畔に辿り着いたところで、アイリスはねじが切れた様に地面へとへたり込んでしまった。元より今履いているロングスカートも、足元のローファーも山中を走るのには向いていないが、原因はそれだけではない。

 

 ラヴァンツェイルを抜け出してからの4日間、今まで1日たりとも欠かさなかった鍛錬を行っていなかった。リンネを捨てた民達の生活を立て直す為に色々と奔走しなければいけなかったというのもあるが、今更……という思いもあるのかもしれない。ヴェノムアラーク・グノーシズとの戦いの最中、限界を迎えて折れてしまったパーラケインと共に、アイリス・ルナレスとしての戦いは全て終わってしまった様な気がして———。

 

「…どういうつもりなの?」

 ふと横合いから不機嫌そうな声が注がれる。彼女が後を追ってくる気配は感じていたが……目線を上げると、そこには案の定マヤが剣呑な目つきで立っていた。

 

「マヤ………」

「どういうつもりなのって聞いてんの。毎日お見舞いに来て、早く会いたいってあれだけ言ってたのに」

 

 ラヴァンツェイルでの戦いの後、レイトは碌に言葉を交わす暇もなく直ぐに倒れてしまった。大きな怪我を負っている様子もなかったから、きっと疲労が祟ったのだろうとゲイナンは太鼓判を押してくれたが、それでもアイリスは毎日レイトを見舞っていた。早く会いたいと言っていた気持ちに嘘偽りはない。交わしたい言葉も伝えたい思いも数えきれないほどあった筈なのにどうして———。

 

 …否、理由はきっともう分かっている。

 

「…王都での話、聞いたの……。レイトに……国家反逆の罪が掛けられたって……」

 

 ダルウィンでの戴冠式にて、正式に『勇者ディライト』はシドニア帝国に仇なし、ガルシア皇帝を抹殺した大罪人として国際手配される事が決まった。国家反逆罪は今の世に於いて最も重大な犯罪の1つだ。もし捕えられてしまえば、裁判など無しに即刻処刑され、死してもその名を貶め続けられる……そんな運命が待っているのだ。だから、余計に……。

 

「レイトは……ディライトの力を継承した彼だったら……本当なら色んな人達から賞賛を受けても良かった筈なのに……なのに、私に関わったばかりに……!」

 

 かつて魔王ディアバルを打ち倒し、この世界を救ったとされる救世の勇者。その名は今でも多くの人々の希望であり、尊敬の象徴ともなっている。もし勇者ディライトが現世に再び蘇ったとしたら、それこそドランバルド中から歓待の声が上がった事だろう。

 それにもかかわらず、レイトは囚われたアイリスを助ける為にシドニアという国家に反逆する道を選んだ。そんな事をすれば、二度と日の当たる道を歩けなくなる事は明白なのに、一切の躊躇なく。

 

 自分は構わない。神聖騎士の立場を騙った以上、後ろ指を指されて生きていくのは当然だ。だがレイトは……あれだけ人の為に奮戦してきたレイトがそんな道を歩まされてしまうなんて……とても耐えられない。

 

 ——彼と出会っていたのが、本物のパラディンであったなら。

 ——私なんかと出会わなければ……。

 

 そう考えると、胸の奥が正体不明の痛みに襲われ、身悶えする程に苦しい。それでもそう思わずにいられないのだった。

 

「…はぁ……どいつもこいつも……バッカじゃないの⁉」

 それまで静かに聞いていたマヤが、我慢も限界だとばかりに怒声を張り上げた。

 

「名誉とか称賛の声とか……レイトがそんなもの欲しくて戦ってた訳ないでしょ!アイリィにもそれくらい分かってる癖に!」

 

『世界を救済する為だろうと……アンタは最も大切な物を……人の自由を脅かした。なら、それを守る為に俺たちは戦う。それが……それこそが、仮面ライダーだ‼』

 

 ヴェノムアラークに対峙した際にレイトが言い放った言葉。きっとあれこそが彼の全てであり、偽らざる本心だ。世界の救済という大義ではなく、人々の幸せという世界の最小単位の為に戦う。勇者とは違う、仮面ライダーというレイトが目指した道。

 

「何で2人してそんな小難しく考えるの?レイトとアイリィが目指してるモノって同じじゃない。だったら一緒の道を行く事になんか問題ある?」

「…そう……なのかもしれないけど……」

 マヤらしい実にシンプルな考え方だと思う。でも、今のアイリスにはそれがハッキリと分からなくなっていた。

 

「…あの時に言ったじゃない。『パラディンの旅なんて、あの家から逃げる手段でしかなかった』って……。あれ……きっと半分くらいは本当なの……。パラディンになれれば、お祖父様から……家のくびきから抜け出せるって……そういう思いも確かにあったから」

 パラディンの立場を偽る事を思いついてしまった時、思いを貫けない家から抜け出して自由になりたい……そう感じる心があった事をアイリスは否定できない。

 

「…私は……そういうズルい人間なの。きっと今だって……」

 

 ——レイトに申し訳なく思う一方で。

 ——もう1つの心はどうしようもなく……。

 

「アイリィ」

 マヤがまた静かに呼び掛ける。次の瞬間、アイリスの体がマヤにぎゅっと抱きしめられた。

 

「…ごめん。あたし、アイリィに謝らなきゃいけない事が1つある。レイトの、記憶の件で」

「記憶……?」

「昔、レイトが約束してくれた事があるんだ。私達も他の誰であっても、幸せに生きられる世界を作って見せるって。まだ完全じゃないけど……レイト、その事少し思い出したって言ってた」

 

 アイリスが驚いたように目を見開いた。レイトの過去については、彼がライトライドラッグを精製する事が出来る事と関係する可能性がある為、なるべくパーティ内で分かった事を共有する様にしようと決まっていた。その後、直ぐにヒュペリオン達との合流やデブリーターとの戦いなどが重なり、言う暇がなかった……とも言えるが、それだけとも言い切れない気がする。

 

「知ってると思うけどさ……あたし、レイトの事が好きだよ」

「…うん」

「だから多分……あたしとレイトだけの思い出に、他の人を踏み込ませたくなかったって気持ちもきっとあるんだよ。あたしはそういう自己中でわがままな性格だけどさ……アイリィはあたしの事、嫌いになる?」

 

 マヤの問いにアイリスははっきりと首を振った。心の内がどうであっても、彼女が大切な仲間で、何よりも得難い友達だという事実は変わりないと思えた。マヤが嬉しそうに微笑む。

 

「心ってズルくて、なかなか理想通りになってくれないけど……それもあたし達の一部なんだよ。だったらそれは否定しないであげよう?…今のアイリィの本当の気持ちってなに?」

「…私の気持ち……」

 ラヴァンツェイルでも同じ様なことを聞かれたな、と思い出す。あの時に確かに感じた真なる心。そして今も絶え間なく響いている、本当の気持ちは———。

 

「…私……レイトに会いたいよ……」

 

 ——私なんかと出会わなければ……なんて思いたくない。

 ——伝えたい言葉が、交わしたい心が沢山ある。

 ——国家に逆らってでも、名誉や称賛なんかよりも。

 ——自分を選んでくれた事が、本当はどれだけ嬉しかったか……‼

 

 マヤには全て伝わったのだろう。満足そうに、でもやはり少し不機嫌そうにフフンと鼻を鳴らして「だから言ったのに……」と呟いた。

 

「…これは癪だからあんまり言いたくないんだけどさ……レイトはアイリィに会いたがってるよ。だったら、それにはきっちり応えてあげて」

「…うん。…色々とありがとう、マヤ」

「いいよ、もう……。あと、これもあんまり言いたくないけどさ……」

 体を離し、マヤが正面から堂々とアイリスに向き合った。

 

「レイトと顔を合わせられないのは……そんな理由じゃないって自分でも分かるでしょ?」

「……っ⁉ま、マヤ……?」

 意味を理解した様に、アイリスの頬が急速に熱を帯びる。茶化してる訳じゃない、とでも言わんばかりに、マヤは表情1つ変えず、「言っとくけどね」とハッキリ言った。

 

「アイリィの気持ちがどうであっても、あたし譲る気なんてないよ。これからはキッチリと競争だから!」

 そう言い捨てて、マヤは踵を返して森から出て行った。アイリスはと言うと、呆然と顔を赤くしながら暫くその場を動けないでいた。

 

 いつまでもここにはいられない、と分かっている。それでも今は少しでもこの気持ちに浸りたくもあった。

 胸の奥から湧き上がってくる、苦しい様でいて甘やかな気持ち。それは初めてでもあると同時に、全ての人の原初でもある様にどこか懐かしい。矛盾していて、だからこそ何よりも大切だと思える、自分の真なる心……。

 

「…お願い…もう少し…もう少しだけ…」

 

 心の内より溢れ出る想いが、少しずつ輪郭を得ていくのが分かる。

 消え入る様な、しかし確かな幸福を含んだ少女の声は、木漏れ日に縁どられてキラキラと輝いている様だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「しっかしあそこで逃げ出すなんて……アイリスは思いのほかヘタレねぇ……」

「長らく付き合ってるが、ああいう反応を見るのは初めてだな。…まぁ、あれはあれで見物だったが……」

「…まぁまぁ、2人とも……。そこら辺で……」

 

 ここぞとばかりに口さがなく言いたい放題言っているユニオとゼオラをレイトが宥める。だが火に油だったのか、ゼオラが「お前もお前だぞ」とレイトをジロリと睨んできた。

 

「あそこで逃げられたら、普通は追いかける流れだろうが。それなのに、何を呆然と……」

「まったくよ。男は行動あるのみ。あのローランってパラディンに妙な引け目なんか感じてないで———」

「べ、別に引け目感じて追いかけなかったんじゃねぇや‼」

 レイトが顔を赤くしてユニオ達を一喝した。

 

 アイリスと目が合ったあの一瞬……自分と彼女の双方に、何か制御不能な感情が爆発しそうになった気がした。それがもう少し安定して落ち着くまでは、まだ顔を合わせない方がいい……と、自惚れでも何でもなく思っただけの事だ。最も、そんな事を説明してもやっぱりただのヘタレだと言われるだけだろうけど……。

 

 するとそこへ、

 

「レイト君、ゼオラ!ちょっといい?」

 

 よく通る女性の声が聞こえてきた。目を転じると、木材を抱える2人の女性がこちらに手を振っている。1人はリンネに暮らしていた、革職人の女将。そしてもう1人は……農作業儀を着ていたから一瞬分からなかったが、なんとアイリスの母のイーヴァだった。

 

「お、奥様……?何を、されているんですか……?」

「何ってバロネラさんとこの手伝いよ。旦那さんが腰痛めて倒れちゃったんですって」

「旦那さんが……。大丈夫なんですか?」

「ちょっとギックリやっちまっただけだよ。ラヴァンツェイルでちょっとはしゃぎ過ぎたんだろうさ。…あぁ、別に大きな怪我じゃないから安心しな」

 

 不安そうに顔を曇らせたレイトを見逃さず、女将さんが鷹揚に笑って戦場での旦那さんが如何に頼りなかったかと辛辣に語って見せる。その明け透けさは正しくこの夫婦らしいとも思うが、レイトとしてはどうリアクションしていいか分からず、首を傾げて苦笑いするに留めた。

 

 大量に積まれていた木材も4人とユニオで分担すれば、1回で運びきる事が出来た。木材を作業場の軒下に運び込むと、イーヴァが「よし、一丁上がり!」と手をパンパンと払う。そんな姿も絶妙に様になっているのだから驚きである。

 

「ありがとうね。やっぱり若い子たちの協力があると、仕事が早くていいわぁ」

「…イヤ、どう見てもイーヴァさんが一番運んでたよね?」

「昔から妙に運動神経が高いんだよな、あの人……」

 聞く話によると、アイリスを助ける為にヴェノムアラークを相手取って大立ち回りを演じていたらしい。娘の身体能力の高さは間違いなく彼女譲りだろうと思えた。

 

 少し小高い丘の上にあるバロネラ夫妻の家からは、元リンネの住民達が集まっているエリアを一望できた。故郷を捨てた彼らは、今はここアレステリスで受け入れられ、少しずつ生活を立て直しているところだった。

 

「ここでの生活はどうですか?」

「まだ始めたばっかりだから何とも言えんが……ここは土地が豊かだからね。何とかやっていけるだろうよ」

 少し暑いのが難点だがね、と女将さんが額の汗を拭った。レイトとしては少し安心すると同時に、土地を離れた後どうするのかすら決めていなかった自分のプランの杜撰さに改めて慄然としてしまう。

 

「…そう言えばまだちゃんと礼をしてなかったわね。改めて、娘を助けてくれた事、本当に感謝するわ。ありがとう、レイト君」

「ああ、約束をしっかり守ってくれたね。あたしらからも礼を言うよ」

「…いえ、俺の力だけじゃありません。皆さんが賛同してくれなかったら、上手くいかなかったと思います」

 

 リンネの住民達をアトラークの魔の手から解放しつつ、彼女のしてきた事は間違いじゃないと伝える為には、あの手しかなかったと思う。それは効を奏し、人々を思うアイリスの心は、確かに領民達に届いていたと証明できた。だがそれは、今までの人生で彼女が積み上げてきた事の結果があればこそだ。だからこそ、あの勝利は彼女自身が掴み取ったものなのだろうと思っている。それを伝えると、「相変わらず無駄に謙虚ねぇ」とイーヴァが呵々と笑った。

 

「確かにあの娘と皆の強い繋がりを実感できたわ。…でも同時にね、少し心配になるの。それがあの娘を縛りやしないか……って」

「……イーヴァさん?」

「ねぇ、レイト君。1つ提案なんだけど……あの娘の事、貰ってくんない?」

 

「…………………………へ?………………えぇぇぇぇぇっっっっっっ⁈」

 

 いきなり飛び出した爆弾発言に、レイトの脳が沸騰した様に騒ぎ出した……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 女将さんが淹れたお茶を飲み終えた頃には、少しずつ景色が夕映えの色を帯びてきた。そろそろアイリスとマヤも戻ってるだろうと当たりを付けて、レイト達は元来た道を引き返していく。イーヴァはもう少し夫妻宅で作業を手伝っていくと言っていた。リンネがもうない以上、領主一族と領民という関係はもう成り立たない。だが、イーヴァも他の誰もそんな事は気にせずに新しい生活を少しずつ再建し始めている様だった。柔軟というかタフというか……レイトとしては感心させられるばかりだった。

 

 1日の余韻が消えていく風景を眺めながら、レイトは少し足早にアイリスの家を目指す。早く彼女に会いたいというのもあるが……まだ余熱を引き摺る頭を少し冷やしたくもあるからだ。

 

 …というか。

 

「なにさっきからニヤニヤしてるんだよ⁉」

「いやだって……」

「アレはねぇ……?」

 

 先程のイーヴァの爆弾発言を勘違いして、思わず上擦った声で「か、必ず幸せにしましゅっ‼」などとほざいてしまったのが、間違いの元だ。それ以来ずっとゼオラとユニオからニヤニヤとした視線を注がれ続けているのだ。

 

「気にする事ないわよ、レイト。あれはあんな言い方したイーヴァが悪いわ」

「そうそう。なかなか堂々としてて立派なモンだったぞ。……ぶふっ」

「だったら、もう笑うのやめろ‼」

 冷めるどころか更に熱くなった顔を思いきり背けて、レイトの足が更に速さを増す。流石に揶揄い過ぎたと思ったのか、「悪かった悪かった」とゼオラが追い縋ってきた。

 

「それで、どうするんだ?奥様からの提案」

「どうするって……俺はこれからもデブリス達と戦って行くつもりだよ。…でも、きっと旅は今までみたいにはいかなくなる。シドニアや、下手すれば他の国からも追われる事になるかもしれないし……きっと今まで以上に危険が多くなる……」

 

 仮面ライダーを名乗った以上、レイトにこの戦いから降りるという選択肢はない。世界を蝕むデブリーター達の魔手から、そして未だにその全貌を見ぬデブリスとその王・ディアバルを打ち倒して、病める世界を救い出すその瞬間まで戦い続ける覚悟は出来ている。だが、現状それに立ち塞がる壁はあまりにも多い。ラヴァンツェイルでの戦いは本当にギリギリの連続だった。もしまた同じ様な事になった場合……正直に言って誰も失わずに済む保証はどこにもない。

 

 レイトとしては切実な問題。だが、ゼオラは気に入らなそうに深々とため息を吐いた。

 

「はぁ……このヘタレめ……」

「なっ……⁉」

「誰が出来るか出来ないかなんて事を聞いた?大切なのはお前が、そしてアイリィがどうしたいか……だろ?」

「…それは……そうなんだけどさ……」

 自分がどうしたいか……そんな事はとっくに分かっている。だからこそ、簡単に言ってくれるな……とも思うのだ。

 

「…俺は誰も失いたくないし、誰にもそんな思いはさせたくないよ……。…でも、どれだけ手を伸ばしたって敵はますます強くなっていく……。取り零してしまった人だって沢山いる……」

 

 レイトの脳裏にカラバの民達やオーエン、そしてアトラークの顔が浮かんでは消えていく。もし、また大切な誰かがこの顔ぶれに加わる事になってしまったら……そう考えると、どうしても決断できない。それはやはり、ゼオラの言う通りヘタレという事なのかもしれないけど……。

 

「…なぁ、レイト?」

 

 不意に、そよぐ風みたいに静かなゼオラの声がそっと背中で弾ける。彼女の方へ振り向こうとした刹那、ふわりと柔らかな体温の気配がレイトの全体を包み込んでいた。ゼオラに後ろから抱きしめられている———そう気づいた瞬間、頭の回路が纏めてショートしそうな程に熱くなった。

 

「あ……あ、あのっ……ゼオラさん……?」

「私がさ、お前の事が好きだって言ったら……どう思う?」

「…へぁっ⁈…あ、あのっ……なに言って———⁉」

「嘘じゃない。…と言うか、私自身が一番驚いてる。戦って、欺いて、ただ主の剣となって生きる……。そんな事しか知らない私にもそんな気持ちが芽生える事があるなんて……」

 

 背後のゼオラが僅かに抱きしめる力を強め、吐息と体温の感触がより近くに迫ると、レイトのパニックはより一層強くなる。流石と言うべきか、腕の力は万力の様に強くて振り解けない。にも拘らず、先程から背中に当たる柔らかい感触はやっぱり女の子のもので……。不埒な方向に驀進していきそうな思考をレイトは必死に、「落ち着け落ち着け俺はニチアサ俺はニチアサ……」と胸中に絶叫して押さえつけた。

 

 よく見ると、ゼオラの手が微かに震えている様だった。己の中の未知なる感情に向き合う時、人は誰しも恐怖を感じるものだ。自分もそうだったから分かる。ならば、どんな形であれそれに応えなければいけない……と決めて、ゼオラの手を軽く握った。

 

「…ゼオラ……。その、気持ちは凄く嬉しいんだけど……俺は……」

「まぁ、ウソなんだけどな」

 転瞬、フッとゼオラの手が離れて、レイトはその場にズッこけそうに———否、実際なった。

 

「…は、はぁっ⁉ど……どこから———⁉」

「お前を好きだってところから。…つまり、最初っからだな。スマン許せ」

 手を胸の前で合わせて、ペロリと舌を出す。どこか彼女らしからぬ仕草だったが、レイトとしては頭が石膏で塗り固められたみたいに固まってそれどころではない。

 

「…かっ……からからからからからからからっ……‼」

「別に揶揄った訳じゃないさ。好きとは違うにしても、会ったばかりの頃はお前に感謝するなんて……お前の事を友達と思う日が来るなんて想像もしてなかった」

 

『護衛の仕事もまともに務まらないとは…貴様、それでもお嬢の従者たる自覚があるのか?』

 出会って間もない頃のゼオラには、よく厳しい言葉で窘められた。アイリスを守る力もなければ、覚悟も乏しいレイトの事は彼女からしたらただの甘ちゃん以上の何者でもなかっただろう。それから行動を共にしていく内に、今はこうして彼女とも冗談を言い合えるくらいになってきたが、それは確かに最初から比べたら大幅な進歩だと言えるだろう。

 

「勇の道は幾星霜……戦い続けても、大きな流れは何も変えられなかったかもしれないさ。それでも……お前の始めた道で、小さな幸せを得た者も大勢いる。またアイリィと……お前たちと過ごす日々をくれた事、私は凄く感謝している」

「ゼオラ……」

「どうするべき、じゃない。お前はお前がしたい事をこれからも続けていけばいいさ。今は小さな結果しか出せなかったとしても……最後まで貫ければ、それは本物になるから」

 

 触れ合った手から伝わる拍動が、少し照れ臭そうにはにかんだ表情が、そして投げかけられる言葉の温かさが、レイトの心を照らして進むべき道を示してくれている様だった。

 

 ——結局は、自分がどうしたいのか。

 ——どんな自分に、何を貫いて本物にしていきたいのか。

 

「…そうだね。ありがとう、ゼオラ。お陰で道が決まった」

 そんな事は確かに、悩むまでもないものだった。握られた手を両手で包み込み、礼を言うとゼオラは少し驚いた様に顔を赤くして「…っ。ど、どういたしまして……」と呟いた直後の事だった。

 

 木々がザワザワと震えだす。地鳴りの様な轟音が連続して辺り一帯に木霊する。周囲に満ちていく異様な気配に、森から鳥たちが一斉に飛び立ち始めるのが見える。なんだ……?と身を固くした刹那、木々を蹴倒して巨大な影がその姿を現した。

 

 二足歩行で立つ、巨大な怪物だった。全高4ハンズを超える巨躯は全身が筋肉の塊で、前後の足に生えた巨大な鉤爪から、見た目のイメージはパッと見た限りでは熊に近い。

 だが、最も異様なのはその頭部。黒々と光るガラス玉の様な巨大な目。冠にも見える羽角。そして下向きに鋭く尖った小さな嘴。手足の先もよく見ると硬い鱗状になっており、まるで獣とフクロウの見た目をかけ合わせた様な姿をしている。

 

「コイツは………⁉」

「確か……『オウルベア』。ローランさんが言ってたのはこれか……!」

 

 オウルベアデブリス。『フクロウ熊』の名が示す通り、熊とフクロウが合わさった様な見た目をしている奇妙な怪物だ。その巨体通り、飛ぶ事はできないが、見た目に違わず夜目が利き、非常に容量の大きい頭脳を持っている事でも知られている。それに何より、両者と同じくこの怪物も完全に肉食性だ。

 

「ボォアァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!」

 オウルベアが嘴を開き、その奥の縦長の口腔を覗かせて絶叫した。その音に掻き消される様に、人々の悲鳴が近くの集落から沸き起こる。オウルベアの優れた聴覚はそれを逃さずに捕えると、地面を蹴立てて猛然と走り出した。

 

「マズい……‼」

「俺が止める!ゼオラとユニオは人々の避難誘導を手伝って。…変身!」

〈ミスリックナイツ‼〉

 

 言うが早いか、即座にディライトへと変身したレイトがオウルベアの後を追って駆けだしていく。この周辺にはリンネの住民達が多く暮らしている。レイトならあの怪物を足止めしてくれると信じて、ゼオラはユニオの背に跨って走り出した。

 

「ゼオラ……あれでよかったの?」

「何がだ?」

「ウソだ、なんて強がっちゃってさ……。アレは意外と鈍感だから、本気にするわよ?」

 ユニオの声には気遣う様な色が強い。胸の奥に走った鈍い痛み……一抹の寂しさを自覚しながら、それでもゼオラは「いいんだ」と言い切った。

 

「…アイリィが笑って、レイトが笑ってる……。きっとその先でないと、私も笑えないんだよ。だから、今はいい。…ここに、こんな想いがあったって……気付けただけで、私には充分だから」

 

 だからこれは強がりではない。人が人を想うのは、いつだって心の弱いところだ。凍てついてそのまま凝り固まってしまったと思っていた自分の心に、弱さをくれたのはあの2人。だからこれは、記念碑みたいに胸の奥で輝いているべきなんだと、今は思える……。

 

「…まったく……アンタも意外と……」

「…ああ、そうだな……」

 

 ——私もレイトの事を嗤えないな。

 ——私も、大概ヘタレだ。

 




恋愛描写や青春ものっぽいシーンは書いてて気恥ずかしくもありますが、実は一番筆が乗りやすい様です。最近気が付きました。
まぁ、それでも怪人や仮面ライダーが出て来ないと書けないので、次回はバトルになります。Saga16も次回で終わりになります。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではな。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。