デブリーター首魁にして、シドニア帝国皇子であるアトラーク・フォン・シドニアの魔手からアイリスを助け出したレイト達。だが、国家反逆の罪で現在はシドニアから追われる身……それに手を差し伸べたのは、隣国の神聖アネスタ皇国だった。
◇◇◇◇◇
ドランバルド三国の国境に位置するアレステリスは、古来よりデュランダール家を中心に国境監視の任を担ってきた場所でもある。だが、基本的に生業となっているのは、豊富な自然を生かした放牧と農業が中心だ。青々とどこまでも続く田園風景は城塞都市が多いこの世界では珍しく、『世界最後の理想郷』などと呼ぶ者もいるが、その特性上この村に余所者が現れること自体が珍しい。
否、場所がどうであっても、その2人づれは目立った。
1人は金髪をツインテールに結った少女。美しくどこか気品のある立ち姿に対して、纏っているのはグレーの古びた外套と、その下はキャミソールの様な薄衣とショートパンツのみ。どちらも夜が溶けだした様な黒色で、少女の美しさにどこか凄みを与えるのに一役買っていた。
もう1人は、夏だというのに足元まで覆われたコートを纏った長身の男性——否、女性かもしれない。顔立ちを構成するパーツ群はどこかマネキンの様に精緻で、まるで人の理想とする美を黄金比にして組み上げた様でもあった。だが、銀色の髪の下に覗く黄金色の瞳はどこか愉悦の色を湛えて周囲を油断なく見渡している。
「ここがアレステリス……思ったよりも、賑やかな場所だね」
「ああ……水源への感謝祭が近いんでしょうね。風火灯篭も見られてなかなか絶景だって話よ」
「水源……アニミズムか。君たち人間は変な事を信じるものだね」
背の高い方が愉快そうに口の端を歪めて笑う。声は高めで、やはり性別はハッキリとは分からない。だが注意深い者が聞けば、その言葉の端にどこか嘲弄的な色が籠っているのを感じ取っただろう。
「さて、ターゲットは2人……どっちからヤるの、ネメシス?」
「人聞きの悪い事を言わないで欲しいなァ、ステファニー。穏当に済むならそれに越したことはないけど……そうはいかないだろうね。コレを使う必要があるかな……」
『ネメシス』と呼ばれた長身が、コートの前身頃を微かに開く。細身の腰にはワインレッドと金色で彩られた、大型のバックルが嵌められていた。
◇◇◇◇◇
『神聖アネスタ皇国』。
ステラスフィア山脈を挟んだ隣国シドニアと比べて温暖な気候と栄養豊富な地質に支えられた、ドランバルド三国最大の食糧生産量を誇る土地。それに支えられた豊かな生活水準と、古来からの騎士道精神を強く持つお国柄から、『愛と高潔の国』とも呼ばれている。
そんな国の若き女王から直々に国内に蔓延る謎の奇病の調査依頼を受けてから、早10日。レイト達は未だにアレステリスのデュランダール家の中にいた。直に聖都『コーパーズ』から迎えの使者が来るからここで待っている様には言われているのだが……いくら何でも時間がかかり過ぎではないだろうか。その辺の疑問をローランにも質してみたのだが、
「復活した勇者ディライトを出迎えようって言うんだから、そりゃ準備に時間も掛かるってもんだよ」
と、相も変わらず暢気そうに笑うだけだった。式典や行事などの準備に時間をかけるのもアネスタのお国柄という事らしい。
と、いう訳でレイト達からすれば、今は降って湧いた休暇状態という訳だった。この10日の間に、隣国のトンプソールにおいてマルチバースを巡る戦いに巻き込まれもした訳だが……絶え間ない戦いから切り離され、概ね平和な日々を過ごしているところだった。
とは言っても、決して依頼が来ない訳ではない。どんな土地であろうとも問題の種は芽吹いているというもの。そんな訳でレイト達は朝からこの土地の難題——村中の雑草取りに駆り出されていた。
「まったく……刈っても刈っても全然終わらない……。確かに難題だわコレ……」
「ふふ、確かに。並みのデブリスを相手にするよりも厄介かもね」
村の端から端まで、日陰だろうが牧草地だろうが問答無用で生えているこの蔓草植物、名を『モウリ』という。とにかく強力な繁殖力を持つ植物で、朝から住民が総出で除草作業に当たっているというのに、未だに三分の一も刈り取れていないらしい。
「さっきそこの池からも引っこ抜いてるのが見えたけど……もしかしてコイツ水の中でも育つ?」
「そうね、元はシドニアの湿地帯に生えてる植物だから。水の中だろうとお構いなしに発芽して、水面を覆い尽くしちゃったなんて話も聞くくらいよ」
相変わらず立て板に水で答えながら、アイリスがそっと湿った髪をかき上げる。彼女くらいの美少女だと、首元に光る汗でさえも優美さを際立たせる宝飾の様になるのだから不思議……と、思ったところで慌てて思考を断ち切った。変態かオレは……。
「せめてハイル達がいてくれたらなぁ……」
「…まぁ、無理は言えないわよね。本来なら彼らに関係ない戦いにも随分付き合って貰った訳だから……」
ハイル・ランドナー率いるヒュペリオン達の協力があれば、除草作業もだいぶ捗ったと思うのだが、彼らは数日前からアレステリスを離れてしまっていた。理由は新たな魔剣の情報を掴み、それの破壊という彼ら本来の目的へと戻って行ったからだ。
なし崩し的にデブリーターとの戦いに協力して貰っていたが、ヒュペリオンが作られた目的はハイルの妹・ローザの体内に取り込まれた魔剣エクスカリバーを破壊する事だ。その為にはハイルの持つデウスカリバーで残りの魔剣を全て破壊し、その力を強化していく必要がある。
そんな事情を分かっているからこそ、ローランも彼らの旅立ちを許してくれた。義理堅いハイルの事だから、未だ続くデブリーターとの戦いには必ず参加すると約束してくれたが……戦いを共にしてくれた戦友がいなくなってしまう事は、やはり一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
「なんか不安?」
「それは……あるかもね。ハイルなしで聖都に行っても、女王陛下から期待外れだった思われちゃうかもしれないし」
「またまた……そんな事ないわよ。レイトだって頼もしくなってきてる。昔に比べて筋肉もついてきたし———」
悪戯っぽく笑って、アイリスがレイトの肩に触れた。彼女の言う通り、この世界で目覚めた時と比べても肩や胸回りはだいぶ戦いで鍛えられてきている……が、彼女の息遣いを間近に感じる程の距離で身体に触れられると、正直気分は穏やかではない。恐らく耳まで真っ赤にしながら、首回りに這うアイリスの手に触れた。
「あ、アイリィ……その……ちょっと近い……」
「…あっ……ご、ごめんなさい……」
アイリスが我に返った様に顔を赤くする……が、体を離しはしなかった。彼女の呼吸や拍動を感じられる程の距離で、無窮の星空の様な光を湛えたアイリスの瞳が切なそうに揺れている。レイトは思わず息を呑んだ。
アイリスが瞳を閉じた事が切っ掛けだったのか、それともレイトが彼女の手を包み込んだのが先だったのか。胸の奥から溢れ出しそうな感情に突き動かされる様に、2人の影が重なり合って———。
『オ ム カ エ デ ゴ ン ス–––––––––––––––––ッッッ‼』
「「わぁぁぁぁぁっっっっっ⁈⁈」」
突如、割れんばかりのキンキン声が響き渡り、2人の蜜月に水を差した。目を転じると……貝型のツールド・ファミリア『ジャイロシェルフィー』がピョンピョンと飛び跳ねていた。
『オムカエデゴンス!オムカエデゴンス!』
「お迎えなんていらないのよっ‼」
「てゆーかどこで覚えたのその台詞っ⁈」
「…何のこと?」
ジャイロが口をパタンと閉じると、それと入れ替わる様に草むらから声の主——マヤがひょこんと顔を出した。いつものリンクスの民族衣装ではなく、カラフルなジャンパースカートとブラウスという珍しい恰好だった。
「どうしたのソレ?」
「アレステリスの民族衣装。実は明日のお祭りで人手が足りないからって響き手を頼まれたんだ。どう?似合う?」
感想を求めて、マヤがその場でフワリと舞う。確かにどこかエキゾチックな雰囲気もあって、なかなかに可愛かった。
「それより……お祭りって?」
「なんだ聞いてないのかい?」
「「うわぁっ⁈⁈」」
草むらを掻き分けて、今度はローランが顔を出した。
「いつからいたんですかっ⁉」
「え?君たちがここの担当になった時からずっといたけど?」
気配すらしなかったぞ……と、レイトは戦慄した。そもそもいたのなら声くらい掛けてくれればいいのに……と思う。アイリスなど指先まで真っ赤にして、泣き出しそうに俯いてしまっている……。
「明日から3日間、この地の水源であるウォートル湖に感謝を捧げる祭りが開かれるんだ。普段は閑静な村だけど、この時期ばっかりは外からお客もやって来るくらいだよ」
ローランが村の中心部にある大きな湖を指差す。確か広い場所だと端から端まで2サウドはあると言われており、僅かに波立った水面や浜辺もあることから、海の様に見えない事もない。
ウォートル湖はこのアレステリスの最も主要な水源であり、更にその豊かな生態系も村人たちの生活を支えている。まさにこの地になくてはならない存在だ。感謝を捧げる祭りが開かれるのも当然だろう。
何よりも……どの世界であっても、祭りというのは楽しいものだ。日比野玲人が暮らしていた街にも祭りがあり、子どもの頃から明日未や努たちと一緒に遊びまわった記憶がある。ああいうのとはまた少し違うのだろうけど、アイリスやマヤ達と一緒に祭りの時の独特の時間———ハレの空気を楽しめるのは、素直に楽しみだ。それはアイリスも同じらしく、微かに頬が上気している。
だが。
「ただねぇ……ことここに来て、問題が起きてるんだよねぇ……」
「問題?」
ローランが珍しく難しい顔をして、大儀そうに首を捻った。
「そう。どうも最近、村の家畜が何者かに盗まれていく事件が続いていてね。誰の仕業かはまだ分からないんだけど……どうも下手人はウォートル湖に逃げていくみたいなんだ」
「湖に?という事は……?」
「水棲デブリスの可能性があるね。この前も湖畔を歩いていた鹿が湖の中に引きずり込まれていくのを見たって証言もあった。今のところ人的被害は出てないけど、このまま放置すればここでの生活に支障が出る可能性もある……。と、いう訳でハイ」
ローランがレイトに小さい紙きれを手渡した。開くと、細かい字で事件の概要や被害にあった人々の証言などが書き連ねてあった。
「ここは僕が変わるから、君たちで事件の調査を頼んだよ。出来れば、明日までに解決お願い」
「…イヤ、頼んだよって……ローランさんのところに来た依頼でしょ。なんで自分でやらないんですか?」
しかも、祭りの前日なんてこんなタイミングで、だ。質すとローランが「ああ、それはね」と満面の笑みを浮かべて、
「だって僕、水苦手だから」
と、言い放ったのだった。レイト達の口から深々とため息が漏れる……。
◇◇◇◇◇
湖を根城にする怪物の正体を探るべく、レイト達はいつものセオリーに従って目撃証言や痕跡探しに乗り出す事になったのだが……結論から言って、なしのつぶてで終わってしまった。
家畜が盗まれるのは大体人々が寝静まる夜中になってから。少しでも見張りや巡回がいると決して出て来ず、足跡などの痕跡は地を均して綺麗に消し去られていた。どうやら相当に用心深く、それなりに知能が回る相手という事は分かるが、それだけでは正体を絞り込む事は難しい。
だが、相手の土俵が水の中である以上は、何としても地上へと引っ張り上げる必要性がある。という訳で、選択されたのが……。
「だからと言って……なんで水着なんだよ……」
湖畔の砂地に敷いたタオルカーペットに腰掛たレイトが納得し難いとでも言わんばかりに呟いた。その恰好は上半身が裸で下半身にはグレーとオレンジ色の海パンを着ていた。隣で寝そべっているユニオが大儀そうに首を上げて答えた。
「なんでって……『用心深い相手を欺く為に、バカンスに来た一般人のフリして誘き出す』作戦でしょう?」
「イヤそうなんだけど!それは百歩譲っていいとして!ここファンタジー世界でしょ⁉水着が存在してていいモンなの⁈」
「…妙な事に拘るわね、アンタ……」
レイトが着ているパンツは表面がツルリとした撥水素材で作られており、現代日本で日比野玲人が使っていた水着とあまり変わらない。だが、仮にも
「…まぁ、錬真術の世界だからね。撥水性の布地が作られてたっておかしくはないでしょう?」
「何でもかんでも錬真術だからで説明づける気か!今までスルーしてきたけど、よく考えたらこの世界そういうご都合主義アイテムが多すぎなん———!」
「何を騒いでるんだお前は……」
ひとしきり世のご都合主義にツッコミを入れていたところに呆れた様なゼオラの声が振りかけられて、レイトの心臓がドキーン!と跳ねた。ユニオはレイトの置かれた境遇を知っているが、他の仲間達は知らない。あまり
「…………………ッッッ‼」
作戦概要を振り返ろう。『用心深い相手を欺く為に、バカンスに来た一般人のフリして誘き出す』作戦である。相手は刃物や鎧を身に着けている者を見ると警戒して出て来なくなる可能性があるので、あくまでも湖畔に遊びに来た一般人を装う必要性がある。その為に水着を着た訳だが……と、いう事は女性陣も水着を着る訳で……。
そのトップバッターはまさかのゼオラ。普段は男っぽくて恥ずかしがりな彼女はこういうのは一番嫌がりそうなタイプだと思っていたが……彼女の水着姿は予想の斜め上をいくものだった。
髪の色と合わせた黒色のビキニタイプ……しかも、前身頃から伸びた紐が首の前で交差しているクロスホルターネックというタイプのブラ。しかも胸元に大きめのカットが入っている為、彼女の豊かな胸のアンダーラインがハッキリと覗いていた。この手の水着は胸の前で紐を交差させる事で、谷間を強調する効果があるのだが……敢えてそこではなく、谷底を覗かせるという意表を突いたデザインに動揺が止まらない……。
鍛えられてグイとくびれたウエストから続く下側はデニムのショートパンツを履いて低露出に抑えているが……表面や裾回りに施されたダメージ加工が不思議と蠱惑的なイメージを駆り立ててくるのであまり効果はない。
というか、効果が強すぎる。普段は男っぽい言動や振る舞いを自覚的にしているんだろうが、こうして薄衣に身を包んでいると、やっぱり十分すぎる程に女の子だ。思わず目がヴァリアントフラッシュしそうになるじゃないか……。
「な、なんだあまり見るなバカモノ‼」
やっぱり恥ずかしいのか、ゼオラが顔を赤くして胸元を手で隠して縮こまってしまうが……そういう事をされると余計に扇情的だから、やめて欲しい……。
落ち着け落ち着け、俺はニチアサ俺はニチアサ……と、早鐘を打つ心臓に命令する。考えようによっては一番のワイルドカードが最初に切られたという事だ。これさえ乗り切る事ができたのなら……。
「あ、しまった先越された!おーいレイト‼」
サッサッという砂を蹴る音と共に、夏の陽星の様に元気な声がレイトを呼ぶ。まだ激しく拍動する心臓の痛みを自覚しながらも、その声に引き寄せられる様にレイトはウカウカと顔を上げてしまい———。
「…………………はばあぁぁっっ!!!」
「え⁉ちょっとなにその反応⁈」
思わず、その場にもんどりを打って倒れ込みそうになった。
マヤが着ていたのは、オレンジ色のオフショルダーだった。ブラは胸元から二の腕にかけてフワッとしたフレアスリーブが掛かってガーリーな印象を強調しているが、デコルテから背中が大きく露出している為にセクシーさもプラスされているという反則的なファンタスティックヒットだ。ショーツの側面部にも細いリボンがあしらわれていて、トップスと同様の効果を生んでいる。
「どう?今回の為に作った新作水着‼」
「かわかわかわかわマジかわい………」
「セリフになってないし……。…まぁ、ドキドキしてくれたんなら大成功って事で!」
そう言って、マヤが満面の笑みでガッツポーズを決める……と、フリルの奥に隠されたブラのカップと肌色がチラリと覗き……レイトはまたしても、その場に倒れ込みそうになった。
いかん、完全に見立てを間違っていた。敢えて女性的な振る舞いをしないゼオラや普段はあまり肌を露出しないマヤがこうしてその身を薄衣に包んだだけで、ここまでゲキレツな効果を発揮するとは。普段は意識的に隠されている部分を見る事を許される……という高揚感と背徳感で、感情の針が今にも振り切れてしまいそうだ。
そこまで考えてレイトははた、と気が付いた。今のレイトにとって明らかにトクベツな彼女のそんな姿を見てしまったら……?
無事で済むんだろうか?
「ごめんね皆、遅くなっちゃった」
透き通るような聖鐘の声と共に、視界の端に白いサンダルに包まれた足が覗く。瞬間、心音が警告信号の様に激しく胸から頭蓋の奥底まで暴れ狂いだす。見ちゃいけないいや見たい見てはいけない見ずにいられると思うか!……という懊悩が一瞬で通り過ぎ———結局、俯き気味だった視線をゆっくりと押し上げる……。
そこに本物の天使がいた。
シンプルにして最も王道な、白い三角ビキニ。表面には余計な飾りが一切なく、ただ直球にアイリスの白い肌と形のいい胸を強調している。やはりゼオラやサクラには及ばないまでも彼女もなかなかのものをお持ちだと思うのだが……アイリスの魅力はやはり隙がない程に均整の取れた全体のバランスだと思う。首筋やウエスト、ヒップラインもただ引き締まっているというのではなく、女の子らしい丸みも上乗せされていて、誇張でも何でもなく奇跡の産物だと思った。
そしてウエストから続く下肢に巻き付く長めのパレオ。水着と同色でシンプルながらも、僅かに透けが入っているのに加えて、スリットから焦らす様に左脚が垣間見える……という、奥ゆかしさと魅惑の共存。瞬間、ニチアサの矜持もどこへともなくうっちゃらかして、感情がエブリッションしそうになった。
…ビキニというのは、確かその見た目から、ビキニ水爆級の衝撃を世界に齎した、というのが名の由来だったと記憶しているが……確かにコレはそこから生まれた某怪獣王もビックリの衝撃度だ……。
「…これなんてユートピア……?もうファンタジーでもご都合主義でもいい……ビバ錬真術、ビバ水着……」
「レイト?取り敢えず作戦を再確認したいんだけど、いい?」
「あ、ハイそうでした……」
つい煩悩に押されて忘れかけてしまったが、あくまでも姿の見えない敵の正体を確かめる事にある。気を引き締めなければ……と、精一杯の意志力を総動員して、頭をシリアスモードに切り替える。
「“犯人”の正体は未だに解らないけど……家畜を攫って水の中に引きずり込んだという証言もあるから、肉食性の水棲デブリスという可能性が高いと判断します。相手はこちらが戦えると判断すると襲ってこないから、その目を欺く為にも……」
アイリスが足元の布カバンの口を勢いよく開き……。
「出来得る限り、全力で遊びます!」
なんとビニールのビーチボールを取り出して宣言した。マヤが元気に「おーっ‼」と答え、ゼオラも照れ臭そうにはにかんで頷いた。建前はどうあれ、少女達も少し浮き足立ってるんだろうとレイトは少し遅めに実感した。
一応目的を忘れず、周囲の砂地や岩場に目を光らせてみたが、“犯人”の正体特定につながる様な痕跡は発見できなかった。こうなっては、やはりプラン通り相手が動いてくれるのを待ち続けるしかないだろう。レイトは観念する思いで、少女たちと一緒に出来得る限り全力で楽しむ事に専念した。
レイトは子どもの頃に何度か海や川で遊んだ事があるが、彼女らは本格的な水遊びは初めてらしい。砂地を思いきり走り回ったかと思えば、微かに波打つ湖面をずっと飽きもせずに眺めてたり、2on2に分かれてペアを組みかえながらビーチバレーに興じたり……飽くまでも演技だった筈なのに、そんなベタをいつの間にか本気で楽しんでいる自分がいる事に気が付いた。恐らくそれは彼女たちも同様だろう。
誰かの小さな幸せを守る為に戦ってきたつもりだったが……そう言えば、長らく楽しむという事をどこかで忘れていた気がする。そういう意味では、確かにこの休暇にも意味があるのだろう。理想郷……と呼ぶには遠くても、誰かの幸せが息づいているこの世界で生きていく為には、自分達の幸せを忘れてもいけないから。
レギュレーションもないビーチバレーには細かいルールなんてものはない。ゆっくりと地面に落ちそうになったボールをキックで蹴り上げると、勢いよくドライブがかかって湖面へと落ちていった。
「おい、今のはアウトだろ!」
「甘いねゼオラ。アウトラインなんて決めた覚えはないよ」
「ホラホラ、負け惜しみはいいからさっさとボール取って来て!」
ゼオラがグッと悔しそうな顔をして、湖の中へと入っていった。湖面に浮かぶボールを持ち上げてそのまま打ち返そうとした刹那の事だった。有事に備えて常に展開常態にしていたマヤのダイロクが猛烈な勢いで接近してくるなにかの気配を捉えた。
「ゼオラ、何か来る‼」
「………………っ‼」
ゼオラが流石の身のこなしでその場から跳躍すると、先程まで彼女がいた場所から激しい水飛沫が上がった。砂地に着地したゼオラがそのまま徒手空拳を構えると同時に、何かが水柱から飛び出してきた。
「クゥエェェェェェェェェェェェェッッッッッッ‼」
「な……⁈あれって……」
姿を現したのは全身緑色のヒト型の怪物が4体。どこかサルの様でもあるが、その背部には亀の様な甲羅を背負い、頭には海草の様な髪と平たい嘴。全身が水に濡れてヌラリと光っているが、黒目がちな瞳が妙につぶらな所為であまり不気味さに欠ける。
「『リバーズ』!」
「リバーズって……つまり河童か」
『リバーズデブリス』。またの名を『河童』。
玲人が暮らしていた日本でも最も身近な妖怪と同じ名前を持ったデブリスが存在する事は、図鑑を読んで知っていた。水棲生物の特徴を混ぜ合わせながら限りなく人間に近い姿形も古くからのイメージ通りである。
“
「ニ……ニンゲンヨ。ココワワレーラノナバワリ。チカヅクベキラズ」
「「「「喋った⁈⁈⁈⁈」」」」
片言ながらも、それは確かに人間の言葉だった。アイリス達が驚愕に目を開く。
イェーティーやオーガなど、一部のデブリスは人間の言葉を模倣して発する事があるが、河童にも出来るとは驚きだ。アイリスの中では危険信号よりも好奇心の度合いが強くなり出していたが、ゼオラが「何が縄張りだ!」と怒鳴り返した。
「人の棲み処に踏み込んでおいて……出ていくのは貴様らの方だ!」
砂浜に手を突っ込むと、隠されていた戸絞李が引っ張り出された。逆手に構えた刃を輝かせゼオラが砂地を駆けるが、河童は静かに両手を前に突き出し……。
「ボリョークハンタイ‼」
ズサ––––––––––––––––ッッ‼と、ゼオラがその場にズッこけた。
「い、いきなりなんだ一体⁈」
「…ボウリク、ダッケ?」
「…暴力?」
「ソウソレ」
つまり、暴力反対か。言葉を話すというだけでも驚きなのに、まさかデブリスからそんな言葉が飛び出すとは……。勿論、罠の可能性もあると思うが、先頭の1体はともかく後ろに控える小柄な個体たちは、どこか怯えた様に震えていた。
「…暴力反対と言っても……家畜を奪っていったりしたのはそっちだろ?」
「…モ、モットモダ……。ダ、ダカラワレーラトシヨウブシヨモラウ。オマエタチガカテバワレーラハココカラデッテイク」
だいぶ聞き取り辛いが、つまりレイト達が勝負で勝ったら河童達がここを出ていってくれる……という事か。
「…河童の勝負って言うと……やっぱり相撲?」
一般的には河童は相撲を取りたがるというイメージがあるが……河童はフルフルと首を振って否定した。
先頭の河童が再び一声甲高い声で啼くと、それに呼応した後方の3体が三角形の隊列を組んで、先頭の1体を持ち上げる。その姿は正しく……。
「キバセン、ダ」
「ハアァァァァァァァァッッッッッ??!!」
どうも一週間ぶりです。
季節外れではありますが、予告通り今回は水着回です!
例によって3話くらいに分ける予定ですが、話が進むにつれて「エッッッッ!!!」度が上がっていきます。お楽しみに!
話的には、久しぶりにハイル達が少し別行動中です。申し訳ありませんが、ヒュペリオン女性陣は水着なし……という事で。誠に申し訳ございませぬ。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではまたっ。