仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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序章です。
まだライダーは登場しません。


第1章 勇者降誕編
Saga0  開幕~グッバイデイズ~①


◇◇◇◇◇

 何故歩き続けているのだろうか。

 

 ふとそんな言葉が頭の片隅に去来する瞬間がこの頃ある。そしてそんな時は、大概なにか心がささくれ立つ様な、もどかしい様な気分に塞がれる時だという自覚はある。そんな気分を飲み下す様に日比野玲人(ひびのれいと)は深くため息をつき、意識的に左腕のロフストランドクラッチの杖を握り直した。

 多分この暑さの所為だ、と玲人は己に言い聞かせた。玲人が通う高校への通学路はいくつかあるが、小高い丘の上に聳える高校に出入りする為には坂道を登っていかなければならない。これが結構な急勾配で、学習意欲を削ぎ落しにかかっているとしか思えない。初夏特有の湿気を多く含んだ暑気に晒されれば尚更だ。

 いっそバスを使った方がいいのだろう。延々続く坂道の中間地点、校門の前には市営バスのターミナルがあり、それを利用している学生も多い。だがあまりそれには頼りたくない。例え足を引きずる無様を晒す事になっていたとしても———。

 正直そこまでする必要があるのか、と心の弱い部分がしつこく訴える。途端、またしても何故…という感情が胸の底から吹き上がってきたのを感じ、玲人はまたしても頭を切り替える事になる。

 こういう時は思いっきりオタク思考に埋没するのが精神衛生的にいい。例えば映画『仮面ライダー 平成ジェネレーションズFOREVER』クライマックスの、連続ライダーキックのこだわりと構図の素晴らしさとか———。

 

 「玲人ー。おはよーっ!」

 

 突如飛んできた賑やかな声が、明後日の方向に飛びかけた思考に急速にブレーキをかける。心臓の拍動が強まったのはその所為だと思いたい。玲人が後方に首を巡らす前に、キキッと音を立てて自転車が横に停まった。

 乗っていたのは2人の男女の高校生。男の方は気だるげな細面にやや天然パーマ気味の髪がのっかったイケメン。女子の方もそれに勝るとも劣らない美少女である。明るい色合いの背中まで届く髪を風に靡かせながら、自転車の後席に横向きで腰かけている姿は実に絵になる。そのまま『青春』」というお題の一枚絵になりそうな2人組である。

 だが、玲人にとっては下手すれば親よりも見慣れた顔だ。

 

 「おはよ。(つとむ)明日未(あすみ)。」

 「うす」

 「おはよー!本日二度目!」

 

 2人組———三枝努(さえぐさつとむ)櫻井明日未(さくらいあすみ)が答える。同じ高校に通う幼馴染達が行ういつものやり取りである。今日も努は静かで、そして明日未は賑々しい。

 

 「ちょっとすごい汗…。また歩いてきたの?無茶しちゃダメだってお医者さんから言われたんでしょ?」

 明日未が玲人の顔を見て言う。先程の賑やかさから一転してどこか心配そうな口調に変わる。ズイと寄せられた顔から無意識に目を逸らし、額に浮き出た汗を拭いながら玲人は少し決まり悪くなる。感情を取り繕う事なく人に接するのは明日未の美点だが、時々距離感が妙に近い。幼馴染の気安さもあるのだろうが、自分の様なちり紙メンタルには若干毒にもなる。

 

 「家から20分位だろ。別に無茶はしてない」

 「それでもその足でこの坂は堪えるだろ。乗れよ。あとちょっとだけど、運んでやるよ」

 努が後ろの席——正確には荷台なのだろうが——を指し示す。

 「というお前こそ歩け、明日未。いい加減重いんだよ」

 「重いって何よ!坂道の途中で、私が茹で上がって倒れてもいいの⁉」

 「どんだけ体力ないんだよ。尚更歩け。あと、か弱いアピールだったらやめとけ。今更俺達にそんなの通じないから」

 何よーっ!と明日未が憤慨する。何気ない、子どもの頃から繰り返しているやり取り。だが、それを眺めながら玲人はどこか胸苦しい様な感覚が広がっていくのを感じていた。

 それは大切なものをなくしてしまった様な喪失感にも感じるし、一緒にいたとしても何処かでそこには帰属できない様な疎外感、若しくはそれでも追い縋ろうとする焦燥感の様でもあった。最近この2人と一緒であったとしてもそういう感情を抱く事が増えてきたように感じる。

 

 「玲人?」

 

 こちらの沈黙を悟ってか明日未が不安そうに声をかけてくる。

 務めて明るく振舞っているように見えて恐らく彼女もこちらの感情の揺れ動きを敏感に感じている。沈みがちな思考に玲人はしばし蓋をし、努に「やっぱりいいよ」と軽く伝えた。

 「初めてのタンデムシートが男となんて、俺が可哀そうだろ」

 「ファーストキスみたいに言うなよ…。少し気色悪くなっただろうが」

 努が苦笑しながら答えた。

 「……ま、無理だけはするな。行こうぜ、明日未」

 「え…でも…」

 

 尚も心配そうな明日未だったが、努が半ば強引に連れ出してくれた。子どもの頃からの世話焼き気質が抜けない明日未に対して、努はドライな様でいてこういう察しの良さがある。今の玲人にはちょっとだけ頼もしくもあり、気恥ずかしくもあった。

 去っていく2人を見送りながら玲人はまた杖を握り直して、魔の坂道を登り始める。

 

 何故歩き続けているのだろうか。分不相応な無理をしてでも、優しい幼馴染達の提案を蹴ってでも、重い足取りで進み続ける様な事を何故自分は続けているのだろうか。

 畢竟、意地でしかないのだと思う。何かを1つでも貫かなければ、自分は何処にも辿り着けない様な、焦りに近しい思いを抱きながら、玲人はただ足を動かし続けた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 生まれてこのかた、日比野玲人には「何かに秀でている」という自覚はない。成績は人並みという域を出ないし、スポーツは割と真正面から苦手な方だ。子どもの頃より「文武両道」を地で行っている努や、バイタリティーの高さでグループの中では中心的な立ち位置にいる明日未とは正直雲泥の差だ。この2人と並んでいると同じ日本人である事が呪わしく思えてくる。

 おまけに玲人は真正面からの所謂「オタク」である。一口にオタクと言っても幅広いが、玲人の領分は特撮、即ち『仮面ライダー』とかその辺りだ。シリーズはほぼ観ているし、グッズの収集も——予算の許す範囲ではあるが——する。玲人からすれば至極当然の事ではあるのだが、一般的な感性を持つ人からはやはり理解し難く映るのであろう事は自覚している。特撮オタクである事を恥じ入る気もないが、高校生にもなって未だに卒業できずにいる肩身の狭さはある。

 

 いくら幼馴染とはいえ、学生コミュニティの中心人物とオタクでは住む世界も見えるものも変わってくる。普通なら早々に距離が開きそうなものだが、努と明日未の自分への態度は特に変わる事はなかった。グループと呼べる程のものではないかも知れないが、それでも3人の間の交流は変わらず続いていた。

 そんな2人の優しさに甘えていたくはなかったのかもしれない。自分も何か、2人の様にこの現実で打ち込めるものが欲しいと思うようになったのは中学に入った頃だったか。そんな思いで玲人が選んだのはバイクだった。仮面ライダーはバイクに乗るものだから、という若干不純な動機も混じっていたのだが、あの時確かに自分は新しい世界に飛び出したかったのだ。

 始めるのが周りに比べて遅くはあったが、地元にあるスクールに通い、サーキットを走る内にそんな事は気にならなくなっていった。乗り方を覚え、テクニックを身に着け、スピードも出せる様になっていく。今までの自分から抜け出し、少しずつではあっても前に進んでいく感触は、狭い世界にだけ生きてきた玲人に確かに自信をくれた。相変わらずオタクである事に違いはない。だが、そんな自分を何の負い目もなく認められる位に、自分も変わっていける。あの時の玲人は確かにそう思えていた。

 

 しかし、変わってしまうのはいつも唐突だ。

 高校の入試も終わり、明日未や努達と晴れて同じ高校に通える事がわかった矢先、玲人がサーキットでのレース中に転倒事故を起こしたのだ。そこまで大きな事故ではなかった。死亡事故も起こり得るオートレースの世界で命があっただけ良い方だろう。だが、事故によって玲人の足の神経が一部断絶し、足関節の可動に障害が残る事になってしまった。だから、今はバイクに乗れていない。乗れたとしても元々あまりバイクに肯定的でなかった親から禁止されてしまった為、二度とあの風を切って走る感触は味わえないだろう。

 

 何故歩き続けているのか。

 

 その答えすらわからず、消せない傷と生まれ持って落ちない負い目を抱えて生きているのが、今の日比野玲人だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 足にハンデを抱える今の玲人は昼休みはいつでも出遅れる。やっとこさ購買で購入したドーナツと牛乳を抱え、さてどこに行こうかと思案する。事故の影響で高校生活が出遅れた玲人にはあまり親しい友人がいない。同じオタクコミュニティに混ざる事も考えたが、いざ出来上がっている人間関係に入り込むには気力も度胸もいる。そして今の玲人にはそのどちらも欠けていた。努と明日未はクラスが違うので、積極的に絡みにいくのは憚られる。僅かに思案し、結局部室等が並ぶ北側のエリアに行く事にする。敷地の端にあるその場所は人通りが少なく、涼しい木陰とベンチがあるので、玲人が気に入っている所だった。漫画研究会の部室があり、領域違いとは言え、サブカルチャー趣味の生徒が集まっている事がある為、偶に混じって話をする者もいる。

 

 だが、今日は誰も来ていなかった。仕方なく一人ベンチに腰掛け、ドーナツの包みを破く。購買部らしい安いシナモンが塗されたドーナツを牛乳で飲み下しながら、鞄から読みかけの文庫本を引っ張り出して、開いた。明日未が見たら確実に「行儀が悪い!」と言われそうな光景だ。ドーナツをモシャモシャと齧りながら、文字列を追っていると、不意にドサッと何かが落ちる音を聞いた。本から顔を上げ、玲人は辺りを見回した。

 

 目に飛び込んできたのは地面に転がる黒ずくめの影の様なものだった。それが黒いパーカーの様なものを着た人影なのだと気付く。学校の端に立つフェンス下に蹲る様に座るその姿、そして先程の落ちる様な音が結び付き、目の前の人影は外からフェンスを乗り越えてきたのではないかと玲人に思わせた。不審者、という言葉が脳裏に過ぎり、玲人は左手の杖を強く握り直した。

 どうするべきか。相手は恐らく木陰に隠れている自分に気付いていない。腕っぷしには全く自信がない玲人である。このままこっそり携帯で学校側に不審者の侵入があったと告げるべきだろう。それとも、少し様子を見て、不審者かどうか確認した方がいいのだろうか。

 

 思案しながら不審者——不審に違いはない——をじっくりと観察する。黒いフーデッドパーカー越しでも太り肉の身体だとわかるが、実際には身長166㎝の玲人より僅かに小さそうだ。フードから顔が覗く。歳の頃は恐らく20歳前後。やや下膨れ気味の福顔だが、荒れ気味の肌と肉に埋もれがちな小さな眼がどこか不健康そうな印象を醸し出す。一度見たら忘れ難そうな男の顔———。瞬間、玲人の頭蓋に電撃の様な感覚が走り抜ける。その男の顔を玲人は知っていた。驚愕が一瞬で名状し難い程の怒りに転換され、玲人は思わず木の影から飛び出した。

 

 「八田鳥(やたどり)!」

 

 怒気を孕んだ玲人の叫びが八田鳥と呼ばれた男に届き、男はビクッと肩を震わせ、玲人の方を見遣った。向こうもこちらに覚えがあったらしい。卑屈そうな顔に驚きが広がっていく。

 

 「お前っ…ここに何しにきたっ!」

 応えない八田鳥に玲人は距離を詰めて問い質す。八田鳥は立ち上がれぬまま、オドオドと目をあちこちに彷徨わせているが、それでも玲人の怒りが減じるものでもなかった。

 

 この八田鳥という男は以前明日未に付き纏っていた、所謂ストーカーだ。

 1年前、当時チアリーディング部に所属していた明日未が文化祭で披露したダンスステージを目撃し、それ以来付き纏いが続くようになったらしい。この男はスポーツ用品店のアルバイト店員だったらしいが、20代そこそこの男が中学生の少女に付き纏う等、正気の沙汰ではない。塾の帰りに後をつけられたり、下足箱の中に手紙が入れられていたなんて事もあったらしく、当時の明日未の恐怖は相当なものだったろう。だが、当時受験を控えていた明日未は親や教師達にも相談できず、さりとて1人で解決する事もできずに玲人と努に相談を持ち掛けたのだった。

 

 大人達に対応を任せるのが一番懸命だったのかもしれない。だが話を聞き、努も玲人も完全に頭に血が上っていた。2人は八田鳥の素性を調べた上で、明日未をつけ回していたところを現行犯であっさりと捕縛した。八田鳥という男は基本的に卑屈な小心者だった(小心でなければそもそもストーカーなぞにならないのだが)。中学生とはいえ男2人に取り押さえられ、証拠———明日未の盗撮写真や手紙など———を押収された上で、今度彼女に付き纏うなら全て勤め先にバラす、と脅されればそれであっさり引き下がった。その後、明日未が高校に進学し、八田鳥の生活圏内から離れてしまったというのもあるのだろう。

 

 だが、こうしてこの男が明日未が通う高校に侵入してきた。偶然とは思えなかった。

 

 「何しに来たって聞いてるんだ!答えろっ!」

 

 八田鳥にズカズカと歩み寄る玲人だが、怒りのあまり足元への注意が疎かになっていた。歩行バランスを崩し、思わずよろけそうになった。それを見た八田鳥の目に卑屈そうな笑みが宿る。足にハンデを背負う今の玲人になら勝てると踏んだのか、のそりと立ち上がると、玲人に向って思いっきりタックルをかましてきた。八田鳥の体重を受け止めきれず、玲人は尻餅をついてしまう。更に八田鳥は玲人に覆い被さり、喉輪に手をかけてきた。その顔にはありありと愉悦の色が浮かんでいた。

 

 「今度はボクが取り押さえる番だなァ…。…お前の顔覚えてるぞ?以前ボクとアスミちゃんの仲を邪魔した奴だろ…」

 玲人に覆い被さりながら、八田鳥が呟く様に言う。何が仲だ、このストーカー男め。怒りに震えながら玲人はその手から逃れようとするが八田鳥は喉に回る手に一層の力を込めてくる。

 

 「お前みたいなオタク臭いガキに何度もやられると思うなよ?今度ボクの邪魔をしてみろ…。その時は思いっ切り———」

 「思いっ切り…なんだって?ストーカー野郎…」

 静かな、だが確かな怒気を含んだ声が降り注ぎ、次の瞬間、八田鳥の体が大きく吹っ飛ばされた。喉を締め付ける圧迫感から解放され、思いっ切り咳き込んだ玲人を誰かの手が支えてくる。

 「無理するなって言ったろ、バカ野郎」

 憤然と、しかし安堵した様な声色で三枝努が言った。

 

 「お前…っ!どいつもこいつもボクの邪魔を…!!」

 思いっ切り蹴られたのであろう脇腹を庇いながら、八田鳥がこちらを睨みつけてきた。努は深々と息を吐くと、「悪い。ちょっと借りる」と玲人の杖を拾い上げ、八田鳥に対峙する。

 「久しぶりだな、八田鳥。中学生2人にシメられてもう懲りたのかと思ってたけど…正直後悔してる。やっぱあの時、徹底的にやっつけるべきだった」

 「うっ、うるさいっ!これ以上、ボクを邪魔するんじゃっ———!」

 「それしか言えねぇのか、お前は」

 努が杖を思いっ切り水平に振り切る。ビュオンと風を切る音が大きく響き、八田鳥の声が遮られる。

 

 「お前みたいな語彙力のない奴を相手にするのに、言葉は無駄だな。こんなとこに無断で入ってきたのを見るに、どうやらルール無用のデスマッチがお望みらしい。だったらこっちもそっちの土俵で存分にやり合ってやる」

 杖を凶器の様に構えながら、努は一歩一歩八田鳥へ近付いていく。八田鳥が息を飲み、ジリジリと後退していく。

 「手加減して貰えると思うな。こっちはダチ2人襲われて気が立ってるんだ。その余分な肉なんかなんの役にも立たない位、痛々しいのを刻み込んでやる…」

 180㎝近い努と八田鳥では体格面においても勝負にならない。結局勝ち目がないと踏んだのか、八田鳥は即座に後ろを向き、フェンスをよじ登って外へと飛び出していった。100キロ近いのではないかと思える太り肉でよくもと思える程の速さだった。

 

 「大丈夫か?どこか怪我はしてないか?」

 玲人の所まで戻り、杖を返すとサっと全身の確認をされる。首を絞められたが、後は特に大きな外傷はない。差し出された努の素直に取り、玲人は立ち上がった。

 「八田鳥の奴…!まだ諦めてなかったのか…」

 努が苦々し気に呟いた。

 「努…あいつの事、明日未には———」

 「言えるかよ、こんな事。また昔みたいに笑える様になってきたってのに…」

 直接的な被害があった訳ではなくとも、あの男に付き纏われ、明日未の心にもそれなりの傷が残っている。一時期は一人で外出する事も出来なかったのだ。

 「あいつ…っ!何も反省してない…!しかも明日未の事、自分のモノみたいにっ…!」

 「ああいうストーカーは自分の妄想を、さも現実みたいに語るって言ってたけど、ホントなんだな…。俺も甘かったよ。やっぱりあの時徹底的にやっつけときゃ良かった」

 努の口調も柄にもなく荒い。

 

 あの時の自分達は相当に必死だったと思う。だが、結局は子どもの浅はかさというか、その場しのぎの対応で満足し、根本的な問題解決は出来なかった。そんな自分達の無力さが努にも悔しいのかもしれない。

 とにかく一応保健室に行こう、と努に言われ、2人は並んで本校舎を目指した。

 

 「なぁ、玲人…。俺さ…やっぱり明日未に告白しようと思う」

 隣の努が唐突に呟いた。その突然さ以上に「告白」という言葉の生々しさに玲人は暫し息が出来なくなる。高まりだした動悸を聞かなかった事にして、玲人は「告白って…何でまた急に…」とどうにか絞り出した。

 「急に、じゃない…。前々からずっと——さ…。…それに今回の事で思ったんだ。あいつの事、ちゃんと守ってやれる盾が必要なんじゃないか…ってさ」

 盾が必要。確かにそうなのかもしれない。いつもはじける様な笑顔を浮かべて、優しく強いと思っていた明日未でも、理不尽な悪意に晒されれば、今まで見たこともない様な脆さを見せた。八田鳥の様な人間が再び動き出したとなると、常に傍で寄り添う人間こそ必要なのかもしれない。友達、幼馴染といった関係では踏み込めない領域というものは確かにある。

 

 「正直、幼馴染としか見られてないかもしれないんだけどさ———。でも、伝えてみようと思うんだ」

 言葉の1つ1つを飲み込みながら、確かにそうかもしれないと思う。だが、同時に「だったら俺でもいいのではないか?」と荒れ狂う感情が膨れ上がるのを玲人は自覚していた。

 何故わざわざこのタイミングで、そんな事をしたり顔で伝えてくるのか。彼女を守る為にも今のままの関係でいい筈がない。そんな事は自分にだってわかっていた。だが、自分がどうしようもなく踏み越えられない一線をどうしてこうも易々と———!

 

 わかっている。自分は超える事が出来ないのだ。自分の事をオタクだ才能弱者だと卑下する内にどうしようもなく染みついた卑屈さが、今の無気力で度胸もない日比野玲人という人間の根幹だ。どれだけ前を向こうとも、自分への自信の無さを言い訳にして、一歩も歩き出そうとしなかった自分に、今超えるべき一線を越えようとする友人を止める資格などあるわけもない。

 

 「………そんな事ないだろ。努なら大丈夫だよ。自信持てって」

 

 顔は上げられない。だが、声が震える無様だけは回避できたと思う。そんな気も知らず、「そうかな…?でも、ありがとな玲人。お前に言って貰えると自信出るよ」と努の珍しく呑気な声色が玲人の頭上を素通りしていった。

 




…と、いうわけで本日分はここまで。
「いや、死にすらしないんかい!」というツッコミが飛んできそうですが、それは次回という事で。一応言い訳しますと、そこまで行こうかと思ったんですが、長くなり過ぎまして…。なるべく、1万字以上は超えない様にしようとしてるんですが…まぁ所詮言い訳です。文句は甘んじて受ける所存です。

ご意見・ご感想など頂けると、励みになります。
それではまた次回。
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