仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

70 / 110
ホラー映画などを観ながら怖い雰囲気というモノを出せるか試してます。
やっぱり色々難しかったですが、描いてる分には楽しかったです。


Saga18 コロニア~見捨てられた地~③

◇◇◇◇◇

 眠れない夜って、誰にもあるもんスよね?その時がオイラにとってそうだった。

 慣れない酒を飲んだ所為もあったんだと思うけど、やっぱり脳裏に響いていたのは直前にウッカリ聞いちまったハイルさんとミラベルさんの会話。『本当に強いのはあなただけ』だって言ってたミラベルさんの言葉に、オイラは軽くショックを受けちまった。

 いや、そりゃハイルさんの方が何倍も強い事は分かってたけどサ……なんか改めてそんな事を、憧れてたミラベルさんに突き付けられると、何だか頼りにならない男だって言われたみたい——イヤ、実際言われたんだろうけど——で、何だか落ち着かなくなったというか……。

 

 聞いて面白いモンでもないけど……オイラはここに来る前、とある盗賊団でずっと奴隷の様に扱われてたんス。あるストラドの村で生まれて、そこを人買いに攫われて……っていう、この世界ではよくある転落人生の1つだ。体が弱かったオイラでもアイツらは容赦なんかしてくれる筈ない。毎日毎日、馬車馬みたいに働かされて、心も体もスッカリ腐りきってた時に颯爽と現れたのがハイルさんだったって訳っスよ。

 その時のハイルさんはホントにカッコ良くて、オイラは初めて自分より強い者に憧れる気持ちを味わう事になった。ヒュペリオンに入ってからも相変わらず荒事は苦手で、ハイルさんやジョシュさん、エミリさんみたいな戦の先駆けにはなれなかったけど……手先が器用で粘り強いってオイラの素質を見抜いてくれた人達のお陰で、今のオイラがあると言っても過言じゃない。

 

 でもやっぱり……引け目とは違うけど、まだオイラには届かないモノへの憧れが燻ぶってたんだと気付いちまった。ずっと手が届かないって諦めてたけど……憧れた領域の一端に手を伸ばしてみたくなったオイラは、自分でも驚く様な行動に出た。

 誰にも気づかれない様にコッソリ娼館を飛び出して、ロナヴァンスの町も抜け出して、一路問題のコロニアマキナを目指す。オイラは荒事は苦手だけど、物事を覚えたり、素早く正確に記録する事にかけてはファミリー達の中でも指折りだ。このまま夜闇に紛れてコッソリとコロニアに侵入して内部の情報を頂いちまう。それだけでヒュペリオンの戦いは俄然有利になるし、頼りないってミラベルさんの評価も覆せる筈……。

 

 コロニアマキナは周囲の木塀の上を数人の歩哨が巡回していただけで、近づくのは楽勝だった。そのまま鉤縄を使って侵入を果たすと、そのまま持っていたメモ帳に内部の詳細な図解——建物の配置や攻め込んでから最初に抑えておくべき要所etc——を走り描きしていく。

 奇妙だなと思ったのは、スラムの中が思いの歩キレイだった事だ。それがどうしたと思うかもしれないが、今までの経験上こうした無法者達の住処は荒れ放題に荒れていて、碌に掃除や整備も行き届いていなく……というのが多かった。そりゃあ無法者達が自分達の身なりに気を使う方がおかしいもんだ。特にミラベルさんの言う通り、奴らが住民を力で圧制する様な輩なら尚の事。だけど、調査の過程で住民達が暮らしていると思しき宿舎の様なモノを見つけたけど、ここも病的なまでにキレイだった。理由はよく分からんけど、サトゥルヌスってのはキレイ好きな変わりモンなんだろうかと思う事にする。

 

 ところでその住民なんだけども……宿舎を覗いてみたが、どこにも影も形も見えなかった。時刻はそろそろ日付が変わって2刻ばかり過ぎようという頃だ。流石にこんな時間に誰も寝ていないというのはおかしい……。

 そうでなくともこのスラムはおかしい所が多すぎる。宿舎の壁には『マキナの癒しの傘下』とか趣味の悪い名前が付いてるし、白壁のソチコチに教典の一文の様なモノが殴り書きされている。それを眺めながら、オイラはここがただの無法者の拠点ではないと思った。

 

「…コイツは……思ったよりもヤバいモンだな……」

 

 頭の片隅がさっさとこの場から立ち去るべきだという警報を鳴らしまくっている。確かに今まで集めた情報だけでも攻める分には充分だと思う……がもう少しだけ、せめて消えた住民の足取りくらいは確認すべきだと思い、オイラはコロニアのもう少し奥まで踏み込む事にした。

 ミラベルさんの言ってた通り、スラムのほぼ中心部に礼拝堂の様な三角屋根の建物が建っていた。恐らくあっちこっち増築したんだろう。何だか継ぎ接ぎで趣味の悪い建物だと思った……が、やっぱりここも妙に清潔にされていた。建物の周囲には見張りがいない。一度攻め込まれたってのに呑気なモンだ。それとも攻められたところで小動もしねぇっていう自信の表れなのか……。引き返すなら今だっていう警報は今でも鳴り響いている……が、ここまで来て逃げたら男じゃねぇと決意し、オイラはそのまま建物の屋根までよじ登り、そこから屋根裏へと侵入を果たした。

 

 屋根裏を這い進みながら、さてどこを探したもんかと悩みかけたが……一瞬後には解消された。屋根裏にも響くくらいの朗々たる声で、何者かがなんかを語っているのが聞こえたからだ。声を頼りに埃っぽい隙間を進んでいくと、梁の隙間から明かりが見えた。その隙間から下を覗き込むと、多くの人々が集まって食卓を囲んでいたではないか。

 

 その場所は大広間っていうか……質素とは言え祭壇も置かれていいるから、どっちかと言うと礼拝堂の様な場所なんだろうと思った。だが、普通の礼拝堂にしてはやっぱり変だ。司祭服を着た男は背中に剣を担いでいるし、何より祭壇に置かれた像がね……。普通は勇者ディライトか、神聖騎士の像が置いてあるのが一般的なんスけど……そこに置かれているのはそのどちらとも違う。多くの子ども達を抱えながら、天に向かって手を伸ばす翼の生えた……オッサン?何にせよ、趣味が悪いという以上に悍ましい光景だとオイラには思えた。

 

「やっぱり……ここはカルト教団の根城にされてやがったのか……」

 

 人の主義や主張が1つでは纏まり切らない様に、信じるモノも1つとは限らない。この国とアネスタでは神聖教会の信者が多く、トンプソールでは古くからのアニミズムが未だに残っている。だが、それらに不満を持った輩がそれらとは違う全く新しい——若しくは独自にアレンジした——教えを広めようとする事がある。それらはカルトと呼ばれて国家から厳しく監視の目を注がれている。

 まぁ、人が何を信じようと正直自由なんだけども……カルトと呼ばれる奴らの多くが非常に反社会的で、時に暴力や極端な思想を持って民衆を危険に晒す。中にはデブリスを天から遣わされた神の怒りだと信じて、怪物に自身を生贄として捧げる連中もいるって話だ。考えるだけで寒気がするっス……。

 

 だが、これで色んな部分に合点がいった。ここを占拠した奴らはここの住民達を自分達の信徒にする為に捕らえたんじゃないか?ミラベルさんが言っていたサトゥルヌスの言動や、『この土地をスペリオルが生まれる最初の土地とする』云々っていうセリフも、カルト宗教の要素がバッチリだ。

 

 あとはコイツらが何を企んでいるのかって事だ。カルトの中にはその思想の背後に遠大な目的が隠されている場合がある。それを探り出すべく、オイラはサトゥルヌスの説法に耳を傾けた。

 

「スペリオルの子らよ。今宵も神々の道へと至る一歩を踏み出す日となった。ここに至れなかった者どもの悲運を偲び、我らの血肉として取り込もうではないか……」

 

 叫ぶでもないのに、妙に響き渡る不気味な声色で、司祭が人々に語り掛ける。普通ならここで感謝の唱和が起こってもいいのに、聴衆達は一様に沈んだ顔で縮こまって震えている。きっと彼らがこのスラム——ヴァツラムの住人達だったんだろうと思った。

 男が手を振ると、周りに立っていた革コートの男達が住民達の前の皿に一塊の肉を置いていく。表面が赤黒い、薄気味の悪い肉だった。それは住民達も同じなんだろう、誰もが一様に顔を青ざめさせて、肉に手を伸ばそうとはしない。

 

「恐れる事はない。新たな一歩へと必要な道程だ。恐怖という悪心に打ち克ち、全てを受け入れよ」

 

 サトゥルヌスの声が催眠みたいに礼拝堂に木霊し、住民達の頭や腕に真綿みたいに食いついていく様だった。やがてサトゥルヌスが剣の鍔鳴りを響かせると彼らの瞳から光が消え去り……まるで食らいつく様に肉を貪っていった。

 ガツガツと貪り食う音、それを見守る革コートやサトゥルヌスの気味悪い祈りの音だけが暫く響き渡る。広がっていく薄気味の悪い空気にオイラ自身も吐きそうになっちまったけど……異変は唐突に起こった。

 

「……っ⁉ぐっ……ぐぅあぁぁぁ………‼」

 

 肉を食べていた住人達が全員、唐突に胸の辺りを抑えて苦しみだした。それはもう異様な光景だった。

 全員の顔にミミズがのたくった様な赤黒いラインが走り、目が爛々と赤く輝き……獣の様な吠え声が礼拝堂中に満たされる中、サトゥルヌスがスッと立ち上がり、住民の1人の剣の刃先をそっと押し当てた。刃が薄く発光すると、その光が肌から染み入る様に侵入していき……途端にその人は沈静化した。喘鳴の様な呼吸をしているから死んではいないだろう。その様を満足そうに見つめたサトゥルヌスは次の住民へと歩みより、またしても首筋に刃を押し当てて沈静化させていく。

 

 一体コレはなんなのだ?と、オイラは戦慄していた。確か聖典には勇者ディライトが手を差し伸べるだけで病に苦しむ人を癒した……という記述があるが、これはそんな荘厳なモノではないと思う。根拠はないけど、もっと悍ましいなにか……人の体や精神を踏み躙る様な行いに見えた……。

 

「ギィアァァァァッッッッ‼ギャァオォォォォォォォォッッッッッッ!!!!」

 

 そして遂に、1人の女が信じられない叫びを上げて、床中を転げまわると……転瞬、その体がどす黒く変色し、1体の怪物へと変容した!全身から鬼火の様な薄い火が吹き出し、体は炭の様に真っ黒に染まっている。そして、人肉が焼けた様な臭いが辺り一面に撒き散らされ……オイラは吐き気を抑えるので精一杯だった。

 

「ギャアァァァァァァァッッッッ!!」

 怪物がテーブルの上に飛び上がり、食器や椅子を蹴倒して暴れる。当然、礼拝堂の中はパニック状態だ。怪物が手近で動けなくなっている男に狙いを定め、乱杭歯が覗く口腔を全開まで開いて飛び掛かるが……その前に、サトゥルヌスの剣が怪物を背後から斬り付けた。床に転がる怪物に剣を突き付けながら……なんとサトゥルヌスは涙を流していた。

 

「おぉ……またしても、神の道へと至れぬ者が……。全能なるスペリオルよ、我らと彼女の至らなさを許したまえ……」

「グラァァァァァァァッッッ!!」

 

 サトゥルヌスの胸倉に向けて怪物の爪が繰り出されるが、なんと男はそれを蹴りの一撃で封殺してしまう。ボキボキッ!!と怪物の胸骨が砕ける撃音、悲痛な叫びが響き渡る。やがてサトゥルヌスの剣が薄緑色に発光すると……目にも止まらない速さで怪物のそっ首を叩き落した。流石にそれで命脈を断たれたのだろう、怪物は床に倒れ伏し、そのままピクリとも動かなくなった。

 

「…赦したまえ……贖いたまえ……。どうか、この苦しみを糧に、我らを更なる高次に導き給え……」

 滝の様な涙を流しながら、サトゥルヌスの祈りだけが呪詛の如く響き渡る。そしてスラムの住人達はというと、目の前で仲間は1人殺されたと言うのに、泣くでも抗議するでもなく、皆その場から放心した様に動かない……。

 

「…イカレてる……。どいつもこいつも……狂ってやがる……」

 歯の根をカチカチと鳴らしながら、オイラはすっかりビビっていた。目の前で何が起きているのかなんてサッパリだけど、ここは想像以上にヤバいところだ。早く戻って今見た事をハイルさん達に知らせないと……と、もと来た道を引き返しかけたが……焦ったのが良くなかった、天井の梁を思いきり蹴り上げてしまった。カツンという乾いた音が、不気味な静寂が垂れ込める礼拝堂にしっかりと木霊してしまった。

 

「何奴⁉」

 サトゥルヌスが目を剥き、オイラのいる方をしかと睨み付けた。慌てて隠れかけたけど、間に合わなかった。サトゥルヌスのしわがれた顔が侵入者であるオイラをしっかりと捉えると、持っていたマキナカリバーの刃先を突き付けてきた。剣先から黒い蛇の様なエネルギーが迸り、オイラの体に巻き付いた。逃れる事も出来ずに、オイラはそのまま礼拝堂の床へと叩きつけられる事となった。

 

「なんだ貴様は⁉」

「ここの者ではないな……。一体何をしていたっ⁉」

 周囲の革コート達が一斉に問い質してくる。そりゃこっちのセリフだ!と啖呵を切ってやろうと思ったけど……言葉が喉に張り付いたみたいに動かなかった。立ち上がった住民達、そしてサトゥルヌスがオイラに注ぐ目線……それがあまりにも無機質なガラス玉みたいで……。

 

「フム……神に見放されし、彷徨える民だな……。迷い込んだか……イヤ、他の者のニオイも混じっておるな……。何者かがここを探らせておったのか?」

 サトゥルヌスが歩み寄り、探る様な目線を注いで来る。見透かされていると感じた。もし嘘を吐けば殺されてしまうかもしれない、と本能的にオイラは察した。這い上がる恐怖に抗しきれず、オイラは頷きそうになったが……すんでのところでそれを抑え込んだ。

 

「…言う訳ねーだろ……このクソヤローが……!」

 

 貴様!と周囲の革コートが色めき立つが、オイラは後悔しなかった。きっとハイルさんだったら、自分の身に危険がせまったら構わずに喋れって言ってくれたと思う……けど、そんな自分をオイラ自身が全然カッコいいと思えねぇ。

 喋ってしまえば、仲間達に危険が及ぶ。そんな事を許す訳にはいかねぇんだよ……。それがオイラ達ヒュペリオンの生き様。互いが互いに為に命を張り合える、オイラの永遠のファミリー達……。

 

「おぅ……哀れな。ヒトのしがらみにそこまで縛られておるとは……。哀れ……どこまでも哀れな……。…だが、安心するがいい」

 だが、サトゥルヌスはそんなオイラを相も変わらず哀れっぽく見つめると、懐から赤黒い塊……さっきの肉塊を取り出した。

 

「今より貴様を、その鎖から解放してやろう……。地の患いを棄て、真に自由なる天の世界の一員として……我らが腕に迎え入れよう……」

 サトゥルヌスが目で合図をすると、住民達が虚ろな目のままノロノロと動き、しかし万力の様な力でオイラを抑え込んだ。

 

「クソッ……!放せ……やめろって!オイラはお前達を助けに来たんだ!なんで……なんでこんな奴の言う事を聞くんだよっ⁈」

 誰もそれには答えてはくれない。虚ろな眼窩がオイラを見つめて微かに、しかし確かにニッと笑った。腕を、脚を、体を押さえつける住民達の体はまるで血が通っていないかの様に冷たい……。ゾッと怖気が走り、オイラはどうしようもなく悟った。

 

 コイツらは、もう人間じゃなくなってるって……。

 

「さぁ……受け取るがいい……。新たな次元の恵み、我らの血肉を……」

 サトゥルヌスが握った肉塊をオイラの口元へと寄せてくる。滴った血がポタポタと床に垂れ、むせ返る様な腐臭が鼻に突き刺さる。せめてジタバタと騒ぐ様な無様は晒すまいと思っていたけど……体はどうしようもなく震えて、涙が止まってくれない。口をグッと閉じるが、やがて蠟の様に冷たい手がオイラの口の端にかかり、ムリヤリこじ開けようとする……。

 

 ——やめろ……やめてくれ……!

 

 サクラさんにジョシュさん、エミリさんやローザちゃん、ゲイナン先生、マーカスさん、ロビンにデネク、カイラ……そして……ハイルさん。

 皆の顔が瞼の奥にうすぼんやりと浮かび上がったのを自覚した一瞬後……。

 

 オイラの意識は急速に途絶える事になった……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 ロナヴァンスの正門前、そこにかつて牧場だった跡地が残されている。ラナやマーカスを始めとしたヒュペリオンの技術班がそこをガレージ代わりにマシン・エリアルファングの改修作業を進めていた。先刻のバルムンク戦で被害を受けた車両は部品の補修・交換を行い、後部のオプションユニットは今回の作戦では不要だから取り外し、NOS内の亜酸化窒素の充填作業を行う……そんな事をやっていると、「よ、順調か?」とハイルが入って来た。

 

「ハイル殿……ちゃんと休まれたのですか?昨日も遅くまで起きておられた様でしたが」

「ハハ……勘弁してくれよ。戦いの前はちょっと落ち着かなくてな……。お前らこそ、随分と朝が早いんじゃないか?」

「バイク全体の強度を上げていたんです。エリアルファングは急ピッチで造ったモノも多かったですから」

 エリアルファングは確かにラヴァンツェイルでの戦いに向けて、マヤとヒュペリオンが大急ぎで建造したのだ。だからこそ、マシン・ユニオンスティンガーと比較しても強度や性能面では数段劣っているのは否めない。

 

「接合部を中心に強化しつつ、前方のカウルに新しく『ソードパイル』を追加しましたです。コロニアの壁を破ろうと思ったら、ライダーブレイクを出来る様にしといた方がいいですから」

「なるほどな……って、なんなんだ?そのライダーブレイクってのは?」

「バイクで体当たりする事だそうです。言っておきますけど、名づけたのはレイト様ですからね?」

 分かってるよ、とハイルがクックと肩を震わせて笑った。この世の中でライダーなんて言葉を付けようとするのはアイツ以外にいない。

 

「…ところでよ、ジャンはこっちに来てないか?」

「ジャン殿?いえ、こちらには来ておりませんが」

「アイツは後方支援班ですよね?そっちにはいないんですか?」

「それがいねぇんだよ……。同じ部屋のロッセルが、日付が変わる前くらいにトイレかどこかに行ったって言ってるんだが……」

 

 ロッセルからジャンが姿を消していたと報告を受けたのは、本当につい先程の事だ。真面目な彼の事だから、ハイルとしてはてっきり技術班で車両整備でも手伝っているのではないかと思ったのだが……確かにここにはいない様だった。

 

 昨夜はようやく飲酒を解禁されて調子に乗って飲んでいたから、どこかで酔いつぶれているのかもしれないと思い直し、「悪い、邪魔したな」と踵を返しかけた刹那、

 

「……………?なんだ、この気配は……?」

 シドニアの朝特有のミルク色の霧の向こうに、ハイルは何者かの気配を捉えた。肌が騒めく様な視線の感覚、そして何より……焼け爛れた肉の様な独特の臭気。ハイルの全身に緊張が走ったその転瞬。

 

「ギィッ……!ギアァァァァァァァァッッッッッッ‼」

「………………っ⁉」

 

 ガレージの壁をぶち破って、人型の怪物が飛び込んできた。全身にコールタールでも塗りたくった様な、黒色の肌。体のあちこちから鬼火の様な火がチラチラと燃え、眼窩のない顔を煌々と照らし出していた。

 

「『ワイト』か……⁉何だってんだいきなり!」

〈ライトブレード!〉

「恨まれる覚えは色々あるけどな……化けて出られる覚えはねぇぞ!変身!」

〈ソーディア、ライトブレード‼〉

 

 ハイルの姿がソーディアへと変わると、デウスカリバーを抜き放ってヒト型の怪物——『ワイト』へと斬りかかった。

 

 『ワイト』というのは、幽霊クラスタに属するデブリスの1体だ。炉端の死体や骸骨が突然炎を吹き上げて起き上がる事がある。そうなると、それは十中八九ワイトデブリスへと変異した証だ。最もメジャーなレイス系と違って肉体を滅ぼせば消滅するので、対処は比較的容易なのだが……。

 

「はぁっ‼」

 デウスカリバーの刃がワイトの胸板を捉え、ガレージの壁へと叩きつける。地面に倒れ伏した怪物だったが、直ぐに何事もなかった様に起き上がった。元は死体、しかもその本体はエクトプラズムと呼ばれる霊的なエネルギー体である為、如何なる痛みも感じる事はない。面倒臭ぇな、とハイルが仮面の奥で舌打ちを漏らした。

 

「クァッ……アァァァァァァァァッッッッッッ‼」

 ワイトが口腔を大きく開くと、その奥から黒煙の様な物質が勢いよく吐き出された。それらは一瞬後にはしゃれこうべや手の形へと変わり、ソーディアへと迫ってきた。リビングデッドタイプのワイトが放つ、『デスマーチ』と呼ばれる毒ガスだ。人間が吸引した場合、最悪同じワイトへと変質させられる事もあるという。ソーディアはラナとマーカスの前に立ちはだかると、剣を腰だめに構えて迎え撃つ。

 

 ——ニトロ‼

 

 神速の居合斬りが毒ガスを一瞬で噴き散らかし、霧散させた。この程度ならばソーディアの絶対守護の力で防げるだろう。剣を大上段で構え、上空へと飛び上がると、そのままワイトの頭上へと渾身の真っ向斬りを浴びせた。

 

「ギィアァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッ⁉」

「痛ってぇ……。思いの外、頑丈だなコイツ……」

 

 ワイトの頭蓋骨の様な頭は相当に強靭らしく、全剣技中最強の威力を持つデモリッションでもひびを入れるのが精一杯だった。ビリビリと痺れる手を動かしながら、ソーディアはソードラッグをスロットから抜くと、代わりに雷のライドラッグを装填した。

 

「ゴーストには雷って言うからな。どこの誰だか知らねぇが、成仏してもらうぜ」

〈エレメント・アブレーション!テリフィング・サンダー・ストラッシュ‼〉

 

 雷鳴のエレメントエネルギーがソーディアのベルトから放たれ、両脚へと集約していく。クラウチングスタートの様な低めの姿勢からソーディアの体が勢いよく加速し、ワイトの懐へと飛び込んだ。

 

 ——真・我流、ファスト&フュリアス‼

 

 延髄斬りの要領で左脚がワイトの頭部を打ち据える。激しく揺らめいた怪物に間髪入れずに今度はその胴部を右脚が蹴り抜いた。退魔のエレメントエネルギーを浴びせられた怪物の口腔が戦慄き、怒りとも悲しみともつかない絶叫を漏らしながら、火の華となって爆砕した。

 

「ったく……だから幽霊と戦うのは嫌なんだ———…ん?」

 怨嗟の様な叫びがかき消え、爆炎が晴れてくる。後には取りつかれた遺体だけが残る筈だが……。変身を解除したハイルが目を凝らすと、そこに横たわっていたのは……。

 

「…………っ⁈」

「なっ……!そんな……!」

 

「…ジャン?…おい、どういう事だ⁈」

 

 ハイルが先程までワイトだった人間へと走り寄る。短く刈り上げたオレンジ色の髪に、やや小柄な体躯。ボロボロに解れた、少し大きめの革ジャケット……。それは朝から行方をくらましていたジャン・ヒュペリオンのもので相違なかった。

 

 ハイルが少年を抱きかかえ、呼吸を確かめる。幸い息はある———が、それもまるで風前の灯火の様に弱々しかった。

 

「ジャン!しっかりしろ‼お前、どうして———!」

 ハイルの呼び掛けにジャンが薄らと目を開ける。その顔が自嘲と悲哀の色を湛えて歪んだ。

 

「…ハイル、さん……。…スイマ…セン……。オイラ……また先走って、トチッちまった……みたいで……。…ホントに……最期まで、ダメな奴で……申し訳……ないっス……」

「…最期って……何言ってんだ‼バカな事言うと、ぶっ殺すぞ‼」

「…ハハッ……厳しい…なぁ……。でも……いいんス……。こんな…どうしようもない、オイラでも……受け入れてくれた事……どんなに、感謝しても……」

 もう光を映してないであろうジャンの目がハイルを捉えて、その手がゆっくりと伸びる……が、指先が炭の様に黒ずみ、風に吹き散らかされる様に徐々に崩れ落ちていく……。

 

「クソッ‼なんで……何でなんだよ⁉誰だ……誰にやられたんだ⁉ジャン‼」

「…ホントに……いい夢……見させて、貰いました……。…どっかで、ゴミみたいに消えてくだけだったオイラに……沢山のモノを……」

「…やめろ……ジャン……。家族ってのは……離れたら意味ねぇんだよ……!だからっ……行くな……!…頼む……」

「…なんて顔……してんですか……っ。…どれだけ、離れても……心で繋がってる……。それが———」

 

 家族。消え入りそうな少年の呟きが、唐突に消えた。ジャンの体が黒い塵となって空気の中へと溶けていった。体温も、重さも、声も、水晶の様な涙も、その全てがハイルの腕の中で消失した。まるで、そんなものは初めからなかったかの様に、酷薄に……。

 

「…ジャン……?…なぁ……嘘だろ……。……どうなってんだ……?…なにが……なにが、どうなってやがんだぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ⁉」

 

 ハイルの問いが絶叫となって明け方の世界に放たれていく。だが、それに応える者は、誰もいない。

 

 




今回はここまで。
次回、コロニア編決着。
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