◇◇◇◇◇
戦の先駆けとなって飛び出したのは、やはりディライトだった。メイスモードに変形させたトランスラッシャーを構え、巨人の頭上近くまで一気に跳躍して鈍器を叩きつける……が、アグリオスの太刀は驚くべき事にそれよりもずっと速く動いた。長大な金属の刃がメイスの一撃を捌き、ディライトを再び後方へと吹き飛ばしてしまった。
「レイト大丈夫⁉」
「これくらい平気だよ。向こうはそうでもないみたいだけど」
「む…………?」
アグリオスが訝し気に握った太刀の刃を眺めると……確かにそこには僅かだが刃こぼれが走っていた。
「我が刃を零れサせるとは……恐るべキ力よ。だがしカし、その程度ではっ‼」
アグリオスが再び刃を振るう。今度は横薙ぎの一撃ではなく、体に回転を利かせて放つ連撃技だった。ジェラルドが錬真術で無数の岩塊を繰り出すが、それらも敢え無く切り裂かれてしまった。剣を持つだけではこうはならない。あの剣がただの見せかけではない本物の切れ味を誇り、且つそれを操るアグリオスの実力も本物だという証拠だ。
こちらの最大の有利は体の小ささによって相手の目につきにくい事だ。先ほどジェラルドが繰り出した岩塊は砂の粒子が細かく、空気中に土煙となって散らばりやすい。目くらましが展開している間にアイリス達は岩の隙間へと身を寄せ合う。
「…刃毀れを入れさせたとしても、あまり状況が改善してる様には見えないんですが……」
「いいや、1つの好機ではあるさ。少なくともあの刃が
「アーキ……って何ですか?」
語感からして錬真術に関連するものである事は分かるのだが……。あまりその領域に詳しくないゼオラに説明するべくマヤがマテリアルライドラッグを数本取り出した。
「私たちが戦いで使うマテリアルって便宜上は鉄とか銀って呼ぶけど、実のところは色んな錬真物質や他のマテリアルが含まれてるんだよね。そういうのを総称して『
「デブリスとの戦いで使う、退魔性能を含んだ金属だと思えばいいよ」
なるほど、とゼオラが納得した。思えば、銀などは普通に剣として用いるには柔らかすぎるだろう。ゼオラが使っている双剣も強靭なデブリスの相手をしても刃毀れを起こす事は先ずない。エレメントのエネルギーに耐えられるだけの刀身の強度も必要だからな、とジェラルドが解説を添えた。
「つまり、だ。錬真術が使えると言っても、相手に出来るのは
「あの刀と……恐らくあの鎧もね。あのパワーであの技量は確かに驚異的だけど、少なくとも錬真術という分野においては、まだこちらに一日の長がある。そう考えれば、少しは楽にならない?」
「…確かに。それなら、やり様はありますね……」
その場にいた全員が力強く頷いた。
「ジェラルドとレイト君は前衛兼タンク役だ。私とアイリス君、ゼオラ君はその後方で相手を攪乱しつつ必要に応じて前衛とスイッチ。奴の自慢の装甲を削り取ってやろう」
「あれ、あたしは?」
「マヤ君、勿論君にも役割があるよ。というか、勝利に一番重要なのは恐らく君だ」
いいかい……と、オリヴィエがマヤに何かを囁く。聞き終えたマヤが「なるほど!」と得心した様に頷いた。
「さっき錬真術という分野ではこちらが有利だと言ったが……有利はもう1つある。それは私たちが1人じゃないという事だ。協和の美徳に従って、奴をここで何としても食い止めよう」
「何をコソコソとしてオるか!」
オリヴィエの命令が発されたのと、アグリオスがこちらを見つけたのはほぼ同時だった。迫る斬撃を逃れて、人間達が四方八方へと飛び散っていった。
オリヴィエの作戦に従ってマヤが右手に持った錬創錫杖『アンサーラー』に炎の霊薬を装填して振るった。杖先のパワーストーンから炎弾が発射されアグリオスに迫るが、巨人は鬱陶し気に手を一振りし、エレメント弾を打ち消してしまった。
「うへっ、やっぱりダメじゃん!」
「小癪な……。戦場にコの様な玩具を持ち込ムなど、無粋の極み!」
気分を害されたとばかりにアグリオスが背中を見せて遁走するマヤに突き攻撃を繰り出したが、直後その線上にジェラルドが立ちはだかると、
「ふんっ‼」
全身に気合を込めると、瞬間その体に突き刺さりそうになった刃がガキン‼と音を立てて弾かれた。ジェラルドの傷はおろか鎧にすら傷1つ付いていない。アグリオスが兜の奥の目を驚愕に開いたのが分かった。
「『
「如何にも!この俺こそ、土のパラディン『ジェラルド・ルシアータ』!不動のアグリオス、いざ尋常に勝負あれっ‼」
自身の身長以上はあろうかという大型の戦斧『ディアレストベル』を横薙ぎに払い、太刀の剣先に叩き込んだ。刃先が僅かにひび割れたのを見やると、その遠心力を利用して巨人の足元まで跳んだ。あの巨体ではどうしても足元が疎かにならざるを得ない筈だ。だからこそ、対巨人クラスタ戦においては、先ず何よりも相手の足元を崩すべきというのが定石ではあるのだが……。
「小賢しイと言ッておろうがっ‼」
アグリオスが脚を地面へと叩きつけた瞬間、その周囲が勢いよくひび割れて崩壊した。ただの足踏みではこれ程の威力にはならない。足から分解の錬真式を発して足場を破壊したのだろう。巨人にとっては些末な亀裂でしかなくとも、人間にとっては飲み込まれそうな程に大きなものにもなる。バランスを崩してよろけるジェラルドにアグリオスの拳が諸に直撃した。
「ジェラルドさん⁉」
「大丈夫!問題なぁしっ‼」
吹き飛ばされたジェラルドが全くダメージを感じさせずに即座に起き上がった。先ほどと同じく、その体にも鎧にも一切の傷を負っていない。
「…そうか、あれが『塊壁』の力なんですね」
「そうだよ。土のパラディンに与えられた特殊技能。彼は体全体を硬質化させる事で、あらゆる攻撃に耐える事が出来る。まさか、あれだけの巨人の鉄拳も受けられるとは驚いたけどね」
「まぁ、発動中は動けないんでそんなに便利なモノでもないけどなぁ‼」
「またベラベラと……。敵の前で弱点を堂々と口にする奴がいるか!」
「いいだろう?それをカバーし合うのが仲間ってモンなんだからな!」
ジェラルドの視線が巨人の頭上へと注がれ、不敵に笑う。まるでその先に勝利を確信しているかの様に———。
〈ヴァリアントグランドプレッシャー‼〉
「喰らえっ‼」
「……………ッ⁈」
アグリオスのすぐ直上にトランスラッシャーを振り上げたディライトが迫っていた。ディライトの中でも最大の威力を誇る戦槌が巨人の眉間付近へ叩き落される……が、その前に持ち上げられた刀の刃にギリギリ止められた。
ディライトを斬り払うべくアグリオスは足に力を込め……ようとして果たせなかった。先程の自身の攻撃で足元を不整地にしていた為、その亀裂に足元を取られたのだ。そして体勢を崩しかけたアグリオスに畳みかける様に、オリヴィエ達が殺到した。
オリヴィエの持つ剣『オートクレール』と『グローリーユーズ』はひと言で表すならば半月型の剣だ。刀身の先まで水のエレメントエネルギーが充填されたのを確認すると、揺らぐアグリオスの足元に刃を叩きつけた。舞い散る鮮血を舞の様な華麗な体捌きで躱しながら、その背後へと回り込み……徐に片方を巨人の首筋付近まで投擲した。
この双剣は南部に住むトンプソール武族が使用する刀剣から着想を得て開発された物だ。かなり薄く精錬した刃はその切れ味も凄まじいが、真の目的は軽量化によって投擲武器として使用可能にする事にある。
水のエレメントを纏ったオートクレールが巨人の肩口を切り裂いたが、後はそのまま空中へと消えていくだけ……と思われた刹那、オリヴィエが剣に向けて伸ばした指をクイと曲げる。転瞬、なんとそれに呼応する様に回転して飛ぶ刃がその身を反転させ、再び巨人の首元を切り裂いた。
アイリスが使用するウェイビングローブの様に、使用者の意思と錬真力を組み合わせて自在に攻撃を繰り出す事ができる武器は今までにも存在していた。オリヴィエの使う双剣は恐らくその応用技術が使われているのだろう。それにしても、あの距離まで物質に作用させられる程に強い錬真力の持ち主などそうはいない。神聖騎士に必要な基本の資質は何といっても錬真力の高さであり、それが達人級に高い者はあそこまでの芸当が可能になるのかとアイリスからしても戦慄する思いだった。
だが、感心ばかりしてもいられない。自分に与えられた役割を思い出し、アイリスとゼオラもアグリオスの足元を駆け回り、そこに傷を穿っていく。巨人族の脚はまるで大木の様に頑強で、ゴムを被せた岩の如く強固ではあるが、薄い傷でも無数に蓄積されればその強度は低下していく。怪物の膝が僅かにガクンと下がった一瞬を見逃さず、アイリスが巨人の膝を蹴って胸の辺りまで跳躍した。
「はぁぁっっ!」
そのままレイヴァクロスの刃をアグリオスの胸甲目がけて突き出す。錬合金属製のレイヴァクロスは確かに粗製の鎧を突き破ったが、流石に巨人の胸を直接傷付けるまでには達しなかった。アグリオスは未だにディライトとの鍔迫り合いを続けている。レイトも全力で耐えているが巨人の力はやはり半端ではなく、いつ均衡が破られてもおかしくはない。
レイトが限界を迎える前に何としても巨人に隙を与えないといけない。アイリスは巨人の胸を蹴って後方へ飛び退ると、傷口にまだ残る水のエレメントエネルギーに意識を集中した。それに連動してアイリスの胸に輝くパワーストーン製のブローチがキラリと輝くと、傷の周辺に雨粒の様な球体が無数に形成され始めた。
『レインクリスタ』と呼ばれるこのブローチは錬真力を増幅させ、既に放出されたエレメントに再度の形状変化を命令する事が出来る。アグリオスの胸回りに十数個の水救が形成されたかと思うと……次の瞬間、アイリスの命令を受けてそれらが一斉に爆発した。
「……………………っっっ⁈」
爆発によって四方八方に撒き散らされた爆圧とエレメントを至近距離で諸に浴び、アグリオスの体が大きく傾いだ。何とか脚をに力を込めて倒れるのを防ごうとしたが、アイリス達が無数の傷を刻み込ませていた所為もあって力が急速に抜けてしまった。巨人の中には人間から受けた傷など大した事ないと高を括って放置した結果、それが元で死んでしまう個体が偶に発見される事がある。この不動のアグリオスすらも例外ではなかった様だ。
「レイト、今!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ‼」
そしてその隙をついて、ディライトがメイスを押し込む力を増加させる。メイスは刀を破壊するとそのままアグリオスの脳天へと炸裂した。
「ば、バカなッ……。我が、コんな事で———!」
「自尊と慢心は常に紙一重の関係だよ。よく覚えておきたまえ、不動のアグリオス」
オリヴィエとジェラルド、そしてディライトがそれぞれのエモノを振り上げて、止めを決めるべく怪物の眼前にまで跳躍した。
〈エブリッション!ギガ・ヴァリアントクエイク‼〉
「せぇりゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっっ‼」
ジェラルドの斧が、オリヴィエの刀が、そしてディライトのキックが同時に胸甲へと叩き込まれた。アグリオスは全身に力を込めて耐えようとするが、
「…………っ⁈」
なんと徐々に鉄の鎧にひびが入り始めた。錬合金属製ではないと言っても鉄を何枚も重ね合わせたものだ。そう簡単に壊れる筈がないのだが……そこまで考え、ふと気づいた。
先程の少女が放った水エレメントの爆弾。あれは恐らくエレメントエネルギーを当てる事によって鎧を弱らせる事が主目的だったのだろう。6大エレメントの中で、水は攻撃力が低い代わりに一番空気中に残留しやすく、鉄などを腐食させる作用を持つから。
遂に耐久の限界を超えた鎧が砕き割れ、そのまま各々の攻撃がアグリオスの胸部へと炸裂した。石壁の如き強度を誇る巨人の皮膚組織すらも貫く強烈な破壊力に加えて、エレメントのエネルギーが僅かな綻びからも体内に侵入し、体中のあらゆる諸器官を荒れ狂う嵐の様に薙ぎ倒していく。その痛みには巨人すらも耐え難く、その体がブワリ!と浮き上がり、そのまま地面へと叩き落される事となった。
ディライト達が地面に着地するが、まだ警戒は解かない。巨人はその巨体ゆえに生命力も半端ではないのだ。案の定、胸部を深く抉られながらも、巨人は「…まだダッ……!まだ負ケてはおラぬっ……‼」と言って、起き上がったではないか。
「我はッ……諦メぬ!我らが生マれた意味……!我らガ王の復活の為にッ!貴様らに敗北トイう恐怖を———‼」
「いいや、不動のアグリオス。もう終わりだよ。マヤ君!」
「オーケー!準備万端」
オリヴィエの目線がアグリオスの後方へと据えられる。そこには杖を上空に向けて構えるマヤの姿があった。
オリヴィエの命令を受けて、マヤがアンサーラーのトリガーを押し込む。レイト達が戦っていた間、マヤは手持ちのランドライドラッグを全てアンサーラーのパワーストーンにチャージしていたのだ。
10本近い霊薬のエネルギーをチャージし、開放するとどの様な事が起こるのか。それは直ぐに明らかになった。アグリオスの頭上に巨人をも凌ぐ程に巨大な岩塊が形成されたのだった。
「……ッ!まさかッ……最初からこレが狙いデ———!」
「色々降って来ぉぉぉぉいっっ‼」
アグリオスが顔を青くしたのも束の間、大岩は重力の作用を受けて落下し……そのまま巨人を押し潰してしまった。大岩には土のエレメントだけでなく、鉄や銀などの退魔素材も混ぜ込まれている為、頑丈さ・重さも当然半端ではない。埋もれたアグリオスの手はピクリともしなくなった。
「まさか、これだけのものを錬成させてしまうとはね……。ローランから腕の立つ錬真術師だと聞いていたけど、ここまでとは思わなかったよ」
「イエイエそれ程でも。皆さんが敵の注意を引いてくれていたお陰ですよ」
「…注意……?…そうイうこトか……」
「わぁっ‼まだ生きてるっ⁉」
岩の隙間から唸る様なアグリオスの声が聞こえた。マヤがまたアンサーラーを構えるが、それはジェラルドが制した。体の各部が靄の様に霧散し始めている。恐らく、もう長くはないだろう。
「…情ケない……。我とした事が……まんマと策に乗せらレたという訳か……」
「ああ、不動のアグリオス。君の武人としての性質が仇になってしまったという訳だよ」
最初、マヤがアグリオスに向けて火球を放ったが、あれはオリヴィエの指示によるものだった。巨人には毛ほどのダメージもない弱い火球を当てる事でアグリオスは以降マヤへの警戒を解き、存在を気にもしなくなる。その間にマヤは持てる限りのライドラッグを装填し、止めの一撃を用意していた訳だ。
「…力なき者と見クびっていた……。そレが、この様な結果を招くとハ……なんたル慢心……」
「ああ。…だが、それは貴様が自らの技に誇りを持つ武人であったという証拠かもしれない。勝者の傲慢かもしれないが……せめて敬意をもって見送らせて貰うよ」
「フッ……。己ヲ害する者たチへ敬意など……つクヅく貴様らは面白い……。…ダが、そんナ余裕も長くハ保たんぞ……。…もうジき……我らが王が蘇ル……。その恐怖に……どこマで抗しキれるかな……」
最後の誇りを絞り出す様に不敵に笑いながら、不動のアグリオスは消滅した。アイリス達がライドラッグを取り出し、霧散していくその肉体を薬瓶の中に封じ込めていった。
「何よ王が蘇るって……。負け惜しみ言っちゃってさ」
「…でも、同じエルシングスだった『暗星のノクターヴ』も同じ事を言っていた……。『魔王ディアバルは生きている』って。それって……」
「さぁてね。敵の言う事をそこまで真に受けても仕方がないよ。マヤ君の言う通り、ただの負け惜しみって可能性もある訳だし———」
「オリヴィエ様、ジェラルド様!」
突如、ハスキーな声が2人のパラディンを呼び止めた。振り返ると、先ほどアグリオスが追いかけていた4人の準隊士達がこちらに敬礼をしていた。
「誰かと思えば……ヒメナではないか。それにリンディと、ホルガーのところのディエリス兄弟……で合ってるよな?」
「…はい!覚えて頂き光栄であります!第23期生、炎騎士隊
赤銅の鎧と揃いの燃える様な赤髪の少女が前に進み出た。耳元で切り揃えられたベリーショートの髪から利発そうな印象を感じさせるが、実際に立ち居振る舞いも実に堂々としている。
「お、同じく土騎士隊の『ヒメナ・キャロウェイ』でありました……じゃなかった、ありますっ……」
先程、ジェラルドに呼びかけられた少女がしどろもどろに敬礼する。体つきは一番小柄で三つ網に結った黄色の髪が何とも純朴な印象を強調するが、背中にはそれと不釣り合いな大型のアーククロスを構えている。やはり彼女も騎士の1人なのだと実感させられる。
「同じく風騎士隊所属、『ジルバ・ディエリス』であります」
「自分は第21期生、風騎士隊所属の『ブルース・ディエリス』であります!先程は命を救って頂き、誠にありがとうございました‼」
一番大柄な少年が太い声で宣言する。他の3人よりは幾分か年上なのだろう。着ている鎧や武器にも僅かな傷が見られた。名前からして後方に控える少年とは兄弟なのだろうが……似てない兄弟だという印象だ。黒髪黒目で中性的な顔立ちの弟ジルバに対して、兄ブルースは金髪で彫りの深い、如何にも“日本人が思う外国人”という顔立ちだ。
そして、全員が若い。最年長のブルースを含めても全員がまだ10代半ばくらいだろう。神聖騎士の紋があしらわれた鎧はジェラルド達が着ているものと似ているが、幾分か簡易的な造りをしている。これが準隊士の装備という事なのだろう。
各パラディンはそれぞれ専用の部隊を持ち、その中で4年以上の経験を持つ騎士は『
「うむ、無事で何より……と、言いたいところだが。ここは準隊士だけで巡回可能なエリアからは外れているぞ。こんなところで何をしている?」
「え、え~と……実はその……」
「…ジェラルド様!申し訳ありません!責任はすべて私にあります!」
他の少年たちが言い淀む様に顔を曇らせると、リンディがズイと前に進み出て深々と頭を下げた。
「…父が、例の流行り病に罹った可能性がありまして……。それで、強力なデブリスを討伐して、回復を祈願したいと私から3人に提案したのです」
「なんだって⁉カルロス師匠が……!」
願いを神に聞き届けて貰う為に大きな試練を自分に課し、それを乗り越える……というアネスタ特有の“騎士の誓い”と呼ばれる風習だと、アイリスがレイトとマヤに耳打ちで教えてくれた。
「それは確かに大変な話だ……」
「ジェラルド様、リンディだけの責任ではありません。僕も兄もヒメナも、全員で決めた事です。どうか寛大なご処断を———」
「ああ、それはいい。こっちは一刻も早く女王陛下の下に行かなければならん。貴様らがいた事で大きな脅威の発見も早まったと言える訳だしな……目を瞑ってやる」
ジルバ・ディエリスの言葉を遮ってジェラルドが言った。同意を求める様に後ろのオリヴィエにウインクをしてくる。騎士団を束ねる神聖騎士の立場で認めていいのかは疑問だったが……仕方なさそうにオリヴィエはため息を吐き、リンディの元へとずいと歩み寄った。
「…あの……オリヴィエ様……?」
「いいから、ジッとしていなさい」
リンディは額を大きく切ってしまった様で、血が流れていた。そこにオリヴィエが手を軽く当てた刹那、ポワァ……と青白い光が放たれ、傷口をなぞっていく。すると、少女の顔に刻まれていた傷がまるで時間が巻き戻る様に塞がっていき、僅か数秒間で何事もなかった様に消え去ってしまった。
水のパラディンの権能『
「…も、申し訳ありません……。神聖騎士様の貴重な権能をこんな形で……」
「こんな時に使ってこその権能だよ。…特に、例の病に私の力は今のところ役立たずだしね……」
癒水の力が出来るのは中程度の怪我や病を癒したり、疲れを除いたりできる程度だ。例の病に罹った者を癒せた試しは一度だってない。精々が痛みを取り除いてやれた程度だ。家族がそんな病魔に侵された可能性があるなら、神にも縋りたくなるリンディの気持ちはパラディン達にもよく分かった。沈鬱そうに俯くオリヴィエを見つめていたリンディが「いえ、そんな事はありません!」と声を張り上げた。
「父も、ローラン様もいつも言っておられました。騎士は力よりも、先ずは心を強くせよ。心を折らずに、最後まで道を開く手を追い求める様に、と。オリヴィエ様の力で救われた者も多くおります。どうか、お気持ちを強く……———って、過ぎた発言を致しました!申し訳ありません‼」
「…いや、いいよ。君の言う通りだ、リンディ」
オリヴィエがあたふたと慌てふためくリンディの頭を優しく撫でる。なんだか姉妹の様な距離感を感じさせる光景だった。
「さて、私たちはもう行くよ。済まないが、この地区に将星級デブリスが出現した事を本部に報告して、このレセプトを渡しといてくれ。…用事が済み次第、ご自宅の方に寄らせて貰うよ」
「はい、ありがとうございます。…あの、ところで……お2人が戻られたという事は、ローラン様も探索の任から戻られたのですよね?」
「………………っ」
リンディの問いに、オリヴィエ達の表情が強張る。その変化を感じ取ったリンディの顔にも動揺の色が走った。
「………っ?…あ、あの……隊長は……今どちらに……?」
「…済まないなリンディ。ローランは、訳があって帰るのが遅れる。隊の指揮は引き続き私が執るから、それも伝えておいてくれ」
「…あ……はい!分かりました。それでは!」
素直に頷き、馬車が見えなくなるまで準隊士の若者達は敬礼を崩さなかった。彼らの姿が見えなくなると、ジェラルドがヤレヤレとため息を吐いた。
「良かったのかオリヴィエ?いずれは知らせなきゃいけない事だろ」
「…分かってるよ。でも、お父上が罹患しているかも知れない状況では……」
「…確かに。そこで仲の良かった従兄弟の死など知らされたら、下手をすれば『
「そうですね……って、従兄弟?あのリンディって娘とローラン様がですか?」
ああ、とオリヴィエが頷いた。
「貴族の世界ってのは狭いからね。どんな家も割に姻戚関係で繋がってるものだよ。2人は子どもの頃から随分と仲が良かったから、余計にね……」
「…それに、人類の希望たるパラディンが死亡したなど……ただでさえ混乱している国内にそんな情報を流せば、ますます恐怖が広がっていくだけだ。君の存在も含めて、どれだけ国民達に通達していくか……最終的には女王陛下の判断が必要になる事態だ。俺たちが簡単に明かしていいって問題でもないんだよ……」
「……………………」
レイト達はしばらく二の句が継げなかった。国を守るという事はただ力を振るえばいいという問題ではない。外からの侵略に抵抗し、且つ内側の混乱を抑え込む為にも努めなければ、人の世の中は意外と簡単に脆く崩れてしまう。ジェラルドの言葉はどこか無情に聞こえるかもしれないが、そこには国を守るという責務の重さが滲んでいた。
新キャラ+新用語多し!
一応アーキスアロイとフライトパンデミックは今後も出てくるワードなので、頭の片隅にでも残しといて下され。
不動のアグリオスは出オチみたいにやられちゃいましたが、ノクターヴもこんな感じだったのでいいかな、と。また再登場などするかもしれませんが。
取り敢えずは今回はここまでです。次回もお楽しみに。
それではな。