戦闘シーンはナシですが、今後の物語を引っ張るキャラクター達が多く出てきますのでよろしくお願いします(新キャラばっかり多すぎだろ‼)。
◇◇◇◇◇
シドニアの王都ダルウィンは三国の都市群の中でも最大の面積を誇る事から、『世界最大の都市』と呼ばれるが、それに対してアネスタの首都——これからレイト達が向かうコーパーズは『世界一壮麗な都』と呼ばれている。そうローランから聞かされていたが……それが紛れもなく真実であった事は、今にレイト達にも実感させられた。
巨人の討伐に時間を取られた所為もあって、サーズ・サテライトを抜けた馬車はそのまま王城直結のリットウェイに乗り、出来得る限りの速度でコーパーズへと走り抜ける事となった。最大時には地上15ハンズもの高さのリットウェイを全速力で駆けていくのはなかなかにスリリングな体験だったと思うが、高所からこれから向かう王城とその外周を取り巻く風景を見せられた時には、思わず息を呑んだ。
視界の多くを占めるのがやはり田畑や果樹園、更に牧畜施設を中心とした緑深い田園風景。更に北部にはアネスタ最大の湖である『オスニエル湖』、南側にはアネスタ伝統の色彩豊かな住居群と多くの人々が行き交う市場が広がっている。
そして、そのちょうど中央。湖から伸びる支流に囲まれた小高い丘の上に象徴の様に聳える、白亜の城こそが……。
「…凄っ。あれが……」
「ああ。アネスタ王家の居城であり、この国の象徴『エルネスティナ城』だ。なかなか見事なものだろう?」
なかなか……というレベルのものでは済まない。シドニアではローゼンタール家やパニディエラ家の屋敷を見てきたが、そう言えば王家の城というのは終ぞ見ずに終わってしまった。近かったのはラヴァンツェイルにあった尖塔だが、あれと比べても数倍は大きく、そしてより優雅な造りという印象だ。
周囲よりも小高い丘の上、分厚い城壁から無数の尖塔が聳えているのが見える。白亜の石壁と赤い屋根瓦がアネスタの強めの陽光の中では殊更に存在感を放っている。城そのものはシンプルな造りだが、右翼と左翼には無数の刺々しい梁——いわゆるフライングバットレスとステンドグラスで彩られた聖堂が配置されている。正しく華麗さと荘厳さが両立した城という風にレイトには見えた。
「右翼と左翼の建物がそれぞれ神聖教会と騎士団の総本部だな。このまま宮廷内の庭園やら我ら騎士団の本部を案内してやりたいところなんだが……」
「…どうやら、そうも言ってられないらしいね……」
エルネスティナ城の豪奢なゲートハウスを潜ると、オリヴィエが馬車を操って門扉の前で駐車させた。これまた優美な造りのエントランスに、それと全く似つかわしくないイライラ顔で貧乏ゆすりをしている男が立っていた。
「皇国一の早馬を与えたというのに……ず~い分と時間がかかったじゃないか……」
「色々あったんだよ、ゼイバス伯爵殿。そうピリピリしなさんなって。胃に穴が開くぞ?」
「…もう既に開きかねないわい……。暇を持て余した陛下に、この3日間ほど、あんな蛇入りの酒や訳の分からん根っこの茶など飲まされ続けた日にゃ……」
「蛇入りの酒なんてのもあるのか……。俺が飲まされたのはニンニク唐辛子茶とかだったけどな……」
「…2人とも、そこまでにしなさい。客人が緊張してしまうでしょう」
不穏な会話をしている男2人をオリヴィエがため息交じりに黙らせる。戦慄した様に全身を委縮させているレイト達を見て、髭の男が「あ、あぁ……これは失礼を……」と頭を下げた。
「ようこそ勇者ディライト御一行様。『アネスタ皇国王宮付脅怪対策騎士衛隊』司令のアルバート・アイオン・ゼイバスでございます。此度の危難に際して、召喚令状に応じて頂き、誠にありがとうございます」
胸に手を当てて足を後方に引くアネスタ式の敬礼でゼイバスと名乗った男が頭を下げる。もし城に呼ばれた場合はどうなるのか……というのは、ローランが事前にある程度教えてくれていた。レイト達も応えて敬礼する。
「かつての救世の勇者をお招きするに際して、本来ならば大掛かりな式典を用意するのが我が国の習わしなのでございますが……如何せん件の病で、我が国も大わらわな状況で御座いますが故———ハッ!いかん時間を取り過ぎましたどうぞコチラへぇっ‼」
突然慌てふためいたゼイバスが早足気味でレイト達を奥へと促す。そんな落ち着きのない様は騎士団の司令役とは思えないが……恐らく彼自体は政治的な判断役という事なのだろう。どんな場所にもそういった役職は必要なものだ。
それにしたって、ゼイバスの落ち着きのなさは尋常じゃない。一同は女王の住まう城の上層階へと刻々と近づきつつあるが、何だか緊張で胃がキリキリしてきた……。そう言えば、みんな先程の戦いでかなり埃っぽくなっているのだが、このままで大丈夫なのだろうか?
「あの~……ゼイバス伯爵?謁見の前に着替えとかしなくても……?」
「いいえ女王陛下は身なりなど特に気にされないので問題はないかと」
「え~……怖いのか寛容なのかどっち?」
「勿論、陛下はオスニエル湖よりも広く深い心の持ち主でございますっ。…変な趣味さえお持ちにならなければ……」
「結局どっちなんだよ……。」
子どもの頃から他の貴族家やあまつさえ王族との交流があったアイリスとゼオラはあまりともかく、レイトとマヤはこれが初めての国家元首との対面でもあるのだ。流石に招かれた立場なので、獲って食われるなんて事はないと思いたいが……。
城というのは敵の侵入を阻む為に、内部もかなり入り組んだ造りになっていると聞いた事があるが、見た目は優美なエルネスティナ城も例外ではなかった。ライドラッグランプの薄明かりが照らす廊下や階段をいくつも超えて辿り着いた大扉の向こう、どうやらこの先がアネスタ皇国の若き女王『クリスティン・ビバリー・アネスタ』に謁見する部屋であるらしい。
「女王陛下、勇者ディライト殿をお連れ致しました」
ドアノッカーを軽く鳴らし、ゼイバスが女王の部屋へと足を踏み入れる。流石に部屋内は質のいい調度品や絵画などが配置されていて、廊下の様な重苦しさは廃されていた。窓は天頂部に嵌められたドーム状のものしかないが、暗殺などのリスクを避ける為なのだろうかと思う。
そして、扉の真正面。周囲から数段ほど高い場所に置かれた豪奢な玉座には、この部屋の主の姿が……なかった。代わりに、そのすぐ横合いの床に膝を突き合わせて座り込んでいる男女の姿があった。
「…あ……あの~……陛下?勇者御一行がご到着を———」
「ゼイバス殿、今集中しておられるところです。お静かに」
キッチリした執事服を身に纏った男がゼイバスを軽く窘める。女はそのやり取りに顔を上げる事もなく、目の前の陶器と思しき黒いボウルをしきりにマドラーの様な道具でかき混ぜていた。室内は粟立った緑色の湯をかき混ぜるからからとした音が響き渡るのみだが、妙な緊張感で満たされていた。
湯に浮かぶ泡が細かくなってきたところで、女が静かにかき混ぜる手を止め、中央に泡が盛り上がる様に静かに泡立て器を抜き取ると、スッと目の前の執事へと差し出した。執事は恭しく一礼をした後、ボウルを静かに両手で包み込む様に持ち上げ、口へと運んだ。
「…フム。結構なお手前でございます。…今日は当たりですな、クリス様?」
「“今日は”ってどういうことですか、ジーク?」
女が少し不満そうに口を尖らせて抗議した後、まだ茶の残るボウルを取り上げて、今度はレイト達の方へと向き直った。
「皆さんもいかがですか?今回はなかなかの出来栄えだと思いますよ?」
「いいえ結構。それよりも、勇者ディライト殿がご到着ですぞ、女王陛下」
「あら、私とした事がご失礼を」
女が明らかにわざとらしく笑うと、スッと床より立ち上がった。そんな動作1つにしても、周囲の空気が引き締まる位に優雅さに溢れている様に思えた。
「ようこそおいで下さりました、勇者ディライト殿。神聖アネスタ皇国元首のクリスティン・ビバリー・アネスタでございます」
やはり……と、レイトが息を呑む。この目の前の女性こそが、若干23歳にして愛と騎士の国を束ねる国家元首なのだ。
女王と言うからには豪奢なロングドレス姿を思い浮かべるものだが、クリス女王が身に纏っているのはシルク素材の様なクリーム色のブラウスに紺色のブレザー、そしてチェック柄のミニスカートと少しダボっとしたルーズソックスであり、まるで現代世界の女子高生の様な出で立ちだった。全体のバランスから見ても小作りな顔立ちの為、それも無理なく似合っている。
礼儀正しく傅く女王に対して、とにかくこちらも応えなければ……と思って頭を下げたまではいいが、実際に女王に対面した緊張感の所為で喉が思う様に動いてくれない。ローランからこういう場ではどうすればいいのかを教えられていたのだが、やはり頭もネズミの回し車の如く空回りするばっかりだった。
「い、イエイエ女王陛下……こちらこそ、お招きにあずかりキョーエツシゴクにございます……」
「あらあら固いですね。あんまり緊張なさらずに、気楽に構えて下さいな勇者ディライト殿……あら、それともレイトとファーストネームでお呼びした方がいい?」
女王がコチコチに固まっているレイトの前に膝を抱えてしゃがみ込む。顔が近い上に、太腿の奥の秘境への入り口が目に飛び込みそうになってレイトは慌てて目を逸らした。クスクスと笑いを堪えている様子を見るに、どうもわざとやっているのではないかと思える。人を食った様な女王の様子に、痺れを切らしたアイリスが——レイトを軽く睨みつつ——コホンとわざとらしく咳払いをした。
「女王陛下、此度は貴国の火急の事態と聞き及んでおります。宜しければ、その件に関する詳細をお聞かせ願いたいのですが……」
「もぅ~……アイリィもですよ。親戚なんですから、もうちょっとフレンドリーに接してくれると思ったのに……。…そうだ、いっそのこと、これからは“クリス”と呼び捨てて下さいな。そうでないと、私返事をしませんからね♪」
そんな無茶な……と、レイトは思う。勇者などという肩書を与えられても、ただの一般人でしかない自分が一国の女王を呼び捨てになど出来る筈がない……
……ん?今、何か変な事を言わなかっただろうか?
「…へ?親戚?」
「「えぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ???!!!」」
レイトとマヤが口を揃えて頓狂な声を上げた。
「し、親戚って……!アイリィと女王陛下が⁈」
「ウソでしょ⁉なんで言ってくれなかったの⁈」
「ち、違っ……!親戚とかそんなんじゃなくて……!」
レイトとマヤがアイリスに詰め寄って尋ねる。今まで何度もアネスタの女王の話は出ていたにも拘わらず、アイリスからそんな話は少しも出ていなかったのだから当然だ。あたふたと否定するアイリスの横で、ゼオラが深々とため息を吐いた。
「貴族ってのは狭い世界だと言われたろ?ある程度の歴史がある家同士は何らかの形で血縁関係があっても不思議じゃないんだ」
「…そういう事よ。…確か女王陛下の場合……私の母方の大叔母の、孫の旦那さんの従姉妹の子どもに当たる筈……」
「…いやそれもう他人じゃんっ‼」
「そうなんだけど……子どもの頃、アネスタに来た時に一度お会いしていて……」
アイリスが7歳くらいの時、親戚の結婚式に招待されてこの国に来た事があった。その場で何故か当時12歳のクリスティン女王——勿論、当時は女王どころか王位継承権からも遠い、ただの少女だったのだが——と出会って、話をした事をアイリスは覚えている。
話といっても、大した事ではない。2人とも
「フフッ、今は私が女王であなたがディライトの仲間ですか……。人生、何が起こるか分からないものですね。…まぁ、腰かけて下さい。お茶くらい淹れますから」
女王——クリスが玉座の横の文机に置かれていたポットを手にして、また見事な手際で人数分のお茶をたてていく……が、女王自らがお茶を淹れるというのはどうなんだろうか?ジークと呼ばれていた執事服の男は気にしていなそうだし、ゼイバス伯爵ももうどうにでもなれという様な諦めの表情でいる位だから、よくある光景なんだと思うが……。
「さぁ、どうぞ。昔、東国から届けられた『マッチャ』?という飲み物だそうですよ。健康にも良いそうですし♪」
「…は、はぁ……頂きます」
クリスから差し出されたボウルを手に取って少女たちが恐る恐る口へと運び……直後、良質な旨味と微かな甘みが口中に広がっていった。点て方や見た目、そしてこの独特な味わいはやはり日比野玲人が暮らしていた日本で飲まれる、『抹茶』に相違なかった。
「…美味しい……」
「…ホントに……。何だか不思議な味わいです」
「うん、ミルクと混ぜてもいけるかも」
「フフッ、ありがとうございます。城の中には、あまり分かってくれる方がいなくて」
クリスが本当に嬉しそうに笑うと、抹茶の缶を取り上げて部屋隅の戸棚の中へと仕舞い込んだ。内部にはそれ以外にも茶葉や酒と思しき大小の瓶がギッシリと詰まっていた。
「アイリィ、アネスタがかつて貿易大国で、多くの国の出入りがあった事をご存じですか?」
「…ええ。ですが、南部地域のロストリス化が進んでからはそれも完全に途絶えてしまっている、と……」
「その通りです。今や主要な通商路はデブリス毒の汚染で、人が通り抜けられる状況にありません。ここには残されていた資料や種から再現に成功したものを残すのみですが、かつて王の間は異国からの珍しい品々で溢れていたと言われています……」
まぁ、それも私が生まれる前の事ですが、とクリスはやや自嘲気味に笑った。
壁に掲げられた地図の下側に黒く塗りつぶされた地域が存在している。あれがデブリス毒の汚染で人が住めなくなった地域、所謂ロストリス区に当たるのだろう。デブリスがこのドランバルド三国の外でどれ程までに勢力を拡大しているのかは未だに不明な点が多いが、怪物とそれが齎す深刻な健康被害のリスクを考えると、国同士の行き来が途絶えてしまうのは無理もない。今だって国境を越えた移動はおろか、生まれた街から出る事すらも相当な制限が掛かっている状態なのだから。
「私は、このままデブリス達に侵略されて終わる気などありません。私の代で、必ずアネスタを……いえ、三国の全てをデブリスの恐怖から解き放ちたいと考えています。その為にも、今この国で起きている未知の事態を解明しなければ……。協力頂けますね、レイト?」
クリスの表情には不遜とも言える笑みが浮かんでいる。問うている様で、実のところ求める答えは決まっている。アトラーク・シドニアにも通じる、王族特有の傲岸さ。どれだけ優美で可憐に見えても、彼女もそういう種類の人間なのだと、レイトには理解できた。
だからこれは問いというよりも、試しなのだろう。ここで恐れや迷いを見せたら、彼女からの信用が得られる事はない。死の際に強い思いを託していったローランの顔を思い出し、レイトは躊躇いなく頷いた。
「…勿論です。その為に、ここまで来ました」
「よろしい。それでは、神聖アネスタ皇国女王として、正式に勇者ディライトに事態の解明と解決を依頼させて頂きます。先ずは病棟に行って、実際の患者たちを見て頂こうと思っていたのですが……もう時間も遅いですね」
クリスが窓の外に目をやると、そろそろ空が夕映えに染まり始める頃だった。今の季節だと、あと2時間程で完全に陽が落ちてしまうだろう。
「話せば長くなります。長旅でお疲れでしょうし、今日は一旦お開きにして、病棟には明日向かう事でいいでしょう。ジークバルド、彼らをシットラス邸へとご案内して下さいな」
「ま、待って下さい。人の命がかかってるのに、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないんじゃ———」
「命がかかってるからこそ、ですよレイト様。この病、向き合うには心身ともに大きな負荷がかかりますからね。体調が万全でない時は推奨いたしません」
執事のジークバルドがレイトの肩をポッと叩いた。やや鋭い切れ長の瞳が、柔和そうに笑んでいる。口調からも落ち着けと諭している様だった。平気だと突っぱねても良かったのかもしれないが……朝からの馬車旅と戦いで疲れているのは事実であり、この執事やクリスはそんな事もとうに見通している様だった。ここでどれだけ無理を言っても仕方がないな……と判断したレイトが頷くと、ジークバルドもそれでいいと頷き返した。
「さて、それではささやかながら当面の活動拠点を用意しておりましたので、そちらへご案内しましょう」
ジークに先導されて、謁見の間を踏み出そうとした刹那、「あ、ちょっと待って下さい。少し言い忘れた事が」とクリスに呼び止められた。レイト達が振り返ると……次の瞬間、クリスがフワリとレイトの腕に両腕を絡めて引き寄せてきた。
「「「「…なっっっっっっっっ…………??!!」」」」
「ごめんなさいアイリィ。少し彼の事をお借りしますね♪」
「…はぁっ⁉あのっ……何を———⁉」
いいからいいから、と慌てふためくレイトをいなして、クリスがバタンとドアを閉める。左腕にはハッキリと、ブレザー越しにも隠し切れない程の若き女王のふくよかな膨らみの感触が押し付けられ……って待て待て待てっ‼
落ち着け落ち着け俺には心に決めた人がとゆーかニチアサの矜持が……と、精一杯の意志力を総動員して、恨めしいほどに湧き上がってくる煩悩を脳みその戸棚の奥底へと追いやった。
「…あの……女王陛下?クリス?…あ、あまり悪ふざけするのは、やめて頂きたい……」
「あら?私は真剣ですけど♪」
嘘つけぇっ!と、思わず礼儀もかなぐり捨てて叫びたくなったが、その前にクリスがパッと手を離して後退した。
「実は、あなたにお渡ししたいものがありまして」
そう言ったクリスの顔は確かに真顔だった。じゃあ、さっきの密着形態は何だったのか……?と思わなくもなかったが、「お渡ししたいもの」というのが気になったので、指摘するのはナシにした。
「貴方がアイリィを助ける為にシドニアを相手取って戦った事は勿論、聞き及んでいます。我が身を顧みずに1人の少女の為に奮闘する……実に英雄的な振る舞いだと思いますよ。…まぁ、その結果、反逆者となってしまったのですから、勇者の在り方としてはどうかと思いますが……」
「…それは……俺がやった事には疑問があるって事ですか?」
「いいえ。貴方に私たちの理想の勇者像を押し付けるつもりはありません。貴方が真にディライトの継承者なのか、それともただ名を騙るだけの存在なのか……。それは、貴方自身で証明して下さいね?」
証明?首を傾げるレイトに答える様に、クリスが胸のポケットから何かを取り出し、レイトへと投げ渡した。
薬液が詰まった、円柱型の瓶。間違いなくエレメントタイプのライドラッグだと思うが……レイトが今まで見た事のない、真っ黒な薬液が充填されていた。
「クリス……これは……?」
「『ダークライドラッグ』。闇のエレメントの霊薬です。最近、我が国でようやく開発に成功しました」
「これが……」
黒光りする霊薬瓶をレイトが眺める。錬真術が司る7大エレメント最後の1つ。これまで光と共に霊薬化には成功していなかったのだが、どうやらそれを実現させたという事だろう。それは間違いなく喜ばしい事なのかもしれないが……一切の輝きすらも飲み込むかの様な黒さを湛えた霊薬瓶は、どこか禍々しさすら感じさせた。
「かつてディライトは7つのエレメントを全て制御したそうですが……気をつけて下さいね。デブリスの力に最も近いエレメントであるが故に、体にかかる負荷は今までの物とは桁違いです。もし、貴方に資質がなければ……」
人の社会に今やなくてはならないライドラッグだが、デブリスの細胞組織から造られる為、人体に対しては危険な劇物でもあるのだ。
ダークライドラッグの表面には、ライトライドラッグ同様に神聖教会の印が刻印されていない。つまり、これはまだ教会からの承認が出ていないレベルで危険な代物だという事ではないか?こちらを見つめるクリスの目には挑発的な色が浮かんでいる。それがこちらの恐れを見透かしている風にも感じられ、レイトは対抗する様にその顔を真正面から見つめ返した。
「…証明……使いこなしてみせればいいんですよね?分かりました。失望させない様に最善を尽くしますよ」
「あら、頼もしい。でも焦りは禁物ですよ。貴方を愛する女性たちを悲しませない為にも、ね。勿論、私も含めて♪」
「…ですから、悪ふざけはやめて下さいってば」
どこまで本気で言っているのか分からないクリスから目を背けて、ドアに手を掛ける。無礼かな?とも思ったが、クリスはクスクスと笑うばっかりで気にしている様子は微塵もない。なんだか距離感の掴みにくい人だという印象は更に強くなったが、元より王族などというのはそういうものかもしれない、とも思った。僅かに熱くなった頬とは対照的にそこだけ異常に冷たく感じられる闇の霊薬を上着のポケットにしまい込み、外へと出ると……。
「レ~イ~ト~?」
「女王陛下に抱き着かれてなに鼻の下を伸ばしているんだ貴様は……」
「…なに話してたのか、説明して貰える?」
少女たちの異様な熱気と、ビックリするほど冷たい目線がレイトを出迎える。
いや、別に疚しい事など何もしていないのだから、「男たるもの、正々堂々として疚しきところなし!」とド〇ー・イェンばりに宣言でもすれば良かったのだろうが、そこは流石のチキンハート。出てきたのは「ひぃっ!!??」という、情けない叫びばかり。
その後、巻き起こされたクライシスが終息するのに結構な手間を要したのは言うまでもなかった。
◇◇◇◇◇
季節・時間帯によって表面鉱物の輝きが変化するルネアだが、すっかり夜の帳が落ちきった時間帯にその輝きが停止する瞬間がある。その時間は一切の光が消え去る為、人々から『恩寵なき刻』と呼ばれ恐れられている。地域によってはその時間帯には一切外を覗いてはならないとさえ言われている。
折しもそんな魔の刻に、アネスタ皇国外れの街道を歩く人影があった。薄汚れたローブ越しから一切の素性は測れない。こんな時間に1人で出歩く人間というのはまともな存在であるとは思えないが……その人影に這う様に近づく男がいた。体中から血を流し、顔を恐怖で引き攣らせているその姿も明らかに尋常な状態ではない。
「た、助けてくれ……!村が……皆が……!」
男が地面に倒れ込み、それでも必死にローブの人物へと手を伸ばす。
「オやおや、ソんなに血を流して……ドうかナさいましたか?」
「…む、村がっ……!怪物に襲撃を受けたんだ……!常駐の兵士達も全員敵わなくて……!た、頼む……救援を呼んできて———」
「ソうですか……オ気の毒でゴざいましたね」
ローブの人物が静かに告げると、ゆっくりと覆いを外す。その声から女ではないかと予想していたが……その顔貌が現れた瞬間、男は更に恐怖の悲鳴を上げる事になった。
その人物は、人間ではなかった。目元は仮面で覆われているが、血が纏わりついた様な口唇からは複数の牙が覗いている。首元にもまるで蛇の様な鱗が纏わりついており、よく見ると露出している手も同様だった。
何よりもその頭。通常なら髪の毛が生えているであろうその箇所には、無数の蛇が蠢いているではないか。
「デもゴ安心下さい。アなた様の犠牲は無駄になりません。ソの恐怖は未来永劫……ワれらの王の中で生き続ける事でしょう」
恐怖で歪む男の顔をジッと見つめ、目元のマスクをそっと外す。覗いた切れ長の瞳がギラリと輝いた次の瞬間、なんと男の体が末端から徐々に石化を始めていった。
「うわぁぁぁぁぁぁっっっっっ————⁉」
数秒も待たずに男の全身が石灰色に染まり、恐怖を貼り付けた彫像へと変貌を遂げた。女——否、怪物はそれを満足そうに眺めると、男が通って来た道を辿って再び進みだす。
直ぐに1つの村へと辿り着いた。人間達の集落は大体がその周辺を壁で覆っているものだが、ここのそれはあちこちが無惨に打ち壊されていた。明らかに過剰とも言える破壊の跡。仕方なさそうにため息を吐いた怪物は悠然と誰もいない村の中へと足を踏み入れた。
地面に累々と横たわる人間の屍。その中で唯一超然と立っている影を見つけた。歩み寄る存在の気配を感じ取ったのか、その影がこちらを振り向いた。
「オ久しぶりでゴざいます、『闘獄のガーム』様」
「あァン?…なンダお前かよ『穿慄のメジューサ』!相も変わらずカタ苦しい奴だなぁっ!」
『闘獄のガーム』と呼ばれたその影もまた怪物だった。様々な生き物の皮を剥いで鋲で止めた様な鎧と黒く筋骨隆々な体躯、更に鋭く長い鼻筋と鋭い牙がズラリと並ぶ口腔は正しく犬そのもの。犬の頭蓋骨の様な手甲を纏った剛腕をボキボキと鳴らし、蛇髪の怪物——『穿慄のメジューサ』へと歩み寄って来た。
「コの規模の村落をタったオ1人でですか……。ゴ自慢の拳腕は衰えてオられないようですね?」
「ッタりめぇよっ!この程度じゃ相手にもナリャしねぇっ!少しは骨のある奴とヤリ合いたモンだぜ!」
「…ソうですか、それならば丁度ヨかった。ジつはその骨のある奴というものに心当たりがゴざいます。我らがエルシングスの内2人……暗星のノクターヴ様と、不動のアグリオス様を破った者がオります」
「なァンだとぉっっ⁈誰だソイツァッ⁉」
「勇者ディライト様……ダそうですよ。腕がオ鳴りになりませんか?」
「ディライト!ハッ!そりゃぁイイぜっ!正しくオレ様の相手に相応しいってモンだ‼」
興奮した様に口の端をニヤリと歪めてガームが近場の家屋を1発2発3発……と殴りつける。石造りの壁が一瞬で粉々に打ち砕かれ、決して小さくない家屋がガラガラと音を立てて崩壊していく。そんな様子をメジューサは頼もしそうに見つめている。
「我らが王の力も日に日に増しつつアります……。人間たちの血と恐怖で、精一杯にオもてなしをゴ用意しなければナりませんね」
「オウよぉっ!最ッッ高のショウにしてやろぉぜぇっっ‼」
2体の人ならざる者——エルシングス達の不穏なる企みが、恩寵なき夜に吸い込まれて消えていった。
次回予告
高潔な精神が今なお残る国、神聖アネスタ皇国。
だが、人々に恐怖を齎す謎の病とは?そして、その背後で蠢くモノとは……?
レイト達がその真実を目の当たりにする瞬間。
それは約束された破滅の予兆なのか……。
Saga20『ザ・コンジュリング~闇に呼ぶ声~』