仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回までのあらすじ

デブリス達が支配する世界に転生した少年・レイト。伝説の勇者の力を受け継ぎ、『仮面ライダーディライト』として戦い続ける中、神聖アネスタ皇国にて魔王ディアバルの復活を目論むエルシングス『不動のアグリオス』と、そしてこの国を蝕む謎の病と対峙する事になる。


…今回は、あのキャラクターが再登場します。


Saga20 ザ・コンジュリング~闇に呼ぶ声~①

◇◇◇◇◇

 またしても迷宮の様な城内を引き返し、再び馬車を止めたエントランスまで戻った時には、そろそろ空が夕映えに染まっていた。夜の闇は無法や魔なるものが蔓延りやすくなる時間でもある為、この世界において夜は比較的早い。昼の間リットウェイから見下ろした時、多くの人々が行き交っていたいたバザールも例外ではなく、今はいくつかの露店の灯りが漏れているのみで、それがレイト達にはなんか意外だった。

 

「う~ん、も少し賑やかなイメージがあったけど……コレってやっぱり非常時だから?」

「そうだな……。例の病が流行りだしてからこっち、どこもかしこも自粛ムードばっかりだ。せめて、収穫祭までにはなんとか解決の糸口を探したいところだ……」

「…そう言えば、その病についての説明が途中でしたよね?病棟は明日見せて貰えるそうですけど、取り敢えずでいいので今わかる範囲の事でも教えてくれませんか?」

 エルネスティナ城の外壁を抜け、ガタガタと目的地に向けて進む馬車の中で、レイトが同乗していたジェラルド達に問う。クリスの口振りから察するに、直面するのに相当な覚悟がいるらしいとは分かるのだが……。

 

「分かりました。では、私からご説明いたしましょう」

 同じ馬車に乗っていた、執事服の男——ジークバルドが口を開いた。

 

「この病……現状、名前はありません。ただ、死体からは高濃度なデブリス細胞が検出されている為、デブリス病の一種であろうと推測はされています」

「デブリス病……ジークバルドさん、感染経路などは分かっていないのですか?」

「ジークで結構でございます。感染経路及び、発症者の共通項も不明です。小さな子どもから、老人、騎士階級、身分の差も関係なしに唐突に発症し、現在では80名近くが治療を受けております。どうやら空気感染する訳ではないのが幸いですが……」

 

 デブリス病が発症する場合、怪物に襲われるか、怪物の細胞組織に汚染された食物や土壌を取り込んだ場合である事が多いが、流石にデブリスに長年対抗してきただけあって、そこら辺の調査も既に実施済みなのだろう。と言うか、通り一遍の対策ならば、防疫関係に強い農業国は既にやっているだろう。わざわざ自分達が呼ばれたという事は、それ以外の視点を求められているという事ではないかと思う。

 

 そう言えば……不謹慎かもしれないが、80名という数はなんだか少ない様に感じてしまう。パンデミックと言うともっと数百人単位での感染者が出るのではないかと思う。その事を伝えると、「確かにその通りです」とジークが頷いた。

 

「先ほども申し上げた通り、この病は空気感染はしません。ですので、そこまで発症率も高い訳ではないのですが……この病の真の恐ろしさは、その症状にあるのです」

「…症状?」

 えぇ、とジークが重々しく頷いた。

 

「まず、この病の初期症状は発熱や頭痛、倦怠感といった感冒様症状です。この段階ではデブリス毒も検出されず、普通の風邪と見分けがつかないのも厄介ですな」

「…それは確かに……医療的な混乱が起きそうですね」

「仰る通りです。これが2~3日ほど続いた後、唐突に全身の痙攣や錯乱・意識の低下などが起こります。中には全身の強直性痙攣を引き起こし、そのまま背骨などを折って絶命してしまうケースも見られています」

「う~ん……破傷風に似てなくもないけど、それだと意識障害は起きないか……。他に、症状はないの?」

「…あります。この病は感染力は低いと申し上げましたが、周囲を巻き込んで人を恐怖させるのは、病の周辺症状があまりにおぞましいからです……」

 淡々と語っていたジークの表情が、俄かに鋭さを増した。御者台に座っていたオリヴィエが手帳を取り出し、それをジークへと手渡した。

 

「最初の感染者はシェリル・マークニル、当時はまだ11歳でした。数日間の風邪症状の後に突如悲鳴を上げて失神。出来得る限りの検査を受けましたが原因は解らず、次第に幻覚や行動異常などの精神症状が見られる様になりました。…これによると、彼女の場合は独語が多かったとの事ですな」

 

 オリヴィエの手記を手渡され、その内容に目を通してみる。医療法面にも精通している彼女らしく、その症状についてかなり詳細な記録がされていた……が、確かにその内容は目を背けたくなるものだった。

 

 

『最初の段階ではシェリルが何もない空間に向かって、「誰なの?」「あなたはどこにいるの?」など話しかけていた。幻覚症状かと思われたが、次第に痙攣が強くなり、医師数人がかりでも押さえつけられない程に激しい発作が起こった。その際にシェリルは「誰かが私の中に入ってくる!」と発言していた』

 

『独話が次第に酷くなり始める。シェリルの口からまるで別人の様な野太い叫びが上がり、彼女と何やら口論をしている様だった(様だった、と不明確な表現なのは、その声が何を言っているのか理解できないからだ)。自傷行為も出始めた為、やむなくベッドに拘束。その際に少女とはとても思えない程の力を発揮していた。鎮静剤の投与で多少の効果はあるが、未だに根本的な原因解明に至らず』

 

『異常な事態が起こり始めた。四肢を拘束しているにも拘わらず、シェリルの体中に傷が浮かび上がり、更に壁やベッドに卑猥な言葉やモチーフが書き殴られていた。愛らしかった彼女の顔も無数の傷と肌の変色によってどんどん悍ましさを増していった。母親のエリスも「私の子とは思えない」と憔悴を強くしている。苦悩する我々を見て、だがシェリルは愉快そうに歪んだ笑みを浮かべていた……』

 

『事態は唐突に終わりを迎えた。長々とした悲鳴を上げた後、彼女は逝ってしまった。事切れる直前に例の声で「チッ、保たなかったか……」と呟いたが、何の事かは分からない。もう目覚める事のない彼女の顔が、かつての愛らしいものに戻っていた事がせめてもの救いかもしれないが……』

 

 

 手記の中には、患者1人1人の症状に関して、詳細な記述が為されていた。これによると全ての場合において、発症した患者は何らかの精神症状を伴い、最終的に全員が発症から10~15日前後で死亡している。

 症例自体がそこまで多い訳ではない様だが……文字情報だけでも伝わってくる恐ろしい症状と、致死率100%という結果はレイト達に影を落とすには充分だった。

 

「…単なる精神障害、とするには患者の数が多すぎますね……。これ、コーパーズとそのサテライトで起こっている事例だけなんですか?」

「いや、コーパーズ周辺以外では発症の報告はないよ。だからこそ、この土地に原因があるのかと思って調査を進めているんだけど……既存の薬毒物検査やデブリス病検知キットでは何も発見できていない。病理解剖しても、やっぱり判を押した様に“原因不明”だ」

「今のところ、症状に関しては明確な発表はしていない。先ほども言った通り、恐怖爆発(フライトパンデミック)でも起こって国中にこの病が拡大する可能性がある方が恐ろしい。だから、症状に関する事は他言無用で頼む」

 

 恐怖爆発(フライトパンデミック)というのは、デブリス病の感染が爆発的に広がる事態の事だ。原因は諸説あって未だにハッキリとしないが、恐怖の増大による免疫力やモラルの低下が引き起こすと言われている。防御力は高くとも逃げ場のない城壁都市の中でこれが起こってしまうと、最悪1つの街が壊滅してしまう事すらある。その為、時には情報統制も有効な手段となり得るのだ。こればっかりは民主制社会ではできない利点という奴だろう。

 

「しかし……症状以上に、原因が解らないというのが怖いですよね。人狼化とかなら、噛まれたなど明確な兆候がある筈なんですけど……」

「最初の少女が発症した切っ掛けとかは、分からなかったんですか?」

「解剖はさせて貰えなかったからね……。一応、彼女の周辺や発症者に何か別の共通項があったりしないか、準隊士達も総動員して調べさせているが———…おっと、そう言えば……」

 ジーク殿、とオリヴィエが執事を振り返って尋ねる。

 

「このまま一度シングルステア家に寄っても宜しいでしょうか?シットラスへの道中ですので、そんなに手間はかからないと思いますので」

「シングルステア家……そう言えば、あそこのご当主も発病の可能性ありとして、入院されているんでしたな……。構いませんかな、レイト様?」

「え、なんで俺?」

 ジークバルドに突然尋ねられ、レイトが慌てふためく。レイト様という呼び方やジークの恭しい態度もしっくり来ないし、何より今まで旅の方針やらを決めてきたパーティーのリーダーはアイリスである。レイトが彼女の方に目をやりかけると、少女たちが一斉にヤレヤレとため息を吐いた。

 

「今って勇者ディライトがこの国に招かれてる訳だから……あたしたちってディライトの従者って事になってるんじゃないの?」

「そういう事ですな。私も女王陛下よりディライト様にお仕えする様に言いつかっておりますので」

「えぇっ⁉ちょっと待ってそんなのあり……?」

「…うーむ……コイツの従者扱いというのは何だか納得がいかないが……」

「はぁ……もうっ、しっかりしてよね……。で?どうするの、レイト?」

「…分かりました。大丈夫です、このまま向かって下さい」

 旅の疲労はあるが、確かに別れ際リンディに後で自宅に寄るとオリヴィエが言っていた。病に罹った父親は医療施設にいるかもしれないが、一番近くにいる家族から何か聞き出せるものがあるかもしれない。

 

 馬車はそのまま進み、王宮のあるセントコーパーズから北西方向のサテライト『フォルス』にあるシングルステア家へと辿り着いた。蔦が壁を彩る瀟洒な洋館で、貴族家の家屋敷と言うだけありかなり大きかったが、シングルステアは四等爵家の地位である為、これでもまだ小さい方なんだとか。貴族家のスケール感の違いにレイトとマヤは何だかクラクラしてしまう。

 

 これまた如何にもなドアノッカーを叩くと、「はぁい!」という声と共にパタパタと早足が近づき、ドアがゆっくりと開く。そこには可愛らしいデザインの赤いワンピースを着た赤毛の少女——リンディがレイト達を出迎えた。

 貴族家の場合、メイドさんとかが出迎えるのかと思っていたが、四等爵家くらいだとそうでもないらしい。実際、出迎えた彼女の格好も優雅さがありつつも着心地が良さそうな庶民的なつくりをしている。恐らく部屋着か何かなのだろう。玄関口に立つオリヴィエ達を出迎えた彼女の顔がみるみる紅潮し、「し、失礼しましたっ!」と慌てて居住まいを正した。

 

「わ、私ったらこんな格好でっ……!…まさか、本当に来て下さるなんて思わず……!」

「いいんだよリンディ。突然押しかけたこっちが悪いんだ。実はカルロス様の病について、ご家族から直接話を窺えないかと思って来たのだけれど……」

「…あ、なるほど……。それでしたら———」

「私がなんだって?」

 階段ホール奥の扉が開くと、そこからバスローブの様な簡素な着物を羽織った男が顔を出した。歳の頃は40代半ばくらいで、少し頬がこけているが体格が良く、リンディと同じく燃える様な赤毛だった。

 

「お、お父さん!またそんな恰好でっ!」

「これはこれは、神聖騎士様でしたか。わざわざご足労頂けるとは、大変恐悦至極にございます」

「…や、やめて下さい、カルロス師匠。立場がどうであれ、私にとってはずっと師匠でございますから」

「ハハッ、分かってるよ。冗談だ。我が門下の生徒がこんなに立派になってくれるとは……。師としても誇らしいよ、オリヴィエ」

 

 感慨深げに頷いたシングルステア家当主とオリヴィエが手を繋ぎ合う。ゴツゴツとした手にはいくつもの剣だこが浮いていた。こうして見ると、身のこなしにも隙がなく、歴戦の戦士という佇まいである事は見る者が見れば分かるだろう。

 

 さて……と、当主が今度はレイト達にも向き直る。

 

「シングルステア家当主のカルロスでございます。娘の危うい所を救って頂いたそうで……心よりお礼を申し上げます」

「…いえ、そんな……レイト・ドメニカと言います。…あの、ところで……ご当主は例の病の罹られていたのではなかったのですか?」

 

 失礼かとも思ったが、気になっていたところだ。万が一の感染の拡大を防止する為、そして病の主症状を隠す為に、罹患した者は漏れなくセントの病院へと運ばれていると聞いていたのだが……。レイトの問いにカルロスが申し訳なさそうに頭を掻いて笑った。

 

「確かに5日ほど前から酷い風邪をひいて寝こみましてな……。流行り病の可能性があると判断されて、暫く入院していたのですが……今はこの通り、回復しております。デブリス毒も検知されず……まぁ、ただの風邪だったという事らしいです」

 呵々と笑うカルロスに対して、レイト達はホッと息を吐いた。結果として当てが外れた訳だが、誰かにとっての大切な人が亡くなるよりその方がよっぽどいい。それに、隔離病棟に入院していたのなら聞けない事がない訳でもない。

 

「いえ、何よりでした。でも一応、病棟内の様子について話を聞かせて頂く事は可能でしょうか?」

「ええ、それは構いませんよ。とは言っても、お役に立つかは分かり兼ねますが……。…まぁ、立ち話もナンですからどうぞ」

 案内されたのは当主の部屋の様だった。今まで見てきた貴族の書斎とは異なり、簡単な応接道具が置かれている以外は、剣や鎧、盾などが壁を彩っている。しかも装飾用の華美な造りの物ではなく、実戦向けに調整された本物だろう。

 

「…あの……オリヴィエ様?ところで、あの方たちはどなたなのでしょうか?」

「う~ん……正式な発表はもう少し先なんだけど……まぁいっか。彼らはね……」

 

 オリヴィエがリンディの耳元でヒソヒソと囁く。転瞬、彼女の顔がまたしてもリンゴの様に赤く火照り上がった。

 

「で、ディライト様……!そ、そういう事はもっと早く言って下さいよっ‼」

「リンディ、静かにしないか……。さて、病棟内の事についてでしたな……」

 レイト達が頷く。目の前の男性は例の病に罹った訳ではないにせよ、病棟内での治療の実際や他の患者たちの情報を手に入れられると思ったのだ。

 

 しかし、病院内では1人1人が完全に隔離されていた為、他の患者の詳しい様子などは解らないとの事だった。治療室は固定された寝台以外には何も置かれておらず、医師が診察に来る際にも必ず兵士が1人同行していた為、かなり物々しい印象だったとカルロスは話した。

 

「…なるほど。それは、気が滅入りそうですね……」

「まぁ、確かに。私はこの通り何でもなかったのですが、時折隣室から獣の様な叫びが聞こえてくるのも……いや、医者や看護師たちは懸命に働いてくれましたよ。お陰でこうして家族の元に戻る事が出来ました……」

 

 カルロスの目元が緩み、ドア付近に立っていた娘の方を見やる。リンディは照れ臭そうに直ぐに顔を逸らしたが、彼女の目も僅かだが潤んでいるのが分かった。これ以上、せっかく戻った家族の団欒を邪魔するのも無粋だろう。もう少しだけ治療の様子などを聞き出した後、その場を後にする事にした。

 

「兵士としての生き方を選んだ時から、いつ死すとも悔いがない様にしてきたつもりですが……やはり生きて戻る事ほど尊い事はないと思い知りましたよ。帰れない者が少しでも減る様に、どうか力をお貸しください。勿論、私どもも精一杯の尽力をさせて頂きますので……な、リンディ?」

 

「あ、ハイッ!き、騎士団準隊士として、最大限サポートさせて頂きますっ!…でも、あのぅ……ところで……で、ディライト様!こちらにサインを頂けないでしょうかっ⁉」

「さ、サイン……?」

 リンディが顔を真っ赤にしてレイトの胸の前に一冊の本を差し出してきた。アイリスも持っている勇者ディライトの伝記である。

 

 …しかし、である。勿論、レイトにサインなんて出来る筈がない。この世界の文字は読む事は出来るが、書きが少し覚束ない上に、そんな練習などした事もない。だが、ここまで頼み込まれて「出来ません」の一言で断ると言うのも……。大袈裟かもしれないが、士気とか信頼感にも関わって来るかもしれないし……と某不愛想な宇宙人みたいな懊悩をした後、本のページ後ろに最近勝手に考えたディライトのライダーズクレストを描いて渡す事にした。我ながら中二臭いとも思ったが、リンディは喜んでくれた様なので良しとする。

 

「ハァ……調子狂うなぁ……」

 

 アネスタに来てからというもの、あちこちで勇者ディライトとして期待されたり、歓待されたり……かつて最初にディライトを支援したのがこの国だった筈だから、その反応もむべなるかなという奴なのだろうが……。

 今までのただ旅をしながら、目につく人々を救っていれば良かった戦いとは何もかもが根本的に変わってしまった。カルロスから言われた通り、この国の人々の安寧が自分達の戦いの結果にかかっている。そう思うと、肩の辺りに重苦しい重力が纏わりついていく様だったが、止まる訳にもいかない。どこかささくれ立ちそうになっている心を意図的に押さえつけて馬車の座席に腰掛けると……不意に太腿の辺りを軽くつねられた。

 

「痛っ!何するのアイリィ……⁉」

「べ~つ~に~……モテモテで結構ですことっ」

「モテって……!ち、違うよ、そんなんじゃ……!」

 

 隣席のアイリスにレイトは必死に抗弁するが、彼女はツンとむくれた顔を崩そうとしない。そんな2人をジェラルドやジーク達はニヤニヤと眺め、マヤとゼオラまでジト~っとした視線を注いで来る。

 

 熱くなった頬と汗で冷たくなった額の温度感に目眩を感じながら、それでもアイリスのむくれた顔が見れるのはなんだかラッキー……と思ってしまう。本人には絶対に言えないけど。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 このまま調査を進めるにせよ、シングルステア家を後にした頃にはもう日も暮れてしまっていた。慣れない馬車移動の所為で、そろそろ腰も痛い。今は一刻も早く用意された“当面の活動拠点”とやらに行きたいと思っていたところだったが……。

 

「あのぅ……ジーク?」

「はい、何でございましょうか?」

「さっき言ってた、“当面の活動拠点”って……ここですか?」

「その通りでございます。何かご不満でも?」

「イエ……不満というか……」

 

「「どこら辺が“ささやか”なのコレッッッ!!??」」

 

 レイトとマヤの叫びが目の前の活動拠点……赤レンガの豪邸に吸い込まれて消えていった。

 

 そう、豪邸である。

 馬車が停まった先に待ち構えていたもの。豪奢な造りの家屋敷と更に広大に広がる庭を持つ、誰が見ても豪邸と思うだろう。流石にパニディエラ家やデュランダール家の家屋敷よりは小さいと思うが、4人の活動拠点とするにはあまりに大きすぎやしないか?

 

「あ、あのジークさん……!これはいくら何でも立派過ぎますよ……」

「そうは申されましても……女王陛下から、この地をお譲りする様にとの命令でございますから。この通り」

 ジークが差し出した羊皮紙に目を通す……と、そこには確かに「この家屋敷を勇者ディライト一行に譲渡するものとする」という文字列がしっかりと記入されていた。

 

「…って!“譲渡”⁈」

「“譲渡”でございます。ここに記載された不動産は全て皆さまの持ち物となります」

「「「「……………………」」」」

 あまりに予想外の展開に口をあんぐりと開けて固まる勇者一行に構わず、ジークが「どうぞこちらへ」と門扉を開けて中へと踏み込んでいく。

 

「うへぇ……。クリス女王って太っ腹なんだね……」

「…甘いわよ、マヤ。これは事態が解決するまで、この国から逃げるなって言う無言の圧力よ……」

「…そういう後ろ向きな発想やめようよ……。…でも、流石に『いりません』とは言えないよね?」

「女王陛下から賜ったものを、拒絶するのは不敬罪を問われそうだしなぁ……」

 

 …どうしようもできないらしい。アネスタに着いてからの疲労感もいよいよ耐え難く、こうなりゃヤケだとレイト達はジークの後を追って敷地内に足を踏み入れた。

 

「名を『シットラス・クォールガーデン』……通称『シットラス邸』と呼ばれております。かつてはとある高名なクォカ・ワインの生産者、ニール・シットラス伯爵とそのご家族の家屋敷でございました」

「…シットラス……もしかして、『シットラス・ミラ』?知ってます!あの凄く芳醇な香りの強いクォカですよね?」

「…妙なところに食いついた……」

「その通りです。しかし、シットラス家自慢のクォールはある特定の寄生虫に弱く、農園全域が消滅。丁度、ご子息達がご病気で亡くなられた事もあって、そのままここ一帯は今まで国の管理物件となっていたのでございました」

「…そうですか。それは、残念です……」

 確かに広大な庭には今は1本の木も植わっていない。庭園に設えられた温室や噴水の跡地も、かつての栄華とそこに生きていた人の生活を想起させる。レイトは静かに手を合わせて、お邪魔しますと心の中で呟いた。

 

 だが敷地と比して、建物の方は外壁が綺麗に塗り直され、掃除も行き届いていた。迎えの使者がアレステリスに到着するのがかなり遅れたのも、この家の修繕をしていたからではないかと思った。

 

「見ての通り、建物の方は改装が完了し、家具類の搬入も終えてあります。これ以上に必要なものがあれば、後は皆さまで購入される様にとの事です。家令に関しても、現状は私と弟子のみですが、それ以上に必要ならば———」

「イエイエイエイエもう結構です本当にこれ以上は……」

 一応この家の持ち主扱いにされてしまったレイトが慌てて首を振る。家具や生活物資を買い足すくらいならまだしも、パニディエラ家などの様にたくさんの使用人を雇うお金など、今のレイト達にはない。幸いずっと旅をしてきたので、皆それなりに自活する能力は備わっている。掃除などの維持管理はジークの負担が大きくなってしまうかもしれないが……彼は気にした風もなく、「畏まりました」と頷いた。

 

「さて、それでは内部をご案内いたします……とは言いつつも、そろそろ夕食の支度をせねばなりませんので、弟子に任せましょう。おーい、ご主人様が到着されたぞ!出てきて挨拶をせんか!」

 玄関を開け、ジークバルドか階段ホールの奥に向けて声を張り上げる。転瞬、2階からパタパタという慌ただしく駆ける音が聞こえ……。

 

「ハッ!!」

 

「「「「ッ⁈」」」」

 

 突如、ジークと同じ黒い執事服を身に纏った人影が2階の吹き抜けから跳躍し、そのまま玄関ホールへと着地した。呆気にとられるレイト達を気にせずに、人影はゆっくりとその顔を上げ———。

 

「…ようこそ、お帰りなさいませ。お会いできて、光栄で御座いますご主人さ……まぁぁっっ⁈」

 

「ジェイク~~~~~~~~~ッッッッッッ??!!

 

「こ、小僧っ⁉なんだってお前がここにっ⁈」

 

 黒い燕尾服を纏った全身を強張らせ、精悍な顔を驚愕の色に染めているのは間違いなく、レイトと因縁浅からぬあの男——ジェイク・アリウスで相違なかった。

 一同が驚愕する中、アイリスだけがキョトンとした顔で尋ねる。

 

「え、誰?みんな、知り合いなの?」

「…知り合いって言うか……アイツだよ、ワールドラーグ」

「…へ?ワールドラーグって……あの⁈」

 

 かつてデブリーターの一員としてデブリドラッグを配りながら、自分達の前に何度も立ちはだかってきた、ドラゴン型のデブリーター。確かレイトと一対一の決闘の後に、アイリスが囚われていた場所についての情報を流して組織を抜けたらしい、というのは聞かされていたのだが……かつては敵対していた男を前にして、思わず臨戦態勢を取ってしまうのは自然な成り行きだろう。

 

 だが、

 

「ち、ちょっと待ってくだせぇ!」

 そう叫んだジェイクはそのまま後方に跳び退ると、抵抗の意思はないと言わんばかりに両手を上げて床に正座した。

 

「小僧だなどと失礼を申し上げやした!どうか話を聞いておくんなましっ‼」

「…え~と……これってもしかして、割とガチなやつ?」

「てゆーか、何だよその喋り方は……?」

 

 赤い髪こそ短く切ってオールバックにしているが、触れる者を残らず切り裂きそうな精悍な顔立ちは相変わらずで、仕立てのいい執事服とはあまりにチグハグな印象だ。一応、元戦士だけあってピンと伸びた背筋などはそれらしいと言えばそれらしいのかもしれないが……呆れる一同の沈黙を破る様に、ジークバルドがコホンと咳払いをした。

 

「…皆さま、この男の経歴については私も勿論知っております。こういう事があるかもとは思っておりましたが、まさか初端からとは……。ジェイク、レイト様達に今までの経緯を説明しろ」

「アイアイサー、師———痛っ!…畏まりやした……」

 軍隊の様な敬礼をしかけたジェイクの脇腹をジークバルドが思いきり指で突く。服にはしわ1つ付かなかったが、ジェイクの表情からは相当に痛そうだった。

 

「イエね、あの戦いの後、裏稼業から足を洗おうって決めたのは本当なんでさ。いい加減、欺瞞クセェとは思ってやしたし、後悔はしてやせん。…ってゆーても、学のねぇストラドを雇ってくれるところなんざそうそうなく……そんでアネスタまで来たっつー訳でさ」

「なるほど……。でも、なんで執事?」

「まぁ、似合わねぇとは思ってますよ?最初は日雇い人夫としてここの修繕作業に当たってただけだったんでやすが……周りが俺と似たり寄ったりな荒くれモンばっかりで、どうしてもトラブルが絶えねぇで、どうしたもんかと思った矢先に、ここでの家令を募集するって張り紙を見つけて……」

「思い切って、応募してみた……と」

 

 そうでさ、とジェイクが頷きながら、首元のネクタイを窮屈そうに弄っている。たどたどしい語りや取ってつけた様な敬語ともども、まだ今の自分の立場というものにしっくり来ていないのかもしれない。だが同時に、そんな姿が必死に今までの自分の在り様を変えようともがいている様にも見える。それはきっと悪い事ではない筈だとレイトは思う。

 

「しかし……よく受かったものだな……」

「他に応募者がいなかったからか、虚仮の一念あったのか……イヤ本当に気付いたら、この通りってな訳でやして……。俺が一番ビックリしてまさぁ。…結局、何でだったんですかね、師匠?」

「そんな事を、今のお前に言っても仕方がない」

 ジェイクの質問に、しかしジークはピシャリとそれだけ言い放った。

 

「やる気がありそうだから雇った。それ以上の意味はない。まだ未熟なお前をクライアントの前に出すのは抵抗があるが……余計な事は考えるな。教えた事を最大まで為せる様に、ここで精一杯の精進をするんだ」

 

 ジークの顔つきは険しく、その言葉も厳しい。だが同時に、過去の彼ではなく、今のジェイクをしっかりと見届けようとする優しさも含まれていると感じられた。ジェイクにもそれが伝わったのか、「…そうでやすね」と確かに頷いた。

 

「…改めまして、執事見習いのジェイク・アーク・アリウスでさぁ。生まれ変わった気分で、精一杯の事をやらせて頂きますんで、どうぞよろしくお願いいたしやす」

 

「…分かったよ。それじゃ、これからもよろしく、ジェイク」

 頭は下げない。ただこちらをジッと真っ直ぐに見つめるジェイクの瞳には、確かな決意が滲んでいる様だった。

 

 彼に助けられた事が全ての始まりだった。その後は互いの道を阻む者として何度も敵対しながらも、最終的には激しいぶつかり合いの末に和解。そして、今ここでこんな形で向かい合う事になるとは……。彼との間の不可思議な縁にしみじみと思いを馳せながら、レイトが手を差し出す……と、「ハイお任せ下さいやし‼」と叫んだジェイクの両手にガシッと掴まれた。

 

「小僧——じゃなかったレイト様ご主人様旦那様!助けられた恩義は決して忘れやいたしやせん!どうぞご遠慮なさらず、メシ炊きでも布団温めるでも背中流すでも何でもお言いつけなすって下さいやしっ‼」

 

「…前言撤回!やっぱりやめろ気色悪いっ‼」

 

 ジェイクの叫びとレイトの悲鳴、そして女性陣の呆れた様なため息が階段ホールに響き渡り、シットラス邸での最初の1日は暮れていった。

 

 …因みに、調子に乗ったジェイクがその後ジークバルドにとっちめられたのは言うまでもない。

 

 




…まさかのジェイクショックが起きました。
再登場を予想していた方は結構いると思いますが、こんな形になるとは思うまいっ!(クソウザ)

例の病についても今回ようやく詳細を出せました。長らく引っ張ってしまって申し訳ありません。何が起きているのか……勘の良い方はもうお気づきかもしれません。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではな!
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