仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回までのあらすじ

神聖アネスタ皇国を襲う謎の病、それはデモニック系統デブリスによる新たな侵略だった。恐怖を拡大させ魔王ディアバルの復活を目論むデブリス達に加えて、更に別の思惑を持って立ちはだかる仮面ライダーネメシス。
更に混迷化する状況、打開の光はあるのか。


Saga21 Cry in deep red ~君の名残りの中で~①

◇◇◇◇◇

「…うん、思ったよりいい感じだな。手入れさえすれば、何とかやっていけそうじゃないか?」

 

 笑顔を貼り付けて問いかけてくる夫に、私は小さく頷く。その後でもっとしっかりと頷くべきだったんじゃないか……と、自己嫌悪が襲ってくる。悪い癖だと思いつつも、自分を押し殺してハッキリとものが言えない性質はそう直ってくれない。

 昔はこうじゃなかった……と、私自身も思う。でも、自分の身に起きたあの事件以来、心は傷つく事を恐れて、常に緞帳が降ろされている様な気がする。心はそれで平穏を取り戻した様な気もするが、代わりに常に外界と断絶されているかの様な心細さを感じる瞬間もあるのだ。夫なら「気にする事じゃない。ゆっくりと向き合っていけばいいさ」と笑ってくれるのだろうけど……。

 

 どうしても、思ってしまう。

 

 もしあの家で、私がもっとしっかりと戦う事が出来ていれば……。

 彼をこんな地に追いやってしまう事もなかったのではないだろうか……と。

 

「…元気ないなぁ。子どもが出来なかった事、まだ気にしてるのか?」

「…ううん、そういう訳じゃ……」

「気にする事ないよ。君は悪くない。血を残す事だけが人の全てって訳でもなかろうに……ウチの家族は頭が古いったら……」

 そう言って夫——セイラン・レオンハウルが鷹揚に笑って、私の頭を優しく撫でてくれる。

 

「先ずはあっちの土地を開墾して、甘藷を植えていこう。あれならバザールでも高値で取引されるって言うし……。家畜を始めるのもいいかもしれないな。生き物と触れ合っていれば、2人でいる事も気にならなくなるさ」

 セイランの言っている事は、私の悩みとは少しズレている……のだが、些末な事を気にしない寛容さと、時に無謀とも言える前向きさが彼の良い所なのは間違いない。どんな場所であっても、彼についていこうと決めたのは決して自分の中にある負い目だけが原因ではない。

 

 目の前に佇む、これからの住処——荒れ果てて雑草が伸びきっている土地や、蔦が絡み合った屋敷の様相に不安がない訳じゃない。でも、きっと彼と一緒なら……。そう自分に言い聞かせて、私——ルチル・レオンハウルは緞帳をほんの少し開けて、カーテンコールみたいに薄く微笑んでみせた……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

『さァッ!恐れ竦みヤガレ人類共ォォォッッ!俺サマの名は『ディアバル』‼ここからはァっ、恐怖の時代の到来だァァァァァァッッッッッッ‼』

 

『ローラン?…あァ、炎のパラディンか。正確には彼の力さえ奪えれば良かったんだ。殺してしまったのは……まァ、事故みたいなものさ』

 

『…やれるモノならやってみなよ、借り物の英雄風情が』

 

 脈絡なく散乱する声という声、そして昨夜みた光景の断片がフラッシュバックしては脳内をボールみたいにバウンドしていく。目を閉じる度にそんな事を繰り返していた為、体がどれだけ疲れていようとも、意識が一向に弛緩してくれる気がしない。そうして朝までまんじりとも出来ずに、徐々に明るさを帯びてきた部屋の天井をボンヤリと眺めていたレイトの耳に、不意にドンドンと無遠慮に扉を叩く音が聞こえた。

 

「おいこぞ——じゃなかった旦那様よ。エサの時間ですぜ。降りてきて、チャッチャと食っておくんなま———イテェッ⁉」

「…まともに喋ると死んでしまう病気か何かなのか貴様は……。レイト様、食事の用意が出来ております。体調がよろしければ、召し上がられて下さい」

「…分かりました。今、行きます」

 

 正直、食欲は全く湧かなかったが、出来たばかりの家令を無用に心配させるのも申し訳ない。ドア越しにジークバルドにそう伝え、レイトはベッドからノロノロと起き上がると、乱れている衣服や髪を申し訳程度に整える。

 昨日は帰るなり、そのまま倒れ込んだらしい。どうにもその辺の記憶は曖昧なのだが……部屋を出て階下に続く階段を下り、礼儀作法の基礎から文字通り叩き直されいるであろうジェイクの悲鳴をどこか遠くに聞きながら、レイトは昨夜の出来事を脳内で反芻し続けていた。

 

 病が完治したと思われていたカルロス・シングルステア公が、突如として何かに憑りつかれた様に暴虐の限りを尽くし、やがてその肉を食い破る様にして1体の怪物が姿を現した。

 ディアバル——かのデブリスの王の名を名乗った怪物は、生前のカルロス公の記憶を頼りにレイト達を翻弄し続けた。だが、そこに突如として現れたのが、アレステリスの地でローランを殺したあの謎の戦士——『仮面ライダーネメシス』だった。この世界の脅威など関係ないと言い切ったネメシスに為す術もなく追い詰められたディライトだったが、そこに現れてレイト達をここまで逃がしたのは……。

 

 食堂のドアを開けると、無駄に広い室内には既に多くの少年たちが座り込んで食事にありついていた。こちらに気付いたアイリスが椅子から立ち上がって、レイトへと一直線に駆け寄って来た。

 

「レイト、大丈夫?顔色、良くないよ……?」

「大丈夫……ではあるかな……。でも、それならアイリィだって……」

 顔色がどうと言うなら、彼女もあまり大差はない。疲弊や悔しさが滲んだ顔を伏せて俯くアイリスの背後から、「それでも、人を気遣ってる余裕くらいはあるって事だな」と近づいてくる人影があった。

 

 そこには昨夜、突如救援に現れた仮面ライダーソーディアことハイル・ランドナーが立っていた。

 

「食っとけ。いざと言う時に腹が減ってたら、勝てるモンも勝てなくなるぜ」

 そう言って、レイトの胸にスープ皿を押し付ける。

 

「ハイル……ありがとう、助かった。…魔剣の方は、もう良かったの?」

「…ん、まぁな。まぁ、ローザはまだあの通りだが……まだ時間がかかりそうだ」

 彼の視線の先、手の中のオモチャの鳥をぼうっと眺めているローザの姿があった。まだ彼女を戻せるレベルにまでなっていないという事だろう。

 

 それにしても……言葉では言い表しにくいが、ハイルの様子もどこか妙な様に見える。何だか自嘲的というか……少し無理をして笑っている様に見えるのだ。なにかあったのだろうかと周囲を見渡すが、他のヒュペリオン達もどこか沈んでいる様だった。

 

 …そう言えば、と思う。こういう時に率先して場を盛り上げている少年——ジャン・ヒュペリオンがいない。それに気付いた瞬間、レイトの背筋に冷たいものが走った……。

 

「…まぁ、俺らの事はさておき……事情はオリヴィエさん達から聞いた。仮面ライダーネメシス……アイツがローランさんを……」

 あの事件が起こる少し前に、ハイル達は新たな魔剣の所在を探知し、アレステリスを離れていた。ハイルの顔が無念そうに歪む。

 

「あのネメシスという奴は君の事も知っていた様だけど……彼に覚えはあるかい?」

「何せこんな立場だもんで、人からの恨みは事欠かねぇですが……覚えはないっスね」

「…まぁ、そうだろうね。それに奴からは、恨みとか……そういう人間臭い事情を感じない気がするんだ。曖昧で申し訳ないけども……」

「ディライトとパラディンの力……それは元々自分達のものだから、返して貰う……って言ってたよね。でも、パラディンの力ってディライトに授けられたものだから、という事は……かつてのディライトを知る者?」

 マヤの発言に一同が考え込む。

 

 かつてこの世界に今ある多くの技術や神聖騎士の力を与えたとされる、勇者ディライト。彼が何者で何処から来たのか、それはどの記録にも残されていない。だが、この世の者とは思えない程に圧倒的な力を持っていた事も知られている。物体を透過する力やパラディンの力を抽出する槍、ディライトを超えるパワーなど、あの仮面ライダーの圧倒的な力もそれなら説明がつくか……。

 

 そう言えば、とレイトの脳裏にも閃くものがあった。

 

『君がディアバルの器に……だって?それはムリだね。君みたいな出来損ないでは、格が違い過ぎる』

 

「アイツ……ディアバルに関しても何か知ってる風だったよね。あの謎に包まれたデブリスの王についても、アイツは何かを知ってる可能性があるか……」

 

 ディアバル。

 数々の物語や文献、そしてジェネラルクラスの言葉でその存在を語られる、デブリスを束ねる恐怖の魔王。その名を知らぬ者などこのドランバルド三国にはいないだろうが、詳細について語って資料となると、驚く程にその数が少ない……のだそうだ。アイリスが所持している図鑑や記録類にも詳しい記載は殆どなかった。その魔王が如何なる存在で、どの様に勇者ディライトに討伐されたのか……そもそも本当に実在したのかについても、殆ど分かっていないのだ。まるで、その存在について、意図的に隠そうとしているかの様でもある。

 

 だが、そんな不確かな存在についても、分かっている事が少しはある。

 

 1つは魔王ディアバルこそが、悪魔——『デモニッククラスタ』に分類される事。

 そして、魔王が力を増す際には、それより低級の悪魔達が世に溢れ出す……という事だ。

 

「…相当に、由々しき事態と言えるかもしれないな……」

 オリヴィエが深刻な顔で呟く。

 

「この国で蔓延る病……“悪魔憑き”が連続的に発生しているとなると、ディアバルが蘇りつつあるという事だと考える者がきっと出始める……と言うか、兵士達の間ではもう噂になってるだろうね。国民達にどう伝えていくか、それも含めて女王達が対策を協議している頃合いだろうが……」

「…“恐怖爆発(フライトパンデミック)”の可能性も高まりますね……。事態を収拾する為にも、憑依状態を治療する方法を発見するか……」

 

 或いは……とアイリスが呟きかけ、しかしそのまま口を噤む。レイト達にもその先は言わずとも分かる。悪魔は人間の肉体に宿った憑依状態から、やがて力を蓄えて実体状態となる。現状、憑依状態を解消する事は出来ない為、出来る事と言えばこの実体となった悪魔を片端から倒していくしかないのだろうが……。

 

「…………………」

 

 黙り込む一同。しかして、その表情は雄弁に語る。

 自分達に出来るだろうか……と。

 

 デブリスではあっても、元は人間。カルロス公がそうであった様に、誰かの父であり、夫であり、恩師であった人間が突然怪物と化して襲い掛かってくるのだ。その上、奴らは憑りついた人間の様に振る舞う事さえする。そんな存在とこの先も対峙し続ける事が果たして出来るのだろうか……?

 

「…ハァ……お前らな……尻込みしていられる状況だと思ってるのか⁉」

 そんな重い空気を、今まで黙り込んでいた地のパラディン・ジェラルドが割れんばかりの怒声で一喝した。

 

「元は人間だろうが、顕現した時点で憑りつかれた人間は死んでいる!奴らは人の生を弄び破壊するだけの、ただの破壊者にしか過ぎないんだ!例えどれだけ罪悪感に苛まれようとも……恐怖に怯える人々を守る為に、今は我らが率先して罪を背負う時だろ‼違うか⁈」

 

 食堂中の食器類が震え、天井のシャンデリアさえもグラグラと揺れ落ちるかと思える様な怒号を浴びせかけるジェラルドの顔は、今までの鷹揚さをかなぐり捨てて、熱烈な怒りに染まっている様だった。一瞬で通り過ぎた雷鳴に、誰もが二の句が継げずに黙り込む……。

 

 数拍の静寂を置いて、食堂にいたヒュペリオンの小さな子ども達が堪え切れずに泣き出し、同時に「何でさぁ今の声は?」とジェイクとジークバルドも食堂に飛び込んで来た。 

 ジェラルドの顔から怒りの色が抜け落ち、気まずそうに「…あぁ……いや、その……」と口ごもる。

 

「…すまん、少し感情的になった……」

「おい、ジェラルド———」

 勝手口を開けて、地の神聖騎士はそのまま外へと出ていく。地面を蹴立てる蹄の音が遠ざかっていくのを聞きながら、ふぅっというマヤのため息がやたら大きく聞こえた。

 

「あぁ、ビックリした……。まさかあんな急に怒られるとは思わなかったなぁ……」

「まったくアイツは……相変わらず、言葉が足らないというか……」

「…いえ、ジェラルドさんの言う通りだと思います……」

 すまないね、と代わりに謝るオリヴィエにレイト達が首を振る。

 

 実際、悪魔はあくまでも人のふりをするだけの怪物に過ぎない。敵の策略に惑わされず、ただ人々の為に罪悪感を押し殺して戦うべきである、という彼の主張はは最もな話だ。

 

 …ただ、先ほどの怒りにはパラディンとしての使命感以上のもの……もう少しプリミティブな感情が込められていた気がしたのも事実だった。聞いていいものか……と、迷いはするが……。

 

「ジェラルドさん、デモニッククラスタと何かあったんですか?」

「…そう、だね。あの悪魔……リコンはおよそ半年ほど前に、同種の個体をジェラルドが倒したんだ。…だが、それ以来……彼の妻が行方不明になっているんだよ」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 ——まったく、子どもに当たったりするなど……。

 ——君がいたら、「情けない」って りつけてくれたんだろうかね……。

 

 シットラス邸を飛び出し、馬を走らせて向かった先はフォルスの端にある、大型のログハウスだった。今のジェラルドの住まいであり、そして同時に彼の妻であるベル・ルシアータが最後にいた場所でもあった……。

 門扉に飾られたルシアータ家の紋章からも分かる通り、ジェラルドの家の別荘として作られたものだったが、2人が結婚した事をきっかけにこの土地ごと譲り受けたのだ。風情のある丸木作りの外観に比して、その歴史の中で多くの錬真術師を輩出してきたルシアータ家の家屋敷である為、様々な素材が合成されていて安全性も高い。何より周囲を自然に囲まれたこの場所をベルは好んでいた。

 

 家の周囲に据え付けられた花壇には今の季節の花々が咲いている。勿論、騎士団の仕事の合間を縫ってジェラルドが世話を続けているからだ。武具を振るう事しか知らない不調法者が付け焼刃の知識で始めたものだから、咲き具合も悪く、どうにも不格好な印象が拭えない。だが、妻が愛したこの場所が枯れ果ててしまえば、彼女の痕跡がこの世から完全に消えてしまう気がしてならないのだ。

 

 ここの花々の様に、ベルも可憐な見た目とは裏腹に、揺らがぬ時は決して揺らがない、そんな強い女性だった。神聖騎士として時に長期間の遠征に出なければいけない事もあるジェラルドの代わりに家を守り、時に傷つき帰って来ても取り乱す事なく迎えてくれた。

 

 だが、およそ半年前。アネスタ各地で破壊活動を続けていた武装集団の征伐から帰ったジェラルドだったが、家に帰りついた瞬間、強烈な臭気——血の匂いを感じ取った。それに何より、いつもなら直ぐにでも出迎えてくれるベルの姿が見えない。匂いを頼りに家の裏手に回り込むと、そこには———あの黒い悪魔『リコン』と、血塗れの妻の衣服がそこかしこに散乱していたのだった。

 

 その後の事は、実はハッキリと覚えてはいない。ただ獣の様な雄叫びを上げて、目の前の怪物を叩き潰した感触はハッキリと覚えていた。騎士団の調査で衣服は間違いなく妻の物と確認が取れたが、もし殺されたのであればその痕跡が残っている筈。付着していた血の量も決して致死量には達していなかった為、決して希望を捨てぬ様にと諭されたのだが……ベルは依然として行方不明のままだった。

 ジェラルドも妻の無事を信じてこうして花壇の手入れを怠らずに続けて来た訳だが……昨日、人の肉を食い破って悪魔が出現したのをきっかけに、状況が変わった。

 

 …否、今まで薄々感じながらも忌避していた可能性に直面せざるを得なくなったというべきか。

 

 ——確か、失踪する数日前にベルは少し体調を崩していた。

 ——悪魔が人の体を乗っ取り生まれてくるのだとすれば。

 ——…あの時、自分が倒したのは……。

 

「………………?」

 直後、ガサガサという葉が擦れ合う音、そして荒い息遣いの気配をジェラルドは感じ取った。ここ一帯にも人は済んでいる為、別におかしくはないのだが……ただ長年戦いの中に身を置いてきた騎士にしか分からない感覚というものがある。その息遣いからただならぬ気配を感じ取ったジェラルドが外へ飛び出すと、地面に膝をつく女性の姿を見止めた。

 

「ご婦人、どうかされましたか?」

「…え……?…し、神聖騎士様……?」

 女性がゆっくりと顔を上げる。野葡萄の様な濃い紫の髪と、顎の線が細い小作りな顔立ち。やや垂れ下がり気味な眦の影響かやや幸薄そうな印象を与えるが、素朴な美人である。だが、女性の口元には赤黒い痣が場違いにその存在を主張していた。

 

「失礼。何と言いますか……よからぬ気配を感じたものですから。もしかして、何かお困り事でしたか?」

「…その……はい。実は……大した事……でもないのかもしれませんが……最近、夫が———」

 

「ルチル!まだ体調が悪いのに、出歩いちゃダメじゃないか!」

 

 女性の声を遮って、今度は男が1人森の奥から進み出て来た。ジェラルド程ではないにせよ、背が高くて肩幅が広い若い男だ。目の前の女性と同じ様な粗製の衣服に麦わら帽子を被っている様は、ここら一帯に住んでいる農民なのだろうが……ジェラルドにはその顔に覚えがあった。

 

「…お前は……セイラン・レオンハウルか?」

「ジェラルドさん……ですか?何故、こんな所に……?」

「まぁ、ここは俺の家だからなんだが……お前こそ何故ここにいる?レオンハウル家はヴァイツ領だろう?」

 

 目の前の男、セイラン・レオンハウルはジェラルドが通っていた皇立学院の後輩だった。レオンハウルというのは第2サテライトに多くの農地を持つ貴族家だった筈だ。セイランは確か長男だったからそこの領地を継いでいるのだと思っていたが……ハンチングキャップに吊りズボンを履いた今の彼はどう見ても、一般階級の農夫といった具合だ。「いや、その……まぁ、色々あったんですよ……」とセイランが自嘲気味に笑った。

 

「今は家を出て、すぐそこの土地で妻と暮らしています。ルチル、彼はジェラルド・ルシアータ様。僕の先輩で、当代の神聖騎士のお1人であられる方だ」

「…そう、だったんですね……。失礼致しました。ルチル・レオンハウルと申します……」

 スカートの裾を軽く摘まんで、ルチルがお辞儀をする。その所作は意外と様になっていて、それなりに育ちがいいのではないかと思わせた。しかし、言葉の端々からどうにも自信のなさというか……どこか自我の薄さを感じさせた。ジェラルドも決して専門ではないが、こうした人は大抵何かを押し隠している傾向にあるものだ。

 

「そうですか。…ところでルチル殿?先ほど何かを申し上げようとしていませんでしたか?確か——?」

「…い、いえ……その……」

「ハハ……妻は少し体が弱いもので……もう家に連れて帰りますよ。ではジェラルドさん、またいずれ。大したおもてなしは出来ないと思いますが……」

 

 セイランがルチルの手を軽く握り、少しふらつく彼女を支える様に歩き去って行く。その様は病弱な妻を支える夫のそれだと言えるが……やはり何かが引っ掛かった。

 頬に浮かんでいた痣……あれは人間によって作られたものだ。それに彼女は確かに、セイランが来る前に「夫が——」と口走ろうとした。去り際に一瞬こちらを振り向いた表情といい、考えられるとしたら……。

 

「はぁ……こういう事に首を突っ込むのもどうかと思うんだが……」

 パラディンがやたらと民間の揉め事に介入する訳にもいかない気がするが、見過ごす訳にもいくまい。2人の姿が見えなくなると、地面に残る足跡を頼りに追跡を開始……しかけた瞬間、ジェラルドの足元にいくつもの火柱が舞い上がった。

 

「なにっ……⁈」

「少しは警戒した方がいいんじゃないの、地のパラディンさん?」

 

 挑発する様な声を発したのは、黒い衣服に身を包んだ金髪の少女。そして、その隣には背の高い男とも女ともつかない青年。間違いなくあの仮面ライダーネメシスと彼に付き従う少女だった。

 

「生憎、恨まれる覚えはあちこちに売ってるんでね。そんな事を気にしてたら、俺は詰め所から一歩も出られなくなっちまう」

「そうかい。力を大人しく譲り渡してくれれば、そんな気苦労からも解放されると思うけどなァ」

「誰がっ!」

 腰の錬結炉から斧槍ディアレストベルを錬成し、飛び掛かって来るジェラルドを無感動に笑いながら、ネメシスも腰にスペリオルドライバーを巻き付ける。

 

〈Take……Dark Rune……!〉

「変身」

〈I am Nemesis.〉

 

 仮面ライダーネメシスが顕現し、迫りくる斧槍の一撃をネメシスサイザースで受け止める。その膂力は恐るべきものだが、騎士団内でも屈指の力自慢であるジェラルドも決して負けてはいない。一瞬の均衡状態から直ぐに力を込め、ずり下がったサイザースに思いきり蹴りを撃ち込む。今まで攻撃を受けた事のないネメシスが初めてのけ反る形となった。

 

「フン。攻撃を無効化できるのは、体だけらしいな」

「それがどうした?その程度を見破ったくらいで!」

 ネメシスの胴部に斧槍が直撃しそうになるが、瞬間ネメシスの体がユラリとぶれ、攻撃を躱す。

 

 この仮面ライダーはどうやら肉体を実体と非実体にに任意に切り替える事が可能の様だ。ならば……と、後ろに跳躍したジェラルドが左の手甲から数発の弾丸を発射した。弾丸はネメシスに直撃する前に起爆し、周囲にキラキラと輝く粉塵を撒き散らした。

 粉砕したパワーストーンを周囲一帯に撒き散らす、結界爆弾『火室』である。ゴーストなど実体を持たないデブリスとの戦闘で用いられるこの爆弾はパワーストーンの作用によって体の透過能力を封じる事が出来る。ネメシスの能力がゴーストと同じ原理の物であるなら、これで封じられる筈なのだが……。

 

 ディアレストベルが地面を抉り飛ばし、飛散した土砂がネメシスへと殺到する。ジェラルドの錬真力の作用を受けて1つ1つが杭状へと精錬された土塊がネメシスへと突き刺さるが……。

 

「無駄だよ」

「…………っ⁈」

 ブワリと噴煙を突き破って仮面ライダーネメシスが飛び出してきた。その体は傷1つ負っていない。やはりダメか……と、ジェラルドが歯噛みした。仮面ライダーネメシスの透過能力はゴースト系とは仕組みが根本的に違う様だ。咄嗟に足元から放った錬真力で、周囲の地面を一斉に隆起させる。岩塊に阻まれたネメシスがその動きを止めた。

 

 だが、今度はその隙間を縫う様にして、彼に付き従っていた少女がジェラルドの前に降り立った。少女の両手の手甲にはいつの間にか鋭利な爪が展開していた。

 

「『ベルティドイェーガー』……お前さん、それをどこで———⁉」

「知ってどうするのよ!今更っ!」

 

 まるでネコ科の猛獣の様な、しなやかな動きでジェラルドに猛攻をかける少女。見た目は華奢だが、戦闘技能は十二分に高い。しっかりとした訓練を受けていると思わせたが、それでも数々の実践をくぐり抜けたジェラルドには数歩及ばない。彼女1人なら無力化する事も容易なのだが……如何せん、ネメシスの存在がそれを許してはくれない。黒い靄を纏ったネメシスサイザースと爪のラッシュが徐々にジェラルドを追い詰めていった。

 

 ジェラルドが体に気合を込めると、両腕が石の様に硬化し、2人の刃を弾き返した。土のパラディンの特殊技能『塊壁』。展開した部位が石の様に硬質化し、あらゆる攻撃を防ぐ盾となる。刃を弾かれた少女がチッと舌打ちを漏らした。ジェラルドを睨み付ける彼女の目には、気圧される程の怒気が滲んでいた。

 

「往生際の悪い……!いいから力を明け渡しなさいっての‼」

「まったく、嫌われたモンだなっ……!お前さんみたいな美人に恨まれた覚えは正直ないんだが……謂れを説明しちゃくれないのかい?」

「お目出たいわね!救世主気どりの偽善者が……その力の意味を知りもしないでっ‼」

 

 少女が着ているベビードール状の薄衣、その裾部分がフワリと浮き上がると、瞬間その形状が螺旋形の槍へと変化した。ウェイビングローブ。錬真力の作用を受けて形状・硬度を変化させ、武器や防具にも転用可能な錬真装備。だが、あれは神聖教会がパラディン用に開発した装備の1つであり、一般には出回っていない筈だ。実力といい、この少女の素性が気になるところではあったが……今は両者の猛攻を捌くので精一杯だ。

 

「どいつもこいつも……!分かって欲しけりゃ、少しは説明しろってんだっ……!」

「残念ながら、無駄な事はキライなんだ。君らと違ってね」

 

 ハァ、とネメシスが仮面の奥で呆れた様に、または嘲笑う様に息を吐く。どれだけ追い詰められようともパラディン達は自らの使命とやらに固執して、力を明け渡す事はしないだろう。だが、どうせ悪魔達が目覚めた以上、この世界も長くは保つまい。ならばどこで命を落とそうと同じだ。そう断じると、ネメシスサイザースの刃を展開させ、内部の銃口から衝撃球を数発発射した。殺傷力よりも破壊力に重点を置くショック・メテオロスは防御の為に顕現した岩塊をも貫いて、ジェラルドを数ハンズ後方まで吹き飛ばした。座り込む神聖騎士を無表情に睥睨しながら、ネメシスが槍の先端を突き付ける。

 

「さァ、これで……天罰の時———っ⁈」

 ストロボの様な閃光が薄暗い森の中で瞬くと転瞬、稲妻がネメシス達の周囲を焼き払った。そして4人の少女と2人の仮面ライダーがジェラルドを守る様に立ちはだかった。

 

「多勢に無勢もこれで終わりだ、仮面ライダーネメシス。まだ戦り合おうってんなら構わないぜ。知ってる事を洗いざらい吐かせるまで、存分に相手してやる」

「…チッ……」

 ネメシスが苛立たし気に背後のステファニーを一瞥する。先程の稲光にやられたのか、脇腹に裂傷が走っていた。このまま戦いを継続できない事もないが……彼女を庇いながらとなると、確かに厳しい。

 

「…まァ、いいだろう。“ジャッジメント・デイ”まで、まだ時間はあるだろうし……」

「“ジャッジメント・デイ”……裁きの日?」

「随分と余裕じゃねぇか。それとも、ソイツは負け惜しみって奴か?」

「その手には乗らないよ。どの道、君らの運命は変わらない。その前に、必ず僕が裁きを下してやるよ」

〈1 Knock Turn……. Nemesis Trial……!〉

 ベルトのハンドルを押し込むと、ネメシスの姿が徐々に消え去り、その場から完全に姿を消した。不意の襲撃を見越して暫く身構えていたが……どうやら本当に撤退した様だった。ふぅ、とため息を漏らすと、レイトとハイルが人間の姿へと戻った。

 

「ったく、何がしたいんだアイツは?」

「ジェラルドさん、大丈夫ですか?」

「おう、助かったよ。奴が何者で何を企んでるのかはサッパリだが……あの少女は手掛かりになるかもな……」

 ジェラルドは手帳を取り出すと、サラサラと何かを描きだしていく。それはネメシスに付き従っているあの少女の似顔絵だった。

 

「オリヴィエ、これを教会の聖任官とホルガーの奴に渡してくれ。アイツなら何か心当たりがあるかもしらん」

「分かった。お前たちもなるべく早く戻れよ。またいつ襲撃が起こるか……」

 似顔絵を受け取って去って行くオリヴィエを見送ると、「さて……」とジェラルドがその反対方向へと歩き出した。レイト達が怪訝な顔でその後を追った。

 

「ジェラルドさん、戻らないんですか?」

「ちょっと気になる事があってな。さっきそこで昔の知り合いとその妻だという女性に出会ったんだが……彼女の頬に殴られた様な痣が出来てたのが……」

「…ドメスティックバイオレンス?」

「やっぱそう思うよな……。あんまりそう思いたくもないが……。そんであとを尾けようとしたら、アイツらに邪魔されたって訳だ」

 

 国家の最高位騎士が関わるべき事ではないだろうが……セイランは友人だった男だ。古くからの貴族家であろうと、家族や家人をみだりに傷付けていいという法はない。もし道を踏み外しかけているなら、止めてやるのがせめて友人の務め……と決めて、周囲を見渡す。流石にもう2人の姿は見えないが、日々怪物の追跡を生業とするパラディンにとって、痕跡を発見する事はそう難しい事ではない。比較的新しい足跡を辿っていく内に、地面にキラリと光るものを発見した。

 

 それは星を象った髪飾りだった。形状は少し細部が歪んでいて、恐らく手作りの品なのではないかと思わせた。そう言えば、先ほどの女性の前髪に同じものが留まっていたのを思い出す。どうやらこの先で間違いないらしい、と判断して再び歩き出そうとした矢先、「…ウソ……それって……!」と叫んだマヤが髪飾りをヒョイと取り上げてしまった。

 

「…やっぱりだ……。なんでこれがここに……?」

「なんだマヤ君。それを知ってるのか?」

 ジェラルドの問いにマヤがしっかりと頷いた。

 

「…これ、あたしとレイトが昔に作ったものだよ。レイトのお姉さんにプレゼントしたもので……。…ジェラルドさん。その女性、もしかしてルチルって呼ばれてなかった?」

 

 




文字数の配分が難しい……。言い訳ですが、かなり急いで書き上げた話でもあるので、少し展開に唐突感があるかもです。連載も進んでくると、なかなかネタが切れてきて大変なのです。

なるべく休まずに更新していけるようにします。
それではこの辺で。

そろそろあとがきのネタもなくなって来てる。
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