あと、今回少し胸糞悪い描写がるかもしれません。最近こんなのばっかりですね。いい加減ホラー映画の見過ぎ。
◇◇◇◇◇
ガサガサと慌てた様な足取りのセイランは、まるで何かに追い立てられている様だった。私の手を掴む力も万力の様に強くて、思わず手を振り払いそうになる程に鬼気迫る雰囲気が漂っている。
でも、そんな事は出来ない。そんな事をすればもっと酷い事になるのは目に見えている……と言うのもあるが、何よりこんな状態の彼を放っておいてはいけないという気もしていた。例え、近頃あんな事を繰り返されていたとしても……と、私は変わらずどこか緞帳の向こうでボンヤリと考えていた。
やがて家へと帰り着く。ヴァイツの彼の実家から越してきて、そろそろ1年になろうと言うのに、相変わらず周囲の土地や庭は荒れたままだ。それが何だか叶わなかった夢の残滓の様に思えて、私はちょっと切なくなった。ドアを蹴破る様に家の中に踏み込むと、夫は私を床へと突き飛ばした。倒れ込んだ私を睥睨しながら、セイランが戦慄く声で問う。
「…なんで勝手に外に出た……?…僕をっ……僕を訴える気だったのか……?」
「…違うわ……。私はただ……あなたが苦しんでるみたいだったから———」
「嘘を吐くなっ‼」
セイランが私の頬に平手を打ち下ろしてきた。床に崩れ落ちた私にそのまま馬乗りになり、何度も何度も平手打ちの嵐が見舞われていく。
「僕をっ……貶めようとするなんてっ……!このっ……恩知らずがっ!大体っ……!誰の所為でこんな事になったと思ってるんだっ……!」
殴打の音と私の悲鳴に混じって、セイランの言葉が呪詛みたいに私に注がれる。目を瞑っているから分からないけど、きっと表情にも怨嗟の色が浮かんでいるのだろう。痛みと恐怖にジッと耐えながら、これは罰なんだろうか?と、私は考えていた。彼の人生を狂わせてしまった事への……。
もう4年も前になるのだろうか。私が暮らしていた故郷で、突如として民衆達の蜂起が起こった。「領主が食糧を隠している」などという根も葉もない流言を撒き散らして、私の家——領主だったドメニカ家に攻め入ったのだった。
破壊に略奪。民衆達の蛮行は次第にエスカレートしていき、遂には両親がその手にかけられ……。ショックの為か、そこから先の事は途切れ途切れにしか覚えていない。別々の人買いにそれぞれ買われ、泣き叫ぶ5つ年下の弟を見送った時から、心に緞帳の様な幕が下りて、考える事や感じる事の一部がシャットアウトされた様に動かなくなる時があるのだ。その時に振りかかった、もしくはこれから降りかかる悲劇から己を守る為に、心にかけられたプロテクトだったのだろうと思える。
人買いに買われて、私はそのままアネスタ皇国まで連れて来られた。自分がこの先、どの様な場所に売られていくのか……そんな話はとてもではないが恐ろしくて聞き出せなかった。だが、先行きに期待などしても無駄だという事は分かる。違法な人身売買が行われる場所など、どうせ碌な場所ではないに決まっている。良いとこ違法な労働力だが、自分の様な女や子どもが送られる場所など……。
もう涙は流れなかった。せめて弟——レイトだけでも無事でいてくれたら……。絶望と諦観の泥に心が沈みかけていた刹那、しかし光明がやって来た。人買いの拠点をアネスタ皇国の騎士団が制圧してくれたのだった。そして、その中に今の夫——セイランが混ざっていた事から、私の運命は動き出す事になった。
私以外にも助け出された多くの人達……みんなその騎士団やアネスタの人々が責任を持って落ち着き先を見つけてくれた。私もセイランからの誘いでレオンハウル家のメイドとして働く事になったのだ。
貴族家のメイドというのは、家にもよるだろうが基本的に目立たず出しゃばらず。無心で働き続けるのは時に辛い事もあったが、心を緞帳で包んでいる今の私には却って丁度良かった。そんなだから自分の働きぶりが際立って良かったのかは正直分からないのだが……働き始めてから2年半ほどが経ったある日、いきなり家の長男であるセイランから求婚を受けたのだった。これには流石に長年休止状態にあった心がでんぐり返りそうになった。
困った事になったな……と言うのが、正直な感想だった。だって、私と彼とでは生まれとか身分が違い過ぎる。一応これでも領主家の娘ではあったのだが、アネスタに代々続くレオンハウル家と比べ物になる筈がない。生まれ持っての階級差というものが厳然と存在するこの社会において、身分を超えた結びつきなんて物語の中くらいでしか存在しないとずっと思っていた。
レオンハウル家に仕えて、この長男とは何度も言葉を交わした事があったから、彼の人柄はそれなりに知っている。学院時代は騎士になろうとしていたらしいが、結局剣を振り回すのは性格的に向いてなかったらしい。普段はいないものとして扱われる使用人達にも平等に接するフェアで優しい人だ。…だけど、正直この人は何かを勘違いしているのではないのかな?と私は訝ってしまった。
とは言っても、この場合はどう答えるのが正解なのだろうか?「出来ません」と断るのが普通だと思うが、最悪の場合、この家にいられなくなってしまう。だが受けたとしても大きなリスクが付き纏う事は容易に想像できた。
「…もしかして、身分が違うとかそんな事を気にしてる?」
「……そういう、訳じゃ…………」
そうなんだろうか?うまく答えられない。と言うより、考えが纏まらなくて何も決められない。あの惨劇以来、心は無意識のうちに外界からの刺激に反応するのを避けている様な……。
…否、きっとそういう訳でもない。嬉しい事や楽しい事に出会って気持ちが弾む度に、錐みたいな罪悪感が何度も心に突き刺さってくる。だって、父と母はもうそんな事を感じられないのに。連れ去られてしまった弟は……レイトが今どうなっているのか分からないと言うのに。
——私なんかが、幸せになっていい筈がない……。
顔を伏せる私に、しかしセイランは私の手を握って、「そんな事は関係ない!」と叫んでいた。
君を助け、この家に置いた時から、自分が一体どれだけ君に焦がれていた事か。身分差など関係ない。僕のこれからの人生に君がいないなどもう考えられない、と……。そんな歯の浮く様な言葉の数々を、アネスタ人らしい情熱で精一杯ぶつけてくる彼の姿に、長年休止状態にあった心が錆びつきながらも少しずつ回り始めたのを感じた。
嬉しくなかったのか……当時は解らなかったけど、今ならば言える。嬉しかったに決まっている。彼の考えはやや的が外れてはいたが、それでも真正面から私に見合わないと思えるくらいの愛を語ってくれた。それが「幸せになっていいんだ」と示してくれたみたいで、最終的に私は彼の求婚を受け入れた。その先に待ち受けていた試練をまだ知りもしなかったけど、心に降りて来た愛と言う名の僅かなスポットライト。それだけが、あの時の私たちの全てだった……。
どれくらいの時間が経っただろうか?気付くと、殴打の嵐が止んでいた。薄らと目を開けると、そこには混乱と恐怖に顔を引き攣らせるセイランの姿があった。先刻までの血走った目線はもう消えて、眦には薄らと涙が浮かんでいる。それだけで私は、あぁ……戻ったんだ……と、安堵の息を吐いた。
「…そんなっ……また僕はこんなっ……!…すまないルチル……本当に、すまないっ……」
「セイラン、私は……大丈夫……。だから……落ち着いて———」
「そんな訳に行くか!君にっ……あんな事をするなんて……!僕は……僕は、一体どうして、こんな事に……」
まるで子どもの様に体を丸めて泣き咽ぶセイラン。最近はずっとこうだ。調子がいい時には酷く疑心暗鬼になり、私に暴力を振るう。そして、それが治まると今度は自分の行いを酷く後悔する。まるで、かつての優しさと強さを兼ね備えていた彼が2つに分かたれてしまった様だった。その姿は世にも情けなくあるが、責める気にもなれない。こういうのを共依存と言うんだっけ?良くないなぁ……けれど……。そう思った刹那、扉をコツコツと叩く音がした。
「セイラン、俺だ。ここにいるんだよな?ちょっと聞きたい事があるんだが———」
先程のパラディンの声だった。聞いた瞬間、夫の体がビクリと跳ねあがり、恐怖に満ちた目で扉を見つめた。
「…ジェラルド、さん……なんで……?…聞かれた……。バレたんだっ……!」
「?セイラン、今なにか言ったのは君か?バレたってのは何の事だ?」
扉を叩く音が俄かに強まる。声には心配する様な色が強く感じられるが、恐慌状態になったセイランには届かない様だった。
「バレたバレたバレたもう終わりなんだ終わりだ終わり終わりオワリオワリオワ———」
「セイラン、落ち着いてっ!まだそんな———!」
「ウルサァァァァァッッッッイッッッ‼ウガアァァァァァァァァァァァァァッッッッ‼」
突如としてセイランが獣の様な雄叫びを上げた。縦にも横にも張り裂けそうな程に開かれた口腔から次の瞬間、黒い粘液上の物質が迸り、部屋中へと撒き散らされた。むせ返る程の臭気——硫黄の様な臭いと共に、粘液が次第に人……否、黒い骸骨の様な怪物へと変質した。
「顕現完了ッッ!全てブち殺してヤるぅっっ‼」
「…………………っっっっ⁈」
宣告と共に、怪物の眼窩が私をギラリと睨み据える。温度感のないその声も、禍々しいその姿も夫のものである筈がない……のに、私には何だか彼の怒りや恨みが顕現したかの様に感じられた。振り上げられた怪物の爪、蹴り破られるドアを視界の端に捉えながら、私の心はまたゆっくりと緞帳に包まれていった……。
◇◇◇◇◇
聞き覚えのある咆哮と女性の悲鳴。踏み込む理由としては十分だった。ジェラルドが蹴り上げると、粗末な造りの扉は簡単に破られ、直ぐに女性に覆い被さろうとしていた怪物と目が合った。
「リコン!またコイツかっ‼」
「神聖騎士かッ……クソうぜェッッ‼先ずはテメェらからだッっ!」
怪物——リコンデブリスが向き直ると、こちらに向けて疾駆してきた。ジェラルドが使うディアレストベルは長柄な為、屋内戦は不向きだ。向かってきてくれるなら都合がいい。庭先まで跳び退ると、レイトとハイルも腰にベルトを当てて怪物を取り囲む。
「「変身‼」」
〈ミスリックレンジャー‼〉
〈ソーディア、ライトブレード‼〉
2人の仮面ライダーとジェラルドの武器がリコンの体に吸い込まれていく……が、悪魔は四肢を巧みに操り、全ての攻撃を弾き飛ばしてみせた。リコンの両腕が淡く輝き、次の瞬間には肘の辺りから更に長大な刃が現出していた。置かれている状況を分析し、最適な戦闘スタイルを導き出した様だ。
「なんだよ、前回の奴と随分キャラが違うじゃないか!」
「悪魔にも人間みたいなパーソナリティがあるって言いますけど……!」
家の中に視線を向けると、若い女性のすぐ傍に抜け殻の様になった男の残骸が転がっている。やはり悪魔は悪魔だ。人間の命を犠牲にして生まれてくる、人間とは全く異なるロジックを持つ怪物。惑わされなどしない、戦るだけだと決めて、地面を蹴立ててリコンへと飛び掛かる。
その隙にアイリス達が女性へと近づく。頬を赤く腫れ上がらせ、どこか虚ろな目でディライト達の戦いを見つめる女性の顔を見つめると、マヤが「やっぱり……!」と呟いた。
「やっぱりルチルさんだ……!大丈夫?どこか怪我してない?あたしの事、分かる?」
「………………」
女性——レイトの姉だったルチル・ドメニカは、しかしマヤの問いには答えず、ただ一心に仮面ライダー達とリコンの戦いを見つめている……否、きっと何も見えていない。陶器人形の様に固まってしまっているその顔は、まるで魂を手放してしまったかの様だ。
「…仕方ないわね。リコンの現出を目の前で目撃したみたいだし……。とにかく、今はこの人を早く安全な場所に移さないと」
明らかに人間の手による頬の赤み以外は目立った外傷は見受けられないが、油断はできない。アイリスとゼオラが彼女を両側から抱え上げて立ち上がるが、放心しきった様な彼女はなかなか動いてくれない。まごついている彼女たちを目ざとく発見したリコンがその場から飛び上がり、上空からこちらを睥睨してきた。
「逃がサねェゾゴラァァァァッッッ‼テメェらノ末期の恐怖、オレらの王の復活に捧ゲテ貰うカラなぁぁっっ!」
リコンが両手の掌底部を突き出すと、そこに悍ましい金色の目が展開した。そこから放たれた黒色の稲妻が少女達に突き刺さりそうになる……その寸前に、「させるか!」と人影がその射線上に割り込んできた。
「レイト⁉」
ディライトがツインブレードモードに変形させたトランスラッシャーを旋回させ、少女たちを攻撃から庇う。盾と違って攻撃を完全にガードしきれるものではない為、ディライトの装甲のあちこちからスパークが上がるが、アイリス達を守る事には成功した。
「レイト、大丈夫⁈」
「…え……レイト……?」
更に、今まで放心状態だったルチルの目に僅かな生気が戻った。立ち上がり、尚も向かってくるリコンを迎撃するべく剣を構えながら、「話は後だよ!」とディライトが一喝する。
「後でちゃんと説明するから……!姉ちゃんは皆と先に逃げてて!」
「…え、えぇ……わかった……」
きっとまだ混乱しているだろうが、少なくとも僅かでも体に力が戻ってくれればいい。アイリス達に連れられ、その場を離れていくルチルが一瞬こちらを振り向くと……不思議と思い起こされる光景があった。
それは、玄関ドアを開けて、出ていった姉——日比野灯里の背中。
いつもだったら、「行ってらっしゃい」とちゃんと言えた筈なのに……些細な事で喧嘩をしてしまった為、その時ばかりは何も声をかけなかった。
少し心配そうに振り向いた姉の顔……それが、最後になるとも知らずに。
「二度と……失って堪るか……!」
強く呟き、再び放たれた稲妻を防ぎながら、リコンへとディライトが再び肉薄する。双刃刀の攻撃を悪魔は両腕の剣で受け止めるが、次の瞬間には上半身のブースターを全開にしたディライトがパワーでそれを強引に突破した。がら空きになった胴体を斬り払われ、のけ反ったリコンに更にジェラルドとソーディアが迫る。
〈テリフィング・マッスルストラッシュ‼〉
「「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ‼」」
グラムバスターとディアレストベルが振り下ろされ、リコンの両腕を肩口から斬り飛ばした。リコンが「グッ……⁉」と苦し気に呻くが、次の瞬間には背中の羽根を広げて、再び四方八方へと雷撃を照射した。
「クソがっっ……!覚えてやガレよっっ……!」
悪魔の全身から硫黄の臭気と共に煙が放たれる。「待て!」とディライトが銃撃を放つが、怪物は忽然と姿を消してしまった。言葉通り、ダメージを回復させる為に撤退したのだろう。
「クソッ、逃げやがったか!」
「仕方ないさ……。とにかく被害状況を把握して、女王陛下に報告しなければな」
地面に横たわる男……明らかにもう生者ではなくなってしまったセイラン・レオンハウルの目をそっと閉じ、ジェラルドが告げる。物悲しそうに「仇は取るからな」と呟いたのが、レイトにもしっかりと聞こえた。
◇◇◇◇◇
今日の半日だけで一体どれだけ感情を揺さぶられたか分からない。あまりに劇的すぎて、目が覚めてしまえば全て夢だったというオチだったとしても別に驚きはしない。いっそ、夢であった方がいい事もある。目の前で愛した人があんな怪物に変貌したなんて……。
でも、意識が戻った瞬間、視界の中にいたのは夫ではなくちょっと引くほど豪勢な天蓋付きベッドと少女が3人。3人ともかなり人目を引く程の美少女で、あの家から私を抱え上げて連れ出してくれた娘たちだと直ぐに気付いた。その内の1人——廊下に向かって「~~……目が覚めたよ!」と叫んでいる少女には、ハッキリと見覚えがあった。
「…マヤ、ちゃん……?」
「ルチルさん!良かったぁ……無事だったみたいで、ホントに……。どこか痛いトコない?記憶が混乱してるとかは?キットではデブリス毒なんかは特に検出されなかったけど———」
「マヤ、そんな一遍に訊いても混乱するから」
銀髪の少女に諭されてマヤちゃんが分かり易くシュンとなる。コロコロと気分や表情がよく動くのは、まさしく記憶の中にあるあのリンクスの少女だ。懐かしいかつての記憶を掘り返していると、今度は部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
少し長めの金髪と銀色の瞳、線の細い少し頼りなさそうな顔立ちは自分とよく似ている。昔から生き写しだとよく揶揄われた、とても懐かしい顔。
「…姉ちゃん……」
「…レイト……なの?」
少年が少し自信なさげに微笑み、でもしっかり頷いた。
レイト。
4年前のあの事件以来、生き別れてしまった弟。
こうして再会できる光景は何度も頭の中を過ぎったけど、その度にそれが夢想でしかないと諦めている自分もいて。
記憶の中の小さい姿のままで止まっていた弟が、少し成長した姿で立っている。
その光景は現実感がなくて、嬉しい様で、それでもやっぱり心の奥に針みたいに刺さった罪悪感とやるせなさから、何を伝えていいのか分からなくなる。
でも、そんな気分を察した様に、傍に歩み寄って来たレイトが私の手を軽く握って、囁いた。
「…その……おかえり、姉ちゃん」
「……うん」
薄らと目尻を濡らしたレイトの虹彩の奥に、微かに私の姿が映っている。その時、私も初めて自分が泣いている事に気付いて、でもそんな事がただただ嬉しいと思えた。
前回はエクソシストでしたが、今回はアミティビル事件というアメリカで実際に起こったホラーハウス(正確にはそれをモデルにした映画)が原案になっています。やや胸糞の悪い描写はその所為ですね。ダークファンタジーは凄く好きなんですが、やはり書いててなんか悪心みたいなのが溜まって来る感じもあり(笑)……早く爽快感のある展開に戻りたい……と思いつつ。