仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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Saga0の第二章…ってややこしい!
序章も今回で一区切りです。


Saga0  開幕~グッバイデイズ~②

◇◇◇◇◇ 

 授業が終わると、日比野玲人は早々と家路についた。

 元より帰宅部の玲人が長く学校に留まる理由もない。普段であるなら図書室に立ち寄って本を物色したり、CD屋などで道草を食っていく事も多いのだが、この日はそんな気分にはなれなかった。

 汗を吸って僅かに湿り気を帯びた衣服類はさっさと洗濯籠に放り、私服に着替える。乾いた服の感触が肌に直接触れると僅かでも清涼感が増す。続いて健全な高校生男子として、帰ったらまず冷蔵庫を覗き込むのは欠かせない。何しろ男子高校生の胃袋なぞ、体液が酸でできたエイリアンもびっくりの消化能力なのだ。おまけに昼の騒動で碌に昼食も摂れていない。冷蔵庫の中にはパックに包まれた常備菜と湯煎するだけの魚の照り焼きが置かれている。適当に食べろという事だろう。ライフワークバランスが叫ばれて久しい今の世の中であっても、玲人の両親は結構なワーカーホリックだ。夜遅く帰ってくる事も決して稀ではない。確か貰い物のどら焼きが残っていた筈。冷蔵庫内を適当に物色しながら、お目当てのどら焼きを見つけ出し、玲人は2階の自室へと上がっていった。

 

 高校生男子の自室など乱雑の極致のようなものだと言われるが、玲人の自室はそうでもない。生まれついての特撮オタクである玲人の部屋はもはや鉄板のライダーベルトの玩具や本、DVD等が結構な数で揃っているが、玲人はそれらをきちんと所定の場所にしまい、散らかす様な事はしないタイプだ。輝かしい受賞トロフィーの様に居並ぶコレクション類が整然と並ぶこの部屋は玲人にとって最も落ち着ける場所の1つだ。いつもならば見かけていたDVDでもそのまま再生するところだが、今日はそんな気は起きてこない。最も気分が落ち着く部屋に辿り着き、そのままベッドに倒れ込む様に寝そべっても、思い起こされるのは昼間に聞いた努の言葉だ。

 

 幼馴染の明日未に想いを伝えたいと言っていた努。もう告白はしたのだろうか。いや、今日するとは言っていなかったか。だが今日は部活も休みだった筈なので、早めにしてしまうのではないのだろうか。努はこういう時の行動が早い。

 そこまで考え、胸が潰れる様な、腹部を押されて喉元まで何かがせり上がって来る様な不快感に身を捩りたくなる。ここまで来ると最早今まで向き合おうとして来なかった自身の感情を認めなければいけないのかもしれない。

 

 幼馴染の、櫻井明日未に、自分もまた、どうしようもなく焦がれていた事を。

 

 きっかけが何であったのか等は正直わからないと思う。それだけ彼女との間に積み重なった時間は長く普遍的なものだった。問題はただいつでもそこにあった彼女への想いを、特別なものと認められずに放置してきた自分の弱さだ。

 

 心地良かったのだ。どこまでも普遍的であり、決して特別な何かを含んでいた訳でなかったとしても、努と明日未の3人で過ごす時間が。

 いつまでも関係が続く訳などないとわかってもいた。どれほど長く関係を持っていようと、あの2人と自分とでは元より住んでいる世界が違う。現に努も明日未も自分の知らない人間関係を学校で築けているのだ。でも、だからこそ、出来得るだけ長く、あの関係を続けていたかった。壊してしまう位ならと自分で気持ちに蓋をする道を選んだのは、他ならぬ自分自身だ。そんな自分の怠惰を清算する瞬間がいよいよもってやって来たというだけ。全ての原因が自分自身の弱さと卑屈さに帰結するというのであれば、それで努を恨むなど筋違いもいいところではないか。

 

 わかっている。誰よりもわかっているつもりだ。それでも、やはりどうしようもなく辛いのだと心は訴える。

 オタクであるとか足が不自由であるとかそういう問題ではない。そんな言い訳をブレーキにして、ただ弱いままであり続けた自分が途方もなく情けなかった。

 

 「こんな事なら…気付かないままでいりゃ良かった…」

 誰に聞かせるでもなく、思わずそんな言葉が口をついて出る。

 

 何故歩き続けているのか、と頭の片隅から声が聞こえてくる。

 もう歩かなくてもいいのだろうか。もしもあの背中と並んで歩く事が叶わないならば、もう痛む足を引き摺って歩く様な事をしなくても———。

 電話が鳴り響いたのはそんな直後だった。ほぼ受け狙いで設定した某ジャングルライダーのOP曲のイントロ(ご丁寧に「アーマーゾーン!」の叫びまで入っている)。この着メロでかかってくるのは、あの2人しかいない筈なのに———。

 案の定、携帯の画面には『明日未』と書かれていた。出ようかは迷ったが、結局好奇心が勝った。通話口に「もしもし?」と吹き込む間もなく、『あ、玲人⁉』と元気な明日未の声が飛び込んでくる。胸の音はまだ強く脈打っているが、声だけは平静を保って尋ねる。

 「明日未?どうかしたの?」

 『えーと…その、さ………。あははは…うん!改めて言うと照れるな…』

 彼女にしては珍しくやけに歯切れ悪く、もごもごと話す。だが、声色は照れた様でも浮かれた様でもある。先を聞きたいのか、それとも聞きたくないのか定まらず、玲人はただ黙って先を促す。

 

 『…あのね…っ!さっき…私、努に告白された…。…で、私も…OKって答えたの…』

 分かっていた事だった。一瞬頭を殴られた様な衝撃が走った後、ただ急速に力が抜けた。安堵というのは違う。ただ構えて張り詰めていた精神が緩んだだけなのだろうが、それでも何かしら解放された気分だった。

 それが2人の行く道であるなら、元より自分が最早何も介在する事はできないし、する気力もない。ならば、せめて自分に出来るのはいつも通り振る舞い、2人を送り出す事ではないか。玲人はせめて声が震える無様だけは犯さない様に口を開く。

 

 「うん。おめでとー」

 『軽っ⁉もっと驚くとか他にリアクションないの⁉』

 「事前に努から聞いてたし」

 『えぇっ⁉じゃ、玲人知ってたの…⁉もうっ…照れて損したよ…』

 こちらの気も知らず、明日未の声は屈託がない。だが、こちらの気分がどうであれ明日未の話し方は心地良く耳に響いて、知らず知らずのうちに心が和らいでいる。彼女のコミュ力の高さの一端はこれだろう。

 

 「…ていうか、どうかした?わざわざ電話して惚気話聞かせにきたの?」

 そう尋ねる気になったのは、単純にここでそれだけを報告する為だけに彼女が電話をかけてくるには妙だと思ったからだ。電話の向こうで『え?ああ、違う違う。そうじゃなくってさ…』と明日未が慌てた様に答えた。

 

 『…私と努、今街の方まで出てきてるんだけどさ…玲人も出てこない?』

 思わず、はい?と疑問符が飛び出そうになる。

 「出てこいって…これから2人でデートするとかじゃないの?俺がいったってただのお邪魔虫じゃん…」

 『もう…!そういう事じゃないの!』

 思わず、といった風の大声が送話口の向こうから聞こえてくる。声量よりもその必死さには玲人は面食らった。

 

 『…だって…今日ってあんたの誕生日じゃん…』

 

 思いがけない言葉。玲人はカレンダーに目を転じる。今日は6月29日。確かに玲人が生まれた日だった。

 「ホントだ…。すっかり忘れてた…」

 『呆れた…。やっぱり忘れてたんだ。玲人って昔からそうだよね。他人には気を使いすぎるのに、自分の事はホントに無頓着なんだから』

 「そうかな…?」

 『そうだよ!』

 明日未がまた憤然と言う。そこまで必死な彼女に戸惑いつつも、どこか可笑しさも感じる。

 

 『昔はさ、よく誕生日3人でお祝いし合ったよね?誕生日会って程大袈裟でもないけど、皆でプレゼントとかお菓子持ち寄って…。…いつの間にか、やらなくなっちゃたけど…』

 「うん…」

 『…それはね、しょうがないって思うの。もう子どもじゃないし、関係は変わっていくものだってちゃんと分かってるから…。現に…私は、いつの間にか努の事好きになってた…。…でも、それでも3人の関係を終わらせたいわけじゃないっていうか…』

 明日未の声は照れた様でも、どこか哀切を含んでいる様でもあった。

 『玲人が…あの事故以来、私たちの事避けてるってなんとなく分かってる…。好きな事続けられなく気持ちって、私にはちゃんと分からないから…何言ってあげればいいのかも正直分からない…。だから、今から言う事は完全に私のワガママ。それでもいいなら聞いて?』

 明日未は一拍置き、

 

 『私は、ずっと3人の関係が続いて欲しい!努がいるなら、玲人にもそこにいて欲しいって思う!…っだから、お願い…。これからも、一緒に歩いて欲しい…!』

 

 と言い放った。

 

 玲人は何も返せなかった。2人の間に壁を意識している事は上手く隠せているつもりだったのだが、本当に「つもり」だったらしい。その事が気恥ずかしくもあり、同時にそれでも明日未が、昔と何一つ変わらぬ気持ちで、自分を見ていた事が嬉しくもあった。

 だが、それでも素直に了承できない自分のが遥かに大きかった。やはりあの2人のこれからに自分が関わり続ける事が出来るのか、はたまた関わり続けてもいいものだろうか。明日未の気持ちがどうであれ、染みついた劣等感までは簡単に消してくれない。思わず「でも…」と送話口に吐き掛けると、『あぁ!もう面倒だな!』と男の声が返ってきた。

 

 『良いから早く来い。来るのがしんどいって言うならこっちから迎えに行ってやる。嫌だと言っても荷台に括り付けて、青春タンデム味わわせてやるからな』

 努の声だった。声変わりしたとしても、昔と変わらない、落ち着いていて、それでも有無を言わさない強い口調。突き放す様で、どこまでも友達想いの親友の声だった。

 

 玲人は不意に可笑しくなった。こみ上げてくる笑いも、懐かしさも、声の震えも隠さず、久しぶりに玲人は何の含みもなく、口を開いた。

 「お前はそれでいいのかよ?初デートなんだろ?」

 『いいも悪いもあるか。うちの女王様がこんなに頑迷に言い張ってる時、一度でもこちらの意見聞いたことあるか?』

 「…ない!!」

 玲人と努は声を上げて笑った。電話の向こうで『ちょっと!何か悪口言ってない⁉』と声を荒げる明日未を宥めつつ、今から行く事を伝え、玲人は電話を切った。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 ただしっかり声を上げて笑い、周りを見て歩く。

 それだけで、何故歩き続けているのか、と問いかける声はキレイに消えてくれるものなのだという事が分かった。明日未からは市役所前の公園の噴水に来る様に指定された。玲人達の街ではそこが定番の待ち合わせ場所になっている。そこに行くには玲人の家からはバスに乗る必要があるのだが、乗り遅れそうになったバスを止めてくれた人もいれば、バス内で席を譲ってくれた人もいた。

 世界と自分の間には確かにどうしようもない程の壁がある。だが、そんな壁など意に介さず、周りに目をやることで思いがけない善意や思いやりに出会う事もあるのだ。それだけ、ただそれだけの事で長らく肩身狭く感じていた世界が途端に愛おしく思えてくるのだから、何とも現金なものだと思う。

 

 バスを降り、直ぐには公園まで向かわず、木製の小物を扱うショップに入って、お揃いの写真立てを2つ買った。今日は玲人の誕生日であり、本来主賓に当たるのだろうが、やはりそれでは2人に甘え過ぎな気がする。2人が付き合い始めた記念日でもあるのだ。プレゼント位渡すべきだろう。

 公園は案の定待ち合わせの人混みでごったがえしている。先ずは長身瘦躯の努を探そうと思い首を巡らすと、噴水の近くに立ち、明日未と談笑している姿を見つけた。相変わらず2人で並んでいる姿は異様に絵になる。だが、玲人にとっては他の誰よりも見慣れた幼馴染の姿だ。どうしてすっかり忘れていたのかな、と自嘲し、玲人は2人に声をかけようと手を上げかけた。

 

 刹那。

 玲人の視界の端に何か異様なものが捉えられた。

 

 玲人より少し前に立つその姿は、玲人と同じく2人の少年少女を見据えている様だった。厚めの肉に包まれた小さな眼玉は、憎悪の色を帯びていやに炯々としていた。

 

 八田鳥。その姿を捉え、玲人の全身が総毛立つ。

 

 「おまえらぁぁぁっっっ‼」

 かつて明日未をつけ回していたストーカー男は、怒気を漲らせた声で叫び、ズボンから黒銀色に輝くものを抜き放った。

 アウトドア用の大型ナイフだった。それを腰だめに構え、肉厚の体を揺らしながら八田鳥が2人に突進していった。

 

 「努!明日未を連れて逃げろ‼」

 

 玲人は声の限り叫んだが、異様な気配を察した周囲の人混みから次々に悲鳴が上がり、2人には届いた気配はない。八田鳥の姿を捉えたであろう明日未の顔が見る見る恐怖へと歪んでいく。玲人は脇目も降らず、飛び出した。

 

 神経が途切れた足は思う様に動かず、絶えず痛みを訴えてくる。だが、それでも玲人は懸命に足を動かし続ける。杖を取り落とし、肺腑が軋む様な悲鳴を上げようとも、前に進み続ける事をやめなかった。

 

 八田鳥の前に明日未を守る様に努が立ちはだかったが、手に握られたナイフに動揺しているのか、昼間ほど動きに精彩がない。何より、異様なほどの勢いの八田鳥は、努に全く怯む気配も見せずに腕を遮二無二動かし、目の前の努を押し退けようとしている。やがて、競り負ける様に努が倒れ込むのが見えた。明日未の前に到達した八田鳥は明日未の前に仁王立ちになると、勝ち誇る様に手の中のナイフを弄ぶ。明日未は恐怖からか腰が抜けた様に座り込み、ただ懇願する様に顔を振る。だが、八田鳥は更に愉悦に顔を歪ませ、明日未に向けてナイフの切っ先を奔らせた。

 

 手の届く距離で誰よりも大切な少女の命が蹂躙されようとしている。そんな事を許す訳にはいかない。ナイフが止めようもない程に勢いを増すのを見、玲人は躊躇いなく明日未の前に飛び出した。

 

 ズブリ、と。肉を断ち切る暴力的な音が、胸の辺りから体中を駆け巡る様に広がっていく。「玲人…‼」と少女の叫びがどこか遠くに聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 櫻井明日未への異様な妄執に取り憑かれた八田鳥は、しかし彼女を庇った玲人を刺した瞬間に正気へと返っていた。だが、恐怖のあまりナイフを引き抜いてしまったのが、玲人にとって致命的だった。傷口から勢いよく流れだした血が、玲人の命を刻々と奪っていった。

 

 その瞳を薄らと開けつつも、日比野玲人の五感は、何一つ正常な感覚を捉えていなかった。ただ分かるのは、自分というモノを規定する何か、その根源の様なものが断たれてしまったのだろうという事。

 

 明日未はどうなったのだろうか?努は?

 

 薄れゆく意識の中で、せめてそれだけでも確かめようと消えゆく感覚を研ぎ澄ませる。すると、顔に何か人肌の様な水滴が落ちてくるのを感じた。

 

 「…玲人…!…ダメェ…っ!しっかりし……っ!嫌だよ…こんなのっ…、…れいとぉ…」

 

 途切れ途切れに、涙交じりの声が聞こえる。大切なものを取り戻そうと懇願する様に、明日未が自分に覆い被さっているのが分かった。彼女の顔は今までで見た事がない程に涙で濡れていた。

 

 瞬間、玲人はきっと自分が何かを間違ったのだと悟った。

 

 違う。違うんだ。君にそんな顔をして欲しかったわけじゃない。俺はただ…。

 

 君に笑顔でいて欲しかったんだ…。

 

 二度と届かぬ想いと後悔を抱えたまま。

 

 日比野玲人の意識は常闇の底へと沈んでいった。

 




…というわけで、序章その2でした。
ある意味、この経験が主人公にとってのオリジンとなりますので、なかなかに重要なパートになるかな、と思います。そりゃ、長々書くのもむべなるかな…ってくらいに(言い訳)。

さて、次回はいよいよ異世界です。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではまた次回。
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