◇◇◇◇◇
何とも妙な気分だな、と思えた。あの日に森で目覚める以前の記憶——正確には、現代で死にこの世界に転生してからの記憶——が今のレイト・ドメニカにはないのだ。だから目の前の女性が姉だと言われてもイマイチ実感しにくいのだが……言葉では説明しにくいが、どこか記憶の淵が懐かしさの様な感情を訴えてくるのもまた事実だった。
だが、妙な気分なのは向こうも同様だろう。向こうから見れば生き別れになったと思っていた弟が今や伝説の勇者の力を継承し、デブリスと戦っているなどと知れば無理もない。過去の記憶が曖昧になっている事も含めて相当に戸惑った様だが、マヤがあれこれとフォローしてくれたお陰で、強張っていた表情も少しずつ解れていくのが分かった。
そして今度はルチルの方から、今に至るまでの経緯を詳しく説明してくれた。
「…セイランは身分差なんて関係ないって言ってくれたけど……当然、彼のご家族がそう考えてくれる訳ではなかったわ。たかがメイド、しかも人買いに売られた元ストラドなんか論外だって反対されて……」
「なにそれヒドッ‼」
マヤは憤然とするが、実のところよく聞く話ではある。アネスタではシドニアに比べて身分差というものへの認識が改められつつあるが、それでも生まれ持った序列が消える訳ではない。殊に家同士の結び付きや継承に関わる婚姻では尚更だ。
「…それでもね、セイランは諦めなかったわ。ならば、もうレオンハウルとは縁を切るって言って、そのままあの家に飛び込んだのがちょうど1年前……あそこで農業を始めて、2人で生きていくつもりだったんだけど……」
「うまく……いかなかったんだよね?あの様子だと……」
少し不躾かと思ったが、農業に詳しくないレイトでもあの家の惨状がよく分かる。荒れ果てた土地に崩れ落ちた家畜小屋、それらは決して2人の生活が順風満帆でなかった事をハッキリと物語っていた。ルチルが辛そうに頷いた。
「2人で色々試してみたんだけど、やっぱり何をやっても成功しなくて……。お金も少しずつ無くなっていくと、次第にセイランが人が変わったみたいに怒りっぽくなっていって……」
ルチルは言葉を濁すが、その程度では済まなかったのだろう。彼女の両頬にはまだ赤い痣が痛々しく存在を主張していた。
「…無理もないわよね……。私は子どもを作る事も出来なくて……彼が家を出なければいけなかったのも、全部私の所為なんだもの……。恨まれたって……仕方ないと思う……」
「姉ちゃん、それは違うよ」
自嘲する様なルチルの言葉を、レイトがはっきりと遮った。
「セイランさんはデモニッククラスタ……つまり、悪魔系統のデブリスに憑りつかれてたんだ。人が変わったみたいだって言ったよね?きっとそうなった時から既に……」
「…本当に?…セイランは……私の事を恨んでたんじゃないの……?」
「うん、きっと。恐怖を煽って、人を絶望させる……それが悪魔達のやり口なんだよ。だから……姉ちゃんは自分を責めちゃダメだ」
「…そう……そっか……。セイラン……」
正確には悪魔は人の心に巣食い、記憶や感情を利用する。彼の中に僅かでも憎悪がなかったとは言い切れないかもしれないが……そんな事を今は言っても仕方がない。当の本人、セイラン・レオンハウルはもうこの世にいないのだから。すすり泣く姉を見ながら、レイトの中で悪魔達への怒りがまた一段と強くなった。
直後、「入りますよ!」の一声と共に、女性が1人部屋へと雪崩れ込んできた。
「クリス⁉」
「えっ……?女王陛下……?」
なんと、この国の元首であるクリスティン・ビバリー・アネスタその人であった。確かにハイル達に会いたいと言ってシットラス邸に来ていた筈なのだが……急いで駆けつけて来たのか、細い肩で荒く息をしている。
「一国の女王様が走って来ないで下さいよ……」
「私の国で私がどう振る舞おうと自由です。それより、巡検隊が先程のリコンを捕捉しました。このまま進むとサルドに間もなく到達する見込み、だそうです」
「………………っ⁉」
一同が息を呑む。先の戦いからまだ半日も経過していないというのに、もう斬り落とされた両腕を再生したというのか。恐るべき生命力だ。
「…悔しいですが、一般兵では相手にもならないでしょうね。今は住民の避難活動を優先させていますので、相手はお任せします」
「分かってますよ。今度こそ……!」
「ま、待ってレイト……!」
部屋から飛び出しかけたレイト達をルチルが静止した。その表情にはハッキリと不安そうな色が覗いている。
「本当……なんだね……。あなたがディライトの力を受け継いだのは……。それが凄い事だって言うのは分かるけど……でも、あんまり危ない事は———」
「…姉ちゃん……大丈夫だよ、俺は負けない。必ずセイランさんの仇を取って来るから!」
「そうそう、あたし達だっているしっ!」
そう言って笑うレイト達をルチルはまだ不安そうに見つめていたが、それ以上は引き止めなかった。“姉”に対して申し訳ないという思いもあるが、悪魔を放置できる筈もない。駆け足でレイト達が屋敷を飛び出していくと、後にはルチルとクリスだけが残される事になった。
「頼りになる弟さんですわね?子どもの頃からあの様だったのですか?」
「ど、どうでしょうか……?…責任感の強い子ではあったと思いますが……」
「それは何よりですわね。積もる話などお聞きしたいところですけれど……ルチルさんは先ず体力を回復させないといけませんね。そうだ、アイリッシュラテアでも淹れましょう。リラックスできますわよ?」
「え……えぇ……?」
ルチルの表情が僅かに引き攣る。一国の元首と同じ部屋で過ごすなど気が休まるどころではないと思うが……クリスは構う事なくカップやら酒瓶やらを取り出して準備を始めている。部屋中に満ちていく甘い香りに身を委ね、ルチルは観念した様にベッドへと再び倒れ込んだ。
——レイトは優しい子だった。
——そしてそれ以上に真面目で責任感が強かった。
——路傍で倒れていた異人種の少女を助けた時。
——昼夜も忘れて錬真術の研究に没頭していた時。
——時に、驚くべき意志力と行動力を見せる事もあった。
——でも、この世界で優しいを貫くのは難しい……。
——いつか、その優しさと責任感が、彼を追い詰めないといいけれど……。
◇◇◇◇◇
鷲の様な翼を広げ、リコンデブリスが近場の人口密集地——サルド・サテライトに向けて飛翔していく。どこに隠れていようとも人間達の恐怖の波動は手に取る様に分かる。この国の各地にはデブリス襲撃を見越した地下シェルターが多く設置されている為、住民の大半はそこへと避難している様だが……。獲物を見定め、攻撃を開始しようとしたリコンに直後、囲む様に地上から無数の火花が一斉に打ち上げられた。
淡く輝く青い光輝く青い光はリコンに対して効果を持つ水属のエレメントエネルギーだと知れた。リコンが降りかかる雨弾を掻い潜りながら躱すが、次の瞬間には更に追い打ちをかける様に後方から2つの刃が飛翔し、悪魔の羽根を付け根から正確に切り裂いた。
揚力を失った悪魔の体が落下し、街の石畳へと叩き落された。屈辱そうに上体を起こすリコンを屋根の上から睥睨するのはヒュペリオンの少年少女たち。そしてそれぞれの武器を構えたレイト達が悪魔を睨み付けていた。
「テメェらぁっ!舐めたマネをシくさリやがって———‼」
「嵌められたくらいでなに喚いてんだ悪魔ヤローが」
「今度こそ地獄に送り返してやる……!」
「「変身‼‼」」
〈ソーディア、ライトブレード‼〉
〈ミスリックレンジャー‼〉
「ジェラルド、私達も!協力して奴を仕留めるよ」
「解ってるよ!言われなくともそのつもりだ」
変身したディライトとソーディア、そして神聖騎士の2人が先陣を切ってリコンデブリスへと斬りかかる。4つの刃がその頭上へと振り下ろされる……が、全てを両腕で巧みに防御したリコンは次の瞬間には「舐めルなぁっ‼」と弾き返してしまった。
「舐めるナ舐メるな人間ドモがぁぁっっ‼コの程度でオレを止められると思ってんのかぁっ⁈」
「流石は悪魔……あの程度では止まらないか」
「元よりそれくらいは想定済み。私たちも行くわよ」
アイリスとゼオラもそれぞれの武器を構えて悪魔へと斬りかかる。リコンはアイリスのレイヴァクロスを紙一重で躱し、即座に攻撃に転じようとするが、それよりも前に胸のレインクリスタが眩く発光した。再結合を命じられたエレメントが粘度の高いゲル状に変異し、悪魔の全身を包み込む。勿論、悪魔が窒息する筈もないが、動きを鈍らせるには充分だ。ゼオラの手甲から唐突に鎖のついた分銅が分離し、悪魔に向けてまるで意思を持っているかのように射出される。鎖が巻き付き、そのまま片腕が封じられた悪魔の胸元にディライトとジェラルドが思いきり蹴りを叩き込んだ。
「クソがァ!人間如きがこんな悪あガきをっ!」
リコンは左腕の剣を幅広の斧型にチェンジすると、力任せに鎖を叩き切る。楔から解き放たれ、上空へと飛び上がった悪魔はそのまま頭上からの制圧攻撃に切り替えようとした様だったが、
「させるかよ!お前らぁっ!」
ハイルの命令に応じて無数のネイルダーツが放たれ、次々とリコンに突き刺さっていった。更に止めと言わんばかりに雷撃が降り注ぎ、悪魔の身体は再び地上へと叩き落された。
「ナイス、マヤ!」
「助かったぜ。そのままネメシスが邪魔に来ない様に見張っててくれよ」
「オーケー、任して!」
了承のブイサインと共に、マヤの頭のダイロク器官がピョコピョコと揺れる。彼女やヒュペリオン達が屋根の上に陣取っているのはレイト達を援護するのは勿論だが、あの仮面ライダーネメシス達をこの場に近づかせない為でもあるのだ。
悪魔に肉薄したアイリスとオリヴィエの剣がその翼を再び斬り落とす。ジェラルドとソーディアが剛剣を胸板に叩き込み、ゼオラに再び拘束された所をディライトのパンチで地面へと沈められる。傷を負い、墨汁の様な黒い血で全身を濡らしたリコンが赤い目を血走らせて「っザケんなよクソがァァァッっっ‼」と絶叫した。
「こウなりゃァっ……!ジェラルド・ルシアータァッ!テメェが恐れテいる事を教えてヤンよぉっ!テメェのオンナの話だ分かんダろぉっ⁈」
「………………っ⁉」
「テメェが考エているトオリさぁっ!あのオンナはオレらに憑りつかれて死んだっ!つマりテメェは自分のオンナを殺しチまったって事さヴェハハハハハハハ———ヘバァッ⁈」
嘲笑うリコンの顔に、しかしジェラルドの斧槍が迷うことなく叩き込まれた。顔を半分潰されたリコンが信じられないものでも見る様に目を見開いていた。
「バ……カなっ……⁉ナンで絶望シねぇっ……⁈人間如きガ———!」
「絶望だと?お前らなんかに……俺の心を推し量れるものかよ!」
妻が——ベルがいなくなったあの日から、ジェラルドの心にいくつもの絶望が去来した。
何故守れなかったのか?
何故あの時そばにいてやらなかったのだろうか?
顔も知らぬ者達を守れても、愛した人すら救えない神聖騎士の任に意味などあったのか?
あの怪物がベルだった可能性?そんな事はとうに気付いていた。妻の仇を打ったつもりが、もし彼女の命脈を断ってしまったのが自分なのだとしたら……。
どれだけ考えても解らなかった。だが最後に会ったあの日も、別れ際にベルが向けてくれたのは、愛してやまない花々の様な笑顔。
何も解らなかったとしても、それだけは嘘ではないと信じられる。
「愛も、喜びも、絶望も!アイツがくれたものを全部糧にして俺は戦う!お前ら悪魔如きに……止められると思うなぁっ‼」
斧槍——ディアレストベルの先端部を悪魔に突き立て、基部のレバーを押し込む。内部に充填された薬液が全て注入されたのを確認すると、それに向けて自身の錬真力を一気に流し込んだ。
「グギアァァァァァァァッッッッッ??!!」
転瞬、リコンの体表が波うちだし、皮膚組織を食い破って無数の金属杭が出現した。
先程注入された薬の中に含有された無数の金属微粒子。それらが錬真力の作用を受けて血液中の鉄分などと結びつくとどの様な結果を齎すか。その答えがこれである。
ジェラルドの斧槍に内蔵された一撃必殺の武器であり、『ギルティローズ』の名が示す通り、リコンの全身を束縛する赤い棘はまるで薔薇が咲き乱れている様であった。
「今だ!決めろガキども!」
「はい!」
「任された!」
〈メガ・ヴァリアントフラッシュ‼〉
〈テリフィング・ミドル・ストラッシュ‼〉
必殺エネルギーをリチャージしたディライトとソーディアが同時に疾走。周囲を縦横無尽に駆け回り、その動きは流石に悪魔でも予測できない様だった。破壊のエネルギーを込められた回し蹴りや拳を次々と叩き込み、最後に跳躍からの飛び蹴り——つまりダブルライダーキックがリコンの胸板を貫いた。
「グオォォォォッッッ……!コんチクショウがァァァァァァッッッッッ‼」
断末魔、そして爆砕。細胞レベルにまで分解されたリコンの体をアイリス達が止めとばかりにレセプト化していく。その痕跡が完全に消え去り、勝利を確信した戦士たちがふうと安堵の息を吐く。特にジェラルドはギルティローズの使用でかなり錬真力を食ったのか、大きく肩で息をしていた。
「ジェラルドさん、大丈夫ですか?」
「おう、ちょいと熱くなり過ぎちまったかな……。全くもって年甲斐もない……」
「その通り。熱くなり過ぎた」
転瞬。
冷たい嗤いと、ズブリと肉を断つ酷薄な音が、響き渡り。
仮面ライダーネメシスが唐突にジェラルドの背後に出現した。
彼の胸板を突き破って、ネメシスサイザースの刃が赤くヌラリと輝いて……。
「…かはぁっ……⁈」
「ジェラルド⁉」
ネメシスがサイザースを引き抜く。大量の血と同時にジェラルドの体からオレンジ色のオーラが噴き上がり、槍の先端部へと収斂していく。オレンジ色のルーンドラッグが精錬されると同時にジェラルドが倒れ込んだ。血溜まりの中に沈むその体は、何かが抜け落ちてしまったかの様にやけに小さく見えた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ‼」
怒りとも慟哭ともつかない叫びと共にディライトがネメシスへと殴り掛かる。だが相も変わらず漆黒の仮面ライダーの姿がグニャリと歪み、攻撃はただ虚空を舞うのみで終わった。一瞬でディライトの背後を取ったネメシスがその背中を蹴り上げる。ディライトはそのまま家屋を突き破って倒れ込み、そのまま変身が解除された。
「クソッ……!お前らぁっ!見張ってろって言っただろうが‼」
「見張ってたわよ!なのに……コイツいつの間に……⁉」
どうなってる……?と、ハイルは思案する。サクラ達が嘘を言っているとは思っていない。だが、この広場に至る道は全て自分達が網の目の様に見張っていたのだ。それを掻い潜って接近したとなると……上空?だが、それなら着地の衝撃を見逃す筈がない。ならば地下でも掘り進んで来たか。それが一番可能性がありそうだが、やはりそれもない。どこから来ようと、マヤのダイロク器官が捉えられないなどあるだろうか?
「気になるかい?それなら、答え合わせと行こうか」
〈1 Knock Turn……. Nemesis Trial……!〉
ネメシスがベルトのハンドルを押し込むと、次の瞬間、なんとその体が一瞬で掻き消えてしまった。逃げた?いや、そんな筈はない。デウスカリバーを構えて周囲を警戒するソーディアだったが、直後背部から勢いよく火花が上がった。
「ぐおっ⁈」
「無駄だよ。君には僕を捉えられない」
声が聞こえる。にも拘らず、その姿はやはりどこにも見えない。一方的に嬲られるソーディアを援護するべくマヤがダイロク器官を展開して集中する。常人を超えた彼女の超感覚ならばネメシスの位置を割り出せる……と、思ったのだが、
「マヤちゃん、まだなの⁉」
「…なんで……?やっぱり、見えない……!こんな事って……⁉」
それだけではない。音も、温度も、生物ならば誰もが発する命の気配も、その全てが一切検知できないのだ。恐慌するマヤを嘲笑う様なネメシスの声だけが一段と高く響き渡った。
〈Fire Consecrate…….Hell or Heaven……!〉
ネメシスが再出現と同時にサイザースにルーンドラッグを装着する。炎のエレメントがドリル状のエネルギーを形成すると、そのままソーディアの胸部装甲へと突き立てられた。デウスカリバーの絶対守護でも消しきれない衝撃に晒され、吹き飛んだソーディアも変身が解除されてしまった。
「ここで大サービスだ。この力の秘密を教えてあげるよ。『暗黒物質』というのをご存知かな?この宇宙に遍く存在する未知の物質……存在する事は分かっても、見る事も証明する事も叶わない可能性だけの存在。君たち如きでは手の届かない領域……それが僕の力という訳さ」
「クソが……なに言ってんだか、サッパリ解らねぇよ……」
解らなくてもいいよ、とまた嗤ったネメシスがハイルに向けてネメシスサイザースを叩き落し……そうになった一瞬、何かに気付いた。横合いを見やると、ふらつきながらもこちらをしっかりと睨み据えるレイトの姿があった。
◇◇◇◇◇
——こちらの攻撃を一切寄せ付けない仮面ライダーネメシス。
——その理屈そのものはサッパリ理解できないが……。
——奴の言う通り、『暗黒物質』であるとするなら……。
そこまで考えた時、レイトは自分の懐に秘められた1つの力を思い出していた。全ての色を吸い込む様な漆黒……丁度ネメシスの体表の色にも似た、黒の霊薬……『ダークライドラッグ』。
「それは……⁉」
『かつてディライトは7つのエレメントを全て制御したそうですが……気をつけて下さいね。デブリスの力に最も近いエレメントであるが故に、体にかかる負荷は今までの物とは桁違いです。もし、貴方に資質がなければ……』
クリスの忠告が耳に痛いほど響き渡る。見るも禍々しい黒い薬瓶は持っているだけで指先が冷えつく様な感覚が襲い掛かる気がするが……他に打てる手がある訳でもない。ままよ、と覚悟を決めたレイトは黒い霊薬を叩きつける様にベルトに挿し込んだ。
〈ダーク……!〉
「ぐあぁっっ……⁉」
直後、レイトの全身に激しい痛みが襲い掛かった。一応ライドラッグは劇物であり、人体に接種でもしようものなら生命に関わる。だが、ディライトドライバーを介する事でその負荷は殆ど消し去られる筈なのだが……。「レイト⁈」とアイリスが心配する声を遠くに聞きながら、しかしレイトは即座にもう1つのライドラッグをベルトに装填した。
〈シルバー!〉
「闇の霊薬……完成していたのか……?だがそんなモノを使えば、君はどうなるか解っているのか⁈」
「…多少の無理は、覚悟の上だっ……!お前を……止められるならなぁっ‼変身‼」
〈オールセット、ディライト‼〉
ベルトを起動させると、メダリオンコアからブラックホールの様な虚空の穴が出現し、そこから同じく黒いアーマムエレメントが顕現する。それらが銀色のアンダースーツに絡みつく度に、レイトの体に激痛が走っていった。
〈ダーク……シルバー……〉
永劫にも感じられた一瞬が過ぎ去り、視界が黒く染まっていくのを知覚しながら、変身を完了させたディライトがゆっくりと顔を上げた。
前方にむいた3本の角が聳える鬼面と、その正面に据えられた複眼は同じく黒色。肩や脛の装甲には鋭いスパイクが備え付けられ、禍々しい雰囲気を更に助長している。だが、極めつけは両前腕部だ。右腕には鋭い銀色の刃が、左腕には手を覆い隠す程の大型の鉤爪が装備されていた。
暗黒に染まりし狂戦士……『仮面ライダーディライト ダークシルバー』の姿だった。
「ゔあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛!!!」
獣の如き怒号を上げたディライトが目にも止まらぬ速度でネメシスに肉薄した。右グローブに装備された刀剣『ダインスランサー』がその胸部装甲に叩きつけられると、激しい火花が開花し、ネメシスが初めて苦悶の声を漏らした。
「ぐあぁぁっっ……‼…コイツッ……⁉」
「よくも……!よ゛くも゛っ……!お前だけはっ……ここで墜とすっ……‼」
左腕の鉤爪『ドグラマシュレッダー』が闇のエレメントを纏ってネメシスサイザースの反撃を弾き返し、頭部を鷲掴みにした。そのままディライトが再び跳躍し、石畳の上にネメシスを叩きつける。背中から噴き上がる余剰なエレメントがまるで黒い翼の様でも、若しくは猛り狂う地獄の業火の様でもあった。
圧倒している。今まで手も足も出なかったネメシスを相手に。だが……目の前で起きている光景に恐れ戦かない者など1人もいなかった。闇のエレメント——かつてのディライトは7つのエレメントを御した事で知られているが、闇属の力については物語中でも「不吉な力」としか表現がなく、未だに詳細が解っていなかった。ただ、それは寧ろデブリスにより近い力であると考えられていたが……雄叫びを上げて暴れ狂うディライトの姿を見ると、それが一気に真実味を帯びてくる。
——もしこのまま戦いを続ければ……。
——レイトは無事で済むんだろうか……?
「…いけない……!レイト、もう止まっ———‼」
「このォっ!舐めるなァっ‼」
ネメシスの体から分離したサテライターズがディライトを攻撃し、拘束から離脱する。装甲表面に展開する『ダークマターシード』に頼らずとも、仮面ライダーネメシスは堅牢な防御力を有しているが……流石にダメージを喰らい過ぎた。各部からスパークを立ち昇らせたネメシスがベルトのレバーに手を掛けて押し込んだ。
〈3 Knock Turn……. Nemesis Execution……!〉
「どうやら侮り過ぎた様だ……。ここで終わらせてやる」
「こっちの台詞だっ……!」
〈エブリッション!ヴァリアントフォール‼〉
エネルギーを再チャージしたディライトとネメシスがそれぞれ必殺技を放つ。闇属の力を纏った刃と刃がぶつかり合い、力が拮抗したその一瞬後……相殺反応によって生じた爆圧が両者を包み込んだ。壁に叩きつけられた2人はそのまま変身が解除された。
「レイト……!レイト、しっかりして⁈」
アイリスが駆け寄る。レイトの皮膚には黒ずんだミミズ腫れの様な紋が浮かび上がっている。明らかに霊薬の中毒症状だった。変身していた時間は僅かにしか過ぎなかった筈なのに……。オリヴィエが走り寄り、「退きたまえ!」と言ってレイトに手を翳した。水のパラディンの権能『癒水』の効果によって、どす黒く染まっていた顔色が元通りに戻り始めた。
「…これで大丈夫だろう。後は彼の回復力次第……。ハイル君、今はアイツを!」
「言われるまでもねぇ!」
ハイルとヒュペリオンがネメシスを捕えようと飛び出した……が、そこへ突如として何者かが飛来し、ハイル達を蹴り飛ばした。
ネメシスに追従しているあの少女だった。そのままネメシスの体を軽々と担ぎ上げ、手近な家屋の屋根へと跳躍する。こちらを睥睨する少女の目線には……やけに憎々し気な色が灯っていた。
「コイツ……!逃げるしか能がねぇのか⁉」
「どうとでも言いなさい。…1つだけ忠告してあげる。闇属の……デブリスにより近い力に人間如きが手を出せばどうなるか……アンタらも今に思い知るわよ……」
言い捨て少女が闇の中に走り去っていった。追撃隊を組織すべきか……考えたが、オリヴィエは静かに首を振った。物憂げな彼女の視線の先……今や何も語らなくなったジェラルドが在った。
「ジェラルド様……そんなっ……まさか……」
「…クソッ……クソがっ!またこんな……!」
「…ジェラルドは覚悟をしていたさ。この紋を受け継いだ瞬間から……。だから、君たちの所為じゃない」
その慰めが真実なのかは、もう誰にも解らない。それを知るジェラルド・ルシアータ……猛き地のパラディンはもうこの世にはいないのだから。世の不条理も、無力を噛み締める慟哭も感じなくなった表情で、だが長年連れ添った武具を……妻の名を冠した斧槍だけを、二度と離すまいと言わんばかりに、しっかりと握りしめていた。
◇◇◇◇◇
——何かを得る度に失う事が怖くなる。
——それは、久しく忘れていた感情だ。
——だから、守る為には強くあらねばならなかった。
——それが例え、恐怖を征する為に恐怖を従えねばならない、という事だとしても。
——だがこれ以上、何も失いたくはない。
——恐怖を打ち滅ぼせる刃となれるのなら。
——心の鞘を……正義という仮面を、捨て去る結果になろうとも……。
そんな秘めたる決意を、ここにいる誰もがまだ知らない。
次回予告
パラディン。
誰もが憧れる、高潔なる騎士の名前。
だが、光の傍らには常に影が付き纏う。
風の神聖騎士『ホルガー・ブロワール』が明らかにする、或る少女の叫びとは。
Saga22『栄光の光と影~ステファニー:オリジン~』