神聖アネスタ皇国を襲う謎の病魔、その正体は悪魔系統デブリスによる新たな侵略だった。魔王ディアバル復活を目論むデブリス達は、国内で次々と惨劇を繰り返し、人々を恐怖させていく。
更に彼らとは別に勇者ディライトとパラディンの力の回収を目的とする仮面ライダーネメシスまで参戦。
混迷化する状況の中で、ローランに次いで地のパラディン・ジェラルドまでもが命を落としてしまい……。
◇◇◇◇◇
この世は地獄だ。
この悪魔達が蔓延る世界において、では人とは何であるのか?
ヒトとは尊厳ある存在だと主張する者がいる。神より愛されてこの世に生まれた神の使いだと。
神の使い……天使か?おめでた過ぎて笑ってしまう。そんな訳はない。なんの力もなく恐怖に立ち竦む事しかできない癖に、猜疑心と欲に塗れただけの存在など、悪魔以下の餓鬼かケダモノ程度のものだ。
そんな事を悟ったあの日。寒気を含んだ鋭い風が立ち込める恩寵なき夜。
轟々と燃え上がる炎も怪物どもの咆哮も、人々の悲鳴や臓腑に響き渡る様な破壊の音も、全てがいい気味だと心の底から思っているのに。
そんなものから目を背けて泥塗れで逃げる自分も堪らなく惨めに思えて。
惨め?そんな事は当然。この世は地獄だ。アタシも、他人も、この世界そのものも、全て纏めて滅んでしまえばいい。
そんな捨て鉢な気分と共に天を呪ったアタシの前に。
『…なに……?何なのよ、アンタ……?』
『…君を、解放する者だよ。呪われた、その宿命から』
そんな言葉と共に舞い降りたその人の姿に。
アタシは確かに天使の姿を見たのだった。
◇◇◇
「ステファニー?」
冷たい夜風みたいな声に呼ばれて、ステファニー・ゴールドブラムはハッと目を覚ました。
彼女が寝転がるのは硬い石畳の上。アネスタの首都コーパーズのほど近くに、放置された旧国家間戦争時代の遺構が残されている。そう言った場所は得てして巡検ルートからも外れているので、隠れ家には持って来いなのだ。放棄された砦のテラス部分で眠っていたステファニーを案じる様にネメシスが立っていた。
「こんなトコで寝てると風邪ひくよ?」
「ああゴメン……ってアンタはもう平気なの?」
「…まァ、平気だよ。少しばかり油断していたのは認めるけどね」
本当に余裕そうに青年——実のところ男か女かも知らないのだが——が超然とした笑みを浮かべる。なんだか真似事みたいにも見えるが、彼の精緻な顔立ちを前にすると、本当に天使を見ている気がしてくる。
「それより、奴らの気配を捉えた。早々と始末したところなんだけど……」
らしくもなく言い淀んで、ネメシスが一枚の紙切れを差し出してくる。そこに書き記された情報を拾っていくと……不本意ながら、顔が引き攣るのを自覚した。
「…ここって……」
「そういう事だ。当然、殲滅しなければならないのだけれど……一応君に一言言っておこうと思って……ね」
「…関係ないわよ。寧ろ好都合だわ。殲滅、協力させて貰うわよ」
「しかし……」
「どうせこの世は地獄に堕ちるんでしょう?だったら今更バチ当たりも不義理もあるもんですか。…そもそもあんな奴らに……」
「…そうかい。まァ、好きにすればいいさ」
そう言って笑う彼は間違いなく天使だ。家族、国、人の営み、そういう全てのモノに意味を見出せなくなった自分を呪縛から解放してくれたのは彼しかいなかったのだから。
もし、天使に魅入られて死ねるなら、別にこの薄汚れた命も惜しくはない。だが、それならばせめて……この世界ごと道連れにしてもいいではないか。
夜に溶けそうな黒い外套に身を包んだステファニーの背中が、後ろ暗い炎を帯びてユラユラと震えている様だった。
◇◇◇◇◇
世の中、気に入らん事が多すぎる。
苦み走った顔をした長髪の青年が、シットラス邸の前に立っていた。小柄な体躯に纏う鎧の胴板には、同じく深緑色の印——神聖騎士の紋が刻まれていた。
数年前からこのアネスタ皇国は、どこから来るともしれない邪教集団の襲撃を散発的に受けていた。それらの正体の特定と討伐。それこそが彼——『ホルガー・ブロワール』に数年前から与えられた任務だった。
国内の襲撃事件自体は防げているものも多いが、未だに奴らの正体や目的の特定には至れていない……それだけでも相当に気に入らないが、唐突に任務を打ち切られ、皇都に召喚される事態になったというのも激烈に気に入らない。
おまけに。
「…なにが『ネオ・ネイバーラント』だ、気に入らん……」
かつてのシットラス家の家屋敷……シットラス・クォールガーデンの門扉にはデカデカとそんな看板が掲げられていた。ここフォルスで生まれ育ち、子どもの頃からここのクォール畑の甘く芳醇な香りを見知った身からすれば、今のこの場所の凋落ぶりが何だか居たたまれない……というか、やはり気に入らない。
今は1本の木々も生えていない庭園を通り抜け、ドアを不躾に開いた——瞬間、ガシャァン!という陶器が割れる音と、複数の悲鳴が舞い上がった。騎士としての習性で何事かと思わず身構えかけたが……。
「なにこれ信じらんない!このミステリー物質のどこがビーフシチューなのよ⁈」
「…サラダまで不味いってある意味天才だと思いますです……うぷっ……」
「いやぁやっぱり。あっしビックリするくらい料理の才能ないんでやすよねぇ……」
「分かってるんならやるなバカモノ‼」
テーブルに並んだ料理を前にして悶絶する一同を代表して、ゼオラがエプロン姿のジェイク・アリウスに拳骨を落とした。
蓋を開けてみればあまりに締まりのない目の前の光景。呆れを通り越して眉根をピクピクとひくつかせたホルガーが、口元のマフラーを取り外し。
「モ ウ レ ツ に!気に入らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ‼」
と、絶叫した。まるで台風でも通り過ぎたみたいに、テーブルから食器、シャンデリアや人までもが飛び上がる様に揺れた。
「な、なんだホルガーじゃないか。やめてくれよ、急に驚かすのは」
「やかましい。人をノコノコ鉄火場から呼び戻しておいて、なんだこの体たらくは」
不機嫌そうにズカズカと家の中に足を踏み入れた風のパラディンが、切れ長の鋭い瞳でジロリと部屋中を睥睨する。
「…勇者ディライトはどいつだ?」
「は?」
「話は聞いている。病や悪魔ども、それにローランやジェラルドの事もだ。現生に蘇った我らが勇者様もいるんだろう?どこだ?」
「…え~と……彼なら……」
オリヴィエが食堂から見える小高い丘を指差した。確かにそこには数人の影が立って……否、跳ね回っているのが見えた。
フン、と荒く気を吐くと、ホルガーが大股で食堂を飛び出した。オリヴィエが何かを言ったのが聞こえたが無視して、丘の上まで一気に辿り着く。そこでは2人の青年が、壮年の男1人を相手取って剣を振るっていた。
…否、相手取っているのは男の方だ。2人がかりの剣を執事服を着た男が軽々と躱し、見事な剣捌きで相手の剣を地面へと叩き落す。
「うそっ……⁈」
「気を取られている場合ですかな?」
執事の剣が間髪入れずにもう1人の剣を弾き飛ばす。明らかに勝負ありである。剣を納めた執事の目がホルガーを捉えると、「おや、これはこれは」と恭しく頭を下げた。
「深緑の鎧……風のパラディン『ホルガー・ブロワール』様で御座いましたか」
「風のパラディン……この人が?」
「まぁな。…で?お前たちが、仮面ライダーディライトと仮面ライダーソーディア……だな?」
既に渡された資料に一通り目を通している。金髪銀目の線の細い面差しの少年が当代の勇者ディライト……今は仮面ライダーディライトと名乗るレイト・ドメニカ。そしてもう1人の目つきが悪く背の高い青年がハイル・ランドナーこと仮面ライダーソーディア。
ホルガーの鋭い双眸に睨まれたレイトが少し身を引いて曖昧に頷く。なるほど、想定通りの人物像らしい……と納得したホルガーの全身がユラリと弛緩し……次の瞬間、まるで矢の様に加速しながら強烈な掌底打ちをレイトに叩き込んだ。まるで突風に煽られた様に吹き飛んだレイトがそのまま地肌に叩きつけられる。
「テメェッ……⁉どういうつもりだっ⁈」
「やかましい。救世主だ英雄だと祀り上げられているヒヨッコがどんな面構えをしているのかと思って来てみれば……。とんだ期待外れだ」
ホルガーが首元を覆っていたマフラーを取り外す。その口元が冷たい目元以上に、苦々しく引き結ばれていた。
「たかだか使用人に手も足も出ない奴にこの国を任せるだと?バカも休み休み言え。俺たちの領域に真似事だけのガキやお山の大将がのさばっているのは、この上なく気に入らん……」
「…………っ!」
「なにぃっ……⁉」
「違うのか?事実、貴様らはあの2人を死なせただけだろう。そんな力も覚悟もない人間が、あの恐怖の魔王と相対する事が出来るとでも———」
尚も言い募るホルガーだったが、その首筋にヒュン!と横薙ぎの刃が叩き込まれそうになり、瞬間的にマフラーの端を引き上げて防御する事になった。見ると、執事服の男——ジークバルドが彼の首元に剣を叩きつけていた。
「申し訳ありません、風のパラディン様。ですが、主への非礼にはつい体が反射的に動いてしまうもので」
恭しく頭を下げるジークバルドだが……その身のこなしは優雅でありながら、一片の無駄も感じさせない。彼が握っているのはあくまでも練習用の木剣であるにも拘わらず、目に映らない程の剣速だった。どう見ても、一介の執事の技とは思えない。
「…貴様……何者だ?」
「昔、少し齧った程度でございますよ。しかして、ホルガー様。彼らがただ座して己の無力に浸っていただけとは……思いますまい?」
「………………」
改めて2人の仮面ライダーを見やる。少年は無力そうに歯を噛み締めながらも、握った剣は手放さない。ハイル・ランドナーはこちらを思いきり睨み付けている。確かに諦めの悪さは一級品の様だ。それは戦士としては必要な素質の1つだとホルガーも認めるが……両者ともにどこか今にも崩れそうな危うさを感じるのも事実だ。長年の神聖騎士の勘という奴で、なんとも言葉にし辛いのが悩みの種だが……。
——こういう騎士候補生達を、一体何人見てきただろうか?
——そしてそんな顔のまま死んでいく者も、どれだけいたことか。
——だが、彼らの危うく眩しい使命感に、かける言葉を自分も持てなかった。
——それは、変えようのない事実。ならば……。
「…どうだかな?俺にはやはり、ただのヒヨッコにしか見えんが……」
「なんだとぉっ⁉つーかテメェだって似た様なもんじゃ———ホガァッ⁈」
「…それはアレか?俺がチビで子どもっぽいという嫌味か?…だが、まぁ確かにイジメ甲斐はありそうだな……」
眉根の辺りに微かに青筋を立てながら、ホルガーが腰の剣帯から黒い細剣——狂風剣『
「は、ハァ……⁉イジメって何を———⁈」
「やかましい。時間はないんだ。歯を食いしばれ」
そうして、暫く丘の上に轟風とレイト達の悲鳴が吹き荒れる事になった。
◇◇◇◇◇
「まったく素直じゃないんだから……。鍛えてやるつもりなら、最初からそう言えばいいものを……」
「…いいんですか?なんか、凄い事になってますけど……」
「大丈夫だよ。あれでも私たちの中では一番年季が入っている。手加減はしてるさ」
「年季って……あのチビいくつなの?」
「それを人に話すと怒られるから言えないんだよ……。でも、彼がパラディンに聖任されたのは11歳の頃だったそうだ」
「ジュウイチッ⁉」とマヤが絶句する。神聖騎士の力が宿る条件はまだよく解っていない事が多いが、少なくとも錬真力の高さと関係があるのは間違いがない。錬真力は生まれ持った初期値があるとは言え、訓練による増加も見込めるから、11歳でパラディンに聖任されたとなると、相当に早熟だったのは間違いない。
「しかし、そんな頃からパラディンに選ばれるというのも……子どもにとっては酷なのでは?」
「そう……だろうね。本人はあまり語ろうとしないけど、私達が入るまで、彼以外のパラディンは相当入れ替わっているはずだから……。その齢で、何人もの仲間の死を経験しなければいけなかったのは、相当なものだったろうね……」
ホルガー・ブロワールは、己にも他者にも甘えを許さない。今のレイト達同様に、苛烈に執拗に彼に鍛えられた日々の事を思い出す。だが、それは神聖騎士という寄る辺なき荒野を1人行くにも等しい世界で生き抜いてきた彼の精一杯の優しさなのだと今のオリヴィエには解る。
「あの人、泣きもしやせんでしたね。大切な仲間が2人もやられたってのに……」
「そうだね。でもアイツはそういう奴だから。…神聖騎士にとって、戦いの中で死すのは当然の事。あとはその思いをどうやって継承させていくかだ。そうやって、私達の力は幾度も巡って来たのだから……」
オリヴィエが自分の紋を……否、そこに刻まれた途方もない時間と流れた血を見つめながら言った。
「私たちは沢山のものを背負ってる。先立った先人達や守れなかった人々の思い……だから、立ち止まっている暇はない。嘆き悲しむのは後でもいい……って、それはちょっと冷血に聞こえるかも知れないけど、さ……」
「…いえ、分かります。皆さんがどれだけ大切に想い合ってるのかも……」
「…ああ。大切な縁で繋がった、かけがえのない仲間だ。未だ見ない他の神聖騎士達も、きっと……」
少し照れた様にオリヴィエが笑う。思い出も、哀切も、全てが詰まった様な笑顔を見ながら、この人も確かに強いのだと思えた。
◇◇◇◇◇
「ジェラルドが描いたあの人相書きだがな、あの少女の正体が分かった」
ヒュペリオン謹製の大型幌馬車に揺られながら、ホルガーがレイト達に切り出した。
あの少女……仮面ライダーネメシスと行動を共にしている金髪の少女の似顔をジェラルドが描き残して、その調査をホルガーに頼んでいたのだ。
「彼女が身に纏っていた装備と身のこなし……ジェラルドさんは彼女が、その……」
ジェラルドが教えてくれた事だが、少女の動きはかなり正当な訓練を受けたもの。加えて、彼女が使用していた武器——ウェイビングローブや爪型の武器も含めて、全て神聖教会で開発記録があるものばかりだった。
そこから導かれる可能性は1つ……彼女も神聖騎士……若しくはその訓練を受けた者ではないかと、推測していたのだ。ホルガーが重々しく頷いた。
「理由はまだある。あのネメシスがパラディンの権限を奪い取って自らの力とするなら、アイツの使う力……闇のエレメントの力に目覚めた者がいたんじゃないかと思ったんだよ」
「闇のパラディンは始まりの騎士以外に発現例がない。となると……俺たち以外の聖任記録を当たってみた。そして、この通り……」
言いにくそうなアイリスの後を引き継ぐと、ホルガーが数枚の書類を取り出した。質のいい羊皮紙に神聖騎士の紋を象った箔押し、見るからに重要そうな書類だった。その書類、神聖騎士の聖任証をアイリスが受け取って中身を確認する。
「…『ステファニー・ゴールドブラム』……当時は14歳……。この人ですか?」
「そうだ。三国で聖任を受けたのは俺たちと君以外では彼女だけだ。そして、現在は行方不明でもある」
「…でも……曲がりなりにも神聖騎士に選ばれた者が、あんな行いに手を貸すなんて……」
信じ難い様にアイリスが呟く。彼女の気持ちも解らないではない。物語や伝承に語り継がれるパラディン達は、誰もが高潔で使命感に溢れる選ばれた騎士達だ。
だが、現実は必ずしも物語の様に美しいとは限らない。
「俺だってそう思いたくはないが……俺自身が彼女の聖任に立ち会ったんだ。だから間違いない」
「…私は初耳だな……。日付は1年前……私もローランも丁度遠征で外していた時期だけれど……それにしても、私達に何の通達もなかったというのは変じゃないかい?」
「おかしな事はそればっかりじゃない。彼女の訓練は俺たちを嚙ませずにやけに性急に行われていた記憶がある。気付いたら、とっくに旅に出されていたんだ。それがどうにも……気に入らん」
それは変だな、と思う。アイリス自身が訓練を受けた身だから分かるのだが、素質にもよるが神聖騎士の訓練期間は凡そ3か月ほど。その間にデブリスに関する知識や戦い方などを習得し、正式なパラディンとして旅立つ事を許される……のだが、これはあくまでもシドニア流だ。パラディンが国家に雇われているアネスタにおいては、もう少し組織だった訓練を重視すると聞いている。言い方は悪いが……まるで、早々と国の外に追い出してしまったかの様に思えてしまう。
「ホルガーから見て、彼女はどんな印象だった?」
「そうだな……正直言って、長くは保たんだろうと思ったよ」
「長くはって……どうい事ですか?」
「言葉通りの意味だ。彼女は、何と言うか……望んで神聖騎士になったという感じがしなかったんだ」
訓練役の教会主に連れられていた時、正式な印を受け継ぐ者として聖任を受けた時の彼女の不貞腐れた様な顔……少なくとも誇りや決意をもって神聖騎士の道を選んだ様には見えなかった。…まぁ、それも今だからこそ言えるのだが。
「…前から思ってたんだけどさ、パラディンの力を望まない場合はどうすればいいの?」
マヤがホルガー達を見渡して尋ねた。
「パラディンの紋って、誰に宿るかはランダムじゃん?アイリィみたいにそれを望んでたのならともかく……パラディンになりたくない人に、紋が出現しちゃったら……それでもやっぱり、なるしかないの?」
「そんな事はないよ。今のご時世には……ね」
「パラディンである事の条件は錬真力の高さや人間性、武術や知識の習得度合いなど様々な観点から判断される。それに何よりも、一番は本人がそれを望むかだ。戦う意思がない者に、神聖騎士の任を押し付けるほど愚かではない」
「望まない場合、神聖騎士の力はどうなるんですか?」
物語の中ではパラディンの力は、継承者が死ぬ事で次世代の者に受け継がれると書かれていたが……。レイトの問いに、ホルガーがまたしても「それもない」と首を振った。
「パラディンの力は本人が望めば受け渡す事も可能だ。もっとも、その為にはある程度成長させる必要があるんだが……」
ホルガーが首元のマフラーをずらし、そこに浮かんだ紋を見せる。以前にアイリスがつけていた紋と違って——あれは偽物だった訳だが——輝く様な緑色をしている。オリヴィエやローランも、現役の神聖騎士達はみな紋様にエレメントに応じた色が付けられていた。
前にアイリスが話してくれたが、パラディンには『覚醒』と呼ばれる状態があるそうだ。まだ紋が黒い状態では“未覚醒”と呼ばれるが、その力が体に馴染んでいく事で次第にその力が増していく。ローラン達が使う様々な権能……ライドラッグなしでエレメントを操作する力や、パラディンとしての特殊能力もそうして使える様になるそうだ。
「神聖騎士になりたくないなら、力を成長させてから、望む者にそれを引き継ぐ事と教会の掟で決まっている。彼女もそうなると思っていたんだが……」
「…もし、ステファニー・ゴールドブラムがパラディンの道を望まなかったにも拘わらず、旅に出たというなら……確かに、何かあり得ない事が起きたと言えるかもですね……」
「それを確かめに行くんだ。…もっとも、あり得ないなんて事はあり得ない……そんな事も起こる世の中ではあるがな……」
ステファニー・ゴールドブラムという少女の身に何が起こったのか。ネメシスの正体や目的が解らない以上、手繰れる糸を手繰っていくしかない。何かの手掛かりになればと、彼女の生家と聖任した教会主がいる『アイネ・サテライト』まで向かっていたという訳だ。
ホルガーの調査によると、ゴールドブラムという家はここアイネでも指折りの名家……なのだが、ここ数年はなかなか表舞台に顔を出さずに自身の領地で半ば隠棲状態にあるらしい。先ずは地元の人間やステファニーの聖任に関わった教会主に話を聞くのが先決と決め、アイネにある教会施設に馬車を止めた。
「失礼。誰かいないか?」
「…ハイハイ、一体何用でございますか———って、パラディン様っ⁈」
教会の奥からのっそりと這い出してきた小太りの中年男が、ホルガーの姿を見るなり、猫背気味の姿勢を正して敬礼した。だが、直前に扉の向こうに金属製の缶……明らかにスキットルを投げ捨てたのがハッキリと見えた。よく見たら、教会主の服を着た目の前の男も酒精を帯びた赤ら顔をしている。神聖教会には飲酒を禁止する法はないが……この真っ昼間から、しかもあきらかに職務中と思しき教会主が飲むのは褒められたものではない。ホルガーが気に入らなそうに鼻を鳴らすが、それを指摘しなかった。
「アイネ地区教会主のヴィクター・リュッテだな?貴様に2、3訊きたい事がある。ゴールドブラム家……正確にはその娘のステファニーの事だ」
「…す、ステファニー……ですとっ……?」
リュッテの顔が瞬間的に青くなり、声を上ずらせる。咄嗟にしまったとばかりに表情を取り繕おうとまでしたがそうは問屋が卸さなかった。素早く動いたホルガーの腕がリュッテの首筋を掴み、そのまま床へと引き倒した。
「どうした?なぜ逃げる?なにか、不都合な事でもありそうだな……」
「ひ、ひぃっ……!お、お待ちください!どうかご勘弁を———!」
「なにが勘弁だ。あの娘の聖任に関する不自然な事情はこちらでも確認している。洗いざらい吐け。さもないと———」
ホルガーの締め付ける力が一層強くなる……直前、盛大な音と共に教会のステンドグラスが割れ、数体の黒い影が飛び込んで来た。
「ギュルルルルルッッッ!」
「こいつは……『インプ』かっ⁈」
細身の体躯に昆虫の様な翅、口元がストローの様な細長い管状になっている怪物だった。人と虫の複合の様なこの怪物の名前は『インプデブリス』。リコンと並んで世界の終末期に出現するとされるデブリス——即ち、デモニッククラスタ・デブリスの1体だった。
「下級悪魔どもが……しかも、なんだこの数は⁈」
オリヴィエの驚愕も無理はない。割れた窓から飛び込んで来た下級悪魔の数は、あっと言う間に20体を優に超えた。ワンワンと鳴る翅の音や不気味な怪物の赤い目が人間達に向けられ……次の瞬間、一斉に襲い掛かって来た。
「下級悪魔と言えどこの数だ。気を付けろよ!」
ホルガーの檄に答えて、レイトとハイルが腰にベルトを巻き付け、「変身!」といつもの唱和と共に仮面ライダーへと変身する。アイリス達もそれぞれの武器を抜いて降り注ぐ黒い怪物達の群れを迎え撃った。
「ギュルゥッッッ‼」
「ったく、いつもいつも……!いい加減ウザってぇんだよ蚊トンボが!」
悪魔の攻撃を躱したソーディアが背後からグラムバスターを叩きつける。肩口から両断されたインプが悲鳴を上げて爆散する。エレメントを用いずとも彼らが使う武器には退魔能力が与えられているものだが……このインプという怪物の耐久力はかなり低いらしい。精々、カブーラやコボルトと同等程度といったところか。
だが、数が多い上に凶暴さも桁違いだ。武器は爪程度だが、強固な仮面ライダーの装甲ならいざ知らず、普通の人間には充分に驚異だろう。レイトの脳裏に、血溜まりに沈む2人の姿が思い浮かび……転瞬、「きゃあっ⁉」という悲鳴が背後で弾けた。
「マヤ⁉」
「ちょっ……!放せコイツっ!」
数匹のインプに群がられたマヤが彼らの揚力に引っ張られて、そのまま上空に浮かび上がっていた。アンサーラーを振るって迎撃しようとするが、腕を抑えられており、それも難しい様だった。抵抗する彼女を押さえつけたまま、インプ達は翅をバタつかせると……そのまま割れたステンドグラスに向けて飛び出して行こうとした。
「なんなのコイツらっ……!」
「………………っ!」
救助に飛び出そうとしたディライトだったが、更に多くのインプが立ち塞がり、肉壁となって行動を阻まれた。そうこうしている内にアイリスやゼオラ、オリヴィエも悪魔達に捕らえられ、同じ様に外へと運び出されて行った。
「アイリィ、ゼオラ!」
レイトの叫びも空しく少女たちが悪魔の群れに連れ去られていく。背後でインプ数体を一気に切り倒したホルガーが「レイト、ハイル!追うんだ!」と命じた。
「奴らはインプ……『使い魔』だ!必ず奴らに指示を出してる“大元”がいる。それを突き止めろ!」
「分かりました。ユニオ!」
「おうさっ!」
バイクモードに変形したユニオンスティンガーが走って来てディライトの前で止まる。ソーディアも2つのライドラッグを取り出すと、錬真力を流し込んでマシン・エリアルファングを実体化させる。
上空を飛ぶインプの群れは鬱蒼とした針葉樹林帯の中へと向かって行く様だった。なぜ女性陣達だけを攫う様な真似をしたのか……理由は解らないが、きっとあの先に答えがある。見失って堪るか……!と奮起したディライトが頭部のハイレンジプレディクションを起動させ、位置をマーキングしてからバイクを発進させた。
◇◇◇◇◇
「ヤレヤレ……実に気に入らん……」
連れ去られた仲間達を追って走り去るディライト達を見送ったホルガーが禍照哭の剣先を構えて、残ったインプ達を睨み付ける。意識を集中させると、何もせずとも刀身に風のエレメントが纏わりつき、ホルガーの全身からも目に見えない“力場”が解き放たれた。
鋭い神聖騎士の視線にも悪魔達は屈しない。「ギュルルッ!」と叫んだインプの爪がホルガーの体に次々と突き立てられていく……と思いきや、その姿がブワリと歪み、一瞬でかき消えてしまった。
「ギュルッ⁈」
「こっちだ」
頭上から声が響き、直後インプの直上に細剣を構えたホルガーが出現した。風属の力で速度をブーストされた刺突が悪魔どもの頭部に雨の様に降り注ぎ、一瞬で数体の悪魔が爆散した。
「ギィルゥッッ‼」
「無駄だ。悪魔達のクセに頭の足りん奴らだな」
インプ達の目の前になんとホルガーの姿が次々と出現したではないか。分身した神聖騎士に細剣を叩き込まれ、またしてもインプが数体炎を上げて爆砕した。何体かは負けじと爪を振るうが、やはり攻撃すると分身は消え去り、ただ虚空を掻くだけに終わる……どころか、その爪が強烈なエネルギーに晒されたかの様にズタズタに引き裂かれていた。
風のパラディンに与えられた権能。名を『
さて、いい加減に急がなければならない。そう判断したホルガーは禍照哭のグリップに備え付けられたレバーを数回引っ張る。すると、細身の刀身がグルグルとドリルさながらに回転を始めた。竜巻の様なエレメントを纏った刀身が煌めき、インプの胸板を次々と刺し貫いていく。
「ギルルルルルルルゥゥゥゥッッッ!!」
禍照哭の刀身には貫いた先から、相手の体内にエレメントエネルギーを流し込む機能が備わっている。体内に直接エネルギーを撃ち込まれた怪物は、傷口を抑えて藻掻き苦しみ、やがて爆砕した。
他愛もない、とホルガーが首をコキコキと鳴らし、自身の背後にいる人物……床に這い蹲ってガタガタと震えるリュッテを見やった。本来ならこんな生臭坊主など捨て置きたいところだが、神聖騎士の使命とやらはそんな簡単に捨てられるものではない。それにコイツにはまだ聞かねばならない事がある。
「…呪いだ……!ゴールドブラム家の呪いだっ……」
「ほう、呪われる覚えはあるんだな」
リュッテの首筋を再び掴んでグイと引き起こす。「ひぃっ!」と恐怖に歪んだ顔を睨んで黙らせ、その鼻筋に細剣を突き付ける。
「さて、ようやく落ち着いて話が出来る……。聞かせて貰うぞ。そこの娘に何があったのか……をな」
という訳で、Saga22でした。
今までずっと正義の味方の様に描かれてきたパラディンでしたが、今回少しばかり影が掛かります。ステファニーという少女の身に降りかかった悲劇の一端が今回明らかになる予定です。
ホルガーもようやく出てきましたね。コンセプトは『突風の様な男』。だからか(?)いつもより展開が早めですが、伝わりにくくなければ幸いです。
それではまた来週。