仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ

仮面ライダーネメシスに付き従う少女『ステファニー・ゴールドブラム』の過去について調査する中、彼女の身にかかった悲劇と新たな悪魔と対峙するディライト達。
地のパラディンの力をも得たネメシスとの戦いに敗れ、オリヴィエとホルガーも敗れる……が、そのさなか怒りに身を滾らせたハイル・ランドナーが新たな姿『仮面ライダーソーディアマキナ』へと変身を遂げ……。


Saga23 ジャッジメント・デイ~世界が終わる時~①

◇◇◇◇◇

 初めて剣を握った瞬間の事はよく覚えている。武器が齎す全能感に憑かれた男から大切な人を守る為……だが、届かなかった。当時の俺は、己自身のあまりの無力をそこで突き付けられた。

 だから、強くあらねばならないのだ。この理不尽と暴威が支配する世界において、大切な人々を守り抜く為には。そう信じて、俺は呪われた拳の柄を握って、立ち上がった。

 

 ——だが、それでも……俺はまだ無力だ……。

 

 全身に刻まれた傷が身体の痛覚を極限まで苛み、立ち上がる事さえ許してくれない。そうしている間に黒い戦士の死の鎌が、また仲間達の命を奪い去った。親友の叫びが弾け、その場にいる誰もが無力に打ちひしがれた……その刹那。

 

 ——答えよ。キサマはどう在りたい?

 

 脳裏に、そんな声が聞こえた。

 

 ——答えよ。キサマはどう在りたいかと、聞いている。

 

 幻聴ではない。確かにはっきりと、その声は俺に向けて問いかけていた。

 そんな事は決まっている。これ以上仲間を奪わせない為に、あの神サマヅラした奴をぶっ潰せるだけの力が欲しい!

 

 ——フム……では、キサマは我が力を引き受ける覚悟があるか?

 

 上等だ!さっさと寄こせ‼

 

 ——…いいだろう。

 

 言葉は必要ない。俺の心の叫びに、その“声”は微かに笑って答えた。

 

 ——では、解き放とう。キサマの剣の深奥に封じられし、我が力をな……!

 

 “声”が膨れ上がると同時に、身体にかかっていた痛みがかき消えた。立ち上がり、霧中に手を伸ばした俺の手から溢れ出した力が、ソーディアのソードラッグを変質させた。

 

 禍々しい刃を携えた、しかし刃渡り20テニーにも満たない小刀。しかし、握った先から恐ろしいほどの圧力が伝わって来た。この力を引き受けた結果、何が齎されるのか……。一瞬、脳裏にサクラ達が必死に止める光景を幻視した気がしたが、直ぐにそれを振り払った。

 

 今、この力を引き受けなければ、いずれ彼女たちも失うかもしれない。腕の中で肉片も残さず消えた、ジャン・ヒュペリオンの様に……。覚悟を決めた俺は、小刀の柄頭をそのままデウスカリバーⅡのスロットへと押し込んだ。

 

〈デウス・マキナ‼アンビテック・ストラスラッシュ‼〉

「…変身‼」

〈マキナ……ブレッシング……‼〉

 

 振り抜かれたデウスカリバー……その刀身に禍々しいもう1つの刃を備えた新たな剣『マキナカリバーⅡ』を旋回させる様に振り回す。ひび割れた空間が更に断裂し、溢れ出たエネルギーが俺の身体に纏わりついていった。

 

〈魔穿……!鐡剣……!ソーディア・マキナ‼…Just bring it……!〉

 

 雷鳴が祝福の様に響く。溢れんばかりの闘気を仮面ライダーネメシスに注ぎながら、新たな姿の俺……『仮面ライダーソーディアマキナ』が1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 新しいソーディア——ガイダンスボイスからソーディアマキナか——が凄まじい速度でネメシスに接近をかけた。道教神話に『縮地』という仙術が登場するが、まさにそれ。相手までの距離を縮めたとしか思えない様な機動だった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ‼」

 裂帛の叫びと共に、マキナカリバーⅡが横薙ぎに斬り払われる。ネメシスがサイザースを振り上げて攻撃を受け止めるが、その桁外れの威力に体が大きく揺らめいた。このグラビティプラネッツは堅牢な装甲と質量によって、並大抵の攻撃ではビクともしない、にも拘わらずだ。

 

 前回戦った黒いディライト……あれに圧倒されたのならまだいい。エレメントエネルギーは元々自分達が開発したものだ。だが、ソーディアの元となっている魔剣など、デブリスの遺骸から人間どもが作り出した古臭い道具にしか過ぎない筈。そんな物にスペリオルドライバーの力が圧倒されるなど……

 

「調子に乗るなよ……野蛮人風情がっ‼」

 ネメシスが強く歯噛みしながら呟きつつ、ベルトのルーンドラッグを闇属のものへと交換した。

 

〈I am Nemesis.All I need is“SACRIFICE”……!〉

 

 基本形態であるダークプラネッツはパワー面ではグラビティプラネッツに劣るが、装甲表面にダークマターシードを展開できる。この世界の人類には未だに不可知の暗黒物質に覆われる事によって、仮面ライダーネメシスはこの世界に“存在”するという情報を常時不確定にする事が出来る。目の前に“在る”という情報を、瞬時に“存在しない”という状態へと『置き換える』事で攻撃を躱す。それこそがこの形態特有の不連続機動の正体なのだ。

 

 そこにいるのに、そこには存在しない。虚像を相手に戦う様なものだ。風車に立ち向かうイカれた騎士よりも分の悪い勝負だという事は明らかだろう。袈裟切りに振り下ろされた刃も、ただ空しく虚空を横切るだけの結果に———。

 

「………………っっっ⁈」

 ならなかった。

 

 ソーディアのマキナカリバーⅡの刃がネメシスの肩口の装甲に直撃し、その表面を激しく抉り飛ばした。そんなバカな……⁉という驚愕がネメシスの脳内を駆け巡るが、直後に湧き上がった鋭い痛みが、それは紛れもなく真実なのだと物語っていた。

 

「…どうなっている……?なんなんだ、コイツはっ……⁉」

 

 ネメシスと同じ闇属の力を持っているのかとも思ったが、センサーではその様な力は観測できない。ダークマターシードの機能不全でもない。なにかもっと強力な力に、物理的に断ち切られたという感じだった。

 後退したネメシスがサイザースの銃口から衝撃弾を連射した。だが、ソーディアマキナは慌てる事なく剣をその場で横薙ぎに払った。すると、鋼鉄をも砕く光球が全て切り裂かれ、消滅してしまった。物理的には干渉できない衝撃波や暗黒物質さえ切り裂いてみせる……そんな事をどうやったら為せるというのだろうか?

 

「………っ!…そうか、『絶対破壊』の力……!」

「…ああ、そういう事だ……。コイツならテメェをぶった斬れる……!」

 

 完全に失念していた。最強の魔剣の一振り、マキナカリバーが持つ『絶対破壊』の権能。この力の前ではあらゆる障壁も全てが破壊される。ネメシスの表面に展開したダークマターシードが剣に“破壊”されれば、確かに攻撃を躱す事は不可能だ。

 

 ——破られる?

 ——我らスペリオルの叡智を結集させた力が?

 ——こんな未開の非文明人の力なんかに?

 ——そんな事があり得るのだろうか?

 ——これ程の力を生み出す、“根源”にあるものは一体なんだ?

 

「…なんなんだ……!お前は一体、何者だ……っ⁈」

〈Fire Consecrate…….Hell or Heaven……!〉

 

 混乱する頭をそれでも精一杯に冷静に保ちながら、ネメシスがフレアルーンドラッグをネメシスサイザースへと装填する。分離したサテライターズと槍先の銃口から赤色のレーザーが一斉発射された。

 だが、ソーディアマキナもベルトにマキナカリバーⅡを戻し、アブレイシブスターターを3回コッキングする。エネルギーをチャージした刀剣を引き抜き、そのまま恐れる事なく火線の只中へと飛び込んでいった。

 

〈フィニッシュ・アブレーション‼ブレッシング・フィニッシュ・ディストラッシュ‼〉

 

 ——魔穿技・ファイアブースト……!

 

 ソーディアマキナの全身全力を込めた居合斬りが一閃。刀身に秘められた絶対破壊の力が目の前の空気さえ引き裂き、なんと虚空に巨大な裂け目を形成したではないか。どこに通じているのか解らない虚無の空間……レーザーは全てその奥へと吸い込まれ、そのまま掻き消されてしまった。余熱の残る空気を掻き分けて、ソーディアが飛び出す……が、レーザーの光に紛れたらしく、仮面ライダーネメシスとステファニーの姿はその場から跡形もなく消えていた。

 

「…逃げやがったのかっ……!…ふざけるなっ……!ふざけるなアイツらぁっっ……‼」

「ハイル、もういい……!もうどうしたってっ———!」

 

 悔し気にゼオラが静止する。ハイルにだってそんな事は解っている。だが今は少しでも怒りに身を任せていなければ……。

 

 無力さが酷く彼らの精神を苛み続けていた。行き場を求める様にまたしても怒りの叫びが空に木霊する。それもまた、自分の無力に向き合わんとしているかの様で、ひどく空しいだけだった……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 先の戦いより、2日間が無為に過ぎ去った。だが、その間に他に事件が起きなかった事がディライト達にしても、ネメシスにとっても幸いだったというべきだろう。

 予想外の事態に直面はしたが、幸いな事に傷は大事に至らなかった。何はともあれ、現状確認されている4人のパラディンの力は回収し終えたのだ。残りの2人……光と雷の権能を宿す者を探して、この国を早々に出立する……つもりでいたのだが。

 

「力が回収されていない?」

「…あァ……どういう訳か、この通りさ」

 ネメシスサイザースに装填されていたブランク型ルーンドラッグを引き抜いてステファニーに見せる。本来ならそこには回収した風と水のエレメントの力が宿っている筈なのだが……依然として何も描かれていないブランク状態のままだったのだ。

 

「仕留めそこなったって言うの?あの状況で……?」

「それは……ないと思う。確かに心臓を貫いた。いくら神聖騎士と言えども、あれで生きているとは———っ⁈」

 ネメシスがハッと口を噤む。そう言えば彼らを殺める直前、彼らが言っていた言葉を思い出したのだ。

 

『…()()()()()()()()()()。残念だったね……』

「…しまった……。力をあの場にいる者に移したのか……‼」

 

 ステファニーがネメシスに自らの闇のパラディンの力を受け渡した様に、エレメントを司るレベルにまで達した神聖騎士の力は他者に受け渡す事が可能になるのだ。きっと彼らは自らが殺される直前に、あの場にいた誰か——相応に錬真力の高い者——に力を継承させたのだろう。「アイツらっ……!」とネメシスが憎々し気に歯噛みした。

 

「どこまでも往生際の悪い……。そこまで抵抗するって言うなら……望み通り、最後の1人になるまで相手してやるよ……!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「マヤちゃん、調子はどう?」

「…う~~~~ん……?頭はまだ痛い……。ダルさはマシになったけど……まだ、体の奥から冷えつく様な気がする……」

「そう……。ゼオラちゃんは?」

「…私は、全然です……。ただ怠いとしか……」

「わかった。…2人とも、食事はまだ無理そうね……。待ってて、リンゴを持ってきたから———」

 

 ベッドの上で怠そうにしているマヤとゼオラを、ルチルが甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 場所は彼らの拠点であるシットラス邸ではない。エルネスティナ宮殿内部の病院施設である。謀略や暗殺の渦中に置かれやすい王族専用の医療設備はあちこちに設置されているのだ。

 

「…2人は大丈夫なんですよね……?」

「大丈夫だよ。恐らく神聖騎士の力を移された事によって、体に負荷がかかってるんだろうって……まぁ、過去の資料からの受け売りなんだけど……とにかく、全身状態は安定してるし、その内回復するよ」

 ゲイナンが数冊の紙束——過去の神聖騎士の力の受け渡しに関する記録を読み返しながら答えた。

 

 2日前、ネメシスによってオリヴィエとホルガーの両名が殺害された。ソーディアの反撃によってなんとかその場を脱したレイト達だったが、またしても仲間を奪われてしまった……と思われたが、直後マヤとゼオラが体調不良を訴えて倒れたのだ。驚くべき事に、彼女達の身体には死んだ2人と同じ色のパラディンの紋が浮かび上がっていたのだった。

 

「…まさかあの直前に、2人に力を移していたなんて……」

 覚醒段階にまで達したパラディンの力は、他者に受け渡す事が可能になる。恐らく自らの死を悟った彼らは最後の抵抗として、その場にいたマヤとゼオラの2人に自らの権能を渡していた……という事だろう。『…あと半分は嫌がらせだ。残念だったね……』と笑っていたオリヴィエの真意はそこにあったのだ。

 

 その余波で2人は今体調を崩してしまった訳だが……そこは長年パラディンと関わって来たアネスタ皇国、彼らの力に関する研究書は山の様にあった。それによると、力の受け渡し直後に体調を崩すのはよくある事らしく、それも数日のうちに回復する様だ。実際マヤの方は起き上がれるぐらいの元気はあるらしく、ルチルに差し出されたリンゴを早くも平らげてしまっていた。

 

「でも、パラディンの力って錬真力がかなり高くないと宿らないんだよね?マヤはともかくゼオラってそんなに錬真力あったっけ?」

「…いや、全然……。寧ろ普通より少し低いくらいで……錬真力は訓練である程度伸ばせるけど、そんな急速には……」

「ああ、多分デブリーターの適合手術の所為でやしょうね」

 レイトとアイリスの疑問に答えたのはジェイクだ。

 

「デブリーターになるにも、ある程度の錬真力が必要なんでさ。それに届かない者は、あのクリーデンスって親父から強化処置を施されてやした。多分ゼオラ嬢ちゃんもそうなんでやしょうね」

「強化って……簡単に言ってるけど、それってかなり難しいわよ?デブリーターにはそんな技術があるの?」

「…俺も詳しくは知りやせん。大体の技術はクリーデンスが秘蔵してやがったモンで」

 ジェイクが少し申し訳なさそうに頭を掻いたところで、ルチルがこちらに向き直って手をパンパンと叩いた。

 

「悪いけどこれから2人の清拭するから、紳士の皆さんは外に出ていってちょうだい」

「イエ、ルチルお嬢さん。それは是非執事見習いのあっしに———ってイデデデデデッ‼」

 

 妙な対抗心を燃やすアホの耳を引っ張って、レイトとゲイナンは病室から退散した。夫が死に未亡人となったルチルの身の振り方はまだ決まっていない。だが、彼女は元来誰かの世話を焼くのが好きな様だ。ジークからも「案外執事にも向いているかもしれない」と太鼓判を押されていた。

 

「しっかし、マヤ嬢ちゃんとゼオラ嬢ちゃんがパラディンでやすか……。俺が言うのも変ですが、何ていうか運命的な導きを感じやしませんか?」

 運命……パラディンはかつて勇者ディライトによって選定された、彼の従者達だ。ディライトの力を継承して以来、一緒に旅をしてきたマヤとゼオラの2人がその力を継承したというのは確かに運命的というか、必然の様なものを感じる。

 

 ……が、

 

「…まだパラディンになった訳じゃない……。最終的にそれを決めるのはマヤ達だ」

「ああ、そっか……。でも、彼女らは断らないでやしょ?それこそボスの為だったら必死で戦———イデェッ⁈」

 レイトに向う脛を思いきり蹴り飛ばされ、ジェイクが床にひっくり返って悶絶する。少し強すぎたかと思ったが、それでささくれ立った気分が静まってくれる訳でもなかった。

 

 必死。言葉にするとこんなにも単純だが、必ず死すと覚悟するという事。果たしてあの2人がもしローランやオリヴィエの様になってしまうと考えたら……少しでも頭を過ぎるだけで、体中が震えて激しい嘔気がこみ上げてくる……。

 

「…ジェイク、ジークさんと一緒にここの守りを頼む……」

「はぁ……って!こぞ……じゃなかったボス!どこ行くんでさぁっ⁉」

 呼び止めるジェイクを無視してレイトは病院の外に出た。

 

 焦慮、怒り、恐怖……そんな感情が混ぜ合った内心は、どれだけ足早に歩いても消え去ってくれはしない。だが、今の自分に前に進む以外の選択肢はない。何故歩き続けているのか……久しく聞いていなかった心の声を振り払う様に歩き続けていると、前方に1人の人影が見えた。

 

 だだっ広いエルネスティナ城の敷地の隅、垣根によって周囲から途絶された様な庭。その片隅で女性が1人で何かに祈っている様だった。

 腰まで伸びる青みを帯びた銀髪に、スラリと細くて姿勢のいい立ち姿……後ろ姿でも見間違いはしない。この国の女王であるクリスティン・ビバリー・アネスタだった。

 

 何かに一心に祈りを捧げている彼女の細い両肩が、少し小刻みに震えている様だった。泣いているのだろうか……?レイトが惑っていると、気配を察したのか背中がクルリとこちらを向いた。

 

「あら、レイトでしたか。ごきげんよう♪」

「…ご、ごきげんよう、クリス……」

 優雅に微笑む女王の目は、やはり泣き腫らした様な形跡はなかった。気の所為だったか……イヤ、この人だったら一瞬で目を乾かすくらいはやってのけそうだな……と、レイトは一人勝手な事を思い、勝手に戦慄した。

 

「丁度よかった。お茶でも如何ですか?今日はここより北方の国から伝来した、スッポンブラッドエキスを入れてみようかと———」

「…いえ、遠慮します……。それよりここって……?」

 

 木々と花々に隠された秘密めいた園。その片隅の畑に建てられていたのは……小さな、手作りと思しき墓碑だった。そこにはそれぞれ……『ローラン・デュランダール』『オリヴィエ・グロリアズ』『ジェラルド・ルシアータ』『ホルガー・ブロワール』の名が刻み込まれていた。

 

「…あの人達の、墓なんですか?ここが……?」

「ええ……と言っても正式なものではありませんんけどね。あくまでも私個人の鎮魂の場所です」

 そうだろうな、と思う。ローランの正式な墓所はアレステリスにあるのだ。

 

「彼らの死は、まだ発表できないんです。ただでさえ悪魔憑きの影響で国民が動揺している時期に、国の守り手たる神聖騎士が死んだなどと発表したら……」

「恐怖爆発の危険性……ですよね」

「そうですね。人の心は、思っているよりもずっと崩れやすいものですから……」

 

 先日のアイネ地区で起こった恐怖爆発によって、最終的に160名近くの人間がインプデブリスへと変異した。現在でもアイネ地区はかなりの混乱状態にあり、機能不全に陥っていた。もしあれが人口密集地であるコーパーズで起こったのなら……。

 

 ——もうこれ以上、敗ける訳にはいかない……。

 ——その為にも……。

 

「…クリス。あれ、まだ持ってるんですよね……ダークライドラッグ」

「ええ、持っていますが……。…あれの使用は皆さんから止められたのではないですか?」

 

 前にダークライドラッグを使用して変身した後、レイトはしばらく意識を失っていたらしい。ディライトの変身によって強化された錬真力と、ディライトドライバーのフィルターを経由してもここまでの毒素を発揮する闇の霊薬を使用する事は、アイリス達から必死に止められたのだ。ソーディアマキナの力でネメシスの不可思議な能力には対抗できる様になったのだから、決して無理をする必要もないのかもしれないが……。

 

「…出せる力があるのに、それを使わなかったら……それでまた誰かを失う事になったらっ……。そんな思いを味わうのも、誰かに味わわせるのも……イヤだからここにいるんです……!」

「…そうですか。まぁ、私に王の責務がある様に、それが勇者の力を継いだ貴方の責務なのでしょうね」

 そう言ってクリスがジャケットのポケットから漆黒の霊薬瓶を3つ取り出して、レイトに渡した。

 

「…お願いします……としか、言えないのです……。貴方の隣に立つ責務がありながら、私は……」

「……?クリス、何か言いました?」

「…あっ……い、イエ……なんでもありませんわ……」

 

 珍しく動揺した様なクリスから目を逸らして、レイトは虚無のエネルギーを秘めた薬瓶を見つめる。握った瞬間から手指を伝って何か得体の知れない力が侵食してくる様な感触をまた感じる……が、レイトは直ぐにそれを打ち消した。

 

 ——もし、またあの暴威が自分達に向けられた時。

 ——力及ばず、大切な人達が奪われてしまったら……。

 ——この責務を引き受けた瞬間から、この命は既に自分1人のものではない。

 ——そうならない為に。

 ——差し出せる物があるとすれば……。

 

 魅入られた様に闇の霊薬に見つめるレイトから目を逸らしたクリス。彼女の顔が少し悲し気に曇った事に、気付いた者はいない。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 アネスタ皇国首都コーパーズの南側。エルネスティナ城の真正面が丁度向く場所にあるのが、広大な農村地帯と多くの人々が行き交うバザールである。騎士・貴族・商人・農民……様々な身分の者同士が混じり合うこの国最大の市場は、例え正体不明の病が蔓延ろうとも盛況さを失う事はない。

 そんな活気溢れる街の空に、不意に忍び寄る者があった。2人の人影がなんと宙に浮かび、バザールの地面にその影を落としていた。

 

「ハッ!いやがるいやガル人間どもが!今日も今日トテ平和!とでも思ってんのカァっ‼」

「デは教えてサし上げましょうかガーム様。コの世界の本当の恐怖を」

「オウよメジューサぁっ‼誰がコノ世をシメてんのかって事をナァっ‼」

 

 宣言と同時にマントを被った人影が地面へと急降下し、バザールの真ん中へと突っ込んだ。突然の事態にどよめく聴衆を満足そうに見つめ、2人の人間がマントを取り払った。

 

 否、現れたのは人間の顔ではなかった。

 

 細身の方は体が鱗で覆われ、頭髪の代わりに無数の蛇を生やす……ジェネラルゴルゴンデブリス『穿慄のメジューサ』。

 

 大柄な方は山脈の様な筋骨と継ぎ接ぎの皮鎧を纏った犬人間……ジェネラルケルベロスデブリス『闘獄のガーム』。

 

 2体のエルシングス達は、恐慌に陥る人々の悲鳴を聞きながら、満足気に嗤う。

 

「ミちていますね……恐怖が。ワれらが王への供物となる、感情が」

「ハハァ!1匹も逃がしゃシネぇっ‼必ず殺してやるから、安心してブルってろ人間どもォッ‼」

 

 犬の頭蓋骨の様な手甲を纏ったガームの拳が石畳を殴りつける。迸った強烈な衝撃波と石塊が人々に襲い掛かり、その五体を引き裂いた。唐突なデブリスの襲撃と、身近な人の突然の死。人々がパニックを起こすには充分な要件だった。

 

「アぁ……キ分……」

「爽ッッ快だぁっっ‼」

 人間達の恐怖の悲鳴を肴に、怪物達の破壊の宴が幕を開けた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「なんですって……⁉」

 バザールに出現した怪物達の急報は、即座にクリス達の元へと届けられた。急な襲撃であろうとも現場の兵士達が冷静に、そして勇敢に自らの役割を全うしてくれているからこそだ。つくづく我が国の騎士達は優秀だな……と誇りに思いながら、騎士司令のゼイバスが報告を続ける。

 

「出現したデブリスは2体。どちらも過去に出現例がない個体で、おまけに人間の様な姿で人の言葉を話すとか……」

「市民と騎士隊の被害は?」

「現場が混乱しており、詳しい数は解りませぬ。ただ、この短時間で既に相当数の死傷者が出ている模様で……」

「…新たなデモニッククラスタか……もしくは報告にあったジェネラルクラスでしょうか?」

 クリスが意見を求める様にレイト達を見る。冷静を保っているクリスやゼイバスとは対照的に、レイトとハイルは固い表情で首を振った。

 

「それだけの情報じゃなんとも……。とにかく、俺たちで現場へ行きます」

「待ちなさい!今の戦力では———」

 国の最大の守り手である4人のパラディンは既に亡く、仮面ライダーの仲間達もゼオラとマヤは今は戦える状態にない。敵がこの状況を知っていたのかはともかく、最悪のタイミングでの襲撃と言うしかなかった。だが、「そんな事を言ってられる状況じゃねぇだろ」とハイルが一蹴した。

 

「打てる手が少ないなら、出し惜しみしたってしょうがねぇ。だったら敵を俺たちに集中させて、その間に戦力を立て直した方がいい。違うかい?」

「それは、そうですが……」

「決まりですね。騎士隊は街と市民の守備に集中させる様に伝えて下さい」

「お、おい!ちょっと待たんか———!」

 

「レイト!」

 言うだけ言って飛び出していこうとするレイトをアイリスが呼び止めた。

 

「無茶よ、2人だってまだ傷も治り切ってないんだから。だったら私も———」

 

「だめだ‼」

 レイトが彼女の提案を強く遮った。その声音の激しさにその場にいる誰もが唖然としたが、レイトはそれには気付いていない様だった。焦慮、哀惜、怖れ……様々な激情が走る表情を歪ませて、レイトが胸の辺りを苦しそうに握りしめる。

 

「…これ以上……誰も失いたくないんだっ……。もう誰にも……あんな痛みを……」

「…レイト……でも……」

「…いつ、ネメシスがここに来るか解らない。アイリィはジャック達と一緒にここの警護をお願い……」

「…ま、待って———!」

 走り去っていく2人に呼び掛けながら、それでもアイリスは走り出せなかった。細身で頼りない、でも固い拒絶の意思を湛えた背中がひどく悲しく、同時に理解も出来てしまったから。

 

 届かなかった剣、果たせなかった誓い、その度に突き付けられる我が身の無力。そしてもしこの先、その所為で大切な人を失うとしたら……。

 

 戦う者に付き纏う終わりなき刻苦。それがこの世界と人々の命を背負って立つ勇者には必要な試練であるのだと解っている。

 

 だけど、苦しみに晒されている彼の姿を見ているのは辛くて。

 そんな痛みが彼をどうしようもなく変えてしまうのではないかと不安で。

 

 …同時に、今の自分が彼の横には立てない事も解る。解ってしまう。

 

 強くありたい。そう思った事は何度もある。

 だけど今は。

 

 強くなりたい。

 

 憧れを失った子どもの様な気分で、アイリスはそれでも切実に願わずにはいられなかった。

 

 




レイトがヘルライジング化しそうな兆候まっしぐらですな。
今までの落ち展開が重なって流石にちょっと精神に堪えている状態です。

その他、マヤとゼオラがパラディンの力を受け継ぎました。彼女らがどういう道を選ぶかはともかく、今後の展開に大きく影響します。さて、アイリスはどうなる事か……。今後の展開に関する布石はそれなりに貼っているつもりなので、予測しながら読んでみて下さい。

それではこの辺で。
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