仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ

悪魔系デブリスの侵攻によって恐怖に包まれる世界、更にパラディン達も仮面ライダーネメシスの襲撃によって次々と命を落していく。それでも必死に恐怖抗う2人の仮面ライダーだったが……エルシングスの襲撃によって、遂に魔王ディアバルが蘇ってしまう。
それは、仮面ライダーソーディア———ハイル・ランドナーの姿をしていた。


Saga24 ザ・ライトスタッフ~輝きの絆~①

◇◇◇◇◇

「我が名は……『ディアバル』。無より生まれ、煉獄を統べ、ただ破壊を齎す者だ」

 

 瓦礫に沈む街を舞台に、“それ”は自らの名を宣言した。

 

 “それ”の名は、恐怖である。

 

 “それ”の身は、罪過である。

 

 “それ”の存在証明は、絶対的な破滅である。

 

 禍々しく悍ましい言葉で長き時を語られ続ける存在……それが『ディアバル』。

 

 デブリス最凶の魔王。

 かつて暗黒の時代を齎した、闇の旧支配者。

 ディライトがいずれ対峙するべき、真の敵……である筈なのだが。

 

 問題なのはその姿である。

 その名を名乗る者は……誰であろう、もう1人の仮面ライダーとして共に戦い続けて来た、仮面ライダーソーディアだったからだ。

 

「…は、はぁ……⁉ディアバルって……なに言ってるのよハイル君!こんな時に冗談は———‼」

『いかん、近寄るなサクラ‼』

 戸惑った様な声を上げるサクラを無感動に見やると、唐突にソーディアマキナがマキナカリバーⅡを振るった。刀身から発射された飛ぶ斬撃が音にも匹敵する速度で彼女に迫る……が、すんでのところでローザが腕から放った障壁によって防がれた。

 

「ほう……オレの攻撃を受け止めるとは……」

 感心した様に息を吐くと、ソーディアがカリバーからライドラッグを引き抜くと、仮面が割れる様に消えて変身が解除される。後にはいつも通りハイル・ランドナーの姿へと戻る……が、一目で彼がなにか異様な者へと変質しているのがレイト達にも解った。

 

 双眸が赤くなっているとか、髪の毛全体が白く染まっているとか、そんな見た目の変化は些細なものだ。上手く言葉で形容できないが、全身から滲む気配や表情がまるでハイルの姿という実像をぼやけさせている様だった。それに先程から二度も彼はサクラ達に剣を振るった。本来の彼ならば、家族(ファミリー)に向かってそんな事をするなどあり得ない。

 

 その事実が何よりも雄弁に語っていた。

 目の前の男は、ハイル・ランドナーではない。

 

「…ハイルが、悪魔に乗っ取られたって言うのか……?」

「あぁ、その通りだ。失った肉体を完全に再生させるには入れ物が必要だったのでな。これはいい心地だ。オレの魂がよく馴染む……」

「…………っ⁈」

「…ふ、ふざけんじゃねぇよっ!ハイルさんが……あの人がそんな簡単に乗っ取られるもんかよっ‼」

「知らん、事実だ。この男の精神に巣食っていた強い恐怖……オレはそれを利用しただけの事。その根源はお前たちの様だな……。足手まといを失う事を何故そんなに恐れるのかはよく解らんが……まぁいい。利用できる物はなんでも利用させて貰う……」

 ハイルの姿をした男……ディアバルが右手を動かすと、光と共にグラムバスターが出現した。

 

「……………っ⁈」

「死ね。そして貴様らの恐怖も、オレが貰う」

 

 人間とは思えない速度で加速したハイルが、幅広の大剣をそのままヒュペリオン達へと叩きつける……が、その寸前でいきなり彼らの間に出現したローザがその刃を蹴り飛ばした。吹き飛ばされたハイルが、しかし「ハハッ!やはりな!」と凄絶に笑う。

 

「何者かと思ったが……()()()()()()()!」

 

『お前ではない。元は1つであったのかもしれんが……お前と今の私は異なるものよ‼』

 ローザ、もう少し耐えてくれよ……と、少女が呟くと同時に、彼女の両手から刃状の光が出現しグラムバスターへと叩きつけられた。幼い少女の肉体から発せられているとは思えないほど強烈なパワーにハイルが「クッ⁉」と苦悶を漏らした。

 

「チィッ……!オレの身の一部でありながら、オレを裏切るとはどういう了見だ⁉」

『逆だディアバルよ。お前の身の一部であるからこそ、お前のバカな所業を許す訳にはいかん!行く先々で敵ばかり作り……お前は何者になりたいと言うのだ⁉』

「知れた事!恐怖と破滅を齎し、世界をオレが色に塗り替える!それこそがオレの生まれた理由!それ以外に必要か⁉」

『考えを捨てただけであろう!偉そうにほざくな‼』

 

 ローザが腕に力を込める……が、突如としてハイルの力が増加した。グラムバスターのグラムエンドヘッドが引き伸ばされ、パワーが大きく上がっている状態だ。今度は反対に弾き返されたローザが地面に着地すると同時に反撃に転じようとするが……細い脚がガクリと折れ、その場にへたり込みそうになった。

 

「フン。どうやらその体、完全ではない様だな。その程度の力で満足するのがキサマの存在証明だとでも?」

『…完全でないのは貴様も同じであろう?まだその体とも完全に馴染んでおらぬ様だしな』

「チッ……」

 ハイルが舌打ちを漏らす。彼の左腕は時折痙攣を起こした様にガクガクと細かく震えていた。あれはまだ体と魂が上手く順応していない証左だ。ローザがすぐ横のディライトに向き直った。

 

『一旦退がるぞ!お前も呆けているでない、レイト‼』

「退がるって……⁉ハイルをあのままにしておくのか⁉」

『今は方法がない。急げ!我とていつまでも表には出ていられんのだぞ‼』

 

 悔しいがその通りだ。レイトもダークライドラッグの副作用の影響で身体に上手く力が入らない状態だ。ここでハイル救出に固執して、ローザやヒュペリオンの仲間達を失う様な事態になれば、それこそ取り返しがつかない。忸怩たる思いで、ディライトがベルトのエブリッションスターターを押し込んだ。

 

〈エブリッション!ヴァリアントブリンク‼〉

 

 闇のエネルギーを終結させたドグラマシュレッダーを地面へと叩きつける。ローザが光剣から斬撃波を発射したのも、ほぼ同じタイミングだった。2つの攻撃はハイルとエルシングス、そして仮面ライダーネメシスに直撃し、爆炎と砕けた石片を周囲一帯に撒き散らした。元よりこれで彼らを撃退できるとは誰も思っていない。ただ一瞬目を眩ませられればそれでいいのだ。

 レイト達の目論見通り、爆炎が晴れると、広場にはハイルとメジューサ、ガームの3人だけが残されていた。獲物をみすみすと取り逃がしたガームが、「クソが!」と毒づいて地団駄を踏む。

 

「逃げヤガって!オージョーギワが悪ぃってのはコノことだなぁっ‼」

「ドうされますか、ディアバル様?ゴ命令とアらば、今すぐにでも奴らを捜し出しますが」

「…イヤ、良かろう。オレもまだ完全ではないが……長引かせればそれだけ恐怖は強くなり、必然力も増す。それになにより、その方が面白い。この力を試したくもあるしな」

 

 ハイル……否、ディアバルが肩に担いだ大剣を興味深そうに撫でる。かつての自分……勇者ディライトに打ち滅ぼされた時には持っていなかった力を強く感じる。それを試さずにただ一方的に人類を滅ぼしてしまうのは、酷くつまらない気がした。

 

 長き時をかけて復活を果たしたのだ。せめて人類の抵抗も余興ぐらいにはなって欲しいものだ。そんな不遜な意思を湛えた笑いを湧き起こらせ、やがて靄の様な闇と一緒にかき消えていった。

 

 そして、その様を眺めていた仮面ライダーネメシスも、苛立たし気に舌打ちを漏らして、一旦は帰路に就く事にした。

 

「チッ……面倒な事態になったな……。これも、アイツがあんな奴に力を渡したりするから……。これだから、地上の人間と関わるのは厄介なんだ」

 

 ——ディアバルが絶対破壊の力を得た。

 ——これはハッキリと非常にマズい。

 

 ——ここは、先に何としてもディライトの力を取り戻す必要があるか……。

 

 三者三様の思惑を空気に溶け込ませながら、破壊の跡が色濃く残るコーパーズの街並みが、夕闇の底へと沈んで行った……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 噴煙に紛れて撤退したレイト達は、そのままエルネスティナ城塞の病棟へと戻った。辿り着くなり糸が切れた様に倒れ込むレイトにアイリスが慌てて駆け寄ってきた。

 

「レイト……?どうしたの一体⁈」

『ダークライドラッグの中毒症状だ。大事には至っていない。解毒処置をしてやれ』

「ダークライドラッグって……⁉レイト……あれはもう使わないでって言ったじゃない!なのにどうしてっ……⁉」

 

 ライドラッグの中毒症状を緩和する薬剤を投与しながら、アイリスがレイトに詰め寄る。前回あの霊薬を使用した後、レイトはしばらく意識を失ってしまった。だからこそ、あれはもう二度と使わない様に懇願した筈なのに……。

 

 ライドラッグはデブリス由来の素材を使用して製造される為、基本的に全てが劇毒である。通常であれば身体に直接投与などしようものなら、重篤な中毒症状に襲われ、即死する例すらもあるのだ。

 今までレイトにはそういう事はなかったのだが、あの闇の霊薬は今までのモノと比べても数十倍の毒素を含んでいた。ディライトドライバーのフィルター機能を介しても、体へのダメージを消しきれないレベルである。今回と同様、投薬とレイト自身の錬真力の高さもあって直ぐに回復したのだが……二度目も助かるなどという保証はどこにもない。

 

「…レイト……」

「…ごめんっ……でも、今は……」

 

 ミミズ腫の様な中毒相が引いていき、蒼白だった顔色が先程よりも色味を取り戻していく。体温も少しずつ上がっていくのが指先から伝わって来る……が、こんな時にどうしても思い出してしまうのが、故郷リンネで散った父の事だ。

 呼気が、体温が、言葉が……命の気配が少しずつ腕の中で消えていったあの喪失感。またあんな風に大切な人を失いたくない。ただそれだけなのに……これだけ近くにいても、レイトが遠くに行ってしまった様な感覚がずっと渦巻いている……。

 

「…ハイルに……ハイルに、何が起こったんだよ……?どうしてアイツが魔王ディアバルなんかに憑りつかれて……?」

『…そうだな…。お前たちには、話しておかねばなるまい。我らの秘密を……』

 レイトの意識が戻ったのを確認し、ローザが——否、エクスカリバーがその場にいる者全員を見渡して、口を開いた。

 

『我ら魔剣がデブリスの遺骸を元に作られる事は知っておるな?ではデウス、エクス、マキナ……〈始まりの三振り〉に使われたデブリスの遺骸とは何であったか……解るか?』

「…魔剣の力って、確か元となったデブリスの強さに比例するのよね?最強とされるだけのデブリスって……?」

 

 その3つに限らず、魔剣の元となったデブリスはドラゴンやサイクロプスなど強力な存在ばかりである。それらを遥かにしのぐあの剣の性能を考えると、あとはジェネラルクラスぐらいしか……。

 

 …いや、いる。過去に討伐実績があり、他の何よりも強力な力を持っている存在が。

 

「…まさか……ディアバル?」

『そうだ。始まりの三振り……その元となっているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なっ……⁈と、その場にいた全員が絶句した。驚愕というよりも、疑問や困惑の色が濃い様に感じる。

 

「…ど、どういう事よ……?だってディアバルはさっきあそこに……。…まさか、あれも偽物なの?」

『いや、そうではない。過去に倒されたのも本物なら、先ほど現れたのも本物なのだ』

 ローザが文机に置かれた水差しを手に持つと、その表面にひびが走り、勢いよく割れた。だが次の瞬間、ローザの手が錬真術の錬成反応を帯びて輝き、水差しを元通りに修復してみせる。

 

『…ディアバルはな、()()()()()()()()のだ。奴の体を構成するデブリス細胞は他と比べてもとびきり強固な上に、例え倒せたとしても飛散した僅かな細胞片からでも長い時をかけて再生し、再びこの世に顕現してしまう……。ライドラッグに封じようとも、全ての細胞片を回収できる筈もない。だからこそ……奴を止める手立てはない。勇者ディライトですらも、だ』

「…殺す事ができないって……そんなのアリかよ……」

『アリなのだ。人の心から恐怖が消えぬ限り、何度でもそれを糧として蘇る。正しく人知を超えた完全生物……それが我らよ』

 

 非情な宣告。その場にいる誰もが今度こそ言葉を失った。

 

 殺す事が出来ない?恐怖に反応して何度でも蘇る?信じられない話だが、そう考えるといくつか合点がいく部分もある。エルシングスを始めデブリス達の多くは己の生存よりも、人に恐怖を与える事を目的に動いている様に見える。生物としては甚だ不可解な彼らの行動も、その全てがディアバルという彼らの生みの親を復活させる為のものだとするなら、改めて納得がいった。

 

「…ちょっと待って……。だとすると、魔剣の製造技術をランドナー家に伝えたのは、勇者ディライトだったって事にならない?なんでディライトはそんな事を?」

『真意は解らぬが……恐らく、我らはディアバルを倒す兵器として作られたのではないかと思っておる。毒を以て毒を制す……発想としては間違ってはおらん。だが、結局は上手くいかなかった。魔剣は結局人間を人ならざるものに変えてしまう危険な力だったのだからな……。ハイルならばもしやと思っておったが……やはり、無理だったのか……』

「そ、そんな……!なんとか切り離す方法はないのか⁈」

 

『…ない。人と悪魔は心で結びつくものだ。それを断ち切るのは容易な事ではない……。今はまだ生きていようが……奴が完全に力を取り戻してしまえば……』

 

 ここに来るまで、悪魔に憑りつかれた多くの人々の姿が思い起こされる。心に悪魔が巣食った者は先ず意識を乗っ取られ、やがて肉体ごと怪物へと変質してしまう。この世に一切の痕跡すら残さない、完全なる死……。

 

「…………っ‼」

「れ、レイト⁉ダメよ、まだ動いちゃ———‼」

「放せって!ディアバルを倒しにいかないと———!」

 ガタン!と椅子を蹴倒して、レイトが逸る様に外へと飛び出そうとする。だが、ローザが『やめんかディライト‼』と鋭い声で制した。

 

『今のお前ではどうする事もできん……。心の闇は力づくでで振り払えるものではないのだ……』

「そんな事ないだろ!ハイルは強い男だ……。アイツがそんな簡単にディアバルに負けるわけ———!」

『どうかな……。あ奴の中には元々悪魔に魅入られやすい素質があったのだ……。奴は仲間を大事に思う一方で、敵となる者には容赦しない……そんな恐怖心と苛烈さを、ディアバルに魅入られてしまったのではないか……』

 

 ヒュペリオンの仲間達を家族と呼び、彼らを守る為に必死で戦ってきたハイル……だが、一方で敵として立ちはだかった者には容赦しない。特に家族の危機ともなれば尚更だ。長年、ディアバルの身を宿したデウスカリバーを使い続ける中で、彼のそうした危うさをディアバルに見出されていた……とでも言うのだろうか?

 

 …そうだと、するならば……。

 

『…すまない……。もっと早く、気付いていれば……私に止められる力が、あったのならば……ッ』

「ローザちゃん⁉」

 ローザの体がグラリと傾ぎ、サクラが慌てて受け止めた。いつも淡く輝いている彼女の瞳がチカチカと明滅し、呼気も荒くなっていた。

 

『…スマン……流石にこれ以上は表出していられん……。だから、手短に言うぞ……。奴の語る恐怖になど……屈してはならん……。前にも言ったが、結束こそが人の最大の力だ……。生まれに絶望し……破滅でしか己を証明できない者の世迷い言など……』

 

 切れ切れの言葉は最後まで紡がれる事なく、ローザ——否、エクスカリバーが目を閉じ、また眠りの周期へと入っていった。眦に光る僅かな涙、それが誰のものなのかは、レイト達にも解らなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 アネスタ皇国首都『コーパーズ』から百数十サウドの彼方。今はデブリス細胞による土地の汚染が進み、ロストリスと化した平原に、滅び去った城郭と都市群の名残りがある。かつてアネスタの栄華を象徴していた旧首都『プラトーン』。今は人が住めなくなったその土地に、しかし今は集う者達がいた。朽ちた玉座に腰掛ける青年に傅くのは黒犬と蛇の意匠を持った怪物達……言うまでもなく、魔王ディアバルとエルシングスのガームとメジューサである。

 

 ハイルが羽織っていたジャケットは脱ぎ捨て、代わりにこの地で拾った黒いロングコートをその身に纏っている。不遜な笑みを湛える表情……その姿は正しく“魔王”といった出で立ちであった。

 

「オ初目にカかります。私は穿慄のメジューサ。コちらの者は闘獄のガームでゴ座います。ヨくぞお戻り下さいましたディアバル様。オ体の調子はドうでしょうか?」

「まだ完全とは言えんがな……すこぶる順調だ。一部とはいえオレの身を引き受けられる程の男だ。力との馴染みも早い。思ったよりも早く完全復活を遂げられそうだ」

「しっカシなぁっ‼随分と長く眠ってヤガりましたね魔王よ!俺ぁテッきりこのままくたばったママでいるんじゃねぇかと思ってヤシたぜ‼」

「ガーム様……!アまり不敬な口を———‼」

 ガームの口のきき方をメジューサが慌てて諫める。だが当のディアバルは「構わんさ」と気にした風もない。

 

「どんな者にも怯まない、その飽くなき闘争心……。オレは嫌いではないぞ、闘獄のガーム」

「ヘヘッ、そりゃぁドウも‼ジャア言っとくがなっ、俺サマは俺サマよりも弱ぇヤツの下につく気は毛頭———」

 

「…ただし、だ。それも中身が伴っていれば……の話だという事を忘れるな?」

「……………ッッ⁈」

 

 ガームの言葉を遮り、ディアバルが口の端をせり上げる。ただそれだけ……である筈なのに、瞬間その体から湧き上がった名状し難い気配が、ガームに襲い掛かった。物理的な力などでもない、ただの闘気……それだけでガームの全身を凄まじい畏怖が覆いつくす。先程までの不遜な表情は消え失せ、全身を震わせて動けなくなるガームを見やりながら、メジューサは戦慄し、しかし同時に気分を高揚させてもいた。

 

 ——これこそが、我らの王……!

 ——破滅と恐怖を支配する、絶対なる超越者。

 

「イたみ入ります、ディアバル様。我らはエルシングス……アなた様より産まれし尖兵でアります故。カならずや貴方様の完全なる復活の為に尽力する所存でございます」

「ふん、そりゃ有難いが……他のエルシングスはここにはいないみたいだな?」

 ディアバルの指摘にメジューサが申し訳なさそうに呻く。ディアバルを中心としてその配下たるエルシングスはどの時代も常に6体が存在してきた。だが、ここにいるのは自分とガームのみ。他の者は……。

 

「…モうし訳ありません。吸血鬼(ヴァンピール)巨人(タイタン)の長はアのディライトとの戦いで既に……。幽霊(ゴースト)(ドラゴン)についてはイまだに所在すらも掴めてはいないのです」

「ふん、エルシングスも随分と腑抜けたモンだ。だが、ソイツらが再び揃うのを待ってる訳にもいかない。お前らもまだ暴れ足りないだろう?」

「ハッ!勿論でございます」

「なら今すぐ行け。そしてこの世を、再び恐怖と混沌が支配する世界へと作り変えろ。人間どもに、誰がこの世界の支配者か……たっぷりと刻み付けてやろうじゃないか」

 

 再び応と答えた2人のエルシングスが、そのまま猛烈な速度で外へと飛び出していった。妖精種と野獣種、それぞれの中で使役可能なデブリスを統率しに行ったのだろう。

 

 そうなれば、直に人間とデブリスの間で激しい戦端が開く。血と恐怖に飢えた我が眷族たちが人間の世界を食い荒らし、流された涙と怒りと憎しみ……その全てが自らの力を高める糧となる。

 

 何故その様な真似をするのか?それこそが生まれついた時より与えられた、己のアイデンティティだからだ。生物が常に種の保全を第一義とする様に、ディアバルという存在にとってはただ進化する事こそが命題だ。それ以外に何かを考えなくてもいい……筈だったのだが。

 

「…出て来いよ、ディライト。今度こそ決着をつけようじゃないか」

 

 かつて自らを滅ぼした人類の救世主の名。この世で唯一自分を塵へと返してみせた、永遠の好敵手。この体……ハイル・ランドナーという青年の記憶は既に読み取っている。今は別の少年へと力を受け継がせた様だが、関係はない。どうであれ再び立ち塞がる者であってくれると言うのならば、これほど愉快な事はそうそうない。

 

「見ているか、天上人気取りのエセ神どもめ。今度こそオレの全てをかけて、お前たちを否定してやる」

 抜き去ったマキナカリバーⅡが、ただ天井に向けられる。寄る辺のない虚空の闇を見つめ、語りかけながら、しかしその目は確実に何かを見据えていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 僅かな光も漏らさない程に厚く昏く塗り込められた黒雲。時折、その中をゴロゴロ……という唸りと共に、稲妻の光輝が僅かに灯る。湿気を帯びた風も先程から勢いを増し、隠れ家の天井に貼ったトタン板がガタピシと音を立てている。遠方から徐々に雨の気配も高まってきており、嵐が来るのだと感じさせた。

 

「…なんだか、本当に世界の終わりの前触れって感じ……」

「ただの気象現象だよ。流石のディアバルでも天候を操る力はない」

 

 だが一方で、ステファニーの言う事は解らないでもない。凶作、戦乱、不況、災害……そんな社会不安が続くと、誰もが判断力や思考力が鈍っていくものだ。特に広範囲の事象を知る事が出来る情報化社会が到来する前の世界では、ごく狭い範囲で起きた洪水や疫病を破滅の予兆と捉える例など、枚挙に暇がない。

 

 事実、皇都コーパーズで起こったデブリスの襲撃事件と、それによって発生した恐怖爆発。それだけで今エルネスティナ城の内部へと避難している人々の間では多くのあらぬ噂が飛び交っている状態であるらしい。流石にディアバルが復活した事実についてはまだ公表していないだろうが、憶測であれ囁かれだすのも時間の問題だろうと思えた。

 

「1つの恐怖が更なる恐怖を呼び、それを糧としてまた力を増す……。合理的と言えばそうだが、“我ら”も厄介なものを作り出したものだ……」

「どうでもいいわよ……。自分達で育てた恐怖に押し潰されて滅びる。その際になって、自分達が如何に無力かを悟るのよ……。いい気味だわ……」

「あっけらかんとしたものだね……」

 

 ネメシスが嘆息する。こうした自己を取り巻く世界と自らの破滅を希求する様になる……いわゆる破滅願望を持つ人間もまた出てくる。生きる事を至上命題とする生物としてはどこかおかしいのかもしれないが、それに関してはかつて肉体を捨てるという選択をした“我ら”にどうこう言える様なものではない。

 

 …否、生きる者であるからこそかもしれない。それもまた自らの心が壊れない為に彼女に必要なプロセスなのだろう。ましてや彼女の場合は事情が事情だ。そうなってしまったのも無理からぬ事かもしれないが……。

 

「…だけど、そうはならないよ。奴が完全に力を取り戻す前にディライトを倒し、あの出来損ないの神も僕が滅ぼす」

「世界を救ってくれるってわけ?こんな世界とは縁もゆかりもない天使様が随分お優しいことね?」

「別にそんな気がある訳じゃないさ。アイツを残しておく事は僕たちの汚点になる……。それだけだよ」

「ふぅん……アンタもそんな事を気にするのね……」

 

 ステファニーが相変わらず興味なさそうに答える。茶褐色の瞳も天井を通り越して何を見つめているのかよく解らない。

 

 思えば、彼女に出会った時からそうだった。死に魅入られている様で、実はそれ自体が何よりも生きる事を希求している……知識でしか知らない、人間の生の感情。そんなものを始めて目の当たりにした時、ネメシスは戸惑い、その事が口惜しく、だが同時に興味深くもあった。

 

「…ねぇ、天使の世界はどんな場所?」

「別に。なんにもない場所だよ。永遠に時が止まった様な……」

「…あ、そ……。…やっぱり、天国なんてどこにもないのね……」

 ゴロリと背中を向ける彼女を見やりながら、どうも望む答えとは違ったらしい、とボンヤリ思った。やはり生の人間の感情はよく解らない。

 

『知性を……大いなる力を誰かの為に使わずして、一体私たちは何の為に存在していると言うんだ⁉』

 

『私は行く……。生きとし生ける者すべての“喜び”を守る為に……』

 

 …或いは、“彼”になら解ったのだろうか?『喜び』の名を冠して、この世界に息づく者の為に立ち上がると決めた、“彼”であったなら……。

 

 唐突に胸の奥が苦しくなる様な感覚に覆われる。ネメシスは舌打ちと共に、だから地上はイヤなんだ……と、誰にともなく吐き捨てた。

 

 




いやはやお久しぶりでございます。
更新が去年の8月で止まっておりましたので、なんと7か月ぶりの更新となってしまいました。なかなか満足の行くものが書けなかったり、体調が悪くなったり、プライベートがゴタついてたり……理由は様々ですが、まぁ端的にダラけていました申し訳ございません。
ですが、ようやく納得のいく内容が出来上がりましたので、これにて連載を再開したいと思います。またお付き合い頂ければ幸いです。

謝辞はこれくらいにしまして、内容に関して。
前回あんまりなところで区切ってしまってずっと宙ぶらりんのままでしたが、これでようやく言えます。ハイルが闇堕ちしました。何を隠そうデウスカリバーに秘められていたデブリスはあのディアバルだったから、です。今までディアバルについては様々な情報を出してきましたが、そろそろその存在について触れていく事になると思います。
ディアバルはミスリックサーガ全体の鍵とも言えるキャラクターになるので、是非とも情報の開示をお楽しみに。

それではいつも通り、ご意見・ご感想など頂けると調子に乗ります。
それでは次回の更新はいつも通り土曜日9時にしたいと思います。
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