◇◇◇◇◇
『敵襲、敵襲‼南門ならびに北西の空からデブリス多数接近!騎士隊達は直ちに迎撃陣形をとれ!これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない‼』
伝声管を通して伝わる叫び、警告のリズムを鳴らす半鐘、金属製の鎧をガシャガシャと鳴らし走る騎兵と歩兵たち。誰もいない街の中に扇状に集結すると、「構えぇっ‼」の叫びと共に総員が大型のバスタードアークを構える。
弩弓の銃口が向く先……青い空を埋め尽くす様に、バサバサと大型の怪物達が迫りつつあった。
「『モスマン』……あれだけの数が……?」
「…だ、団長……!発射の許可を———‼」
「いかん、もう少し引き付ける!慌てふためくな!アネスタ騎士団の勇猛さを見せつけよ‼」
騎士団長の威勢のいい檄が響くと、先程まで僅かに震えていたリンディの指先も静まり、腹の底から覚悟の様なものがせり上がって気がした。だが、それも全員ではない。リンディの周囲……まだ歳若いコクーンリーガー達の間では、まだ不安そうなざわめきが消えなかった。
「…無茶言うなよ……。パラディン様達がいないのに、こんな戦力でなんとかなる訳……」
「俺たちまで戦場に引っ張り出しやがって……。終わってんだろ、ホントに……」
弱音を吐くくらいなら、なんでこの場所にいるのよ……?と、リンディは舌打ち交じりに思う。確かに国の守り手の象徴だった神聖騎士達は圧倒的な戦力だったが、彼らとて常にいる訳ではなく、それを埋める為にメインリーガー達や自分たちがいるのではないか。
戦力差などこの際関係はない。自分達の後方にいる人々を守る為に、今までの研鑽の全てをここで出し切る事だけを考えればいい……。情けない言葉を紡ぐ隊士達を一喝してやりたい衝動を堪えて、再びアークバリスタの照星を覗き込む。モスマンデブリス達の薄気味の悪い体の紋様がそろそろハッキリと見え始める頃だった。
「目標、速度変わらず。有効射程まで100……50……」
「よぉし、射撃隊第一陣と第二陣構え……
団長の号令と同時に、射撃部隊の最前列がアーククロスを発射。風を切って飛ぶ銀矢が先頭を飛ぶモスマン達に次々と突き刺さり、地面へと落下していく。モスマンは体表が柔らかく、意外と簡単に地面に落とす事が出来る。
「第一陣と第二陣、地上の掃討を開始。第三陣以降は引き続き、空中の迎撃を継続!撃っ!」
矢が次々と発射され、肉を穿つ音が周囲一帯に響き渡る。だが、モスマン達とて簡単にやられはしない。彼ら最大の武器である口吻は針の様に長く展開させる事で、刺した者に病原菌を植え付ける事が出来るのだ。例え翅がボロボロになろうとも、地面をドカドカと走って来る姿は普段は性質の大人しい彼らからは考えられない。
「…やっぱり、ジェネラルクラスが出現した影響なのかな?アイリス様から聞いたけど、他の下級デブリスを操る力もあったって聞くし……」
「どうでもいいわよ、そんな事……無駄口叩いてないで集中しなさいよね」
「いや、撃ってるじゃん。リンディこそ、もう少し命中精度上げたら?」
「…うっさいなぁ……」
隣で矢を撃っているジルバ・ディエリスはデブリスの生態に詳しい。訓練の成績も遠距離・接近戦の両方でソツがなく、今もこうして無駄口を叩きながらもリンディよりも遥かに多く命中させている。特に目立つ分野がある訳でもないが、涼しい顔してなんでもこなしてみせる、そういう少年だ。なんだか釈然としないものを感じながら矢を撃ち続けるが、リンディはこの分野ではサッパリなので、大して貢献も出来ていない。目を赤く光らせたモスマンの群れが今や第一陣のすぐ傍まで迫りつつあった。準隊士達の中には悲鳴を上げて逃げようとする者までいる。
「あぁ、もうっ!仕方ないわね!」
「ち、ちょっとリンディ⁈勝手に持ち場を離れちゃ———」
「適材適所!援護よろしく‼」
リンディが腰から愛剣を抜くと、モスマンをすれ違いざまに切り裂く。あまり1つの場所に留まって射線の邪魔になってもいけない。身を屈めながら素早く動き、また数体の怪物を切り倒していく。傷自体は浅くても構わない。動きを止められれば、ジルバが射撃で仕留めてくれる。彼の能力にはそれくらいの信頼度がある。
「リンディ、毒鱗粉に注意して」
「解ってる!撒かれる前に焼いてやる!」
〈FIRE ENCHANT……〉
数体の蛾人間が炎に包まれながら地面に倒れ込むが、これでも全体の数からすればほんの少しだ。異常に興奮したモスマン達が止まる気配はない……が、別に問題はなかった。後方から威勢のいい叫びが少しずつ上がり始めている。まだ準隊士のリンディが危険を冒して前に飛び出した。それに触発されたのか、先程まで恐れを浮かべていた兵士達の中にも剣を抜いて怪物達へと挑みかかって行く者が増えていた。
人間は共感力の強さ故、容易に周囲の恐怖に釣られてしまう……が、裏を返せばそうではない正の感情も広げられていけるという証左ではないか。ほんの一滴の勇気さえあれば、私達にだって……!
「…そうよ、私達にだって戦える。でないと———‼」
叫んだ刹那、突如として地面の底から何かが突き上がって来る気配が伝わってきた。地下を何かが這い回っている。それも複数。思わず、ゾッと身を固めかけた直後、地面を突き破って巨大な蔓草植物が出現した。
…否、その先端に生えているのは花卉でもなければ果実でもない。タンポポの綿毛にも似た毛で覆われた面長の白い頭……どう見ても羊だった。
羊の頭が生えた蔓草が十数本、周囲をグルリと取り囲んでいる。何かの冗談かとリンディが戦慄した。
「ちょっと!なによこのふざけた植物⁉」
「『バロメッツ』だ……。まさかコイツらがこんなに群れて出現するなんて……。リンディ、気を付けて。コイツらは———」
ギュゥン!という風切り音と共に身をくねらせた羊蔓……『バロメッツ』が口腔を広げて、リンディ達へと襲い掛かってきた。2人が慌てて飛び退ると、バロメッツがそのまま地面を鋭く齧り取り、土も植物もそのまま吞み込んでしまった。
「…人を食う」
「羊が肉を食うな‼」
そんな事言われても……と、顔を曇らせながら、ジルバがバロメッツに向けてアーククロスを数発斉射する。だが元が植物の様な見た目だからか、それとも何らかの催眠でも浴びているのか……痛みを感じている様子もなく、羊頭が再び踊り手近な兵士の脚に食らいついた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ⁉」
バロメッツに食いつかれ、更にモスマンの群れに囲まれた騎士達の悲鳴がそちこちで上がっていく。戦場でどれだけ命を懸ける事を誓おうとも、その瞬間の恐怖に押し潰されない者などそうはいない。デブリス、エルシングス、魔王ディアバル……自分達が相対する存在の圧倒的な力の前に、誰もが竦み絶望する……その空気を破る様に轟音を鳴らして何者かが戦場に乱入した。
「うおぉぉぉぉっっっぅ!退け退け退けぇぇいっ‼」
「ユニオ!地上を任せた‼」
「おぉうっ‼任せなぁぁぁっっっ……さいよっ‼」
モーターサイクルの形態から変形した鉄のユニコーン……ユニオが数体のモスマンを蹴り飛ばす。それと同時に鞍上に跨っていた彼の相棒、仮面ライダーディライトが背中のブースターを全開にして飛び上がった。両刃形態のトランスラッシャーを振り、バロメッツに拘束された騎士達が次々と解放されていく。
〈シングルミックス!ダブルミックス‼トリプルミックス!!!〉
「全員退がれっ‼」
〈エレメント!ミキシングバースト‼〉
地上を睥睨したディライトがデブリスの群れ目がけてエレメントの混合弾を放つ。地上のデブリス達が爆炎に包まれて消滅したのを見届けた後、今度はまだ頭上に居残るモスマンの群れを睨め上げた。
〈メガワット‼〉
下肢のブースターが展開すると同時に四肢のブラッキーエッジが展開し、ウィンディアレンジャーが一陣の風の如く加速する。体重の軽いモスマンの中にはその乱気流に落とされるだけで五体を引き裂かれるものもいた。
〈エブリッション!メガ・ヴァリアントストーム‼〉
「せぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ‼」
風の渦に囚われて身動きの取れなくなったモスマン達に向けて、ディライトがブラッキーエッジを蹴り飛ばす。ディライトのパワーを受けて更に加速力と威力を増したエッジが怪物達を次々と貫いていき、空に無数の爆炎の華が上がった。
無数の怪物達を一瞬で掃滅してみせたディライトに地上から大きく歓声が上がる。現代に蘇った勇者ディライトと、その圧倒的な力。それをいま改めて見せつけられた準隊士達を中心に、先程までの悲観の色は綺麗さっぱり消え去ってしまっている。
神話に描かれる勇者。対デブリス戦の旗頭。人類の希望……。そんな言葉で語られるに相応しい活躍だった。しかし……リンディが僅かに顔を曇らせた刹那、騎士団に配布されたジャイロシェルフィーが『た、大変です!』と再び騒ぎ出した。
『み、南門よりコボルト、並びにオウルベアの群れが接近中!もの凄い数です……!守備隊とヒュペリオン隊だけでは食い止められません!ぞ、増援を———‼』
「ま、またかよ……。さっきあれだけ来たってのに……」
「増援ったって……俺たちだってこれ以上……」
引き裂かれた鎧、折れた剣、尽きた矢弾、何よりも負傷者も多い。この状況下で南門へ増援に行って戦えと言われても……。歴戦の騎士団長ですら顔を青ざめさせているレベルだ。
しかし。
ゴウッ!という音と共に、ディライトが空へと飛び上がった。その目が見据える先は、コーパーズの南側。先ほどあれだけの激戦を熟したというのに、また救援に向かうつもりなのだろう。
「ちょっとレイト!いくら何でも無理のし過ぎよ!」
「仕方ないだろ!門を破られる訳にはいかないんだ!」
ユニオとのやり取りもそこそこに一瞬で空の彼方へ飛び去っていくディライト。確かに、いま事態を止められるのは彼しかいないだろうが……。
「凄いなぁ、ディライト様は!あれなら南門も大丈夫だろ」
「と言うか、俺たちぶっちゃけいらないよなぁ」
「ああ、全部ディライト様が何とかしてくれるぜきっと!」
「…………っ」
そこかしこから聞こえるそんな声に、リンディが思わず顔を顰める。
魔王ディアバルの復活から3日が経ち、毎日の様にデブリスの群れによる襲撃が続いている。その絶望的な状況をディライトは常に退けてきた。希望の象徴の名に違わず。だが、しかし……。
「…でも、あれじゃ保たないわよ……」
勇者の仮面の下。仲間達からはレイトと呼ばれる柔弱そうな少年の顔を思い浮かべる。父の身を案じたり、サインをねだられた時の困った様な顔は、自分と同じ年代の、どこにでもいる少年そのものだった。そんな彼があれだけの激戦を毎日、しかも手助けする者もなくこなしていけばどうなるか……。そんな“偉業”を、リンディは素直に称賛する気にはなれなかった。
「…せめて僕たちにも、あれだけの力があればね……」
「…力か……。そうよね……せめて、並び立つ事さえ出来るなら……」
大切な人を1人戦場に立たせ、永遠に失ってしまう。そんな悲しみや無力を、せめてあの人達にだけは味わって欲しくない。もどかしい気分で、祈る事しか出来ない。そんな今の自分が堪らなくイヤだった。
◇◇◇◇◇
「クリス様、南門及び北西部のデブリス掃討を完了したとの報告です。観測班からも、それ以上のデブリス接近は見られないと」
「解りました。コンバットコンディションを解除、部隊を撤退させて一刻も早く休ませて下さい」
ハッとゼイバス騎士団司令が復唱。同時に他の忠臣達もヤレヤレと息を吐き、騎士団本部に久方ぶりの弛緩した空気が戻ってきた。長テーブルの上座に鎮座するアネスタ皇国女王クリスティン・ビバリー・アネスタだけは毅然とした態度を崩さず、報告の書類に次々と目を通していく。
「この3日間で騎士隊の死者は11名、重傷者は87名、それ以外の負傷者は472名ですか……。死者数を抑えられているのは幸いとも言えますが、このペースではひと月と保ちませんね」
「…そうですな……。皇都以外の守備隊を回そうにも、そちらを手薄にしてしまう訳にもいかず……。一応、民間人の中からも義勇団結成の声が上がりつつある様ですが……」
「…それはあまり考えたくありませんね。シドニアとトンプソールへの救援要請はどうなりましたか?」
「それが……シドニアは依然として応答なし。トンプソールの族柱会議からも、今は戦士団の派遣は出来ないと……」
「えぇい、どこもかしこも!これでは何の為の同盟か‼」
憤懣やるかたないと言わんばかりに、伯爵の1人が叫ぶ。有事の際に国同士がしがらみを捨てて協力し合える体制を作る……その為のドランバルド連合であった筈が、その発起人たる勇者が去って150年近い時が過ぎれば、もうこの様である。改めて、人同士が手を取り合う事の難しさを今まさに突き付けられているところだ。
「いっその事、事態の大元に攻め入ってはどうか。我が騎士隊は守備よりも攻勢こそが本領でしょう」
「バカな。彼奴らがどこに潜んでいるのかも解らんではないか」
「3日前の戦闘後、観測班がロストリス区へと飛び去っていくのを観測しております。もしそうならば長期間の遠征は不可能。第一今ここの防衛戦力を手薄にする訳にも……」
「面倒ですな……。話を聞く限りは、ディアバルの復活はまだ完全ではないとか。なれば、今が絶好の攻め時というのに……」
「…まぁ、つまり現状は打つ手がないという事ですわね」
手をパチリと鳴らす快音が響き渡る。臣下達の耳目を集めたクリスがニコリと微笑むと、徐に椅子から立ち上がって身を伸ばす。期せずして豊満な胸やらミニスカートから伸びる太ももやらが強調され、臣下達が慌てて目を逸らす。
「なら悩んでも意味はありません。今は兵達と同じく、私たちも休みましょう。疲れた状態ではいい案も浮かびませんよ」
「…はぁ……しかし……」
「休みなさい。命令ですよ♪」
命令という言葉を嫌というほど強調したクリスがウインクだけを残して本部から出ていく。少しわざとらし過ぎたかな?と思うが、この3日間ほどはクリスとて碌に休んでいない。あまり振る舞いに気を使ってもいられないのだ。
だが、王の座に就く者には王たる振る舞いというものがある。今の様な国難を抱える状況下では特に、下々にある者が不安を感じない様に常に毅然とあらねばならない。そう出来ず、資格がない者と見做されれば……王の立場など、所詮はそんなものだ。多くを与えられる代わりに、崩れる時は一瞬の、刹那の夢の如し……。
——だからこそ。
——“彼”にはその様にはあって欲しくはないと思っているが……。
そこまで考えたところで、それこそ王にある者には必要ない感傷だと思った。やはり疲れているらしい。兵達を見舞うのは後にして、今は少しでも休もう……と決める。他者には言えないが、クリスは衣服をカッチリと着ているのが好きではない。リボンタイを外して、胸の第三ボタンまで開ける。ふくよかな胸の谷間から、何かの光が漏れ出しかけ……た刹那、回廊を所在なさげに佇んでいる少女の姿を見つけた。青みがかった銀色の髪の持ち主……クリスの“親戚”であるアイリス・ルナレスに相違なかった。慌てて緩めかけた服装を正して、彼女へと歩み寄っていく。
「おや、アイリィ。どうしたのですか、こんなところで」
「クリス……その……レイトが何処にいるか知りませんか?」
「レイト?帰っていないのですか?」
「…はい……。ジャイロにもかけているんですけど……ずっと繋がらなくて……」
俯くアイリスを見かねて、クリスは思わず素でヤレヤレ……とため息を吐いてしまった。一番身近な人間にここまで心配をかけるとは、まったく困った勇者サマである。少しは立場にあった振る舞いというものを……と考えかけたところで、イヤ……と自省の声も同時に上がった。
——わずか16歳の少年にそこまで求めるのも酷というものだろう。
——彼をそこまで追い込んでしまった一端には間違いなく私もいるのだから、余計に……。
「レイトなら先程の戦闘後、こちらに戻ってきていると報告を受けていますよ。シットラス邸に戻っていないのでしたら……騎士団の詰め所にでもいるのでしょうか。呼び出しましょうか?」
「…いえ、いいんです……。疲れているのなら、今は……」
「…そうですね。あれだけの活躍をした後ですから。獅子奮迅の働き、とはまさしくああいう事ですね」
あれだけの数の優位をたった1人で覆してみせた。実際に損害の割に兵士達の士気が未だに高く保たれているのは、ディライトのお陰と言っても過言ではないだろう。
だが、それはあくまでも仮面で覆われた彼の話。その下の素顔は……。指摘しようとして、しかし結局のところ思い止まった。彼と誰よりも長く一緒にいる彼女がその事に気付けない筈がない。もし、彼女が動き出せないでいるのだとしたら、
「…でも私、正直ガッカリしていますの」
「…えっ……?」
「だってそうでしょう?現代に蘇った勇者ディライトがどれ程の実力者か……確かに兵士としては非凡である事は認めますけども、救世の勇者としてはどうだか。この程度で音を上げている様では、この先の魔王との戦いも先が思いやられますわ……」
「そ、そんなの仕方ないでしょう……!」
声を震わせて、アイリスがクリスへと詰め寄ってきた。
「たくさんの人を目の前で失って……自分の友達もあんな事になって、レイトだっていっぱいいっぱいなのに……それでもまだ足りないって言うんですか⁉」
「ええ、足りませんわね。レイトにはもっと身も心も強くなって頂かないと。まだ、ダークライドラッグも使いこなせていない様ですしね♪」
「それも原因の1つでしょう!あんな危険な物を使わせておいて———!」
「いけませんか?7つのエレメントとパラディンを従える。それがディライトの役割でしょう?」
「役割……?」
アイリスが絶句する。ここまでは想定通り。畳みかけ時かな……と、クリスは更に口を開く。
「人にはそれぞれに役割があり、それに応じた振る舞いというものが求められます。今のレイト……いいえ、ディライトにとってそれはデブリスと魔王ディアバルを打ち破り、この世界を救う事。逃げる事は許されません♪」
「そんなの……貴方が決める事じゃないでしょう!」
「勿論♪ですが、望むと望まざるに拘わらず、その道を進むと決めているのはレイトです。私に決める権利がないのなら、貴方にだって同じですよ?特に、未だ彼にとって何者でもない貴方には♪」
「…………っ⁉」
怒り、驚愕、悔しさ、悲しみ……様々な感情を入り混じらせて、アイリスの表情が歪む。やはり、この言葉は効くらしい。
「戦いに参加せず、こんな場所にいる……それが答えでしょう?ディライトの戦いを助けもせずにこんな所で待ってるしか出来ない貴方にこそ、何も決める資格などないのではないですか?」
「…それはっ……。…レイトが、戦いに出るなって言うから……」
「あらあら、男に言われたらアッサリ従っちゃうんですか?それこそガッカリですよ、アイリィ」
「……………」
クリスの指が自身の胸辺りを走り、そのまま何かを諭す様にアイリスの胸元へと突き付けられた。
——…役割を全うする時だ。
——きっと今この瞬間こそが、走り出す為の……。
「いいですかアイリィ。役割は誰かに決められるものではありません。自分で心から望むものです。こんなところで人に言われて待ってるだけなんて、貴方が本当に望む事ですか?」
「…クリス……」
「…昔、一緒に話しましたね?パラディンであるという事は、ただ勇者に従う事ではなく、彼に———」
刹那、クリスの言葉を遮ってアイリスが脱兎の如くその場から駆け出していった。あまりに急だったので、背中に隠された表情を見る事は叶わなかった。
…通じた……だろうか?不安感は消えないが、アイリスの姿……背筋をスッと伸ばしたしなやかな走りを見てる限り、大丈夫だろうと思えた。
——きっとこれで良かったのだろう。
——今の彼女の方が、
ずっと抱えていた重石を手放した脱力感もあって、クリスも今度こそ襟を開いて、今の自分が行くべき場所へと歩み出していった。
◇◇◇◇◇
——人であるという事は、常に自分の無力と向き合い続けるという事。
——パラディンもまた同じ。
——無力を嘆かず、ただ前へ前へと走り続ける。
——共に在らねばならない者、手を差し伸べなければならない者の為に。
物語の中に記される、パラディンの心得とも言うべき一節。幼いながらに何度も諳んじた言葉。確かにかつてこの国を訪れた時に、幼かったクリスとそんな話をした記憶があるが……まさか覚えていたとは意外だった。
時間が経ち、変わってしまうものもある。自分も彼女も、あの頃に思い描いていた理想の姿ではいられなかった。過酷な現実の中で、理想だけを追い求めてもいられない時もある……けど、それは追い求める事をやめていい理由にはならない。
『私はあなたを信じます。あなたの道が、必ずやこの世界に光明を齎す事を……。だから……貫いて下さい、あなたの……私達の道を……』
『立場は嘘だったかも知れないけど……あなたの心は嘘なんかじゃなかった!…だからあなたも……最後まで貫いて見せなさい‼』
『…私は、アイリス・ルナレス。パラディンでなんかなくても……これが私の選ぶ道』
『どうしても納得できないなら……俺が君をパラディンに任命する。…だから、これからも一緒に戦って欲しい』
「…そうだよね……。私は、私にできる事を……!」
覚悟を決め、アイリスが迷宮の様な王城の中を脇目もふらずに駆ける。目的地……病室のドアを開け放つと、「あら?」とルチル・ドメニカが驚いた様な顔をして出迎えた。
「アイリィちゃん?どうしたの息せき切って」
「すみませんルチルさん。マヤとゼオラはいますか?少し手伝って欲しい事があるんです」
「手伝って欲しい事?」
マヤが読んでいた本を閉じて、ゼオラも両手のダンベルを置いてこちらに向き直る。2人とも今はパラディンの力も馴染み、体調も回復している。ネメシスの襲撃を警戒し、まだここに引き籠っているが、暇を持て余して仕方ないという感じである。
「ええ。金のライドラッグを作るの。協力して」
アイリスの突然の宣言。驚くマヤ達にも構わず、アイリスは城の錬真術研究室を借り受け、ヒュペリオンのラナやマーカスにも召集をかけて、あっと言う間に準備を整えてしまった。
「…しかし、金の聖化ですか……。一体どうやって……?」
「クリスから許可は取り付けてます。そこの材料も好きに使っていいそうです」
アイリスが研究室の端を見やる。様々な錬真物質や薬品類、デブリスの生体材料、加えて壁際にうず高く積まれているのは……光り輝く金のインゴット。
「…き、金ピカの嵐です……!これ全部でおいくら万ジャンルになるんですでしょう……?」
「お金にはしないわよ。全部実験用にってクリスから貰った奴だから。…もっとも、絶対に完成させろっていうプレッシャーも込めてるだろうけど……」
「うへぇ……つまりこれってほぼ国家プロジェクトじゃん……」
マヤが集まった一同を見渡す。錬真術に関してアイリスとラナはほぼ独学、マヤはリンクス族の独自色が強く、まともな機関で教育を受けたのはマーカス氏のみである。本当にこのメンツでいいのだろうか……?と思う。
「…ん?そう言えばアイリィ、私は何で呼ばれたんだ?」
「ゼオラは荷物運び」
「ヒドッ‼」
「ねぇ、錬真術はよく解らないんだけど……金のライドラッグを作るって、そのインゴットを溶かせばいいんじゃないの?」
マヤとゼオラの体調を気遣ってついてきたルチルが尋ねる。「そう簡単じゃないんですよ」とアイリスが首を振る。
「今回、目指すのは金の聖化……つまり、
「簡単に言えば、この金をエレメントの負荷にも耐えれて、デブリス毒にも負けない、もっと凄い金に変えるってコト」
「ああ、なるほど……。…それって難しいの?」
「ええ。完全物質である金は他の素材との結合は難しく、今まで成功例がありません。でも、金を聖化できれば何にも負けない最強のマテリアルとなる可能性がある……。それこそ、闇の霊薬の力にも負けないくらい」
「…つまり、今から挑むのは錬真術の到達点……究極のファンタスティックヒットを生み出す為ってコトね」
アイリスがコクリと頷いた。“究極のファンタスティックヒット”とは言い得て妙だと思った。仮面ライダーネメシスや魔王ディアバルに対抗し得る可能性のあるダークライドラッグ。だが、その強大な力はレイトの体を蝕んでしまう。それを抑えられる最強の組み合わせ……となると、錬真術の到達点である金以上には考えつかなかった。
「…勿論、ゴールドライドラッグを生み出せるかは解らない。それに、本当にそれでダークライドラッグの力を抑えらるのかも……。…でも……」
「先ずは思い描いて、信じて、やり遂げる。それが錬真術の基本だしね」
「やれる事を最大までやりましょう。レイト様だけに、全てをお任せする訳にはいきません」
「みんな……弟の事をお願いします」
アイリスが……その場に集った全ての者が、強い決意を込めて頷く。共に戦えなくとも、ただ先を行く者の力になりたい。そうあれる自分で在りたいという決意と共に。
◇◇◇◇◇
「…あの、ディライト殿?休まれるのでしたら、ご自宅へ戻られた方が———」
「……………」
恐る恐ると言った声に揺り動かされて、レイトが薄らと目を開ける。恐縮しきりといったものから、奇異な者でも見つめる様なものまで、様々な視線。声をかけて来た大柄な少年——確か、ブルース・ディエリスという名前だったと記憶している——が、レイトと目を合わせるなり「失礼しました」と敬礼を返す。
「お休み中のところ、申し訳ありません。しかし、ずっと帰っておられない様でしたので……」
「…別にいいよ。休んでた訳じゃなかったし……」
今レイトがいるのは騎士達の詰め所、その中の見張り役や当直が使用する仮眠室だ。あくまでも任務の合間に僅かな休憩をとる場所なので、設備はあくまでも簡素。狭い寝台の寝心地はお世辞にもいいとは言えないが、休めないのはそれが理由ではない。
正直、家に帰ろうが眠れる気はしない。連日の戦闘で身体は相当に疲弊しているし、下手をすれば泥の様な眠気に包まれる瞬間もあるが……目を閉じると、どうしても脳裏に浮かんでしまう。
命を奪われ地に伏せる4人の神聖騎士達が。
守れなかった数多の命が。
酷薄な笑みを浮かべて、刃を向ける友の姿が。
そしてこの先……散ってしまうかもしれいない命が。それはゼオラの時もあれば、マヤの場合もあり、アイリスの姿でもあり……。
どれだけ振り払おうとも、そんな光景が頭の奥にこびり付いて離れない。焼きついた恐怖を振り払う様に、レイトが「…クソッ……」と誰にともなく呟く。
「…そんな結末にはさせないっ……。これ以上……もう誰も———」
「まだ懲りないのか。泣かせるモノだねェ」
「……………っ⁈」
「何奴っ⁉」
詰所の騎士達が声のした方向に一斉に振り向く……前に、レイトが彼らを押し退けて飛び出した。この酷薄な声の持ち主は1人しかいない。案の定、詰所の入り口付近にネメシスとステファニーの2人が立っていた。
「…貴様らっ……どうやってここに入った⁉」
「監視カメラも赤外線センサーもついてる訳じゃあるまいに、入るのに苦労はしないね」
「訳の分からん事を———‼」
「よせっ‼誰も手出しはするな……。コイツの相手は俺がする……」
「ホントに懲りないなァ。…ま、こっちとしてもそのつもりだけどね」
〈ダーク……!シルバー!〉
〈Take……Dark Rune……!On Your Mark……Get Set〉
レイトとネメシスがそれぞれ腰のベルトを巻きつける。にらみ合いを崩さぬまま、両者ともアイテムを装填して叫んだ。
「変身‼」
「変身……」
〈オールセット、ディライト!ダーク……シルバー……‼〉
〈I am Nemesis.All I need is“SACRIFICE”……!〉
「はぁっ‼」
「ぐっ……!」
変身と同時に振り下ろされたサイザースをディライトが左腕の爪で捌き返し、右手のダインスランサーをパンチと同時にネメシスの胸部装甲へと繰り出す。同じ闇属の力を宿す盾と矛は力が拮抗し合って火花を撒き散らす。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ‼」
均衡する力を打ち破る様にディライトが叫び、勢いよく床面を蹴り上げた。力に押されたネメシスの体が浮き上がり、そのまま壁へと激突する……だけでは済まず、そのまま壁を突き破って2人の仮面ライダーが白の中庭へと縺れる様に転げ落ちていった。
「ネメシス———ッッ⁈」
2人を追う様にして中庭へと降り立ったステファニーが両手の爪を起動させてディライトを背後から襲う……が、それよりも早くディライトの背中と腰背部からも黒い鞭状のエネルギーが射出され、彼女の体へと巻き付いた。鞭が横薙ぎに払われ、ステファニーが数ハンズ先の石壁に叩きつけられる。
敵対するとは言え、生身の彼女にここまでの暴状を働くとは……。今までのディライトならば信じられないくらいの形振りの構わなさである。苦し気に肩を震わせるディライトの黒鞭がまるで翼や尻尾の様に形を変えていった。
「…肉体と精神の浸食が始まった……。死ぬつもりか、貴様っ……」
「…それで皆を守れるなら……な゛ぁ゛っ゛っ゛‼」
文字通り、魂が削れる様な叫びと共にディライトがネメシスの懐へと飛び込んでいった。体を取り巻く闇のアーマムエレメントが少しずつ形を失い、ディライトの体全体を取り込んでいく。まるで心から染み出る闇が、少しずつレイトという人の形を崩していっている様でもあった……。
◇◇◇◇◇
「40番から45番……変性反応なしです。マヤさん、そっちはどうです?」
「…ダメ。デブリス毒素への適合数値、0.8未満……ああもうっ!こんだけやったら取っ掛かりくらい掴めてもいいのにっ!」
「仕方ないわよ。錬真術師最大の課題だもの。一朝一夕でどうにかなるものじゃ……」
様々な試薬や錬真素材、金属との融合などを試しながら、アイリス達の金の聖化実験は続いていた。作業は早朝近くから始まったにも拘わらず、時刻は今やほぼ夕刻に近い。過去の実験結果に捉われず、時に柔軟に、そして大胆に。彼女たちの持つ知識を総動員して取り組み続けている訳だが……荘厳な金のインゴットは頑として姿を変える気配がなかった。
まさかここまで難しいだなんて……。“完全物質”とも呼ばれる金は、他の物質との合成すらも容易ではない上に、下手をすればその本来の頑強さを損なってしまう。アイリス達が目指すデブリスの毒素に対抗でき、且つダークライドラッグの強力な力からレイトを守る事の出来るマテリアルの完成にはまだまだ程遠かった。
自分の進んでいる道は正しいのだろうか?まったくもって見当違いの事をしようとしているだけではないのか……?這い上がる不安や焦りを振り払う様に深呼吸をすると、アイリスは再び錬結炉といくつかのメモ書きに向き直った。
「アプローチを変えてみるしかないかな……?例えば銀やオリハルコンなんかを再錬成して極めて金に近い性質を作り出せれば……」
「アイリスちゃん……やらなきゃいけないのは解るけど、少し根を詰め過ぎよ。なんだか顔色も良くないし、少し休んだ方が———」
心配しきりといった顔で、ルチルがアイリスの額に手を当てる。ほぼ不眠不休で作業を進めて来たので疲労感はあるかもしれないが……指摘されてみると、確かにどこか体が熱い気がする。悪寒や寒気はなく、寧ろ集中力や覇気は漲っている気がする。まるで何処かトリップ状態にも近い様な感覚……。
「し、失礼します!」
研究室のドアを勢いよく破り、栗毛の少女——ヒメナが飛び込んできた。
「せ、先ほど騎士団の詰所にあの……仮面ライダーネメシスが襲撃をかけまして……現在、ディライト様が応戦中ですっ……」
「なんだと……⁉戦局はどうなってる?」
「も、申し訳ありません……。言い訳なのですが、あまりに戦いが激しくて誰も援護に入れない状況です……。…ただっ……レイト様はダークライドラッグを使用されていたとの事なので、このままでは……」
ヒメナが口を閉ざす。あまりに恐ろしい想像を口にしたくないとでも言う様に。
ダークライドラッグは、現状ネメシスの力に唯一対抗可能な力だ。だが、それを使用するにはレイトの身が持たない。このまま行けば、最悪の場合は……。
「…間に合わなかった……。どうしよう……このままじゃ……」
「アイリィ⁈」
顔を青ざめさせて、アイリスがその場に崩れ落ちる様に倒れた。茫漠と揺れる意識の中、見知った少年の姿が闇に呑まれる姿を幻視した。
願いも誇りも手折られて、絶望の道を選ぶしかなかった自分に手を差し伸べてくれた彼が……このままどこかアイリスの手が届かないところへ行ってしまう。まだ何も返せていない。伝えたい言葉も、秘めた想いも、その全てが届かぬまま行き場を失ってしまうなんて……。
そんなの、絶対に嫌だ。
アイリスの想いが形を得た瞬間、視界の隅で何かが眩く光った気がした。
「………っ⁉アイリィ……」
ドクドクドク……と鼓動する心音の音がやけにハッキリと感じられる。身の内から湧き上がる“力”が『まだ諦めるな』と訴えかけている様だった。先の見えない闇を振り払おうとするかの様に、アイリスの手がそっと前へと伸ばされ……。
今回はここまでです。ダークライドラッグには肉体並びに精神を蝕む効果があるので、レイトがかなりヘルライジングな事になってます。理由はそればっかりでもないでしょうが。ソーディアがいなくなって、本来の責任オバケな部分が強く出てしまってる状態です。果たしてこれを乗り越える事は出来るのか……出来ます!
あまり辛い展開ばかり引っ張ってきたので言いますが、次回いよいよそれを乗り越える時がやってきます。お楽しみに。
ご意見・ご感想など頂けると調子に乗ります。
それではまた来週!