ディアバルを打倒する為にディライトの力を取り戻そうと迫るネメシス。自責の念に駆られたままのレイトは相打ち覚悟でダークライドラッグを用いるが、すんでのところでパラディンへと覚醒したアイリスに止められる。
自分の原点を思い出したレイトは彼女の協力を得て、新たな姿『仮面ライダーディライト ダークミスリックナイツ』へと変身。ネメシス打倒に成功するが、そこに今度はかつての友の姿を借りたディアバルが現れ……。
◇◇◇◇◇
「この日が来るのを待ってたぜ、ディライト……今は仮面ライダーだったか。さて……今のお前は、どれだけオレを滾らせてくれるんだ?」
好戦的な気配を湛えながら、ディアバル……ソーディマキナがこちらに刃を向けて挑発して来る。その足元には背中から刃を突き立てられて血を流すネメシスの姿があった。もし撤退を選択するなら、彼はこのまま見捨てていくしかない……が、やはりレイトにその選択肢はない。
「…レイト……」
「大丈夫だよ。いずれ戦わなきゃいけない相手だ。アイリィはステファニーを安全なところまで」
傍らのアイリスに頷いて見せ、前に進み出たレイトはベルトにダークライドラッグとミスリックバーンドラッグの2つを装填する。
〈ダーク……!ミスリックバーン‼ネオ・ファンタスティック‼〉
「変身!」
〈オールアップ、ディライト‼ライツアウト!セイクリッド・ブレイバー‼ダーク!ミスリックナイツ‼…Whenever,Continue evolving〉
黒と黄金の姿、ダークミスリックナイツへと変身したディライトが、ディアバルに向かって進み出る。目には見えなくとも全身から立ち昇る闘気に、ディアバルが「ほう……」と感心した様に呟いた。
「いい闘気だ。感心したぜ坊や。お友達と殺り合う覚悟は出来たってコトかい?」
「勘違いするなよ。お前を倒して、ハイルを助ける……。これはそういう覚悟だ」
「そうかい。まぁ、なんでもいいぜ。どの道、殺し合うのがオレとお前の定めだ」
ディライトがダインスランサーとドグラマシュレッダーを、ソーディアがマキナカリバーをそれぞれ構えて睨み合い……やがて、どちらともなく地面を蹴った。
「はぁっ‼」
「おらぁっ‼」
横薙ぎに振るわれたマキナカリバーをディライトの爪が受け止め、吸収されたエネルギーをそのまま右腕のダインスランサーへと集約して突き刺す。だが、それを読んでいたソーディアがそれより早く蹴りを繰り出し、ディライトの胴部を強かに打ち据えた。
「ぐっ……!」
「どうしたぁ!昔のディライトはもっと戦り甲斐があったぜ!」
「余計なお世話だ!それに、コンディションが万全じゃないのはお前も一緒だろ‼」
ローザがいう事を信じるなら、ディアバルは完全に力を取り戻した訳ではないのだ。心に憑りついた悪魔と人間を切り離すのは容易な事ではないが、チャンスがあるとすれば今を置いて他にない。
「…先ずは、お前の闇を残らず打ち払う!」
先ほど吸収した攻撃エネルギーを全てミスリックマテリアメイルに込められる光属性のブーストに使用し、更にその力を強化する。
〈エブリッション!ネオ・ヴァリアントブリンク‼〉
必殺技を起動させ、光のエネルギーを纏ったディライトがソーディアに向けて飛び蹴りを放った。ソーディアがマキナカリバーの刀身で蹴りを受け止めるが、やはり力が万全ではないらしい。「ぐぅっっ……⁉」と苦悶の声を漏らしながら、徐々に後方へ押されていった。
更に、
「はぁぁぁっっっ‼」
ステファニーを避難させたアイリスもディライトに加勢してディアバルに刃を振り下ろす。その刀身には光のパラディンの力が明々と漲っていた。
光のエレメントエネルギー、その力の正体が強烈なプラスの感情だとするなら、今この場で仲間を取り戻さんとする自分達の思いは誰にも負けないくらい強いと確信している。願いを強く思い描き、裂帛の叫びと共に2人の力がソーディアマキナを打ち破らんと強まる……が。
「あぁぁぁっっ……!鬱陶しいんだよっ‼」
割れた仮面から露出するソーディアの目が黒く染まり、次の瞬間、全身から猛烈なエネルギーの奔流を放射した。その威力に耐えかねたディライトとアイリスが慌てて後退する。
「闇を払う……だと?簡単に言ってくれるな。オレの闇がお前ら如きに消せるとでも?」
ソーディアの全身から黒い霧状の物質がいくつも立ち昇る。日の光すら飲み込むかの様な黒さはさながら人の形をした虚無の様だった。
光のエレメントの大元が正の感情だとするなら、闇属の力を構成するのはそれとは対極の負の感情。言葉に滲む苛立ち以上に、この魔王は強烈な怒りや憎しみに突き動かされている……と、感じられた。
「レイト……」
「いけない、アイリィ……アイツに近づいちゃダメだ。飲み込まれる……」
ディアバルから発せられる闇の力はその全身を覆い、足元の地面から少しずつ浸食を始めている様だった。恐らく少しでも触れれば一瞬で汚染されてしまうだろう。だが、近づかなければ攻撃する事も出来ない。万事休すか……と思った刹那。
「……………っ⁈」
突如、ディアバルに向けて眩いばかりの火焔弾が飛来し、着弾。その衝撃の凄まじさに圧される様にディアバルを覆っていた闇のエネルギーが消し飛ばされた。
「ディアバル、もういい加減になされよ」
直後に響いたのは、凡そ戦場に似つかわしくない慇懃な声。その声の主は……。
「うそ……
「はい、如何にも。…出来ればこの様な姿は見せたくありませんでしたが……やむをえません」
シットラス邸の執事を務める男が手を胸の前で十字に組み、全身に気合を漲らせる。転瞬、その体が赤と黒の入り混じった火柱に包まれ、徐々にその姿を崩していった。全身が赤茶けた鱗と硬質な皮膚へと変質していき、手先と足先から鋭利な爪が飛び出す。鼻面が伸び、口腔にズラリと牙が居並ぶ顔はもう人とは言えない。最後に背中を食い破る様にコウモリの様な翼が出現したその姿は、正しく……。
「…ハッ……ハハハハハッ!コイツは面白れぇ!テメェは
「遺憾ながら……ではあるがな。かつての名は
竜人の様な見た目の怪物の右手に、細身の太刀が出現した。まるで炎の照り返しを受けているかの様に赤熱に輝く刀身が空を切り、ソーディアマキナの闇を吹き飛ばした。竜人……ジークバルドがそのままソーディアの懐に飛び込むと、その首筋目がけて太刀を浴びせかける……が、ソーディアマキナが剣柄の刃でその一撃を受け止めた。そのまま黒い波動を纏った拳がジークの腹部へとめり込む。だが、彼は意に介した様子もなくその超至近距離でも構う事なく口から猛烈なドラゴンブレスを放射した。
竜の吐く火焔は炎の様でいて、実際には闇属のエネルギーを含んでいる……のだろう。全てを飲み込む闇の障壁が吹き散らされた。闇の霧から解き放たれたソーディアマキナがダメージに身を震わせながら、ジークバルドを睨み付ける。
「チッ……!テメェといいエクスカリバーといい……まさか、人間と共に生きたいとか寝惚けた事を言う気じゃねぇだろうな?」
「寝惚けているのは貴方だ。この先もその命ある限り、永劫に人間たちと対峙し続けるおつもりか?恐怖と悲しみを際限なく増やし……そんな無為な道から、何が生まれると言うのか!」
「知らねぇよ。ただ1つ確かな事があるぜ。オレはその様に作られた、という事だ。だから、オレはただその様にあり続けるのさ!何が生まれるかだと?そんなのは……全てを破壊した先でしか解らねぇってもんさ!」
「自分の定めから抜け出せぬとは……愚かな!」
「どうとでも言え!その内テメェらも思い知る事になるのさ‼」
再度放たれた火焔を、しかし今度は真正面から全てマキナカリバーの一振りで相殺してしまう。絶対破壊の権能を宿した刃がジークバルドの首筋に叩きつけられる……直前に、その腕が急にピタリと止まった。ディライトのダインスランサーが変形した黒鞭とアイリスのウェイビングローブが、ソーディアの腕や胴体に巻き付きその動きを封じていたのだった。
「…テメェらっ……!」
「ジークさん……!」
「…レイト様、アイリス様……それは、私を信頼して下さったという事で宜しいのですかな?」
「ええ……でも、後でしっかり説明して下さいね?」
「ハハ……それは嬉しい。ここで死ぬ事は叶わなくなりましたな……。では、この場は退却と行きましょう」
「させると思うか!」
拘束を振り切り突進してくるソーディアの刃を、ジークバルドが空中に飛翔して躱す。そのまま、その周囲に向けて数発の火焔を発射した。広範囲を狙った火焔はソーディアに直撃こそしなかったが、元より狙いはそこではない。可燃性ガスを多く含む火焔は着弾と同時に巨大な爆炎と風圧を撒き散らし、中心にいたソーディアを押し潰した。
無論、魔剣の絶対守護の力がある為、その程度でやられるディアバルではない……が、その隙をついて戦場から自分以外の人間はものの見事に消え失せていた。
『考えを捨てただけであろう!偉そうにほざくな‼』
『自分の定めから抜け出せぬとは……愚かな!』
「クソッ……!どいつもコイツも好き勝手にほざきやがって……」
変身を解除したディアバルが憎々し気に舌打ちを漏らす。顔に強い怒気を孕ませ天を仰ぎながら……しかし、その脳裏に彼らから放たれた言葉がいつまでもこびりついていた。
◇◇◇◇◇
「い、一体どういう事なんでさぁっ⁈」
「どういうって……だから説明した通りだ」
「いや説明されても解んねぇから聞いてるんだが⁈」
モップをフローリングに叩きつけてジェイクが絶叫した。
「…し、師匠がデブリス……?しかもドラゴンのジェネラルクラスで……って、こんな話をどう受け止めろと⁉」
「…ジェイクも知らなかったんだ?」
「知る訳ねぇでしょう⁈…言うて、俺と師匠の付き合いってそんなに長くはねぇですし……」
「そっか……。それじゃクリスは?」
この中でジークバルドと一番付き合いが長いのは彼女だ。ジークバルドから事の次第を説明されても、まったく動揺した素振りを見せていないし……。ふぅ……と小さくため息を吐いた女王が、自分のマイボトルにそっと口をつけ……。
「熱っちぃっ‼」
「思いのほか動揺してる⁈」
「い、いえ経歴に不明な点が多かったので、なにか訳があるのだろう位には思ってましたよ。…でもまさか、デブリスだとは……」
「…まぁ、それが自然な反応でしょうな」
アレステリスの地で人の生活圏近くに暮らすデブリス達の例は見たが、確かに人間の社会にデブリス……しかも、その最上位体であるジェネラルクラスが紛れ込んでいると想像できる人間はそういないだろう。
人はデブリスを恐れ、デブリスにとっても人間はただの獲物でしかない。それが少なくともこの300年近い歴史の“真実”だ。
「女王陛下には多くの信認を頂いていたにも拘わらず、私は真実を隠し続けておりました。今更……ではありますが、誠に申し訳ございませんでした」
「…私は、私の見る目を信じただけですよ、ジーク。そしてそれは今も昔も変わってはいません。教えて頂けますね?貴方の真意を」
「…勿論でございますよ。その為に正体を明かしたのですから」
ジークが頷いたのと同時、ゲイナンやアイリスを始め数人が疲れた様子で階段を下ってきた。
「ゲイナン先生、アイツは……ネメシスはどうですか?」
「ん……なんとか一命は取り留めたよ。ただ、絶対破壊の力を使われなかっただけマシだったけど、かなりの深手だったからね。暫くは予断を許さない……かな」
「…自業自得だよ。本当なら、なんであんなヤツ助けなきゃならないのって思うもの」
「まぁ、そう言わないで。彼の知っている情報はディアバルと戦う上でも重要になるかもしれないし。…それに、あそこまで言われたら……ね」
ディアバルとの戦いで深手を負ったネメシスはここシットラス邸に運び込み、治療を施す事になったのだった。だが、彼によってローランを始めこの国の神聖騎士達が手にかけられてしまっている。正直言って、誰もが忸怩たる思いを抱えているだろう。クリスなどいつもの超然とした笑みも消して、フンと鼻息も荒く天井を睨み付けている。
「…しかし、治療に当たってみて、驚くべき点がいくつも見つかったよ。もう少し詳しく調べてみないと何とも言えないけども……結論から言うと、彼の肉体は男性でもなければ女性でもなかった」
「は?男でも女でもないって……?」
「体の構造などは私たちとそう変わらないんだけどね……いわゆる生物的な生殖機能はなさそうだった。その他にも、僕らよりもデブリス細胞に対して強い対抗力を持っている様だった。まるで、意図的に強い力を引き出せる為に作られたみたいだよ」
「…あのステファニーって娘は天使って言ってましたけど……それって『ホムンクルス』?」
かつてテオドール・フランハイムという錬真術師が提唱した、人の手で造られた人間。デブリス細胞により強い耐性を持ち、それが齎す病を克服する為に研究が進められていたが、倫理に強く悖るなどの指摘を受け、その研究自体が教会によって禁じられている筈だが……。
「そうだとするなら、ナイトラよりも優れたホムンクルスという事になるね。しかし、そんな技術を一体誰が……?」
「別世界の住人、でしょうな」
ゲイナンの疑問に答えたのは、ジークだった。しかしそのあまりに突拍子もない答えに、誰もが戸惑った様な声を上げた。
「話が出たのでしたら丁度いい。ディアバルという存在を説明する上で、その概念を避けて通る事は出来ませんからな。皆さま、一度お座り下さい。なにぶん長い話になりますゆえ……」
その場にいた者が着席したのを見届けた後、ジークは全員にお茶を配り始める。こんな時だというのに……否、こんな時だからこそ、自分に与えられた職務に殉じようという意思を感じられた。
「…さて……レイト様、『
「…ええ、知ってます。この世界の隣には、こことは異なるいくつもの宇宙が数限りなく存在している……って事ですよね」
この世界において、時間は不可逆であり起きた事象は決して消える事はない。
だが、もし自分達が観測できる範囲の外に、もう1つの別の宇宙が存在しているとしたら?
この世で起きたあらゆる可能性の分だけ世界がいくつも分岐し、そこはこことは別の歴史を……それどころか、世界の法則からして全く異なるものとなっていたとしたら?
いくつもの可能性の枝葉に別れた異なる宇宙……それこそがマルチバースと呼ばれる概念だ。言葉によっては『並行世界』『相互浸透次元』と呼ばれる事もある。
普通ならばなにをバカな……と思うかもしれないが、他ならぬレイト自身がそれを経験している。かつて、テレビの中のフィクションだと思われていたヒーローが存在している次元をこの目で確認している。加えてレイト自身が彼はかつてこことは異なる世界で生き、死した後にこの世界で生まれ直しているのだ。今まで異世界転生という言葉で済ましてきたが、それもまたマルチバースを超えた事例と言えるだろう。
勿論、そんな事を説明する訳にもいかないが……ここにいる殆どの者は別の世界からやって来たコルテスや仮面ライダージェネシスの事を目撃している。アイリス達も問題なく理解できた様だった。
「左様。この世界の外側には、異なる過去と現在、そして未来を持つ並行宇宙がいくつにも分かれて存在している。ディアバルが生み出された世界もそうした並行宇宙の1つ……だった様ですな」
「様ですなって……ハッキリしないんですわね?」
「私はディアバルではありませんからな。…ただ、この肉体を構成する細胞にはディアバルに纏わる記憶や感情……言わば“念”の様なモノが刻まれています。だからこそ我々デブリスはディアバルがいなくともその根源たる命令を実行する事が出来るのです。人々に恐怖を齎せ……という」
「ハァ……よく解らねぇですが、呪いみたいなモンですか……?」
暗星のノクターヴといい不動のアグリオスといい、ディアバルが不在の状況下にあっても、人々に恐怖を与える事がディアバルを蘇らせる道であり、それこそが自らの使命だと疑っていなかった。それは自らの細胞にディアバルからの命令がインプットされていたから……という事になるのだろうか?ジェイクは呪いと形容したが、それはどこかディライトのメモリージングシステムに似ているとレイトには思えた。
「話が逸れましたな。その世界の主……創造者とでも呼びますか……彼らは永劫に死す事なく世界を己が不浄の毒に染め上げて侵略する完全生物の創造……そんな目的の為にディアバルは造りあげました。だが、神にも近しい権能を持つ彼らにもディアバルの力は完全に予想を超えたものとなってしまった。自らの手で制御ができないと判断した創造者達によって、ディアバルは別のユニバースへと追放される事になったのです」
◇◇◇◇◇
「『アンダーユニバース』ってのを知ってるか?」
——知らねぇな。なんだよそりゃ。
「まぁ、そうだよな。限りなく広がる多元宇宙の事を、お前たちの殆どは知る事もなく消えていく。それが当然の事だ」
——バカにしてるって受け取って構わねぇか?
「いいや。この上なく幸運な事だ。その深淵を覗けば、人の際限ない欲望は無限に膨れ上がる事になるだろうな。オレの創造者達がそうであった様に……」
廃屋の中で、ディアバルが皮肉気な笑みを浮かべて告げる。傍から見るとまるで1人で話している様だが、その言葉は己の内に潜む者……ハイル・ランドナーへと向けられていた。
「アンダーユニバース……もしくは『カオス』『地下帝国ヨミ』と呼ばれる事もあるな。『スペリオル』とは対を成す旧き神々達が永久の闘争を繰り返す世界……まぁ、端的に言や地獄だ。そしてオレが放逐されたのがそこだ」
そこは他の何処とも繋がりを持たない、永遠の闘争が続くマルチバースの最奥に位置する世界。自分の様な生きた災厄を放逐する場所としてそんな場所を選んだ当たり、彼らにも最低限の責任感はあったらしい。
だが、あらゆる環境に適応し、自らの力を高めるディアバルの特性によって、その力が更に跳ね上がってしまったのは彼らの計算違いの1つだっただろう。
「神を気どった創造者どもによって造り出され、奴らに捨てられた失敗作のオレが、今や神に一番近いとこにいるってのは、皮肉なもんだ」
——思い上がりやがって……。どうせなら一生その地獄でお山の大将を気取ってやがったらよかったじゃねぇか!なんだって俺たちの世界に———!
「
“あの日”の記憶は今でも鮮明に思い出せる。昏き闘争の世界の空、決して明ける事のない煉獄の天幕を破って舞い降りた、一条の光。その奥から確かに大いなる力を呼ぶ声がした。生まれてこのかた運も天も信じた事のない自分だったが、その時初めて目の前の大いなる僥倖に感謝した。
◇◇◇◇◇
「アイリス様はこの一節をよくご存知ですな?」
ジークバルドが応接間に置かれた書棚の中から黒く分厚い本を取り出し、その最初のページをアイリスに差し出す。
「えーと……『かつて、大陸で隆盛を極めていたかの帝国が、天の神を地に堕とそうとした。それによって開かれた常闇の門を潜りて、あの『デブリス』共はこの世に現れる事となったのだ』……」
「それって『怪物図鑑』だよね?」
アイリスが頷く。それはデブリスに関わるあらゆる本に書かれている一節だ。それによると、“かの帝国”が開いた門によって、デブリスはこの世界へ召喚されたという事になっている。ただし正式な記録や事実として書かれている訳ではなく、あくまでも口伝で伝わっている伝承の類である筈だが……。
「…でも、ディアバルが語る、“呼ばれた"という言葉を信じるなら……ここに書かれているのは真実という事ですか?」
「その通りです。…残念ながら……というべきかもしれませんが」
ジークバルドの中に刻まれたディアバルの記憶……それによれば、嘗てアンダーユニバースと呼ばれる世界に放逐された彼だったが、突如天に開いた門を通りこの世界へと現出したという事らしい。
「簡単に言うけど、異界に通じる扉を開いた……なんて突拍子もない話……」
「実はそれほど突拍子もないという事ではない様でしてな……そうだろう、ジェイク?」
「へ?イヤ俺はなんも———って、待てよ……そういや……」
突然の指名に慌てふためくジェイクだったが、急に得心がいったとばかりに手を叩いた。
「ジョーンズの親父が言ってやがった事なんすけど……もっと大昔の錬真術は今とは比べ物にもならない力があったらしいっすね。それこそ異界に通じる扉を開く事も出来るくれぇに……とか」
「…そうか。こことは異なる世界にいる『スペリオル』と戦うってデブリーター計画の発想はそこから来てるのか……」
「そういう事でしょうな。ですが、今も昔も錬真術の根幹部分は実のところ変化はありません。そもそも我々が錬真術と呼ぶこのこの力の正体……それは異界へと通じる扉を開く力なのですよ」
「…異界へと、通じる扉……?」
驚愕する一同を見渡して、ジークが頷く。
「物体の形状を自由自在に変化させ、異なる物同士を繋ぎ合わせる力……錬真術。ですが、昔から様々な疑問が指摘されています。代表的なものが質量の問題でしょうか」
「…ああ……そうですね」
ジークの問いにアイリスが頷いた。
例えば、デブリスの死骸を討伐の証へと変換する時。
ライドラッグ化した剣や道具類を実体化する時。
勿論、レイトが仮面ライダーに変身する時や、武器を錬真力で変化させる時など。
錬真術は殆どの場合において質量の移動を伴わない。金属のインゴットをライドラッグ化すると小瓶程度の重さになってしまうし、反対にライドラッグ化した剣を実体化させれば小瓶以上の質量になる。
レイトのいる世界では質量保存の法則と呼ばれ、物質はその形状自体が変化しても、その総質量は保存される。重さがどこかから出現したり、または消えたりなどという事はあり得ないのだ。惑星ですらそうなのだから、これは大宇宙の定理……と言えるが、少なくともこの世界においてはそれは当て嵌まらない。
そして、そんな不可思議を説明する為に考え出された仮説の1つが……。
「別次元……質量を貯め込んだり放出したりする、こことは異なる世界の存在……」
「それを開くのが本来の錬真術でした。錬真術とは、もともと錬“神”術。異界に通じる扉を開き、神を下すというのが本来の目的だったそうですな」
「…ちょっと待って、混乱してきた……。え~とつまり……あたし達の先祖は錬真術によって一度その別次元へと扉を開いてる。ディアバルはその扉を通ってこの世界にやって来たってこと?」
「ええ、その通りです。それが今より凡そ250年前の事。そこから現在まで続く、長きデブリスの侵略が始まったのです」
◇◇◇◇◇
「…ぅぐっ……!…かはぁっ……!………っっ‼」
傷を負い、手術によって体力を消耗しきった体は酸素を求めている。だが、息を吸う度に貫かれた箇所が激痛の叫びを上げる。今まで経験した事もない様な痛みに身を捩らせる、その度に視界の隅が暗転し、己の中心核……魂とでも呼ぶべき部分が暗闇へと吞み込まれていきそうになる錯覚をネメシスは味わっていた。
——…もし、あの深淵に吞み込まれたなら……。
——僕という存在は、どこへと行くのだろうか……?
考えるまでもない。全ての生命が辿り着く最終地点……死だ。
だが……。
「……っ!ハァッ……ハァッ……ハァッ……ッッ‼」
——死ぬ……僕が?
——完全なる世界で、永遠の時間を約束されたこの僕がこんな地上の世界で?
——不自由な肉体が消滅する……ただそれだけで、そこに紐づいた魂も消える。
——そんなバカな話があってたまるか!
死は生命のサイクルの1つ。それをどれだけ解っていても、体は瘧の様に震え、心は目の前の現実を否定する様に無様にもがく。愚かで滑稽に見えたとしても、狂おしいばかりの「死にたくない」という衝動に突き動かされる様に……。
「あらあら、天使様であっても死ぬのは怖いのかしら?」
冷然とした声がネメシスへと注がれる。ベッドに横たわる彼を見下ろして立っていたのは銀色の髪と白磁の様な肌の美女……確かこの国の元首であるクリスティン・ビバリー・アネスタ。
白夜の女神とも呼ばれる美貌は、しかし口元に薄らと笑みを湛えるのみで、目元は少しも笑っていない。それが氷の死神の様で、ネメシスの背筋をゾッとさせた。
「安心しましたよ。散々大口を叩いてくれた割に、中身は案外無様なんですのね♪」
「…僕を……殺す気かい?僕が、君らの勇者や魔王について……知っている事があると言っても———」
「あら確かに♪感情に任せて貴重な情報を失うのは愚か者のする事ですわ。…けどね……残念ながら私もその愚かで無様な人間の1人なんですの。…あんまり舐めた口きくと、この命綱ブッこ抜きますからね」
「……………っっ」
瞬間的に笑みを打ち消したクリスがネメシスの体に繋がれた点滴チューブを弄んで告げる。一切の感情を覗かせないガラス玉の様な瞳が、言下に本気だと告げている。思わず息を呑んだネメシスを満足そうに眺めると、またも冷たく嗤ったクリスに沸々と屈辱の念が湧き上がってくるが、体は相も変わらず頑として動いてくれなかった。
「クリス、あんまり怪我人を煽らないで下さい」
「あらヤダはしたない。それではご機嫌ようネメシス殿。今度またゆっくりお話致しましょうね♪」
嘘くさい笑みを貼り付けてクリスが消えると、入れ替わりに入って来たアイリス・ルナレスが点滴の様子を確かめ、脈などを素早く計っていく。脂汗が噴き出たネメシスの顔を見やり、
「傷口が痛むなら痛み止めを貰ってくるけど?」
冷たい口調で尋ねる。ディアバルに剣を突き立てられた傷口からは全身を苛む激痛が今も発し続けているが、それを認めるのも癪で「…いらないよ」と吐き捨てる様に絞り出した。
「無理しない方がいいわ。魔剣で負った傷だもの。いくらあなたの体が特別でも相当に堪える筈よ」
「余計なお世話さ……。どうせ治したところで、殺されるか拷問にかけられるか……そこまでして生かされたいなんて思ってないんだよ……」
「思い上がらないで。あなたを生かしてるのは、彼女の頼みだからよ」
ピシャリと言い放ったアイリスがネメシスの隣のカーテンを開く。そこには寝台に寝かされたステファニーの姿があった。
「…ステファニー……⁉…一体なにを———⁉」
「何もしてないわよ。ただ彼女が望んだの。あなたを助けて欲しいって」
重傷を負って連れ込まれたネメシスの治療……仲間達の多くを殺した彼を助けるかについては意見がハッキリと分かれた。だが、ステファニー・ゴールドブラムが地面に伏して涙を流しながら必死にネメシスの助命を懇願したのだ。最終的に彼を治療する方針になったのはディライトやディアバルの情報を聞き出せるという目算もあっただろうが、彼女の必死の叫びがあったからなのは間違いないだろう。
「パラディンの力が呪いでしかなかった自分を、あなたが救ってくれたって言って……皆に必死で頼み込んで、あなたを助ける為に輸血用の血もくれたの」
「…彼女が……そんな事を……?」
——…買い被りだ……。
——自分は、ただ彼女が持っている力を必要としただけに過ぎない。
——そう彼女にも説明してあった筈なのに……。
「あなたがした事を許すつもりはない。…でも、あなたが彼女の心を救ったのもまた事実だから」
「…そんなつもりだった訳じゃない……。僕はただ……僕自身の目的の為に彼女を———」
「そうでしょうね。ステファニーだってそれは解ってるでしょうけど……でも、簡単に白だ黒だって割り切れないのが人間なのよ。愚かなのかもしれないけど……」
——そう、愚かだ。
——どうしてこうも、人は本質を見誤るのか。
この“地上”に降り立った時から……否、自分の世界でここを観察していた時から、未だに肉の呪縛に囚われる人間たちは実に不可解な生き物だった。生物として最高レベルの知性を持ちながらも、肉体が求める欲望と寿命の制約には敵わず、非合理な諍いや齟齬を繰り返す。いつまでも悪しき心を捨てられず、それ故に悪魔達の齎す恐怖に敗けてしまう、実に卑小で愚かな人間たち。
——…だが、その愚かさによって、今度は自分が救われた。
「なんなんだこれは……?何だって言うんだっ……クソッ……」
解らない。肉に縛られた者の思考など理解できる筈もない。
だが今は、そんな自分が認めがたいほど無様で仕方がなかった。
今回はここまで。
いよいよ物語の核心部分へと近づきつつあります。
既に投稿している本作の劇場版『仮面ライダーGENESIS CHRONICLE』に登場したマルチバースの概念がいよいよ本格的に物語へと絡んでいきます。そちらがまだ未読という方がいたら、今のうちに読んでみて下さい。
ディアバルの正体は言ってしまえば、ある知生体によって作られた人造生命体です。その他にも情報の開示が多くなかなか話が理解しづらい部分もあると思いますが、そこら辺は後々また詳しく語っていくつもりです。
それではまた来週。