◇◇◇◇◇
『勇敢なあなたの武勇を讃えて、特別に名乗りましょウ‼我は吸血鬼が長、『暗星のノクターヴ』‼以後、お見知りおき、ヲ!』
「吸血鬼クラスタ、『暗星のノクターヴ』。俺たちが最初に戦ったジェネラルクラスだね。…幹部とか大口叩いてた割にアッサリ倒されたけど」
「まぁ、ミスリックナイツとの相性が悪すぎたんでしょうね。ある意味では不運な奴よ」
「そう言えばコイツのレセプトはどうなったのですか?」
「シドニアに証拠として押収されちゃった」
「ダメじゃんそれ……」
「それでも、こっちにはこれもあるし」
そう言ってアイリスがもう1つのレセプト瓶を取り出す。
『我は『エルシングス』巨人クラスタ代表、『不動のアグリオス』。この様なところで我らガ魔王の宿敵に巡り合うとは……今日は何ト良き日か」
「巨人クラスタ、『不動のアグリオス』」
「なんと錬真術まで使う凄い奴だった。まぁ、最後はあたしの錬成テクの方が上だったけど!」
「変に張り合わないの。でも、市街地まで侵攻されなくてよかったわ……」
「あの巨体に加えて、錬真術まで使われだしたら、もはや怪獣ってレベルだと思う……」
「デブリスの進化は想像以上に速いという証拠ね。こっちも対策を急がないと」
『魔王ディアバル様に仕えし最強の闘士、『闘獄のガーム』様タァ俺の事よ‼さぁ……俺を最ッッ高に滾らせてミヤがれぇぇぇぇぇっっっ‼』
「野獣クラスタ、『闘獄のガーム』だっけ?」
「そう、犬の面した拳法使い。そう言えば、あんまりエルシングスらしい特殊な力を使ってはいなかったけど……」
「純粋に力で強いタイプか……。でも、話聞く限り頭は悪そうだね」
「確かに。ジゴクバンケン---ッッ!とか意味わかんない事言ってたし」
「まったくハイル君じゃあるまいし」
…ハイルのあれ、センスないって思われてたのか……と、レイトがこっそり戦慄する。なお同時刻、拠点にてディアバルとガームが揃って2回くしゃみをしたのを彼らは知らない。
『オ気に召してイただけましたか?私の作品は。私は『穿慄のメジューサ』。コうしてオ会いできた事、トても光栄で御座います」
「そして妖精クラスタ、『穿慄のメジューサ』。なんと相手を石化させる力を持つ……」
「組織にいた頃に資料で見やしたが……村人全員が完全に石に変えられてたって事件が昔あったそうです。多分それもコイツの仕業でやしょうね……」
「石にされた人たちはどうなったの?」
「不明。生きてるのか死んでるのか……戻す方法があるのかも解らない」
「…せめてこいつを倒せば、回復する系統のものであればいいんだけど……」
歯痒そうに呟くレイトの肩をアイリスがポンと叩く。
「とにかく、これで今まで確認してきたジェネラルクラスは4体……ジークさんを入れれば5体ですね」
「そうですな。彼らは各クラスタにそれぞれ1体ずつが配置されています。悪魔系統を除いてですが」
「でもその内、吸血鬼と巨人は討伐済み……すると、残りはガームとメジューサ、そしてまだ現れていない幽霊クラスタの3体のみ」
机の上に配置された駒を動かしてアイリスが宣言する。ジークバルドも首肯した。
「ジーク殿、一度倒されたジェネラルクラスが再度現れるという事はないのですか?」
「飛散したデブリス細胞はまた時間をかけて再構成されます。我らの細胞は他のデブリスよりもディアバルのものに近いですからな。ですが、ディアバル同様時間がかかります。今は考えなくとも良いでしょう」
「なるほど……でも、ディアバルの細胞に近いものなら、確かに切り札にはなりそうだね……っと、よし完了」
マヤがジークの腕から採血用の管を抜いた。ジークの血液は言うなれば、ディアバルにもっとも近い性質の細胞を有している。それを対ディアバルに向けた錬真術の研究に役立てて欲しいとジークから要請があったのだ。
なにしろディアバルは不可殺の存在。その不死性を破る方法を発見できなければ、勝負にも何にもなりはしない。
「すみません、こんな事に協力して頂いて」
「いえ、どんな形であれお役に立てるのならば本望でございます。…正直、いつまでこうしていられるか、解りませんからな」
そう言ってやや寂しそうにジークが笑んだ。その身には出会った時からずっと着ていた執事の燕尾服はもうなかった。ほんの十数分前に「レイト様に言っておかねばならない事がございます」とジークバルドが差し出したもの……それは辞表だった。
「…どうしても、執事を辞めるんですか?」
「仕方ない事です。今まではどうにか力を抑えてやって来られましたが、ディアバルが復活した今、それもどこまで保つか解らない。こうしている間にも、自我を失って暴れ出す可能性はゼロとは言えません」
「…でも、そんなこと———」
「あり得るのです。私は所詮はデブリス……あの魔王の力を高める為に、効率よく人間に恐怖を与える尖兵に過ぎないのですから」
コボルト、コカトリス、人狼……多くのデブリスには生物としては不可思議な特性がある。それは自己の種の保存よりも、人間へ恐怖を与える事を目的に行動する節がある事だ。恐怖が彼らの首魁の力を高めるリソースであるとするなら、この不可思議さも自ずと氷解する。彼らはディアバルという“本体”に力を与え、同時にその毒をもって自らが有利となる活動領域を広げていく為の、生物兵器に過ぎないのだ。特にエルシングスはそれらを統括する役割を持つ者。デブリスとしては並外れた力と知恵、そして意識すらもその為に与えられているに過ぎない。
ディアバルの復活が為された今、各地でデブリスの力が強まりつつあるという報告も上がっている。今は抑えられていても、万が一デブリスとしての本能が強くなる様な事態になれば……。ジークバルドが恐れているのはそういう事だろう。
「こちらの戦力も不足している状況です。ディアバルとの戦いには協力させて頂きますよ。家の事は後は不詳の弟子に任せましょう。いいな、ジェイク?」
「…か、勝手に話を進めないで下せぇよ!」
ジークが弟子であるジェイクに向かって呼び掛ける……が、彼は釈然としないと言わんばかりに反駁した。
「後は任せるって……そんな今生の別れみてぇな言い方ないでしょう!それに前に言ってやしたよね?
「それはもう大丈夫だ。彼らやお前のお陰で、私の望む物は手に入った。私はそれを最期まで手放したくないし、守り抜きたいと思う。創造主と戦う事……それはせめて私にできる精一杯の抵抗なんだ」
彼らの会話の全てが解った訳ではないが……ジークの言葉に思うところがったのか、ジェイクは二の句が継げない様だった。きっとこの2人にしか通じない何かがあるのだろうと理解すると同時に、ジークバルドがジェイク・アリウスを弟子として選んだ理由が少しだけ分かった気がした。
その時、街の方からけたたましい半鐘の音が鳴り響いているのが聞こえた。同時に気配を感じ取った様にジークがその方向をキッと睨み付ける。
「デブリスですか?」
「ええ。しかもこの気配……ディアバルとエルシングスどもですな」
「た、大変じゃん!急がないと……!」
災害級の力を持つデブリスが3体同時に攻め入ってきたとなると、それだけで過去のフライトパンデミック以上の被害が出る事は想像に難くない。兵士達が防衛に出動するだろうが、為す術もないだろう。一刻も早く現場に駆け付けるべく、レイト達が駆け出した。
「………………っ」
「…レイト……まだ不安?」
ユニオンスティンガーの後席に座るアイリスがレイトに問いかけて来る。また力及ばず、多くの人を失う事になるかもしれない……そんな不安や重圧が消えてくれる訳ではないが、腰に回された彼女の手先から広がる温もりが、不安感を拭い去ってくれる様だった。
「平気……ではないけど、大丈夫。君や皆がいてくれるから」
「…うん。どんな事になろうとも、私も一緒に背負うから……ね?」
協議の結果、まだ力の定着が完全でないマヤとゼオラは現場の避難誘導と適宜のサポートをヒュペリオン達と一緒に行って貰う事になった。敵と正面切って戦うのはレイトとジークバルド、そしてアイリスの3人のみ。それぞれのバイクに跨り、エンジンを始動させたレイト達を、「ちょっと待って下せぇ!」と後方から呼び止める声があった。
「こんな時に言うのも変かもしれねぇですが……行ってらっしゃいませ!お帰りをお待ちしておりやすっ‼」
「…お辞儀の仕方がなっとらん。帰ったら再指導してやる」
「ハァッ⁉き、厳し過ぎんでしょうがっ‼」
「やはりお前には私がいないとダメだな。徹底的に鍛え直して差し上げますから、首を洗ってお待ち下さりませ」
「迫力が段違いだなチクショウめ‼」
2人のやり取りを聞いている内に、どこか重い空気が吹き散らされた様に霧散するのを感じた。明日を求めて齷齪する事もない、きっと誰もが求めている安らぎ……。必ず守ってみせると改めて誓い、バイクを発進させた。
決戦の場は、恐らくバザール正門付近。スピードに優れるユニオンスティンガーが先頭を疾駆する中、コンソールに取り付けたジャイロから、『お二人とも、聞こえますな?』と通信が入った。
「ジークさん?」
『実は……改めて、お願いしたい事があります』
囁く様な執事の願い。バイクの疾駆音の中でも、それはやけにハッキリと聞こえた。
◇◇◇◇◇
「ダヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァァッッ!喰らイヤがれ地獄蛮拳、『酷浄』!」
バザールの正門付近、空中に飛び上がった犬男——闘獄のガームが門扉に強烈な踵落しを叩き込む。まるで巨大なギロチンにでも引き裂かれた様に、この地区の象徴であった大正門がガラガラと引き裂かれて倒れる……が、それだけだった。人々の悲鳴はおろか、応戦の砲火すら上がる事はない。
「…ガーム様、無意味に大技を連発しないでクださいませ」
「ダァァッッ!張り合いがネェっ!アイつら本当に引き籠ったまま出てコネぇ気らしイナ!」
「フン、人間の考える事はいつも変わらんな……」
戦力の損耗を抑え、且つ恐怖を放出しない為に、防衛戦力を一か所に集中させて引き籠る。理に適ってはいる……が、それは一点を突破されれば総崩れを招きかねない脆さも同居させる事になる。
この状況には覚えがある。かつても人間はこの城塞へと立て籠もり、全ての守りを1人の勇者と7人の騎士達に託したのだった。となると、今回もまた……。
「ガーム、喜べ。ギャラリーはいる様だぞ」
瓦礫が散乱するメインストリートの奥からこちらを睨みつける人影……レイトとアイリス、ジークバルドの3人だった。
「ハッ!たった3人ダケ⁈舐められテンのかぁっ⁉」
「ハンデには充分だろ。それじゃ2人とも、手筈通りに」
「ええ、ディアバルは私が抑えます」
ジークバルドが身体に気合を込め、ジェネラルドラゴンデブリスへと変身した。レイトもダークライドラッグとミスリックバーンドラッグを取り出し、ベルトへと装填した。
〈ダーク……!ミスリックバーン‼ネオ・ファンタスティック‼〉
「変身‼」
〈オールアップ、ディライト‼ライツアウト!セイクリッド・ブレイバー‼ダーク!ミスリックナイツ‼…Whenever,Continue evolving〉
——レイト、アイリィ……アイツらっ……。
「おっと、勝手に出てくるなよ。貴様はそこで、仲間が殺られるのを見てろ」
〈魔穿……!鐡剣……!ソーディア・マキナ‼…Just bring it……!〉
表出しかけたハイルの意識をまた闇の底へと沈め、両勢力がほぼ同時に地面を蹴った。
竜人となったジークが数発の火焔弾を牽制程度に放つ……が、その威力は牽制なんてものでは済まない。純粋な戦闘能力だけなら、竜は全てのデブリスの中でも最強格に位置する存在だ。何よりも……女王よりバザール地区の被害は気にしなくてもよいというお達しを受けている。竜が本気となれば、並のデブリスなど相手にもならない……のは確かだが、ディアバルは気怠そうに剣を一振りすると、その一撃だけで炎激を弾き飛ばしてしまった。
やはり一筋縄ではいかない……が、それくらいは想定通り。敵も一切怯む事なく、メジューサがディライトに向けて複数の石化レーザーを放って来る……が、その前にアイリスが立ちはだかり、両手に握った剣でそれら全てを弾き返してしまった。
「ナっ……!ナんですのソの力は……⁉」
「光のパラディンの力よ。勉強不足だったわね」
『
「おりゃあぁぁっっ‼」
そして、その一瞬の虚を突き、ディライトが左手の爪をメジューサとガームに叩きつけた。ダークミスリックナイツとなったディライトのパワーがエルシングスの強靭な装甲をも容易く切り裂き、更に装甲から伝播する光のエレメントエネルギーをも流入させていく。デブリスを構成する細胞群には最も致命的な効果を発揮する力を受けて、さしものジェネラルクラス達ですら、悶え苦しむ事になった。
それは報いであるのかもしれない。生まれ落ちた理由がどうであれ、人に苦痛と恐怖しか齎さない怪物達に踏みつけにされた生命の重みを背負い、ディライトとアイリスが一体の鉾と盾となって加速した。
ジークバルドも決して負けてはいない。ドラゴンのフィジカルの強さはディアバルにも決して引けを取らない。おまけに手足に纏わりついた炎がヒットする度にディアバルの体を包みダメージを蓄積させていく。
「どうだ?人の体を憑りついている今のお前には、この力は相当堪える筈だ」
「…なるほどな、そうやってコイツとオレを分離させようって魂胆だったか。着眼点は悪かねぇが……甘いぜ!」
ソーディアが体に気合を込めると、炎が吹き散らされる様に霧散して消えた。驚愕に身を竦ませるジークバルドを蹴り飛ばし、ソーディアが嘲笑する様に肩を竦める。
「咄嗟にこの人間を気遣ったんだろ?炎の出力を無意識に出し惜しみしちまった……。人間の社会に出て腑抜けちまったみたいだなぁ、ファブニル?」
「…腑抜けか……。確かに不覚ではあるが、それを悪い事とは思わん。長らくこの世界を見ておきながら、なに1つ変わらない貴様なぞよりよっぽどいい」
「…変わらない……変わらないか、なるほど……。…ハハッ……!ハハハハハハハハハッッッ‼」
「なにが可笑しいか⁉」
突然、発作の様に嗤いだしたディアバルにジークバルドは憤然と刃を向ける……が、魔王は「これが嗤わずにいられるか?」と超然とした態度を崩さない。
「人に紛れて、自分まで人間になれたつもりだったかファブニル?だが、残念だったな。お前もこのオレと同じ……いや、それ以下の駒でしかないって事を思い出させてやる……」
突如、ソーディアの左目……割れた仮面から覗く複眼がギラリと赤紫色に輝いた。すると同時に、彼と対峙していたジークバルド、更にガームやメジューサまでもが頭を抱えて苦悶の呻きを漏らし出した。
「ジークさん⁉お前なにを———⁉」
「なにを……か。言い方は様々だが、強いて言うなら
「ハハッ……!なぁルホどな!力が漲ってクルぜぇっ……!」
ユラリと立ち上がった2人のエルシングス、その姿形が変化を始めた。ガームは両手の手甲がより大型化し、メジューサは肩から首にかけて蛇頭の砲口がショール状に出現する。
「ウソ……強化した⁈」
「驚く事じゃないだろう?コイツらは元々オレから生まれた存在だ。その力も意識も、全て俺の意のままにできる。コイツの不忠を修正する事だってなぁ……」
「修正……まさか、ジークさん⁉」
呼び掛けにもジークバルドは応えない。魂が抜けた様にフラリとディライトを振り返ったその双眸が、ディアバルと同じ赤紫色の光を湛えて炯々と輝いていた。
◇◇◇◇◇
ドロロロロ……と、遠くで雷鳴が嘶くのが聞こえる。普段なら気にならない程度だが、それもハッキリと聞こえる程、シットラス邸の中は静まり返っていた。ほんの少しの距離で、勇者と魔王が死闘を繰り広げているのが信じられない程に。
「不穏な鳴り方をしやがるなぁ……」
「?」
「イエね、俺の故郷の伝説で、雷が3回立て続けになると、恐ろしいモンが襲来して来るってな話があるもんでサ」
「ちょっと、不安になる様なこと言わないでよ」
「すいやせん。でもまぁ、伝説だと雷の鳴った方からやって来るって事になってやすし、今回の件とはなんの関係もないっスよ」
サクラの抗議に、ジェイクは案外あっけらかんとして掃除を再開する。実際は師であるジークバルドが今も戦場で戦っているのだから、彼自身も心中は穏やかではない筈だが……。そんな時であっても、しっかりと言いつけ通りにいつもの仕事に没頭する姿は、思いの外生真面目な彼らしいとも思う。
「さっきの雷……鳴ったのは北の方だったね。これ以上、厄介事は増えないで欲しいけどなぁ……」
確かに窓からステラスフィア山脈の山頂に黒雲が掛かっているのが見えた。
北側……と言うと、その向こうにいるのは———。
「…イヤだから……あくまで伝説、迷信だって言ってるじゃないっスか。大体、雷がそんな鳴り方するなんて珍しくもな———」
あたふたとジェイクが言い訳していると、不意に居間の扉がガラリと乱暴に開かれた。思わず腰の剣に手を伸ばしかけたサクラだったが……飛び込んできたのは、あのステファニー・ゴールドブラムだった。体はヨタヨタと力が入っておらず、顔色も真っ青だ。
「アンタ……どうしたのよ?まだ寝てなきゃダメじゃ———」
「…ネメシスがっ……ネメシスがいないの……!」
「…なんですって⁈」
弾かれた様にサクラとゲイナンが駆け出し、今まで彼が寝ていた部屋に駆け込む……が、確かにそこに彼の姿はなく、空になったベッドと開け放たれた窓だけが残されていた。
「いつの間に……」
「…解らない……。アタシが目覚めたら、もうここにはいなくて……」
「しかし、あんな怪我で一体どこへ行ったというんだ?」
ネメシスの傷は深く、決して無理は効かない筈だ。いくら彼の体が特別だとしても、あの状態で動くなど自殺行為も同然である。逃げた……と言うべきなのかもしれないが、果たしてそんな事をする意味があるだろうか?
「…どういうつもりなのよ、一体……?」
ちょっと短いですがここまでです。
コメディを描ける様になりたい。