仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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今回でSaga25は終わりです。
最後には衝撃的な幕引きがあると思うのでお楽しみに。


Saga25 スペリオル~天の意思、人の意地~③

◇◇◇◇◇

 修正、という言葉をディアバルは使った。エルシングスは元より彼の細胞より生まれた存在……であるならば、その意識や力も思い通りに出来るのだとも。

 ジークが恐れていたのは、そういう事だったのだろう。ディアバルの復活が為された以上、これまで通り自分の意思で力を抑え続ける事が出来なくなるかもしれない……と。

 

 そして今、ディアバルが発した光に包まれたジークは、その動きを完全に止め、彼の命に従い、ディライト達の方へゆっくりと向き直った。炎を纏った太刀の刃が、そのままゆっくりと構えられ……。

 

「ジークさん……!そんな———‼」

「余所見をスルんじゃねぇッッ‼」

「フふ、愚かデすわねファブニル様。マさか本気でディアバル様に抵抗する気でイらしたとは……」

 

 ディアバルの力を受けてより強化された2人のエルシングスがディライトとアイリスに挑みかかって来る。ガームの拳はより素早く強烈になり、メジューサは縦横無尽に動く可動砲が追加された事で攻撃がより変則的になった。なんとか捌けてはいるが、これにジークバルドまで敵に回る事となったら、耐えられないかもしれない……。

 

「くっ……!ジークさん、しっかりして下さい!そんな奴の力なんかに敗けちゃダメだ‼」

「吠えてろ!所詮お前ら如きじゃ、どうしようもできん。さぁ、ファブニル……お前がすべき事は……解っているな?」

「…ハッ……私のするべき事は……敵を排除する……」

 ジークバルドが、そのまま太刀を振りかぶって構えると……。

 

「…うおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ‼」

「………………っっ⁈」

 転瞬、自身の背後に立っていたディアバルへと即座に太刀を叩きつけた。驚愕するディアバルに構わず、刃が2発、3発……と立て続けにヒットし、その度に爆炎の火花が咲き乱れる。

 

「どういう事だっ……⁉お前の意識は確かに修正した筈……!なのに何故———っ⁉」

「甘いのは貴様だ。いくら貴様が私の意識を修正しようとも……私の心までは乗っ取れはしない様だ」

「心だと……⁉同じ事だろうがそれはっ‼」

「いいや違う。それも解らぬか?心とはただの情報の羅列ではないのだ‼」

 

 言いつつ、ジークにも決して詳細が解っている訳ではない。だが、意識がディアバルの命令によって塗り潰される中で見たもの……それは長き生の中で見続けて来た人間たちの営み、そしてその中で出会った多くの人々との記憶だった。レイトが、アイリスが、クリスが、ジェイクが、自身の名を唱和する度に、意識を塗り込める闇を打ち払う力をくれた様に感じられた。

 

 精神論や奇跡とは違う。きっと元より、心とは己一人のものではないのだ。もし意識を統べるのが自分だけであるなら、ディアバルの浸食に簡単に乗っ取られたかもしれない。だが、長き時を人と関り生きてきたジークバルドの中には、彼らによって形づくられた、彼だけの心がある。それがきっとディアバルに対抗する力をくれたのだろうと思えた……否、確信していた。

 

「そんな事が———っっ‼」

「解らんだろうな。自らの生まれを呪いながらも、そこから抜け出す事も出来ない貴様には!」

「黙れ……!どんな御託を並べようが、それだけでオレの力にいつまでも抗し切れる訳ねぇだろうが‼」

「ああ!だからサッサと蹴りをつけてやる‼」

 ソーディアのマキナカリバーがジークバルドの太刀を粉々に打ち砕いた。そして切っ先を深々と彼の左胸へと突き立てる。竜の口からゴバッ……と血の塊が押し出され、ディアバルは確かに勝利を確信する……が、直後ジークバルドの体の内から血の様に噴き出した炎が彼の全身を包み込んでいった。

 

「テメェっ……‼」

「地獄への道行き……付き合って貰うぞ、ディアバル……‼」

 全身が火達磨と化したジークバルドが爪牙をギラリと輝かせ、ソーディアの装甲へと突き立てて食らいついた。火は瞬く間にディアバルの全身を包み込んでいき……転瞬、巨大な爆炎となった爆ぜた。

 

「自爆シヤがっただと……⁉」

「ジークさん……」

 

『もし、私にもしもの事があれば……必ず回収をお願いします』

 戦いに赴く前、レイトとアイリスはジークバルドからそんな“願い”を託されていた。

 

『回収……それって、レセプト化して欲しいって事ですよね……?』

『ええ。私が死ねば今の意識は消滅し、やがて新しい竜のエルシングスとなるかもしれませんからね。…ハッキリ言って、それはご免です。それに、どうせ消滅するのなら、最後まであなた方のお役に立ちたいと思うのですよ』

 

 そう語った時から、きっと彼は今この瞬間を覚悟していたのだと思う。ディアバルの眷族としてでなく、自分に与えられた命の使い道をどう決めるか……その覚悟に応えるべく、ディライトとアイリスがライドラッグを掲げて、かつてジークバルドの肉体を構成していた真紅の粒子を回収した。

 

 さて、ジークバルドの命を賭した攻撃で、ディアバルを討ち果たせていればいいのだが……。

 

「クッ……!ファブニルの奴め……ふざけたマネをしやがって……‼」

 爆炎が切り裂かれ、ソーディアが姿を現した。

 

「…あれでも倒せないのか……」

「レイト、でも見て……」

 ジークが我が身を犠牲にしても討ち果たせないのか……。敵の強大さに改めて戦慄するが、全くの無事という訳でもない様だった。装甲の各部に裂傷が走り、足取りも覚束ない。受けたダメージは決して小さくないのだろう。だとすると、決めるのは今しかあり得ない。

 

 だが……。

 

「サせるとオ思いですか!」

 ディライトとアイリスがディアバルに止めを決めるべく飛び出そうとするが、流石にメジューサ達もそれはお見通しだった。鞭の様に蛇が飛来し、ディライトとアイリスの体を縛り上げて拘束した。

 

「くっ……‼」

「…舐めたマネをしてくれやがったな……。出来ればテメェとの勝負はジックリと時間をかけて楽しみたかったが……気が変わった。テメェの大事な人間を1人ずつ嬲りながら最後に殺してやる……」

 

 怒りを滲ませながら、ディアバルがマキナカリバーをアイリスに突き立てようと振り上げる……が、それも突如として飛来した光弾に阻まれる事になった。

 

「なにっ……⁈」

「マだ仲間がイたというのデすか……⁈」

 

 光弾はディアバルを吹き飛ばした後、ガームとメジューサにも着弾し、ディライトとアイリスの解放を手助けした。明らかにこちらを援護する様に放たれたものである。

 

 だが、一体誰が?この領域に来ている仲間達の中で、これだけの攻撃を放てる者がいただろうか……?その答えを探す様に光球が飛来した方向にディライトが目を走らせる。果たしてそこにいたのは……。

 

「…あれって……」

「ネメシス……⁉」

 

 体全体を覆う白いコート。だがその下には包帯に包まれた細い体をなんとか立たせている。彫像の様に端正な顔にもビッシリと脂汗と苦悶の表情が浮かんでおり、相当に無理をしている筈だ。だが、その目はハッキリとした意思を込めて、ディアバルを睨み付けていた。

 

「…今更、どういうつもりなんだよ……」

 救援、と呼ぶにはあまりに満身創痍な彼の姿を見て、初めに気遣いよりもそんな反発が口をついて出た。彼によってあまりに多くの仲間が手にかけられてきた。それを割り切れるほどレイトは自分が出来た人間だと思わない。

 

「ローランさんもジェラルドさんも……お前にどれだけ多くの人が殺されたと思ってるんだよ……!今更……ヒーローみたいな顔して出てきて……済む問題じゃない‼」

「うるさい!そんなのは解ってる‼」

 振り返りもせず、ネメシスがいつになく感情を荒げて叫ぶ。その叫びが体に負荷をかけたのか、ネメシスの体に巻かれた包帯が赤黒い滲みに覆われていくのを見て、レイトがギョッと息を呑む。

 

「…お前っ……そんな傷で———」

「…違う……。いいや、違う……っ!解ってなかったんだ……!この痛みが……この恐怖がっ……命が消えるという事が……一体どういう事なのか……」

 

 傷を穿たれ、生死の境を彷徨い、その段になってネメシスは初めて自らの消滅の危機を感じた。それはとても筆舌に尽くし難い恐怖であり、そして同時にその未知を知らしめられた事が堪らなくいたたまれなかった。

 肉体が死ねば、同然それに紐つけられた個人という存在はこの世から消えてしまう。それが生命という存在の摂理であるとは理解していた……否、やはり理解はしていなかったのだ。ただ、『ラショナル』のデータベースに記された情報を頭に入れていただけ……。その事に気付いた時、自分という存在がどれだけ傲慢で、取り返しのつかない行いをしてしまったのかという事を突き付けられたのだった。

 

 ——なにが天罰を下す者か……。

 ——あらゆる摂理を知った気になって、烏滸がましい。

 ——あの竜のエルシングスの方が、命というものをハッキリと理解していた。

 

 ——それに……。

 

『解るだろう、ネメシス。“アレ”は私たちの罪だ。命を弄んだ我らの業が、今もまた別の命を苦しめ続けている……そんな事が許されていい筈がない!』

 

『知性を……大いなる力を誰かの為に使わずして、一体私たちは何の為に存在していると言うんだ⁉』

 

『私は行く……。生きとし生ける者すべての“喜び”を守る為に……』

 

 ——君にも、解っていたんだろう。

 ——もう遅すぎるかもしれないけれど……。

 ——今からでも、君が見た景色を眺める事は、叶うだろうか?

 ——だからこそ、今は……!

 

「…力を貸してくれ、ディライト」

「……………」

「この命のある限り……あらゆる悲しみと恐怖から、この世界を守ると約束する……。倒すぞ……ディアバルを‼」

 

「…そういうセリフを吐くんだったら……そんな満身創痍なナリじゃなく、もっと相応しい姿があるだろ……」

 

 隣に立った仮面ライダーディライトが、仮面の奥で仕方なさそうに息を吐き……しかし、確かに笑った気がした。全く無茶を言ってくれるものだが……元よりそのつもりでここまで来たのだ。今更怖気づく気はない。

 来いよ、と少し挑発的に手を振るディライトに誘われる様に、ネメシスは自らの腰にスペリオルドライバーを巻き付け、黒色のルーンドラッグを装填する。

 

〈Take……Dark Rune……!On Your Mark……Get Set〉

 やがてベルトに闇のエネルギーが充填されると、ネメシスがベルトのハンドルへと手を掛ける。嗤いもせず、ただ一心に前だけを見つめながら、自らに命じる様に叫んだ。

 

「変身……‼」

 

〈Falling……. I am Nemesis.All I need is“SACRIFICE”……!〉

 

「仮面ライダー……ネメシス!さァ、天罰の時間だ‼」

 

 嘲りを込めてつけられたその名を。

 懺悔と誇りをのせて、1人の戦士が初めて叫んだ。

 

「ハッ!コノ前まで争い合っテタ奴らが、今更ナニしようってンダぁっ‼」

 戦端が開かれた。全ての砲身を一点に集中させたメジューサの石化光線と、同時にガームが拳を振り上げて襲い来る……が、火線の真ん中にネメシスが立ちはだかり光線を受け止めた。ネメシスの装甲表面に展開されたダークマターシードが光線を乱反射させ、全てを明後日の方向へと消えていった。次いで、ガームの拳をサイザースの杖先で受け止め、そのままゼロ距離で光球を叩き込んでいく。衝撃に耐えかねたガームの手甲が砕け散ると、ネメシスがそのまま裂帛の叫びを上げてサイザースごとガームを振り回した。

 

「うおォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッ‼」

 やがてガームの腕が肩口から引き千切られ、バザールの大門に叩きつけられて沈黙した。

 

「お前……無茶するなよな……」

「今更だろ……。残りは2体……一気に叩くぞ」

「お前が仕切るな!」

 

 口では言いつつも、ディライトとアイリスは迷わずにメジューサとディアバルへと向かって行く。敵の応射は全てネメシスのサテライターズが防いでくれる。それを信じて、今は1つの矛となって突き進んで行けばいい。立場や思惑の違いはあれど……やはり仮面ライダー達が並び立つのは、かなり心強い。今までのわだかまりも関係なく、アイリスにはそう思えた。

 

「はぁぁぁっっっ‼」

 燦励の力を纏わせたレイヴァクロスをアイリスが思いきり投擲し、メジューサの胴部に深々と突き立てた。権能がデブリスの力を抑制してしまう為、指の一本すら動かせないメジューサの腕にウェイビングローブが巻き付き、その弾性に乗せてアイリスが思いきり突撃する。剣を突き立てた傷口のすぐ隣にもう1本の剣を突き刺し、そのまま一気に光のエレメントを放射した。

 

「ウがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ⁈」

 閃光に包まれてメジューサが悲鳴を上げる中、ディライトとネメシスもソーディアと対峙していた。ソーディアのマキナカリバーの前にネメシスの力は通用しない。一度その力の前に生命を脅かされたにも拘わらず、ネメシスは一切臆さずに攻撃を躱しながら、我武者羅に攻撃を繰り出す。その気迫に圧された様にソーディアが怯むのをディライトは見逃さない。前後衛をネメシスとスイッチすると、両腕の装備を次々と叩きつけていった。連撃の嵐に耐えかねたソーディアが吹き飛び、地面へと叩きつけられた。

 

「このオレがっ……!なんだこの力は……⁉なんなんだ貴様らは⁉」

 

「お前の齎す恐怖よりも、ずっと確かな物を知っているからだ……」

 

「人はどれだけ弱くても、それでも誰かの心に共感して、互いに命を懸け合って、ずっと大きな力を生み出せる。それは……お前の力だって上回れる!」

 

「そんな世迷い言がっ———‼」

 

「世迷い言じゃない。これが……命の摂理だ‼」

 

〈3 Knock Turn……. Nemesis Execution……!〉

〈エブリッション!ネオ・ヴァリアントブリンク‼〉

 

 過去に散っていった者。今を懸命に生きる者。そして、この先の未来を駆ける者。命ある限り連綿と続く螺旋の連鎖、それを絶やさんとする者を討つ為に、2人の仮面ライダーが飛翔した。

 

「せえりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ‼」

「はァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ‼」

 

 ソーディアが迎撃の斬撃を数発放つが、それでも仮面ライダー達は止まらない。恒星の様に思える輝きを纏いながら、やがてディライトとネメシスのダブルライダーキックがソーディアの胸板に打ち込まれた。

 声にならない叫びを上げて吹き飛ばされたソーディアの変身が解除され、その姿がハイル・ランドナーのものへと戻った。

 

「ハイル———!」

「…レイト、待って……」

 慌てて駆け寄ろうとするディライトをアイリスが冷静に制止する。姿こそよく知る彼の親友そのものだが、だが光のパラディンとしての直感が、その内にまだ邪悪な気配の残滓が残っているのを捉えていた。

 

「レイ……ト……」

「ハイル⁉」

「レイト……よく聞い……く……イツは…———「…チッ……。やってくれやがるぜ……」

 

 ハイルの表情が何かに塗り潰された様に変化し、またもディアバルが前面に出てきた事が感じられた。ダメージを蓄積させた体をなんとか起き上がらせ、その目に精一杯の憎しみを込めて「…覚えていろよ……」とディライト達を睨み付けた。

 

「…精々足掻いてみろ、人間ども……。お前らの全力がどれだけのものであっても、直ぐに必ず限界に変えてやる……」

 恨み節の様な言葉と共に、ディアバルが赤黒い塵へと変じた。ガームとメジューサも同様の塵に変化し、そのまま意思を持つ様に混ざり合って地平線の彼方へと消えていった。

 

「………っ。逃げられたか……」

「あァ……だが、それなりにダメージは与えられた……。暫くの間は、行動を抑え込める……筈……」

「……っ!ネメシス⁉」

 突如、仮面ライダーネメシスがグラリと足元から崩れ落ち、地面へと倒れ込んだ。変身が解除されると、胸部一面が赤黒く染まっているのがよく解る。

 

「傷口が開いたのよ……!レイト、救護班を早く!」

「解った……!…ネメシ——今助けを呼ぶから———ぬなっ———ネメシスっ……!」

 

 朦朧とする意識の中、必死に自分を呼ぶ声を、ネメシスはどこか遠くに聞いていた。生まれ出る事が生命の摂理であるなら、死す事もまた然り。知りながらも、それを悲しいと思い、手を取り交わり合う事で悲しみを乗り越えてきた。そんな肉たちの愚かしさがどこか温かく感じられた刹那、ネメシスの意識が無窮の闇の中へと落ち込んでいくのを感じられた……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 なぜ、歩き続けているのだろうか?

 

 この数日間、どれだけ考えても解らない問いが頭の中で木霊する。そんな事は肉を纏って生きる者がどれだけ考えても詮無き事……そう思いながらも思考せずにいられないのは、自らの性質に起因するものなのか、それとも“考える葦”とも呼ばれた生物としての宿業なのか……。

 

 解らない。だが、解らなくともいいのかもしれない。少なくとも今は。それが、これから先の時間を与えられた意味であるかもしれないのだから……。

 

 そう自分を無理矢理納得させたネメシスは、用意されたシャツに腕を通して扉の外へと出る。そこで少し居心地悪そうに立つ少女と目が合った。

 

「…案外、元気そうじゃない。死にかけてたって聞いたのに……」

「…それはお互い様だろう?」

 少女——ステファニーの長かった金髪は今やバッサリと切られ、飾り気のないショートカットになっていた。彼女の心境はいまいち解らないが、心機一転や禊と語っていたその心境が穏やかであった筈がない。

 

「アンタからお互い様なんて言葉が出るなんて、意外だわ……」

「そうかもしれないね。寧ろ、本当に死んだのかもしれないな……。まだ自分がこうしてここにいる事が、イマイチ実感できない」

「そう……。…でも、いいんじゃない?ハッキリ言って、前よりいい顔してるわよ?」

「…それもお互い様だ」

 でも、今の彼女はどこか吹っ切れた様な顔で自分を見つめている。

 

 あのディアバルとの戦いに赴いた時、ネメシスは自分が消える事も覚悟していた。それでも生かされた意味とは……きっと、もう少し生きて考えろという事なのだと思う。それはもしかしたら死す事よりも辛く険しい道かもしれない……が、少し晴れやかになった彼女の顔を見れば、少しはやっていけそうだと思えた。

 

 ——どの道、ここから先は本当に地獄だ。

 ——ディアバルに立ち向かうというのは生半可な事ではないのだから。

 

 少なくとも、“彼ら”はそれを知らなければならない。階下へと降り立ったネメシスが覚悟を決めて居間へ続く扉を開け放った。

 

 そこに集っていたレイト達の視線が沈黙とともに突き刺さって来る。まさに針の筵という奴である。だがここで怯んでもいられない……のだが、

 

「よぉっ!スッカリ元気になったみてぇじゃねぇか!そのナリも似合ってるぜネム‼」

 空気が読めないのではないかというくらいの胴間声を上げて近寄ってきたジェイク・アリウスがネメシスの肩をバシバシと叩いて笑う。それだけで部屋の空気が呆れた様に弛緩した……って、今なにか聞き捨てならない事を聞いた気が……。

 

「…“ネム”というのは?」

「イヤだって『ネメシス』って長ぇし言い辛ぇからよ。まぁ、色々あったのは間違いねぇが、一緒に働くんだし仲良くやろうぜネム‼」

「勝手に決めるな。僕は別に執事をやるつもりはない」

 

 ネメシスは今確かにアネスタの執事服を着ているが、ジャケットもネクタイもない、シャツとパンツだけのシンプルなスタイル。単に直ぐに用意できた服がこれしかなかったというだけの話である。ジェイクに宣言した通り、決してディライトやこの国に対して奉公する気になったという訳ではない。

 

 今なによりすべき事は……。全員の視線が一斉に注がれる中、ネメシスがズイとレイトの前へと進み出る。

 

「…僕がこの地上に来たのは、あの怪物を葬り去る為……そして、勇者ディライトの力と彼がここに残した力を回収する為だ。それにはあらゆる犠牲もやむを得ないと思っていた……。今となっては、無知と傲慢の極みだが……」

 誰1人、ネメシスの言葉には反応しない。当然である。ここまではただの言葉……言い訳に過ぎない。己の業を払拭するに最低限するべき事は……ネメシスは黙って深々と頭を下げた。

 

「今までの数々の非礼を謝罪する。申し訳なかった」

「…お前を許すか、許さないか……決めるのは俺じゃない」

 ネメシスを軽く睨みつけながら、レイトが言った。

 

「デブリス達に苦しめられている人、パラディンやディライトの助けを必要としている人たちがこの世界には大勢いるんだ。ローランさん達が戦ってきたのは、そういう人達の力になる為だった……。もし本当に償いをする気があるなら、彼らの願った世界を実現する為に力を貸して欲しい……」

「あァ。この命を懸けて、尽力すると約束する」

「…もう、あんな無茶はやめて欲しいけどな……」

 少し自嘲気味に笑ったレイトが手を差し出してくる。握手という人間の動作である事は承知である。和解や協力関係の締結を意味するものだが……ネメシスは「悪いが、その手はまだ取れない」と首を振った。

 

「君たちに聞いて欲しい事がある。…いや、君たちが知らねばならない話だ。今この世界で起きている、全ての始まりは———」

 

「た、大変ですっっ‼」

 ネメシスの話を遮って、突如ドアを蹴破る勢いで1人の女性が飛び込んできた。

 

「クリス⁈」

「だから、女王が走って飛び込んで来るってどうなのよ……?」

「す、すみません。緊急事態だったもので……熱っちゃいっ‼」

「少し落ち着いてください!どうしたんですか?またディアバル側になにか動きが?」

 

 いつも嘘くさい慈愛の笑みが身上の女王をこれ程までに慌てさせる事態とは何事なのか。水筒のお茶をゆっくりと口に含みながら落ち着きを取り戻したクリスがまだ少し震える声で、「…ディアバルではないんです……」と呟いた。

 

「北の国境守備隊から知らせが届きました。今朝がた、村が異国の軍の襲撃を受けて壊滅したそうです……。その軍というのが……人と怪物は混じり合った姿の兵が混ざっていたとも……」

「………………っっ⁈」

 一同が絶句した。人と怪物が混ざり合った兵士。そんなものを従える北の異国。思い当たるのは1つしかない……。

 

「同時に、シドニア帝国から宣戦布告の文書が提出されました。シドニアを中心とした新たな国家を建国する為に、アネスタの土地全土を明け渡せなどと宣っているそうです……」

 

「シドニア……デブリーターが動き出した……⁉」

 

 




次回予告
かつての敵が動き出した。
大いなる脅威を目の当たりにしても、なぜ人は1つになれないのか。その憎しみの根源はどこからやって来るのか。
ネメシスの告白が、今この世界を根本から揺さぶる。

Saga26『ザ・クリエイター~恐怖の起源~』
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