仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回までのあらすじ

仲間となった仮面ライダーネメシスと協力し、ディアバルを撃退する事に成功したレイト達。だが、休む暇もなく、隣国シドニアを乗っ取ったデブリーターが彼らに宣戦を布告する。彼らの目的は、首魁ライアン・ジョーンズをディアバルと同じ力を持った存在へと進化させ、スペリオルを打倒する事だった。
パラディンとなったアイリス達の奮闘もあり、彼らを撤退させる事には成功するが、クリスからレイト達にある命令が下った。
シドニアの侵攻に晒されているリンクス達に助力せよ、と。


Saga27 勇名編ⅰ~絶壁のカノン~①

◇◇◇◇◇

 シドニアの国土はその大半が湿地、農業や畜産業に向かないそういった土地には町や村などの社会基盤が作られない為、未だに開墾の鍬すら入る気配がない。だが、そういう場所だからこそ、一部の人間達には恰好の隠れ場所となっている。

 ストラド——城壁からあぶれ、外の世界で暮らす彼らはその身にデブリス病を抱えている者も多く、壁の中に暮らす者達からは著しい差別に晒されて生きている。その事に起因する反乱がたびたび各地で繰り返される事はあれど、殆どは争いを望まずにひっそりと生きていく事を望む者である。

 

 そんな世界の暗部で静かに生きていた者達を、無遠慮に踏み荒らす存在がいた。

 

 木々を薙ぎ倒し、地面を抉り飛ばし、小山の様に巨大な影が突如として出現したのだった。楕円状の球形ボディから8本の脚が伸びるその姿は、まさしく巨大な蜘蛛。昆虫型の中でも最大級のサイズを誇る『土蜘蛛(タランチュラ)デブリス』と比べても、2倍近い巨体の怪物だった。だが、明らかにデブリスとは違う。白光りする金属で覆われたその体を見れば明らかである。

 

 蜘蛛の口部が解放され、眩い閃光が灯る……と、知覚できたのは僅か一瞬の事。光は一瞬で超高熱を帯びた火線へと変わり、前方一帯を——そこにあるのが樹林であれ、岩山の威容であれ、逃げ惑う多くの人々であれ、容赦なく焼き払っていった。

 

「えぇい、まだ見つからんのかっ‼」

 巨大な怪物によって焦土が広がっていく、そんな光景を眺めながら、しかし我慢ならないとばかりに1人の男が毒づいていた。

 

「貴様らには目がついておらんのか?儂らが捜しているのはただの人間ではない。獣の耳をぶら下げた、見るも悍ましい亜人どもだ!薄汚れきっておっても、コイツらはどう見ても人間ではないか‼」

 

 青筋を立てて目の前に居並べられた人々を男がひっ叩く。太り肉に、それに埋もれた猜疑心の強そうなやけに小さい目、そして無駄に豪勢な金飾をあしらった軍服……かつて魔剣を所持していた容疑で爵位を取り上げられた、バトレー・ドミングスという男である。ドミングス卿の叱責をまともに浴びた怪物兵士が、「…しかし、ドミングス様……」と反駁の口を開いた。

 

「兵達の間でも疑問が広がっておるのです。獣と人の合いの子の様な人類などが今もなお本当にしているのか……。それに、この先は古くより『魔の森』と噂されている禁足地でございます。古来より、この地に踏み入った者は二度と戻れぬのだとか———」

「やかましいわ!儂がいると言っておるのだからいるのだ!世界に冠たるシドニア帝国の兵士が、無知な民草の流す世迷い言を信じて何とする‼」

 

 その民草を目の前にしてこの言い草である。ドミングスという男は権威至上主義で極めて差別的、まさに封建制という時代の暗部を煮詰めて凝縮した様な男である。その振る舞いを先王に咎められ、その地位を取り上げらえる憂き目にあっていた筈なのだが、新たな王としてアトラーク・フォン・シドニアが即位すると再び地位を取り戻し、今はこうして国内の不穏分子の掃討作戦の指揮を執っているという訳だった。

 

「新たな世界秩序となる我らの国土に、その様な怪物どもを残しておく訳にはいかん!見つけられぬなら森ごと焼き払って皆殺しにするのだ‼」

 

『新たなる世界へ』。

 シドニア人こそが世界で最も優れた民族であり、それ以外はその下位に位置する劣等民族に過ぎない。アトラーク国王が就任するなり宣言したその言葉は、瞬く間に国中に広がり、驚くほどあっさりと受け入れられた。国家に従うシドニア兵達も、今は多くがそうした選民思想を盾にデブリーターの侵攻計画に加担させられている状態なのだった。

 

 全くもって人間なんてものは哀れで扱いやすいモンだ……と、ドミングス達の様子を眺めながらほくそ笑んでいる老人はデブリーターの技術開発部のトップ、イカボッド・クリーデンスである。

 

「実に滑稽なものじゃあなぁ?自分達が世界のトップだなどという世迷い言を信じてここまでやるとは。まぁ、お陰で私も計画がやり易くて仕方がないが……なぁ?」

「……………」

 クリーデンスの問いかける先には巨大な鎧人間……デブリーターのホロウリーパーがいる。だが主の言葉にも、相変わらずホロウリーパーは何も答える事はしない。クリーデンスはそれも気にせずに、「さて……そろそろお前にも動いて貰おうか?」と呼び掛けた。

 

「ホロウ、お前も少数部隊を率いてリンクスどもを探してきておくれ。あの筋肉バカどもに任せると、奴らを全滅させてしまいかねないからな……」

「………………」

 

 クリーデンスの命にハッキリと頷いたホロウリーパーは、見た目に会わない俊敏さで飛び出していった。不惑迅速とは正しくこの事、流石は私が作り上げた“最高傑作”……と、クリーデンスは更に愉悦の表情を濃くした。

 

「さぁて……かの流民共は『ラージャ』の系譜に近いと言われておるし……どれ程の材料になってくれるかな?」

 

 バトレー・ドミングスによって率いられるこの部隊の目的……表向きは国内の不穏分子の殲滅とされているが、真の目的はそんなものではない。己が掌の内で全てが転がっていく事態を満足気に見つめながら、クリーデンスは誰にも聞こえない忍び笑いを漏らした。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

『デブリーター達は国境付近に広く展開している様ですね。よって国境に近い地域は軒並み戦争に巻き込まれる可能性が高い状況な訳ですよ。そこで、勇者ディライトにはここに赴いて、この地に暮らす人々を守って頂きたいのです』

 

 シドニア帝国……デブリーターとの戦争において、『今後の戦局を左右する極めて重要な任務』としてクリスティン・ビバリー・アネスタからレイト達に命じられた任務。それは、2つの国家の境に隠れる様に存在する1つの集落とそこに暮らす人々を守る事。

 そして、それがどうして戦局を左右する任になるのかというと……。

 

「ここは、『マヌール』……。あたし達……リンクスが暮らしてる場所だよ!」

 

 リンクス族。どの人間よりも高度な錬真技術を持つ、服わぬ民たち。そして、それはマヤ・フォルコの故郷でもあるのだ。その身体的特徴故に多くの迫害に晒されてきた彼らに今再び侵略の魔の手が伸びつつある。もちろん異論などあろう筈もなく、手早く準備を済ませ、レイト達は早々にコーパーズから旅立つ事になった。

 

 首都の守りを手薄にする事に抵抗があったのも事実だが……それに関してはネムが「心配するな」と堂々宣言したので信用する事にした。詳細は解らないが、何かしらの秘策がある様に感じられた。

 

「しっかし……大丈夫なんですか?リンクス族はなかなか排他的な一族だと聞きますが……?」

「兄さん、噂ですよ。調べてみると、彼らが人間との間に諍いを起こしたという記録はない様です。人がまず立ち寄らない深い森の中に隠れ里を作ったのも、争いを避けようとするからであると思われます」

「そ。あたし達は別に戦いたい訳じゃないし、誰も迫害の復讐なんて望んでない……っていうか、詳しいねジルバ?」

 

 むかし軽く調べた事がありますから、とジルバ・ディエリスがさも当然と言わんばかりの顔で答える。亜人だ獣との交配種だと好き勝手な事を言われがちなリンクスの歴史を知っている人間はそういない。マヤの知る限りはアイリスくらいである。

 

「…それにしても、『戦局を左右する重要な任務』に同行するのが私達なんて……」

「クリスの人選だよ。ベテランよりも、君たちみたいな若手の方が多種族への偏見も少ないからって」

 

 リンクスの村『マヌール』守護の任を命じられたのは、レイトとアイリス、マヤとゼオラといういつものメンバー。加えて、リンディとヒメナ、ディエリス兄弟の準隊士(コクーンリーガー)達であった。アネスタではクリスの尽力もあり、長年続いた他の種族や他国への偏見を取り払う様にという教育が進められているんだとか。そうした教育をずっと受けてきたジルバ達は確かに種族間の垣根についても特に抵抗がない様である。戦局を左右する重要な任務であるなら、せめて一個大隊規模を投入して欲しいくらいではあるが、今までやり取りがなかった少数民族との外交にその規模の部隊を派遣すれば、示威行動ともとられかねないのも確かだ。

 

 陽星が昇っている間はずっと早馬を走らせて、今日で1日半ほど。アネスタの国中に引かれた街道もそろそろ途絶え、未整備の道がずっと続いている。そろそろシドニアとの国境付近、ステラスフィア山脈を挟んで広がる魔の森——『ロードマン森林地帯』へと突入する頃合いである。山道を抜け、そろそろ前方に開けた平地が広がっている筈……と思いかけた刹那、爪音に混じって喧騒の様な音がレイト達の耳に届いた。

 

 悲鳴に混じって響く、爆発や剣戟の暴力的な響き。間違いなくすぐ近くで暴威が繰り広げられている事を告げていた。

 

「リンクスですか?」

「いや、隠れ里にはまだ遠いから……多分、ここらの村落が襲撃を受けているのでは?」

「マヤ、寄り道になるけど———」

「放っとく訳にはいかないでしょ!構わずゴーゴー‼」

 

 全員が武器を取り出し、馬を加速させる。森を抜けるとやはり想像通りの光景が広がっていた。ジェヴォールトにレオニーグ、数十体の怪物兵達が集落を襲撃し、そこの人々達に襲い掛かっていた。

 

「やっぱりデブリーター……!なんでこんな所に……⁉」

「非武装の民間人に襲い掛かるとは……騎士道精神の欠片もない奴らめ!」

「アイツらぁっ!許さない‼」

 

 地図にも載っていないという事は、恐らくここは難民たちが暮らす場所なのだろう。戦略的に重要でもなく、資源など何も期待できない様な場所で何故この様な行いに及ぶのか。  

 恐らく、理由などないのだろう。現在のシドニア軍にはかなりの数の民兵が参加している状態だ。貧しく自由に乏しい民衆に力を渡すとどの様な事態を引き起こす事になるか……その結果が目の前のこれである。

 

 彼らもデブリーターの思惑に乗せられた被害書と言えなくもないが、だからと言ってこの暴虐を見過ごす理由にはならない。レイトが腰にベルトを装着し、いつものプロセスで2つのライドラッグを装填する。

 

 すると……。

 

〈アーケミックレベル第3段階への到達を確認……更なる力の解放を承認する〉

「はい?」

 

 レイトの脳裏に突如声が響いた。その声には聞き覚えがあった。ディライトの力を始めて継承した時。そして、マンティコアの毒から復活しミスリックレンジャーへと初めて変身した時だ。レイトはこれを勇者ディライトの声……というか、意識なのではないかと推測していたが、実のところ不明である。

 

〈最終段階まで残り85%……レジェンダリーユニット欠損を確認。現状態のまま装備のアップグレードを実行する。ワイズマンジェクトとのリンクを構築。リジェネレーションシステムの起動を開始する……完了まで……〉

「な、なんだって?アップグレードとか、リジェネって一体———?」

「レイト、どうかした?」

「な、なんでもないよ!…今はいいか……変身‼」

 

〈ミスリックナイツ‼〉

 

 気になる事は多々あれど、今はこの状況を何とかする方が先である。レイトが仮面ライダーディライトへと変身、それと同時にユニオの姿もバイクモードへと変形して猛然と加速する。アイリス達は勿論、リンディ達コクーンリーガーの4人も勇猛果敢に飛び出していくのが見える。あまり突出し過ぎない様にと伝えて、ディライトも馬上から飛び降りて数体のジェヴォールトを斬り飛ばした。

 

「なんだ一体———って、テメェは……!指名手配中の反逆者ディライトモドキ‼」

「…そんな事になってるのかよ……。…まぁでも、討ち果たせりゃ大手柄だろ?金とか名誉とか、つまらんものが欲しい奴からかかって来いよ‼」

 

 反逆者でもなければ、モドキでもないが……今はデブリーター達のヘイトをこちらに集中させたい。その為には少し大仰な事も言ってみるものだ。目論見通りにジェヴォールト達は略奪行為を中止し、その殆どがディライトへと向かってくる。攻撃を躱しながら、光のエレメントを帯びたトランスラッシャーの刃で続けざまに5体ばかりを一気に切り裂いた。

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉっっっっっ⁉」

「え、ウソ⁉」

 直後、斬られたデブリーター達が一斉に爆散、変身が解除された。まだ必殺技を使ってもいないのに、である。心なしか、刃の輝きが前よりも増している様に感じられた。

 

「…なんか……力が強くなってる?」

「貴様よくもぉっ‼」

「おぉっと⁉」

 

 上空からのレオニーグの攻撃を躱し、その姿にガンモードのトランスラッシャーを斉射。前よりも眩い閃光が迸り、レオニーグの背翼を一撃で撃ち貫いて地面へと墜落せしめた。ここまで来ると間違いない。明らかにディライトの力が高まっているのだった。

 

「どうなってんだか……?…まぁ、いいか。今はその方が都合がい———」

「レイト、避けて避けて‼」

 背後から突然素っ頓狂な声が。へ?と振り仰いで……瞠目。家ほどもあろうかという巨大な氷塊がこちらへとぶっ飛んでくるではないか。その場から跳躍し、すんでのところで回避には成功したが、逃げ遅れたデブリーター達はそのまま氷に叩き潰されノックアウトされる事になった。

 

「危っな……!マヤ、やり過ぎ‼」

「ごめんって!でも力が全然制御できないんだよっ‼」

 マヤがアンサーラーをぶんぶかと振って抗議する。見ると杖先がすっかりと凍り付いて氷柱をぶら下げている様は、なんだか釘打ちのバットみたいだった。

 

「なに?故障?」

「故障……かなぁ?さっきまでは問題なく使えたんだけど、ウォーターライドラッグ挿した途端にこれで……」

「それは多分……パラディンの力の影響ではないか?」

 ゼオラが話に割り込んでくる。

 

「急な力の継承を受けると、体に負荷が掛かったり錬真力が乱れたりするらしい。そうした力の微妙な匙加減が上手くできずにいるのではないか、と……」

「…な、なるほど……ゼオラも大変そうだね……」

「…言わないで……お願い……」

 

 顔を真っ赤にして蹲るゼオラ。彼女は全身の引っ掻き傷を負ったり枝が引っ掛かってたりしている。彼女が受け継いだのは風のパラディンの力。どうもその力を上手く制御できずにジャンプし過ぎて木に突っ込んでしまったらしい。

 

「はぁ……2人はあんまり無茶しないで、あの人達を逃がすのを手伝って。デブリーター達は俺とアイリィでなんとかするから」

 

 同じく最近力を得たばかりのアイリス・ルナレスは早くも光のパラディンの力を使いこなして華々しく舞っている。かくもこの世は不公平なり……。なんだか釈然としないものを感じつつも、少女たちはこの村の人々が逃げるのを手伝いに行った。

 

 啖呵を切った手前、この数のデブリーター達を何とかしなければなるまい。「手が足りない時はこれだ」と呟き、レイトがベルトの霊薬を水とオリハルコンに装填し直す。

 

〈ファンタスティック!躍動のレシピ‼〉

「再錬成」

〈レイザードナイツ‼〉

 

 水属のファンタスティックヒットは水の三態変化と変幻自在のオリハルコンの性質を宿す、戦闘の幅が広い形態。こうした少数対多数の状況でこそその真価は発揮されやすい。トランスラッシャーとノズルブラスタから砲撃を放ちながら遠方の敵を撃ち落とし、伸縮する払い蹴りで地上のジェヴォールトを一気に薙ぎ払っていく。

 

「やっぱり少し強くなってるかなぁ……?」

「それもありそうだけど……そもそも敵があんまり強くないのよね。連携を取る訳でもなし、動きもまともに訓練したものとは思えないわ」

「どうもシドニアは民間人を大量に戦闘に巻き込んでるらしいからね……」

「…酷い話だわ……!…でも、そんな簡単にデブリーターって増やせるものなのかしら?」

 

 正式配備型のサージェリータイプデブリーターは暴走などのリスクを軽減できる分、ある程度の錬真力の高さと、デブリドラッグに適合させる為の肉体の強化措置が必要になるという話だった。そんな事を民間人にのべつ幕無しにできるものだろうか?

 

 もし、できるのだとしたら……恐らくその中心にいるのはあの男だ。捕らえられたゼオラをマンティコアデブリーターに改造した男、今でも顔を思い出す度に腸が煮えくり返りそうになるデブリーターの技術者、イカボッド・クリーデンス。怪物と人体の融合、その為の適合処置の実施……組織の狂気をあの男が一手に引き受けているのは間違いないと思う。ならばあの男の元に辿り着く為にも、今は道を切り開いて進むより他にない。

 

「こんなバカげた戦いをさっさと終わらせる為にも……押し通る‼」

〈サイバネティック・ハイパーブレイバー!ミスリックレンジャー‼〉

 

 ライドレンジアッパーを装着し、パワーアップ形態となったディライトが駆け出し、10体ばかりの怪物兵を纏めて切り裂いた。更にアイリスも天女の様にふわりと舞い跳びパラディンメイツを射出。右手のパーラケインと併せて7振りの刃が破邪の光を纏って、デブリーター達を1体また1体と駆逐していく。

 

 だが、追い詰められれば逆に力を増すのも人間というもの。部隊の長と思しき数体の赤いジェヴォールト……γタイプ・エクスキューショナー達はしぶとく攻撃に耐え、追い詰められようとも諦めずにディライト達を睨み付けて来る。

 

「…まだっ……まだ諦めぬぞ……!強きシドニアが支配し導く新世界を到来させるまでっ……‼」

「まだそんな事言ってるのかよ……!時代錯誤の大馬鹿野郎め……!」

「黙れ!あの腰抜け王の治世の元で、我らがどれだけの屈辱に耐えて来たかなど解るまい!えぇい、いつまで寝ておるかこの下民ども‼元の惨めな生活に戻りたくないのなら、さっさとその命を主に捧げんか‼」

 

 エクスキューショナーが周囲に倒れ伏す兵士達に呼び掛けた。すると、ゆっくりではあるが、確実に倒れていたデブリーターのほぼ全員が立ち上がってディライト達に対峙してきた。

 

「コイツ等……そこまでやるのかよ……!」

 なるほど……と、アイリスには彼らの置かれている状況が見えてきた。

 

 前王ガルシア・ザイン・シドニアは西部の開拓事業や、貴族の横暴な搾取を禁止して富の均質化を図ろうとした、比較的リベラル寄りの政策をしてきた王だった。デブリーターの思惑に乗っているのは、ガルシア王の政策でその特権を奪われた貴族が主導となっているのかもしれない。

 

 デブリスという共通の敵を前に、人間同士で無益な争いをせず、その為にも搾取や特権階級の排除を図っていく……勇者ディライトの降臨以降に強まってきた風潮だが、勿論そうした世界で居場所を失くしてしまった人々も多く存在した。そうした者達がかつての栄光を取り戻す為に戦争に加担する……解らなくもない話だが、やはり関係のない人々を戦いに巻き込んでいい道理など存在しない。レイトとアイリスが武器を振り上げ、今にも襲い掛からんとする周囲の敵を牽制する。兵士の多くは恐らく貴族たちの思惑に巻き込まれただけの者達だ、手を下すのは若干気が引けるが……。

 

 だが直後、風切り音と共に驟雨の様な光が一体に降り注いだ。光はまるで矢の様な形態を取り、デブリーター達に次々と突き刺さっていった。

 

「なんだっ……⁉」

「増援だと———うひぃっ⁉」

 指揮官が悲鳴を上げる。見ると、その体が更に巨大な怪物によって鷲掴みにされていた。

 

 デブリーターと同じく人ならざる異形の怪物……だがその体は更に大きく、デブリーターの様な人工的な意匠なども纏っていない。明らかにデブリス……かつて目撃した事がある、人狼デブリスであった。

 指揮官を叩きつけた人狼の両手が次のターゲットへ向けられる。鉄をも引き裂く鋭爪がギラリと輝く……が、人狼は手を拳に握り、そのままデブリーターを殴りつけて吹き飛ばした。

 

「ひ、ひぃぃぃぃっっっ……!なんでデブリスが———⁈」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ‼」

 

 ニードルガンを放って応戦するデブリーター達の攻撃をヒラリヒラリと躱し、パンチや蹴りを叩き込んでいく。混乱に陥ったデブリーター達に更なる追い打ちをかける様に、またしても飛来した光の矢に撃ち取られていく。

 

「あれは……?」

 ディライトが矢を放っている者達の姿を捉えた。見える範囲、殆どがまだ幼さの残る少年達の様だったが、驚くべきところはそこではない。少年達が身に纏っているのは彩り豊かな紋様が描かれた独特の民族衣装、褐色に近い肌の色に加えて、全員の頭頂部からまるで獣の耳の様な器官が飛び出している。

 

「…リンクス……」

「で、出おったな汚らわしい亜人どもっ!我ら人間の領地でこれ以上好き勝手な振る舞いなど———‼」

 

 指揮官が叫び終わる前に、人狼によってまたしても地面へと引き倒される。デブリーターの力をもってしても振り払えない剛力で締め上げられ、堪らず悲鳴を上げる貴族に人狼がヌッと顔を近づけた。

 

「それがお前たちの目的か……。なら、選べ。さっさと全面降伏するか。それともここで俺に食い殺されるか」

「…だ、誰が獣人どもに降伏など———!」

「そうかい、じゃあ遠慮なく……」

 

 人狼の巨大な口腔がガバリと開き、無数の牙が暴力的に煌めく。喉の奥から雷鳴の様な叫びが迸り、周囲一帯を圧する。遂にやせ我慢も限界に達した指揮官の全身から力が抜け、そのまま気絶してしまった。戦意を喪失したのは他のデブリーター達も同じらしい。次々と変身が解除されていく光景を見やりながら、人狼が「やれやれ……食う訳ないだろうが」と指揮官の貴族を地面へと放り捨てると……直後、体が蒸気を吹き上げて縮小を始めた。爪や牙が引っ込み、鼻面や耳が変形していき、狼らしい特徴がことごとく消失していく。その後に残されたその姿は……。

 

「よう、レイト君。久しぶりだな」

「ラウボーさん!」

 

 精悍な顔立ちをした男……それはかつて出会ったラウボー・ヴォールクで相違なかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 かつて謎の怪物に家畜が襲われるという事件が相次いでいた町『ベアカンファー』で森の管理人をしていた男がいた。それこそが目の前のラウボー・ヴォールク。そして、彼は1割ほどの確率で生まれる、人としての意思を保っている人狼だった。

 

 レイト達は町を襲った怪物の正体を特定し、彼の無実を晴らしたのだったが、結局町中に人狼である事を知られてしまったラウボーとその妻ブランカは、ベアカンファーを出なければならなくなったのだった。そして彼らはマヤの紹介で、リンクス達の村へと向かうと聞いたところで別れたのだったが……。

 

「ラウボー、知り合いなのか?」

「おう。前に話しただろ?俺を助けてくれたディライトとパラディン御一行様だ」

「ディライトに……パラディンだと?…そうか、噂に聞いていた仮面ライダーか……」

 こちらを睨みつけるリンクスの少年の目からは、未だに警戒の色が消えない。矢を突き付けたまま、少年の頭部——まるでフェネックの様な三角のダイロク器官がピクピクと動く……が、

 

「あ----------------っっ‼やっぱりキオか‼」

「…………っっ⁈…ま、マヤ姉様⁉」

 

 振り返った先に立つマヤ・フォルコを見止めると、リンクスの少年達の間にザワザワと動揺が走った。マヤからキオと呼ばれた少年の目線……そこに浮かんだ憧憬の色は、彼女が纏うアネスタの紋が入った衣服を見るなり、「ど、どういう事なんですか……?」と一変した。

 

「それ、アネスタ皇国の紋ですよね?村から出てって、ブランクスの手先にでもなったんですか?」

「て、手先って……こっちだって色々あったんだよ。あんた達こそ、畑仕事ほっぽらかしてこんなトコでなにやってんの?」

 

 目の前のキオの他にもテーヨ、リッパ、アテル……皆マヤにとっては子どもの頃からよく知っている同じ村の少年達だ。収穫の季節も近い今は村で農作業に追い立てられているのが普通なのに、こんな所でデブリーターと戦っているなど……。だが、キオは「姉様には言われたくありません」とにべもない。

 

「師母……ヤナリ姉様の命令です。『守るだけでは勝てない。地の利を最大に生かして攻めろ』って」

「や、ヤナリ……⁉ヤナリが今の師母なの⁉」

「…マヤ姉様が村を出てから色々あったんです。とにかく、今の僕たちは農役の任を外れて、こうして威力偵察とシドニア軍に奇襲を仕掛ける……という訳です。この怪人兵士の技術も、持ち帰ればヤナリ姉様が解析するでしょうしね」

「…本当に……本当にシドニアと戦争するつもりなの……?リンクスがそんな事……」

 

 信じられないと、マヤの震える声からはそんな思いが滲み出ている様だった。争いを逃れ、リンクスが長らく魔の森に潜んできたのは、侵略に屈さず、そして自らも侵略に与しないというリンクスの理念があったからだ。それ故に外界との接触を断ってきた一族の在り様を堅苦しく思っていたのも事実だが、マヤもまたその理念をどこかで誇りに感じていた筈なのに……。

 

 だが、少年達はマヤの心情など知らずに「当たり前でしょう」と冷たく吐き捨てた。

 

「シドニアの選民政策は日に日に強くなる一方です。亜人共を皆殺しにしろって叫んで、この間も北の森の殆どがアイツらに焼き払われた……。マヤ姉様は、それでも僕たちが黙って殺されればいいと思うんですか?」

「そ、そんな事言ってないじゃ———!」

「…大体、今更なんですよ……!村を捨てた癖に、今度はブランクス達とつるんでるなんて……!外の連中に何を吹き込まれたんだか知りませんけど、もしあなたが侵略に加担しようって言うなら———」

「おい!お前達いい加減に———!」

「マヤがそんな事する筈ないだろう」

 

 静かに、だがハッキリとした声がキオ達の言葉を遮る。怒るでも悲しむでもなく、ただ真っ直ぐにリンクス達に相対するレイトの姿があった。

 

「リンクスの事は、一緒に旅をする中で彼女が何度も話してくれたよ。村を出ても、マヤが自分達の歴史や文化を大事に思ってるんだって事はすごく伝わってきた。…って、こんな事は説明する間でもないよね。彼女の事は、君たちが一番知ってるだろ?」

「……………」

 

 キオ達が気まずそうに目を伏せる。彼らとて本心からあんな事を言いたかった訳ではないのだろう。人の心は思うままに動いてはくれない。一時の強い感情に流されない様に、冷静に思考して、歩み寄りを目指す事が大事なのだと思う。親しい者でも、全く見知らぬ者が相手であっても。

 

「さっきの力……貴方が勇者ディライト様ですか?随分とイマージが違う……」

「よく言われるよ。アネスタ皇国女王、クリスティン・ビバリー・アネスタから書簡を預かってる。これをリンクスの代表に渡す様にと言われているんだけれど……お目通り願えないかな?」

「…アンタやその女王が信用できる人間だって根拠は?」

「ないよ。でも……あたしが信じてる」

「俺もだ。どの道、彼らはあの怪物兵どもと戦ってるんだ。リンクスにとって悪い事にはならないと思うぞ?」

 マヤとラウボーに太鼓判を押され、レイトとしては少し気恥ずかしい限りだが……どうやら効果はあった様である。「…わかった」とキオが躊躇いがちに頷いた。

 

「村まで案内する。…ヤナリ姉様が謁見を許すかは解らないけどなっ」

 どうやら第一関門はクリアした様である。ヤレヤレと肩を下すレイトの横で、マヤは安堵した風な、しかしまだ釈然としないという顔でかつての仲間達を見つめていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「…はぁ……相変わらずこの道はキツいなぁ……」

 キオ達の案内を受けて、リンクス達の隠れ里へ向かう道中。マヤが何度目になるかも解らない溜息を洩らした。

 

「ユニオ……背中にのっけてくんない?」

「バカ言うんじゃないわ。落っこちて怪我するのがオチよ。我慢なさい」

 うへぇ……と、マヤが情けない声で呻く。だが実際ユニオが言う通りである。周囲に立ち並ぶ巨木の列によってソニアの光は遮られ、足元は木の根や苔むした岩が複雑な隆起を作り出している。レイトにはかつて写真で見た事がある富士の樹海を思い起こさせた。確かに魔の森という異名にピッタリな光景である。

 

「…マヤ姉様、相変わらず体力ないんですね……」

「体力をつけるより、道具で補った方が効率的って考えるタイプだからね、マヤは」

「うるさいな!あたしは肉体派じゃなくて頭脳派なの‼」

 

 叫びつつ、レイトがなかなかにさっさと進んでいくのは何だか気に食わない。ベアカンファーで再会した時、森の中で自分と同じくらいアタフタしながら進んでいたのに……。肉体の方も勇者として着実に成長しているのだと、なんだか改めて実感させられる気がした。

 

「マヤ姉様が師母に選ばれなかった理由がよく解りました……」

「師母っていうのは、いわゆる族長みたいなものなの?」

 興味津々といった風に、アイリスがキオに尋ねた。物怖じしない彼女の態度に面食らったのか——はたまた度を越した美少女にドギマギしてるのか——キオが「…ええ、まぁ……」とカクカクと硬く頷いた。

 

「リンクスのリーダーに当たる方です。血筋による世襲制はなくて、心技体……それに錬真術師としての実力。あらゆる面を評価されて決まるんです。マヤ姉様は錬真術師としてはトップなんですけど、体力だとか、責任感だとかが欠けていると……」

「うっるさい!…でもヤナリだって、昔っからお転婆だ跳ねっ返りだって、大人たちから散々怒られてたのに……」

「…色々あったんです……。会ったら驚きますよ……。皆さん、もう少しです」

 

 長かった原生林を抜けると、急速に視界が開ける。すると、周囲を急峻な山々に囲まれた平地に巨大な村——否、規模からするともはや町と言ってもいいくらいの居住地帯が出現した。これにはリンクス以外の全員が面食らった。

 

「デッカ……!」

「これは予想以上ですね……」

「隠れ里って言うからには、もう少しこじんまりしたイメージがありますよね。でも、ここが僕たちの村『マヌール』なんです」

 少し得意そうに笑ったキオが周囲の山々を指し示す。

 

「ここら辺一帯は天候の移り変わりが激しく、霧も発生しやすい。それに周囲の森や地面に埋められた特別な鉱石が人間の感覚を乱すそうですよ。だからリンクスの案内なしには絶対にここまでやって来られません!」

「この地形の影響で長らくデブリスの侵略にも晒されなかった。まさしく天然の要塞って訳なんだけど……」

 誇らしげなキオと対照的に、マヤは訝し気に周囲を見渡す。地面から生えた小さな小枝を掴むと、それが真ん中あたりであっさりと手折られてしまった。

 

「…なんか森が前よりも元気がない気がするけど……?あそこでは何を作ってるの?」

 マヤが村の一角を指差す。村全体を囲む壁の近くに前まではなかった建物が建っており、煙突の様な構造物が時折なにかを吸い上げる様に鳴動している。あれはかなり高出力の錬成施設だと、マヤには解った。

 

「ヤナリ姉様の工房です。詳細は聞いてないんですけど、新しい武器を作ってるとか」

「新しい武器って……それはヤナリの言う、攻める為の力?」

「仕方ないでしょう。シドニア軍……デブリーターでしたっけ?アイツらはどんどん新兵器を投入してここら一帯への侵略を強めてる。さっきみたいに、外の人間達を追い立てて殺して……そんな事が日常茶飯事だ。やられる前にやらないと……」

 

 …でも、それは……。言いかけて、マヤは口を噤む。それは終わりのない連鎖だという理屈は、現に侵略が間近に迫る彼らに言っても綺麗事と取られるだけだと思う。人であれリンクスであれ、迫りくる恐怖に竦み、それに抗しようとするのは当然の事なのだ。

 

 もし止めたいと願うのなら……一刻も早く、この戦いに終止符を打たなくてはならない。レイトに目をやると、彼も頷き返してきた。気持ちは同じ様で、誠に現金ながら少し嬉しくなる。

 

 後はヤナリが自分達の話に乗ってくれるかどうかである。ままよ、と覚悟を決めて、マヌールへ続く道へと歩み出していった。

 

 




すみません更新が遅れました。

さて、予告通り今回からリンクス編となります。今まで断片的にしか語って来なかった彼らの設定も少しずつ明らかになっていきます。
ラウボーが再登場しました。ゲストキャラとしては結構お気に入りのキャラだったので、また描けた事は嬉しい限りです。彼に限らず、今回のエピソードでは過去の色んな因縁が結集していくと思うので、どうぞお楽しみに。

文字数の都合で、勇名編ⅰは次回で終わりです。
それではまた次回!
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