◇◇◇◇◇
マヤ達が着いたのとほぼ同時期、マヌール内部の工房にて何かの実験が行われていた。
複数の資源や薬液を投入した瓶を10本ばかり、焼却炉の様な装置の中に入れ込みスイッチを入れる。まるで何かを吸い上げるかの様な轟音と共に炉が唸り、やがて取り出された薬瓶には虹色の薬液が充填されていた。
「ヤナリ様、こんな感じでどうでしょうか?」
炉の前で作業をしていたリンクスが呼び止めると、1人の女性が振り返って薬瓶をしげしげと眺める。やがて、満足した様に口の端を吊り上げて笑った。
「いい出来だね。そろそろ完成に近づきそうかい?」
「これ1本でご期待以上の出力を出せると思いますよ。…しかし、お気を付けくだされ。周辺のエーテルへの影響はかなりあると思いますので」
「1発2発なら問題ないさ。それで片がつけばいいのだしね」
不敵に笑う女性に錬真術師達が「怖や怖や」と肩を揺らして笑う。直後、乱暴に工房の扉が叩かれ、「失礼します!」と大柄な男が飛びこんできた。
「リゴ、この中では少し静かにしてくれないか?」
「ハッ、失礼しました!物見役から報告で、キオ達が戻ったとの事ですが……アネスタのブランクス共を連れて来た様なんです。ヤナリ様に会わせろと申しておるとか」
「ブランクス?シドニア人でも捕まえてきたかい?」
「イエ、アネスタ皇国の使者だそうです。それに……その中にマヤも混じっとるそうで……」
「マヤ?…家出娘が帰ってきたかと思えば、アネスタの使者になっていたとは……世の中は面白いものだね。…いいさ、会ってみようじゃないか」
驚倒する周囲とは裏腹に、女性は露ほども動じた様子を見せない。工房を抜け出し、村の唯一の入り口、今騒ぎの元となっている正門へと向かって歩き出していった。
◇◇◇◇◇
マヌールの唯一の入り口だという正門は木製だとは思えないほどに巨大で堅牢そうな造りだった。ここら辺の環境でしか生育しない巨木を主原料とする為、とにかく頑丈で重たく、20人以上の力でようやく開けられるのだそうな。
そんな大正門の威容は、マヤが帰還しようとも頑として揺らがない。それどころか見知った人々から戸惑う様な、疑っている様な色合いの目線を向けられる事に、マヤは足元が震える様な感覚を味わっていた。
「なんでブランクスの奴らがこんなところに?」
「アネスタの使者だと言ってるらしいぞ。ヤナリ様に会わせろとも……」
「罠に決まってるんだろ!とっとと追い返しちまえよ」
「でもねぇ……ラウボーさんは信用しているみたいだし、それに……」
「マヤか?なんであんな奴らと一緒にいるんだ?」
「…どう見ても、歓迎されてるって雰囲気じゃないんですけど……」
大柄なブルースの背後に隠れて、リンディがひっそりと呟く。一触即発……とまではいかないまでも、明らかに友好的な態度ではない。猜疑心が渦巻く人々の視線を受け止めながら、まるで全く知らない土地に来てしまったかの様な気がしてくる。
「…みんな、ごめん……」
「マヤが謝る事じゃないわ。仕方ない事よ……」
残酷な様だが、戦時下ではこういう事が往々にして起こり得る。身近な人さえも疑わしく感じる様に意識をコントロールする、そうでなければ戦争などという非合理は乗り越えられないとも言える。
…だが、例えそうであっても。そんな弱さに人は流され切ったりはしない。そんなアイリスの思いを裏付ける様に、「皆さん、ちょっと待ってちょうだい」という声がリンクスの中から上がり出した。
「その人達は敵じゃないわよ。きっとここで起きてる問題にも力を貸してくれる」
間を縫って2人の女性が飛び出してくる。1人は素朴な見た目ながら意思の強そうな目が印象的な
「ブランカさんに……ハンナさん⁉」
「はい!お久しぶりです、ディライト様」
両腕を胸の前でクロスさせるトンプソール式の敬礼で、少女が答えた。
「なんだカラバの方々、知り合いなのかい?」
「ええ。ここに流れ着く前に、私達を助けて頂いた方なんです」
少女の背後で彼女の同胞と思われる数人の男達も頷いた。
彼らは『カラバ族』。かつて住んでいた土地を追われ、シドニアの土地に流れ着いたトンプソールの一武族だった。流浪の民として長年シドニア領主の圧制に苦しめられてきた一族を開放する為にデブリーターとなってしまった少年を解放する事をレイト達に依頼したのだが、少年がした事の責を取る為に、彼らは最終的に荒野の果てに姿を消してしまったのだったが……。
「あの時は逃げる様な真似をして……本当に申し訳ありませんでした」
「いや、それはもういいよ。無事で本当によかった……。まさか、君たちがここにいるなんて……」
ハンナがやや気恥ずかしそうに顔を俯ける。
「…あの一件以降、我らみな地の果てで朽ちても構わないというつもりでいました……。ところがこの地に流れ着いてしまい、ヤナリ様から———」
「ここに住んでも構わないと伝えたんだよ。採掘師としての彼らの腕を消してしまうのは惜しいと思ってね」
正門が音を立てて開け放たれ、数人の護衛に囲まれた女性が姿を現した。170テニーを超える長身に陣羽織を思わせる裾の長い民族衣装。頭頂部からピンと伸びるダイロクはまるでウサギの耳の様であるが、眦の吊り上がった意志の強そうな瞳と不敵に笑う口元からは理知と獰猛さの2つが共存している様にも見える。
恐らくこの女性こそが……。
「…やぁ、ヤナリ……それに、リゴ?まさかあんたが傍付なの?」
「ぐっ……!相変わらず礼儀を知らん奴だなマヤ!兄さまと呼べといつも言って——!」
「別に構わないさ。細かい規範がどうであれ、私達は同じ一族の仲間だ。そうだろう?」
女性……ヤナリが話すと不思議と人々の耳目を集め、混乱の渦中にあった意識を導いてくれるような頼もしさと安心感を感じさせる。ハイルにも通じる、カリスマ性という奴なのかと思わせた。
「アネスタの使者という事だったね。無礼にもお待たせしてしまって申し訳ない。それにマヤも。どうぞ中に入られよ」
「や、ヤナリ様!そんな簡単に———!」
「いいじゃないか、ラウボーやハンナ達からも信頼されている様だし。それに興味がある。アネスタの女狐が一体何を提案するつもりでいるのか、噂に聞く現代のディライト様がどのような人物なのか……とかね」
一瞬ではあるが、ヤナリの鋭い眼光が確かにレイトを見据えた。まだディライトである事は明かしていなかった筈なのに……。どうやらつくづく油断がならない相手らしい。覚悟を決めて一同はリンクスの指導者たる女性の背中を追って歩き出した。
「マヤ、久しぶりに村に帰ったんだ。先に家族に会わなくともいいのかい?」
ヤナリの問いに、マヤはしかしはっきりと首を振った。
「今はいい。今のあたしの仕事は、アネスタの神聖騎士としてこの村を守る事と、クリスの書簡を届ける事だから」
「大層な自信だね。その手紙の内容如何によっては、私が怒ってこの村から追い出してしまうとは考えないのかい?」
「ヤナリはそんな事しないでしょ。それにクリスだって人を怒らせる様な事はしないよ」
クリスの書簡に何が書かれているのかをマヤは知らない。だが、少なくともあの女王がリンクスに不利な条件などを突き付けたりはしないと信じている。
リンクスにはシドニアやアネスタの様な王宮は存在しない。だが村の中央に置かれた木造りの建物には歴代の師が祀られており、政も基本的にはそこで行われる。マヤも数回しか入った事はなかったのだが、先代の師の時はかつて使われていたという迷信じみた道具が仰々しく並べられていた。だが、今は綺麗さっぱり片付けられており、だいぶ質素な内装になっている。こういう辺りは合理主義なヤナリらしい。
「…さてと、ディライト殿?君は書簡の内容は知っているのかい?」
レイトから手渡されたアネスタ女王からの文書に目を通して暫く。書簡から顔を上げて問うヤナリにレイトは「いいえ」と首を振る。
「俺はただの伝令役ですので。内容の詳細は知り兼ねます」
「だろうね……。まぁ、アネスタ人らしくクドクドと回りくどい言い回しが多いが、要約すると……同盟の締結を提案する内容だ」
「同盟の締結?」
「ああ。シドニアとの戦争……およびデブリスの魔王との戦いに備えて、我らリンクスの錬真技術を提供して欲しいと……そういう事さ」
「ブランクス共めっ!黙っておれば調子に乗りおってぇっ‼」
後ろに控えていた傍付の大男リゴが憤懣やるかたないとばかりに絶叫した。
「今まで我らを散々亜人だ獣人だと蔑んで、まるで存在しないものであるかの様に扱ってきやがった癖に!都合が悪くなると今度は手を貸せだと⁉バカも休み休み言え腐れ能無し人共めぇっ‼」
「…主君の無礼をお詫びいたします。しかしながら、ヤナリ様」
「ヤナリで構わないよ、パラディン殿」
リゴの声を遮って、アイリスが落ち着いた声で言葉を続ける。
「同盟の締結……その提案というからには、其方にも相応のメリットの提示があるのではございませんか?」
「ああ、確かに。いま正にここへの侵略を目指しているシドニア軍の撃退に協力する。加えて、我らが1つの国家として独立する事を支援するとも書かれているね」
「に、にゃんだとぅっ⁈」
現状、リンクス族はドランバルド三国のどこの国民でもない、謂わば国家の一部に不法滞在しているに過ぎない。クリスはその流民たちの集まりでしかない共同体を国家として認めると宣言している訳だ。彼女の大胆不敵さは段々と理解出来つつあったが、そこまでやるとは……。レイト達ですら些か面食らってしまう。
「簡単に言ってくれるじゃないか。他の三国との合意もなしにそんな事をおいそれと口にしていいものかね?」
「難しい事だって言うのはもちろん解るよ。でも、クリスは出来ない事を出来るとは言わない……と思う。…あまり確証はないんだけど……」
「いいよ、お前の感覚は結構当てにしてる。…フム、暫くはアネスタの保護領って事になるかもだけど……確かに話としては悪くないね」
考え込む様であってもヤナリの返事はそう悪くない。これは案外アッサリと交渉成立となるか……と期待するマヤだったが、ヤナリは薄く笑ったまま「だがね」と手紙を突き返してきた。
「この話には乗れない。…いや、乗る必要を感じないというところかな」
「な、なんでよ⁉独立はともかく、現にデブリーターだってここのすぐ近くまで迫ってる。この村の人達だけじゃとても向こうの戦力には———!」
「
「…力?」
その不穏な響きにマヤ達が息を呑む。確かに理屈の上ではそうかも知れないが、長年他の民族との争いを避けてこの隠れ谷に隠棲してきたリンクスにはそんな力など存在しない筈……少なくとも、マヤの知る範囲では。
転瞬、けたたましい鐘の音が頭上から鳴り響く。物見台の半鐘が村中に危機を知らせる音だと気付き、一同が思わず身を固くする。
「どうかしたかい?」
『ヤナリ様!北西の方角より、シドニアの怪物兵どもが接近してきているとの報告です』
「ふん、噂をすればなんとやら……」
デブリーターの襲撃。俄かに迫った有事……にも拘わらず、ヤナリの口元は相変わらず艶やかに笑んで……否、先ほどよりも獰猛な色を湛えている。ジャイロシェルフィーの送話口に「慌てるんじゃないよ」と吹き込み、同時にスッと立ち上がる。その所作1つとっても極めて無駄なく冷静だった。
「迎撃の準備をする。工房に連絡、ファンタズマを用意させる様に伝えるんだ」
返事も聞かずにジャイロを切ると、ヤナリはそのまま部屋を出ていく。その直前にこちらに顎をしゃくったのを見るに、ついて来いと言っているのだろう。
「ちょっとヤナリ!大丈夫なの?それにそのファンタズマって———」
「見れば分かるさ。ちょうどいい機会だ、アネスタの使者殿。我らの力をお見せする」
自信ありげに笑いながら、ヤナリ達は村を取り囲む見張り台の1つに辿り着く。報告通り北西方向の森を焼いて踏み荒らしながら近づく一団が見えた。まだ距離はかなりあるが、この闇夜でも炯々と輝く目は間違いなくデブリーターである。
「数は20……いや、30ってところですかね。迎撃しきれますか?」
「物足りないくらいさ。だが、念には念だ。ファンタズマは5番まででいい。直ぐに持ってきな」
ヤナリが命令すると手動式のエレベーターが稼働、下の工房から数人のリンクスが布に包まれた長物を持って現れた。ヤナリがその1つを受け取って布を剥がす。その下から黒光りする筒状の道具が姿を現した。
言ってしまえば、ウィンチェスターライフルを思わせる大型の銃器だった。ただしその砲口はレイトの知る銃とは比べ物にもならない。それこそピンポン玉でも収まるのではないかと思える程の大口径である。それはライフルというよりも携行可能な大砲と言ってよかった。
「…これが、『ファンタズマ』……?」
「ああ、よく見ておくんだね。装填して、構え!一点に集中するんじゃないよ。広く構えとくんだ」
リンクス達が大砲側面の装填口に虹色のライドラッグを装填し、壁をバイポッド代わりにして構える。大砲の重量は相当なものだろうがヤナリはなんと片手だけで軽々と持ち上げると、暗い森にその銃口を突き付けた。
「まだだ、充分に引き寄せよ」
リンクス達の頭頂部から一斉にダイロク器官が立ち上がる。普段の何倍にも感覚が鋭敏となった彼女たちは、暗い森の中であっても対象の位置を正確に把握している。足音、呼吸音、僅かな会話、命ある者が持つ気配……それらはどれだけ巧妙に隠そうとも、消す事はできない。寧ろ敵は隠す気などないのだろう。あれだけの数でも、未開の野蛮人なぞ鼻歌混じりに墜とせると思っている。その慢心が命取りになるとも知らずに……。
敵が発する気配に集中し続け……やがて、ヤナリの顔が獰猛に笑った。
「1番から2番、放てぇっ‼」
刹那、銃口からまるで陽星の様な閃光が膨れ上がり、膨大なエネルギーの奔流が尾を引いて轟音と共に射出された。
さながら流星の如く一直線に飛ぶ白い光はやがて敵が潜む森へと着弾すると、瞬時にその圧倒的なエネルギーを爆発へと変換、灼熱と衝撃波の華が夜の森を煌々と照らし出したのだった。
◇◇◇
——気配を感じる。
——あそこにいるのは間違いなく、自分と近しい“
一寸の先も見えぬ暗闇など、マスターが作り上げたデブリーターシステムの前では障害にすらならない。示された敵……否、捕獲対象であるこの森に潜む亜人類、獣と人が混じり合うリンクス族を探して魔の森を彷徨うこと数日。ようやくそれらしい存在をホロウリーパーは見つけ出す事に成功した。
人との争いを避け、この森の奥に隠棲する亜人達。獣との合いの子などと蔑まれ、それでも非常に高い錬真力と技術を有する一族。マスターから説明された彼らのプロフィールは頭に入っているが、別に任務には関係ない。捕縛しろいうのならそうするし、殺せというのならそうする。彼らが本質的に、自分と近しいとしても……。
——それが生きていくというコトだ。
——そうしなければ、明日を生きるコトさえ叶わないのだから……。
余計な考えを捨て、改めて目標たちが潜む砦に目を向ける……と、そこに何かがキラリと光った気がした。まるで空気に触れて揺らめく星明りの様な、季節ごとに咲き誇る花々の様な……。
直後、光はどんどん膨れ上がり、ホロウリーパー達の足元へと融けていくと……巨大な閃光が地面の下から膨れ上がり、轟音と共に自分と他のデブリーター達を吹き飛ばした。
一体何が……⁉と知覚する間でもない。遅れて鳴り響いた轟音と、大地に穿たれた断裂の咢が、まるで地獄の入り口の様にホロウリーパーには思えた……。
◇◇◇
陽星、雷、火山の噴火……そんな大自然の威容を思わせながらも、明らかにヒトの手によって生み出された、酷く無機質な白い光。森と共にマヌールに迫っていたデブリーターの群団を一撃で吹き飛ばしたその力を前に、レイトが感じたのは畏怖ではない。なんなのだこれは……?という、ただ純粋な疑問だった。
それは撃った側であるリンクス達も同じな様で、射手も傍付のリゴも、事態を見守っていた村人たちも、皆同じようにただ目の前の事態を呆然と見つめていた。
「ボーっとしてるんじゃないよ。3番と4番、構え」
その中で唯一動揺した気配もないヤナリだけが大砲に新たな霊薬を装填し、再び照準する。炎に包まれた森の中で、尚も動く敵の姿を冷酷に見つけ出した。
「3番から4番、放てぇっ‼」
ヤナリが引き金を引くと、再び閃光が咲き、轟雷が空気を震わせ、衝撃がまた森を焼いて大地を砕く。炎に焼かれたデブリーター……否、紛れもなく命であった者達が為す術もなく塵と化して虚空に還元されていく。後には怒りも憐憫すらも残らない、それほどまでに圧倒的な破壊力だった。
「見たかい、ディライト殿?これが『ファンタズマ』……私たちの力だ」
大砲……『ファンタズマ』を肩に軽々と担ぎながら、ヤナリが不敵に問いかけて来る。燃え盛る炎の照り返しを受けて揺らめきながら、しかしその顔は尚も揺らがずに不敵なままだ。
「ディライト殿は、我々の周囲に滞留するエネルギー……『エーテル』について知っているかな?」
「エーテル……?いいや、聞いた事ないです」
レイトも今の立場柄、それなりに錬真術関連の書籍は読んでいるが、どこにもそんな記述は存在しなかった。ヤナリは「そうだろうね」とどこか得意そうに笑う。
「デブリス毒に侵されたこの世界に生きるもの……それこそ人から動物、植物に至るまで、全ての生命はその身の内に錬真力を宿している。そしてそれは常に僅かな量が外部へと放出されているんだ。そしてやがて空間上に蓄積されていく錬真力の集積を、我々は『
そして、その成果こそが……。ヤナリがファンタズマの砲身を愛おしそうに撫でた。
「空気中のエーテルを吸い上げ、その成分を錬真力の作用で反転させる。反転したエーテル……『陰エーテル』とでも呼ぶべきものがこの薬瓶には込められていてね。それを解き放ってやれば……御覧の通りだ」
先ほど見せつけられた尋常じゃない破壊力。そしてその結果を受け止めて地面に穿たれた傷痕。ヤナリの目が吊り上がり、明らかに挑発の色を帯びて、レイトを見つめた。
「私たちにはアネスタも、ましてや勇者ディライトの力も必要はない。デブリスだろうがシドニアだろうが、この力で全て捻じ伏せる。…という訳で、交渉は決裂だ。クリス女王にそう伝えておくれ。その結果、彼女がどういう行動にでるかは解らんが……別に問題はない」
ファンタズマの虚ろな破孔が、暗に邪魔立てすれば容赦しないと告げている。ヤナリの勢いに勢いづいたのか、事態に圧倒されていた彼女の取り巻き達もこちらを睨む目線が強くなってきた気がする。これは彼女の言う通り、一度退却するのが利巧か……と考えたレイトだったが、しかしマヤは怯む事なくズイと前に進み出てヤナリと相対した。
「…こんな物が……こんな力が、リンクスを守る為に必要だって……ヤナリは本気で信じてるわけ?」
「悪いかい?閉じ籠って守るだけじゃ戦いには勝てない。こちらに相手を封殺するだけの力があるという事を示さなければ、人間どもは交渉のテーブルにつく事もしないだろうさ」
「だからって……!エーテルを反転させる?そんな事をすればどうなるか、ヤナリだって解ってるでしょ‼」
マヤが小さな枝葉を掲げてみせる。先ほど、村の周囲に生えていたものだった。元気がないと言っていた彼女の言葉通り、色合いも薄く、葉や枝もちょっと力を籠めれば手折れてしまうくらいに脆くなっていた。
「エーテルを吸い上げて、その反転物質を放てば、空間中のエーテルはたちまち破壊される……。そうなったら最悪、生物が住めない環境が出来上がるって……先代たちから散々言われたじゃない!」
「ああ、だから言っただろう。これはあくまでも攻める為の力だ。村の周りではなるべく使わないようにするさ」
「そういう問題じゃない!」
「マヤ、少し落ち着いて」
今にもヤナリに掴みかかろうとするマヤを抑えるレイト。だが、腹の内では彼女と同じ疑問を抱いていた。力を希求する思い、それがどれだけ純粋であっても、強すぎる力はそれすらも狂わせてしまうという事は、レイトが身をもって感じた事なのだから。
「…ヤナリさん、あなた達の置かれている立場は理解しています。…ですが、その力は本当に今の状況に必要な力ですか?この混迷と分断の時代にその火を放てば、きっと更なる憎しみの火を招く。それでもその力が守る為に必要だと……貴方にはそう見えるんですか?」
「ご高説をどうも。だが、力が及ばずラウボーやカラバ達を守れなかった君に、そんな事が言えるとでも?」
「……………っ⁉」
「備えあれば患いなし、さ。守るべきものに手が届かなかった。そんな時に後悔しても遅いんだよ、ディライト殿」
些かの迷いもなくヤナリが言い切った直後。
ドォン!と、村の外で何か巨大な力が目覚める様な音が響き渡った。
「あいつは……!」
ファンタズマの射線上、穿たれた地面を破って、巨大な鎧姿が立ち上がっていた。レイトには覚えがあった。ジェイクから『ホロウリーパー』と呼ばれていたデブリーターの一員である。全身の鎧には細かな傷が刻まれているが、それでも立ち姿からは大したダメージを感じさせない。
「ふん、少しは骨のある奴がいるじゃないか。だが、しかし……」
「ヤナリ、ダメ!」
ホロウリーパーに尚もファンタズマを向けようとするヤナリを、マヤが制止する。これ以上、あの砲火を放てばマヌール周辺の環境にどの様な影響が出るか予測がつかない。それならば……。
「ヤナリさん、俺がやりますよ」
「貸しとは思わないよ?」
「そんな必要ありませんよ。これ以上、それを撃たせる訳にはいかなそうですから」
レイトは腰にディライトドライバーを巻き付けると、迷うことなく柵の向こうへと飛び出した。
〈ダーク……!ミスリックバーン!ネオ・ファンタスティック‼〉
「変身!」
〈ライツアウト!セイクリッド・ブレイバー‼ダーク!ミスリックナイツ‼〉
〈…Whenever,Continue evolving〉
ダークミスリックナイツとなった仮面ライダーディライトが黒翼をはためかせてホロウリーパーへと突撃した。ディライトが繰り出したダインスランサーをホロウリーパーは斧槍で受け止めるが、防御は空しく崩されて胸甲へと一撃を受けてしまう。前に戦った時は小動もしなかったホロウリーパーの屈強な肉体が明らかにダメージを受けていた。流石に新たな強化形態となったディライトには追い付けないのか、ファンタズマのダメージが残っているのか……とにかく、チャンスである事に変わりはない。左腕の爪と併せて、ディライトは舞う様にホロウリーパーへと連撃を叩き込んでいく。
「……………っ!」
だが、流石に幹部級のデブリーターだけあってやられっ放しとはならない。ホロウリーパーが不意に足を地面に叩きつけると、そのパワーを受けてか周囲の地面が一気に陥没し、瓦礫が大小舞い上がる。ディライトが怯む一瞬を突いてホロウリーパーは地面を蹴って、背後へと一瞬で回り込んできた。
「やっぱり反則くさ……!」
前にも思ったが、パワーとスピードの両面に優れる実に厄介な敵だ。前回はそれでいいように翻弄されてしまったが、今の仮面ライダーディライトならば決して追いつけない能力差ではない。細剣を躱し、相手の片腕を極めると、そのまま側頭部に目がけて回し蹴りを放……問うとした瞬間、なんと極めていた筈のホロウリーパーの右腕がまるで丸太ほどの太さにまで膨れ上がってそのままディライトを地面に叩き落としてしまった。
「巨大化した……⁉なんでもアリかよ!」
「…………っ!…ウゥァァァァァァァァァッッッッッ‼」
ホロウリーパーは自身の左腕も巨大化させるが、まるで何かを振り切ろうとするかの様に初めて叫びを上げた。そのまま遮二無二振り回された腕が周辺の地面を叩きつけると、離れた位置にあるマヌールにまで届く激震が響き渡った。
「…なんてヤツだ……!デブリーターってのは、あそこまで人間離れした力を出せるものなのか……!」
「レイト⁉」
アイリスの声が届く前に、ディライトの体が巨大化したホロウリーパーの右腕に捕らえられてしまった。そのまま手に力を込め、ディライトを握り潰さんとする……が、そうはさせまいとディライトがベルトのエブリッションスターターを押し込んでエネルギーを増幅させた。
〈エブリッション!ネオ・ヴァリアントブリンク‼〉
ディライトの全身に装備されたアーマムエレメントが変化し、鋭い棘スパイクとなってホロウリーパーの手を貫いた。拘束から逃れたディライトはそのまま体を折り畳んだ姿勢で回転、さながら巨大な棘付き鉄球の様な状態でホロウリーパーへと突撃した。
防御しようと巨大な両腕をクロスさせたホロウリーパーだったが、ディライトのスピニングアタックはそれをも上回る破壊力でガードを弾き飛ばしてしまう。体のサイズが戻り、膝をつくホロウリーパーにディライトが再度特効。攻撃を受け止めた鎧に幾筋かのひびがようやく刻まれた。
〈ダブルミックス‼マテリアル!ミキシング・バースト‼〉
アダマンタイトライドラッグとアイアンライドラッグをミキシングラッシャーに装填し、引き金を引く。2種類の金属の混合弾が放たれ、鎧の裂け目に正確に命中した。ひびが更に全身に拡大するが、それでもホロウリーパーは諦めずに斧槍を振り上げて突進してくる。敵ながら見上げた度胸というか……レイトにはどこか鬼気迫るというか、後先を考えていない危うさの様な気配が感じられた。
〈トリプルミックス!!!マルチプル!ミキシング・バースト‼〉
だが、背後にいる人々を討たせる訳にもいかないのだ。ディライトも応じて突撃し、斧槍を躱して最大出力を発揮したミキシングラッシャーでホロウリーパーを横薙ぎに斬り裂いた。
「せぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ‼」
「………………っっ‼」
ホロウリーパーが小さく悲鳴を上げた気がしたが、鎧が砕ける破砕音とエネルギーの爆発に遮られてその声はよく聞き取れなかった。数ハンズの距離を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたホロウリーパーの全身にはしばらく黒い影の様な物質が纏わりついていたが、やがてそれも消失し、その正体が明らかになる……と思われたのだが。
「……………っっ⁈」
「…うそ……でしょ……?」
「…なっ……なんだよこれ……?」
その場にいる誰もが息を呑んで、目の前の光景を信じられない様に見つめていた。
今まで相対していた、2ハンズを超える鎧の巨人の正体……それは明らかに、まだ10にも満たない幼い少女だったのだから。
次回予告
謎めいたデブリーターの戦士『ホロウリーパー』……その正体は1人の少女だった。
『ラージャ』……かつてそう呼ばれた一族が辿った悲劇と、力を希求する今のリンクス達。混迷の時代に彼らが選べる選択はそれだけなのか?
だが、レイト達の苦悩を知らず、新たな絶望の夜想曲が響き渡ろうとしていた。
Saga28『勇名編Ⅱ~星なき者のノクターン~』