スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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目には目を

 氏族船(クランシップ)ロイヤル・ザ・トーン=テキンの原型は強襲揚陸プラント船であったらしい。

 強襲揚陸という軍事用語と、製造拠点を意味するプラントという言葉がごっちゃになっている辺り、相当にめちゃくちゃな発想で製造された船という事がすでに窺える。

 

 強襲揚陸という事は敵陣に乗り込み、兵士を送り込むのが第一の目的だ。

 そして、その兵士を揚陸艇の中で作れると凄いんじゃね?などと、宇宙のどこかの馬鹿が考えて、実際に作っちゃったのがこの船である。

 敵陣に乗り込み、内部のオーク生産プラントで作りまくったオーク兵士をどんどん送り込んで単艦で敵拠点を制圧する、そういう夢のスーパー馬鹿シップだ。

 大体において、この手の「これさえあれば何とかなるはず!」という一発逆転に賭けるようなトンチキ兵器を作り出すのは、負けが込んでる方と相場が決まっている。

 

 案の定、ロイヤル・ザ・トーン=テキンを製造したどこぞの弱小宇宙国家は星間戦争に敗北。

 母星の制御を喪失した氏族船は野生化し今に至っていた。

 それから数世紀以上、生産されたオーク達によりロイヤル・ザ・トーン=テキンは増築を繰り返され、巨大化の一途を辿っている。

 

 元より生産工程簡略化のため素っ気ない円柱状の船体であったのだが、それを肉付けする形で太く、長く成長していったのだ。

 300m級であったと言われる原型だが、今では全長5kmにも及ぶ巨大な鉄の柱と化している。

 

 小惑星帯の奥深く、大小様々な宇宙船を周囲に従えて停泊する巨大な氏族船に、俺たちのトーン08は寄り添うように停船した。

 メインコンピューターをリンクされた拿捕輸送船も同様に隣で停泊している。

 

0/1(ゼロワン)モノポール炉、アイドリングへ移行完了しました」

 

 ボンレーの報告に頷き、俺はキャプテンシートから立ち上がった。

 無重力をいい事に、ふわふわと漂いながら俺の首にまとわりついていた姫様の体もついでに持ち上がる。

 

「それじゃ、ちょっくら陛下にご挨拶してくる」

 

「いいなー、兄貴。 女王様のお顔見れて」

 

 羨ましげなベーコに向けて、姫様はふふんと偉そうに鼻を鳴らした。

 

「そう思うんなら、頑張って手柄を立てなさい。

 今でも割と有利なんだからね? こうしてあたしと直に話せるんだから」

 

「ウス、オレも頑張って、兄貴のおまけじゃないってとこ、姫様にお見せしますよ!」

 

 気合いを入れるベーコに、姫は金の瞳を細めて鷹揚に頷く。

 それだけの動作で、軽宇宙服に抑え込まれた豊かすぎるバストがふるりと揺れ、ベーコは感嘆の吐息と共に鼻の下を伸ばした。

 まったく、若く未熟なオークにとって幼体と言えどもオーククイーンは劇物すぎる。

 

「行きましょう、姫。

 移動手段()は乗ってこられた小型艇(ボート)をお借りしていいですか?」

 

「いいわよぉ。 せっかくだし、あたしがどれだけ上達したかも見せたげる!」

 

 

 

 ピーカ姫の操縦する小型艇(ボート)は、ロイヤル・ザ・トーン=テキンの側面に開口したハッチに滑り込むと、危なげの無い動作で格納庫内に着艦した。

 

「ふふん、どうよどうよ、カーツ!」

 

「腕を上げられましたね、姫」

 

 プロの戦闘要員である俺たち戦闘機パイロットの目から見れば、まだまだ改善すべき点は多いが、高貴な身で実用に足る操縦技術を身につけたのは立派な事だ。

 

「流石に戦場に出せる程の技量とは言えませんが、平時に機体を移動させたりといった事なら十分こなせそうです。

 一般レベル免許皆伝ですね」

 

「やった! じゃあ次は戦闘レベルの免許皆伝を目指すわ!」

 

 年相応に無邪気な笑顔で喜ぶ姫に微笑み、後の言葉は呑み込んだ。

 仮に姫が戦闘機パイロットが務まるだけの技量を身につけたとしても、彼女が戦場に立つことはない。

 そのために俺たち戦士階級がいる。

 彼女が戦闘機に乗り込むような羽目になったとしたら、それはもう俺たち全員が腹を切らねばならないような事態か、すでに全員くたばっているかのどっちかだ。

 

「お帰りなさいませ、姫様。

 相変わらずお転婆が過ぎるようで」

 

「む」

 

 タラップから降りた途端に掛けられる、ねちっこく嫌味な声に姫は秀麗な美貌を歪めた。

 顔の造作レベルに段違い所ではすまない格差のある俺もまた、同様の表情で男に向き直る。

 

「貴殿か、戦士フィレン」

 

 上半身裸でよく発達した胸筋をこれ見よがしに露出した裸族系のオーク戦士、フィレンが腕組みをしてこちらを()めつけている。

 年齢も氏族内の戦士としての格も俺と変わらない、本来ならば同僚と称してよい男だ。

 だが、彼我の間には純然たる大きな差が存在している。

 俺の生まれは氏族外で鹵獲された培養豚(マスブロ)、一方のフィレンは太母たるオーククイーンの血を引くオークナイトなのだ。

 フィレンは言葉を挟んだ俺が存在しないかのように一瞥もせず、姫に語り掛ける。

 

培養豚(マスブロ)など、姫様の舞を見せるような輩ではありますまい」

 

 おう、いきなり剛速球。

 こいつは投げ返さねば男が廃るというもの。

 だが、俺が口を開くよりも早く、眉をひそめた姫が不機嫌丸出しの声音で言い返した。

 

「あたしが見せたいと思ったから見せたの。

 よく働いてくれたから、労わないとね」

 

 フィレンはオークにしては小振りな鼻腔から野太い鼻息を噴き出した。

 

「もっと働く者など、我らトーン=テキンにはいくらでも居りましょう。

 所詮は氏族外の外様豚、輸送船のような弱者しか相手どれない小物に過ぎませぬ。

 そのような相手に、値千金の姫様の舞は勿体ない」

 

 嘆かわしいと言わんばかりに大きく首を振ると、後頭部でひっ詰めて三つ編みにした緑の髪が尻尾の如く揺れて大変鬱陶しい。

 大抵のオーク戦士は髪を伸ばさず、短く刈り込むか、スキンヘッドが一般的なヘアスタイルである。

 長い髪は白兵戦で敵に捉まれ動きを拘束される可能性があるし、何よりも手入れが面倒だからだ。

 かくいう俺も奴よりも色味の強い緑の髪をクルーカットにまとめている。

 弁髪とかいう古代の髪型に近いフィレンのヘアスタイルは、長く伸ばそうとも敵に捉ませないという彼なりの矜持の顕れであろう。

 俺はこれだけの実力者だと周囲を威圧し、(かぶ)いているのだ。

 

 要するに、虚勢を張っているに過ぎない。

 

「なるほど、さすがは氏族の星、オークナイト。

 さぞかしご立派な戦果をあげていらっしゃるのでしょうな」

 

 奴自身の口調に負けないくらい、慇懃に、嫌味ったらしく尋ね返してやる。

 

「ぬっ」

 

 フィレンは言葉に詰まり、唸りを上げた。

 

「今月の戦果は如何ほどで? いや、ここ三ヶ月でもいい。

 よもや輸送船のような小物すら墜としていないと?」

 

「……我らオークナイトは貴様ら培養豚(マスブロ)とは違う、女王様と氏族船を護る役割があるのだ」

 

 彼らオークナイトは女王の盾、つまりは氏族船に引きこもっており、最前線で戦果を挙げる機会はない。

 実際の所、要人を護るボディガードとドサ回りのような海賊働きでは、傍から見てどちらが格上かなど判り切っている。

 だが、そんな理屈でオークの本能、暴れたい、戦果を挙げたい、首級を取り手柄を示したいという血潮の滾りは誤魔化せはしない。

 俺は牙の突き出した唇をにっこりと歪め、満面の笑みを浮かべて見せた。

 

「左様で。

 ああ、ちなみに俺のこの一月の単独戦果は通常型戦闘機(ローダー)8、ブートバスター1、共同戦果では輸送船一隻拿捕といった所ですな」

 

「ブートバスターを墜としただと……!?」

 

 オーク戦士の垂涎の的であるブートバスターは与えられるのも栄誉なら、撃墜するのも大変な名誉だ。

 貴人を護る役目の誉れとて、この金星の前には陰らざるを得ない。

 

「輸送船の護衛に出てきたもので。

 ガンカメラを確認しますか?

 戦利品に奪った敵の武装も有りますが」

 

「貴様の腕ではない! 機体の、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』の性能のおかげだ!

 あの機体さえあれば、オレとて……!」

 

 やっぱり、そこか。

 こいつが突っかかってくる最大の理由はそれだ。

 

「ええ、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』は最高の相棒ですよ。

 流石は貴殿の父上が乗っていただけはある」

 

 俺の愛機は戦死したフィレンの父の乗機であり、フィレンは戦士の位を得て『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を手に入れる事を熱望していたらしい。

 一足先に戦士階級に上がった俺が、レストアした『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を受領して以来、えらく恨まれている。

 

「貴様ぁっ!」

 

 激昂したフィレンは姫様の御前にも拘わらず拳を振るう。

 怒りゆえの闇雲なテレフォンパンチを頬で受け止めつつ、俺はクロスカウンターの鉄拳をフィレンの鼻面に叩き込んだ。

 

「ふぐぅっ!?」

 

 低い鼻をさらに低く潰しながら、フィレンが吹き飛ぶ。

 奴のパンチで頬が切れ口内に湧き出す血を吐き捨て、俺は改めて身構えた。

 

「舌戦よりも拳がお好みなら、そちらでお相手いたしましょう。

 ……加減してもらえると思うなよ、お坊っちゃま?」

 

「お、おのれ!」

 

 噴き出す鼻血を押さえつつ立ち上がったフィレンもまたオーク戦士。

 怒りと闘志を漲らせて腰を落とす。

 だが、睨み合う二人の戦士の間に、姫様が割り込んだ。

 眉を逆立てつつも愛らしい顔をフィレンに向ける。

 

「そこまでになさい。

 自分が暴れたいからって、人の手柄に難癖をつけるのはかっこ悪いわよ、フィレン」

 

「ぬ、そ、そういうつもりでは……」

 

 抱えているであろう複雑な感情をシンプルに切って捨てられ、フィレンは言葉に詰まった。

 やーい、怒られたー。

 だが、姫様はこっちにも金の猫目をじろりと向ける。

 

「カーツも! ちょっと嫌味ったらしいわよ!」

 

「目には目を、嫌味には嫌味で対応してるだけですよ」

 

「もう、口が減らない!」

 

 それは仕方ない、口先八丁と頭の回りで俺は生き延びているのだから。

 まあ、腕っぷしも早々負ける気はないが。

 

「さっさと母様の所に行くわよ、カーツ。

 拿捕した船を献上するんでしょう?」

 

 姫に軽宇宙服のベルトを引っ張られ、俺は苦笑と共に構えを解いた。

 

「お褒めの言葉を賜えるといいのですが」

 

「喜んでくれると思うわよ、ちゃんと動く船を手に入れられたのなんて、随分久しぶりだもの」

 

 フィレンに背を向け、姫に続いて歩み出す。

 背後で腹立たしげに床を蹴りつける音が聞こえ、姫は大きく溜息を吐いた。

 

「もう少し、色々取り繕えばいいのに」

 

「余裕がないんですよ、彼は」

 

「馬鹿にされて、殴られたのに、貴方の方は随分と余裕ね?」

 

「そりゃあ、俺は負けませんもの、フィレンなんぞに。

 踏んだ場数が違います」

 

 クイーンの血族だから戦士を名乗らせてもらってる奴と一緒にされちゃあ困る。

 本音からの俺の言葉に、姫は喉を鳴らして笑った。

 

 

 

 氏族船ロイヤル・ザ・トーン=テキンの中枢に女王の間は存在する。

 培養プラントの中枢域そのものが女王のおわす玉座となっているのだ。

 とはいえ、元は軍艦、それも戦時急造の船ゆえに船内通路と玉座を隔てる扉は仰々しい造りではない。

 荷物搬入口を兼ねているので他よりも大ぶりな、シャッターめいた鉄の扉の前に姫様と並んで立つ。

 俺は扉の脇に備えられたインターフォンのスイッチを押すと、胸を張って口上を述べる。

 

「戦士カーツが参りました。 入室の許可を願います」

 

 一拍を置き、インターフォンから耳に甘い、ややハスキーな声が流れ出す。

 

「いいとも、入りたまえ」

 

 その声の主こそトーン=テキン氏族が女王、マルヤー・キスカ・トーン=テキン。

 我が主君にして、俺の想い人だ。

 




ちょっとコロナったりしてましたが、何とか生きてます。

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