スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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シンプルな大望

 プラント設備の一部を転用した女王の間には、玉座を取り巻くように等身大の試験管めいた培養槽がずらりと並んでいる。

 薄緑色の培養液に満たされた内部には豆粒以下の胎児から、培養槽いっぱいに育った排出寸前まで、様々な成長段階のオークが詰まっていた。

 未だ物言わぬ彼ら未来の廷臣達は、この場の主たる陛下の御姿を目の当たりにしながら育てられている。

 陛下御自身の子でなくとも氏族の構成員が忠義に厚い理由のひとつは、ここにあるのかも知れない。

 

 そんな事を考えながら歩を進め、部屋の最奥にまで辿り着く。

 思い思いの装備で完全武装した戦士の一群が玉座の左右に整列していた。

 裸体に弾薬ベルトを巻き付けた者、棘の生えたプロテクターで要所を保護した軽宇宙服に身を包む者、トライバルな紋様を入れ墨した素肌を晒す者、鹵獲品と思しきパワードスーツを窮屈そうに着込む者。

 見た目の統一感は全くないが、鍛え上げた肉体を持つ巨漢の群れが放つ気配は共通している。

 寄らば斬るという、敵対者への明確な殺意である。 

 女王の前で帯剣を許された、オークナイトの中でも選りすぐりの精鋭達だ。

 

 彼らが培養豚(マスブロ)の俺に向ける視線は一様に冷たい。

 侮蔑、冷笑、成り上がりへの憤り。

 鉄剣からプラズマライフルまでバラエティー豊かな武装で身を固めていながら、その眼の色ばかりは判を押したかのように変わらない。

 

 大変結構、俺もお前らが嫌いだよ。

 だが、今はこんな連中なんぞどうでもいい。

 

 俺は足を止めると軽く息を吸い、目の前の貴人を見据えて胸を張った。

 顎を引き、玉座の前にて仁王立ち。

 跪きもしない。

 平伏もしない。

 頭も下げない。

 唯々、己が肉体を、自らが鍛え上げた最高の武器であるこの体を、御照覧あれと披露する。

 これこそがオークの儀礼だ。 

 

「戦士カーツ、御前に」

 

「ああ、よく来たね、カーツ」

 

 玉座という言葉のイメージからは遠い、ベッドにも使えそうな大ぶりな寝椅子(シェーズロング)に女王は長い足を組みながら身を預けていた。

 成長途上の娘より、母であるマルヤー陛下は30センチほど背が高い。

 完全に成熟した玉体は豊満であり、眉目はまさに秀麗であった。

 

 王冠を尊ぶ趣味はオークにはないが、女王の頭を彩る白銀の髪はそこらの財宝など歯牙にもかけない艶やかさで煌めいている。

 身を覆うほどの長さを誇る娘と違い、首筋までのふわりとしたウルフカット。

 やや長めの前髪の下で輝く瞳は娘と同じ金の虹彩。

 しかし猫を思わせる勝ち気な吊り目の姫と違い、陛下の瞳は眠たげに細められた垂れ目で、どこか温和な羊を連想させた。

 麗しく整った顔はわずかに童顔の気配があり、姫以外にも数多の子を持ち、更にはその次の世代すら続いているとは思えないほどに若々しい。

 

「またも此処に来れるだけの手柄を挙げるとは、大したものだね。

 君に『夜明け(ドーン)』を預けたのは正解だったようだ」

 

 よく通る少し低めの声音は耳に優しく、同時に雄の芯に触れる艶めかしさを宿している。

 それでいて喋り言葉は中性的で、マニッシュな雰囲気を醸し出していた。

 

「カーツに会うのは、これで何度目だったかな」 

 

 女王はわずかに小首を傾げながら、艶やかな唇に人差し指を当てて思案する。

 謁見を許されるのは初陣を迎えた時と、大きな武功を得た時だけだ。

 

「7度目、4ヶ月ぶりであります、陛下」

 

「ああ、そうだったね。

 地球時間(標準時)で132日ぶりか、実によいペースだ」

 

 以前の謁見からの日数までカウントする女王のリップサービスに浮き立つ心を抑えるべく、目を伏せる。

 わずかに視線を落としただけで、巨大な山脈が俺の目を捕らえた。

 メートル越えなどという甘っちょろい言葉では済まされないサイズでありながら、適度な張りとたおやかな柔らかさを感じさせ、絶妙なラインを形作る珠玉のバストだ。

 チャイナドレスとかいう古い民族衣装に似た翡翠色の薄衣は女王の素肌にぴたりと張り付き、先端のわずかな凹凸すら浮かび上がらせている。

 

 マルヤー陛下は金の瞳をわずかに細めると、小さく喉を鳴らしてかすかに笑った。

 男の視線がどこに向けられているかなど、オーククイーンに隠せるものではない。

 俺の中の21世紀人の部分が羞恥を覚えるが、オークの部分は居直った。

 良い女を眺めて何が悪いとばかりに、女王の豊満極まりない爆乳をガン見する。

 己に執着する雄の視線を楽しんでいるのか、雌の中の雌たる女王は唇の端を持ち上げた。

 

「さて、君の献上品だが、いいね、気に入ったよ」

 

 女王は座椅子に放り出していた黒いフレームの視覚補強デバイス(眼鏡)を掛けると、手にしたタブレットを操作した。

 ホログラフモニターで拿捕宇宙船の3Dモデルが浮かび上がる。

 眼鏡の下の瞳を楽しげに細めた女王は指先で3Dモデルをつついて回転させ、様々な角度から鑑賞する。

 

「……砲も速度も装甲もない、見るべきところのないドンガメですな」

 

 居並ぶオークナイトの一人が、詰まらない船を持って来やがってとばかりに鼻で笑う。

 唱和するように、オークナイト達は嘲笑の含み笑いを鈍足の輸送船と、それを持ってきた俺に向けた。

 まったく判っていない空っぽ頭(エアヘッド)どもだ。

 女王陛下はそれまでの無言からは打って変わって、拿捕輸送船、ひいては俺への悪口を並べ立て始めたオークナイトどもをじろりと見回した。

 

「輸送船はみんなの前線に武器や食料を届けてくれる、働き者さんだよ。

 君らは、ご飯が無くても戦えるのかい?」

 

 むしろ幼子に言い聞かせるような平易な言葉で窘められ、オークナイト達は口をつぐんだ。

 実際、この連中は女王にとって幼子も同然だ。

 女王が腹を痛めて生んだ存在がオークナイトである。

 あるいは、その子かも知れない、トーン=テキンにおいてオークナイトの称号は二代目までは引き継がれるので。

 何にせよ、子か孫か、女王直系の血族だ。

 ちなみにオークナイトであっても女王を「母」と呼ぶ事は許されない。

 その呼び方を許されているのは姫様だけだ。

 

「我がトーン=テキン氏族には後方支援を行える船が不足している。

 前衛の働きを支えるのは、こういった裏方なんだよ?」

 

 仏頂面を隠さないオークナイト達に耳障りのよいアルトで語りかける女王のお言葉に、目を細める。

 筋肉馬鹿種族であるオークの頂点とも思えぬほど、理性的。

 兵の思考ではなく将の思考を行うよう、ずれた眼鏡を直しながら教師の如くオークナイト達を諭す。

 

 俺がこの御方を慕う最大の理由は、まさにこの理性だ。

 頭目がアホでは下っ端がどんなに頑張っても先はないが、この御方が導く限りトーン=テキンの未来は明るい。

 わずかな回数しか言葉を交わした事がないにも関わらず、俺はそう信じるに至っていた。

 陛下の知性の煌めきに比べれば、銀河に稀なる美貌も女体の極致の如き玉体も付属物に過ぎない。

 俺の中の女王に対する想いの構成割合は大体6:4、知性6、その他4といった所。

 余りに悩ましい御体を思えば、時に逆転しかかるが。

 

「物を運ぶなど、戦闘艦でもできます。

 むしろ鈍足で装甲もない船など、荷を満載したところで敵の獲物になりましょう」

 

 面白くなさそうにオークナイトの一人が反論する。

 こいつらの頭には船ごとに運用を変える発想はない。

 そして自分が乗るならば、という点で思考停止するのだ。

 知性とは想像力であると、まざまざと見せつけられるような事例であった。

 

 女王は嘆息すると小さく頭を振った。

 プラチナの糸のような前髪がかすかに踊る。

 

「まあいいさ、この船をどう扱うかはボクが取り仕切ろう。

 ボクがこの船を気に入った事は確かだよ」

 

 周囲に雄しかいなかったからという生育理由で未だに男言葉の女王は、周囲に軽視される拿捕船の権利を巻き取った。

 献上品だ、どう扱われようが俺の関与するところではないのだが、女王の采配で使われるのなら悪い事にはなるまい。

 働きが無為にならない事に安堵と満足を覚えた。

 

「さて、カーツ」

 

 女王は小さな咳払いで場を締めると、大きく組んだ足の左右を入れ替えた。

 深すぎる程にスリットの入った衣装は、女王のむっちりとした太腿を全く隠さない。

 艶やかな腿を俺に見せつけながら、白い素足の爪先をこちらへ向ける。

 

「この働きに対して、ボクは君にどう報いたものか。

 一番の褒美はこの身であるが、残念」

 

 女王は小悪魔めいた笑みを浮かべ、両手で自らの下腹部を擦った。

 

「ここはこの通り、先約済みだ」

 

 臨月にはまだ遠いものの、内に宿した命の重みがその腹を明確に膨らませている。

 女王陛下は懐妊していた。

 

 

 

 

 オークが好むものはふたつ。

 より強くある為の武器と、より強力な血筋を残す為の女だ。

 戦う事と氏族を維持する事を存在意義(レゾンデートル)とするオークの、シンプル極まりない好みである。

 

 略奪種族であるオークは何でもかんでも奪い去り、女と見れば犯して回ると他種族は思っているが、それは正確ではない。

 オークが好む女は、強い子を孕めそうな女だ。

 弱い女に用はない。

 肉体の強さ、戦闘機や戦艦を操る強さ、あるいは強力な敵に立ち向かう心の強さ。

 そういった何らかの強さを示した女をオークは尊重し、次代にその強さが受け継がれる事を願って連れ去るのだ。

 尊重といいつつ連れ去って子を孕ませる辺り、どうしようもない蛮族種族なのは間違いないが。

 

 そのオークの価値観からすると、オーククイーンは強さの要素を凝縮して胎内に備えた、最高の母胎と考えられている。

 実際、オークナイトは強力な肉体を持つオークの中でも一段上の素質を持って生まれる者が多い。

 故にオーククイーンの胎に己の子を宿し、強力な次代の子を作るという事実そのものがオーク戦士にとって最高の褒美であった。

 無論、その過程で極上の美貌と豊満な肢体を味わえるという点も捨て置けないが。

 

 だが、マルヤー陛下の胎には今、別の男の種が宿っている。

 絶賛拡大成長中のトーン=テキン氏族には俺以外にも多くの戦士がおり、大きな手柄を立てるものもまた数多い。

 女王の肌身を与えられるほどの功績を挙げた者もまた、存在するのだ。

 

 正直、この点に関して考え始めると、俺の中の21世紀人の脳が破壊されてしまうので、オーク感性で受け止めることにしている。

 競争に出遅れた、今は間が悪くて女王に種を植え付けれない、それだけ、それだけの事だ。

 実に腹立たしいし、出来ることなら女王に種を付けたオーク戦士の首でも獲ってやりたい所だが、そこを突き詰めていくとこの場のオークナイトどもも全て殲滅する大立ち回りになってしまうので、努めて平静を保つ。

 女王は顔を強ばらせている俺を、からかうように細めた目で眺めつつ言葉を継いだ。

 

「だからといって、この腹の子が産まれたら、次は君の番という訳にもいかない。

 戦場では何でも起こるもの、君は優れた戦士だが、次の機会があるまで生きているとは限らないからね」

 

 常に戦場に生きるオークに培われた無常観だ。

 こういった発想があるから刹那的に生きる種族になってしまったという面も否めない。

 

「だから、別の褒美をやろう。

 ……ピーカの胎はどうかな? そろそろあの子も孕める年頃だと思うのだが」

 

「い、いえ、お待ちを」 

 

 代替案に俺は思わず咳き込んだ。

 姫に対してそういった欲望がないとは言わないが、それよりも頭の中の21世紀常識が釘を刺す。

 実年齢もだが、そもそも彼女は未だ精神的に稚気が強く、子供でしかない。

 今はまだ幼すぎて罪悪感の方が勝ってしまう。

 

「……大変ありがたく存じますが、姫様にはまだ時期尚早かと。

 無理をしては、姫の御体を痛めてしまう事になりかねません」

 

「そうかい? ならば止めておこう」

 

 ごくあっさりと撤回する女王。

 明らかに俺の反応で楽しんでおられる。

 

「さてさて、それじゃあどうしようかな」

 

「陛下、それではひとつリクエストしてもよろしいでしょうか」

 

「何かな?」

 

 周囲のオークナイトから上がる不遜な、という声を無視して胸を張る。

 

「やはり、陛下の御体を賜りたく存じます」

 

「……予約はできないよ?」

 

「不要です。

 陛下の準備が整われる時には必ずや手柄を挙げて見せましょう」

 

 オークナイト達から怒声が上がる。

 どのような戦場でも生き抜き、他のオークを押しのけて俺が一番になってみせるという宣言であるから当然だ。

 不遜そのものであると我ながら思う。

 子供(オークナイト)達の怒りを他所に、マルヤー陛下は喉を鳴らして笑った。

 

「よく言った、ならば楽しみにしていよう。

 今日はここまでだ、行きたまえ」

 

 女王に退出するように手で促され、俺は回れ右をした。

 歩き出す俺の背に、女王の言葉が掛かる。

 

「君の種なら、さぞ強い子が宿るだろうね」

 

 笑みが含まれた柔らかな声音が、ぞくりと背筋を駆け抜けた。

 腹の子の事など構わず至高の女体を組み敷いてしまいたいという衝動を、必死に抑える。

 軽宇宙服の下で強烈に自己主張を始めた相棒のお陰で歩行に苦労しつつも、俺は女王の間を退出した。

 

 次の機会までに手柄を立てねばならん。

 だが、それでは足りない。

 とても満足できない。

 

「所詮は一時の事に過ぎないしな」

 

 廊下にて、大きく息吐きながら呟く。

 姫はもうここに居られない、俺を案内した後どこかへ行かれたようだ。

 俺は背後で閉じた扉を振り返った。

 

「貴女を俺のものにする、一時と言わず、恒久的に」

 

 誰も居ないから呟ける、未だ狂気の沙汰の願望。

 俺の目指す先はそこだ、一夜の褒美などではなく、彼女の全て。

 王様にならねば手に入らないものだった。


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