スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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母娘による豚の品評

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 カーツを女王の間へ送り届けた後、ピーカはロイヤル・ザ・トーン=テキンの艦内通路をぶらついていた。

 停泊中の船舶内は無重量状態が常であるが、5kmの巨体を誇る氏族船(クランシップ)には疑似重力発生器が備えられている。

 大昔にどこかから略奪してきたという後付けの装置は、ロイヤル・ザ・トーン=テキン内部に上下の概念を作り、惑星上の感覚とさして変わらない0.85Gの疑似重力を提供していた。

 

「これは姫様!」

 

「あ、姫様だ!」

 

 フリーサイズゆえに裾と袖が大幅に余ってたるみができたグリーンの軽宇宙服の肩に白いポンチョを引っ掛けて、船内をうろつくピーカにオーク達が歓声を上げる。

 鷹揚に片手を挙げて応えるピーカは、身重で動き回れない母に代わって氏族船(クランシップ)内の視察を行っている、つもりであった。

 実際には暇つぶしで首を突っ込んでは、各部署のオーク達にちやほやされて作業能率を大幅に落としていた。

 オークにとってオーククイーンは超銀河級アイドルそのものだ、浮足立ってしまうのも無理はない。

 

「もう、みんなしっかり働きなさい!」

 

 話しかけようとしては同僚同士で牽制しあってたり、こちらをガン見して手元が疎かになったりと、仕事に集中しきれていないオーク達をピーカは叱り飛ばす。

 

「まったくもう、あたしが見て回らないとダメなんだから」

 

 今はまだ美しさよりも愛らしさが勝る印象の頬を膨らませてピーカは独りごちた。

 彼女は氏族のオーク達について、こっちをいやらしい目で見ながら怠けてばかりで、自分が叱らないとちゃんと働かない連中というイメージを持っている。

 本人が姿を現す事によりステータス異常:魅了状態が無差別に撒き散らされた結果なのだが、普段の様子を知らないピーカからすれば怠け者揃いに見えてしまうのだった。

 とはいえ、元より勤勉に働いている者達という訳でもない。

 

「後方のオークテックじゃ、やる気も出ないのかな」 

   

 オークはすべからく戦士の素養を備えているが、中には虚弱に生まれついた者、最前線に出すには不安が残る者も存在する。

 初陣に耐えうるか同世代のオーク同士で争い、一定の成績を残せなかった者は後方支援要員に回される。

 その総称がオークテックである。

 ピーカが見回っている区画は、オークテック達が担当する内政部署であった。

 

 技術者(テック)という名を冠しているが、必ずしも技術を修めた者ばかりではない。

 整備員から飯炊き洗濯のおさんどんまで、戦い以外の幅広い部署があるのだが、それらをひっくるめて雑にオークテックと呼んでいる辺り、脳筋戦闘種族であるオークの文化性が見て取れる。

 オークテックは落伍者の吹き溜まり、そう見なされているのだ。

 半ば蔑称であり、当然、彼らの士気は低い。

   

 だが、ピーカの母、マルヤーは彼らオークテックを重視している。

 兵站の概念を理解している女王は、後方支援が十全になされてこそ前線の戦士が戦えるのだと説き、オークテックの地位向上を画策しているのだが、なかなか上手くいっていない。

 遺伝子レベルで染みついた、武力への単純な信仰がオークの中で「実際に戦っていない者」への評価を極端に下げているのだ。

 これはオーク戦士のみならず、オークテック側も同じであった。

 オークテックの多くは、自らを力のない失格戦士と思い込み、恥ずべき仕事を押し付けられていると考えている。

 自分の仕事に誇りを持てない者が、良い成果を上げる事は難しい。

 マルヤーの改革は遅々として進んでいなかった。

 

培養豚(マスブロ)もまずはオークテックに入れられるんだよね、カーツもそうだったのかな……」

 

 ピーカはお気に入りのオーク戦士に想いを馳せた。

 母に面白い戦士がいると紹介されたのが、カーツである。

 若いオークといえば自分にメロメロになっている所しか見た事がないピーカからすると、抑制が効いたカーツの反応は新鮮であった。

 それでいて、完全に興味がないという訳でもなさそうな辺りが、ピーカの中で奇妙な情動を掻き立てている。

 狩猟衝動にも似た、獰猛な気分だ。

 他の氏族の雄たちは、何もせずとも自分に屈しているようで面白くない。

 自分に気のない素振りをしている雄を堕とし、夢中にさせたいという雌の自負がピーカの中に生じていた。

 

「姫様、このような所に居られましたか」

 

 周囲のオークテック達の歓声を無視して物思いに沈みかけていたピーカは、明確に向けられた強い声音に顔を上げた。

 剥き出しの上半身と弁髪ヘアが特徴のオーク戦士、フィレンだ。

 

「フィレン? この区画に来るなんて珍しいね」

 

 オーク戦士はオークテックを見下している。

 わざわざオークテックの巣窟のような内政区画に踏み込むオーク戦士はめったに居ない。

 

「私の『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』の整備が遅れておりまして。

 何をやっているのかと発破を掛けに来たのです」

 

 彼の背後には目元に青痣を作ったオークテックの若者が数人並んでいた。

 

「自分の機体の整備でしょ、殴ってどうするの」

 

「それがこやつらの仕事です。

 己の仕事もこなせない者など、殴られて当然」

 

 むしろ良い事をしたとばかりに胸を張るフィレンに、ピーカは呆れかえった。

 整備を任せている相手を殴りつけて、機体に「仕返し」でもされたらと想像もしないのだろうか。

 見下しているオークテック如きに何ができると思考停止しているのがフィレンであり、典型的なオーク戦士の有り様だった。

 なんだかんだと文句をつけながらもオークテック上がりの舎弟たちを可愛がっているカーツとの差で、より幻滅する。

 

「……ほどほどにしなさい」

 

 これ以上話していたくもないので踵を返す。

 

「お待ちを、お一人でこのような野獣の巣窟を行かれるのはよろしくありませぬ」

 

 ピーカの気分も察しないフィレンは、むしろアピールのチャンスだとでも思っているのか、忠臣めかした事を言いながら姫の手を取った。 

 

「このオークナイト、フィレンがエスコートいたしましょう」

 

 言い聞かせるのも面倒になったピーカは、フィレンの手を振り払うとずかずかと歩を進めた。

 

「ついてくるなら、勝手になさい」

 

「はっ!」 

 

 嬉々として隣に並ぶフィレンを横目で睨み、ピーカは口中で呟く。

 

「どっちが野獣なのやら」

 

 フィレンが身に着けたスパッツ状のパンツの股間では、中に収めたマグナムのシルエットがえげつなく浮かび上がっていた。

 幼いながらも魅力的な曲線を描くピーカの体を目にしたオークにはよくある反応なので、普段はさして気にもしない。

 しかし、好感を抱いていない相手にこうも露骨に反応されると、苛立たしさが勝った。

 

「カーツはこの辺、紳士よね。

 あたしに興味がないわけじゃないと、思うんだけど……」

 

 ピーカに対して、カーツが欲情めいた素振りを見せた事はない。

 これは体型に反して未だ幼い精神性の姫をそのような目で見るわけにはいかぬとカーツが必死で自省している結果なのだが、ピーカにしてみれば面白くない話だ。

 

「そのうち、あたし以外見れないようにしてやるんだから」

 

 いずれ必ず攻略するつもりの狩猟対象に対し、ピーカは改めて内心で決意表明した。

 

 

 

 

SIDE:マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 

 

培養豚(マスブロ)の癖に生意気な」

 

「あのような不遜な物言いを許して良いのか」

 

 周囲に侍る我が子にして脇侍、精鋭オークナイト達が退出したカーツへ零す陰口を他所に、マルヤーは寝椅子(シェーズロング)に身を沈ませて楽な姿勢を取った。

 腹の子がそろそろ重たくなり動きにくさが増してくる頃合いだが、これまでの生涯で孕んでいない時期の方が少ないマルヤーにとって慣れ親しんだ感覚である。

 どのような体勢ならば楽に過ごせるか、身に付いていた。

 ひと息吐いて、周囲を見回す。

 

「大した気概じゃないか、そう嫌うものではないよ」

 

 女王の一言で騎士たちは口をつぐんだが、その顔に浮いた不満の色は明白だ。

 この子達はダメだ。

 マルヤーは内心で嘆息する。

 

 肉体的能力に優れる代わりに頭を使わない種族特性もさることながら、教育が悪い。

 他のオークよりも優れた生得能力と恵まれた地位を誇るばかりで、他を見下している。

 育て方を間違えたとは思うが、マルヤーは彼らオークナイトの教育には関わっていなかった。

 それぞれのオークナイトを教育したのは彼らの父、マルヤーと一時の情を交わしたオーク戦士たちである。

 

 産んでは孕み、孕んでは産み続けるオーククイーンには、産まれた一人一人の子を手ずから育てる余裕などない。

 特例中の特例であるピーカ姫は別として、オークナイト達の教育はその父に委ねざるを得なかった。

 オークナイトの父とはすなわち超一流の戦士である。

 一時とはいえ女王の肌身を許されるほどの武功を挙げた、素晴らしい戦士ばかりだ。

 

 だが、戦士の素養と教育者の素養は別問題。

 オークとして栄達の極みに達した彼らは総じてプライドが高く、女王の情を得たという特権意識に満ちている。

 それがそのまま我が子たるオークナイト達に受け継がれていた。

 本質的に力がすべてだったはずの宇宙蛮族に、女王の血脈という貴族階級ができあがっているのだ。

 

 誰にも聞かせた事はないが、マルヤー自身はオーククイーンという存在はオークにとって異物であると考えている。

 オークという種族のシステムは、本来シンプル極まりないものだ。

 培養槽から生まれ、戦い、鍛え、戦利品を元に強化を施し、次世代へ繋ぐ。

 そこにあるルールは「強さ」のみだったのだ。

 

 オーククイーンという美名を与えられているが、そもそもは男性体しか誕生しないオークに生まれた突然変異個体だ。 

 そのイレギュラーに過ぎない女王の血筋を貴ぶ価値観が、氏族の形を揺らがせてしまっている。

 やや自虐的ながら、マルヤーはそう分析していた。

 

 トーン=テキン氏族の在り方を変えてしまったと危惧すれど自らがオーククイーンである事はどうしようもないし、さらには次代のオーククイーンまで生まれてしまった。

 二代続けてのオーククイーンの誕生を氏族の皆は喜んでいるが、マルヤーはトーン=テキンにとって大きな試練であると捉えている。

 このままでは氏族内に抱えた歪みが大きくなりすぎてしまう。

 マルヤーと次を担うピーカの舵取り次第で、トーン=テキン氏族は繁栄も衰退もしよう。

 どちらに転がっても、まちがいなく派手に。

 自分が健在の内に、ピーカをきちんと支える土台を作っておかねばならない。

 

 落伍者として扱われるオークテックの地位を向上させる事で氏族全体の耐久力を増やす試みも、その一環だ。

 また、将来有望な若者の選抜も行っている。

 その中でも特に見込んでいるのがカーツだ。

 マルヤーが培養豚(マスブロ)と蔑まれるカーツを買っている点は、彼の抜きんでた戦闘能力と幅広い知見への評価だけではない。

 彼が氏族外の出身者であり、トーン=テキン氏族への忠誠を生まれながらに刷り込まれていないからだ。

 

 女王と姫に対して礼儀を示せども、その権威に飲み込まれきっていない。

 彼をピーカに付ければ、おもねる事なく支えてくれると踏んでいた。

 カーツとピーカならば、きっと強い子が産まれるだろうとも。

 

「まあ、ピーカの前にボクが産んでもいいんだけどね。

 愛娘を預ける前に毒見をしておくべきかな?」


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