スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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埃を被ったトロフィー

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 氏族船(クランシップ)ロイヤル・ザ・トーン=テキンの船内通路は幅と高さの寸法がそれぞれ4メートルずつと定められている。

 ライトグレーの軽合金が張り巡らされた通路には、無重量状態および加速時に備えて数メートルおきにオークの体重にも耐えうる頑丈な手すりが設置されていた。

 他には所々に配管ダクトや配線のハッチがある程度で、大変そっけないデザインであった。

 食う、寝る、戦うが柱となっているオークの文化では、装飾というものは極端に軽視されている。

 機体や武装など戦装束を勇ましく飾る事はあれど、日常生活に関わる部分への潤いはまったくない。

 そのため、船内のどこに行っても殺風景極まりない光景が広がっているのだが、トロフィーストリートは違った。

 

「……ケバいなあ」

 

 うるさいフィレンを振り切り、ようやく周囲を観賞する余裕の出来たピーカは端的な感想を漏らした。

 すぐ隣であるオークテックの内政区画とは、彩りが違う。

 床も壁も天井もライトグレーの下地は変わらないものの、そこをキャンパスに様々な「もの」が描かれていた。

 

 そこかしこに踊る、余ったスプレーで殴り書いたような筆跡の落書き。

 文面のほとんどはピーカの知らないマイナー地方星系言語で、読み取れる銀河共用語(ギャラクティッシュ)はひたすらオークへの罵声を書き連ねていた。

 『豚に死を』『ちんこ腐れて死ね』『チャーシューならいくらでも食ってやる』などなど、おそらく他言語で書かれているのも同様の内容だろう。

 デフォルメした豚の顔を描いた意外と達者なイラストは大きなバッテンで塗りつぶされ、その上からバーナーで炙り更にはネイルガンで大釘を打ち込まれた形跡がある。

 その執拗さは、流石にピーカにも彼女らの怒りの一端を悟らさせた。

 

「嫌われてるなあ、オーク」

 

 他種族から見た自分たちという視点を、ようやく意識する。

 略奪を行う以上、被害者側が悪感情を抱くのは当然と理解はしていたが、所詮理屈での納得に過ぎない。

 生々しい感情を乗せた筆致がリアルな怒りを実感させ、ピーカは眉を寄せた。

 

「……顔出すのは良くないかな」

 

 唇に指を当て、小さく呟く。

 オークを嫌いな相手が、オークである自分を見たら嫌な思いをするかもしれない。

 嫌な思いをさせるのはよくない。

 

 ピーカにトロフィーである女性達への悪感情は無い。

 彼女なりに相手の心情を慮っての考えではある。

 だが、そこには己が危害を加えられる可能性が、まったく考慮されていない。

 お姫様育ちで悪意に晒された事自体がない、お子様ゆえの呑気で無邪気な思いやりであった。

 

「あ、綺麗な絵もあるんだ」

 

 明らかに怨念を感じるストリートアートとは打って変わって、真摯な筆致で描かれた壁画と称してもよい作品が並ぶ区画に差し掛かり、ピーカはあっさりと頭を切り替えた。

 何かの穀物の穂を手に優しげな笑みを浮かべる女性、剣と天秤を持ち鎧を着込んだ老騎士、シンプルながらも計算された比率で組み合わされた美しい十字架の図。

  

 技量そのものはアマチュアの範囲を出ない絵の数々であったが、恨みのストリートアートとは別方向ながら同等の熱意が感じられる。

 攫われてきた女性達の心の支えとなっているのか、それら宗教的な壁画の周囲は丁寧に清掃され、どこか荘厳な雰囲気を漂わせていた。

 

「これ、何だろ、落とし物?」

 

 稲穂を持つ女神の絵画の前に、並べて置かれたレトルトパックを見たピーカは首を捻る。

 お供え物という概念を彼女は知らない。

 宇宙を往き全ての補給を略奪に頼るオークにとって、全ての資源は有限だ。

 折角の食料を食べずに捧げるという発想はなかった。

 アルミパックを拾い上げ、裏面の賞味期限を見る。

 地球発祥の人類圏内では一番メジャーなガガーリン暦(カレンダリウム・ガガリウム)で記された日時は、まだかなり余裕があった。

 

「うーん?」

 

 まだ食べれるものを、こんなに一カ所にまとめて落とす物だろうか。

 銀色のレトルトパックをしげしげと眺めて不思議がるピーカに、声が掛けられた。

 

「あんた、新入り?」

 

 振り返ると、ツナギ状の軽宇宙服を腰巻にした地球系人種(アーシアン)の女が腕組みしてこちらを見ている。

 母以外の女性自体に初めて出会うピーカは、相手をまじまじと観察した。

 ポニーテールにまとめた派手なピンク色の髪に遺伝子デザインの痕跡が感じられるが、それ以外はほぼノーマル。

 ピーカよりも20センチは背が高いが、胸は小さい。

 とはいえ、これはピーカが大きすぎるだけで、バランスの良いプロポーションと言える。

 血色のよい肌艶をしており健康状態も良好そうで、これなら元気な子を産めるに違いないとピーカは内心で花丸を付けた。

 

「あんた、どっか田舎の星から連れてこられたの? 酷い事されてない?

 銀河共用語は判る?(Can u speeek Galaxthish?)

 

 返事をしないピーカに形のよい眉を寄せた女は、ゆっくりした発音で問いかける。

 そのシンプルな物言いは、ピーカにとって新鮮であった。

 彼女の言葉には敬意も、敵意もない。

 この相手は、自分の事を何も知らない、オークの姫と気づいていないのだ。

 

「うん、大丈夫、銀河共用語(ギャラクティッシュ)は判るよ」

 

 ピーカの返答に女は小さく頷いた。

 

「良かった、時々とんでもない田舎から攫ってこられる子もいるからね、意思疎通にも困るんだ。

 まったく、あの豚どもこんな子供まで捕まえてさぁ、見境ないのかい」

 

 言葉の後半、同族への罵声は怨嗟のストリートアートから想像できていたが、一部に反論せざるを得ない点があった。

 

「もう子供じゃないよ、あたし」

 

「はいはい、そういう事言うのはみーんな子供だよ、一部だけ育ったってガキはガキさ。

 あんた、名前は?」

 

「ピーカ」

 

 姫と知られれば、この平凡で上下のない喋り方が変わってしまうのかもしれない。

 それを惜しむ気持ちがファーストネームだけの名乗りで止めさせた。

 名乗った後で偽名を使うべきだったかとも思ったが、女は気にする素振りもなく頷いた。

 

「わたしはジョゼ。

 それじゃピーカ、連れてこられたばかりで何もわかんないでしょ、案内したげるよ」

 

 

 

SIDE:オークナイト・フィレン

 

「姫様っ! えぇいっ!」

 

 姫様がすり抜けていった隙間はフィレンの図体には狭すぎ、コンテナはちょっとやそっとでは動かせそうにない。

 フィレンは回り道を決意すると脇道を飛び出した。 

 

「まったく、本当にお転婆だっ!」

 

 とがめだてされない立場でのお転婆三昧は、周囲に迷惑が掛かって堪らない。

 思わず愚痴ってしまうフィレンであったが、別に彼は姫の御目付け役でもボディガードでもない。

 ただ、点数稼ぎをしたくて張り付いていただけの腰巾着だ。

 

「せめて姫がもう少し大人しい気性でいらっしゃれば……」

 

 そうすれば、上手く丸め込んで閨に持ち込んでしまう事も可能であったろうに。

 姫様の成熟具合はオークナイトの間でもよく話される議題であり、そろそろ手を出しても良いのでは派ともう少し待つべきだろ派が熱いディスカッションを交わしている。

 そろそろ手を出す派の一員であるフィレンは、議論に熱中する仲間たちを他所に一足早く姫様へのアプローチを開始していた。

 抜け駆けである。

 

 こんなアホな事を大真面目に議論している彼らは、オークナイトとしての序列は下級に過ぎない。

 そのため、精鋭オークナイトが脇侍を務める女王の謁見に列席する事を許されていなかった。

 謁見したカーツへの褒賞に、女王から姫の貞操を提案されたがカーツ自身が断るという一幕があった事も知らない。

 フィレンの耳に入っていれば嫉妬と理不尽さに転げまわって憤激する所だ。 

 

「まずは姫を探し、保護せねば……」

 

 これは一面のチャンスでもあると、フィレンは逸る自分に言い聞かせていた。

 まず、姫様の逃走に関して、フィレンに責任はない。

 彼は付きまとっていたおまけであり、女王からも姫からも何も任を与えらえていないのだ

 あくまで善意(下心)の協力者枠である。

 

「まあ、これで少しは姫様もお灸を据えられるといいのだが」

 

 無茶な事を自省するよう、できればある程度怖い目に遭っていればいい。

 暴力的なトロフィーストリートとはいえ、結局の所あそこの連中はオークに飼われているのだ。

 オークから提供される酸素、水、食料、船内のインフラ、そういったものをカットされればあっという間に立ちいかなくなる。

 姫様を脅す事はできても、直接的な暴力には至るまい。

 

 あの連中があそこまで反抗的になっているのは、主であるオーク戦士の大半が一度トロフィーとして孕ませた後は、どうでもよいとばかりに放置してしまうからであるとフィレンは考えていた。

 トロフィーとオーナー間では深刻なディスコミュニケーションが発生するのが常であり、仲睦まじい関係というのはフィレンも見た事がない。

 普通のオークはトロフィーストリートの事など、自分がトロフィーを入手しでもしない限り頭に上らないが、ここに縁のあるフィレンは柄にもなく色々と考えてしまっていた。

 

「ちっ、余計な事だ、まったく」

 

 連想的に思い出された、ここでの思い出を振り払うように首を振るフィレンに、声が掛けられた。

 

「フィレン、帰ってきたの?」

 

「ノッコか」

 

 落ち着いた、それでいて若干舌足らずさを感じさせるソプラノボイスに、フィレンは渋面を浮かべながら向き直る。

 フィレンに声を掛けた女、ノッコは地球系人種(アーシアン)の系譜ながら極端に小さく遺伝子デザインされていた。

 赤いショートカットの頭はフィレンの腰辺りにようやく届く程度、姫より低い身長は120センチにも届いていない。

 美人というより可愛らしいという風情の童顔に心配そうな顔を浮かべて、フィレンに問いかける。

 

「何かあった? 私、手伝うよ?」

 

「お前には……」

 

 関係ないと言いさしたが、トロフィーストリートのコミュニティ内における彼女の立場を思い出して言葉を翻した。

 

「……姫様がトロフィーストリートで迷子になられた。探さなくてはならない、手伝え」

 

「うん、わかったよ!」

 

 小さな女、ノッコはニコニコとした笑みを浮かべてフィレンを見上げる。

 

「……なんだ」

 

「ううん、姫様を探す仕事を貰うなんて、フィレンも立派になったなあって」

 

 実際には仕事を貰った訳ではない。

 若干バツが悪くなったフィレンは、しっしっとばかりにグローブのような大きな手のひらを振った。

 

「さっさと行け!」

 

「もう、頼み事をする時くらい呼んでくれてもいいじゃない。

 お母さんってさ」

 

「行け!」

 

 ノッコはくすりと小さな笑いを残し、俊敏な動作で路地へと消えた。

  

「……だからトロフィーストリートには来たくなかったんだ」

 

 オーククイーンから生まれし純血のオークナイトの血を継ぐ、二代オークナイトがフィレンだ。

 そして彼の母体となったのが、今の女。

 火花の宇宙小人と称されるフービットのノッコだ。




UA12000超え、お気に入り650突破、オリジナル日間ランキング7位に浮上と、驚くほど見ていただけているようで、感謝に堪えません。
正月休みが終わって平常モードになるとペースが落ちるかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


今年の正月はすべて豚に追い回されて潰れました……。

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