スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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カツ丼大盛VSフィレオフィッシュ、ふぁいっ!


ピッグファイト

「さぁて! 行くぜぇ、フィレン!」

 

 初手からスロットル全開。

 俺は『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を全速でカッ飛ばし、『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』へ躍りかかった。

 

 フィレンの言いがかりが端となったこの決闘だが、実の所、俺にもメリットはある。

 ロイヤル・ザ・トーン=テキンの停泊宙域にて行われるため、氏族中の誰もが容易にこの一戦を見る事ができるのだ。

 当然、女王陛下もご覧になっている。

 まさに御前試合。

 惚れた女に良い所を見せる、最高のお膳立てだ。

 

 無論、オールオアナッシングなこの勝負、負ければ命が助かっても愛機も戦士の誇りも奪われるだろう。

 しかし、そんな事はいつもの戦場と変わらない。

 一歩間違えばすべてを失う戦いを生き抜いてきたのだ。

 

 そこが、俺とフィレンの最大の差だ。

 

「おらぁっ!」

 

 挨拶がてらに機首の左右に搭載された二門のパルスレーザー機銃を放つ。

 こちら同様に全速で突っ込んできた『争点(イシュー)』は機体の上下に展開した武装腕を捻じってベクトルを変更、スライドするように射線から逃れた。

 お返しに撃ち返されるパルスレーザーは六連装。

 機銃の数では三倍の差がある。

 

「っとぉっ!」

 

 俺は機体をロールさせて濃密なパルスレーザーのシャワーから逃れる。

 対艦用に短砲身プラズマキャノンを装備した『夜明け(ドーン)』と違い、『争点(イシュー)』はキャノンを持たず機銃を増やしている。

 汎用性ではこちらが上だが、戦闘機同士の決闘に関してはあちらの武装の方が適切なチョイスだ。

 

 互いの射線を躱しながら、二機のブートバスターの軌道が交錯する。

 鹵獲品のレールガンを叩き込もうとして、『争点(イシュー)』の機体下部側アームがこちらを向いている事に気づく。

 

斥力腕(リパルサーアーム)……いや!」

 

 盾を展開しかけたが、背筋に走る怖気のような予感に従って左右のアームユニットの推力方向を垂直へ変更。

 機体が捻じ曲がりそうな噴射を掛けて急旋回を行う。

 直後、『夜明け(ドーン)』の予測進路を白く輝くプラズマが薙ぎ払った。

 

「プラズマスロアーか!」

 

 励起したプラズマをキャノンのように磁場で閉じ込めずそのまま垂れ流す、いわば宇宙版火炎放射器だ。

 プラズマキャノンに比べて有効射程が極端に短く威力も収束しないものの、その効果範囲は恐ろしく広い。

 装甲の薄いブートバスターを焼き焦がすには十分な火力を備えており、ドッグファイト中にはプラズマキャノンよりも相手をしたくない武装だ。

 

「野郎、メタ張りのチョイスかよ!」

 

 しかも、プラズマに対してこちらの切り札の斥力腕(リパルサーアーム)は効果が薄い。

 狙ったのかどうかは判らないが、対『夜明け(ドーン)』用の装備としては腹立たしいくらいに最適であった。

 元より機体がオールグリーンの整備状態ではない事もあり、『夜明け(ドーン)』の不利は明白だ。

 

「面白くなってきたぜ……!」

 

 大きく弧を描く機動でプラズマスロアーを回避しながら、俺は牙を剥いた。

 実の所、有利だ不利だなんてものは、もうとっくに織り込み済みなのだ。

 

 培養豚(マスブロ)である俺と、オークナイトであるフィレンの産まれの差、これがすでに大きい。

 いわばオークという種族の原種である俺たち培養豚(マスブロ)に比べ、母体から生まれたオークは母方の遺伝子情報分強化される。

 その母がオーククイーンであるオークナイトは、培養豚(マスブロ)よりも素質として明らかな強化が為されていた。

 あくまで俺の体感だが、筋力は2割、反射速度に至っては3割は違う。

 3割の差は大きい、使い方次第で3倍の差にも見せかける事もできよう、それ程のスペックだ。

 オークナイトは素体性能で圧倒的に有利なのだ。

 

 そして、その素質の差を織り込んだ上で、俺はフィレンに負ける気がしない。

 根拠は、これまで積み上げた学習と経験の差である。

 俺の中にはあらかじめ21世紀人の知識以外にも培養豚(マスブロ)にインプットされる基本知識、すなわち戦いの基礎が焼き込まれている。

 各種の武器や戦闘マシンの使い方、戦術の基礎から航法の基礎まで、およそ戦闘に関わる事の知識を広く浅く、持たされているのだ。

 その上で知識こそ最大の武器と信じる俺は、戦士と認められた後も学習を続けている。

 

 一方、オークナイトを含む、母体から通常の生命として誕生するオーク達にはそんな知識の焼き込みなどない。

 彼らは成人するまでの間に戦いのイロハを学ばなくてはならないのだ。

 ここで、大変に脳みその構造が雑であるオークの特性が悪い意味で効いてくる。

 ほとんどのオークは学ぶ意欲が低く、さらに教師役が知的労働に向いていない父親のオーク戦士であるため、恐ろしく学習効率が悪いのだ。

 その結果、肉体の性能は上でも戦闘スキルが足りず、総合能力では培養豚(マスブロ)とあまり変わらないという残念な存在になってしまう。

 

 大抵のオークナイトの正体はそんなものだ。

 オークナイトが優遇されているのは、多分に政治的な含みがあるのではないかと睨んでいるのだが、今は置いておこう。

 

 フィレンはクイーンの脇侍になれずとも、ブートバスターを授けられるだけあってまだ上等な部類だ。

 それでも、俺には及ばない。

 戦場のみならず、余った時間をひたすら学習に費やして磨き上げた俺の実力は、未だ研磨されていない彼を上回っている。

 その一端を示すのが、フィレンのアドリブの効かなさだ。

 

 六連パルスレーザー機銃とプラズマスロアーを交互に放ち、『夜明け(ドーン)』の機動を阻害しようとするフィレン。

 広範囲に広がる弾幕攻撃で追い込んで、そこに武装腕に搭載したもうひとつの武器を叩き込み仕留める気なのだろう。

 教典に記されているようなベーシックな戦術だが、この状況では悪手だ。

 他の相手はいざ知らず、戦場で練り上げられたオーク戦士を相手取るには稚拙すぎる。

 二種の武器を順繰りに放つフィレンの弾幕は緩急も付けられておらず、浅い。

 

「バラ撒く武器を使う時はなぁ、重ねて叩き込むんだよぉ!」

 

 リチャージタイムを見切り、プラズマスロアーからパルスレーザーへ切り替わる瞬間に機首を返して『争点(イシュー)』を正面に捉える。

 推力全開、『夜明け(ドーン)』は白い炎の中へ突っ込んでいく。

 押し寄せるプラズマ炎が『夜明け(ドーン)』の装甲を炙り、ダメージ警告が鳴り響いた。

 モニターに表示した機体のダメージマップが一気にイエロー、さらにはオレンジへと変貌していく。

 

「行けぇぇっ!!」

 

 しかし、『夜明け(ドーン)』を焼き溶かすよりも早くプラズマの照射時間は終了する。

 朱の機体から焦げた黒煙をなびかせながらも『夜明け(ドーン)』は健在。

 こちらの予測進路へパルスレーザー攻撃を続けようとしていた『争点(イシュー)』が慌てて機首を捻った。

 やはりオークナイト、俺の想定よりもわずかに早い反応は、受け継いだクイーンとフービットの血脈が為せる業か。

 

 それでも、遅い。

 

「おりゃあぁっ!!」

 

 機首のパルスレーザーと機体下部のプラズマキャノンを斉射。

 勝負所を捥ぎ取るべく一点集中で撃ち続けながら、レールガンの狙いを定める。

 収束するパルスレーザーとプラズマ光弾のシャワーを浴びせられた『争点(イシュー)』は攻撃を諦めて回避に転ずるが、その動作は直線的に過ぎた。

 レールガンのトリガーを引く。

 こぉん!と独特の発射音が機体を揺るがし、電磁加速された複合タングステン弾頭が放たれる。

 見え見えのロールを仕掛けていた『争点(イシュー)』の下部武装腕に着弾、厄介なプラズマスロアーごと推進機を撃ち抜いた。

 三発のスラスターのひとつを潰され推力バランスの崩れた『争点(イシュー)』は無様なスピンに陥る。

 

「こいつで詰みだ、フィレン!」

 

 機体後部のメインスラスターに照準をロック、二発目のレールガンを発射。

 止めの一撃が虚空を飛び越え、『争点(イシュー)』へと襲い掛かる。

 しかし、不意に制動を取り戻した『争点(イシュー)』は抑制された動作で機体を跳ね上げ、レールガンを回避した。

 

「何だと!?」

 

 

 

 

SIDE:オークナイト・フィレン

 

「畜生ぉっ!!」

 

 武装腕を破壊されたフィレンは、制御を失ってスピンに陥った『争点(イシュー)』の中で叫びをあげる。

 追い詰めたと確信した矢先に受けた反撃は、一瞬にして彼の勝機を奪い去っていた。

 

 次の瞬間には機体を撃ち抜かれるという予測に背筋を凍り付かせながらも、彼の技量では激しい回転を止められない。

 全てを失う恐怖に身を震わせながら、何故こうなったという憤りが脳を沸騰させる。

 

 追い詰めていたはずだった。

 損傷覚悟でプラズマスロアーを突っ切って来るとは思わなかった。

 止めの為に温存せず、さっさともうひとつの武装を使用すればよかった。

 

 判断ミスへの後悔と怒り、そして、アイデンティティーを護る為に絶対に見下していなければならない男の度胸が自らを上回っていたと認識したフィレンの心は、砕けんばかりに軋む。

 敗北だ。

 認めがたい、認めたくないが、負けだ。 

 

「選手交代だね」

 

 牙を噛み締めながらも諦観に浸りかけたフィレンに、舌足らずな高い声が囁きかける。

 

「なっ!?」

 

 聞こえるはずのない声に驚愕するフィレンの膝に、シートの影から小さな人影がするりと降りてきた。

 

「飛ぶ前にきちんと重量確認はしないとダメだよ、余計なものが乗ってるかもしれない」

 

 膝の上からノッコはにこりと笑いかける。 

 

「お、お前、なんで!?」

 

「隠れるのは得意って言ったでしょう」

 

 見上げる姿勢のノッコは両手を伸ばすと、フィレンの頬を愛しげに撫でた。

 

「大丈夫、私があなたに勝ち星をあげる」

 

 頬を撫でる小さな手のひらが太い首筋まで滑り降り、フィレンは母の意図を悟った。

 

「ま、待てっ! オレはっ!」

 

「後は任せて。交代、ね?」

 

 言い聞かせるように囁き、手のひらが頸動脈を圧迫する。  

 暗殺者のようなノッコの手管の前に、フィレンの意識はすとんと落ちた。

 ノッコはフィレンの膝の上でくるりと姿勢を入れ替えると、失神した息子の体をシート代わりに操縦桿を握る。

 深刻なダメージ情報と目まぐるしく動く星空が表示される半球型モニターを見上げると、出鱈目な推力パラメータを読み取った。

 

「よっと」

 

 オークナイトの身長に合わせて調整されたペダルをフィレンの足を踏みつける形で踏みこみ、操縦桿をわずかに動かしてカウンターを当てる。

 スピンで与えられるベクトルは完全に調整され、『争点(イシュー)』は瞬時に制動を取り戻した。

 次いで操縦桿を小刻みに動かし、軽く機体に尻を振らせて『夜明け(ドーン)』の砲撃を回避する。

 

「『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』……」

 

 モニターに映る少し煤けた朱の機体を見つめ、ノッコは小さくその名を呼んだ。

 懐かしき機体は未だ健在、しかし、そこには彼女を打ち倒した強き戦士はもう居ない。

 

「今の乗り手の腕、試させてもらうよ」

 

 六連装パルスレーザー機銃を射かける。

 コンデンサーのエネルギーを一度の斉射で使い切らないよう調整しながら細かくトリガーを絞ると、赤いパルスレーザーの火線が切れ切れに伸びた。

 急に挙動が変わった『争点(イシュー)』の射撃を避けきれず、『夜明け(ドーン)』の機体で着弾の火花が上がる。

 そのまま撃ち込まれ続けるほど今の『夜明け(ドーン)』の乗り手も甘くない、激しいロールで被弾個所をずらすダメージコントロールを行いながら射線から離脱した。

 

「いい動き」

 

 小さく呟いて評するノッコは、モニターの端で点灯する通話申請ポップアップに気づいた。

 広域通信ではない、直接回線だ。

 

「内緒話、したいの?」

 

 通信を許可すると、小さなウィンドウに鋭い目つきのオークの青年が映し出される。 

 

「やっぱりあんたか、フービット。

 急に動きが良くなったから、何事かと思ったぜ」

 

「うん、選手交代。

 ここからは私がやる」

 

「こいつは決闘だ、それを代わるって意味、判ってんのか?」

 

「あなたを撃墜すれば、問題ない」

 

 ノッコの言葉に、オークの青年はどこか羨まし気に苦笑した。

 

「母の愛って奴かい、それでフィレンが喜ぶかどうかは知らないぜ」

 

 モニターの中の青年は頬を引き締め、殺気を帯びる。

 

「いいとも、続行だ。

 敵に回るなら誰であろうが叩き潰すまでさ」 

 

「ありがとう。

 ……『残り火』のノッコ、『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』でお相手する」

 

 ノッコは久しぶりの名乗りをあげると、因縁の機体へ機銃を放った。




日間総合ランキング1位を獲得いたしました。

見果てぬ夢のひとつが適ったような思いです。
いい夢を、見させてもらったぜ……。

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