赤い光のマシンガン、パルスレーザー機銃の光弾が『
「ちぃっ!」
いわゆる「指切りバースト」で緩急をつけた射撃の精度は先程までとは段違いだ。
回避しきれず『
乗り手を交代した『
「いい腕だ、息子を鍛えてやれば良かったのにな!」
思わず呟くが、次代の戦士を教育するのは父親の役目と相場が決まっているオーク社会では難しい話だ。
そもそも、フービットが教師に向いているのかどうか、俺は知らない。
いきなり乱入してきたノッコについて、俺自身に思う所はない。
強者と戦うのは望む所であるし、挑まれれば応じるまでの事。
チームを率いた軍事行動となれば必要次第で欺瞞も退却も行うが、一人の戦士としての戦いならそんな無粋は無用。
正面切って叩き潰してこそオーク戦士の本懐だ。
無法そのものとも言える彼女の行いも、
まあ、自分から吹っ掛けてきた喧嘩で母親に代打させてしまったフィレンの今後を考えると、どう転がってもお気の毒と言うしかないのだが、それはもうあちらさんの家庭の御事情という奴だ。
この決闘は女王を含め氏族中に見られてるはずだが、俺が心配してやる事でもない。
「あんまり余計な気を回してる余裕もないしなっ!」
機体に連続でロールを切らせて襲い来る弾幕に対抗する。
不規則な指切りで浴びせられるパルスレーザーの継続間隔は、すべて相手の気分次第で読めない。
完全に躱しきる事はできないので、機体を回転させて被弾個所を分散させるダメージコントロールを行うのだ。
命中率と弾幕持続時間を重視したバーストファイアの為、瞬時に撃墜される程ではないが『
「腕を一本失った機体で、よく追尾してくるもんだ!」
満遍なくダメージを受けている『
機体性能に影響を与える度合いで言えば、あちらの方が大きい。
推進機がひとつ失われ機体バランスは大幅に狂っているはずなのに、そんな機体を即座に乗りこなすノッコのセンスは驚嘆せざるを得ない。
フービットという種族全てがそうなのか、彼女が同族の中でも凄腕なのかは判らないが、相手をする方としては堪らなく面白い。
斜め後ろという絶好のポジションへ巧みに移行する『
獰猛な笑みを浮かべているのが自分でも判る。
強敵との対峙は、オーク戦士の心を激しく燃え上がらせるのだ。
「このまま撃たれてばっかりじゃあ芸がない!
こっちもお返しさせて貰う!」
スロットルを絞ってメインスラスターをカット、ペダルを複雑に踏みつけ、操縦桿を捻る。
両腕の武装腕は固定して直進の推進力を維持しつつ、機体の胴体部分だけ逆上がりのようにぐるりと反転。
機首を『
「おりゃあぁっ!!」
尻から頭へ血が逆流するような、気持ちの悪い逆転のGに耐えつつプラズマキャノンを発射。
磁場でプラズマを閉じ込めた白い光弾を『
「もう一丁!」
すかさず、パラメータ調整を入力した二発目のキャノンを発射。
磁場で圧縮しない、生のプラズマを垂れ流す。
擬似プラズマスロアーだ。
射程は激減、威力は本家のプラズマスロアーよりも安定せず、砲身にはめちゃくちゃな負荷が掛かるという碌でもない手だが、一瞬だけプラズマスロアーのような幅広いプラズマ炎をぶちまける事ができるのだ。
これには流石のフービットも大きな動作で回避せざるを得ない。
絶好の射撃ポジションを捨てて
「やるな! そのままポジを維持してりゃあ、機銃で穴だらけにしてやったものを!」
危険とみれば即座にチャンスを捨てる事のできるノッコに、思わず賞賛の声を漏らしながら機首を正常に戻して旋回した。
真っ直ぐに掛かる通常通りの加速度にひと息つく暇もなく警告音がコクピットに響く。
モニターに表示していたダメージマップに視線を向ければ、ついに危険域に達し赤いマーカーに彩られた箇所が発生していた。
「やっぱり右腕か!」
鹵獲レールガンの形状に合わせた装甲を用意する暇がなかった右舷武装腕は、被弾すれば直接フレームにダメージが蓄積してしまう。
それにしても、他よりも被弾率が高い。
「まさか、狙って腕に当ててるのか?
これだけロールしまくってるってのに」
今の『
だからといって、高速機動戦の最中に射線を一部位に集中できるのは、異常なまでの技量だ。
技の冴えは明らかにあちらが上回っている。
「なんて腕してやがる」
ノッコの凄まじい技量に、思わず感嘆の呻きが漏れる。
戦場において、敵手の能力を認めるのは恥ずべき事ではない。
見下して負けるよりも、余程にマシと言うものだ。
「だけど、戦闘は腕前だけで決着がつくもんじゃねえ!」
俺は機首を翻し、『
先の俺とフィレンの対戦の彼我を入れ替えた状況が今だ。
もしかすると俺とノッコの技量差は俺とフィレンの差よりも大きいかもしれない。
ならばどうするか、腕前が上の敵と戦ったら、ただ大人しく負けるしかないのか。
そんな訳はない。
技量、経験、それらが勝利に貢献する大きな要素である事は確かだ。
だが、そこを埋めるものもある。
気合い、度胸、勢い、運、そんな形にできない諸々、ロジカルに語るならば下らない精神論と一蹴されかねない要素。
曖昧で、ともすればいい加減な要素の数々は、それでも確実に勝敗に関わってくる。
心で負けていては、勝つものも勝てない。
技量が足りないのなら、それ以外の要素で勝利を引き寄せるのだ。
「相手に呑まれた戦士が! 戦いに勝てるものかよ!」
鼓舞するように叫び、『
SIDE:「残り火」のノッコ
まっしぐらに迫る『
「愚直」
言葉の意味とは裏腹に、その声音には好感が込められている。
オーク戦士はこうでなくてはいけない。
機体の不備も技量の差も、何ほどのものぞ。
四の五の言わずに叩き伏せるのだ。
「ビルカンみたい」
かつて自らを打倒したオークナイト・ビルカンが乗っていた頃を彷彿させる『
あの機体を駆る若き戦士は
下層の
過酷な戦いの最中で若き戦士は、強く、鋭く、磨き上げられつつある。
もっと経験を積めば、いずれはビルカンのように自分を組み敷ける戦士となるに違いない。
だが、戦士の種族として好感を覚える相手であっても、最優先目標の為には倒さなくてはならない敵手だ。
「いい戦士だけど、フィレンの邪魔になるから」
ノッコの最も大事な存在、フィレンのために消えてもらわないといけない。
彼女自身、ここで決闘に手を出すのは悪手であると認識している。
もっと早い段階、出撃直後にフィレンを気絶させて機体を乗っ取るか、そもそも決闘前に闇討ちして敵戦士を始末するべきであった。
そうすれば、話は早かったのに。
「手が遅いお母さんでごめんね、フィレン」
呟く母の声音は優しい。
フィレンの教育について、ノッコは一切タッチできていない。
子供の教育は父たるオーク戦士が行うものだから手を出すなと、当時のノッコにとっての最優先対象であったビルカンに「命じられ」ていた。
故に、ノッコはフィレンの成長にほとんど関われなかったのだ。
やがてビルカンは戦死し、ノッコの「一番大事なもの」はフィレンにスライドした。
そのフィレンから命じられたのだ「手伝え」と。
だから、全力で「手伝って」いる。
フィレンに勝利を与えるため、邪魔なものを始末するのだ。
オークが「氏族の中での戦士」というアイデンティティーに拘るように、フービットは「目的達成」に拘る。
その過程がどうあろうとも、最終的に生きて目的を達せればそれでよろしい。
死んで花実が咲くものか。
フービットにとって「名誉ある敗北」よりも「卑怯な勝利」の方がよほど価値があるのだ。
それに対して息子がどう思うかという視点は、目的達成には必要のない事なのでノッコの頭に浮かんでいない。
ノッコはようやく手伝う事を許された息子のため、喜びに満ち溢れながらトリガーを絞る。
敵機の右武装腕に、六連パルスレーザーの火線を集中させた。
整備不良なのかフレームが剥き出しの右腕で着弾の火花が踊り、ついに小さな爆発が起きる。
右腕のスラスターの噴射が咳き込み、『
推力バランスが崩れた機体で尚も直進しようとする『
「獲った」
上部武装腕に搭載した、二つ目の武装を放った。
ワイヤー付きの大型弾頭が射出される。
放たれた弾頭に対して『
「
だが、妙な武器というのならばこちらの方が上だ。
ノッコは上部武装腕を強く一振りする。
弾頭と接続されたままのワイヤーはくるりと旋回すると、投げ縄のように『
ジェネレーター直結の高圧電流が『
電流で敵を無力化する近接捕獲用武装、
余りにも趣味的な武装であるため、この武装チョイスを確認したノッコは内心呆れたものの、それはそれで使いこなすのが戦闘種族というものだ。
『
モニターの中で因縁の機体が焼け焦げていく姿に、ノッコは眉を寄せた。
寂寥の想いが胸に湧いたのは、すでに勝利を確信したからであろう。
敵機に電流を叩き込みながら、直接通信のスイッチを入れる。
「がああああぁっ!」
途端に、オーク戦士の苦悶の叫びがコクピットに響いた。
火花が爆ぜ飛ぶ通信モニターの中で、若きオーク戦士は全身から黒煙を立ち昇らせながらも操縦桿を手放していない。
「『
「い、や、だねっ!」
オーク戦士は牙を軋ませながら吐き捨て、トリガーを引いた。
被弾と高圧電流で爆ぜ飛ぶ寸前の右腕からレールガンが放たれるも、ろくに狙いが定まっていない状態では当たるはずもない。
しかも発砲と同時に電磁チャンバーが限界を迎え、機体本体との接続部位で爆発が起きる。
悪あがきだとノッコが冷静に判断した時、オーク戦士は予想もしない行動に出た。
「よぉっしゃああぁっ!!」
左の作業指でレールガンの砲身を握り、力任せに右腕を引きちぎる。
「なっ!?」
「乾坤一擲ぃ!
絡みついたストリングごと、腕を投擲。
内蔵された推進機は断末魔の如く最後の推進剤に点火、ねずみ花火のような噴射炎を吐き出した右腕はくるくる回りながら加速する。
「嘘っ!?」
咄嗟に機首を返す『
分銅と化した『
自ら放った電流が『
「ひあぁっ!?」
コクピットを焼く電流に仰け反り、悲鳴を上げるノッコ。
単純なタフさではフービットはオークよりも劣る。
硬直した腕で必死に操作盤を操り電流をカットした瞬間、巻き上げきったリールの如く『
「うぁ……?」
つかの間の失神から回復したノッコは、頭ごしに太い腕がコンソールパネルに触れているのを見た。
火花をあげるパネルのキーをゆっくりと押していく。
「なに、してるの……?」
「降伏の信号弾を上げるんだ」
額から血を流したフィレンは静かな口調で返答する。
電撃と衝撃でコクピットの内装が爆ぜ、破片が彼を傷つけていた。
ノッコはパネルを操作する息子の太い腕を両手で掴んだ。
「駄目だよ、フィレンは勝たなきゃ」
「オレは負けてたんだ。お前が手を出す前から」
「勝たせるから! 私が勝たせてあげるから!」
「それで勝っても、それはお前の勝ちだ! オレの勝ちじゃない!
オレから敗北まで持っていくな!」
堪り兼ねたようにフィレンが叫んだ瞬間、『
コクピットの内壁をも突き破る爆発に、フィレンは咄嗟に小さな母を抱えて丸くなった。
残骸のような有様で漂う二機のブートバスター。
動きもままならぬ状態で何とか旋回しようと戦意を失わない朱の機体。
対するように蒼の機体は信号弾を発射する。
降伏の白、続いて救助を求める赤の信号が放たれた。