スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

22 / 71
女王の憂鬱

SIDE:マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 

「フィレンの容態はどうだい、ジャージン」

 

 玉座である寝椅子に体を預けたマルヤーは、脇に控えるオークナイトに尋ねた。

 

「収容後、メディカルポッドにて治療中です。

 峠は越えましたが裂傷と火傷が酷く、復帰には2ヶ月は必要かと」

 

「命は拾えたかい、上等上等」

 

 マルヤーは、目の前で沙汰を待つ人影に視線を投げた。

 

「良かったね、お母さん」

 

「はい」

 

 フービットの女戦士「残り火」のノッコは両手に手錠を掛けられた上で両の膝を床に付け、端正に正座していた。

 オークの儀礼は仁王立ちだが、フービットの儀礼は両膝を付くことである。

 膝を付けて座れば、フービット最大の武器である脚力を活かせない。

 我に害意なしという事を明確に表した姿勢であった。

 

 微笑みを浮かべてノッコを見下ろすマルヤーは、余裕のある表情とは裏腹に割と困っていた。

 周囲のオークナイト達はノッコに対して怒りを露わにしている。

 男と男の意地の見せ場、神聖な決闘に飛び入りした不埒者を罰せよという意見が多い。

 ノッコの飛び入りを許してしまったフィレンから戦士の位を取り上げ、ノッコは処罰する、これが一番楽でいい。

 

 だが、この場合は別のデリケートな問題につながる可能性がある。

 彼女はトロフィーストリートの用心棒として名を知られた、地元の顔役的人物という側面があるのだ。

 

 ビルカンの遺命を守ってフィレンに関われないでいた間、暇だった彼女はトロフィーの女達の身を護り、近隣地区にいるオークテック達との揉め事を物理的に解決していた。

 それらの行動は彼女にとって本当に暇つぶし以外の何物でもなかったのだが、トロフィーストリートの重鎮とでもいうべきポジションにまでノッコを押し上げていたのだ。

 

 トロフィーストリートの諸処の問題に関して、マルヤーも忸怩たる思いを抱いている。

 これは彼女が後回しにせざるを得なかった、数多いタスクのひとつであった。

 

 

 

 

 本来、オーク氏族にとってトロフィーとは文字通り「手にした最高の女」の事だ。

 次代へ血筋を引き継ぐ源泉であり、己の手で勝ち取った「個人資産」である。

 トロフィーの取得を認められるのは氏族に貢献した戦士以上の階級だけであるため、その付属物であるトロフィーにも相応の待遇が与えられていた。

 基本的にトロフィーストリートから出られないというのは現在と変わらないが、主たる戦士が死亡した後にも諸々のアフターケアがあったのだ。

 主な例を挙げると、死した戦士と親交のあった戦士の庇護下に入るパターン、オークが軽視する内政系の裏方仕事に従事するパターン、そして最低限の財貨を与えられ辺境の星にて解放されるパターンといった所である。

 

 穴は有れどそれなりに上手く回っていたシステムが破壊されたのは、クイーンの誕生による価値観の激変からであった。

 最上位の母体であるクイーンを得たトーン=テキン氏族は、熱狂した。

 端的に言うなれば、こんな感じである。

 

 女王、最高! 女王、最高!! 女王、最っっ高っっっ!!!

 

 その結果、他の母体の相対価値が著しく低下してしまう。

 スーパーアイドルに目が眩んだ結果、身近な幼馴染が色褪せて見えるかのように。

 

 他種族には女好きで知られたオークでありながら、トーン=テキン氏族に関してはトロフィーを捕獲する頻度自体が、かつてより大きく減ってしまったのだ。

 女王最高思想のトップ集団たるオークナイトの出身でありながらトロフィーを捕獲したビルカンは、むしろ古式ゆかしいオーク戦士であったと言える。

 

 こんな宗教じみたクイーン崇拝はマルヤー自身の望んだ事ではない。

 当時のトーン=テキン上層部がクイーン誕生で纏めて浮かれポンチと化したのが原因だ。

  

 氏族を率いる最強の戦士オークキングとその一党は、誕生したばかりのマルヤーに骨抜きにされ、軒並み「うちのお姫、超可愛いぃ!」と萌え狂ったのだ。

 彼らは、まあいい。

 戦死なり、寿命なり、理由は様々だが、残りの人生を推しに捧げて満足のままに逝けたのだから。

 

 自分を奉り上げた傍迷惑な先人達が退場し、ようやく氏族の舵取りができる立場になった段階で、マルヤーは頭を抱える事になる。

 シンプルなオーク文化を半ば破壊された上に女王信奉の価値観を無理やり据え付けられ、トーン=テキンは恐ろしく歪に成り果てていた。

 実権を握って以降、マルヤーは氏族の立て直しにひたすら邁進する羽目になる。

 

 それは一箇所直せば二箇所破綻が見つかる、粗悪な違法建築の修繕を行っているかのような、不毛極まりない仕事であった。

 

 マルヤーはカーツが信じるような知性の巨人ではない。

 オークとしては理性的ではあるが、精々凡人程度の頭脳の持ち主でしかない。

 しかし、彼女は氏族への愛と責任感においては、非凡な人物であった。

 

 氏族の存続と次代への少しでも健全な継承の為、ひたすら努力した。

 その一方でオーククイーンの責務として子も為し続けている。

 激務としか評しようの無い人生だ。

 愛情と責任感に支えられつつも、能力的にはけして超人ではないマルヤーの仕事にはどうしても手が回らない穴ができてしまう。

 トロフィーストリートの件も、そんな不備のひとつであった。

 

 

 

 現在のトロフィーストリートには不満が集まりすぎている。

 トロフィーストリートで名の知れたノッコを下手に処罰すれば、暴発の可能性があった。

 無論、治安維持という観点なら鎮圧するのは簡単だ。

 ノッコはオーク戦士にも比肩する非凡な戦士であるが、彼女に並ぶような物理的な強さを持つ者は今のトロフィーストリートに居ない。

 オーク戦士の治安維持部隊が雪崩れ込んで「わからせ」れば、すぐに抑え込めるだろう。

 だが、それは避けたい。

 マルヤーはトロフィーストリートをかつての、オーク戦士が誇る「宝物」に満ちていた頃の姿に戻したいのだ。

 ノッコはその為の鍵となりうる人材だ。

 安易に罰せない。  

 

「まったく、あれもこれもと手が足りなくて困るねえ」

 

「は?」

 

 思わず愚痴が漏れる女王を、脇侍のオークナイト・ジャージンは不思議そうに見上げた。

 こほんと咳ばらいをして誤魔化すと、マルヤーは姿勢を正してノッコを見据えた。

 

「勇猛の内に果てし我が子、オークナイト・ビルカンがトロフィー『残り火』のノッコ、君の行いへの裁きを言い渡そう」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。