スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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組織変更

「いらっしゃい、さ、入ってくれ」

 

 謁見の際に比べると、随分フランクな女王の声と共にドアが開く。

 

「失礼します」

 

 意を決して踏み込んだ女王の私室は、リビングと寝室の二間のみと、意外にシンプルな間取りであった。

 内装も簡潔でリビングの壁紙は他の船室と同じライトグレー、家具は作り付けっぽい応接セットと寝椅子しかない。

 元々軍艦であるロイヤル・ザ・トーン=テキンに豪華客船のような設備は望むべくもないにせよ、氏族の頂点とは思えないような質素さで、どこかミニマリストめいた気配を感じる。

 合成皮革のソファの一脚には、フービットのノッコがちょこんと座り、両手で持ったドリンクパックの吸口を咥えていた。

 

「ん」

 

 ちゅーちゅーと音を立ててドリンクを吸いながらノッコは、目線だけで会釈した。

 その青い瞳には怒りや恨みの色は浮いておらず、静謐のみがある。

 落ち着いたノッコの様子から察するに、フィレンはやはり大過なかったのだろう。

 わずかに安堵するものを感じながら、頷きを返した。

 

 まあ、正直、あまり彼女に注意を払っている余裕はない。

 

「カーツはノッコの隣に座ってくれ」

 

 寝椅子に横たわった女王が俺に着席を促す。

 謁見の際の張り付くような翡翠色のチャイナドレスとは違い、私室の女王はベージュのゆったりとしたマタニティワンピースを身に着けておられた。

 まったく飾り気のない気楽な格好は、逆に彼女のプライベートに触れているという実感に繋がり胸が高鳴る。

 

「し、失礼します……」

 

 俺は手入れの悪い戦闘ドロイド並みのギクシャクとした動作で、ノッコの隣に腰を下ろす。

 女王の繊手が俺の前にドリンクパックを置いた。

 

「こっちから呼びつけておいて、大したもてなしもできなくてすまないが」

 

「あ、いえ、恐縮です」

 

 眠たげな垂れ目をふにゃりと細めて女王は微笑んだ。

 

「そう固くならないでくれ。

 これは私的な席だ、もっと寛いでくれたまえ」

 

「は、はあ……」

 

 無理な事を仰られる女王御自身もプライベートゆえか、謁見の時とはかなり雰囲気が違う。

 男の芯に直撃するような妖艶さは薄れ、その代わりにするりと染み入るような親しみやすさを感じる。

 例えるならば、ご近所の年上のお姉さん。

 部活(略奪)に出かける俺たちを笑顔で見送り、たまに作りすぎた肉じゃがをお裾分けしてくれる、憧れのお姉さん……。

 

「カーツ?」

 

 21世紀人の知識が暴走し存在しない記憶が脳内で再生されはじめた俺であったが、女王の訝しげな御声で正気に戻った。

 

「はっ!? た、大変失礼いたしました!」

 

「いや、いいよ。

 ボクを前にすると我を忘れちゃう子も結構いるからね」

 

 陛下はどこか達観したような風情で苦笑した。

 

「君は元々トーン=テキン外の産まれで、ボクの影響は少ないはずだ。

 気を確かに持ってくれると嬉しい」

 

「は……」

 

「うん、それじゃあ、少し内緒話をするとしよう。

 彼女も居るから想像もついてるとは思うが、君とフィレンの決闘沙汰の後始末についてだ」

 

 我関せずとばかりにドリンクパックをちゅーちゅーやっていたノッコが、吸い尽くしたパックを机に置いて顔を上げた。

 

「フィレンは戦士の位から兵卒に降格、オークナイトの名乗りも禁止になる」

 

「降格、ですか」

 

「最下級の兵卒だけど戦闘階級だからね、手柄を立てるチャンスはある。

 頑張り次第で返り咲く事もできるさ。

 まあ、全部メディカルポッドから彼が出てからの話になるけどね」

 

「ふーむ……」

 

 ちらりとノッコを窺うが、あらかじめ話をされているのか動揺した様子はない。

 

「ノッコが乱入したせいで、かなりややこしい話になったよ、まったく。

 代理の申請もしていないのに決闘に飛び入りなんかして、フィレンは降格どころか追放や処刑も有りえた所なんだよ?」

 

 女王はじろりとノッコを睨むが、フービットはけろりとした顔で肩を竦めた。

 

「でも、恩赦をくださった。

 感謝しています、女王様」

 

「そう思うんなら、君もちゃんと働いてもらうからね」

 

「彼女に何か仕事を割り振るんですか?」

 

 トロフィーストリートの住人は現在のトーン=テキンでは半ば異分子のような存在だ。

 俺の知る限りでは、配給で生かされてはいるが仕事も無いような、中途半端な扱いだったと記憶している。

 女王はここで少し困ったように眉を寄せると、わずかに口ごもった。

 

「んー、これは君の勝者としての栄誉であり、またボクからのお願いにも繋がるんだけど……。

 ノッコを君のトロフィーとして貰い受けて欲しい」

 

「は?」

 

 想い人から、別の女を当てがわれる状況に、俺の脳はフリーズした。

 

 

 

 

 

 

「ノッコを無罪放免はできないが、罰を与えるとトロフィーストリートに悪影響が出てしまうからと……」

 

「うん、そんな感じ」

 

 ひとしきりの説明を終えた女王は、ドリンクパックに口を付けた。

 艶やかな唇が吸い口に触れる様に思わず目が吸い寄せられる。

 喉を潤した女王は、どこか疲れた調子で続けた。

 

「ノッコは厳密にはフィレンの父ビルカンのトロフィーなんだけど、彼はもう居ないからね。

 暫定的にフィレンのトロフィーって事にして、彼の敗北で君に権利が移った形にする」

 

 氏族的には俺のトロフィーとなる事がノッコへ罰を下したという落し所であり、元よりトロフィーの身の上なので過剰に処罰されたとトロフィーストリートの人々を刺激する事もない。

 俺の心情以外は、当たり障りのない裁定であった。

 ちなみにフィレンの心情は斟酌されない、負けた以上はそんな権利もないのだ。

 

「……俺はトロフィーは欲しくないんですけど」

 

 欲しいトロフィーは貴女だけだとは、まだ言えない。

 俺の返答に女王は困ったように眉を寄せる。

 

「知っての通り、彼女は強いよ?

 良い子が産まれると思うんだけど」

 

 俺はわずかに息を呑んで肚をくくると、心の丈を乗せた言葉を発した。

 

「俺が子を産ませる相手は貴女が良いです」

 

「うーん……ここが空いてればそれで良かったんだけどねえ」

 

 膨らんだ下腹をさすりながら言う女王陛下。

 そういう事ではない、そういう事を言ってるのではないのだが、オークという種族的には俺のセンスの方がずれているとは自覚している。

 覚悟を決めた告白はオーク的に回りくど過ぎたようで、陛下に全然響いていなかった。

 ぷしゅーと気力が抜けていくのを感じながら、となりのノッコに尋ねる。

 

「あんたの方はどうなんだ、ノッコ。

 それでいいのか?」

 

 ノッコは物欲しげに吸っていた空のドリンクパックをテーブルに放り出すと、ごく平静な表情で俺を見上げた。

 

「私があなたの下に行く事でフィレンが降格で済んだんだから、別に構わない」

 

「こっちはこっちで息子第一かい……」

 

「まあ、あなたはビルカンにはまだまだ及ばないにしても、『夜明け(ドーン)』を受け継ぐだけの事はある良い戦士。

 フィレンが独り立ちしたら、あなたを一番にしてもいいよ」

 

「結局そういう価値観なのね、フービットも……」

 

 ロマンチックが通じない。

 ローマなんて国は何万年も昔に滅びさって久しいから、最早時代遅れなのか。

 

「氏族の未来を受け継ぐ強い子を作って欲しいのは本当だけど、まあ急ぐことでもないさ。

 ノッコの身柄をカーツに預けるのはペナルティってだけじゃない、本命は別にある。

 君は彼女を戦力として使って欲しいんだ」

 

「戦力に? 確かにノッコの腕前は大したものだと思いますが、トロフィーを戦力に使っていいんですか?」

 

「そこだよ!」

 

 女王は意気込んで大きく頷いた。

 豊かすぎる爆乳も、たぷんとひとつ跳ねる。

 

「ノッコが戦力としてお手伝いができるって示せば、トロフィーを顧みないオーク達の意識改革ができると思うんだ。

 他の仕事を任せる者も出てくるかもしれない」

 

「……トロフィーに武器を渡すのを危険視する方が多そうですけど」

 

 トロフィーは攫われてきた者達だ、基本的にオークに対して敵意や恨みを抱いている者ばかりである。

 俺の指摘に女王はわずかに目を逸らした。

 

「ま、まあ、彼女は特殊な例ではある……言ってみれば、フィレンの身柄がノッコへの人質になっているようなものだしね。

 それでも、トロフィー達に何か仕事を任せるって意識を氏族の皆に持たせる第一歩になると思う」

 

 ひとつ咳払いして仕切り直し、女王は続けた。

 

「現状、トロフィーの制度はガタガタで、彼女たちは日陰の状態にされてきた。

 氏族内の意識改革が必要なんだ、ボクとピーカだけを大事にする状態じゃ先が続かない」

 

 熱弁を振るう内にずり落ちかけた黒いフレームの視覚強化デバイス(眼鏡)を掛け直す。 

 

「トロフィー達の状況、氏族からのトロフィーへの態度、それぞれを改善していきたいんだ、ボクは。

 先々を考えるなら、クイーンが居ない世代に備えないといけない」

 

「俺がノッコを使う事で、オーク側にはトロフィーを有効活用しようという気にさせ、トロフィー側にはこういう働く道もあると示すわけですね……」

 

 面倒くさい身の上のノッコを引き取らされるだけかと思いきや、氏族の未来の形に関わる重要な役割のようだ

 こうして直々に招かれてお言葉を賜わるほどに陛下に期待されていると思えば、意気込みも増す。

 

「了解しました、ノッコを預からせていただきます」

 

 俺の返答に陛下は美貌をふにゃりと緩ませて微笑まれた。

 童顔気味の女王がそんな表情を浮かべると、少女めいて愛らしい。

 思わず凝視してしまう俺に、女王は微笑みながら続けた。

 

「フィレンは君に『夜明け(ドーン)』の譲渡を迫ってたから、その代価がノッコの身柄という事になる。

 本当なら『争点(イシュー)』の権利が君に譲渡されるんだけど、あの機体、ちょっと直せそうにないって話でパーツ取りになっちゃうんだ」

 

「あぁー……」

 

夜明け(ドーン)』の腕がぶっ刺さり、素人目にもえらい事になっていた『争点(イシュー)』の姿を思い出す。

 そもそも部品の定期的な入荷などできないオーク氏族のマシンは共食い整備が前提だ。

 今回の『争点(イシュー)』ほどぶっ壊れてしまえば、予備パーツ送りになっても仕方がない。

 

「『争点(イシュー)』の部品で『夜明け(ドーン)』は完全に修理できるって話だから、そこは安心して欲しい。

 ただ、ノッコをトロフィーとする件はボクからのゴリ押しでもある。

 だから、他に褒賞をあげよう。

 君が鹵獲してきた輸送船、あれをトーン09として君の分隊に配備する」

 

「お待ちください、自分の舎弟だけでは二隻目の船までは手が回りません」

 

「わかってるさ、そこは人員を出すから安心してくれ」

 

 俺は腕組みをすると、鹵獲した輸送船をトーン09として運用する方向性について頭を巡らせた。

 あの船は護衛の戦闘機を発進させていた。

 つまり、貨物区画以外に戦闘機の格納庫をあらかじめ内蔵しているという訳だ。

 護衛機の数が少なかったので、格納庫に搭載できる戦闘機は一機か二機といった所だろうが、密閉式のきちんとした格納庫がある船である以上、整備も可能だ。

 

 俺の手持ちの船トーン08は四機の戦闘機を運搬、展開する能力があるが、実の所「運搬」でしかなくて「運用」とは言い難い。

 本来は貨物コンテナを吊り下げるはずのコネクターを無理やりドッキングポートとして使用しているため、機体が宇宙に野晒しになったまま運搬しているのだ。

 流石にこの運搬方法では移動中の整備などできないので、戦闘機が損傷すれば氏族船に戻って修理する必要があった。

 トーン08を前衛役として戦闘機を高速展開させ、トーン09は後衛で移動修理基地としての役割を受け持たせる、こういう運用ならいちいち氏族船まで修理に戻ってこなくても長期の略奪行が実行できるだろう。

 悪くない。

 

「承知しました、トーン09を受領いたします」

 

「うん、後で船長に任命した者を君の所に挨拶に行かせるよ」

 

 話が纏まり、女王は気の抜けた笑顔と共にドリンクパックを吸う。

 白い喉が動く様から目を離せなかった。

 

 

 

 

 女王陛下の私室を辞し、鋭い目つきのオークナイトに見送られながら一般区画へと戻っていく。

 並んで歩くノッコは、俺を見上げると小さく首を傾げた。

 

「それで、あなたの事は何と呼べばいい? マスター? ご主人様?」

 

「いや、それは勘弁してくれ。

 名前でいいよ」

 

「それだと周りに示しが付かないよ、旦那様」

 

「……様もいらないな、なんだかこそばゆい」

 

「判ったよ、旦那」  

 

 ノッコはちょこちょこと動いて俺の前に回り込むと、愛らしく整った顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「私を組み伏せれるなら、本当にあなたのトロフィーになってあげてもいいよ。

 フィレンの弟を作る?」

 

「からかうな、俺は子を作るなら陛下がいいんだ」

 

 ノッコは喉の奥で笑うと、俺の腕を取った。

 身長差から腕を組むというより腕に抱き着くような姿勢になり、囁く。

 

「本当にトロフィーにしたいのは、女王様なんでしょ?」

 

「お前……!」

 

「バレバレだよ、あんな目で見てれば」

 

「陛下もお気づきに……?」

 

「気付いてないんじゃないかなあ、オークに獣みたいなギラギラした目で見られるのは女王様からすればいつもの事だろうし」

 

 俺は身をかがめると、秘めた大望を見抜いたノッコに視線を合わせ、睨みつけた。

 

「誰にも言うんじゃないぞ」

 

「言わないよ、でも、手を貸してあげる。 あなたが手柄を立てて特大のトロフィーを手に入れるために。

 代わりに、私にも協力して?」

 

「お前に協力? フィレン絡みか?」

 

「うん、兵卒になったフィレンをあなたの舎弟に引き入れて欲しい。

 そうすれば、傍で鍛えてあげられるから」

 

「あいつを舎弟にか……」

 

 血筋などを考慮せずに能力だけで言うならば、フィレンはオーク戦士としては物足りないが、並の兵卒は軽く上回っている。

 船が増える以上、人員の増加も認められるだろうから、そこで新しい兵卒として舎弟に迎えるのは悪くない。

 問題は元オークナイト様がその扱いに堪えられるかだが。

 

「甘やかして、また操縦をかっぱらったりしないよな?」

 

「しないよ、厳しく躾ける、フービット流で」

 

「ほう」

 

 フービット流の教育プランには興味を惹かれるものがある。

 そもそも、俺は系統だった教育を受けた事がないのだ。

 俺の持つ知識は培養豚(マスブロ)として焼き付けられたものか、自己流で詰め込んだものばかり。

 

「フービット流の教育、面白そうだな。

 俺も受けたいが、いいか?」

 

 ノッコの青い瞳がぎらりと光った。

 

「いいよ、びしばし鍛えたげる。

 ……自分で育てた男に組み伏せられるのも、悪くないし」

 

「俺はグラマラスな女性にしか惹かれないので……」

 

 ノッコはニコニコと笑ったまま、小さな拳を俺の脇腹に撃ち込んだ。

 

 

 

 

 数日後、ダークグリーンの氏族カラーに塗り直された鹵獲輸送船改め、トーン09のブリッジで俺はぽかんと口を開けていた。

 

「トーン09の船長を拝命しました! ピーカ・タニス・トーン=テキンです!」

 

 そっくり返らんばかりに体格不釣り合いな胸を張り、ご満悦で名乗りを上げる姫様をしばし見つめた後、俺は通信機に飛びつき女王へのコールを連打した。  

 




ここまでで、ファーストシーズンの終了となります。
設定や用語の多い話なので、自分の覚書も含めて簡単な用語集をまとめてから次のシーズンを開始いたします。
今後ともスペースオークをよろしくお願いいたします。


UAとお気に入りが凄い数になってて、宇宙猫な顔によくなっています。
ありがてえ。

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