スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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続きよー


運営費を削る事への教訓

SIDE:基地司令 コスヤン=トロコフ

 

 マイネティンという星系がある。

 白く眩い光を発するB型恒星が主星を勤め、2つの巨大ガス惑星(ガスジャイアント)と3つの巨大氷惑星(アイスジャイアント)に無数の小惑星(アステロイド)を従えていた。

 地球系人類(アーシアン)の母なる星に比べるといささか大きく派手な主星の光は強烈で、生命発生に適したハビタブルゾーンは狭く、その中に手持ちの惑星は含まれていない。

 居住に向いた惑星がなく周囲の星間国家とも距離がありすぎる為、移民は見送られた星系であった。

 

 だが、無意味な星系と言う訳では無い。

 人の営みの地には相応しくなくとも、大量の小惑星は様々な資源を内包した宝の山だ。

 複数の星間国家を股に掛ける大企業ハイヤムインダストリーは、この辺鄙な星系を鉱山として目を付けた。

 

 そもそもこの星系の名は鉱山を意味するMineに長ったらしい識別番号の最後の三文字「E10」をくっつけて捩ったものが語源である。

 50年前にハイヤムインダストリーの子会社ハイヤムマイナーズが小さな採掘基地を建設してから、マイネティンは鉱山星系として少しずつ発展してきたのだ。

 マイネティンを巡る小惑星帯の中にちんまりと建てられた採掘基地のコロニーは、 今や巨大工場にまで膨れ上がり、星系内に多くの採掘用作業宇宙機(ディグダッグ)を送り出す拠点となっている。

 採掘される各種の重金属はハイヤムマイナーズ全体の業績の内、2割にも達する程の利益を上げるに至った。

 その売り上げのほんの少しをちょろまかすだけで、採掘基地の司令はポケットを十分に潤す事ができたのだ。 

 

 それなのに。

 

「3番プラントとの通信断絶! 状況確認できません!」

 

「居住区画に被弾! 隔壁下りません、エア流出中!」

 

「格納庫で火災発生! 採掘宇宙機(ディグダッグ)、出せません!」

 

 管制室のメインモニターには、突如として飛来した戦闘機部隊による被害状況が羅列されていた。

 矢継ぎ早の凶報が管制室に響き、司令席に座る痩せぎすの中年男コスヤン=トロコフを急かす。

 なんとかしなければ、基地司令として何か命令を出さなければ。

 

 できるはずがない。

 

 トロコフに荒事の経験などない。

 彼は軍人でもなければ、喧嘩慣れした鉱夫でもない、まして宇宙就業者(スペースマン)ですらない。

 天下りでハイヤムインダストリー上層部から基地司令の座に納まり、採掘される潤沢な富の一端を貪る寄生虫。

 それがコスヤン=トロコフという男である。

 

 社内政治でライバルを蹴落とす事は得意でも、単純な暴力の前には為す術もない。

 トロコフにできる事は、本業に押し付ける事だけだ。

 

「せ、セーフンドカンパニーを出撃させろ!

 こういう時の為に雇ってるんだろう!」

 

「もう出撃してます!」

 

 用心棒に雇った傭兵部隊はすでに展開していた。

 それにも拘わらず、採掘基地の被害が広がっていく事にトロコフは苛立ちを隠せない。 

 

「何をやってるんだ、あいつらは!

 高い金払ってるのに!」

 

 高い金というのはあくまでトロコフの視点からである。

 傭兵部隊セーフンドカンパニーが受け取る賃金は、相場よりもかなり値切られていた。

 

 ド田舎の星系マイネティンは採掘基地建設以来、海賊の襲撃を受けた事がない。

 それは、歴代の基地司令官が海賊の裏をかくように輸送ルートを慎重に指示していた事と、十分な防衛部隊の配備によるものだ。

 だが、社内政治力を利用して司令官に着任したトロコフはそれら不可視の成果を上げていた労力を、無駄と切り捨ててしまった。

 上手く回っているのだから余計な出費は勿体ない、その分も自分の財貨に入れてしまえばいい。

 トロコフはライバルを蹴落とす事はできても、組織を運用する事はできない男であった。

 

 採掘した重金属を載せた輸送船は効率重視のあからさまに目立つ航路を指示され、雇われていた傭兵部隊の多くは解雇された。

 少々懐事情の寂しい傭兵部隊であったセーフンドカンパニーは、足元を見られる形で安上がりに雇われ、案山子の役割を押し付けられている。

 海賊が襲って来るのも当然という杜撰な防衛状態であった。

 

 管制室に詰めるオペレーター達が司令に注ぐ視線は冷たいが、中年に至って初めて生命の危機を味わっているトロコフには気にする余裕などない。

 

「えぇい、なぜ私が司令の時に海賊など……」

 

護衛艦(フリゲート)ターライ、大破! 戦闘不能です!」

 

 苛立たし気なトロコフの呟きをかき消すように、セーフンドカンパニー唯一の戦闘艦が無力化された報告が響いた。

 

 

 

 

SIDE:傭兵隊長 シグルド=セーフンド

 

「畜生っ! 何てことしやがるっ!」

 

 自分の家であり商売道具でもある旧式護衛艦(フリゲート)ターライの船腹を対艦レーザーでぶち抜かれ、セーフンドは思わず罵声を上げた。

 

「ターライを下げろ! 対空砲火はそのまま! クソ野郎どもは俺が墜とす!」

 

 通信に怒鳴りつけながら、セーフンドは乗機を急角度で旋回させた。

 敵機はダークグリーンのカラーリングを施された、三機のバレルショッター。

 互いの機体の位置を上手く入れ替えてターライを翻弄しながら、チャージの終了した大口径対艦レーザーを放っている。

 

 30メートル級の戦闘機にはオーバーサイズ過ぎる大型レーザー砲は戦艦クラスの装甲をも貫く、強力な武器だ。

 戦闘艦とはいえ足回りの良さを重視した護衛艦(フリゲート)では、あれに何発も耐えられない。

 セーフンドの指示に従って、ターライは基地へと後退を開始する。

 傷ついた獲物を追い立てるが如く、三機のバレルショッターはターライに纏わりついていた。

 

「させるかよ、手前ら!」

 

 セーフンドは怒声と共に愛機を切り込ませた。

 重武装を施したバレルショッターに対してセーフンドの機体は通常型戦闘機(ローダー)のティグレイ。

 ノーストリリカル・スターワークス社が開発した汎用通常型戦闘機(ローダー)だ。

 安価ながら、どのような用途でも「使えなくはない」程度には使える汎用性を持つ安物マルチロール機である。 

 セーフンドカンパニーをはじめ、安くて使い勝手の良いこの機種を愛用する傭兵は多い。

 どこを切っても中の下から中の中くらいの性能しかないティグレイだが、大きな砲を背負って運動性の低いバレルショッター相手の格闘戦なら、こちらが有利だ。

 

「うちの船を傷つけやがって! 慰謝料払えるんだろうなあ!」

 

 平べったい機体が激しく噴射炎を吐きながら旋回、バレルショッターの後ろに付ける。

 三角形の編隊を組んでいた敵バレルショッター隊は一機の背後を取られたと見るや、素早く対応した。

 他の二機が鋭く旋回し、クロスファイアのパルスレーザー機銃を浴びせてきたのだ。

 

「やるな! だが甘い!」

 

 セーフンドのティグレイは機体をロールさせて十字砲火を躱しながら、ターゲットをロックした。

 

「墜ちやが……っ!?」

 

 トリガーを引こうとした瞬間にティグレイの右舷でパルスレーザーの光が爆ぜる。

 新手だ。

 

「くそぉっ!」

 

 瞬時に攻撃を諦め機首を跳ね上げてコース変更を行ったセーフンドの対応速度は、十分腕利きと言って良いレベルだ。

 大きくコース変更したセーフンド機を掠めるように銀の影がフライパスしていく。

 右舷の損傷が致命的で無い事を確認したセーフンドは、不意を打った新たな敵をモニターに拡大した。

 敵機もまたティグレイ型であった。

 

 安物とはいえメーカー純正品のセーフンド機とは違い、継ぎ接ぎだらけの寄せ集め。

 銀の色は塗装ではない、地金剥き出しの金属の色だ。

 継ぎ接ぎの黒い溶接跡が縞模様のように這い回っている様に、セーフンドはハリボテの虎という印象を受ける。

 

「ふざけるなよ、ポンコツが!」

 

 必殺のタイミングを邪魔されたセーフンドは怒声と共にスロットルを吹かし、『継ぎ接ぎ』のティグレイを追った。

 あちらはエンジンすら拾い物なのか、加速度はこちらの8割もない。

 不意打ちこそ食らったが、まともにやりあえば楽に落とせる。

 その計算が、三機のバレルショッターよりも『継ぎ接ぎ』を墜とす事を選択させた。

 

 『継ぎ接ぎ』は水平に二発搭載されたメインスラスターを吹かせると、対空砲火を行うターライを迂回するコースで採掘基地へと飛翔する。

 

「基地を狙う気か? これ以上やらせん!」

 

 バレルショッターの砲撃で、すでに基地には被害が出ている。

 さらに損害が嵩むようなら、あのドケチ司令が何を言い出すか判ったものではない。

 

 だが、『継ぎ接ぎ』の狙いは基地ではない。

 襲撃に動転し、基地へと必死で飛ぶ採掘宇宙機(ディグダッグ)が獲物だ。

 スラスターとマジックアームを取り付けたドラム缶とでも言うべき不細工なデザインの採掘宇宙機(ディグダッグ)の推力は悲しい程低く、ジャンク品ながらも一応戦闘機の『継ぎ接ぎ』とは段違いのスピード差があった。

 すれ違いざまに放たれたパルスレーザーが、採掘宇宙機(ディグダッグ)が牽引していた鉱物コンテナを射抜く。

 弾けたコンテナから、掘り出したての原石が四方へばら撒かれた。

 

「ぬおっ!?」

 

 投網のように広がった精製前の鉱石片を、セーフンドは必死で機首を返して躱す。

 いきなり目の前にスペースデブリが出現したようなものだ。

 高速の戦闘機が突っ込めば、自らの速度で破片が砲弾の如く食い込んでしまう。

 

「なんて真似しやがる!」

 

 思わず怒鳴るセーフンドを尻目に、『継ぎ接ぎ』は次々に周囲の採掘宇宙機(ディグダッグ)を狙った。

 本体は墜とさず、コンテナのみを破壊する。

 たちまち周囲に濃密な即席デブリ空間ができあがってしまった。

 

「あっぶねえ!」

 

 セーフンドは愛機にブレーキングを掛けながら、センサーの感度を一杯に上げる。

 こんなに障害物だらけではドッグファイトなどできようもない。

 そう判断する彼は腕利きではあるが、まともで普通な域を出ない、並の傭兵だった。

 気狂いの類は違う。

 

「正気か!?」

 

 鉱石片が転じたデブリの向こう、基地へ向かって飛び去るかと思われた『継ぎ接ぎ』が反転していた。

 突っ込んでくる。

 衝突の火花は上がらない。

 ごくわずかなヨーを当て、デブリの隙間を抜けてくる。

 デブリは止まってはいない、巻き散らかされた瞬間に与えられたベクトルのまま、各破片てんでバラバラに動いているのだ。

 ぬるりとした『継ぎ接ぎ』の動きは、それらの破片の向かう方向を瞬時に見極めていなければ実行できない。

 神業を前に唖然としてしまったセーフンドに向けて、『継ぎ接ぎ』は機首に搭載した二丁のパルスレーザー機銃を放った。

 

「うっ、うおぉっ!?」

 

 赤い光を前に正気付いたセーフンドは、機首を返したままスラスターを吹かす。

 被弾しながらもセーフンドのティグレイは『継ぎ接ぎ』の射線から逃れた。

 本来機首に二丁、左右の翼端にも一丁ずつの計四丁搭載されているはずの機銃が半分しかなかったお陰で、致命傷にならずに済んだ。

 セーフンドを追い払った『継ぎ接ぎ』は、見せつけるかのようにデブリの中でターンすると再び基地へと飛んでいく。

 追うには『継ぎ接ぎ』の真似をしてデブリ帯に突っ込むか、大回りするしかない。

 しかも、コンテナと同時にスラスターを撃ち抜かれた採掘宇宙機(ディグダッグ)達が泣き喚きながらSOSを発している。

 

「悪辣な真似を……!」

 

 採掘宇宙機(ディグダッグ)を半壊で済ませたのは慈悲ではない。

 傷つき助けを求める者をその場に残して、こちらの気を逸らそうという心理攻撃だ。

 

「えぇいっ、救助は後だ、畜生めっ!」

 

 助けてやりたいのは山々だが、今はそれどころではない。

 『継ぎ接ぎ』は基地に向かっているし、三機のバレルショッターも健在なのだ。

 この時、セーフンドは『継ぎ接ぎ』に「誘われた」と直感的に悟った。

 

「いかんっ!」

 

 完全にフリーにしてしまった三機のバレルショッターを振り返るが、すでに遅い。 

 フルチャージされた三門の大口径レーザーが裂帛の光線を放ち、護衛艦(フリゲート)ターライの尾部に炸裂する様がセーフンドの視野に焼き付いた。

 推進機を完全に破壊され、ターライは為す術もなく漂流を開始する。

 

「なんてこった……」

 

 まだターライは沈んでいない、だがあの状態から修復するのにどれほどの金が掛かる事か。

 脳内で帳簿が真っ赤に染まっていくのを認識しつつ、セーフンドの顔は対照的に真っ青になっていく。

 完全な負け戦だ。

 今、敵をすべて撃退したとしても、受けた損害を補填できるだけの収入にはならない。 

 

「たった四機の戦闘機に……いや、待て」

 

 敵は戦闘機、すなわちジャンプできない小型の宇宙機だ。

 絶対に奴らの母艦がいる。

 

「こうなったら、奴らの母艦を沈めるか、奪うしかない」

 

 敵の母艦を沈めて、その回収品でターライを修理する。

 あるいは、母艦そのものを奪う。

 無理筋の手段だが、それしかない。

 負けが込んだギャンブラーそのものの思考に陥ったセーフンドは、ヤケクソ気味の決意を固める。

 

 その時、ティグレイの通信機が短い着信音を立てた。

 

「平文の広域通信だと……」

 

 この状況での広域通信、それは基地側から構成員全体へのなりふり構わない体裁の指示か、あるいは敵方からの通告のどちらかしかない。

 雇い主の司令にここで命令を下すような戦術素養などなさそうな事を考えると、セーフンドが狙いを定めた敵母艦からか。

 セーフンドは通信機のスイッチを入れる。

 モニターの一角にノイズ交じりの通信ウィンドウが開いた。

 

「あなた達、もう抵抗を止めなさい?

 勝負は見えたでしょう?」

 

 流れ出す声音は、幼さすら感じるソプラノ。

 ウィンドウに映し出されるのは、黒と白と赤。

 

 張り付くような黒い軽宇宙服に包まれた体は小柄でありながら、極端に豊かなバストを備えている。

 偉そうに腕組みをしている事を差っ引いても、明らかにアンバランスな過積載ぶりだ。

 挑発的とも嗜虐的とも取れる、不遜な笑顔を浮かべる白皙の美貌は、未だ成熟を迎えていないにも関わらずそこらのムービースターも及ばぬほどに整っている。

 右目を覆うアイパッチは、いささかならず趣味的であったが、少女の美しさを欠片も損なってはいなかった。

 肩に羽織った宇宙服と同色の古めかしいマントの裏地は鮮烈に赤く染め上げられている。

 

 コスプレの類かと思えるほどに典型的な海賊ルックに身を固めた美少女は、尊大な口調で宣告した。

 

「あたしはトーン=テキンのピーカ。

 大人しく貢物を捧げるなら、命は助けてあげてもいいわよ」


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