【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う   作:日野久留馬

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慣熟飛行

SIDE:傭兵隊長 シグルド=セーフンド

 

「あああ、来た、来た、くっそぉぉ……」

 

 レーダーサイトの中で見る見る接近してくる敵機のシグナルを睨み、セーフンドは胃が捩れそうな恐怖と共に毒づいた。

 接敵まであとわずか。

 敵機が推進力に優れたアーモマニューバであるだけでなく、セーフンドのティグレイもまた加速しているので彼我の距離はあっという間に詰まっていく。

 尻尾を巻いて逃げだしたいのは山々だが、カンパニーを抱えるセーフンドはその選択肢を奪われていた。

 ならば、ベテラン傭兵としてこれまで蓄積した経験から少しでもマシな手札を探し出すしかない。

 

 こちらも速度を上げているのはドッグファイトのセオリーゆえだ。

 速度は最高の武器と言っても良い。

 自機の運動エネルギーをいかに利用して有利なポジションを奪うかが肝要。

 搭載武器など実の所なんだっていいのだ、パルスレーザーだろうがレールガンだろうが、一方的に撃ち込めば墜ちない戦闘機はない。

 そして速度という点について通常型戦闘機(ローダー)がアーモマニューバに勝てるはずもないのだ。

 セーフンドがティグレイを加速させているのは、悪あがきのようなものである。

 

 だが、この状況でもあがく事を止めない命根性の汚さが、セーフンドをそろそろ中年と呼ばれる年にまで生き延びさせてきたのだ。

 やれる事なら何でもやる。

 血走った目のセーフンドは広域通信にセットした通信機のスイッチを入れた。

 

「聞こえるか、アーモマニューバのパイロット!」

 

 接敵前の通信などという、ありえない手段を試してみたのは偏に相手がアーモマニューバであるからだ。

 一騎討ち専用と言わんばかりのあの機種を駆る者は、往々にして騎士道精神めいたものを抱えたバトルマニアである事が多い。

 名乗りのひとつも上げさせれば、その僅かな時間でも加速度が稼げるという涙ぐましい思惑であった。

 果たして、敵手は応答する。

 

「命乞いかい? 悪いが聞けないぜ、うちのボスの御意向でな」

 

「な、オークか!?」

 

 通信モニターの向こうに映る豚鼻緑肌の強化人類(エンハンスドレース)に、セーフンドは絶句した。

 瞬時に諸々の思惑や小細工が頭から滑り落ち、腹が坐る。

 パイロットとして地球系人類(アーシアン)よりも優れた適性を持つオークが駆るアーモマニューバに対して勝ち目などないし、彼らは男の捕虜を取らない。

 死が確定したと認識したがゆえのクソ度胸が、セーフンドを突き動かした。

 

「オーク相手なら命乞いは無駄だろうな!

 だけど、手塩にかけて育ててきた部隊があんたらのせいでおじゃんだ、その落とし前は付けさせてもらう!」

 

 ヤケクソの啖呵を切るセーフンドに対し、オークはむしろ嬉し気に牙を剥き出して笑みを浮かべた。

 

「よく言った傭兵! 名乗りな、覚えてやる!」

 

「セーフンドカンパニー隊長、シグルド=セーフンドだ! ただで俺を殺れると思うな、この野郎!」

 

「無論だ、戦士セーフンド! トーン=テキンが戦士カーツ、参る!」

 

 ぶつんと音を立てて通信が切れると同時に、モニタに閃光が煌めいた。

 スラスターの推進炎を爆発的にバラまきながら、朱の機体が迫る。

 真っ向勝負のヘッドオン。

 最も被弾面積の少ない機首を向け、パルスレーザー機銃で掃射を行いながら突っ込んでくる。

 セーフンドは操縦桿を握りしめ、己を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「今更怖がるかよぉっ!」

 

 互いに最も相手を撃墜しやすい体勢なのだ、怯えさえしなければ。

 衝突を恐れて機首をずらせば、それだけ被弾面積が広くなる。

 セーフンドの手は機銃のトリガーを絞りながらも、操縦桿をがっしりと固定する。

 

「うおぉぉっ!」

 

 機体の各部にパルスレーザーが着弾し火花があがる。

 敵機も同様に火花を散らしているのが見えるが、それはほんの一瞬。

 スロットルを全開にした両機の加速度は、彼我の距離を瞬時に詰めてしまう。

 パルスレーザーが互いを焼き貫くよりも早く、二機の戦闘機はすれ違った。

 ぎりぎりの瞬間に朱のアーモマニューバの左右アームが推力方向を変更、わずかに機首を下げたその上をセーフンドのティグレイが駆け抜ける。

 

「ぐうぅっ!」

 

 旋回だ、旋回しなくては。だが、速度を落とすわけにもいかない。

 最大加速を維持したまま無理やり操縦桿を倒すと、ティグレイは大きな弧を描いて旋回する。

 加速に遠心力も加わった強烈なGにセーフンドは踏み潰されるような呻きをあげた。

 だが、ティグレイが完全にターンを終えるよりも早く、赤い光弾の連射が襲い掛かる。

 

「やっぱりそっちが早いか!」

 

 フレキシブルに可動するスラスターのお陰で、こちらより旋回能力が上な事は判り切っている。

 セーフンドが味わっているよりも遥かに過酷なGが加わってるはずだが、オークの強靭な肉体には何程のものでもないのだろう。

 機銃掃射を必死で躱しながらも、セーフンドの顔には引きつるような笑みが浮かぶ。

 

「そうだ! もっと吹かせ! 空っけつになるまで吹かせ!」

 

 速度、火力、運動性、それらドッグファイトに必要な条件でことごとく通常型戦闘機(ローダー)はアーモマニューバの後塵を拝している。

 しかし、唯一プロペラントの消費量だけはこちらが有利だ。

 相手はスラスターが多い分、推進剤を馬鹿食いする。

 お得意の機敏極まりない機動をやらかせば、その分動ける時間が減っていくのだ。

 敵に推進剤を使わせる事は通常型戦闘機(ローダー)がアーモマニューバを相手どる際の基本中の基本戦術だ。

 燃費の悪さを見越して、相手がガス欠するまで何とか粘る。

 

 できれば、の話であるが。

 

「ぬあぁぁっ!」

 

 操縦桿を縦横に操り、ペダルを荒々しく踏み抜く。

 死に物狂いのセーフンドの操縦は彼の戦歴の中でも最高レベル、入神の域にすら達していたが、それでもアーモマニューバを振り切れないし、ロックオンもできない。

 

「くそぉぉっ!!」

 

 どれほどの時間ティグレイを振り回したのか、最早セーフンドは把握していない。

 数時間も戦っていた気がするし、あるいは僅か数秒だったのかも知れない。

 確かな事は極度に敏感になった神経がこちらに向けられる三本目の腕を察知し、その一撃を避けられないと悟った事だった。

 

「しまっ……」

 

 言い終える間もなく、アーモマニューバの機体下部から生えた三本目の腕は搭載武装を撃ち放った。

 

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 電撃糸(スタンストリング)が直撃したティグレイは各部で小爆発を起こしながら動作停止した。

 絡まったままのストリング越しにカウンターを当てティグレイに掛かるベクトルを打ち消すと、ストリングを巻き上げる。

 解放されたティグレイは力なく漂流を開始した。

 

「すまないな、戦士セーフンド。 俺の慣熟に付き合わせてしまって」

 

 若干の罪悪感を覚えながら、モニターの中のティグレイへ頭を下げた。

 セーフンド氏は地球系人類(アーシアン)のパイロットとしては相当に腕利きの部類に入る。

 ノッコの訓練を受けた今の舎弟達ですら、二対一でようやく互角に持ち込めるといった程だろう。

 その腕前をもってしても、通常型戦闘機(ローダー)とブートバスターの差は埋め難い。

 だが、セーフンド氏はその不利をも悟った戦士であった。 

 彼はあえて過酷な高機動戦を挑む事で、こちらのプロペラント消費を狙っていた。

 対ブートバスター戦の肝を掴んでいたのだ。

 

 それほどの戦士であったからこそ、俺は彼との戦闘を一瞬で終わらせなかった。

 俺の命を狩る可能性すらある、それでも俺の方が有利な敵手。

 強化された機体の「慣らし」の相手として、うってつけであった。

 命を懸けて挑んできた戦士を出汁にするなど無礼であるとは重々承知、これは俺にとって必要な時間だったのだ。

 

「本当に申し訳ない、命は取らないから勘弁してほしい」

 

 そうは言うものの、今から俺たちが略奪する獲物には彼が率いる部隊の装備も含まれている。

 彼の部隊運営に大変な損害を与えてしまうだろうが、まあその点について俺は罪悪感を覚えない。

 俺たちはオーク、略奪を旨とする生き物なのだ。

 俺がセーフンド氏に覚える罪悪感は、一廉の戦士に対して自分の都合で愚弄するような戦いをしてしまったという点だけだった。

 僅かな時間物思いに耽ってしまった俺を叱責するように通信機にコールが入る。

 

「旦那さん、カーツ、聞こえる?」

 

 ノッコだ。

 

「どうした?」

 

「ちょっとトラブル。

 すぐに来て」

 

「判った」

 

 ノッコほどのベテランが応援を呼ぶのは厄介事の気配がする。

 俺は気を引き締めると『夜明けに物思うぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー・ザ・シンカー)』を旋回させた。

 

 

 

 

 

「うわ、なんだありゃ……」

 

 採掘基地に到着した俺は、モニターに広がる光景に絶句した。

 マイネティンの採掘基地は、全長10キロほどの楕円形をした小惑星を基礎に増設する形で作られている。

 ラグビーボールのどてっ腹から横向きに塔が伸びているようなデザインなのだが、真ん中の辺りが消失する形で分断されていた。

 アイスクリームをスプーンで抉るかのように施設を破壊するには、舎弟達の対艦レーザー砲ですら火力が足りない。

 

「やられたよ、カーツ。

 見て、あの有り様」

 

 ノッコの『包帯虎(バンディグレ)』が三機のバレルショッターを従えて近寄って来た。

 

「ああ、施設の傍でジャンプしやがったな……」

 

 恒星間移動に必須のジャンプドライブであるが、厳密には宇宙船だけを転移させる装置ではない。

 ジャンプドライブを中心とした一定半径の球状空間を、丸ごと転移させているのだ。

 港に停泊中など近くに施設がある状態で実行すると、このように円い穴が生じる事になる。

 大変危険なのでジャンプは周囲の施設から十分離れた場所で行う事は、宇宙就業者(スペースマン)にとって初歩中の初歩の知識だ。

 

「まさかこんな事も判らんトーシロが居るとも思えん。

 判っててやったとすると、余程の度胸か、大馬鹿か……それとも、そんなに大事な荷物があったか、かな」

 

「大物に逃げられた?」

 

「かも知れん」

 

 ここの鉱山では希少なレアメタルも産出されていたはずだ。

 それを少しでも奪われまいとしたのなら、判らなくもない。

 

「こんなに壊しちまって、後始末が大変だろうに」

 

 俺達オークに限らず、海賊の類の襲撃というものは「その場にあるお宝」が狙いだ。

 脅しの攻撃で損傷が出るにせよ、施設を致命的に破壊する事はない。

 一時的な制圧ならともかく、占領も行わないのだ。

 基地を奪った所で、人員リソース的に運営や防衛などまで手が回らない。

 だから略奪を終わらせたら、施設はそのまますぐに運営再開できる形で放置する。

 

 施設が生きていれば、そのうち俺達が奪いに来るだけのお宝をまた生産してくれるはずだ。

 ここまで発展した採掘基地だ、勿体なくて早々撤退もできまい。

 卵を産む間は、俺達も鶏に最低限の手心は加える。

 それは相手にも判っているはずだ、だから姫様は降伏勧告をしたのだが。

 

「まあ、考えても判らんし、確かめようのない事だな。

 逃げた船が凄いお宝を持ってったのかもしれんが、俺達は残ってるものを頂くまでさ」

 

「ん」

 

 護衛戦力は無力化され、施設も半壊した基地に最早抵抗能力はない。

 俺はトーン08と09に制圧のコールを送る。

 

「少々締まらないが……、姫様の初陣は成功だな」

 

 とりあえずのタスクのひとつが片付き、俺は愛機のシートに背を預けて伸びをした。 

 姫様をお預かりしている以上、氏族船(クランシップ)に戻るまで一安心といかないのが難点ではあるが。

 

「まったく、恨みますよ、陛下」

 

 俺は脳裏に過ぎる陛下の面影に小さく愚痴を零した。

 脳内の女王の幻影は両手を合わせて、てへぺろと謝る。 

 可愛いので文句が言えなくなった。




今回の名前関連。

シグルド=セーフンド←シックル=セードッグ←鎌=セー犬←噛ませ犬

コスヤン=トロコフ←肥やす=懐

護衛艦ターライ+輸送船ケイオーマル←盥+桶
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