スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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Here comes a new challenger!

SIDE:兵卒 フィレン

 

「お姫、カーツさんから制圧完了の連絡が来たよ!」

 

「よぉし! 流石カーツ! あたしの切り札!」

 

 トーン09のオペレーターシートに座る地球系人類(アーシアン)、ジョゼの報告を受け、ピーカ姫はキャプテンシートから飛び上がってガッツポーズを決めた。

 派手なアクションに豊かな胸も激しく踊る。

 

「それじゃ姫様、こっちも現場に向かいますね」

 

 こちらは操船を担当しているナビゲーターシートのトーロンに、姫はニコニコしながら頷く。

 

「うん、お願い。 ジョゼ、トーン08のボンレーにも連絡してあげて」

 

「りょーかい!」

 

 戦果に湧くブリッジの様子を、フィレンはキャプテンシートの斜め後ろという物理的にも一歩離れたポジションから眺めていた。

 

 胸中の苛立ちと焦燥感を必死で覆い隠し、何とかポーカーフェイスを保っている。

 何故、オレはこんな後方にいる、何故、手柄を立てる前線にいないのだ。

 その理由は彼自身、重々自覚している。

 

 フィレンがカーツ分隊で最も戦士としての実力が低いから、ここに居るのだ。

 戦闘機の数が足りていない。

 予備パイロット扱いの彼は、姫の護衛役という名目でトーン09に配置されたが、後方に待機したここまで敵が押し寄せてくるはずもない。

 持て余された結果の適当な配置である。 

 

 自分に機体が回って来なかった事が、悔しくて堪らない。

 母体であるノッコが傑出した戦士である事は知っていた。

 そして、非常に悔しく、業腹ではあるが、カーツの実力は認めざるを得ない。

 正面からの決闘で破れ、ノッコすら打ち負かした彼の力量は称賛に値する。

 絶対に口に出したくはないが、現状のカーツがフィレン自身を上回る戦士である事を否定はしない。

 負けた身で勝者の実力を貶すなど、流石に戦士のプライドが許さないのだ。

 

 だが、ノッコとカーツの二人はともかく、カーツの舎弟の三人の兵卒にすら遅れを取るとは思わなかった。

 フィレンがメディカルポッドで療養していた一ヶ月の間ノッコの教育を受けていたという三人は、すでに兵卒の位には収まらない程の技量を備えている。

 生身の格闘でも、シミュレーターを使用したドッグファイトでも、フィレンは三人の誰にも勝つ事ができなかった。

 カーツとの一戦のような完敗ではなく僅差での敗北ではあったものの、視界にも入っていなかった兵卒階級に負けたという事実はフィレンに大きな衝撃を与えていた。

 

 ノッコの教育を受ければ、自分も戦士としての技量を高められる。

 そう思えば、カーツの部下として配属される事も我慢できた。

 カーツの下に居れば、彼のトロフィーとなったノッコに教えを受ける機会も多かろう。

 

 ノッコがカーツのトロフィーになった事に対して、フィレンに否やはない。

 彼自身の敗北が原因でもあるし、強い男が強い女を得るのはオークの価値観として当然である。

 そう理性では納得しているが、自分がライバル視する男が自分の母体を手に入れ、子を孕ませるかも知れないという想像は奇妙に感情をかき乱すものがあった。

 

 諸々の感情で複雑にざわめく胸を持て余しているフィレンを他所に、姫はジョゼときゃいきゃい騒ぎながら皮算用を進めている。

 

護衛艦(フリゲート)を大破させたって話だから、戦力が増えるよ!」

 

「頑丈な船が手に入るんなら、そっちに乗り換えようよ、お姫。

 やっぱり輸送船じゃ撃ち合いになるとおっかないよ」

 

「えー、でも、この船なら格納庫あるからカーツと『夜明け(ドーン)』も搭載できるし……」

 

「姫、おそらく護衛艦(フリゲート)の入手はできないかと思います」

 

 少々気にかかる話になっていたので、フィレンは口を挟んだ。

 

「えー、なんで?」

 

「大破させたとの報告ですので、おそらく自力航行できない状態でしょう。

 曳航しながらのジャンプはできませんから、持って帰れません」

 

 ジャンプドライブのシステム的に、他の船を曳航してのジャンプはできない。

 基本的に自らの船体とその周囲の空間までしか範囲が及ばないため、曳航する牽引索が途中でぶった切られてしまうのだ。

 ジャンプを実行する船はそのまま転移できても、曳航される方の船はその場に残されてしまう。

 オークがなかなか船を入手できない理由がここにある。

 

「まあ、今回は元々、資源調達が目的ですからね。

 船は残念ですけど諦めましょうよ」

 

「勿体ないなあ……」

 

 本職のメカニックであるトーロンに宥められ、姫は不承不承頷いた。

 

「それじゃ、さっさとインゴットのコンテナだけ頂いて、帰るとしましょう。

 ジョゼ、カーツ達に連絡を」

 

「あいさー」

 

 姫に対するとは思えない軽い返事と共に、ジョゼは不慣れな手付きでコンソールを操作する。

 ピンクのポニーテールを揺らして作業を行うジョゼに、フィレンは若干の嫉妬を覚えていた。

 彼女ですら、役割を振られている。

 

 ジョゼがここに居る理由について、フィレンは詳細を知らない。

 成り行きで知り合った姫に気に入られて、侍女めいた役割を行っていると認識していた。

 一面において正しい理解であるが、それだけではない。

 女王の肝煎りの計画であるトロフィーの待遇改善、その一環である。

 本来オペレーターなどやった事のなかったジョゼだが、女王直々に話を持ち掛けられ奮起した。

 トロフィーストリートで腐っているよりは余程マシと短時間ながら通信について学び、まだまだ未熟ながらオペレーターとしてトーン09に配属されたのだ。

 どちらかと言えば姫の身の回りの世話がメイン業務ではあったが、明確な役目を与えられているジョゼの立場はフィレンにとって羨ましいものであった。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 明確な腕を装備したブートバスターだけでなく、多くの宇宙機は作業用のマニピュレーターを内蔵している。

 採掘宇宙機(ディグダッグ)作業宇宙機(ワークダッグ)のような本職ほど効率はよくないが、宇宙戦闘機もコンテナを引っ張って来るくらいはできるのだ。

 五機の戦闘機で回収した精製済みインゴットのコンテナを二隻の輸送船にたらふく詰め込む。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 周囲には大破した護衛艦(フリゲート)、おそらくセーフンド氏の傭兵部隊の艦が漂流しているが、そちらには手を付けない。

 推進機をぶち抜かれた護衛艦(フリゲート)を持って帰るのは不可能だ。

 船を手に入れたいなら動力を活かしたまま戦闘能力を奪う必要があるが、今回はそんな時間を掛けていられない。

 戦闘艦が居た場合は速攻で無力化すべく、動力部か推進機を狙うよう舎弟達に指示していた。

 

 今回の略奪行は、いわば姫様の為のチュートリアルである。

 儲けよりも安全を重視していた。

 回収した重金属のインゴットは持ち帰れば氏族船の各所で使用される資源となるが、そこまで貴重という訳でもない。

 略奪とはこういう手筈であると姫様に学んでいただく事が一番の目的なのだ。

 もっと時間を掛けて良いのなら、あの護衛艦(フリゲート)の武装くらいは剥ぎ取っていきたいが、今は安全第一。

 さっさとトンズラさせていただこう。

 二隻の船と通信回線を開く。

 

「ボンレー、ジョゼ、ジャンプのチャージを開始してくれ。

 こっちも帰艦する」

 

「承知しました」

 

「あいさー、お疲れ様、カーツさん」

 

 姫に気に入られタメ口を許されているジョゼ嬢の口調は、誰に対しても割と軽い。

 ちょっとどうかと思うが、姫様御自身が許されている事だし戦士階級には最低限の礼儀は払っている。 

 公の場では気を付けるようにと注意はしておいた。

 

「まったく、気にしなきゃならん事が多くて困るぜ」

 

 俺に与えられた船であるトーン09に船長として姫様が配属された。

 この結果、トーン09は俺の船でありながら、実質的に俺達カーツ分隊は姫直属部隊にされてしまうという、何とも妙な事態に陥っている。

 すべて陛下の思し召しだ。

 ご自分が幼い頃、完全に籠の鳥として育てられた事もあり、娘には様々な経験をさせたいのだそうだ。

 様々な経験で海賊部隊を率いさせる辺り、実にオーク的であった。

 皺寄せは全部俺の心労となっているのだが、まあ仕方ない。

 これも全部、惚れた弱みだ。

 

「カーツさん! レーダーに反応!」

 

 緩んだ気分に慌てたジョゼの声が水を差した。

 

「反応!? 何が来ている!」

 

「えっと……」

 

「兄貴、こちらでも確認しました。

 艦影3、ジャンプアウトしてきたようです、この船足は輸送船ではありませんな」

 

「ジャンプ向けの天頂点(ゼニスポイント)を使わず惑星間に直接ジャンプしたか、燃費も気にしないとはリッチな真似しやがるな。

 基地を取り返しに来たにしちゃあ、早すぎるが……」

 

 俺の疑問は、大出力で割り込んできた広域通信で解消された。

 スピーカーから割れた胴間声が響く。

 

「どこの誰だか知らんが露払いご苦労!

 後は一切合切、シャープ=シャービングの『氷王(アイス)』ヴァインが頂く!」

 

 ノイズだらけの通信ウィンドウに映し出されるは、牙を剥き出して笑う豚っ鼻の緑面。

 

「漁夫の利狙いとはセコい真似しやがる!

 全機、ちょいと本気出せ! 敵はオーク、手を抜いてる余裕はない!」

 

 俺は愛機を旋回させながら、部下に発破を掛けた。


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